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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅱ】
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【83話】AIRU・オン・ステージ

AIRU(アイル)


審査員にとぅんくΩさんが来る?

関係ない。

トップバッター?

寧ろ追い風。


トップバッターはこれでもかと言う程の印象を残さなければ勝ち目はない。

でもそれがわかっているなら何も問題じゃない。


何物も寄せ付けない圧倒的な火力。

頭にこびりついて一生離れないくらい輝いてみせる。

それができれば出番が一番最初であることはアドバンテージだ。

何物にも比較されることなく純粋なAIRUを見てもらえるのだから。


歓声が聞こえる。

ステージを心待ちにしている観客の熱量が伝わって来る。


緊張していないなんて嘘だけど。

それでも私は積み上げて来た全力をこの舞台で披露するだけ。

それ以外のことはできないし、それ以外のことは要らない。


さあ、出番だ。


弥彦(やひこ)


俺たちのチケットが示すエリアはステージを見るのに絶好の位置だった。

AIRUがそこまで考えて融通してくれたのか、はたまた偶然か。

だが今はそんなことはどうでも良い。

心待ちにしていた『イグニッション』が今始まろうというのだから。


しかも今回、審査員にはあのとぅんくΩが来るらしい。

どうやら急遽の決定だったようで、それを知らせる先程のアナウンスには客席全体がどよめいていた。

その名前は大して詳しくない俺ですら聞いたことがある。

よくもまあそんな大物が急遽で来てくれたものだ。


司会がマイクを持った。それだけで場の空気が変わった。

いよいよこれから始まるのだ。アイドル達の人生を懸けた渾身のステージが。


「ご来場の皆様、大変長らくお待たせいたしました。『イグニッション東京予選・スペシャルブロック』、今この瞬間より開幕でございます。」


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

司会が言い終えるかそれより一瞬早いかくらいのタイミングで拍手と歓声が地響きの如く辺りを満たす。


「それではエントリーナンバー1番の方、お願いします。」

司会が言い終えて間もなく、ステージの袖から1人のアイドルが現れる。


「マジか…。」

思わず声が漏れた。

隣の珠希も目を丸くしていた。


喝采に包まれる中で堂々と先陣を切ったアイドルは、AIRUその人であった。


彼女はステージ中央のマイクスタンドまで歩いて観客に深々と頭を下げる。

その一挙手一投足に合わせて彼女のピンクの衣装が煌びやかに揺れる。


少なくとも今俺が見ているのはクラスメイトの姿ではない。

そこにいるのは紛れもなく一人のアイドルの姿だ。

或いは、妖精か何かなのかも知れない。


「エントリーナンバー1番、AIRUです。よろしくお願いします。」


AIRUが挨拶を終え立ち位置について間もなくイントロが流れ出す。

すると間もなく観客の何処かからかコールが聞こえ出す。


A(エー)I(アイ)R(アール)U(ユー) !! A I R U(ア・イ・ル) !! I(アイ) Love(ラブ) You(ユー) !!

             A(エー)I(アイ)R(アール)U(ユー) !! A I R U(ア・イ・ル) !! I(アイ) Love(ラブ) You(ユー) !! 」


コールは伝播していってみるみる大きなものに変わっていく。

気付けば俺の口からもイントロに合わせてコールが飛び出していた。


A(エー)I(アイ)R(アール)U(ユー) !! A I R U(ア・イ・ル) !! I(アイ) Love(ラブ) You(ユー) !!

             A(エー)I(アイ)R(アール)U(ユー) !! A I R U(ア・イ・ル) !! I(アイ) Love(ラブ) You(ユー) !! 」


C’mon(カモン) !!」


その一声と同時にステージの照明がパッと明るくなる。

どこからか無数の紙吹雪が舞う。


光の中心でAIRUが激しく踊る。それでいて歌声は全くブレることがない。

周囲のどんな派手な演出も彼女を飾り立てる端役だと知らしめられる。

彼女に見とれる俺を含めた観客の喝采や歓声も全てその一端。


それを全て率いて誰よりも輝ける主役。

ステージの中心で歌い踊るアイドル、AIRU。


目が釘付けられるとはきっとこのことを言うんだろう。

少なくとも今この瞬間、俺はAIRUに夢中だ。

これが走馬灯だと言われたのなら信じる。

それ程までに幻想的だ。これは夢だ。


直の目で見るアイドルとはかくも美しく、かくも尊いものか。

この耳で聞く歌声とはこんなにも透き通り、どこまでも響き渡るものか。


単に言葉でアイドルと単に言うよりわかりやすく鮮明。

どこの誰よりもアイドルらしく、他の何よりもアイドルだ。

俺が今まで見た全てのアイドルは今この瞬間に過去になった。


きっとこの場にいる誰もがそう思っているに違いない。

喝采も歓声も鳴り止まない。永遠に彼女を称え続けている。

今この場にいる全員の頭の中に凶谷(きょうごく)マユの文字は既にないだろう。


AIRUは輝き続け、俺たちは燃え続けた。

ステージが終わってしばらくしても放心していた。

直接この身にアイドルとは何かを刻まれた、そんなステージだった。


◇◇◇


「何だよ、これは…。」

AIRUのステージ終了直後、とぅんくΩは人目もはばからず頭を抱えた。


他の審査員を見やると誰一人としてその手を動かしてはいない。

とぅんくΩに取って彼らは見知った顔だ。目も耳も正確だ。

その彼らが手を動かしていない。放心状態ですらある。

そしてその理由がとぅんくΩにも理解できてしまう。


リズムの正確性。ダンスの洗練度。そして歌唱力。何より笑顔。

評価すべきところを上げれば枚挙に暇がない。


選曲センスも良い。まるでこの舞台の為にあつらえたような曲だ。

1番手でありながらこの大舞台で一切物怖じしない度胸も見事。


AIRUはアイドルとして何もかも完璧であった。


それを証明するようにステージが終わり彼女が捌けた今も拍手は鳴り止まない。

この会場にあるすべての人を魅了し、その心を鷲摑みにしていった。

紛れもなくアイドルとしてAIRUは完成系に到達していた。


そんな彼女をマークしていなかったからこそとぅんくΩは頭を抱えているのだ。

それこそ【81Club(エイティワンクラブ)】当時の凶谷マユなど比べ物にもならないだろう。


急いで手元の資料を捲る。AIRUのページだ。

他の予選で敗れ、敗者の中から選ばれてここに来ている。

とぅんくΩが見ていない予選はない。故に彼女を知っているハズ。

しかしAIRUがこのステージで見せたその姿にはまるで記憶がない。


つまり彼女は負けた悔しさを糧に自らを鍛え直したに違いない。

脳裏でその答えには達しても、にわかにはそれを信じることはできなかった。


「いきなり荒らしてくれンね、マジで…。」

思わぬ伏兵。史上最強のトップバッター。アイドル・オブ・アイドル。

彼女が今回の台風の目になることはとぅんくΩをしても明らかである。


誰が勝ち上がるかわからない。今年はレベルが高い。

先程のとぅんくΩの言葉は本心からだったし嘘のつもりはない。

しかしこの期に及んでダークホースの存在は予想だにしていなかった。


これだからアイドルは、面白い。

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