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そして長かった初日が終わる。

第9話、最初のお話はここまでです。


それでは、どうぞ。

 佳織に後処理を任せてホテルの部屋を出た猟人と緋登美は、互いに特に口を開くこともなくロビーに向かう。


到着した先のロビーには、先ほど別れた友人たちが心配そうに待ち構えていた。

 

 「緋登美っ!」

 「多田野さん!」

 

 真っ先にかけつけてきたのは朋だ。その後ろを爽田と茶井が追いかけ、涼花がゆっくり歩いて近づいてくる。

 

 「みんな!どうしてここが?」

 「うちの保険の先生?だっていう女の人と天音さんが連れてきてくれたし」

 「天音さん?」

 

 説明を求める緋登美に応じて朋が後ろを振り返ると、作り物のような微笑を浮かべた天音美琴が小さくお辞儀した。

 

 「あ、さっき阿須田くんといた女の子」

 「はじめまして、天音美琴です。この度は余計なお世話かと思いましたが、ご友人の皆様も大層ご心配なされておりましたので、わたくしがこちらへとお連れした次第です」

 「は、はあ。それはわざわざ、ご丁寧にどうも」

 

 お人形さんのような美少女から繰り出される丁寧すぎるあいさつに釣られ、緋登美もあわててお辞儀を返す。


 そんなやりとりに全く興味がないかの如く、阿須田猟人はその場を去ろうとする。

が、美琴の小さな手が再び彼の制服の後ろを捕らえた。


 「阿須田猟人くん。どのようなやりとりが行われたのか、わたくしにもわかるように説明してくださらないかしら?これから始まる部活動において、とても有意義な出来事になると考えているのですけれど」

 「なにをやるのか決まってないのに、なぜ有意義だと判断したんだ?」


 猟人はつかんだ手を振り払うことなく律儀に立ち止まって顔だけ振り返ると、疑問に感じた部分に対して質問を返す。

 「あら、あなたはご存じなかったのですね。先ほど、七色先生から伺いましたところ、わたくしたちが行うのは『新聞部』です。学園で発生したさまざまな出来事を取材し、レポートをまとめ、出版物を作成すると。この世界のことを『学びたい』わたくしたちにとって、うってつけの活動ではございませんこと?」

 

 美琴の説明をきいた猟人は少しだけ驚いた様子で目を見開くと、ハア、とため息をついてからやれやれと首を振った。


 「なら、そっちの女に聞いてこい。後で佳織さんに聞くのが最適だろうが、それじゃ『目的』とやらは果たせまい」

 

 猟人は自分の制服をつかんでいた小さな手を軽く振り払うと、今度こそ振り返らずにその場を去った。

 

 「まあ、お勉強をしたがっている割には面倒くさがりですのね。まあ、よいですわ。そちらの……多田野さん、でしたかしら。わたくしとご友人の皆様に、先ほどまでの出来事を詳しく教えてくださりませんこと?」

 「え?あ、はい」

 

 歩き去る猟人に見切りをつけた美琴は、アドバイスどおり緋登美に標的を変える。

 緋登美は正直、いまだ混乱から完全に立ち直りきれていない。

 弁護士・鷺沼と郷田による卑劣な攻撃にはじまり、阿須田猟人の躊躇なき暴力による反撃、七色佳織の鮮烈すぎる登場、そして明らかになった「郷田の真の目的」。

 キャパシティを軽々超えてくる出来事が乱発し、今度は同じ人間とは思えないレベルのお人形さん的美少女に状況を取材されている。

 

 とりあえず、佳織関連のことは「話したらまずい」と本能的に察知していた(どう話せばいいのかわからなかった、というのもある)ので、適当にぼかしながら状況をかいつまんで説明した。

 弁護士の言いがかりてきな言動と「真の目的」には朋と涼花が顔を顰め、猟人の暴力的反撃には男性陣が唖然とした表情を浮かべたが、ひとまず友人たちは「無事に解決した」ことを安心してくれた。


 「なるほど……。本当に彼は『学ぶ』意思があるようですね。それが確認できただけでもわたくしは満足です。多田野さん、誠にありがとうございました」

 

 微笑んだまま全く表情を変えずに緋登美の話を聞き覆えた美琴は、なにかに納得したようにわずかに頷いてから、再び丁寧に頭を下げる。

 緋登美は「い、いえ、こちらこそっ!」とあわててお辞儀を返すが、美琴の言葉には何やら、心にチリッとしたものを感じさせられていた。

 そんな緋登美の心境は気にも留めない様子で、美琴は踵を返そうとする。

 

 「では、わたくしはこれで」

 「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 「はい。なにかわたくしにお聞きしたいことでもおありでしょうか」

 

