【88話】なんてったってアイドル
◇◇◇
「AIRUさん、ちょっと良いかな。」
『イグニッション東京予選・スペシャルブロック』終了後、楽屋から着替えて帰る間際だったAIRUを呼び止めたのはとぅんくΩだった。
AIRUは声の主に気が付くと向き直って深々と頭を下げる。
「あ…!お疲れ様です。…今日はありがとうございました!」
「ああ…えっと、お疲れ様。それで話なンだけど…。」
「私に話…ですか?」
AIRUには話しかけられた理由がわからなかった。
彼が彼女にかける言葉があるとしたら、それは既にステージの上で貰っていたからだ。
「今日のステージさ、本当に良かったよ。」
「ありがとうございます。」
AIRUは即座に言葉を返し、またも頭を下げる。
「結果を決めン会議でさ、皆が君の事を評価してた。本当はこれ言っちゃいけない話なンだけど、【白味噌オールスターズ】とはポイント差かなりあンだぜ?」
「はい…。」
AIRUは目を伏せる。
とぅんくΩの言葉が事実だったとして結果が変わるものではない。
「勝手なお願いなのはわかってンだけどさ、来年もまた『イグニッション』に来てくれよ。」
AIRUは沈黙する。とぅんくΩは続ける。
「何せ不安定な業界、確実とは言わンけど、俺は君が次の時代を担えるアイドルの素質があるって睨んでンだ。君が今日ここで勝ち得た評価は素晴らしい物さ。」
「だったらどうして!!私は2位だったんですか!?」
とぅんくΩの言葉を遮るようにしてAIRUの口から飛び出した言葉。
「あ…。」
AIRUは自らの行動に驚いた。
まるで脊髄反射のように考えるよりも早く叫んだから。
普段の自分なら考えられない程に大きな声が出たから。
涙が溢れ出していたから。
「…【TAKE OFF GIRLS】の方が凄かったからだ。」
とぅんくΩの言葉は冷静で、的確で、残酷だ。
「君はソロで【TAKE OFF GIRLS】は7人。ステージの大きさを活かした華やかさではどうやったって彼女らに軍配が上がる。君と彼女らの明暗を決めたのはそこだ。でも寧ろ君はね、一番手でこれでもかって暴れて【TAKE OFF GIRLS】以外の全員よりも魅力を提示してみせた。それも事実。」
顔を伏せるAIRUの目から涙が床にポタポタと滴り落ちる。
とぅんくΩは構わず続ける。
「この前の予選も見た。正直、記憶には残らなかったけどね。でもその時の悔しさをバネに今日のパフォーマンスに繋がったなら次はもっとやれる。君は才能の塊だ。」
AIRUは言葉を返さない。否、返せない。
感情がゴチャゴチャと絡み合って言語にならない。
とぅんくΩは言い終えるとくるりと後ろを向いて歩き出した。
そしてそのまま、最後に告げる。
「ま、俺が何を言った所で君の人生。誰も強要なンかできやしない。…でも、よく考えて決めなよ。じゃ。」
歩き去るとぅんくΩ。AIRUはようやく顔を上げた。
泣き腫らしたその顔は地味な私服も相まってステージ上での面影はない。
全力を出して負けた悔しさ。無論、幾度となくAIRUが味わってきた経験。
だが【TAKE OFF GIRLS】に負けた今回のそれは今までで最も割り切れない。
それこそ、ついこの前に剣見鏡花に負けた時とさえ比較にならない程に。
とぅんくΩの言葉はそんなAIRUの心をほんの僅かに燃え上がらせた。
涙に濡れて消えてしまっていた生来の負けず嫌いの炎を再び灯したのだ。
AIRUはばちんと両手で頬を叩き、気合を入れ直した。
その表情は悔しさに泣いていた少女のそれとは全くの別物。
その目は明日を見ている。まだ見ぬ自らの未来を見据えている。
悔しさに嗚咽し歯を食いしばっていた口元には笑みすら浮かんでいる。
AIRUは振り返り、会場の外へと歩き出す。
その姿はどこか勇ましくさえ見える程だった。
◆◆◆
「待って。」
「…!?」
AIRUがまたも呼び止められたのは会場の外に出てすぐ。
声の方を振り返ったAIRUは驚きを隠せなかった。
そこにいたのは7人のアイドル。
私服でありながらアイドルとしてのオーラを放っている。
街灯に照らされているだけなのに、それですら神々しささえ感じる。
だがAIRUはすぐに顔をしかめた。
良い気分な訳が無い。相手はこのステージで唯一AIRUを打ち負かした相手。
【TAKE OFF GIRLS】である。
声を掛けたのはリーダーの灰川ヨシノ。
彼女がAIRUに向けている表情もまた真剣なものである。
それ以外の6人は彼女を見守るように後ろで並んで微笑んでいる。
「…負け犬を冷やかしにでも来たの?」
AIRUは不機嫌を隠さないどころか臨戦態勢を剥き出しにする。
短くない芸能人生、かつてAIRUに取ってこの手の荒事は日常茶飯事だった。
この程度は即座に言えるだけの肝、無ければ険しい芸能界では話にならない。
ヨシノは1つ、大きな深呼吸をした。
AIRUも何を言われるのかと身構える。
「…私たち、上で待ってるから。」
それだけ言い残すとヨシノは振り返り、さっさと歩き去ってしまった。
「ちょっとリーダー、それじゃ感じ悪いですよぅ!」
慌てて追いかけるように周囲のメンバーが何人か続く。
「ごめんね、ウチのリーダーが。悪い子じゃないんだけど、不器用でさ。」
仕方なく笑うのは【TAKE OFF GIRLS】メンバーの1人、カヤ。
ヨシノを追う何人かには混ざらなかった。
「またどこかで会うだろうし、連絡先交換しとこ?」
「え、あ…。はい…。」
先程のAIRUの態度が無かったかのようにフレンドリーに接するカヤ。
その点にもAIRUは困惑し、呆気に取られてしまった。
言われるがままに連絡先を交換してしまう。
「私もお願い。良いよね?」
「え…?まあ、はい…。」
カヤに続いての2人目。AIRUは呆気に取られっぱなしだった。
何故ならその2人目とは、かの凶谷マユその人だったからである。
AIRUは今の自分が目にしている光景が現実だとは半ば信じられなかった。
「AIRUちゃんも大変だろうけど、これからも頑張ろうね。じゃね!」
マユはそう言ってAIRUと握手をし、カヤと共にヨシノの方に駆けていく。
自分が何か言うべきことはないか?AIRUは逡巡する。
優勝への称賛か?違う。健闘への労いか?それも違う。
AIRUはアイドルだ。【TAKE OFF GIRLS】はアイドルでライバルだ。
ならばこそ、AIRUがここで言うべき言葉とは必然的に1つしかない。
「いつか絶対に!!追い越してやるんだから!!」
道路を挟んだ反対側の歩道の通行人にさえ聞こえる程の大声。
魂から絞り出したAIRUの渾身の言葉はその音量以上に遥かに意味を持って、確かに【TAKE OFF GIRLS】に届いた。
「ふふ、上等じゃん。」
「ライバル登場だね。」
後ろから聞こえる宣戦布告に微笑むヨシノと笑いかけるマユ。
近い未来、アイドル史にその名を刻む者たちの歴史的邂逅の瞬間であった。
豪徳寺弥彦(不在)と15人のフィアンセ(不在)
次回【89話】から弥彦と7つ子のわちゃわちゃに戻ります。




