【27話】爽やかな土曜日は喧騒オヤジと共に
◇弥彦◇
今日は土曜日。俺を含めた世の学生には輝かしい休日。
とはいえ流石に4連休の3日目だと曜日感覚もなくなる。
明日がまだ日曜日であることに驚く。まだ明日も休みなのだ。
例えば泊まり込みで予定を建てたりするのも悪くないだろう。普段なら。
だが俺は今日明日はそんなことをするつもりは毛先程も存在しない。
明日はともかく、少なくとも今日は何の予定も入れない。
理由は単純。俺が疲れているからだ。
木曜日は買い物に付き合った上に愛依の捜索で奔走した。
その上で蘭と出会い多少その面倒も見た。
金曜日、つまり昨日は春佳と一緒に水族館に行った。道中で痴漢とも出くわした。
更に蘭が訪ねてきたので木曜日以上に面倒を見てやった。
そういえば蘭は今日隣の家で目を覚ましたのか。
上手くやれると良いんだが、そこは七姉妹を信じてやるか。
しかし振り返ってみると中々にハードな二日間だったと思う。
これでは体の疲労も全く持って止む無しだ。
今日くらいダラダラしても罰は当たらないだろう。
ネットサーフィンやゲームでもしながら過ごそう。
などというささやかな願いは容易く踏み躙られることとなった。
全ての始まりは来客を告げるチャイムだった。
チャイムを鳴らし、その男はインターホンで言うのである。
「もしもーし!パパやでぇ~!土産買うて来たでぇ~っ!」
俺の父親、豪徳寺天馬が既に故人であるのは周知の事実である。
つまり少なくともパパを名乗るこの男は俺の父親ではない。
そもそも関西弁を使う知り合いは畳ヶ原たった一人だけだ。
玄関の外にいるのは間違いなく俺の知らない男である。
祖母の知り合いという訳でもないと思う。
ただの酔っ払いだろう。それしか考えられない。
そしてその男は俺の返事を待たずに扉を開けた。
「なんや冷たいな。おるんやろ?ほな入るでー。」
そしてその男は俺と目があった。
「すみません。どなたですか?」
上下くすんだ黄色のスーツ、赤いネクタイのサラリーマン風の男である。
頭頂部は爆心地が如く悲惨なことになっている。
その中年男は四角い眼鏡越しに俺を見て目付きが変わった。
顔はみるみる赤くなり表情はみるみる険しくなる。
「どこの馬の骨じゃあ、おんどりゃあああああああ!!」
激昂という単語がこれ程に相応しいことがあるだろうか。
そして馬の骨と呼ばれる理不尽極まる始末。
この家は俺が生まれてこの方17年ずっと俺の家だ。
が、そんなことを言える雰囲気でないどころか言う隙さえない。
「ウチの娘らは誰一人とて渡さん!渡さんぞおおおおお!」
「既に手ェ出したんと違うんかワレ!違うんかあああああ!?」
「ワシの目が黒いウチは誤魔化されへんでアホがあああああ!!」
一応、俺は玄関先でこんな剣幕で怒鳴られる筋合いはないと思っている。
この男が何についてどう起こっているのかも全然ピンと来ていない。
手を出す云々どころか俺にはまともな恋愛経験さえないのに。
何としても早くこの時間が終わってほしい。鬱陶しいと言ったらない。
だが下手に口を出すのは火に油を注ぐだけだ。
手段として警察に電話するのが手っ取り早いとは思うが、携帯を取り出した瞬間にブン取られて叩き壊されるようにも思う。
発散しきって多少落ち着いた頃に説得を試みるという方向で良いだろうか。
怒鳴られながらそんな思考を巡らせているところに助け船は突然現れた。
「何やってるの、パパさん……。」
不意に男の背後から聞こえてきた聞き馴染みのある声。咲花の声だ。
男は真後ろを振り向き、俺も声のした方に視線を向ける。
咲花はどういう訳だか頭を抱えてそこに立っていた。
ところで今、パパって言ったか……?
◆◆◆
「いやー申し訳あらへん!まさか家を間違えてしもたとは……。」
咲花の仲介で誤解の解けた俺は夢原家のリビングで謝罪を受けていた。
「良いのよ豪徳寺君。ガツンと言ってやっても。」
果音はそう言うが流石に気が引ける。
彼の名は夢原龍。この七つ子の父親だそうだ。
同時に【夢原工業製作所】の社長でもある。彼の父親が俺の祖父と生前に付き合いがあり、また彼自身も祖母や父からは懇意にしてもらっていたらしい。
曰く会社の危機を救われたのは一度や二度ではないという。
その割に謝罪が軽いような…等とは言わない。
「で、自分が蘭ちゃんか。」
龍さんの対面、俺の隣に座る蘭はまるで借りてきた猫かのようだ。
まさか住み始めた翌朝に七つ子の父親が来るなんて予想外だっただろう。
「ごめんね、蘭。昨日はいっぱいいっぱいで言うの忘れてた……。」
咲花が謝るが、正直それも仕方ないだろうとは思う。
「ていうか、パパさんは蘭のこと誰かから聞いたの?」
「凪乃からメールでちょこっとだけな。会うの楽しみにしとったんや。」
凪乃は細かい所にまでよく気が回る。縁の下の力持ちというやつだ。
龍さんに視線を振られた凪乃は頷いた。
「ところで自分、エラい大変らしいな。」
龍さんは蘭の方を向いて尋ねる。
その言葉の通り、蘭の問題の中で最大のものは未だ解決の糸口が見えていない。
「ええ、まあ。ただ娘さんや豪徳寺君のおかげでだいぶ良くなりました。今まではじっくり腰を据えて問題と向き合える状況でもなかったですから。」
俺は思わず感心した。
蘭の敬語の受け答えはかなりしっかりしている印象を与える。
それこそ、昨日まで廃墟暮らしでお先真っ暗な身だったと思えないくらいには。
あと不意に俺の名前を恩人みたく出されると何だかむず痒いな。
「しっかし戸籍がないっちゅうのも中々厄介な話やな。ワシもそんなん聞いたことあらへんし、一筋縄じゃいかへんやろ。」
「私昨日調べたんだけどね、一応拾われっ子で戸籍がない場合っていう前例はあるらしいんだよね。まあ、最低でも数か月はかかるらしいんだけど。ただ基本的には例外中の例外だろうから、そういうの詳しい先生がいれば心強いんだけど。」
龍さんも凪乃も腕を組み頭を悩ませる。
詳しい先生、凪乃が言うそれがどういう職業のものなのかもわからない。
家が燃えたら消防隊。大ケガをしたら救急隊。泥棒が出たら警察官。
では戸籍がない場合は、と問われて咄嗟に答えが出る人はこの世にいるだろうか。
それほどのレアケースだ。場合によっては弁護士すらお手上げだろう。
というか、そもそも弁護士が正解なのかさえわからない。
浮き彫りになった問題は改めて見ると根深く強大な障壁だ。




