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ステーキと銃弾

今夜は満月。

気力・体力共に最高潮に達する時だ。

月齢と共に賦活化する俺の肉体は、満月を頂点に前後2日間程度、文字通り不死身となる。2年ほどかけて色々と試したが、常識的には不死身と言っても差し支えないだろうレベルだ。同時に精神的にも高揚し、何かせずにはいられなくなる。普段は引きこもりがちな俺だが、この時期だけは日の高いうちからそわそわと出歩いてしまう。

最初に断っておくが、事故後、致命傷を負った俺は帰らぬ人となって別世界に転生を…していない! 自慢じゃないが、俺は流行りものには疎いのだ。

俺の生まれ育ったこの世界は、相変わらずどうしようもなく腐っていて、手が付けられないほどイカレた連中が跳梁跋扈する糞溜めのどん底だ。しかし、それを嘆いたり悲しんだりするのは新月期の俺の役割であり、今この時期の俺は、とにかく無敵なのだ。怖いものなど無いのだ。まぁ、そのせいで厄介な連中に目をつけられて、度々面倒なことになったりもしているのだが…

そして、無敵の俺は腹が減る。とにかく無性に肉が食いたくなる。なので、今日もこうして駅二つ分を歩いて、隣町にある最近評判のステーキ店までやってきた。…のだが…店の駐車場に、何やらキナ臭さ漂う黒塗りの高級外車が2台。経験上、俺は荒事にも鼻が利く。これはまず間違いなく、その筋の連中の車だ。

今日この店に来ることは、誰にも言っていない。友達も恋人もいない俺には、誘う相手もいないからだ。如何に奴らとて、先回りできるとは思えない。

気を取り直して店に入る。

自動ドアを抜けると、ログハウス調の外観同様、丸太むき出しの内装とキャンプをイメージした調度品が、如何にもそれっぽい。客の入りは4~5割といったところか。平日のオフタイムとしてはまずまずだろう。家族連れや若いカップルなどは無く、老夫婦やサボりの営業、中年の単身者など、比較的落ち着いた客層だ。左側には広めの階段があり、続いてカウンター席。その奥が厨房だろう。中二階から一階を見下ろせるロフトまでは大きな吹き抜け構造になっている。そして何よりも気になったのが、入店してすぐに刺すような視線が二つ。右手すぐのテーブルに男がひとり。中二階にもひとり。こちらは女だ。大方、外の外車の主だろう。どちらもお堅く黒のスーツで決めている。葬式帰りでもないだろうに。

気付かぬ振りで、ゆっくりと一階奥まで進み、ほぼ店内全体を見渡せるテーブルに陣取る。

座るとすぐに、件の視線も外されたので、やはり俺目当てではなかったようだが、ふたり共抜け目無く周囲に気を配っている。2階ロフト部分のデーブルにいる誰かをえらく気にしているようだ。尾行にしては目立つので、恐らくは警護だろうとあたりをつける。他の客と違って、少々浮っついた感じの大学生位の男女混合5人グループ。その中の誰の警護なのかまでは分からない。SPの片方が女であるところを見ると、対象は女の子2二人の内どちらか、或いは両方だろう。

ウェイトレスが水を持ってやってきたので、考えを中断して、オーダーすることにする。こちとら、早く肉が食いたいのだ。

メニューも見ずに俺は言う「オーダーは何キロまで?」

マニュアルに無い対応を求められたウェイトレスの目が泳ぐ「??キロって(笑)」

たたみかけて俺は言う「じゃぁポンドか?最大でいくつまで?」

「ち、ちょっとお待ちください」

そそくさと行ってしまった。そんなに面倒なこと聞いたか?

