表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

06:シーラは大、大、大ピンチ!

 シーラは今、かつての自分に『根拠のない自信ほど頼りないものはない』とお説教したい気分だった。同時に、絶賛後悔中であり、アイゼイアにお説教してもらいたい気分でもある。

 地下にある薬草倉庫室に入った瞬間から、何とも言えない嫌な気配を感じていたのだ。

 なのに、美味しい昼食に気を取られたシーラは、油断しきっていた(これを機に、食いしん坊も大概にしたいと思う)。


 その結果が、これだ──ポールに待ち伏せされ、薬草倉庫室の中に二人きりという最悪な状況。


 掃除と整頓が苦手な集団である一研の薬草倉庫室なので大きな木箱が幾つもあり、隠れることができているのだが、それも時間の問題。

 というのも、ポールはシーラが隠れる場所を的確に見つけるからだ。

 これでは密かに練習していた攻撃魔法の呪文の口述ができない。

 それに、ここには高価な薬草がたんまりあり、届いたばかりの紅茶の茶葉がある為、シーラの攻撃魔法が成功した場合の請求額と始末書の枚数が恐ろしい。何より、もったいない。

 そしてシーラ愛用の(てがみ)では地下から飛ばすことができないので、外に助けを呼ぶこともできない。


 ……となれば、この場からどうにか逃げ出すしか選択肢はないのだが、しかし。


 親の金とコネのおかげで魔法学校に入学し、卒業後は魔道士隊(ソル・ドルギーエ)に入隊できたポールが探知魔法に秀でているはずがない。

 なのに、そんな彼がシーラの居場所を百発百中で当てるのはどうしてだろう?


「シーラ、こっちにおいで。もう隠れんぼはお終いだ」


 今度は絶対見つからないだろうと思った場所ですら、すぐに見つけるポール。

 そんな彼の耳でびかびか光る魔法具に気が付いたシーラは、顔を思いっきり顰めた。


「僕の家に一緒に帰ろう。大丈夫、君一人くらいなら飼ってあげられるから」


 ……苦労知らずのぼんぼんめ。


 ポールの耳に光るそれは、〈七つ星通り〉に三軒も新築の一軒家が建てられるほどの価値がある魔法具で、国に五つもない高級品。それから、多少の魔力があれば幼児でも使えるというもの。

 つまり、ポールのような考えなしのパッパラパーでも使える代物である。


「オウア殿、今回は見逃してあげます。ですから、速やかにここから出ていってください」

「そういう態度は可愛くないな。……やっぱり、僕が色々と躾けてあげないとだめだなあ」


 お前のことが大嫌いだ! という色を多大に含んだ声にも、目の前の男は何のその。

 見る角度によっては、羨ましいほどのポジティブさで、ちっとも堪えた様子はない。


 じりじり、じわじわ近付いてくるポールに、遂にシーラは腹を括る。

 何をって、そんなの決まってる。

 高額な請求額を支払う覚悟と、始末書を千枚でも一万枚でも書く覚悟だ。

 そうと決めたら、これでもか! というほどの大ダメージを与えてやりたいシーラである。


 ──シーラに口述なしの魔法は使えない。

 加えて、今、シーラが放とうとしている呪文はとても長い。けれど、長いだけあって成功すればポールをぎゃふんと言わせることができるので、是非とも成功させたい。


 突然だが、シーラは大の負けず嫌いだ。

 そして、『やってやる!』と決めたら、必ず実行する人種である。

 特に、卑怯者や狡い者には負けたくない。

 この気持ちがあるから、シーラは今の今まで潰れずに生きてこれたし、これからもそうやって生きていくつもりだ。


 だから、『可哀想』と思われるのは心外でしかない。


「उड्डीय, शिरः प्रहरतु, मू……え、やだ、ちょ、ちょっと、待っ、」


 呪文を唱えている途中でもお構いなしに、こちらに向かってくるポールに、シーラは後退する。


 しかし、がこんっと頭を木箱に打ち付け、気付く。

 後ろには、もうすでに道がないことを。


「シーラの照れ隠しにも困ったものだ」


 ポールに腕を取られてしまえば、小柄なシーラは振り解けない。


 でも、小さい者には小さい者なりの戦い方がある。


「照れてなんかいません!!」


 シーラはポールの目をめがけてブイにした指を突き出し、奴が怯んだ隙に一気に呪文を唱えた。


「उड्डीय, शिरः प्रहरतु, मूर्खः स्वस्थः भविष्यति। उड्डीय, शिरः प्रहरतु, मूर्खः स्वस्थः भविष्यति। उड्डीय, शिरः प्रहरतु, मूर्खः स्वस्थः भविष्यति।उड्डीय, शिरः प्रहरतु, मूर्खः स्वस्थः भविष्यति।」


 この攻撃魔法が発動すると、対象者は発動した者から吹き飛ばされ、突如出現した壁にぶつかり、頭を強かに打った後に光の縄に拘束され、王都の警邏隊本部に移動される。


 ──はず、なのだが。


 発動しない。


「……どうして?」


 呪文は間違っていなかった。

 自信を持って、断言できる。


 なのに、なんでだろう?


