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第二十五話 天使様の懐

「......落ち着くな」


 柚衣は暗い夜の中、扉のすぐ横に置いてあったベンチに座る。

 車の音は聞こえず明かりも店から漏れ出ているものだけ。


 まだトラウマを引きずっている自分が嫌で遼に心配をかけていることも申し訳なくて今にも押しつぶされそうだ。

 ベンチの縁を握る力が段々と強くなる。

 あの頃とは環境も状況も違うのはわかっている。

 遠藤も他のみんなも良い人だし柚衣であろうとも一緒に楽しみを共有してくれて優しい人たちだ。


 それでもまた嫌われているのではないかという恐怖がある。

 輪に入れていると一人勝手に勘違いしているのではないかと思ってしまう。


 柚衣が自己嫌悪に陥りながら夜風を浴びていると扉が開く音が聞こえる。


「......琴美?」

「柚衣くん、大丈夫ですか? 顔色が悪そうだったので心配で......隣失礼します」


 どうやら琴美にも顔色を見られて心配をかけてしまっていたらしい。

 琴美にはいつも通りで振る舞うと暗い気持ちをうちに隠して、あえていつも通りで振る舞う。


「大丈夫、ちょっと疲れただけだ」

「それなら良いのですが......というよりそんな格好でいたら風邪ひきますよ?」

「たしかに、ちょっと寒くなってきたかも。そろそろ戻ろうかな」


 心の整理はまだできていないがノリに合わせることはできる。

 柚衣が立ちあがろうとすると琴美は服の裾を引っ張って無理やり座らせる。


 そして柚衣の視界から気づけば琴美はいなくなっていた。

 さらに背中に温かみが伝わってくる。


 柚衣は何をされているのか理解はしたが困惑する。


「......琴美?」

「こうしたら暖かいでしょう? 前やってもらったお返しです」

「そう......だけど」


 琴美との距離はゼロ。

 このような場面を見られたら間違いなく勘違いされてしまうだろう。


 琴美の体は手も含めて暖かく、不思議と安心する。

 離れるように言わなければならないのに、離れなければならないのに柚衣の体はそれを拒む。

 

「大丈夫なんて嘘ですよね。どうして嘘をつくのですか? 私に聞かせたくないことなら言わなくて良いです。でも柚衣くんとは友達だから友達の相談には乗ってあげたいです」


 琴美が柚衣を包む力は少し強くなり、さらに琴美は柚衣を寄せる。

 柚衣の壁はその熱によって溶かされて、琴美を受け入れている。


「中学の頃の話なんだけどな......」


 琴美に話すつもりはなかったのだが柚衣の口は開いた。


 ***


「柚衣、こっちこいよ」


 中学の頃、柚衣には仲の良い三人の友達がいた。

 そのうちの一人は親友とも呼べるくらいの友達で趣味が合い、仲が良くて四人で行動を共にしていた。

 昼休みはずっと一緒に過ごしていたし、休みの日もどこかへ出掛けていた。

 その時の柚衣は今よりも明るく、笑顔のある少年だった。


 違和感を感じ始めたのは中学に上がって最初の夏休みが明けたあたりだった。

 三人と柚衣の間にどこか壁を感じ始めた。

 ちょうどそこから柚衣に関する根も葉もない噂が広まるようになった。

 冗談に近しいものだけでなく過激なものまで流された。

 柚衣はひどく傷つき、同級生や仲の良かった他の三人にまで距離を置かれるようになった。

 冷静に考えれば噂は嘘だとわかる。

 しかし噂といえど百人が言えばそれは事実に変わる。

 それなのに柚衣は信用を一気に失った。

 

 何とかしようと思った柚衣は噂の根源を突き止めることにした。

 疑いが晴れたらまた仲良くしてくれるかも、疑いが晴れたらまた四人で遊べるかも。

 そして柚衣は噂の根源を調べたことを後悔する。

 何故なら柚衣の親友が噂を流していたから。


「なあ、何で、何であんな噂流したんだよ......」


 柚衣は親友に問い詰めた。

 一番仲が良かったから、良いと思っていたから裏切られた気持ちになった。


「お前が嫌いだからだよ」


 一番の友達だと思っていたからこそその言葉は柚衣の言葉に深く刺さった。

 全て柚衣の勘違いだったのだ。

 仲が良いと思っていたのも全部。


「何で? いつから? もし俺が悪いことをしてしまっていたなら謝りたい」

「いつからって言われても最初からだ......お前なんて嫌いに決まってるだろ。何なんだよマジで」

「だって今まで仲良くしてきて......」 

「表面上だけ。正直お前とは生理的に合わないんだよ。頭の中お花畑で、悩みなんてなさそうで、俺らだけじゃなくてみんなと仲良しこよしごっこやってるの見るとマジでムカつく」


 当時の柚衣は誰にでもフレンドリーに接して明るい性格をしていた。

 それがかつて親友と思っていた人物には気に障ったという。


「あの二人とは仲良さげにしてたから俺も仲良くしてたけど限界だ......もう懲りただろ? 俺らの輪にこれ以上入るな」


 仲が良いと思っていたのは全て柚衣の勘違いで実際は嫌われていた。

 そこから柚衣は人と接するのが怖くなり、用がない限りは一人で過ごすようになった。

 噂もそんなものはなかったかのように消えてしまい、残ったのは喪失感だけ。


 それでもそんな柚衣を支えてくれたのが幼馴染の遼や千郷。

 二人とは長い関係ということもあり、だからこそ柚衣は二人を信用した。


 高校は地元から少し離れたところに通うことにした。

 二人と同じになったのは単なる偶然だ。


 ***


「......それは辛かったですね」


 柚衣はいつのまにか全てを話していた。

 琴美の暖かさに包まれていた。


「だから人と仲良くするのが怖いんだ......」


 柚衣は弱音を漏らす。

 普段なら絶対に言わないようなことだ。


「大丈夫です。少なくとも私は柚衣くんを友達だと思ってますよ。素でいて良いって言ってくれたのは柚衣くんだけですし、柚衣くんだから私も素を見せられます」


 琴美の甘い囁きが耳元で聞こえる。

 それを体が拒否することはない。


 柚衣は傷心が癒やされてふと我に帰る。

 途端に、顔が熱くなりそうだったので琴美の肩を優しく掴んで柚衣自ら距離を離す。


「ありがとう......なんか情けないな」

「いえ、そんなことないですよ。これはお返しですから。むしろ柚衣くんのことを知れてもっと好きになりました」

「......そっか」


 恐怖心がまだあるのは事実だが柚衣はそれに従ってずっと生きてきた。

 しかし琴美と友達になれて良かったと柚衣は今では思っている。

 そろそろその恐怖心に向き合うべきなのではないか。


 柚衣が琴美に言ったことにより心が軽くなったことを実感していると琴美は柚衣の右手を両手で包む。

 そして次に左手も両手で包む。


「元気、出ましたか?」


 前に琴美にやったことを柚衣はそのまま返されたようだ。

 しかし前とは違って琴美の手はとても暖かい。

 

「元気出たよ、ありがとう......そろそろ戻ろうかな」

「そうですね、私も戻ります」


 二人は立ち上がり、店へと戻った。

 寒い中座っていたにも関わらず、柚衣の体は暖かくなっていた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] どこまでが最初からの構想で、どこまでが後付なのかは知らないけど、友人だと思ってた相手に裏切られて傷ついた相手に嘘告仕掛けたとなると、幼馴染の罪は一層重く感じるね
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