危険な四者会談(後)
なんか予約投稿失敗してた。。。
改めて、第七話です。どうぞ。
「なあ、教えてくれ。なんで、あえて死地へと戻ってきた?」
口より先に手を出した挙句、ようやく発言した阿須田猟人は、自らの凶行を含むこれまでの流れを全く汲んでいなかった。
赤く光る眼を細めながら問いかける猟人からは、嫌みや煽り、脅しや怒りといった要素は一切感じられない。
「本当にわからないから知りたい」と考えているとしか思えない。そんな雰囲気があった。
現状にそぐわない「純粋な」好奇心の発露は、すでに一方的な暴力を享受していた大人の男性二人の背筋を震え上がらせた。
これだけの暴力を繰り出していながら、全く激高した様子がないからこそ、恐ろしい。人生経験豊富な彼らには、その経験にそぐわない雰囲気が単純な畏怖を与える。
一方、当事者のような傍観者のような微妙な立ち位置で状況を見ていた成長途上の緋登美にとって、激高と暴力がセットになっていない状況はむしろ、恐怖につながらなかった。
暴力とは怒りの果てに生まれるものだ、というある種の固定観念が、一時的に彼女の恐怖心を生ませなかった、とも言える。
その恐怖心が生まれる前の間隙をついて、緋登美は阿須田猟人に強い好奇心を抱いた。
この少年は、いったい何なのだろうか、と。
土下座を含む嫌な取引を持ちかけてきた相手を問答無用で張り倒し、弁護士の髪をつかんでテーブルに打ち付けてなお、興味深々といった様子で自分が張り倒した相手に質問を投げかけている。
緋登美が生きてきた十五年あまりの常識でははかり知ることのできない、規格外の少年。
いきなり繰り出された暴力への恐怖心を忘れるほど、単純な興味を持って茫然と少年を眺めていた。
一方、依然として当事者真っ只中の位置にいる郷田は、ただ背筋を凍らせて固まっている場合ではない。
何とか反撃しなければ、という焦燥感に駆られつつ、とりあえず言葉を返す。
「き、貴様、私に暴力を振るうなど……後でどうなるか、覚悟しておけよ!」
鼻血を垂らしながら質問とは違う答えを返す郷田。今現在、彼に言えるのはこの程度のことだ。
もっとも、その威勢の良いセリフとは裏腹に、声も体もかすかに震えていることが緋登美にも伝わっていた。
当然、言われた本人にもその心理は正確に伝わるが、彼の興味はそこにはない。
「後で、ね。覚悟という言葉を使う割に、覚悟のない野郎だ。ああ、さっきはこっちの眼鏡も『覚悟』うんぬん言いかけていたな」
猟人は質問への答えをもらえなかったことを含めて残念そうなそぶりで首を振ると、郷田に向けて一歩、近づく。
「ヒッ!」
郷田は反射的に後退しようとしたが、腰が抜けて立ち上がることができない。
そして、実質、ほとんどその場から動けなかった郷田の顔面に、猟人の右前蹴りがクリーンヒットした。
「ぐはっ!」
「…………」
猟人の攻撃は、いずれも相手に着実な痛みを与えることを目的としたものだ。実際、攻撃を受けた郷田と鷺沼はいずれも、強い痛みを感じつつも意識を失ってはいない。
「待て!待ってくれ!!金なら払う!謝罪もする!この通りだ!!」
ただ、全く躊躇が感じられないその暴力は、ことのほか人を恐れさせる。
暴力に慣れていない鷺沼は、もはや「職務」を忘れ、痛めつけられた顔面を押さえて震えているだけ。多少は免疫のある郷田も、全面白旗をあげることしかできない。
結果、抗う意思を完全に失った郷田は、猟人に向けて深々と土下座した。
正直にいえば、朝、その場から逃走すべく階段を走り去ろうとしたときに進路をふさぐように前に立たれた瞬間から、嫌な予感はあった。
その予感は的中し、何ら躊躇することなく、息をするように自身を取り押さえる行動をとった銀髪の少年。
そして現在は、土下座して詫びを入れる郷田の頭を、躊躇なく踏みつけてきた。
「金も謝罪もいらん。さっきの質問に答えてくれ」
猟人は郷田の頭を踏みつけながらも、質問への答えを淡々と要求する。
緋登美らが感じたように、そこには怒りも煽りも、何もない。
彼の考えは、いたってシンプルだ。
相手が「外法な取引」を持ち出してきたので、自分は暴力という「外法」を持って対応した。ただ、それだけだ。
朋に呼び止められ、郷田らが緋登美に同行を要求していることを確認した時点で「外法な取引を持ち掛けるつもりだろう」と確信していた。
だからこそ自身の同行を受諾し、「その時」が来るのをおとなしく待っていた。
鷺沼が都合よくストーリーを組み替え、法と立場を楯に場を有利に進めていくのを反論もせず見逃していたのは、単純に「その段階に興味がなかった」だけ。
どうせ、この後に外法な取引を持ち掛けてくることがわかっているのだから、そうなってから「正々堂々と」叩き潰してやればいい、と考えていた。
実際、まんまと郷田が「外法な取引」を持ち出し、猟人はそれを上回る「外法」で対応した。ただそれだけのことなのだが、なぜか相手の順法精神を信じてしまっていた小悪党たちには、そんな単純なことが理解できない。
いや、一般人である緋登美ですら、まるで理解できない感覚ではあったが。
猟人にとって暴力は、ごく日常的にありふれた対応の手段だ。相手が外法を持ち出すまでその手段を抜かなかったのは、むしろ「敵側のルールに応じた」猟人なりのマナーだったと言ってもいい。
猟人は染み付いた暴力的感覚とは別に、純粋に「なぜ、郷田は戻ってきたのか」を知りたかった。
それを知ることは、彼にとっての「学習」であり、「この世界」に住んでいる目的そのものにも深く関係する。
「い、いや、それは、その……」
土下座したまま頭を踏みつけられるという屈辱的な姿勢をとらされてなお、郷田は銀髪少年の質問に正直な答えを返すことができない。
郷田深志は父親のコネで入社した大手インフラ系企業の役員だが、その能力は決して高くなく、企業にとっても肩書以上の存在ではない。
それでも「大手企業の役員」という肩書は本人を増長させるには十分で、もともと傲慢だった性格は年齢を重ねるごとに強化されていった。
こうした「痴漢騒動」も今回がはじめてのことではない。
歯向かった女子学生には今回と同様、息のかかった弁護士を連れて反撃し、「思い通りの展開」に持ち込んできた。
その成功体験が、郷田の判断を鈍らせた。
おとなしく鷺沼の話を聞いている様子をみて、今朝の段階で感じ取っていたはずの「危険信号」を無視してしまった。
その結果、躊躇のない暴力にさらされ、土下座した状態で後頭部を踏みつけられている。
この場面で「すいません。あなたを軽くみて、思い通り事が運べると考えてしまっただけなんです」と本音を語ることは、わずかに残ったプライドが許さなかったのだ。
コンコン。
ふと、ノック音が響き渡ったと思えば、オートロックがかかっているはずの部屋の扉がほぼノータイムでガチャリと開かれる。
「はい、そこまでー。猟人くん、お姉さんを過労死させる気かな?」
にこやかな笑顔を浮かべて暴風吹き荒れる一室に入ってきたのは、日ノ大多摩高の保険医・七色佳織だった。
うーん。。。