【20話】弥彦と春佳と江の島シーワールド
◇弥彦◇
「うひょー!」
「走るなよ。転ぶぞ。」
俺の服を新調して心機一転。
遂に俺たちは【江の島シーワールド】にやってきた。
尚、新調した俺の服は猿がたくさんプリントされたTシャツである。
春佳が一生懸命選んでくれたものだが、そのセンスはよくわからない。
これで歩くのも小恥ずかしかったので自腹でパーカーを買って羽織った。
春佳的には大変不満そうだが勘弁してほしい。
春佳は江の島についてからというもの、常に大はしゃぎだった。
江の島駅はまるで竜宮城を模したような凝ったデザインが成されている。
さらにそこから海もちゃんと見える。感性がお子様な春佳は気に入ったようだ。
何にせよ、さっきまで見るからに沈んでいたのが元通りになってくれて良かった。
平日ということもあってか、人はそんなにいないようだった。
チケットはやはり貴重なものだったので受付の人が驚いていた。
「なあなあ!なあなあ!」
春佳はもう居ても立っても居られないようだった。
ウズウズしている様子が伝わってくる。今日は明確に目的があるのだ。
「おう、早速行こうか。」
◆◆◆
「そう肩を落とすなって。仕方ないだろ?また連れてきてやるから。」
がっくり落ち込む春佳に慰めの言葉をかけてやる。
しかし何とも可哀そうなものだ。気の毒といったらない。
まさか俺たちが来る直前に浪造が体調不良で公開中止だなんて。
痴漢騒ぎさえなければ、俺たちは一瞬でも浪造に会えていたかもしれない。
公開中止の理由は仕方ないが、それにしてもやりきれない気持ちだ。
「ここまでの展示すっ飛ばしてきただろ?折角来たんだから全部見ていこうぜ。」
俺は最初保護者として付いてきたつもりだったが、いつの間にか春佳をエスコートしていた。
だがそんなものは最早どうでもいいのだ。些細なことに過ぎない。
ここまで来て浪造が見れないからと言って帰る方が馬鹿馬鹿しい。
俺たちの【江の島シーワールド】はまだ始まったばかりだ。
数分後、俺たちは大きな水槽を見上げていた。
「すげー……何匹いるんだ、これ。」
「どれどれ……?へー、約8000匹だってよ。」
正確に言えば見上げてるのは水槽の中でもひときわ目立つ魚群。マイワシだ。
魚へんに弱いと書いて鰯。
その1匹1匹は決して強くはない。事実、イワシを食べる海洋生物は多い。
海の中は弱肉強食の世界だ。弱いものは淘汰され、生き残れない。
ではイワシは何をもって生き抜こうとしているのだろうか。
その答えがこの魚群である。
即ち、おびただしいまでの頭数があればそのうちの幾らかが食べられようとも種として子孫を残すことができるのだ。
生存戦略としては比較的メジャーなものであるが、この戦略を代表する生き物こそイワシである。
そんなイワシと俺たちの間を我が物顔で堂々と横切る大きな影。
「すげー!エイだ!なあなあ!あれってどういう生き物なんだ?」
「エイは魚だよ。確かに、一見そう見えないかもしれないけどな。」
円盤状の独特のフォルムを持つ海洋生物、エイ。
これでもれっきとした魚類であり、種としてはサメに近い。
扁平な体の正体は胴部と一体化し水平に伸びた大きな胸鰭である。
背鰭、尾鰭が退化していることが多いのも魚には見えにくい一因だろう。
因みに今俺たちの目の前を横切ったものはアカエイという種類だ。
日本で見られるエイとしては最も一般的なものだが、有毒種としても知られる。
とはいえ尾に毒針を持つだけであり、普通に食用にもなるらしい。
アイヌ民族はアカエイの毒針を利用してたこともあるそうだ。
他、色々な水槽を回りながら多種多様な魚、海洋生物を春佳と見た。
クルマダイという魚は目が大きく、春佳曰く珠希はこういうのは苦手らしい。
コティロリーザ・ツベルクラータという地中海のクラゲは幻想的だ。
春佳は水槽に食らいつくように見入っていた。
オオカミウオ、カクレクマノミ、ダンゴウオ。
ダイオウグソクムシ、それとリュウグウノツカイの標本。
シラスの一生は俺としては興味深かったが春佳的にはそうでもなかったらしい。
逆にペンギンやカピバラ、カワウソは春佳的にはかなり気に入ったらしい。
元々ここら辺は女子ウケの良いラインナップではあるか。
浪造が見られないと聞いて唖然としていた春佳はもうここにはいない。
だが明確な目的が理不尽な横やりで果たせなくなった事実は変わらない。
当人はまるでそれを感じさせないほど目をキラキラさせているが。
責めて何かもう1つ、ここで楽しい思い出を作ってやれないだろうか。
実は1つだけ、考えていることがある。
腕時計に視線を落とす。もう少しだ。
時間的にも今日はこれを見て引き上げる形になるだろう。
春佳が気に入ってくれるなら良いんだが。
「春佳、最後にイルカショーでも見ていかないか?」




