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アクセルディメンジョンとプロフェッショナル

加速したとは言っても、俺には奥歯に仕込んだスイッチひとつで全ての物理法則から解放されて走り回れる便利な機械の身体も、魔法のようなドーピング薬もありはしない。意思の力で、神経の伝達速度を数十倍にできるだけだ。当然、物理的な制約は通常と全く同じ。体感的には、どえらく不自由でしかない。

まず、視界が暗くなる。感覚的には半分位の明るさになり、同時に色が変わって見える。全ての青味が消え、全体的に赤みがかって見える。夜目が利き、光線の可視範囲が常人よりも広い俺には、然程影響はないが。

他にも、可聴域がずれて会話ができなくなる、空気抵抗が半端ないなどがあるが、一番は慣性力。これが実に厄介で、腕一本動かすにも糞重く、一度動かすと止まらない。全身を動かそうとしようものなら、自動車を背負って走る位苦労する。そして止まる為には、動き出すのと同じ位パワーが必要だ。

力技は満月期であれば何とかなるが、一度に加速しようとすると、加重と摩擦に耐え切れずに靴が弾ける。空気抵抗で服が破れる。持ち物は明後日の方向にすっ飛んで行ってしまう。

自ずと動きには制約が多く、非常に体力を消耗する割に、それほどは便利な能力ではない。

だが、今は別だ。

38口径の銃口から飛び出した弾丸が、ゆっくりと近付いて来る。発射直後にもほとんど銃がブレていないので、やはりこのヒョロガリも見かけによらず相当な手練れなのだろう。

感心している場合ではない。右足に重心を移しつつ、右腕に全身のエネルギーを集中させて一気に動かす。爆発的な満月期のパワーを受けて、肘と肩の関節が悲鳴をあげるが、構わず力を込め続ける。すでに弾丸は俺のすぐそばまで来ている。腕の周りの空気が歪む。指先付近の速度が音速を超えたんだろう。真直ぐに俺の顔を目掛けて飛んでくる豆粒ほどの銃弾を、斜めに勢いを殺しながら掴む。問題はこの後だ。高速で動く腕を止めるためには、反対の方向に起動時と同等かそれ以上の力をかけなければならず、おそらくすぐに飛んでくるであろう次弾への対処が遅れてしまう。腕の進行方向に対して直角下方向に力を込める。速度を殺さずに、銃弾をつかんだ掌が孤を描くように、腕の動きに合わせて力の方向も変えていく。案の定、2射目が奴の銃口から発射されたのが見える。ヒョロガリの薄ら笑いを浮かべている顔目掛けて掌の中の銃弾を押し出し、2射目の弾丸を払いのけるように逆手でつかみ取る。俺の放った弾が奴の額の真ん中に命中したのを確認して、加速状態を解除する。

奴の頭が一瞬仰け反り、その場に仰向けに倒れた。観衆の誰もが、何が起きたのか理解できていないようだ。

当然だ。と思ったら、目の前の少女だけは違ったようだ。コピーのコンビでさえ、開いた口を閉じるのも忘れて、倒れたヒョロガリを呆然と見つめているのに、このちんちくりんな小娘は、あろうことか俺の掌の中から2発目の銃弾をほじくり出し、珍しそうに眺めて言った。「熱っつ!鉄砲の弾小っさ!」って、驚くのそこかよ!

我に返ったコピーコンビが、ほぼ同時に俺に向けて銃を構える。動きまでコピペのようだ。

だが、次の銃声は左側から聞こえ、左側のコピーは右へすっ飛んで倒れた。右コピーはというと、右方向から弾丸並みのスピードですっ飛んできたSPの姉さんの体重の乗った電撃警棒を首に受けて、左コピーの倍はすっとんだ。首、折れたんじゃないか?

恐らくSPふたりとも、防弾チョッキを着ていたのだろう。コピー達の注意が俺に向いたのに乗じて、反撃に出たのだ。腐ってもプロだね。いや、ちょっとばかり平和ボケしていて急襲に対応しきれなかっただけで、腐ってるは言い過ぎかな。偉い偉い。

店内が騒然として、皆が口々に喚き出す。「大変!大変!」そりゃまぁ、そうだわな。「警察!警察を呼べ!」いや、てめーでやれよ、てか、呼んで欲しくねーけど。「あぁー!うわー!どどどどーしよー」って知るかよ、やかましい。

阿鼻叫喚地獄絵図と化し…いや、そこまでではないが、パニック状態の客達を尻目に、SPふたりが少女に駆け寄る。それをまたしても目だけで制し、ニッコリ満面の笑みで、つまんだ弾丸を俺に差し出す。「んっ」

俺はずっこけそうになりながら「ん、じゃねーよ。いらねーよ、そんなもん」といいつつ、自分の席に戻って腰かけた。そして本日一番驚愕した。

前回と寸分違わぬ調子で、先程よりも更に巨大なステーキ皿を自慢げに掲げたコックの大男が、足取りも軽やかに近付いて来る。暴漢どもの死体?を担いだSPが出ていくのを見送り、「ナニカモメゴトカ?」だって。

俺を含めた全員が呆れてものも言えないなか、俺の前に嬉しそうにステーキを置くと、「コンドノハ3キロネ~。タリナケレバモット焼クヨー!」と宣った。

俺は苦笑し、少女が爆笑し、他の全員が失語症になった。が、ここへ来た目的を思い出し、ありがたく頂くことにして、ナイフとフォークを手にしたところで、俺とコック以外の全員が叫んだ。「食うのかよ!」

俺は肉を食いに来た。そして目の前には肉がある。後の事を考えると長居は無用だが、警察か、それに類する面倒な連中が来るまでには、5分や10分はかかるだろう。ずらかるのは食ってからでも間に合う。俺は惚れ惚れと見守るコックの前で、巨大な肉塊を90秒で平らげた。やはり本職の焼いた肉はいい。超極厚でレアにもかかわらず、芯までちゃんと温まっていて、肉本来の旨味を最大限に引き出している。「うまかった!」と言うと、すかさず興奮気味のコックが「モットタベルカ⁉」と返したが、ひっくり返ったテーブルやら、最早一言も発する余力の無い客達を廻し指し、「そうしたいのは山々だが、今日は時間が無いので、またにするよ」と言って立ち上がった。「オゥ、ソウデスカ。」とても残念そうだ。「ツギキタラ、ワタシヨブトイイネ。モットオオキイノ焼ケルヨウニシトクヨー」って、余程気に入られたか?

カウンターに伝票を出した俺に、「払うわよ」と後をついてきた少女が言ったが、冗談ではない。齢が半分しかない子供に奢ってもらわなければならないほど困窮してはいない。「よしてくれ。子供が要らぬ気遣いをするもんじゃぁない」というと、「失礼ね!こう見えても18よ。助けてもらったら礼をするのは当然…」「だから、それが余計だと言ってるんだ。俺は肉を食いに来ただけで、食ったから帰る。それだけだ」「でも…」まだ何か言いかけたが、無視して支払いを済ませ、表に出る。

18か…意外と大人だな、だがまだまだ色々と…などと考えていると、何事か言い付かったであろうSPの男の方が、追うように出て来た。惜しい、姉御の方だったら考えを変えたかもしれないのに。

俺は走り出した。遠くでパトカーのサイレンが聞こえたが、今の俺を捕まえるのは、不可能だ。おっとり刀の警察にも、肋骨が2本ほどイカレているであろうSPにも。他の誰にも。

何せ今夜は満月だからな。


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