ほどなく調理人と思しき白エプロンの男が…大男が、かわりに注文を聞きに来た。身の丈2メートルはありそうな、いかにもな巨漢の白人だ。極太の腕に毛が生えている。

「オキャクサン、オオキイの食えるか?」

慇懃に見下ろす態度もそれっぽい。ニヤついてきた。

「最大何キロまで焼ける?」

こっちは客だし、臆することはない。ついでに不死身だし。

「キロ…だと…2キロか…」

「じゃぁとりあえず2キロで。ブルーで、さっと炙るだけでいい」

「オキャクサン、そんなに食えるか?2キロはコレくらいある…」

身振りで大きさを示す。目は嗤っている。いや、おめーの腕より小せーよ、とは思ったが言わない。

「大丈夫、足りなきゃ追加するから。腹減ってるんで、大至急ね」

少々面食らったものの、了解はしたようだ。肩を竦ませながら厨房へ帰っていく。可愛くなんかねーよ。

肉が焼けるまで時間ができたので、さりげなく先程のSP達の様子を伺ってみる。自分には関係なさそうなので、暇つぶしには丁度いい。

入り口の男は身長180~190センチ位。先程のコックよりは幾分小ぶりだが、体重は100キロを超えているだろう、40歳前後の大男。目の前の冷めたコーヒーには、見向きもしない。店にとっては迷惑な客だ。スーツの左脇下には、物騒なモノがぶら下がっているようだ。日本の白昼堂々と火器を装備して歩いているからには、それなりの後ろ盾があるに違いない。

中二階の女の方は、対照的に瘦せ型で小柄、160センチ程度しか無さそうだが、身のこなしからして、恐らく武闘派と見た。パンツスーツにチョッキ、銃器の類は所持していないようだが、腰のモノは伸縮性の特殊警棒だろう。スタンガン付きかな?東洋系、30歳前後の美人で、時々紅茶のカップを手に、飲む振りをするしぐさもサマになっている。実に俺好みだ。

護衛対象の属する若人グループの方は、SPのピリついた雰囲気などどこ吹く風といった感じで、何やら馬鹿話をしてはゲラゲラと大笑いして盛り上がっている。ガキの分際で、昼間っから呑んでいやがる。それなりに裕福な家庭の坊ちゃん嬢ちゃんなんだろう、身なりはそれなりだか、品格と云うものが感じられない。特に野郎3人組。軽薄を絵に描いたようなヘラついた物腰だ。女の子の片割れも、賑やかし要員のパリピ然としていて、オツムの内容物よりも胸のぜい肉の方が遥かに重いタイプだ。

残る少女ひとりだが、完全に浮いている。他の面子よりも3~5歳は若そうで、高校生か、下手をしたら中学生かもしれない。中身の薄そうな会話を聞き流し、たまに愛想笑いなどしているが、明らかに退屈そうだ。年齢とは逆に風格では完全に上を行っている。間違いない、護衛対象は、この娘ひとりだ。

確信を得た途端、その少女と目が合った。慌てて目を逸らすが、間違いなく気付かれた。訓練を受けたプロのSP達にも気付かれないように観察していたはずだが、偶然か?それともカンのいい奴なのか?見た目からは想像もつかない、鋭い眼差しに面食らってしまった。あれは肉食獣の眼だ。まぁ、俺もそうなんだが。

逸らした目のやり場に困っていると、肉が焼けたようだ。待ってました。何故かコックの巨漢珍直々に持ってきてくれるらしい。わざわざ自分の頭よりも高々と皿を掲げ、衆目を集めるようにゆっくりと、近付いて来る。ニヤニヤ嗤いが何かムカつくが、奴の目論見通り、客たちの何人かがどよめいた。2キロのステーキともなると、通常のおよそ10倍。あまりお目にかかった事などないのだろう。「うわぁ」だの「スゲー」だの感嘆符混じりの賛辞が聞こえて、あまり目立ちたくない俺としては少々迷惑だ。

目の前に皿を置いた巨漢珍君がこれ見よがしに、「オマタセシマーシタ、サーロイン”2キロ”レアでゴザイマース」と、2キロを特に強調して言うと、「ひえ~」とか「2キロだって⁉」とか、望まぬお囃子が聞こえる。ウェイトレスの娘を親指で指して、「カノジョには重たスギなので、ワタシが持って来たヨー」って、聞いてねーよ。ってか、「そこまで重くはねーだろ」と思ったら、口に出てしまった。

正直あちこちから見られていて鬱とおしかったが、気を取り直して食うことにする。そりゃぁもうガツガツと。

巨漢珍君が厨房の入り口まで戻ったところで、ニヤニヤ嗤いのまま振り返ってこちらを見た時には、すでに半分強が胃袋の中に納まっていた。奴の顔色が変わったのを見て、今度はこちらがニヤついて見せてから、残りを15秒で平らげた。