 帰途に就こうとした美琴を慌てて呼び止めた緋登美は、大きくひとつ、深呼吸してから要件を切り出した。


 「あ、うん、聞きたいことっていうか……さっきさ、その、部活がなんちゃらって言ってたな、って」

 「ええ。わたくしと阿須田くんで、新しい部活動『新聞部』をはじめることになりました。立ち上げたのはわたくしではなく、七色先生です」

 「それって、今日のことを記事とかにするってこと?いや、それは別にいいんだけど……いや、よくないか!でも、それはとりあえずどうでもよくて、ええと……」

 

 慌てた様子で何やら言い募る緋登美に、美琴は微笑を湛えながら応じる。

 穏やかな様子ながら超然さすら感じさせるその雰囲気は、周りで成り行きを見守っている朋らには「本当に生きたお人形さんのよう」という印象を深く刻みこんだ。


 「その!わたしもさ、その部活、入れてもらうことってできるかな‼」

 「ええっ!ひ、緋登美、何いってるん⁉」

 

 が、次に緋登美の口から出てきた言葉を聞いて、朋は思わず驚きの声をあげた。

 日常に暴力が組み込まれたような少年と、どこか人間離れした超絶美少女が所属し、よくわからないが二人の保護者的立ち位置で明らかに普通の保険医ではない七色佳織が立ち上げたという、新たな部活動への入部志願。

 当事者として事件(?)に巻き込まれ、特に猟人という少年の暴力を間近で見ていたはずの緋登美の正気を疑ったのも無理はない。

 爽田や茶井、基本的に表情の動きに乏しい涼花も、さすがに驚いた様子だ。


 「うん。なんか、おもしろそうだなって。なんかわかんないけど、わたしも一緒にやってみたくなっちゃってさ」


 緋登美自身、なぜ自分が唐突にそんなことを言い出したのか、よくわからない。

 朝の一件から先ほどのやりとりに至るまで、阿須田猟人という少年に強い興味を抱いてしまったことは確かだ。

 さすがに恋心を抱くところまで進んではいないが、彼よりも明確に「助ける」意思と行動を示してくれた爽田や茶井以上に「気になる存在」となっている。

 また、目の前の美少女が猟人とともに部活動を発足し、彼について「自分よりもよく知っている」ことを仄めかすような発言がでたことで、緋登美の中にわずかな嫉妬心のようなものが浮かび上がったことも否定できない。


「恋愛未満」ではあるが、それに近い感情を持ちかけていることも事実なのだ。

 

 とはいえ、ここで「入部希望」を口にしたのは、そんな色恋メインの理由ばかりではなかった。

 登校初日の朝から立て続けに起こった、非日常的な出来事の数々。

都内住みとはいえ都心部から離れた地域でのんびりと暮らしてきた緋登美にとって、この日に体験した出来事は今までの常識を覆すほどのインパクトを残した。

 とりわけ、土下座する郷田を「許そうとしてしまったこと」、そして「それは過ちであると気が付けたこと」は、緋登美自身の成長を強く実感させてくれた出来事だ。

 

 ここで彼らと離れ、朋や爽田たちと「普通の」高校生活を送るのも、もちろん悪くない。

 むしろ、リア充を顕現させたようなメンバーと過ごす日常は、従来の緋登美からすれば十分すぎるほど楽しいものとなるだろう。

 それでも。緋登美は、そんな日常を超越する存在たちを知ってしまった。

目の前の美少女に関してはさほど情報がないが、猟人と佳織、その二人だけで充分おつりが来るレベルの「非日常的存在」だ。

 そんなことを「本能に」囁かれた緋登美は、思わず入部を希望した。

強いていえば、本人が話した通り「おもしろそう」が最大の理由と言える。


 「いいよー。うん、こっちとしてもひとりくらい、普通の生徒に入ってもらえればと考えてはいたんだよねえ。いろいろ事情があって、その対象は厳選する必要があったわけなんだけどさ」

 「あ、先生」


 緋登美の希望に対し可否を出すことなく微笑を浮かべていた美琴に代わり、後ろから現れた佳織が応諾する。

 緋登美は思わず彼女の周囲に先ほどの男性二人を探したが、少なくともその周囲に姿を確認することはできなかった。


 「それじゃ、多田野緋登美ちゃん。『新聞部』への入部を認めます!」

 「あ、ありがとうございます!」


 話し合いの現場に突然踏み込んできて、内閣うんぬん、という自己紹介を含めていろいろ聞いてしまっている上、なぜか最初からその場にいたかのごとく状況を把握していた佳織は、現時点で「何者なの、この人?」という存在の筆頭だ。

 が、この場ではひとまず、入部を認められた喜びのほうが勝ったのか、緋登美には一切のツッコミが思いつかなかった。

 

