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危険な四者会談(前)

第六話です。もともと一本の話として書いているので、切りどころが難しいですね。


それでは、どうぞ。

「こちらへどうぞ」

「は、はい。どうも」

「……」


 猟人と緋登美は、鷺沼に案内されて「用意された場」へと通される。

 用意されていたのは、多摩川セントラル駅からほど近いシティホテル高級ルームの応接室だった。

 弁護士事務所か会社の会議室的なものを予想していた緋登美はホテルに到着した時点で面食らったが、通された部屋の上等さを感じてさらに面食らっていた。

 

「では、お話をはじめましょう」


 鷺沼がそう切り出すと、緋登美は思わず唾をゴクリと飲む。

 弁護士が眼鏡をきらりと光らせて書類らしきものを手にしながら会の始まりを告げた時点で、緋登美には場を包んでいた緊張感が一段、高まったように感じられた。


「こちらの男性、郷田さんはさる企業で役員を務めていらっしゃいます。今朝方、そちらの多田野さんが郷田さんに対し痴漢の疑いをかけ、さらに阿須田さんと共謀して犯人に仕立て上げ、強引に押さえつけるなどの暴力を振るったと。この事実に間違いはありませんね」

「……は?」


 告げられた「事実に反する」事実確認に、緋登美は一瞬絶句した。

 もちろん、黙っているわけにはいかないと再起動し、すぐさま反論を開始する。

 

 「ぜ、全然違います!わたしと阿須田くんは今朝が初対面だし、そもそも、痴漢されたからされた、って言っただけです!」

 「それはあなたの主観であって、客観的事実ではありません。郷田さんご本人、それから取り押さえに立ち会ったという駅員にも話をうかがいましたが、おおよそ、こうした流れに間違いはなかったと確認しています」

 「そ、そんな……」

「実際、あなた方は駅員が到着したことで計画の失敗を悟り、その後の取り調べに応じずにその場を去ったというではありませんか。目撃者も多く確認していますし、もはや言い逃れはできませんよ」

 「そ、それは……でも、別に逃げたわけじゃないです!ただ、早く学校に行きたかっただけで」

 「それを証明することができますか?私が確認した目撃談では、あなた方は旗色が悪くなったことで逃げたようにしか見えない、ということでしたが」


 先ほどは猟人に気圧された雰囲気だった鷺沼は、自らが用意した空間まで誘導したことで落ち着きを取り戻したのか、淡々と自らのペースで話を進める。

 ただし、話かける相手は明確に緋登美だけで、猟人の方は極力目にも入れないようにしていた。


 「け、けど、彼とわたしが知り合いじゃなかった、ってことはわたしの友だちが証明してくれます!」

 「あなたの友人の証言に証拠能力があると?私から言わせれば共謀者としか思えませんが、その他の第三者から見た場合はどうでしょうね」

 「それは……」


 緋登美は明らかに追い詰められていた。

 事実とは全く異なることを指摘されているのに否定しきることができないのは、事前準備も含めた鷺沼との能力差だ。


 「あなたがそう主張したいのであれば、裁判で主張してみるとよいでしょう。どちらの主張が認められるかなど、現時点ですでに明らかではありますが」

 「裁判なんて言われても……」

 

 自分のほうに理があるのは明らかなはずなのに、まるで自分のほうが悪いかのように扱われ、緋登美は嫌な焦りを感じていた。

「正義は勝つ!」と純粋に思い込めるほど子供ではないものの、これほど間違った事実が世間に認められるはずはない、とは考えている。

 それでも、うまいこと大人にやりこめられる理不尽な展開。人生経験の浅い彼女にとって、ある種の恐怖を覚えさせられる展開だった。


 「まあ、鷺沼君。そうお嬢さんをいじめるものではない」

 

 顔を青くする緋登美を見て、頃合いとばかりに割って入った中年男性・郷田深志は、鷹揚な態度で鷺沼をたしなめる。


 「入学してまもなく、裁判沙汰で停学なんてことになれば、親御さんもさぞ悲しむことだろう。心から反省した態度を見せるのであれば、こちらもこれ以上大事にする気はない」


 鷹揚な態度の中にいやらしさをにじませ、郷田はニヤリと笑う。


 「まず、ふたりで土下座しなさい。疑いをかけて申し訳ありませんでした、とね。そうすれば、少年の方はひとまず許そう」


 郷田は一瞬だけ猟人に視線を向け、その意思を確認する。

 残念ながら全くの無表情だった猟人からは何の意思も感じ取ることができなかったが、あえて深入りはせず、すぐに視線を緋登美に戻して再びニヤリとした笑みを深めた。


「お嬢さんの方には、もう少し付き合ってもらうことになるが、なに、悪いようにはしない。学校や親にばれて退学するよりはマシぐはっ!」


 イヤらしい顔つきで何かを言いかけた郷田の顔面に、緋登美の真横から延びてきた左手の掌打がクリーンヒットすると、郷田は座っていたソファーごと後ろに転倒した。

 

