【93話】春佳と子猫(2)
◇弥彦◇
七つ子、及び蘭と若葉による子猫の名前決定会議。
「はい!」
一番最初に思いついたらしいのは愛依だった。
声を出しながら腕をまっすぐ真上に伸ばして挙手をする。
「ジジ!」
「却下。」
声高に宣言された名前は黒猫界の大御所。
そしてそれは次の瞬間には呆気なく果音に拒否される。
「可愛い名前が良いわよねえ。例えば…ちょむすけ、とか?」
「それ、可愛い?」
果音が挙げた例に咲花は渋い顔だ。
「タチ、とかどう?」
「ダメです。ダメに決まってるでしょ。絶対に通さない。」
横から珠希が提案するも今度は凪乃が食い気味に否定した。
更に凪乃は追い討ちをかけるが如く否定した理由を述べる。
「猫だからって安直すぎるし発想が酷い。本当に酷い。」
俺にはよくわからないが酷い名前だったらしい。
少なくとも凪乃が全力で否定する程度には。
意味は…詮索しないでおくか。
「そう言う凪乃は何かないの?」
咲花に問われ凪乃は再び考え始める。
「♂の猫だから…幸子とかってどうかな?」
「♂って協調した上でその名付けのセンスは全然わかんない。」
俺も咲花に全面的に同意だ。将来的にラスボスにしたいんだろうか。
「ストレイ・キャット…うーん、猫にキャットって名前はどうなんだろう?」
真子も頭を悩ませている様子だが、聞こえる言葉に難がある。
「ハッ…ストレイツォ!!」
真子は天才的なひらめきでこれ以上ない名前を思いついたとでも言いたげだ。
彼女の自信満々な表情と声の大きさでこの場の誰もがわかっただろう。
だがそのネーミングセンスはこの場の誰にもわからなかったらしい。
「…どういう名前なの?それは。」
真子に尋ねる蘭の表情は困惑そのもの。無理もない。
「…誰か他にもっとまともな案はないの?」
果音もすっかり呆れている。
流れかけた沈黙に蘭が一石を投じる。
「普通にクロとかじゃダメなの?無難だけど…。」
寧ろ何故ここまで誰も提案しなかったのか不思議な名前だ。
そして誰も否定しない。このまま決まる雰囲気だ。これで名前は決定か?
きっと誰もがこれで決まると思っただろう。
その場に反対する人は誰もいなかった。人は。
「しゃー!」
いつの間にか起きていた子猫は蘭の方を向き、幼いながらに威嚇した。
それこそ、その名前が気に入らないと言わんばかりに。
幼過ぎて毛が逆立っていてもどこか微笑ましい。
「…本人はめっちゃ嫌がってるな。」
「うわ、生意気。」
春佳が子猫の機嫌を取り、蘭は口を尖らせる。
本人が呼ばれて気持ちの良い名前、というのは1つの条件だろう。
言葉が通じない故の盲点だが、彼にも自我があり好き嫌いがあるのだ。
「私は良いと思うけどなあ、クロちゃん…。」
若葉の言葉は蘭へのフォローかそれとも素直な感想か。
しかし当の子猫は人語を理解していると思われても納得の行く反応の速さでその身を翻し、今度は若葉に威嚇する。
「そんなにダメなんだ…。」
若葉はすっかり意気消沈。泣きそうですらある。
気弱なのは仕方ないと思うが、それでも子猫相手には負けないでほしい。責めて。
「豪徳寺君も何か1個くらいアイデアない?案外決まるかも。」
折角愛依にこう言われたことだし俺も何か1つ考えてみるか。
とはいえ俺もペットなんて飼ったことないし自信は無いが。
「…クラウディア。」
「あ、♂なんだったな。今の無しで。」
何故か俺の口から出たのは♀に相応しそうな名前だった。
どうしてそんな名前が咄嗟に浮かんだのかはわからない。
どういう訳か、何故か急にそんな名前を思いついたのだ。
「いやいやいや。何よ今の。元カノの名前?」
「俺に外国人の知り合いなんて1人もいねえよ。」
珠希が興味津々に食いついてきたが俺は一蹴する。
「ヤマト…とかどうかな。」
春佳が子猫を大事に抱えながら呟いた。
「黒猫だから?それもそれで単純な気がするけど。」
「とはいえ、ここまで上がってる候補の中ではアリ寄りだよね。」
春佳のアイデアに果音、凪乃が銘々に感想を述べる。俺もアリだと思う。
そして何より。
「にゃあ。」
春佳に抱えられた子猫が彼女の顔を見上げて一声鳴いた。
今までの威嚇のそれとは違い、その声や様子から不機嫌さは感じられない。
「気に入ったんじゃない?」
「あら、じゃあヤマト君で決定?」
蘭、咲花も穏やかな子猫の表情を見て微笑む。
「なあ豪徳寺!どうかな!」
「おう。良い名前じゃないか?」
こうして子猫の名前は無事に決定した。
春佳が名付けたという事実にも運命的な物を感じる。
これからヤマトがすくすく育っていくことを俺も楽しみにしている。
隣人という立場から見守らせてもらおう。大きくなるんだぞ。
12月は日曜日も投稿します。週2更新です。
次回更新は12月1日(日)です。




