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戦慄の保健室。

第四話です。主要登場人物紹介、みたいな話。ちょっと伏線回っぽくてわかりづらい、設定匂わせ回でもあります。それでは、どうぞ。

 多田野緋登美が送迎用専属ボディガード就任に頭を悩めていたちょうどその頃。

 阿須田猟人はひとり、保健室を訪れていた。

 

 「いやー、たびたび足を運んでもらってゴメンね、猟人くん」

 「ええ。できれば用事は一度にこなしてもらえるとありがたい」

 「キミが何もしなければ、朝の呼び出しはなかったんだけどねー」

 「特に何もなかった、という結果はご存じかと思いましたが」

 「うん、それはね。だけど、私としては君本人から事情を聞かないわけにはいかないのよ、立場上。そこを理解してもらえるとお姉さん、とても嬉しいな」

 「で、要件はなんです?」

 

 やや妖艶な雰囲気をまとう妙齢の女性ながら、軽快に言葉を投げかけてくる保険医・七色佳織のテンポをぶった切り、猟人は会話を本題に戻した。


 「うん、おともだちの紹介をね。放課後でもいいかな、と思ったんだけどさ。キミの場合、放っておくと勝手に遭遇してひと騒動起こしそうだから。今朝もまさに、思いがけないタイミングでトラブル発生させていたし」


 佳織はテンポをぶっつり切られても顔色ひとつ変えず、再び立て板に水のごとく話を進める。彼との会話に「慣れている」と言い換えてもよい。


 「お友達、とは?」

 「君にぜひ、会っておいてもらいたい生徒がいてねー。ううん、本音をいえば『できれば遭ってほしくない』生徒かな。で、どうせなら私の目の届くところでお互いに顔を見知っておいてもらおうと思ってさ」

 

 そこまで話した直後。佳織は「何か」が部屋に近づいてくる気配を敏感に察知する。

 そして、察知するや否や反射的に椅子から飛び上がって悲鳴をあげそうになったが、並外れた自制心を持って「自身の本能」を抑え込んだ。

 

 この強烈な気配の主は、少なくとも目の前の「彼」ではない。

 実のところは「彼」も同質だろうが、「彼」は自分をここまで慄かせる「何か」を放ったことはこの三年間で一度もないし、これからもないと確信している。

 ほどなく、強烈な気配は部屋付近まで到着。保健室の扉がコンコンとノックされ、中からの返事を待つことなくガラリと開かれる。

 

 そこに立っているのは微笑みを湛えた美少女。それも、飛び切りの美少女だった。

 

 アニメの世界から飛び出してきたような、完成された容姿。ゆるく巻かれた金髪、やや低めの身長と控えめなプロポーションと相まって、生きたお人形さんのようにすら見える。

 そんな飛び切り美少女が、百戦錬磨の佳織をして「思わず飛び下がりたくなる」ほどの圧を放っていた。


 「こんにちは。あなたが天音美琴さん、ね?」

 

 いまだバクバクと音を立てる心臓の動きをまるで悟らせない自然さで佳織が明るく声をかけると、美少女は黙って首を縦に振る。

 美琴が一歩ずつ近づいてくるごとに、佳織の「飛び下がりたい衝動」は強くなる。

 猛獣とか、銃を持った殺し屋とか、もはやそんなレベルですらない。

「生命体としての階級が違いすぎる」と、彼女の「本能」が警戒信号を出し続けているような状態だ。

 佳織は「後光がさす、とはこういうことか」とひとり納得していたが、本当に後光がさしている存在に出会った人間はさほど多くあるまい。

 

 一方の猟人。佳織が思わず慄くほどの圧力を放ちながら近づいてきた少女をなんでもない様子で振り返ると、やれやれ、とばかり首を振ってから軽くため息をつく。

 

 「おい、そう怯えるな。心配せんでも、おまえみたいなガキに敵対行動はしない」

 