 緋登美が驚いて隣を見ると、なんということもない無表情の猟人が掌打を繰り出した方の手をブラブラと振りながら、フウ、とひとつ大きく息をついていた。

 

 突然の凶行に、室内を静寂が包む。

 

 今朝方、都市部行きの列車内で発生した痴漢事件および犯人取り押さえ事件をめぐり、その行動の正当性を争っていた、高級ホテルの応接室。

 加害者でありながら被害者を自称する中年男性が和解の条件を申し出た瞬間、その男性が顔面に掌打を食らって座っていたソファーごと後方に倒れた。


 高校生になったばかりの緋登美はもちろん、経験豊かな弁護士でさえ、この展開は予想できなかったに違いない。

 あまりの驚きにリアクションがとれなかった鷺沼だが、自らのクライアントが張り倒された状況で、いつまでも黙っているわけにはいかない。


 「き、君、弁護士である私の前で暴力を振るうなど、どういうつもりかね!?」


 それ以前の展開を考えると法を司る職業の人間としてどうかという疑問は残るだろうが、クライアントに対する凶行への抗議としては当然の主張であろう。

 ただし。わざわざ人目を避けたホテルの一室へと連れ出し、外法な取引を持ち出した瞬間に張り倒された相方をその目で確認した段階での主張としては、下策中の下策だ。


 猟人は糾弾してきた鷺沼をチラリと見てからスッと立ち上がり、その横へと移動する。

 そして、座ったまま猟人を見上げる鷺沼の頭に手をおくと、きっちり横分けされた髪を掴み、そのまま両陣営の間にあった高級そうなガラステーブルに顔面を叩きつけた。


 「グァッ!」

 

 カンっ、というガラステーブルと眼鏡が激突したような鈍くて嫌な音に、緋登美は思わず顔をそらす。

 再び緋登美が正面を向いたときには、猟人が髪を掴んだまま鷺沼の顔を元の位置まで引っ張りあげ、テーブルに残された鷺沼の鼻血らしき生々しい痕が目に入った。

 

 「ま、待て。私にまで暴力を振るうとは、君、覚悟はブっ!」


 顔を引き上げられた鷺沼は凶行を止めるべく言い募るが、猟人は全く意にも介さず、数秒前と同じようにテーブルに顔面を叩きつける。


 「……」

 「や、やめてください、お願い……」

 

 再び顔を引き上げられた鷺沼は、壊れた眼鏡や止まらない鼻血を気にする余裕もなく、ただ、懇願するように猟人に訴えかけた。

 ようやく「弁護士」と脅したところで意味がない状況を理解したとも言える。

 

 その生々しい傷痕と縋るような訴えで、緋登美もハッと正気を取り戻した。

 

 「あ、阿須田くん!ヤバいって!!」


 なにはともあれ、まずは凶行を止めなければならない。

 正義(?)が自分たちにあった先ほどまでとは違う。ここまで暴力を振るってしまっては、明らかにこちら側が悪者になってしまう。


「……」

「ハグッ!」


 猟人は緋登美の静止には耳を貸さずにもう一度、鷺沼の顔面をテーブルに叩きつける。今度は顔を引き上げることはせず、ようやく、掴んでいた髪を放した。


 鷺沼は、自らは起き上がってこない。

 緋登美が「まさか、死んでないよね?」と心配そうに様子をうかがう中、猟人はソファーごと倒れこんでいた郷田に視線をあわせ、ゆっくりと口を開く。


 「なあ、ひとつ聞かせてくれ。せっかくうまく逃げおおせたってのに、なぜわざわざ『死地』に舞いもどってきたんだ?」


  銀髪赤目の男子高校生・阿須田猟人。会談場所となったホテルの一室に移動して以来、実に、初めての発言だった。



 



サブタイトルは適当につけているので、後で変えるかも。。。

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