【21話】弥彦と春佳とイルカショー
◇弥彦◇
「春佳、最後にイルカショーでも見ていかないか?」
「イルカ!?良いなあ!行こう!行こう!」
春佳は俺の問いに即答した。
表情からも本当に楽しみにしているのが伝わってくる。
というか表情だけでは抑えられずぴょんぴょん跳ねている。
まさか提案1つでこんなにもテンションが上がるとは。
「わかったわかった。すぐ行こう、な。」
地図を見て現在位置とイルカショースタジアムの位置関係を確認する。
幸いそんなに遠くはない。のんびり行っても全然余裕で間に合うだろう。
「随分詳しかったけど、豪徳寺は水族館によく来るのか?」
不意の質問に俺は考え込んだ。どういうことだか覚えがない。
俺は自分の知識を話しただけだ。だがそれをどこで培ったのか見当もつかない。
水族館には決してよく来る訳ではない。今日のこれだって数年ぶりのハズだ。
「あ、見えてきた!」
俺が答えに窮してる間に春佳は俺の隣をすり抜け走って行ってしまった。
「おい待てって!春佳ー、転ぶなよー!」
後ろから大声で声をかけつつ、少し早足。
想像よりも早くイルカショースタジアムが見えてきた。
春佳はパフォーマンス用の透明なプールにベッタリと張り付いている。
しかしまだそこには何もいないハズだ。
「そんな所だとショーが見れないぞ。ほら、ここ座れよ。」
折角なので一番前の席にしてやる。それ以外で春佳は納得しなさそうだ。
「おう!そうだな!そうする!」
平日で今日最後のショーということもあるのか、貸し切り状態だった。
寂しい気もするが、春佳はそんなこと目にも入っていなさそうだ。
純真無垢のキラキラとした目は彼女の期待の表れである。
司会の軽快なアナウンスと合図で遂にイルカショーは幕を開けた。
が、前座に登場したのはアシカである。しかし侮ってはいけない。
台に乗ってペコリと挨拶してからアナウンスに合わせ様々な技を披露していく。
ボールを鼻先で運ぶのは朝飯前。輪投げ芸だってお手の物。
司会の動きに合わせてリズミカルに体操。クルクル回る独特なダンス。
更にはプールの端から端まで一泳ぎ。陸上とは比べ物にならない機敏な遊泳。
最後には司会と一緒に再びお辞儀。最後は手を振ってさようなら。
「うおー!アシカって頭良いんだなー!しかも可愛い!」
春佳はアシカが魅せる1つ1つの芸に大興奮のようだった。
これでイルカなんて見たらどうにかなってしまわないだろうか。
しかし俺の心配をよそに遂に真打がやって来る。
2人のトレーナーの手拍子と共に水中から姿を見せた合計4匹のイルカ。
彼らの俺たちに対する最初のパフォーマンスは実に手荒なものだった。
それはズバリ、尾ビレによる客席に向けての水かけである。
俺はイルカの動きを見てどこに水をかけるかをしっかりと予想。
予想はそんなに難しいことではない。水も一方向に飛んでくるだけだ。
空いている状況下なら最前列でも濡れることなくイルカショーを楽しめるのだ。
尚、隣に座っている春佳は回避行動を取らなかったので水が直撃していた。
「うひょぉー!冷てー!」
「おいおいおい、風邪ひくぞ。」
はしゃいでいる春佳に俺のそんな声は届かない。
そうこうしている内にイルカ達は次のパフォーマンスを繰り出す。
高くジャンプしてから華麗に宙返り。
迫力満点の巨体が空中で翻る様に思わず息を吞む。
「うおー!!うおー!!」
空中でスピン。息を合わせた複数での同時ジャンプ。
「うおー!!うおー!!うおおー!!」
内1体の着水の時に再び水飛沫がかかるが、当の春佳は気にもしていない。
目の前で絶えず繰り広げられる圧巻の光景に比べれば些事だと言わんばかりに。
イルカのパフォーマンスを前に彼女のテンションは天井知らずだ。
恐らく俺を含めた他の全てが意識の外にあるのだろう。
興奮は収まらず、春佳は歓声を上げ続ける。
他に観客がいれば注意しようか悩むところだが、いないので何ら問題はない。
イルカショーの貸し切りなんてまたとない機会、好きなだけ熱中させてあげよう。
空中のボールをジャンプして鼻で突いたり。
投げられた輪っかを鼻先でクルクルと回したり。
先程のアシカもそうだが全くよく訓練されているものだ。
トレーナー2人も春佳がこれだけ喜んでいるのだから中々やりがいがあるだろう。
普段ならプール中央でやるようなパフォーマンスを俺たちの目の前でやってくれるというサービスをしてくれた。
「うおおおおー!!!うおおおおー!!!」
春佳のテンションも今日で一番の最高潮だ。
次々に繰り広げられるイルカ達の華麗な技に俺も気づけば見入っていた。
そのコンビネーションの美しさたるや、もはや芸術的ですらあるように思う。
春佳に良い思い出を残すつもりで来たはずが、俺の思い出にもなってしまったな。




