【84話】アイドルは戦乱を駆ける
◇◇◇
アイドル戦国時代、という言葉がある。
伝説的アイドル【GTJ48】の大成功を真似たアイドルの乱立に端を欲するアイドル同士、ひいてはそれを支えるプロデューサーやレーベル会社の勢力争いを戦国時代に例えた言葉だ。
【GTJ48】はそれ程までに業界を大きく変えた存在であった。
とりわけそれまでマニアックで業界内の存在感も皆無であったローカルアイドル、地下アイドルが世に浸透するキッカケにもなった。
だが【GTJ48】やアイドル戦国時代の象徴ともいえるイベント『イグニッション』を手掛けた男、豪徳寺風馬曰くそれは事実ではない。
彼が言うには【ミッドナイト小娘。】が一世を風靡した2000年代よりもさらに前、1970年代に海耳モモエや【エメラルド・レディー】が世間を盛り上げていた頃には既に戦国時代は水面下で始まっていたのだと。
あくまで現代のそれは情報化社会と分母の肥大化で可視化されただけであり、その遥か昔の言わば黎明期から、アイドルは互いに争い続け、生まれては消え、消えては生まれを繰り返してきたのだと。
アイドルにおいて華やかなのはテレビや観客の目に映る部分だけ。
それ以外は血と汗と涙の海である。溺れて沈んでいく者も絶えない。
その現実を知った上で泳ぎ続ける者だけが輝く権利を手にできるのだ。
過酷と知って尚、地獄と知って尚、それでも追い求め続ける者だけが。
『イグニッション東京予選・スペシャルブロック』は誰の予想をも超え、荒れた。
開幕、AIRUの魅せた圧倒的パフォーマンスはその余波さえ一種の火種と化した。
追い付かん追い越さんと実力以上の物を魅せようとして空回る者。
自身のパフォーマンスをいつも以上のものに昇華できた者。
いつも通りのパフォーマンスを達成した者。
それさえ叶わなかった者。
2つに分かれた明暗はその時点でアイドルを間引く。
残酷ながら真理。弱肉強食の世界で弱きが淘汰されるのは必定だ。
本番で魅せられない者が勝利の美酒を味わえるなど、有り得ない。
◇弥彦◇
既に半分の10組がステージを終えた。
誰もかれもが素晴らしいパフォーマンスをして輝いていた。
中には残念ながら失敗してしまったアイドル達もいたのだが。
そして思う。今の所AIRUが紛れもない勝者である、と。
今までパフォーマンスした全員、誰もAIRUの輝きには届いていなかった。
「なあ珠希、これってもしかしてこのままAIRUが買っちまうんじゃねえか?」
「もしかしなくてもあの子はそれをしに来たのよ。尤も、私だってまさかあんなにブチかましてくるだなんて思わなかったけど…。」
珠希は続ける。
「でももし一番手のAIRUが後に続く強豪を薙ぎ倒し続けて、そのまま優勝候補の【TAKE OFF GIRLS】からも白星を搔っ攫ったら、きっとそれは伝説よね。」
珠希は自分の言葉の意味を知っているハズだ。
それが決して生半可な難易度ではないことも。
だが俺も今やAIRUに魅せられたファンの1人だ。
珠希の言葉、AIRUの勝利を願っているし、信じている。
もうAIRUに加点の機会は訪れない。
だからといって誰かの失敗を願う訳ではないが。
責めてどうか勝利の女神様がAIRUに微笑みますように、と。
◆◆◆
あれよあれよという間に今終わったのが18組目。
気にかける余裕が無かった空の色は既に暗くなり始めた。
早いもので今日残すは2組のパフォーマンスと結果発表のみ。
そして肝心の本命【TAKE OFF GIRLS】は未だその姿を見ない。
その登場は19組目が【81サテライトF】というアイドルグループだと知らされたことで既に大トリであることが確定している。
とても複雑な気分だ。
AIRUに勝ち上がってほしいが【TAKE OFF GIRLS】も同様に応援している。
だがまさかそんなことを大っぴらには言えまい。隣には珠希がいるのに。
勝ち負けが付く以上、今日どちらかは必ず敗者になる。
つまり【豪徳寺レコード】での大々的なメジャーデビューの機会を逃す。
故にどっちも応援するだなんて中途半端が過ぎる姿勢だ。わかっている。
身に染みて体感している。これがアイドルを推すということなんだ。
残酷にも今日この『イグニッション』の場においては白黒ハッキリする。
その意味は単純な今日のステージのパフォーマンスへの評価で終わる訳がない。
グループへの印象。そこから今後の仕事、ひいては与えられる機会の数。
全ては1本の線で直接結ばれている。その線を人はアイドル生命と呼ぶのだろう。
つまり彼女たちはステージの上で生命のやり取りをしているのだ。
アイドル戦国時代などという言葉があるが、『イグニッション』のステージはその縮図でもあるのかもしれない。
【81サテライトF】がパフォーマンスを終えた。
大本命【TAKE OFF GIRLS】の1つ前という最悪の順番で、それでも彼女たちなりの素晴らしいステージを見せてくれた。
残念ながら彼女たちもまた、2組目から18組目までのアイドル達と同じく、AIRUを超えていないのが明白だった。
彼女たちも思うところはあったようで、ステージを捌ける瞬間にその表情が悔しさに歪んでいたのがわかった。
司会が再びマイクを握る。
最後に誰が来るか、この場にいる全員がわかっている。
AIRUが見事なスタートダッシュからそのまま逃げ切れるのか。
それとも大本命【TAKE OFF GIRLS】が本命たる所以を見せつけるのか。
拍手と歓声に迎えられながら、遂に7人のアイドルは姿を現した。