 呆れた様子でそう声をかけられた美琴はムッとした表情を浮かべるが、顔に顕れた機嫌と反比例するように、佳織を慄かせていた圧は徐々に霧散していった。


 「失礼いたしました。あなたが七色さま、でございますね?天音美琴と申します」

 

 美琴は丁寧な所作でお辞儀する。茶道か華道を極めた達人のような美しい所作に、佳織は先ほどまで自身が囚われていた「本能」を忘れて感心した。


 「うん、よろしく。ここでは『先生』と呼んでくれると嬉しいかな」

 「承知いたしました、七色先生。今後ともよろしくお願い申し上げます」

 

 再び丁寧な所作でお辞儀する美琴を見ながら、佳織は「言葉が丁寧すぎて、むしろ変な感じになっているな」と思ったが、とりあえずこの場でのツッコミは自重した。

 「で、佳織さん。俺は、こいつに近づかなけりゃいいって話か?」

 

 場がひとまず落ちついたのを見て取ったのか、猟人は一気に本題を進めにかかる。

 

 「ううん、むしろ逆。私も話を聞いたときにはそうしてもらうのが一番かな、とは思ったんだけどね。せっかくの機会だしさ、お互い積極的に接点を持ってもらうのもありかな、なんてことを考えているよ」

 

 実際、七色佳織は「猟人と、そして美琴の取り扱い」について、上から一任されている。ぶん投げられている、と言い換えてもよい。

 

 「あんたの願望はともかくとして、だ。さっきの見たろ?」

 

 猟人の言う通り、「あの調子」で美琴に圧を振りまかれては堪らない。

 事情をよく知る上で並外れた使命感を持つ佳織ですら、ギリギリ耐えたくらいだ。一般の教員や生徒では卒倒するものが続出するだろう。


 「俺も子守はご免だ。この学校から追い出すなり、こいつの保護者を呼び出して管理を任せるなりしたらどうだ」

 「黙って聞いていれば失礼ですね、阿須田猟人くん。先ほどは、邪悪なる種族との対面を前に少々、過分に警戒しただけのことです。警戒にすら値しない『いまのあなた』であれば、わたくしも斯様な対応はいたしません」

 

 ニコリとした微笑を湛えたまま、美琴は丁寧に反論する。ただし、丁寧なのは言葉遣いだけで、内容には多分に棘が含まれていた。

 

 「だ、そうだ。どうする、佳織さん?」

 「ご自分のことはご自分でお決めになったらどうかしら、阿須田猟人くん。その程度の決断ができないほど、あなたはお子さんでいらっしゃるのかしら?」

 

 自分を一瞥もせずに話を進めようとした猟人に対し、美琴はさらに煽るような言葉を重ねる。

 

 「おまえがいようがいまいが、俺のやるべきことは変わらん。子守に手をかけさせるつもりがないってんなら、俺は構わない」

 

 美琴の過剰な煽りを受けても、猟人はあくまで冷静に対処する。

 

 「わたくしは邪悪なる種族との交流など不要かと存じます。が、七色先生が必要とお考えならば、なにか理由がございますのでしょう。それに従う所存です」

 

 猟人の対応から、はっきりと「子供扱い」を感じ取った美琴は、あえて「大人の対応」を強調するように佳織の提案を受け入れる姿勢を示した。


 「うん、じゃあふたりとも了解ってことで。よかったよかった。協調と対話路線は我が国の基本だからねー。ここでふたりに『決着つくまで殺し合いさせてください』とか言われなくてほんと、よかった!」

 

 二人の温度差をあえて無視し、佳織は平和条約締結を高らかに宣言した。実際のところ、美琴の「圧」が霧散して以降、完全にペースは佳織のものだ。

 

 「具体的に何をやるか、ってのはまた連絡するよ。もう準備は9割方できていてね。ふたりには、新しく立ち上げる部活動に所属してもらうから、そのつもりでね!」

 

 明るく言い放つ佳織に、猟人は無表情で、美琴は微笑を湛えたままで小さくうなずいた。



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