 とっくに、警邏隊本部までぶっ飛ばされているはずのポールが得意(ドヤ)顔でシーラを見下ろしている。


 なんて腹が立つ顔だろうか。


 シーラは、ポールのこの顔が世界で一番嫌いだ、と思った。

 そんなこと思っている場合ではないのに。


「僕の半径二メートル以内にいる者の魔法は無効化されるんだ。ほら、これ」


 ()()


 そう言うポールの右手の中指には、耳の魔法具よりも大きな魔宝石の付いた指輪がはまっていた。


「家族の為に朝から晩まであんな男の下で働いて、古臭い呪文しか唱えることができないなんて。ああ、なんて可哀想なんだ……」


 ポールの台詞に、シーラはキレた。


「黙れ、クソぼんぼん」

「……何だって?」


 ホーキンズに対する『激怒した』なんか、ポールに感じる感情の足元にも及ばない。


 それくらいブチギレている。


「大好きな家族の為に働くことのどこが可哀想なの? わたしは、恥ずかしいことなんて一つもしてない。確かに魔法学校は出ていないけど、今は働いてお給金を貰ってる。……可哀想なのは、魔法具に頼らなければ魔法を使えないあなたの方。わたしは可哀想なんかじゃない。それに、室長はあなた如きに『あんな男』呼ばわりされる人ではない。口の利き方に気を付けなさい、ポール・オウア」


 シーラは言い終わると同時に、踵に鉄板がしこんである靴でポールのつま先をダンッと踏んづけて、横をすり抜け……られなかった。


 掴まれた腕は、未だに振り解けられていない。


「シーラ」


 ポールの声は、例えるならば、幼子に向けるような、少し意思の疎通が難しい相手に向けるようなもので……。


「僕を困らせる悪い子には、お仕置きが必要だな。……大丈夫。シーラが分かるまで、根気よく付き合ってあげるから」


 掴まれているシーラの腕にぶわりと鳥肌が立つ。


「放して! やだっ、こんのっ変態! 勘違いくそ野郎! ナルシスト! 放せ、ってば! ……痛いっ!」


 ありったけの悪口を言うシーラの腕に、ポールの指が食い込み、シーラが痛さにより悲鳴を上げると、奴はニヤリと嗤って言う。


「誰かに助けてもらえるなんて思わないことだな、シーラ。ここには誰も来ない。一研の連中は研究室に籠もってるし、アイゼイアは異界人共のお守りしている。ああ、そうだ。今頃、異界の女が攫われるというアクシデントに遭ってるんじゃないか? あははっ……そんな心配そうな顔はしなくてもいい。異界の女には何もしない。痛い目を見るのは、僕達の邪魔をするアイゼイアだけさ」


 ぺらぺらとよく喋る男だ。

 だが、そのおかげで気持ちが少しだけだが落ち着いた。


 アイゼイアの名前を聞いて、彼から言われたことを思い出したのだ。


『身の危険を感じた時は、私の名前を呼んでください』


「──助けなら来る。そして、その時、あなたは今度こそ『痛い目を見る』」


 だって現行犯だもの。


 それに、ここは一研の薬草倉庫室。侵入は()()()許し、盗難している姿を映像化して保管するという、性格を疑うような策を好む者がいる一研の倉庫なのである。

 ……こんなにも有名な話を知らないなんて。

 分かってはいたが、やはりポールは魔道士隊(ソル・ドルギーエ)に所属できる器ではない。


「……黙れ」

「いいえ、黙らない」

「いくら温厚な僕でも、そろそろ怒るぞ」

「あなたのどこが温厚なの? あなたなんて、パパがいなければ何にもできない癇癪持ちの卑怯者じゃない!」

「何だと!?」


 ほら、そういうとこ……と、言おうとした時、ポールがシーラの腕を放し、そのまま手を勢いよく振り上げ、シーラの頬めがけて振り下ろした。

 バチンッ! という音と共に頬が熱くなり、目眩を感じたシーラは煽り過ぎたことを後悔しつつ……いや、やっぱり後悔はしない。だって、今シーラが言ったことは、純度百パーセントの本音だ。

 でも、あの責任感の強い男の眉を下げることを考えると、心が沈む。

 頬が痛いし、口の中が鉄味で気持ち悪いこともプラスされ、気分は最悪最低だ。


 本当は、自分で何とかしたかったのだけれど……。


 シーラは、ふう、と一息吐いた後、息を大きく吸い込んで、叫んだ──



「クロフォード卿! 助けて!」



 ──が、何も起こらない。


 半径二メートル以内の魔法は無効化されるとポールは言っていたが、ここにいない者の魔法は効くのではないか、と思ったのだがこの読みは外れたようだ。


 ああ、今度こそ、したくない方の覚悟がいるのかも知れない。


「はははっ、魔法は効かないと言っ、ぐえええっ!」


 突然、蛙が潰れたような声を出したポールがシーラの視界から、ふっと消えた。


 いや、消えたのではなくて……?


