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05:シーラはお菓子作りが得意

 シーラはホーキンズの下で働くことが決まってすぐに、お菓子の国と異名を持つ〈デリシュブオ〉という名の国に強制移動され、お菓子作りの修行という稀有な経験をしている。……いや、『させられた』。

 言葉が通じない国で、シーラはひいひい言いながら頑張った。修業期間もお時給は発生していたので、そりゃあもう頑張った。

 そして、修行六ヶ月目にして、シーラは『紅茶に合う最高のお菓子』レシピを取得し、修行から帰った際にはシーラ専用のキッチンと、にこにこ顔のホーキンズに出迎えられたのである。


 そんな訳で料理のレパートリーは人参スープのみという乏しさだが、お菓子のレベルは高く、一研に手作りのお菓子やケーキを焼いていくと、顰めっ面のおじさん達が少女のようにきゃっきゃし始めたりする。

 おかげでシーラと一研のメンバーの仲は極めて良好である。

 ……と、まあ、そんな小話はさて置いて。


 シーラの朝は早い。


 ホーキンズの好物である焼き菓子──ブリオッシュ生地にカスタードクリームとチョコチップを焼き込んだもの、パイ生地にアーモンドクリームを挟んでアーモンドをトッピングしたもの、クロワッサン生地にカスタードクリームとチョコチップを焼き込んだものを用意する。


 そして、紅茶を淹れる為の準備をするのだが……これがもう本当に面倒臭い。『今日はこれの気分じゃない』だの『あれが飲みたい』だの言われたら、茶葉を選んで、湯を沸かして、一から紅茶の淹れ直し。

 初日に八回の淹れ直しをしたシーラは、それ以降同じ失敗はしまいと決意し、全神経を集中して紅茶の茶葉選びに取り組んでいる。が、やはり月に数回はやり直しを食らい、朝からイライラするはめになる。

 だから、彼が海外にふらりと旅行に行っている期間は、シーラにとって朝がゆっくりできる期間でもあったのだ。

 されど、ホーキンズが『異界人召喚(やらかし)事件』を起こした今、『やったー! 朝ゆっくりできる〜』などとは口が裂けても言えない。

 いや、言ってはいけない。

 だって、ホーキンズの代わりに瑞歌が『シーラちゃん、お菓子作れるの? えー、食べたーい! 食べたーい! 作って作って〜!』と言うんだもの……。


 所長からの絶対命令により、彼女が食べたいと言った『メロンパン』という名のおやつパンを作りながら、シーラは『室長と所長、禿げろ』と念じる。

 すると、その念が籠もったパンは、外はさっくり、中はふんわりに仕上がるのだ。

 朝食が終われば、書類箱に溜まった書類の整理。

 その合間には、飛んできた(てがみ)(てがみ)に返事をしたり、時には呼び出されたり。

 普段は昼食なしで夜までなんだかんだと過ごすのだが、朝食同様、瑞歌が『異世界のレストランに行ってみたーい』などと言うので、街に降りて食事をしたり、遊ぶ二人の護衛(お守り?)をしたり。


 それから、帰宅後には溜まった仕事が待っていて……とても、しんどい。


 と、思いきや。


 アイゼイアのアシストにより、シーラの仕事は予想外に早く終わっている。


 彼の書類さばきは鮮やかの一言。

 しかも、シーラの古いやり方よりも効率の良い方法まで伝授してくれて、時間がかなり短縮された。

 加えて、人参スープしか作れないシーラの代わりに、美味しい夕飯を作ってくれる。


 おかげでシーラの就寝時間は二時間ほど早まり、万年隈が薄くなった。


 だが、しかし。


「──あの、いくら室長からの依頼だからと言って、ここまでしなくても……」

「迷惑だったでしょうか?」


 気落ちした声で言うアイゼイアに、シーラは首が取れるのでは? という勢いで首を左右に振る。


「違います!」


 アイゼイアは早朝に自分の鍛錬を終えたその足で、シーラの朝食作りを手伝い、その後は一研の書類仕事、その後に瑞歌と尚路に街だったり彼らの興味を引いた場所を案内したり、時には食事を用意したり、そのスキマ時間に上司や部下とあれこれ話したり、シーラの一日の仕事が終われば、部屋まで送ってくれる。

