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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅱ】
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【86話】そしてAIRUは

◇◇◇


「ま、そうなンか…。」

とぅんくΩは自分以外の審査員が出した結論を聞いて頷いた。

その結論が自分と同じ物であり、尚且つ予想出来た結果だからだ。


全員が同じ結論を出すことなどそうはない。

だがしかし今日この場においてそれは必然だった。


『イグニッション』の決議を決めるために設けられた時間は15分。

場合によってはこれでも十分な議論などできないこともある。

しかし今日は残り10分以上も残されている。

勿論こんなことは異例中の異例である。


「まあ、あんなもん見せられたらな。」

しかしとぅんくΩ含めこの場の全員がこれを想定していた。

それ程までに今回の『イグニッション』は圧倒的な結果だったのだ。


弥彦(やひこ)


結果発表の審議にかかる時間は15分。

これを短いと思う人間はいても長いと思う人間はいまい。

しかし今の俺たちにとっては永遠にも等しい15分でもある。


AIRU(アイル)は…大丈夫よね…?」

そう言う珠希(たまき)の声は震えていた。

手は【TAKE OFF(テイクオフ) GIRLS(ガールズ)】の出番が終わってからずっと俺の手を握っている。


珍しく弱気だが、きっと不安で仕方がないのだろう。

何せ【TAKE OFF GIRLS】のステージは圧倒的だった。

AIRUに負けず劣らず、思わず目を奪われる凄まじいパフォーマンス。

流石に大本命と囁かれるだけはある。今でも体の熱が完全には冷めない。


「…お前が信じてやらなくて、誰がAIRUを信じてやるんだよ。」


口ではそう言いつつ、心の中では罪悪感があった。まるで嘘をついている感覚だ。

だがそれ以外にかける言葉が浮かばなかった。正直者ではいられなかった。

本当は【TAKE OFF GIRLS】を応援しているのに。

だがまさか今そんなことは言えやしない。


勿論AIRUが優勝するなら、それは間違いなく喜ばしいことだ。

それが叶うだけの輝きは放っていた。彼女の努力が実ったということだ。

きっと心から祝福できるだろう。きっと珠希と喜びを分かち合えるだろう。


だが今俺がそれを願っている相手はAIRUではない。

だからこそ、珠希の手を握り返す自分の手に罪悪感がある。

珠希を励ましたい自分の気持ちに、表情に、行動に、罪悪感がある。


この時間が早く終わってくれ、と心のどこかで思っている。

しかしどうあっても勝敗が決まることに変わりはない。

勝者がある所には敗者もあるのだ。世の常だ。


ざわつく観客の声が四方八方から聞こえてくる。

その中には推しの勝利が既にないものを決めつけている者もいる。

AIRUを推す声も【TAKE OFF GIRLS】を推す声も、どちらも聞こえる。


どちらかが負ける姿をこれから嫌でも目にすることになる。

もしかしたらどちらも本戦には進めない可能性だってある。

残酷だ。まるで地獄だ。それ故にアイドル戦国時代だ。

わかっていても堪える。現実は余りにも厳しい。


どうやら15分が経過したらしい。司会が出てきてマイクを握る。

「ご来場の皆様、大変お待たせいたしました!これより結果発表とさせていただきます!アイドルの皆さんはステージの方へお願いいたします!」


今日パフォーマンスした20組のアイドルがステージに集う。

全員がギリギリ収まっているか収まっていないかという過密状態だ。


そしてその表情は千差万別。

あるアイドルは諦めたように笑っていた。

あるアイドルの表情は苦悶に歪んでいた。

あるアイドルは既に泣いていた。あるアイドルは一心に祈っていた。


AIRUも【TAKE OFF GIRLS】の面々も、全員が祈っているように見えた。

彼女たちは自分たちの実力かそれ以上のモノをステージで発揮できたに違いない。


その他大勢の既に諦めているアイドルたちとの最大の違いだ。

もうここまで来たら自分たちのやったことを信じて祈るしかないのだ。

珠希もいつの間にか俺の手を握るのを止め、両手を固く重ねて祈っていた。


珠希の心もまたAIRUと共にある。

その努力を後ろから見続けたらしい彼女ならばこそだ。


彼女のそんな思いをせせら笑うようにドラムロールが始まる。

「それでは第3位から!エントリーナンバー11番、【白味噌オールスターズ】!おめでとうございます!」


呼ばれた彼女たちをスポットライトが照らす。

【白味噌オールスターズ】5人の顔色がよく見えるが、決して明るくはない。

だが3位が発表された瞬間に並んでいるアイドル達の何人かが悲壮な顔を浮かべたことの方がより突き刺さった。


この結果発表の場は各位の健闘が勝ち得た栄光を称える場。

しかしその一方で、選ばれなかった者への処刑宣言の場でもある。


絶望に染まる顔を浮かべた者たちはきっと自らが3位だと信じていたのだろう。

だがそんな最後の希望さえ現実が容易く踏み潰していったのだ。

その失意は簡単には計り知れやしない。


そして恐らく、その残酷さが凝縮したワンシーンがこれから始まる。

1位を勝ち得なかった敗者は涙を飲んで銀メダルに甘んじるしかない。

銀メダルでは本戦には進めない。誰かの『イグニッション』がここで終わる。

得る物は溢れんばかりの悔しさと手が届かなかったことを象徴する手土産だ。


「2位!エントリーナンバー1番、AIRU!おめでとうございます!」


スポットライトに照らされたその表情は、蒼白だった。

AIRUは震えながら、その場に膝から崩れ落ちた。

珠希の声にならない声がはっきり聞こえた。

次回は11月4日(祝)、2話同時更新です。

AIRU編、完結です。

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