【92話】春佳と子猫(1)
◇弥彦◇
放課後、俺は春佳に言われるまま他の姉妹6人と共に校舎裏にやってきた。
「で、話ってのはこれのことなんだけど…。」
春佳はガサゴソと制服の内側に大事に抱えていたそれを取り出す。
それは1つの小さめの段ボール箱であった。中から何か動く音がする。
それ以上に段ボール箱に書かれた文言が内容物を声高に主張している。
”生まれたての男の子です。可愛がってあげてください。”
春佳が段ボールを開く。
その中にいたのはもぞもぞと蠢く小さな黒い毛の塊。
見えているのかも定かではない目で上から覗き込む俺たちを見上げ、幼く高い声で鳴いた。
子猫だ。
「わあ、可愛い!」
それを一目見るなり愛依は甲高い声を上げる。
そんな愛依の様子にに半ば呆れ返りながら果音は春佳に問う。
「全く能天気なんだから…。で、どうするのよ春佳。飼うの?」
だが春佳が答える前に咲花が遮る。
「ちょっと冗談じゃないでしょ飼うだなんて!!私イヤ!!」
咲花がここまで激昂して我を出しているのは見たことが無い。
それ程までに拒絶反応を示すからには何かしら理由があるのだろう。
「ていうかウチってペット大丈夫なの?」
隣の珠希は荒ぶる咲花の姿など眼中にない様子だ。
逆にこちらは普段通りと言えば普段通り。どこまでも珠希らしい。
「それは大丈夫だって。昼休み経堂さんに確認した。」
珠希に答えるのは凪乃。唯一この子猫のことを知らされていた姉妹。
先んじて必要事項をチェックしておく抜け目の無さは流石だ。勘が鋭い。
「蘭と若葉にアレルギーが無きゃ良いんだけどねー。豪徳寺君は平気なの?」
真子の言う通り、猫アレルギーでは猫を飼うのは厳しい。
逆に真子はそれが無ければそれ以外に特に思うところは無さそうだ。
「俺は問題ない。…それより、まずはコイツを病院に連れて行かなきゃな。」
「この子、病気なのか!?」
俺の言葉を聞いた春佳が動揺し出す。
「それが無いかを確かめるんだよ。それに病気じゃないにせよ置かれてた環境次第じゃ栄養失調って事もあるかもな。何にせよ1回は専門家に診てもらおう。」
動きは頼りなくヨロヨロとしているが、どうも幼さ故の覚束なさにも見える。
ただしこれは素人のパッと見に過ぎない。それは俺らには判別ができない。
それこそ場合によっては…長くはないかもしれない。
春佳の為にもそうでないことを祈ってやりたいが。
◆◆◆
動物病院での診察は無事に終了。
幸い健康状態は少し弱っているだけとのこと。
ちゃんと餌をやって世話をすれば元気になるらしい。
帰り道がてら商店街で必要な物も買い揃えることができた。
残る試練はたった1つ。
「後は咲花の説得か。…やたら嫌がってたけど、昔何かあったのか?」
あの嫌がり方は何となく等ではなく、明確に理由がありそうだ。
それこそ、あの咲花にあそこまで嫌がらせるのだから相当だ。
「…野良犬に手ェ噛まれたことあるんだよ、咲花。アタシ達が小学生になる前。」
「ああ…。」
腑抜けた感嘆を返すのが精一杯だった。
手を噛まれる。動物がトラウマになるには十分すぎる理由だ。
幼い時ならば尚更、野犬は恐怖の象徴と言わんばかりに大きく見えただろう。
猫は犬と同じで場合によっては噛む動物だ。
更には爪で引っ掻く事もある。咲花にとっては難敵も難敵な訳だ。
「じゃあしばらくは俺の家の方にケージ置いておくか。どっちの家にいたって日中は蘭と若葉に世話を任せることになるんだし、大した違いはないだろう。」
「何から何まで金出してくれたのにそんなことまでしてもらって悪いなー。その分までいつかちゃんと返すよ。」
「気にすんなって。」
咲花の説得は難しいと言うより無理。押し通すのは咲花が可哀想だ。
別にずっと俺の家にケージが置いてあるとしても俺は構わない。
さて、そうなれば子猫に関する話し合いに参加しない訳にもいくまい。
俺は両手に数々の荷物を抱えたまま春佳と共に夢原家に入る。
「ただいまー!」
「あ、お帰りなさい。豪徳寺君もありがとう。良いタイミングね。丁度色々と話がまとまった所なの。」
出迎えてくれたのは果音。
話がまとまったとはどういう事だろうか。
リビングに行くとそこには蘭と若葉もいた。
俺と春佳を除く8人で話し合っていたようだ。
その話題たる子猫はミルクを飲んだ後に寝てしまったらしい。
俺と春佳は決められた話について説明を受けた。
要約すると以下のようになる。
・かかる諸費用は姉妹の仕送りから折半
・世話係はローテーション 平日の日中は蘭と若葉
・ある程度成長するまで基本はケージの中にいてもらう
・子猫の飼育に関する最終的な責任の所在は春佳にある
更に咲花には以下の特別事項が付け加えられている。
・咲花はなるべく早く慣れるように努力する
・咲花が世話係の時は誰かがフォローに入るようにする
思いの外しっかり細部まで決められていたのには驚いた。
咲花を思ってのケージ隔離案もどうやら廃案となりそうだ。
人数が多ければ密度の濃い議論ができるのは当然と言えば当然か。
「さて、後はいよいよ名付けだね。折角だから豪徳寺君も参加する?」
「おう、それだけ覚えて帰ろうかな。」
愛依に誘われたのでもう少し顛末を見守ろうと思う。
自分のペットではないのだし名付けに参加する気は無いが。
俺以外の9人が一斉に考え始める。
この子猫には一体どんな名前が付けられることやら。




