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強行軍と絶景

店の前で派手に暴れてから2か月が経った。街は翌日から通常運転で、壊れた壁や折れた電柱、穴だらけの道路はあっという間に修復されて、数日後には痕跡さえ見つけるのが困難だった。あの司令官が言っていた”国”の力なのだろう。報道は疎かインターネットにすら、全く情報が無い。完全に隠蔽されてしまっている。

暫くの間は店も普通に営業していたし、俺も普段と変わりは無かった。

だが、今の俺は小型のオンボロ船に乗って、四方を水平線に囲まれている。建付けの悪いドアから隙間風が入り、エンジンが悲鳴に近い騒音を放ち続ける。やかましくてたまらないのだが、止まらないよう祈りながら、汚れた窓から外を覗く。延々と続く波また波。この泳ぐ棺桶に乗せられてから、ずっと同じ風景が続いていたが、ようやく彼方に海岸線が浮かび上がり、まばらに人家らしきものが見える。数件のバラックが建っているだけの貧しい集落だ。

無事に終点の漁港に辿り着けたことを感謝し、船長に別れを告げる。初老の船主は険しい顔で目を伏せると、そそくさと引き返して行ってしまった。嫌な仕事だったのだろう。俺も同じだ。

頭に叩き込んだ地図を瞼の裏へ引っ張り出し、今後の行程を再確認する。目的地までは、道なき道を行かなければならない。80~100メートルの断崖絶壁を右手に、時に岩をよじ登り、時に海を泳ぎ、場合によっては障害物を排除しながら、およそ20キロの海岸線を進むのだ。装備はといえば、登山用のロープとピッケル、サバイバルナイフとテント設営用のペグが数本、水の入った水筒と防水ザック。これだけだ。いずれも日本のキャンプ用品を扱っている店で普通に購入できるものだ。靴だけは特に頑丈なものを選んで、更に隋書を補強、強化した特注品だが、外見からは分からない。一見して、馬鹿な観光客が無茶な強行軍を仕掛けた体だが、どんなアホだろうと、こんな軽装で来やしない。ここから先は地元の人間でさえ近付かない秘境なのだ。

漁港から見える範囲では、大人しくゆっくりと進む。岩をよじ登り、小高い丘をひとつ越えると、小さな集落は見えなくなった。岩場は尖ってささくれ立ち、転倒すれば無傷では済まないだろうと思われたが、おかげでコケや海藻類でスリップする可能性は低い。ここからは一気にペースを上げる。高低差が2~3メートルであれば、跳躍で10メートルは進める。干潮時のみ現れる幅の狭い浜は、一気に駆け抜ける。行程の約半分までは比較的順調だったが、後半は更に険しさを増す。波に削られて脆くなった岩礁の隙間を這い、打ち寄せる波に攫われないよう崖にへばり付いて進む。目的地の真下まであと4~500メートルの地点まで来ると、有刺鉄線のバリケードが張り巡らされていて、その向こうが短い砂浜になっていた。易々とバリケードを飛び越えて砂浜に降り立つ。久々に真直ぐ立って歩けたので気が緩んだのだろう、踏み出した足が何らかの異物を踏んだ感触があり、同時に機械的な音がした。しまった!地雷だ!

対人地雷は、踏んだだけでは爆発しない。踏んだ足を上げると信管が作動して爆発する。俺は地雷を踏んだ左足を動かさないよう慎重に右膝を着くと、左の靴ひもを解いて靴を地面に抑えつけたまま、ゆっくりと脱いだ。靴底と爪先に分厚い鉄板を仕込んだ靴は、片方だけで3キロ近くある特別製だ。安全靴の数倍の重さがあるので一般的ではないが、今の俺には強い味方になる筈だった。しかし、ここで地雷を爆発させる訳にはいかない。靴は諦めよう。抑えたままの靴の中に砂を詰め、念のために水筒を上に乗せる。安定を確認して、手を放すと同時に飛びのく。成功だ。爆発しない。俺は右足の靴を脱いでザックに仕舞うと、二の轍を踏まぬように慎重に砂浜を抜けた。

俺はザックから取り出したペグを両手に握りしめ、真下から目的地を見上げる。ここからは直接見えないが、崖を昇り切った所にある大昔の遺跡は、前面が広大な砂漠を臨み、地平線まで何の障害物も無く見通せる。そして背面は100メートルの断崖絶壁。近付くものは立ち処に迎撃対象になる天然の要塞だ。ターゲットの居るキャンプは、不定期にその遺跡の中を移動しつつ、常に外敵を警戒している。特に対空防御には力を入れており、長距離ミサイルの類も撃ち落とせるらしい。前面からの侵入を試みれば、自動追尾の機銃と地対地ミサイルの洗礼を受け、空から向えば対空防御網に阻まれる。これは背面もカバーしており、遠く海上に浮かぶ敵も攻撃可能だし、海中では常にソナーが警戒している。唯一の進入路、それが海岸線から崖の真下に移動し、垂直に登って行く方法なのだ。大部隊ではすぐに発見される。しかし、少人数でも見つかれば即終了だし、近付くだけで消耗が激しく、作戦行動の継続が難しい。長時間の単独行動が可能で攻撃にも強い俺が選ばれた理由だが、いざ失敗した場合には簡単に切り捨てることができて、知らぬ存ぜぬを決め込めるからと云う方が大きいだろう。

全体が大きく海側にせり出した岸壁を登る為の道具がこの2本の鉄杭だけとは、些か心許ないが、足の着く特殊装備は使えないとのことなので仕方ない。満月期の俺ならではの力技で捻じ伏せていく。腕力のみで岩肌に交互に打ち込んだペグを頼りによじ登っていく。壁はやがて天井となり、斜めに打ち込んだペグにぶら下るように進む。80メートル程下はゴツゴツした岩礁に荒波が打ち寄せる海岸だ。万一落ちたら、かなり痛いだろう。

天井が緩やかに壁に戻り、地上まであと数メートルになると、岩の合間に草やコケ類が見え、そこから上は土に覆われている。俺は右手のペグを仕舞い、腰に下げていたピッケルで地上の手がかりを探す。がっしりと食い込んだのを確認して、体を引き上げる。静かにゆっくりと、顔を地上に出す。草の合間に昔の建物の残滓が見えてきた。かなり広大なので、全体は見通せない。この遺跡のどこかに、ターゲットが捕らわれているのだ。

地雷以外は概ね想定通りの進捗具合なので、間も無く日が暮れるだろう。地上に出るのは、日が落ちてからにしよう。

俺は岸壁に打ち込んだペグに腰のベルトをひっかけ、暫し休息を取ることにした。

見渡す限りの水平線に、太陽が沈んでいく。絶景だ。

そして今夜は満月だ。

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