 優秀(シゴデキ)過ぎる……。さすがは魔法学校成績上位卒業者。

 一を言えば十まで分かるアイゼイアの存在は、正直有り難い。とても有り難い。

 迷惑なんて、そんなことは絶対にない。


 だけど、シーラはアイゼイアの体調が心配なのだ。


「迷惑なんて思っていません。ただ心配なんです」

「シエル嬢が心配することなんてありません」

「では、クロフォード卿の直近の睡眠平均時間を教えていただけますか?」

「……」

「わたしなんかより体力があるのは重々承知です。過信だと責めるつもりもありません。だけど、もう少しご自分を甘やかしてあげてください。クロフォード卿が今より数段手を抜いたって、わたしは大助かりです」


 珍しく熱い説得を試みるシーラは、アイゼイアに拒否されても根気よく諭すつもりでいたのだが、彼は思いの外あっさりと「分かりました」と頷いた。


 しかし、彼は「了承する代わりに」と、条件を提示してきた。


「身の危険を感じた時は、私の名前を呼んでください」


 真剣さを帯びた藍色の瞳を携えたアイゼイアは、まるで物語に出てくる騎士のよう。


「約束してください。私の名前を呼ぶと」


 シーラはお姫様なんかじゃないのに。


 いや、きっと誰にでも言うのだ。

 そうに決まってる。だって、シーラに言うくらいだもの。


「……シエル嬢?」


 ああ、彼はとんでもない男なのかも。


 シーラは声が上擦らないよう気を付けながら、「分かりました、約束します」と、ゆっくり言葉を返した。



 ◇



 翌日、シーラは一人……ではなく、瑞歌と尚路と二人で朝食の準備をしていた。

 アイゼイアは朝の鍛錬中で不在である。


 どういう経緯でこの図になったのかは、パイ生地にりんごのジャムを乗っける瑞歌と、それを見守っている尚路が教えてくれた。

 彼ら曰く、アイゼイアが二人に『自分の食べるものなんだから自分で作れ』と言いにきたとのこと。

 話しながら、瑞歌は「そりゃあそうだよねー」と笑い、尚路は「こっちは被害者なのに……」とぶつくさ文句を言う。


「まあ、普通、好きピがこき使われてたら怒るよねえ」


 指に付いたジャムをぺろりと舐める瑞歌に、「……それは、そうだな。今まで悪かったよ」と同意した後、シーラに謝罪する尚路。


「え? 『スキピ』???」

「シーラちゃん、愛されてるねー」

「それな」


 頭の上に何十個も疑問符を浮かべるシーラをよそに、瑞歌と尚路はアイゼイアの『スキピ』とやらについて話しているが……会話の流れから察するに、それは……って、いや、待て待て待て。その『スキピ』とやらが、シーラの訳がない!!!