衆人観衆から悲鳴にも似たドヨメキが沸いたが、奴の驚愕に満ちた顔が面白くて、たたみかけてやる。空になった皿を指さして、ジェスチャーでワン・モア・プリーズ、お代わりを要求する。これには更に度肝を抜かれたようで、今度は奴が目を点にしてすっ飛んで来る。「オキャクサン、モヒトツユッタカ?同ジノヲ?」「あぁ、同じのをもう一皿。なかなかいい焼き加減だったが、もう少し生がいいな」平然と答える俺に一瞬たじろいだものの、ため息をひとつついた後、奴の目が急にフレンドリーな色を帯びた。俺の食いっぷりに惚れちまったか?「ユー・ナイスガイ!マッテロ、3キロ焼いてやるヨー」だと。何だよだったら最初からそうしろよ、とか思ったが、言わないでおく。周りの客は、只々呆れている。「えっ!3キロ⁉」「まだ食うのかよ」ってウルセーよ、ほっといてくれよ、と思ったところで、ロフトからの視線に気が付いた。

護衛対象の少女がガン見している。口元に薄笑みを浮かべ、やっと面白そうな玩具を見つけたと顔に書いてある。何だか面倒なことになりそうだな、と思ったら、立ち上がって階段を下りてくる。取り巻きの小僧どもが声をかけたが、無視。足取りが妙に軽い。ああ、こりゃホントにメンドクセー。かも。

当然、SP二人が浮足立ったが、少女が目配せすると、何事も無かったように元通り腰かけて知らん顔。よく飼いならされてますな。でも、二人とも目だけは俺に釘付けなんだよなー。視線が暴力的なんだよなー。やめてくんないかなー…

テーブルを挟んで俺の正面に立った少女は、やはり華奢で小柄、140センチちょいしか無いだろう、正統派美少女といったナリだ。

開口一番、「あなた、面白そうね」って、もう少し言い方ってもんが無いのかね。

ここは少し突き放してみる。「俺はメシを食っているだけで、それを面白がるのはそっちの勝手だろう」

「そうじゃなくて。あなた、匂うのよ。私達と同じ匂い」

一瞬、加齢臭か⁈と思ったが、そうじゃない。私達?同じ匂い?何のことだ?月齢が満ちて獣臭を発散しているはずの俺が、絵に描いたような美少女と同じ匂いな訳ないだろう。肉食ってことか?お嬢ちゃんの行動力は確かに肉食系のようだが、俺のような本物の肉食とは意味が違うんじゃぁないの?

次の反応を思案していると、入り口の自動ドアが開いて、眼つきのよろしくないのが入ってきた。薄汚れたトレンチコートを着たヒョロガリを先頭に3人。後のふたりは革ジャンにハンチングでずんぐりしていて、コピーのように同じ顔だ。暗く凶悪な眼つきは3人共通で、やる気が満々溢れ出しそうだ。

当然、SPのふたりが瞬時に反応したが、そろって腰を上げた時には、もう3人とも射撃体勢に展開し、それぞれの手に魔法のように拳銃が現われていた。コピーのふたりが躊躇なく発砲。それぞれが各SPに向けて正確に2発ずつ。男のSPがもんどり打って椅子ごとひっくりかえる。45口径を至近距離から2発。まともに胸に食らったのでは、強靭さが売りのSPもひとたまりもない。女の方は、立ち上がる勢いで飛び上がって弾をかわし、そのまま中二階からダイブしたが、これは悪手だ。初撃こそかろうじてかわせたものの、空中では自由落下という物理法則に縛られてしまい、容易に推測できる着地点に落ちるまでは無防備だ。案の定、次の2発で敢無く撃沈。沈黙した。見た目はアレだが、鮮やかなプロの技だ。

先頭の一番危険そうなヒョロガリ男はというと、ロフトの馬鹿っぽい学生グループに銃を向けたまま、戸惑っているようだ。凍り付いた僕ちゃん達の中には、そこにいるはずのターゲットが見当たらず、気を削がれたようだ。すぐにゆっくりと視線を巡らしターゲットを探し始める。やはり本目は、俺の目の前で立ち竦んでいるこの娘だ。客達が息を飲む。老婦人が短い悲鳴を洩らす。大半は何が起きたのか分からない、といった反応だ。無理もない。俺は静かに立ちあがり、気丈にヒョロガリを睨みつけている彼女を、奴の目から隠すように立ち塞がった。

その時にはもう、ヒョロガリの右手の銃口はこちらを向いていた。俺という想定外の存在と、娘を庇う動きを見せた事に一瞬反応したものの、口元をいやらしく歪めると同時に、迷いなく俺に向けて発砲した。


その瞬間、俺は加速した。


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