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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ(打ち切り)  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅱ】
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【101話】弥彦にとっても特別な日

弥彦(やひこ)


誕生日が楽しくなくなったのは5歳の時だ。

初めて過ごした1人の誕生日。あの日以来ケーキに味がしない。

あの時はケーキを半分以上残してダメにしてしまったんだったっけ。


6歳から先はケーキすら食べていない。プレゼントも貰ってない。

一般的にはそういう風習があると知ってても俺にとってはそれが普通だった。

10年近くずっとそうしてきた。今後もそうなるといつからかそう思っていた。


それがどうして、こんなにも楽しく思えるんだろう。

この輝かしく愛おしいひと時を味わっていたいと思えるんだろう。

記憶の底から蘇って来るのは4歳の時の記憶だ。あの日も楽しかった。

婆ちゃんがまだ俺に付き合っていてくれた時の頃だ。プレゼントも貰った。


それ以前は幼過ぎて記憶にない。それ以降は楽しかった記憶がない。

だから俺にとって唯一の楽しかった誕生日の記憶だ。それが蘇ってくる。


ああ、そうだ。本来誕生日ってこんなに楽しい物だったんだな。


「じゃあケーキ切り分けようか。…でも13等分って難しくない?」

「2等分を繰り返していくと16等分出来るから取り敢えずそれで…」

「いやそれもっと難しいから!絶対に途中で崩れちゃうやつだから!」

コントみたくじゃれ合う愛依(あい)凪乃(なぎの)真子(まこ)を見て微笑ましくなる。


こういう多人数の誕生日は俺の知らない光景だ。

これだけ人数が集まれば、そりゃ賑やかで楽しくもなるよな。


「取り敢えず3等分してから4~5個ずつ切り分けるで良いんじゃない?」

「それが一番手っ取り早いやつでありますなー。吾輩も賛成であります。」

「わ…私は小さいやつで大丈夫…だから…。」

(らん)が提案し御霊石(みたまいし)が同調し、若葉(わかば)が遠慮がちな一言を添える。


「ほら、包丁貸して。私が切り分けるから。」

遂に見かねた果音(かのん)が自ら包丁を取って切り分け始めた。

慣れた手さばきであっという間に終わらせる正に匠の技。

しかも大きさには殆どバラつきが無いのだから大したものだ。


豪徳寺(ごうとくじ)君はこれ。畳ヶ原(たたみがはら)さんはこれ。飛籐(とびとう)さんはこれね。」

そして切り分けたそばから皿に取って各人の元に並べていく咲花(さきか)

血を分けた姉妹だからか流れるようにスムーズなコンビネーション。


そうして俺の前に運ばれてきた生クリーム仕立ての三角柱。

見た目は特に何も言うこともない、一般的なショートケーキだ。

だがそれがどうして、苦しくなる程に満腹だった俺を誘惑する。

味がしないからと拒みたかったハズのケーキを、俺は食べたくなっている。


俺は抗えなかった。いいや、きっと心の底から欲望のままに動いた。

無意識に手に取ったフォークがふわりとするスポンジをスッと切る。

そして俺はそれを掬い上げ、かつてそうしたように口の中へ運ぶ。


嗚呼、甘い。


思い出した。ケーキって、こんなに甘くて、美味しい。

ケーキを食べてちゃんと味がする。俺はケーキを味わえる。

なんて素晴らしいケーキだろう。なんて素晴らしいことだろう。


「うわ、豪徳寺ケーキ食べて泣いてる…。」

春佳(はるか)に言われて涙が頬を伝っていることに気づいた。

でも止められなかった。止めようがなかった。涙も、食欲も。


あれ程に味がしなかったケーキがどうして今更?

そんなことはどうでも良い。今はこの幸せを噛み締めたい。

この甘いケーキに浸れる事実を味わっていたい。できれば、ずっと。


「何で私たちの誕生日ケーキで豪徳寺君が泣くのよ。」

珠希(たまき)の言うことも最もだ。だが抑えられない。抑えが利かない。


「まあ美味しいなら美味しいで私は作った甲斐があったのだけれど…。…ええと、美味しいのよね?」


美味いかどうか?その答えは決まり切っている。

「ああ、すげえ美味い…。」


味わえば味わう程に涙が止まらない。

生クリームの甘み。スポンジの甘み。イチゴの酸味。

それらが口の中で交わって三位一体を成し、真の意味でケーキとなる。


満腹だったハズなのに。食べたくなかったハズなのに。

気付けば俺はケーキを平らげてしまっていたのだった。


◆◆◆


全員がケーキを食べ終え食器を片付けている最中、畳ヶ原が立ち上がった。

「せや、プレゼント渡す前に短冊書いて吊り下げんとあかんな。うっかりしてたら日付変わってまうで。」


言われて時計を見る。確かにもう21時を少し過ぎている。

楽しい時間であればある程、その経過をあまり感じられないものだ。


そういう訳で、全員で短冊に願い事を書いて七夕の夜に揺れる笹に吊り下げた。

本来なら七夕の夜にやるようなことでもないんだろうが、それを言うのは野暮だ。


「プロになる!」

一番上の短冊は字が太くて文章も短く、目立つし読みやすい。

これはセパタクロー一筋な飛籐の如何にもアスリートらしいものだ。

「いつも同じことばっかり言ってるから代り映えしないけど、アタシこれしかないからさ。」


「ミス金閣(きんかく)学園になれますように。」

この短冊は妙に達筆だ。確かミスコンは文化祭のイベントだったか。

「その短冊書いたんはウチやで。もう文化祭も近いし、お星さまにも祈っとかんとな。」


「私が選ばれますように。」

力強い字だが、それよりも短冊が派手なツートンであることに目が行く。

「これ御霊石の短冊だろ?選ばれるって畳ヶ原と同じミス金閣学園にか?」

「はて、どうでありますかな。きっといつかわかる日が来るであります。」


「いつまでも皆で仲良く過ごせますように。」

筆跡は違えど全く同じ文章の短冊が合計9枚。

これは七つ子、そして蘭と若葉の願いだろう。

ささやかではあれど、無難と言うのは失礼だ。


七つ子はきっと毎年願い事を揃えてるんだろうな。

仲睦まじい姉妹であるのは今更言うまでもない事実。


蘭や若葉には将来に不安のある中で絞り出した切なる願いか。

だがきっと願いは叶うだろう。それを思い続けている限り、必ず。


「豪徳寺君は何をお願いするの?」

愛依に聞かれたので吊るす前に見せる。

「俺か。俺はこんな感じだよ。…おかしいかな?」


「ううん!全然!」

我ながらジジくさい願いだと思ったが、愛依は満面の笑みをくれた。


「またいつかこんな楽しい日が過ごせますように。」

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