【97話】弥彦の金庫
◇弥彦◇
エンジン音を聞いて窓の外を見やると大きなトラックと現金輸送車がやって来た。
どちらも俺の用事で物を運んできてくれたのだ。意外に早かったが助かった。
あそこにいられたらバイトの面接から帰って来る七姉妹が通りにくいからな。
さっさと片づけてしまおう。
金庫は予想より大きかった。平日少しずつ部屋を掃除していて良かったな。
作業員たちが俺の指示のもとテキパキと金庫を取りつけ、俺に説明する。
更に現金輸送車が運んできた現金を警備員が金庫に入れてくれる。
説明も込みで作業時間は1時間と少し。これは予想より早い。
結果、午後2時を回る前に全て終わり作業員や警備員たちも引き上げた。
これはプロの仕事だ。突然の無理な注文に対応してくれて感謝しかない。
「蘭、若葉、ちょっと良いかな?」
俺はまず2人の前で金庫を開けた。中には札束がギッシリ詰まっている。
2人は思わず目を丸くする。まあ、こんな現金中々見ないもんな。
「このお金は…?」
蘭は震える声で問う。勿論、それを今から説明する。
「これは何かあった時の為に自由に使って良い金だ。緊急事態に備えてな。ヤマトも来たことだし必要だと思って用意したんだ。」
「お…多すぎない…?」
そう声を震わせる若葉に答える。
「少ないよりはマシだろ。ええと、この束が1つ100万円でそれが100個ある訳だから…10億円かな。」
いざという時、少ないでは困る。これだけあれば早々起き得ないだろうが…。
「暗証番号も教えておくから、必要だと思ったら迷わず使ってくれ。勿論、一番はそんな事態が起きないことなんだけどな。」
この用意した金庫ごと杞憂に終わる。それがベストだ。
転ばぬ先の杖とも言う。お守り程度の役割を全うしてくれれば十分だ。
「…いや、やっぱり多すぎるって。10億円は。」
蘭は開かれた金庫の中の札束に眉をひそめながら言う。
「そうは言うけど誰かが大ケガしたりヤマトが変な病気にかかった時の事考えたら用意しとくのは多すぎるくらいで良いだろ?大は小を兼ねるってな。」
「私も…それでも多すぎると思います…。」
若葉からも不評。別に間違っちゃいないと思うんだけどなあ。
この間凪乃や真子に言われた通り、やっぱ俺の金銭感覚は少しズレてるのか?
少ししてから愛依たち7人が面接から帰って来た。
まさかこんなに早く帰って来るとは思わなかった。
因みに全員が合格ということだ。それはめでたいな。
…というか、その店はよくもまあ7人全員雇う決断をしたな。
七つ子なんて物珍しいし、客寄せパンダ程度に考えてるのかもしれないが。
まあ愛依たちが嫌がらないなら俺から敢えて言うようなことは何もあるまい。
◆◆◆
愛依たちにも金庫の事を説明したが、喜ばしい反応は得られなかった。
それどころか呆れ返った咲花からナイフめいた切れ味の言葉を浴びせられる始末。
「あんまりこういうこと言いたくないんだけど…豪徳寺君ってバカなの?」
「そ…そんなにか…?」
そんな事を言われるだなんて思ってもいなかった。
もしかしたら蘭や若葉のような微妙な反応かもしれないとは覚悟したが。
次いで果音も追い打ちと言わんばかりに畳みかける。
「そんなにでしょ。いないわよ隣人に10億円の入った金庫まで案内して暗証番号まで教えちゃう人。」
「アタシ達やヤマトを心配してくれてるのは本当ありがたいんだけどさぁ…。」
「それってウチの問題で豪徳寺君にそこまでされる義理ないし…。」
春佳や真子もすこぶる微妙な反応だ。
「ていうか私お金返す必要なくな痛ッ!」
珠希の発言に反応して真子がハリセンを後頭部に振りぬく。
スパーンと小気味いい音がして珠希は床に転がって悶え苦しむ。
いやまあ、俺としては別に返済云々の話もどうでもいいんだけどなあ。
「まあまあ、豪徳寺君は善意で用意してくれたんだし…。そもそもこれは緊急時の時に何かあったらの話でないならそれに越したことはないんだから…。」
俺を責める空気になったのを愛依が宥める。
その優しさが身に沁みる。
「いやまあ、そうだとしても多すぎるんだけど。」
上げて落とす。優しくしてから刺す。残酷な仕打ちだ。
傷心の俺に凪乃は正面から諭すように語り掛ける。
「100万円もあれば十分なんじゃないかな。そういうお金って。勿論それだって豪徳寺君の為のお金であって、私たちは私たちで別に用意するべきなんだけど。」
七つ子はそもそも俺に世話を焼かれるのが好ましくないらしい。
正しく余計なお世話ってやつか。お節介ってウザがられるもんな。
いや、俺としては普段の恩があるからこれくらいは…と思ったんだけど。
人付き合いって難しいもんだなあ。




