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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【23話】夜の訪問者

弥彦(やひこ)


俺と春佳(はるか)は水族館を楽しんだ後、無事に金閣(きんかく)町に帰ってきた。

夢原(ゆめはら)家を訪ねたが愛依(あい)たちはまだ帰ってきていないようである。

既に帰ってきていた凪乃(なぎの)には行きの電車であったことを軽く報告しておいた。

責めて春佳の心の傷が少しでも浅いことを祈っているが、果たしてどうだろうか。


今日も今日とて祖母、禄絵(ろくえ)は帰ってこない。

帰宅は明日の夕方になると聞いている。あの齢でよく働くものだ。

つまり今日は俺は寝るまで一人だ。まあ、いつも通りと言えばそうかな。

体感だが、何せ一年の内3分の2は祖母が家にいないのだから。


夕食を済ませ、部屋で適当に時間を潰そうと思案する。

しかしベッドに腰掛けると途端に一日分の疲れが体の奥から噴き出してくる。

よくよく考えれば当たり前かもしれない。今日はいろんなことがあったから。

もう今日はさっさと風呂に入り、適当に寝てしまおう。それが良い。


だが、そんな時に限って不本意なイベントは発生するものである。


突然に鳴った来客を告げるチャイム。既に時間は21時を回っているというのに。

通販を頼んだ記憶はないし、どうせ祖母宛ての贈り物か何かだとは思うが。

溜息を隠しながら玄関を開けると、そこには予想外の人物が佇んでいた。


(らん)……?」

「悪いね、こんな時間に。話があるんだけど、今あんた1人?」


◆◆◆


「もう会うこともないだろうけど、なんて言って別れた割に早い再会だな。」

凪乃が蘭を気にしていたからいつかまた会う時が来ることもあるだろうとは思っていたが、まさかそれが翌日とは思うまい。

俺としては元気な姿を見せてくれて何よりなのだが。


「まあ、それは色々ね。あんたにとっても悪い話じゃないと思うけど。」

蘭はどうやら俺に用事があるらしい。俺個人相手にだ。

それが何かは皆目見当がつかない。


「恩返しするなら俺じゃなくて果音(かのん)にしてくれ。俺は何もしてない。」

「それもなくはないけど、違うかな。頼みたいことがあって。」

蘭はそう言うと俺が注いだ緑茶を一口飲む。

「この先はあんたの部屋で話したいんだけど、良い?」


俺は言われるがままに蘭を自分の部屋まで連れてきた。

だが俺の部屋である必要性は全くわからない。

他の部屋に比べても特に金目の物がない部屋だ。

蘭は疑問を解消しないまま俺のベッドに腰掛ける。


「で、態々俺の部屋でしなきゃいけない話って何だ?」

蘭が俺の部屋にやってきたのは間違いなく初めてだ。

この部屋に何か特別な目的があるようには思えない。

俺の思いをよそに蘭は怪しく微笑んで口を開く。


「ねえ、()()()()()()。」


「は?」

蘭は自分のTシャツの襟元を引っ張ってみせる。

その隙間からから胸元がほんの少しだけ見えてしまう。


台詞と仕草から自ずと蘭が何を言っているのかは理解できる。

だがそれを理解した上で、全く許容できる訳ではない。

「ふざけてるのか?」


実際のところ蘭はふざけてはいないだろう。これっぽっちも。

そんなことをする本当の目的は俺の立場から容易に思い浮かぶ。

「俺から情報を引き出そうって腹積もりなら大人しく帰るんだな。」


俺の立場、即ち【豪徳寺(ごうとくじ)ホールディングス】の御曹司。

10年以上前にも似た手合いがいて、俺は心底不愉快だったのを覚えている。

尤も俺が帰れというのは俺が不愉快だからという直情的な理由だけではない。

蘭、或いはその裏にいる人間が欲しがる情報を俺が持っていないからだ。


「……ああ、そういうこと。私、別に誰かの差し金じゃないんだけど。」

蘭は俺の発言から自分が何を疑われているのか理解したらしい。

だがその返答は俺には更に理解しかねるものだった。

誰かの差し金じゃないなら何故こんなことをしているんだ。


「安心してよ。私が欲しいのはお金だけ。」


いや、差し金じゃなかったとしてもこの状況に安心できる要素はないんだが。

「相場とかよくわかんないんだけどさ、一晩1万で良いよ。ホテル使うなら流石にそれは出してもらうけど。……あんたなら出せない金じゃないでしょ。」

蘭は話を続け、俺はより困惑する。だがそれは聞けば聞くほど単純な話だ。

早い話が、蘭は俺に買春しろと言っているのだ。


「俺がそれを了承すると思ってるのか?」

「断るなら適当なオヤジ相手に同じ話を持ち掛けるだけ。」

俺の拒否にも蘭は淡々と答える。ろくでもない行為を改める気はないらしい。

だがそれが本当ならやはり目的は純粋に金なんだろうか。


「でもあんたみたいなお節介なやつはさ、私が他のオヤジに金貰って抱かれてるのなんて想像したくもないでしょ?今なら自分で囲えて捌け口にもできる。そっちの方がマシじゃない?」


俺が蘭と話をしていて悲しいのはその言葉が全く冗談に聞こえないことだ。

蘭は本心でそう言っているし実際にそれをやるつもりでいるのだ。


「そうやって金を稼いで、何に使うつもりだ。」

今まで余裕を貫いていた蘭の眉が初めてピクリと動いた。

俺の質問は漸く彼女の奥底の何かに触れたのかもしれない。

そして状況を氷解させるアイデアが突然に俺の脳裏を過った。


「わかった。お前の欲しいだけ金は払ってやる。」

ここから蘭編の続きです。

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