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02:シーラは出逢う

「シーラ・シエル。落ち込んでいたって仕方ないだろう。さっさと気持ちを立て直して、犠牲者の元へ行きたまえ」


 所長の言葉は正しいようでいて、正しくない。

 この言い方ではまるでシーラが加害者のようだ。


 シーラはフルネームで呼ぶなと思いつつも、渋々……本当に渋々といった様子で頷き、犠牲者もとい召喚された二人がいる部屋に向かう為に立ち上がる。


 ああ、行きたくない。行きたくないよぅ。


 けれど、シーラはお時給に五千オークタールも貰っているので、働かなければならない。


 意外なことにホーキンズは正真正銘のちゃらんぽらんだが、賃金を滞らせたことはただの一度もないのだ。


 シーラは雇い主と書いてちゃらんぽらんと読む男のおかげで、母を設備と人の質が良い富豪御用達の病院に通わせることができ、尚且つ評判と腕が良い主治医を付けてやることができ、妹には栄養のある食事と流行りの服や玩具を与えることができ、授業料が馬鹿高いことで有名な初等学校に通わせることができ、そして、王都の一等地と呼ばれる〈七つ星通り〉に、日当たりの良い広めの一軒家を借りることができ、週に二回ほど通いの家政婦を雇うことができている。

 まあ、その家にシーラが帰ることはなかなか難しく、ホーキンズの計らいで一研の屋根裏部屋でほとんど住み込んでいるのだけれど……そんなことは、いいのだ。

 ……さて、本題に戻ろう。

 そう。だから、シーラは働かなければならない(大事なことなので繰り返す)。

 それに、シーラが自由に使えるお小遣い稼ぎをしたい──思ったよりも、家賃や、母の病院代、妹の学費がかかってしまい、シーラ個人の懐はひんやり冷たいのだ。とほほ。



 ◇



「……はあ」


 溜め息を吐きながら、がちゃりとホーキンズの執務室から出た途端、シーラが出てくるのを待っていただろう騎士服姿の男が一人。


 それが魔道士隊(ソル・ドルギーエ)に所属する、ポール・オウア……と気付いた瞬間、シーラの喉がひゅっと鳴った。


 ポールはアナリサの元取り巻きで、シーラへの嫌がらせを率先してやっていた男だ。


 シーラの髪がばっさり切られた際にホーキンズが予想外に激怒し、このことを公表しようと言ってくれたのだが、シーラはそれを必死で止めた。それは、騒ぎを大きくしたら、今度は何をされるか分からなかったからだ。


 結果として、『三千歩譲って』と前置きしたホーキンズは、アナリサの悪事を全て暴いた。


 何をどうやってやったのかは分からないが、彼女の悪事は文字通り『全て』、『皆』が知ることになった──これが一年前の話。

 そして、アナリサの言っていたことが嘘だったと分かったポールとそのお仲間達は、シーラに謝罪し、シーラは彼らを慈愛の心によって赦し、はい、めでたしめでたし。ハッピーエンド♡

 ……と、いうことに表面上はなっているが、シーラは未だに若い男が少し怖いし、ポールのことはもっと怖い。

 何が一番怖いって、奴がシーラに恋愛感情を抱いたことだ。

 どうやらポールは『可哀想な女性』を好むらしいのだ──アナリサはシーラに虐められているという嘘を吹聴していたのだが、彼はそれを信じて『可哀想なアナリサ』を愛していた故に、盲目盲信になっていたとのこと。