「シエル嬢! 無事ですか!?」


 アイゼイアがポールの上に落ちてきた。


 はい、と言ったつもりだったが、それは音になっていなかった。


「頬が腫れてる? ……ポールか。……奴は、今どこに?」

「……クロフォード卿が、踏んでます」


 シーラの言葉に、アイゼイアは自分の足元を確認する。

 そして、ポールの襟首を掴み上げてから壁に叩きつけ、背筋が凍るほどの視線を向ける。


「オウア、お前は今日付けで除隊だ。今度こそ言い逃れは出来ないから覚悟しろ。……でも、その前に死なない程度にぶん殴らせろ」

「待って! 待ってください! やめて、殴らないで!」


 アイゼイアがポールに掴みかかろうとするのを、シーラが止めると、ポールは何やら感動した顔を見せた。


「シーラ、ありがとうっ! 僕も愛してるよ!」


 一方のアイゼイアといえば、酷く傷付いた顔を見せている。


「シエル嬢……どうしてですか?」

「……ええ?」


 待て待て。おいおい、やめてくれ。

 どんな勘違いをしているのか、この男共は。


「オウア殿、わたしはあなたを愛していません。……クロフォード卿、あり得ない勘違いは即刻やめてください。それから、この男は、わたしにぶっ飛ばさせてください」


「…………え?」と呟いたのは、ポール。

 だけではなく、アイゼイアもだった。


 シーラは、はあ〜〜〜っ、と大袈裟に溜め息を吐きながら先ほどとは別の攻撃魔法の呪文を唱えた。



 ◇



 異界(ニホン)の油性マジックというもので、腫れが酷くなってきたポールの顔に落書きしている瑞歌と尚路を、シーラは少し離れたところから見ていた。


「眉毛、繋げてやろうぜ」

「賛成〜! あっ、鼻毛と泥棒髭も書いちゃう?」

「全部、書け。額に『馬鹿』も書け」

「くくく……越後屋、お主も(わる)よのう」

「いえいえ、お代官様ほどでは御座いません」

「わっはっは〜! あはっ、やばっ。この顔、超面白っ」

「瑞歌、お前『馬鹿』くらい漢字で書けよ」


 二人の会話はいつも不思議だ。

 エチゴヤ、オダイカンサマとやらは二人の通う学校の委員会の役職名だろうか。

 そして、カンジとは何だろう。先日、瑞歌が教えてくれた平仮名とカタカナと何が違うのだろう。


「シエル嬢? 余所見しないでください」

「え、あっ、は、はい……すみません」


 エチゴヤ、オダイカンサマ、カンジ……と考えようとするも無理だった。


 だって、こんなにも近いんだもの。


 頬に添えられている手が大きくて、はみ出た彼の長い指が首すじや耳たぶに当たってくすぐったいし、腕や背中がそわそわして落ち着かない。

 ……でも、決して嫌な訳じゃなくて。

 だけど、逃げ出したい気持ちでもあって。

 ああ、だめだ。頭がぐつぐつ煮たっているのではないか、と思うほど熱くて考えが纏まらない。


 ただ、ホーキンズが施してくれた治癒魔法とは全然違うことだけは事実──『シーラの痛いの痛いの、裏金を貰ってる政治家共に百倍になって、ぜーんぶ飛んでいけ〜☆』と言って、ぺしんぺしんとシーラの傷がある部分を(はた)くという、雑の極みのような魔法である(効果は抜群)。


 シーラの頬は少しばかり腫れただけで、小さな引っ掻き傷すらない。歯を食いしばっていたので、口内も無事だ。

 なのに、アイゼイアの魔法が丁寧で、自分がとてつもなく大事なものになったかのような錯覚をしてしまいそうになる。


 ホーキンズの雑の極みのような魔法は、もしかしたらとても有り難かったのかも知れない。


「はい、終わりましたよ」

「ありがとうございます。……あの、すみませんでした」


 シーラが謝罪すると、アイゼイアは『何の謝罪?』とでも言いたげに首を傾げた。


「怒っているのかな、と思いまして……」


 もにょもにょと言うシーラに、アイゼイアは思ってもみなかったことを言われたような顔を見せた。

 その為、今度はシーラが首を傾げる番だった。


「私が、『怒っている』?」

「……はい」

「そんな、まさか。私が怒りを感じているのはオウアに対してです。あなたに対して、そういった感情は一切ありません。でも……」


 ふう、と一呼吸置いた後、アイゼイアは「怖がらせて申し訳ありませんでした」と頭をを下げた。


 シーラは、やっぱり頑固そうな髪の毛だなあ、と改めて思うと同時に、アイゼイアのことが怖くない『本当の理由』が分かった気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