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豪徳寺弥彦と15人のフィアンセ  作者: 水野葬席
【第一章・Ⅱ】
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【81話】輝きの頂きへ

亜以流(あいる)


緊張感でピンと張り詰めた楽屋の空気。

自分を落ち着かせるための深呼吸で体の隅々まで行き渡る冷たさ。


でも熱さもある。本番直前だからこその興奮。

どんな現場だってこうだ。大きい小さいは関係ない。

この熱さが私を紛れもないアイドルでいさせてくれる証拠。


その温度差を体の中心で堪能しているこの時間が好き。

実感するんだ。私はちゃんとここにいるって。


大丈夫だ。前よりもずっと楽しいって思えてる。

余裕があるってことだ。不思議だ。ここで負けたら終わりなのに。


この枠に入る気なんて微塵もなかった。

勝とうとした。勝つために歌って踊った。


その上で、私は負けた。


泣き言なんかない。ある訳がない。

十分な練習なんかない。練習は幾ら積んでも足らない。

私があの大舞台で剣見(けんみ)鏡花(きょうか)さんに負けたのは私の実力が足らなかったから。


あれから一ヶ月。やれることは全部やった。

まさか予選で【TAKE OFF(テイクオフ) GIRLS(ガールズ)】と戦うなんて思ってなかったけど。

でもいつかは戦わなきゃいけない相手だった。それが早いか遅いかってだけ。

今更怖気づいたりなんかしない。私はステージで全力の私を見せる。それだけ。


珠希(たまき)ちゃん、また見に来てくれてるのかな。

貰ったお守り、強く握りしめることが多くてちょっと歪んじゃった。

私、頑張るから。今日は絶対にモノにしてみせるから。

トップアイドルへの階段を駆け上がってみせるから。


誰にも負けない。もう一度あの芸能界に返り咲いてやる。

今度は前よりももっとずっと大きく、美しく、可憐に。


見てろよ世界。私がAIRU(アイル)だ。


◇◇◇


「おーい、順番決まったぞー。」

【TAKE OFF GIRLS】マネージャー、深山(みやま)は楽屋に入るなり持ってきた1枚のA4を楽屋中央の机上に置いた。

それはボールペンで手書きされた今日の出演タイムテーブルである。


『イグニッション』のステージははアイドル同士が雌雄を決する舞台。

出演タイムテーブルは不正の防止と公平性の担保を理由に当日の朝、関係者によるくじ引きで決定される。


「ええ~!!大トリなんですかぁ~!!」

それを一番最初にそれを見たメンバーの1人、ミユが大声で反応したことで他6人も必然的に【TAKE OFF GIRLS】の出演が最後であることを知ることとなった。


「へえ、持ってんじゃん。アタシたち。」

ミユのツインテールを鬱陶しそうに押しのけ後ろから顔を出したブロンドのロングの彼女はカヤ。


「ラストだなんて…どうしよう…。」

ミディアムボブの彼女アイリは不安そうに声を震わせる。

強気に答えるのは高いポニーテールと小柄な体躯が特徴のナナミ。

「寧ろ逆にラッキーじゃん。少なくともイメトレの時間は一番貰えたんだし。」


「ふふ、大舞台の最後だなんて責任重大だね。」

セミロングの彼女はこのユニットのセンター、かの凶谷(きょうごく)マユその人である。

かつては【81Club(エイティワンクラブ)】で『イグニッション』のステージに立ち、優勝を果たした。


「一番最後って何だかカッコいい!ワクワクする!」

「ほら、動かないの。」

マユに髪を梳かされている彼女もメンバーの1人、ミナミ。

その身長はナナミと同等に小柄であるが、彼女の場合その無邪気さも相まってより幼い印象を与える。


「AIRUは…トップバッターか。」

爽やかなショートカットとナイフのように切れる鋭い目線が特徴的な細身の彼女、【TAKE OFF GIRLS】リーダーのヨシノは呟く。


「私たちとは真逆で運がないですねえ。」

ヨシノの呟きにミユが残念そうに反応した。


勝負とは時に運も必要である。

そして最後であるがゆえに後に誰も続かない…つまり誰にも印象を上書きされないという意味でで大トリ【TAKE OFF GIRLS】はその運を持っていたと言えよう。


そして出番が一番最初のAIRUはその真逆。

同等の実力の場合は前の出番の方が常に上書きされる立場である。

そしてそういうユニットがいくつもあった場合は、もう悲惨としか言えない。

或いは、完全に実力が圧倒されているユニットが後から出番だった場合も同じ。


時間の経過という逆風も相まって審査員の脳内から綺麗サッパリ消えてしまう。

比較の天秤に乗らなくなった時点で審査など待たずして敗北が決定づけられる。


ましてやAIRUは敗者復活枠。

過去に『イグニッション』で敗者復活枠が勝ち上がれた前例はない。

既に一度負けた身であるが故に最初から期待されていない部分が大きいのだ。


「ナメてかかったら負けるよ、ミユ。」


その刺すような言葉と醸し出す冷たい雰囲気に楽屋の空気が一瞬凍り付いた。

「いやいや、幾らなんでもこの条件だったら…。」

ミユも口答えしようとして途中で言い淀む。


「一回負けてるし、その悔しさがバネになってない訳ないもんねー。」

カヤが頬杖をつきながら資料の一番上に書かれたその名前を見やる。


「関係ない。私たちは自分たちが今までやって来たことをやるだけだよ。」


マユの毅然とした目線と発言が少し暗くなった楽屋の空気を切り開いた。

メンバー7人のアイドルはそれぞれに顔を見合わせ頷く。


「良い感じだな。最高のステージになりそうだ。」

深山は扉の脇に寄りかかったまま、7人のアイドルを見て呟いた。

主人公もメインヒロインもいない回。

しかも2度目です。

(1度目は【40話】でした。)

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