【28話】そして蘭は歩き出す/蘭の知らないエピローグ
◇弥彦◇
「ところで弥彦君、この話はバアさんに通しとるんか?」
「いえ、昨日の話ですから。ただ今日の夕方には帰ってくるんでその時に話そうとは思っていますが。」
そもそもこの家の大家は祖母・禄絵だ。
ちゃんと話を通すのが筋というものだろう。
「【豪徳寺】って確か法務部めちゃ体制整えてるんとちゃうかったかな?」
「いや、俺は会社のことは全然詳しくなくて…。」
龍さんの言葉に返す。そもそも個人的な問題だ。
会社の法務部を態々動かしてくれるとは限らないだろう。
頼むにしてもダメ元になりそうか。
◆◆◆
時間は流れ夕方、祖母・豪徳寺禄絵が帰ってきた。
今回は秘書の経堂瑠璃さんも一緒だ。
経堂さんは祖母の鶴の一声で新卒の時から秘書を任されていると聞いた。
年齢は既に40を過ぎているハズだが、その外見は20代と言われても信じる。
彼女の評判はその敏腕ぶりは勿論だが外見の若々しさもよく噂になるところだ。
正しくどこからどう見てもキャリアウーマンというキリッとした佇まいでスーツを着こなし、黒縁の眼鏡もよく似合う。
それはさておき。
「ちょいと帰らない間に寄る辺のない女誑かして手元に置くなんて、随分と手が早くなったもんだね。」
帰宅早々に俺から大筋の説明を受けた祖母は不機嫌そうな表情で俺を見る。
「いえ、彼にはお世話になりました。そんな誑かされたりなんてことは。」
蘭が俺を庇おうとすると祖母の怪訝な視線が蘭に向いた。
「梅堂ねェ……。あのババアめ、最期まであたしに面倒かけやがって……。」
祖母の隠そうともしない悪態に蘭は背筋をビクッと震わせた。
「まあまあ、そう言わずに力になってくれないかな……。」
蘭の育ての親との間には結構な因縁があるらしい。
今この瞬間だけでも忘れてほしいのだが。
「この話を聞いて何もしないのは酷でしょう。私からも是非お願いします。法務や事務のリソースを大きく割く必要はないでしょうし、それこそ詳細は私共に任せていただければ。」
経堂さんも俺たちの肩を持ってくれるらしい。ありがたい限りだ。
彼女の言葉に祖母は観念したかのような溜息をつく。
「……わかったよ瑠璃。あんたの好きにやんな。」
「ありがとうございます、会長。では、……一緒に頑張ろうね、蘭ちゃん。」
経堂さんが蘭に向かって微笑むと蘭の表情がパアッと明るくなる。
「……!ありがとうございます!どうか、よろしくお願いします!」
「ありがとう、婆ちゃん。ありがとうございます、経堂さん。」
かくして、蘭の戸籍の問題については婆ちゃんの秘書である経堂さんが面倒を見てくれることになった。
経堂さんは手帳を取り出し蘭から詳細な情報を聞き始めている。
こうやって少しずつ蘭の将来が明るくなっていってほしい。
◆◆◆
凪乃を校舎裏に呼び出したのは月曜日の昼休みのことだった。
ここには屋根付きのベンチがあり、休み時間には誰かしらいる。
今日も漏れなく俺ら以外に人間がいるのだが、問題ではない。
待ち人は俺の隣にそっと腰掛け、俺に目的を問いかける。
「……で、話って何?」
「ちゃんと謝っておこうと思ってな。蘭のこと。」
俺のその言葉に凪乃いまいちピンと来ていない様子だ。
その反応は想定内だ、正直、態々謝るようなことでもないのかもしれない。
ある意味では身勝手だが、しかし俺はこの筋は通しておきたい。
「蘭のことで何か私に謝ることなんてあるの?」
「蘭のことさ、お前は自分が助けたいって言ってただろ。その時に俺は協力するって約束もした。でも結果的には俺がお前を無視して助けたような形になっちまったからな。何だか約束を反故にしたような感じがしてたんだ。」
とはいえ、俺はもう一度あの場面に遭遇したらもう一度同じことをするだろう。
まさか翌日に直接蘭が我が家を訪れるなんて想定できる訳もなかった。
あれはなるべくしてなった形なのだとは思っている。
「何とも思ってないよ。豪徳寺君はそれが正しいと思ったからそうしたんでしょ?私も豪徳寺君が取った行動は間違ってないと思ってるよ。寧ろ気になってたものが晴れて感謝してるくらいだよ。」
凪乃は優しい答えを返してくれた。身に染みる。
「俺も凪乃に感謝しなくちゃいけないな。それこそ、俺は背中を押されたから行動できた訳だしな。」
二人で帰った夜道のあの会話は昨日のことのように思い出される。
俺が蘭にちゃんと手を差し伸べられたことにあの日の会話は絶対に関係がある。
そういう意味では凪乃は俺以上に今回の事に関する功労者だと言っても良い。
「ありがとう。でも実際に行動したのは君だよ。救わなきゃ助けなきゃって思った瞬間に行動できる君はカッコ良かったよ。ヒーロー……みたいだった。」
そう言って凪乃は俺に微笑んでくれる。こんなにこやかな彼女も珍しい。
ところでそんなにべた褒めされると何だかむず痒くなってくるな。
「はは、何だか照れるな。」
そろそろ飯を食わなきゃ間に合わなくなっちまうな。
俺は持ってきた手提げの包の中から弁当を取り出す。
珍しく購買のパンではないが、これには理由がある。
「それ、蘭が作ったの?」
「ああ。張り切ってくれてな。ありがたい限りだよ。」
蘭の作ってくれた弁当を頬張る。
手作りの弁当ってこんなに美味かったんだな。
次話が1話分の長さに満たないので【28・5話】とし、同時更新とします。




