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09:シーラは室長補佐を辞めたい

「無事ですか、シエラ嬢」

「は、はい。クロフォード卿は?」

「問題ありません。ただ、眩しくて目は開けられませんが、シエラ嬢はどうですか?」


「わたしは、何とか……?」

 シーラは、どうにか目を開いた。


 強い光が徐々に鎮まれば、その光の正体のシルエットがはっきりとしてくる──シーラが目を開くことができたのは、彼が庇ってくれたおかげだ。


「……んんん?」


 そうして、シーラの目に映ったのは、銀色の生き物だった。


「し……」


 シーラは口をぱくぱくさせ、未だ目を開けられずにいるアイゼイアの袖をぐいぐい引っ張りながら「し、し、し」と、目の前の生き物について知らせようとするも、「大丈夫ですよ」と優しく手を握られてしまい、「ぴっ!」と声を上げてしまった。

 なんて男だ……と、思いつつも気持ちが落ち着いていくのだから、やはりアイゼイアはとんでもない男である。


 そして、気持ちが落ち着いたシーラはアイゼイアの骨ばった大きな手をぎゅっと握り返し、銀色の生き物としっかりと目を合わせてから口を開いた。

 

「室長、随分と()()()お帰りですね?」


 銀色の生き物とは即ち、輝く銀色を見に纏い人々を圧倒させるほどの魔力と美しさを持つ、世界屈指の大魔法師モーリス・ホーキンズであった。



 ◇



 銀龍の卵の件は、びっくりするほどにあっさりと解決した。


 時間にして十分もかからなかったのでないだろうか?

 ううん、五分とかからなかった。


 ──発光しながら現れたホーキンズは言った。


『その卵の親がさあ、僕の子供みたいな存在(もの)なんだよねえ』


 その場にいた皆は目を点にして言葉を失い、所長はぶっ倒れた。

 所長がそんな繊細な人だとは思わなかったシーラはとても驚いたが、それ以上に驚くことがホーキンズの口から語られた。


 曰く、千年前に銀龍の卵を孵した人物が、ホーキンズだそうだ。

 何を言っているのか分からないと思うのだが、シーラもよく分かっていないので安心してほしい。

 そして、はるか昔の彼は、モーリス・ホーキンズという名ではなかったらしいが、こういう重要なことは、さも天気の話をするようにしないでほしいとシーラは思った。


 さて、ガラスの十代(笑)だった頃のホーキンズは、とある日、銀龍の卵を孵すという禁忌とされている行為をしたくてしたくて堪らなくなったそうだ(なるな)。

 結果、我慢という文字を己の辞書に持っていない若き青年は、『したくてしたくて堪らなくなったこと』を存分にしたそうだ(するな)。

 そして、ありったけの魔力を注がれて生まれた子銀龍は、ホーキンズを親と認識してしまい、『七日間の悪夢』と呼ばれる銀龍とホーキンズ(と、当時の彼の尻拭い係達)の戦争が起こったそうだ。

 ここまでが、今現在数少ない歴史書に記されている事柄と一致する内容である。


『七日間の悪夢』の後、ホーキンズは三食+二回のおやつタイムをしっかり取りながら、母銀龍と話し合い(?)、子銀龍から自分の魔力を可能な限り除却した。

 されども、それは可能な限りの除去であって、完璧な除去ではないので、ホーキンズは母銀龍に、『君の子銀龍(むすめ)には金輪際近付かないよ〜』と約束をし、『七日間の悪夢』を終わらせた。


 ──そして、その子銀龍(むすめ)こそが、瑞歌が拾った卵の母親であり、ホーキンズの『子供みたいな存在』である。


 つまりは、かつての子銀龍の『親みたいな存在』であるホーキンズが、烈火の如く怒り狂っている『子供みたいな存在』である母銀龍を言いくるめ、孵化寸前の卵からシーラとアイゼイアの魔力を綺麗さっぱり抜き出したという訳だ。


「いやあ、僕もね、あと三週間くらいは帰らないつもりだったんだけどね? なんて言うか、シーラの危機っていうか、虫の知らせ的なもの? をギューンッ! と感じちゃって、予定より早く帰ってきちゃった」


 てへっ☆ と言って言葉を締めてから紅茶のカップに口を付けるホーキンズに、シーラはひんやり冷たい視線を送る。


「も〜、シーラってば、そんな怖い顔しないでよ。可愛い顔が台無しだよ? ねっ、クロちゃん!」

「……はあ?」


 クロちゃんとは、もしかして、魔道士隊(ソル・ドルギーエ)の副隊長であるアイゼイア・クロフォードの渾名だろうか。

 信じられない。なんて失礼な男なのだろう。禿げろ! もげろ! 悔い改めろ!!


 これでは、温厚なアイゼイアも怒って……ん? 全然、怒ってないな?


