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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅰ】
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【16話】蘭の帰宅

弥彦(やひこ)


「ご馳走様でした!いやあ、それにしてもマジで美味かった。ありがとうな。」

「どういたしまして。そう言ってもらえると腕を振るった甲斐があったわね。」


12人での賑やかな会食。普段は中々できない貴重な経験だった。

昔叔父さんのツレで社交の一環として連れていかれたことはあったが、あの時は味が殆どわからなくて損をした気分だったな。

そういう意味では、俺にとって初めての時間だったと言ってもいい。


ほぼ全員が初対面の(らん)には気まずい場かと思ったが、皆が割と積極的に話しかけていたのでそんなこともないようだった。

当たり前だが、俺とのさっきの会話より弾んでいた。


果音(かのん)が中心になって振舞ってくれた豪勢な夢原(ゆめはら)家フルコースは格別に美味かった。

メインは大きなハンバーグ、付け合わせに人参のグラッセとポテトサラダ。

更には白身魚のムニエルが1人一尾ずつ。

卓の中央には文字通り山盛りの唐揚げ。


見ているだけで腹一杯になりそうなボリュームの暴力。

夢原家の帳簿が火を吹いていないか心配になるレベル。

それがさっきまで眼前に広がっていた。思い返すだけで更に腹が膨れてしまう。


「男子ってやっぱりよく食べるのね。パパさんより食べてたわ。」

「そうか?珠希(たまき)春佳(はるか)、それに蘭だってよく食べてたじゃないか。」

春佳がよく食べるのは普段の腕白さから考えればイメージ通りだ。

珠希は以前に俺の家で煎餅を1袋丸々食べているのでこれも不自然ではない。


だが蘭がよく食べるのは正直かなり意外だった。

果音に返答しながらそのことがふと脳裏を過る。


「……何か文句あんの。」

蘭に横目をやると彼女は俺を不満そうな顔で見つめていた。

俺の発言は彼女の気に障ったらしい。

「いいや、無いよ。」


豪徳寺(ごうとくじ)君、女の子は気にするんだから気をつけなきゃダメだよ?はい、これ食後の紅茶ね。」

咲花(さきか)が嗜めながら湯気の立った気品あるティーカップを配る。

「そういうの、デリカシーって言うんやで。」

和装の畳ヶ原(たたみがはら)が横文字を使うと違和感が凄いな。


食後の束の間。ホッとする一息。

咲花の入れてくれたレモンティーが美味しい。

楽しい談笑の時間はあっという間に過ぎていった。


如月(きさらぎ)ー、そろそろウチの親が迎えに来るけど、乗ってくよね?」

「ああ、せやなあ。ほな、お言葉に甘えさせてもらうわ。」

飛籐(とびとう)が畳ヶ原に声を掛け、もうそんな時間かと時計を見る。

時刻は既に20時に差し迫っていた。長居してしまったものだ。


「およよ、では吾輩もそろそろお暇させていただきますかな。大変に美味しい夕餉でありました。ご馳走様であります。」

「……じゃあ、私も行こうかな。」

御霊石(みたまいし)がカバンを持って立ち上がり、蘭もそれに続く。


「ちょっと待って蘭、あなた一人で大丈夫なの?」

声を掛けたのは咲花である。心配になるのは無理もないだろう。

何せ今日の昼過ぎは腹が空きすぎて足元がおぼつかなかったのだから。

そしてスマホや携帯電話も何か事情があって持っていないらしい。


「いやいや、いくら何でも心配しすぎだよ。流石にあれだけ食えば大丈夫だって。お世話になりました。」


蘭は首を横に振るも、咲花が向ける視線は明らかに疑わしいという目だ。

突き刺さるそれに蘭は微妙な表情で閉口する。

咲花の気持ちは俺も理解できる。


「歩いて帰れる距離なんだろ?だったら俺がボディーガード代わりに一緒に帰ってやるよ。なあ咲花、それなら安心だろ?」


夢原姉妹ではこの辺りの土地勘はまだ怪しいだろう。俺が適切だと申し出る。

何より一緒に行くのが男だった方が、何かあった時に役に立つだろう。

その何かは勿論ない方が望ましいのだが。


「……どっか連れ込んで変なことする気じゃないだろうね?」

護衛対象の視線と言動は冷ややか極まるものである。

ここに無理やり連れてきた側面もあるし、そう思うのも当然ではあるか。

俺が助けてやったのに、なんて言わない。


「じゃあ私も一緒に行くよ。それでどう?」

提案をしてきたのは凪乃(なぎの)だった。

あまりこういうのには関わりたがらない、内向的なタイプだとばかり思っていた。


「……チッ」

蘭は諦めの表情と舌打ちの後、溜息をついた。

これは肯定の意思表示と読み取って良いんだろうか?


◆◆◆


4月とはいえ、この時間では外は真っ暗だし夜風も冷たい。

半袖のTシャツでいるのも災いしている。風邪を引いてしまいそうだ。


3人で並んで歩く夜の闇の中。蘭の足取りは昼過ぎのそれとは流石に別物だった。

「かなり良くなったじゃないか。どんだけ腹空かせてたんだよ。」

「あれだけ食わせてもらえば当たり前だよ。だから心配しすぎだって。」

ちょっと過保護が過ぎたかも知れないな、と心の中で反省する。


蘭と俺の後ろを半歩遅れて付いてくる凪乃は家を出てから全く喋らなくなった。

学校でも普段から無口で何を考えているのかよくわからないので不思議ではない。

御霊石など、仲が良い友人と一緒にいるときはそうでもないようだが。

七つ子の中では真子(まこ)と並んで御霊石と特に話が合うらしいが、それは不思議だ。


「おい蘭、本当にこんなところに住んでるのか?」

蘭の進むまま長々歩くと、それにつれて段々と道を照らす街灯は減ってきていた。

反対に増えてきたのは廃墟である。ここは金閣(きんかく)町のかなり端の方だ。

凪乃も怪訝な目で周囲の状況を確認している。


「怖いなら帰れば?というか、怖くなくてもここまでで結構だけど。」


そう言って蘭が立ち止まったのは金閣町の外れにあるシャッター街の入り口の前。

この辺りはもう殆ど人が住んでいないと聞くし、俺も地元とはいえ馴染みはない。


「……この奥?」

家を出てから初めて凪乃が口を開いた。俺も同じ疑問を持ったところだ。

口を開けて待ち受けるシャッター街は時間が時間とはいえ人の気配を感じない。

中央商店街なら仕事帰りの人や彼ら相手の居酒屋が賑わっているだろうに。

この温度差が同じ町の中に、それも歩ける距離で両立しているのも歪な話だが。


「じゃあね。もう会うこともないだろうけど。ごちそうさまでした。ああ、あの子に料理美味しかったよって伝えておいて。色々世話になったね。」

蘭はそう言い残して人の居ないかつての商店街の中に消えていったのだった。

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