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第三十八話 遠のく距離

「あの、柚衣くん......今日一緒に帰りませんか?」


 教室を出て帰ろうとすると待ち伏せていたであろう琴美に柚衣は声をかけられる。

 しかし琴美の表情にはいつも柚衣に見せている元気さと無邪気さがない。

 

 学年末テストまであと一週間と少し、出来はそこそこと言ったところだ。

 トップ十に入れるかどうかは分からないがあと一週間でやれるべきことをやるしかない。

 ただそんな中で琴美と接する機会が減ったことに柚衣は頭を悩ませている。

 柚衣は要領が良い方ではないので慣れないことをやることに時間をかける必要がある。

 だから琴美と接する時間も減ってしまったのだ。

 琴美の側に立ちたいがために頑張っているのに一緒に接する機会が少なくなってしまっている始末。

 たしかに両立させることは難しい。

 しかしそれは過去に柚衣が努力してこなかったせいでもある。

 もっと昔に頑張っていればと後悔するが過去のことを悔やんでも仕方がない。


「ん、そうだな、一緒に帰るか」


 そう言うと琴美は少し顔を明るくしてへにゃりと笑った。

 しかしその笑顔がどこかいつもよりぎこちなく思えてしまう。

 少し疑問に思ったものの、それ以外に様子が変なところはなかったので気のせいで済ませる。


「どうかしましたか?」

「あ、いや、なんでもない」


 そうして琴美と柚衣は並んで廊下を歩き出す。

 相変わらずと言ったところで天使様の隣にいる柚衣はある意味目立つ。


「......すみません、外で待ち伏せしていれば良かったです」

「別に謝らなくてもいい」


 そのことに対して申し訳なく思ったのか琴美は謝罪の言葉を口にする。

 しかしそれは柚衣が不甲斐ないからで琴美が謝るようなことではない。


「ところで柚衣くん、勉強は捗っていますか?」

「そこそこって感じだな。前よりは良い出来にしたい」

「最近頑張っていますよね。柚衣くんにしては珍しいです」

「ま、まあ......ていうか最後の言葉いらない気がするんだが」

「事実ですからね。いつもそれほど勉強していないでしょう?」

「......それを言われると否定できない」


 的を射た言葉を言われて返す言葉もない。

 実際、柚衣が努力してこなかったのは事実なのだ。


「でも頑張るのは偉いことです。努力している人はかっこいいとは思います」

「そ、そういうもんか」


 努力を知られることを嫌う柚衣だがその努力を褒められてしまい、何とも言えない気持ちになる。

 今の琴美には柚衣が前よりは少しだが良く写っている。

 そんな発言にまたしても努力のモチベが一つ上がる。


「かっこいいとは思いますよ。ただ......」


 琴美は少し間を空けて二度と同じ言葉を繰り返す。

 そしてその後に何か言いたそうにしていたが口を閉じた。


「それにしても何か心変わりのようなものがあったのですか?」

「何となくだ。ほら、高校生になってもうすぐ一年経つしそろそろやばいなと。大学受験も見据えないとだから努力しようと思って」

「なるほど、それもそうですよね」


 本当はただただ恋という大きな心変わりによるものなのだが、それを言うわけにもいかない。

 だからそれっぽい理由をつけて誤魔化しておく。

 実際に理由は置いておいて柚衣は大学へ進学したいと考えているので勉強するという行動自体はあっている。


「どこに行きたいとかはないけど勉強しておいて損はないだろ?」

「......なんだか柚衣くんらしくないですね。最近の柚衣くんは変です」


 そう言われて柚衣は言葉に詰まる。

 琴美はそんな柚衣の様子を見て視線を前へと戻した。


「......やっぱりらしくない?」

「あ、いえ、そういうつもりで言った訳ではないですよ。しかし以前の少しだらしない柚衣くんとは違うので寂しさを感じます」

「親みたいなことを言うんじゃない」

「だってだらしなくなくなったら私に甘えてくれなくなるじゃないですか」

「甘える気は無いんだが......」


 たしかに琴美の優しさや暖かさには何度か甘えさせられたし、たまに料理だって作ってもらっている。

 しかし琴美自身に甘えたことは一度しかない。

 それも自ら甘えたというよりは甘えさせられたような気もする。


「それもそうですね、近頃は私が柚衣くんに甘えてばかりな気がします」

「俺が甘えていいって言ったしな」

「ですが私は不服です」


 柚衣は心の中で思わず、なんでだよ、と突っ込んでしまう。

 琴美自身に甘えてしまえば依存してしまいそうで怖いので甘えることは遠慮しておきたい。


「ねえ、柚衣くん、私はやっぱり欲張りなのでしょうか?」

「欲張り? 何の話だ?」

「......いえ、何でもないです。では私、帰り道はこっちなので......ばいばい」

「お、おう、また明日な」


 琴美は柚衣の帰り道とは別の方向へ歩いて行った。

 その背中を見て軽く手を振る。

 しかしその背中はいつもよりも小さく見えた。

 

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