 そして、今度は可哀想なシーラを愛した……らしい。

 そんでもって、可哀想なシーラに騎士であるポールが差し伸べると、感激したシーラがポールの手を取って、恋が始まる……らしい。


 が、よく考えてほしい。

 よーく、だ。よーーく、よーーーく、考えよう。

 そして、疑問を持ってほしい。

 服や髪を切られたり、階段から突き落とそうとしたり、乱暴目的で人気(ひとけ)のない部屋に引っ張り込もうとする男を好きになる女がいるのか? と。

 世界は広い。そのような女性が皆無であるとは言い切れない。だがしかし、シーラは『そのような女性』の中に含まれていない。

 むしろ、ポールを好きになることは絶対にない! と、断言できる。

『絶対ない』なんてない、という言葉はこの件に関してのみ当てはまらない。理由は単純だ。シーラはポールが怖い。これのみ。

 それから、懲りずに食事に誘ってくるところも怖かった。割りとはっきり断っているのに、恥ずかしがってると勘違いしている様子は、恐怖心に『気持ち悪い』がプラスされる。


 いいかげん、ポールには『嫌よ嫌よ』は本当に嫌で嫌で堪らない、ということを知ってほしい。


 そんな怖くて怖くて堪らない男が、笑いかけているのである。


 この恐怖、お分かりいただけるだろうか?


「シーラ!」


 ポール以外のアナリサの元取り巻き達はシーラの視界に入らないようにしているというのに、この男ときたら……──あれ? そういえば、三日と空けずシーラの視界に入ってきたのに、ここ最近はめっきりその姿を見せていなかった。

 だから、てっきり諦めたのかと思っていたのだが、なぜ今更になって?

 シーラが首を傾げたその時、ポールが一歩大きく踏み出し、距離を詰めてきた。


「四ヶ月ぶりだな」


 にこやかに笑うポールに、シーラは「ひぃっ!」と声を上げ、蛇を前にした猫のように後ろに大きく跳ねる。


 同時に、誰かの背中がシーラを隠すように前に立ちふさがって一言、「オウア、下がれ」。


「君も僕達の仲を邪魔するのか!?」

「これ以上、減点できるほどの点数すら持ってないこと、忘れたとは言わせない。それとも、まだ分かっていないのか? あと、口の聞き方に気を付けろ、オウア。同い年だろうが、今は学生で同級生じゃない。俺はお前の上司だ」

「……っ」

「返事は『はい』以外は許さない。下がれ。何度も言わせるな」


 厳しい口調の男に、ポールはたっぷりと間を空け、「はい」と小さな声で、それでいて悔しそうに返し、それを聞くシーラは音を出さずに男に小さな拍手を送った。

 それから男は、ポールから目を離さないまま「シエル嬢、申し訳ありません」とシーラに言い、「とりあえず、ここから離れましょう」と続ける。


「え?」


 ポールへの言葉遣いと、自分への真逆の優しい声色の彼にシーラは首を傾げる──この(ひと)は、誰だろう?


「シエル嬢、きちんとした謝罪と説明は後ほど」


 これは一体どういう状況か、と考えるもやっぱり分からない。

 本当に分からない。

 誰か、この状況を説明してほしい。


 二回目の「え?」を言った次の瞬間、シーラは所長に向かうようにと言われていた部屋の扉の前にいた。


〈シンビジウムの間〉という名の部屋で、ここに入室できる人間は極々限られている。

 当然、この部屋にシーラが入ったことは一度もない。


 扉に埋め込まれている魔法石を見つめながら、シーラは目の前で自分を見下ろす男に「移動魔法ですか?」と尋ねた。

 即座に「はい」と返事が戻ってくるも、彼に会話を続ける意志はないようで「行きましょう」と言って、シーラの返事を待つことなく拳大の魔法石が付いているドアノブを回し、扉を開ける。