 それどころか、「私は、シエル嬢はどんな表情でも可愛らしいと思いますが……」なんて言っている。


 アイゼイアの言葉を聞いたシーラは「えっ!?」と言ったきり固まってしまった。

 いつもの余裕のある彼とはかけ離れた態度で言われたからだろうか、何だか動悸して、息が苦しい。

 やはり、シーラは熱があるのかも知れない。

 

「クロちゃん、言うねえ! ひゅうひゅう! まあ、クロちゃんの話はまた後でゆっくり聞かせてもらうってことで、とりあえず、そこの異界人をサクッと元の世界に戻そっかー」


「……室長、待ってください。まずは異界のお二人に謝罪をしてください」

 綿埃よりも軽いホーキンズの言葉にシーラは間髪を容れずに言った。

 

「それってしなきゃだめ?」


「だめです」

 甘え声で、大抵の人間が惚けてしまう美形にも何のその。これまた間髪を容れずに言うシーラ。


「あっ、ほら、銀龍のことだって解決してあげたんだし、チャラにしてくれない?」

 ちゃらんぽらんなことを言うホーキンズ。


「だめです」これまた間髪を……(略)。


「僕、謝罪って苦手なんだけどー」

「得意不得意の話ではありません。そもそも、どうして召喚なんてしたのですか?」

「ん? 何となくだよ」

「『何となく』?」

「そそ。なんか懐かしくなっちゃってさー。あっ、紅茶おかわり欲しいなー! やっぱりシーラの紅茶が一番美味しいや」

「だめです」

「むう! シーラのけちんぼ!」


 おいこら、千歳超えの爺の『むう!』でキュンとするな、ド偉い方達。


「室長!」


 ホーキンズのふざけた態度にシーラは怒りのボルテージが上がり、とうとう爆発した。


「謝罪をしなさい!! 今すぐに!!! 謝らないなら、紅茶もおやつも用意しませんよ!!!」


 シーラが怒鳴った直後、ホーキンズはちゃらんぽらんな態度と顔を消し、瑞歌と尚路に「……ごめんなさい、反省してます」と言って頭を下げた。

 それから、怖い顔のシーラの元にとことこ戻り、「……謝ってきたよ」としょんぼりした顔で報告した。


「「「「…………」」」」


 その様子を目撃した皆は口には出さずに、とあることを思った。


 だって、言ってはいけない──これ以上、一研室長補佐を怒らせてはいけない。


 だが、それを口にした人物が二人いた。


「え、シーラちゃんってあのド美人のお母さんなの?」

「お母さんだな」


 瑞歌と尚路だ。


 ちなみに、アイゼイアはきらきらした瞳でシーラを見ていたのだが、これはシーラが知ることのない情報である。


「わたしは、こんな大きな子供を産んだ覚えはありません!!!」



 ◇



「シーラちゃん、アイくん、本当にありがとうっ! 二人のことは、絶対に絶対に忘れないからね!」


 涙声の瑞歌に抱き着かれたシーラは、「わたしも、忘れない」と言って彼女を力いっぱい抱き締め返した。


 自分にないものをたくさん持っている瑞歌は、シーラにとって笑顔が可愛くて、底抜けに明るくて、ほんの少しだけ妬ましくて……こんな風に振る舞えたらいいのに、と思わせる、憧れの女の子だった。


 瑞歌との別れの挨拶が済んだら次は、アイゼイアと目だけで語り合っていた尚路との挨拶である。

 過ぎるほどに余談ではあるが、アイゼイアと尚路は固い握手を交わし無言でうんうんと頷き合うだけで別れの言葉は交わしていなかった(男子ってやっぱり分からない)。


「瑞歌が色々と迷惑かけて悪かった。あと、ありがとな。あんたとアイにはすっげえ感謝してるんだ」

「ううん、元はと言えば室長が悪いんだから、センザイ殿が謝る必要はないよ。それに、二人と過ごせて楽しかった。……だから、わたしこそありがとう。元の世界に戻っても二人仲良くね」