 「七色先生。ほんとうによろしいのですか?」

 「うん。キミたち二人だけじゃ、いろいろ困ることも出てくると思うし。今回の件ではいろいろ面倒もかけちゃったからさ、彼女から言い出さなければ私が誘っていたよ」

 

 微笑の中にやや困惑を浮かべたような美琴の問いに、佳織はカラッとした笑顔で応える。

 実際、いろいろと「知られてしまった」緋登美を野放しにするよりは、自身の管理下において調整したほうが楽だ、とも考えていた。


 「そういうわけで多田野ちゃん、明日からもよろしく!」

 「はい、よろしくお願いしますっ!」

 

 再び頭を下げた緋登美にバイバイと手を振ると、佳織は美琴の手を引いてその場を立ち去る。

 いきなり手を握られた美琴は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに元の微笑に戻っておとなしく彼女についていった。

 残されたのは、頭を下げたままの緋登美と、朋ら友人たち。


 「緋登美……本気の本気?ぶっちゃけ、あたし、何がなんだかわからないんだけど」

 

 緋登美と猟人が男性らとともに去り、行き場をなくしていた状況で「行きましょう」と美琴に誘われるままに移動。その先で合流した、自分の通う高校の保険医を名乗る女性に「心配なら一緒に行こう!彼らのことは私に任せてくれれば大丈夫‼」とこのホテルまで連れてきてもらえたかと思えば、とりあえずロビーで待つように言われ、ほどなく緋登美たちが下りてきた。

 一応、緋登美本人から「何があったのか」の説明は聞いたものの、相手が指定したはずの場に迷わず連れてきてもらえたことを含め、わけがわからない。


 「うん、わたしもさ、全部理解できてるってわけじゃないんだけど……なんか、おもしろそうかもって!」


 心配そうな朋の言葉にも、緋登美は迷わず宣言する。実際、特に佳織関連のことは緋登美にもわからないことだらけで、やはり説明のしようがない。

 ただひとつ、確かなこと。

「彼らとともに部活をやる」という未来だけは、もはや揺るぎない意思として緋登美の中に定着していた。


 「ん。緋登美がいいなら、それでいいし。あたしとしては、まだまだ心配なこといっぱいあるけど……別に友達付き合いやめるわけでもないし、あんたがやりたいこと見つけたってんなら、あたしは応援するよ!」

 「ありがと、トモちゃん!」

 

 緋登美は朋の右手を両手で取り、握手をするようにブンブンと振る。猟人や美琴と部活動をはじめたところで、朋が大事な友人であることに変わりはないのだ。


 「爽田くんと茶井くん、涼花ちゃんも、ありがとね!その、明日からの登校はさ、その……」

 「うん、そうだね。無事に事件も解決したし、問題ないとは思うけど。とりあえず、一度は約束したことだから、明日は予定どおりに迎えにいくよ。茶井、いいかい?」

 「お、おう!俺は全然問題ないっしょ!!」

 「……あ、うん。あ、ありがとう」

 

 もはや有難迷惑気味になってはいたが、そもそもは自分を心配してくれてはじまった提案で、ここまで付き合ってくれたことも含め、彼らにも感謝はしていた。


 「私は……もう、別にいいよね」

 「待って、涼花ちゃん!」

 

 状況を見届けたところで、スッと立ち去ろうとした涼花の手を緋登美の左手が捕らえる。右手は依然、朋の手を握った状態だ。

 

 「涼花ちゃん、ほんと、いろいろありがと!これからもよろしくね!」

 「……うん、よろしく」

 

 無表情な涼花が珍しく、照れたような表情で緋登美に応じた。

 その表情を見た茶井が「うお!エモい!!」と頭を抱えて叫んだが、それはどうでもいい話。

 バスの中で簡単に説明していたとはいえ、弁護士の名刺を確認するよう命じたり、混乱する状況で目ざとく「関係者」を見つけて巻き込んだりと、細かな活躍をみせた涼花。

 それらすべてを緋登美が把握していたわけではないが、物静かながら鋭敏な対応力を感じさせる涼花には、朋とは違う、独特の安心感と信頼感がある。

 朝の騒動から不安定な一日を過ごした緋登美には、そんな涼花の存在がとても頼もしく映っていた。

 そうした緋登美の「素直な好意」が伝わったことも、涼花の頬を染めさせた一因だろう。


 「よし!じゃあ、とりあえずマックスでも行って、親睦深めんべ!」

 

 なぜか涼花をチラチラと意識しながら仕切り直し親睦会提案を掲げる茶井に、疲れていた一同はややうんざりした表情を浮かべつつも、仕方なくそれに応じる。

 

 こうして緋登美の高校生活初日は、痴漢被害に始まり、充実した高校生活を送る上で欠かせない部活動への所属と友人グループの結成で終わるという、日常と非日常が混雑する忙しくも充実した内容となったのであった。



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