 ──彼とはどこかで会ったことがあるような気がするのだが……思い出せない。




 部屋の中には、見慣れない衣服の男女が一人づついた。


 二人共、十代だろうか? 女の子の方が若干だが幼い顔付きをしていて、シーラよりも少しだけ目線の位置が高い。

 神秘的な漆黒色の髪に、黄味がかった白く滑らかな肌。

 女の子の方が手入れがきちんとされているように見えるも、男の子の方もそれなりに見た目が良い。

 ということは、おそらく金持ちの子供だろう。

 そう勘付いた瞬間、シーラの顔はサーッと青褪めた。

 なぜって、金持ちの子供はそのほとんどが横暴で傲慢だからだ。

 主語が大きいと鼻で嗤うも結構だが、シーラが今まで出逢ったその主語の人物達は皆、漏れなく()()であった──例えば、アナリサやポールだ。

 シーラに対してだけかも知れないので、共感を求めている訳ではないが頭ごなしに否定されては気分は良くない。


 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 謝罪する場面だ。


「も──」

「これがお二方の側に付く者です。何でも遠慮なくお申し付けください」


 ──申し訳ありません、と言うつもりだったシーラの言葉は所長によって遮られた。


 ……ん? 所長? どうして、ここに???

 あと、『これ』呼ばわりはやめてほしい。


 移動魔法でシーラより先に〈シンビジウムの間〉に到着したのだろうと予測は付くが、どうせ来るのなら自分も一緒に連れてきてくれたら良かったのになあ、とシーラは思う。そうすれば、シーラはあの男と顔を合わすことがなかったのに、とも。

 ああ、所長はいつでも、どこでも、どんな時も、とってもとってもとっても(略)意地が悪い。

 そんな意地悪な中年は禿げ上がって、二度と毛が生えなくなるがよろしい。……この間、二秒。


 シーラは、所長め禿げ上がれ〜〜〜、と心の中で所長に念を送りながらも「シーラ・シエルです。何でも遠慮なくお申し付けください」と、意地悪中年男の言葉を一言一句変えずに頭を下げる。

 ホーキンズのせいで、シーラは頭を下げることに何の抵抗もない。もうこんなのは慣れっこだ。

 認めたくはないが、シーラはホーキンズの尻拭い係なのだ。室長補佐なんて立派な肩書を持てども、実際はこの様。

 つまりは、遺憾この上ないが、所長の言葉こそ純然たる事実という訳だ。


「右に同じく、アイゼイア・クロフォードです。以後お見知りおきを」

「ええっ!?」


 シーラは隣で頭を下げる男の言葉に驚いて、思わず声を上げた。

 だって、彼──アイゼイア・クロフォードといったら、魔道士隊(ソル・ドルギーエ)副隊長ではないか。

 それも、最年少でその座に着いた、隊長格に匹敵する実力者。

 隊長になれなかったのは、当時(とはいえ半年前)、彼がまだ十七歳の未成年で経験不足という理由からだ。


 そんな実力者がシーラと同じ尻拭い係とは、これ如何に???


 名目上は、シーラも最年少で室長補佐になったのだけれど、アイゼイアとは状況がまるで違う。

 彼は実力で正当な理由から副隊長になったが、シーラは『激安な渋茶葉で、ホーキンズ好みの紅茶を淹れることができる為』という嘘みたいな雑な理由から今の立場に運良く収まっただけに過ぎない。


 そういえばアイゼイアとシーラは同い年の十八歳なので、もしも、父とその恋人が愛の逃避行をしなかった場合、彼とシーラは同級生になる予定だった。


「どうしたんだ、シーラ・シエル?」

「い、いえ、何でもありません。急に声を上げてしまい、申し訳ありません」


 固い所長の言葉に、シーラはまたもや頭を下げると、溜め息を吐かれた。

 そもそも、所長の説明不足のせいで、シーラは驚いたのに……。

 溜め息を吐きたいのはこちらの方である。それも、とびっきりドでかい溜め息が吐きたい。


「アイゼイア・クロフォード副隊長。シーラ・シエルへの説明が済んだら〈アイリスの間〉に来なさい。あと、分かっていると思うが、説明はこの部屋でしないように」


 では、三十分以内に来なさい。という文言で言葉を締めると、所長と召喚者は消えた──移動魔法だ。

 返事を聞く前に姿を消すところが、何とも彼らしい。

 そんなことを思いながら、小さく細く息を逃していると、目の前の風景がパッと変わった。


 二度目のアイゼイアの移動魔法である。

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