「あの、クロフォード卿とわたしは、そういう関係ではありませんよ!?」


 シーラが強めに否定するも、二人は「またまたぁ! 恥ずかしがっちゃって〜!」だの「はあ?」と信じていない様子。


 が、あまりにも必死なシーラに、尚路は誤解だと分かってくれたようだ。

 ……納得はしてくれたかは微妙なのだけれど。


 が、しかし。


「絶対そうだよ! あたしの目は誤魔化せないもんっ!」


 瑞歌は納得していない。


「ないです、ないですっ」


 大事なことなのでシーラはもう一度繰り返し、「絶対に、ないです!」と続ける。


「も〜! シーラちゃん、また敬語だし! やめてって言ってるのに!」


「あ、ご、ごめんなさ、じゃなくて、ごめんね……」

 ぷう、と頬を膨らませる瑞歌にシーラは慌てて謝る。


 同年代の友人が極端に少ないシーラには彼女の言う『タメ口』がとても難しい。


「いいよぉ。でさー、話戻すけど、シーラちゃんはアイくんのことどう思ってるの?」

「どう、って……魔道士隊(ソル・ドルギーエ)の副隊長で、」

「もうっ! そういうことじゃなくて! ねえ、アイくんのどこがだめなの?」


 シーラの言葉を遮る好奇心で瞳をきらきらさせている瑞歌に、シーラが固まっていると「こらっ!」と尚路が彼女の頭を軽く小突いた。


「瑞歌、あんまり人の恋路(こと)あれこれ言うのやめろ。お前が首突っ込むと上手くいくもんもいかなくなるだろうが」

「え〜! やだやだぁ。あれこれ言いた〜い! 首突っ込みた〜い!」

「瑞歌は恋愛小説だけ読んでろ。まったく。リアルの恋路に興味持つのはやめろって言ってんだろ? 俺、もうお前の面倒見んの嫌だからな?」

「とか何とか言っちゃってさ〜、どうせ面倒見てくれるんだもんねー?」

「……今度こそ見ねえよ」

「はいはい、分かりましたあ。大人しく恋愛小説だけ読んでますぅ。あっ、異世界の図書館行きたい! ねっ、なっちゃん!」

「仕方ねえなあ、瑞歌は……」


 シーラは何やらイチャイチャし始めた瑞歌と尚路の横で貝となりながら、溜め息を吐いた。



 ◇



 書類仕事をやっつけながら、シーラは今朝の出来事を思い返す。


『アイくんのどこがだめなの?』


 納得が難しい瑞歌に聞かれたが、それもまた酷い誤解である。


 アイゼイアのだめなところなんてない。

 敢えて言うのなら、自分に厳しいところだろうが、仕事に対して真剣なのは決して悪いことではない。


「……あ、あと、気を遣い過ぎるとこは、だめかも?」


 トントン、と書類の束を纏めながら出た自分の言葉に一人納得するも、きっと瑞歌は納得してくれないだろうな、と思う。

 なんせ、知り合ってまだ少ししか経っていないが、彼女はシーラが理解しがたい『コイバナ』とやらが大好きな人種だもの。


 ……だけど、シーラはきちんと否定をした。


 あの場でムキになれば逆効果だったろうし、淡々と根気よく『あり得ない』と言い続ければ、いずれは分かってくれるだろう、多分。

 瑞歌は、基本的に素直だもの。そのはずだ、多分!




 もう少しで正午の鐘がなるという頃、仕事が一段落したシーラは大きく伸びをしていた。

 ついさっき、アイゼイアからぴょんぴょん跳ねる可愛らしい(てがみ)が届いた。その内容は、『瑞歌と尚路を図書館に迎えに行ってから一研に寄ります』とのこと。


 ということは、昼食は大体三十分前後というところだろう。


 昼食を食べる習慣がなかったシーラだが、彼らと食事を取るようになって仕事の効率が上がった。

 しかも、アイゼイアが案内してくれる食事処には外れがない。

 昨日連れていってもらったパン屋は、通いたくなるほど素晴らしい店だった。シーラは特にクリームがたっぷり詰まった白パンが気に入った。


 今日はどこだろう、と心が弾んだ時。シーラはふと、用事を思い出した──新人の配達係が紅茶の茶葉を薬草倉庫室に運んでしまった、と報告を受けていたのだ。

 件の新人はプレートの文字を読まなかったのだろうか、と考えるも、そういえばプレートはかなり汚れていたと思い直す。

 アイゼイアと瑞歌と尚路が来るまで約三十分。仕事は一段落したし、急ぎの連絡も来ていない。

 と、なると、やることは決まりだ。

 薬草倉庫室から茶葉を運び、プレートを綺麗にして文字が読める状態にするのに、とても良いタイミングなのだもの。

 何でもかんでもアイゼイアに頼ってはいけない。

 だって、彼がシーラの側にいるのは期間限定である。……こんな快適な状態に慣れきっては、ホーキンズが戻ってきた時に困ってしまう。


 よーし、さくっとやってしまおう!


 美味しい昼食が待っていると思えば、やる気も出るというもの。


 こうして、シーラは弾む足取りで地下にある一研の薬草倉庫室に続く階段を下りたのである。

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