「おう、お前らもな!」

「うん! …………ん? え?」


 尚路と挨拶を交わしつつ、シーラは『お前()』とは誰と誰のことを指しているのだろうかと考え……考えるのを放棄した。

 だって、これくらいの年齢の子達は皆こういう話が大好物だもの。

 まあ、シーラも彼らと同い年なのだけども。



 ──そんなこんなで、瑞歌と尚路は金色の光の帯に包まれながら元の世界に戻っていった。



「……寂しくなりますね」


 そう言うアイゼイアは本当に寂しそうで、シーラはなぜだか胸が締め付けられたような感覚を覚えた。


 そして、シーラは「はい」と答えながら目元を指でこっそり拭った。



 ◇



「……室長、わたしにも『お詫び』をください」


 瑞歌と尚路が元の世界に帰ったのを確認すると、シーラはくるっと踵を返し、これっぽちも悪びれた様子なくへらへら笑っているホーキンズに向かって言った。


『わたしに()』と、シーラが言ったのには理由がある。


 おそらく反省したのであろうホーキンズは、興味本位で召喚してしまった異界の二人に、お詫びという名目で『祝福』を授けた──


『お詫びに君達に、一つだけ祝福を授けてあげる』

『えっ! それって、眠れる◯の美女が贈られる魔法的なやつ!?』


 ホーキンズの言葉に、瑞歌はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


 そして、期待の瞳で聞く瑞歌に、ホーキンズは『うんうん、そうそう、その通り〜』と超適当に返した。


『きゃ〜〜! 素敵ぃ〜〜!』

 きゃっきゃっとはしゃぐ瑞歌。


『おい、瑞歌、そんな怪しいもん貰うなよ』

 瑞歌を止める尚路。


『あはは、ミズ()は可愛いなあ。で、どんな祝福が欲しいの? 何でもいいよん。僕、できないこととかないしー』


 ホーキンズは、瑞歌へ言葉を尚路の目を真っ直ぐに見ながら言った。


『えっと、ええっとぉ、どうしよう。でも、一つだけだよね……。ねえ、二つはだめ?』


『うん、だめ。一人一つって決まってるから』

 瑞歌にうるうるな瞳で見つめられても、この即答である。


 それから瑞歌は、うーんうーんとしばらく唸った後、ぱっと表情を明るくし『決めた!』と言って手を叩いた。


『うん、なあにー?』

『食べても食べても太らない体にしてほしい! ほらっ、深夜にシュークリームとかメロンパンとか、分厚いホットケーキ三枚一気に食べても太らないのって、超最強でしょ?』


 ふふん、と得意(ドヤ)顔の瑞歌にホーキンズは、うわあ……と声を上げた。


『僕、こんなにおバカちゃんに会ったのは久しぶりだよ。……まあ、面白いからいいけどさー。で、そこの生意気ボーイは何が欲しいの? 頭良くしたいとか、僕みたいにイケメンになりたいとか、何でもいいよん』

『要らねえよ! 俺は欲しいものは自分の力で手に入れるんだ!』

『なるほどなるほど〜。じゃあ、ミズ()に聞こーっと。ねえ、ミズ()は、くそ生意気なカレシに何の祝福があったら嬉しい?』

『プロ並みのお菓子作りスキル!!!』

『あはっ、ミズ()ってば面白ーい。いいよいいよー。え〜いっ!』


 ホーキンズが人差し指で(くう)にくるっと円を描くと、銀色の粉が瑞歌と尚路の頭上にシャラシャラシャラ〜ンと振りかかった。


『おいっ! 何勝手に……! うわあ、何なんだよ、この粉っ! くそっ! やめろ!!』

『わーい! 甘いもの一生食べ放題〜!』


 怒る尚路と喜ぶ瑞歌を見て、ホーキンズは満足げにうんうんと頷いていた。


 そして、シーラはというと、その様子を見て『わたしが〈デリシュブオ〉に行かせられた意味は……?』と項垂れていた。




 さて、ホーキンズの『祝福』は、王国では知らない者はいないくらいに有名である。

 が、その有名な『祝福』を受けた者は、現在ただの一人も存在しておらず、信じているのは年寄りばかり。若者には迷信だと鼻で笑われている眉唾話だ。


 されど、王国立魔法研究所では所長を筆頭にそれが眉唾話ではないと言い切る者の方が多い。シーラもその内の一人。

 なんせ、モーリス・ホーキンズという男は規格外の天才で、神と言っても過言ではない魔力の持ち主。

 今だって世界屈指の大魔法師とは言われているが、実のところは世界最強だろう。

 もうこれは断言してもいい。

 ホーキンズにかかれば、世界征服なんて朝飯前である。


「へえ、シーラがそんなこと言うなんて意外だなあ……まあ、いいよ。何が欲しいの?」


 シーラには、ずっとずっと前から夢があった。

 それは、王国立魔法研究所付きの魔法師になる、というものだ。

 一度は諦めたその夢は、瑞歌と尚路の語る『将来の夢』にて、再熱した。

 瑞歌の夢は、ピアノの先生。尚路の夢は、弁護士。二人は、かつてシーラが持っていたものを瞳に携えて夢を語っていた。


 そして、シーラは思ったのだ。わたしも二人みたいに……と。


「何でもいいのでしょうか?」

「いいよー、それくらいでシーラの機嫌が直るなら安いもん」


 この場には、固い表情のシーラとは対象的にへらりと笑うホーキンズと、その様子を黙って見守る者達がいて、二人の会話を固唾を飲んで聞いている。

 ホーキンズの補佐官は、いったいどんな祝福を貰うのだろう、と。


「本当に、いいのですか?」

「うん、僕に二言はない!」


 二回目のシーラの『いいのですか?』にホーキンズが諾と返すと、シーラはほっと息を吐いた。


 ──シーラが欲しい『お詫び』は『祝福』ではない。


「……ありがとうございます。では、誠に勝手ながら、」


 シーラは自分の力で魔法師に……ううん、大魔法師になりたい──


「本日付けで、王国立魔法研究所・第一魔法研究室 室長補佐を辞させていただきます」


 シーラが言葉を言い終わった次の瞬間、ぴったりに揃った「「「「ええええ!?」」」」が部屋に響いた。

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