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幕間② 瀬和愛良は憂鬱?

2章幕間です。

それでは、どうぞ。

「愛良ちゃん、これ知ってる?」


クラスメートに差し出されたスマホ画面を確認し、瀬和愛良は不機嫌そうに眉を寄せる。


「うん、さっき読んだ。でも、書かれている以上のことは知らないよ」


 より詳しいことを知りたい、と言い出しそうなクラスメートに釘を差すと、愛良はふう、とこの日、何度目かになるため息をついた。


「でも、愛良ちゃんって阿須田くんと仲良しなんでしょ?一緒に撮ったプリクラをスマホに貼ってるくらいなんだし」


 似たような探りを入れられるのも、今日だけですでに五度目だ。うんざりした気分を抑えつつ、愛良は事実だけを答える。


「仲良しなのは本当だし、女の子たちと部活はじめたってのは知ってる。でも、こんな事件のことは聞いてないって。今度、会ったときに聞いてみるよ」


 いつでも本人に聞くことができる、という状況を示唆すると、その次の反応は皆同じだ。


「え、マジ?じゃあさ、そのとき、私も一緒に話聞かせてくれるよう頼んでくれない?」


 女子高の生徒たちは、いつだって素敵な男子の話題に飢えている。スマホに貼った写真を大勢に見られてしまったことは愛良の落ち度だったが、中学校時代から機種変更していなかったため、あえて警戒する必要性を感じていなかった。


「本人に聞いてからね。ろう君……阿須田君、あんまり騒がれるの好きじゃないからさ」

「絶対ね!絶対聞いてよね!」

 

 口約束を取り付け、とりあえず満足したらしいクラスメートが離れていくと、愛良は自分のスマホ画面を開き、先ほど示されたものと「同じもの」に目を落とす。

 

「はあ。なんでこんなんが出回ってるんだろ?七色先生もなにやってんだか」

 

 愛良のスマホ画面に表示されているのは、「多摩高新聞」なる画像データだ。SNSを中心に拡散され、近隣に住む多くの高校生たちに出回っている、らしい。

 

 掲載されている記事によれば、猟人を含む新聞部員たちは痴漢加害者を蹴散らし、アメフト部員を懲らしめ、三人で仲良く活動している。

 部活紹介の記事に掲載されている写真には、よく見知った銀髪の少年の両隣に、やや幼げな顔立ちのサイドテール少女、そしてこの世の者とは思えないほど完成された超絶美少女が映っていた。


「なるほど……。うん、確かに『人外』と『出るとこ出てる』女の子たちだね」

 

 歯に衣着せぬ、猟人の正確すぎる表現に改めて関心しつつ、先ほどとは趣の異なるため息をはあ、とつく。

 

 それにしても、と、心の大半を占めていたもやもやをひとまず置いた愛良は、この「新聞」がこれほど出回っている現状を不思議に思う。

 

 大手インフラ企業の役員が女子高生を痴漢したあげく、悪徳弁護士と共謀して恐喝しようとした事件は、テレビなどでも大々的に報道された。すでに複数の余罪があったことも併せて報道されており、専門家曰く「重い実刑は免れない」とのことだった。

 ただし、手元の「新聞」にあるように「恐喝現場に同行した男子高校生によって制圧された」ことなど全く伝えられておらず、勇気ある被害女性の通報によって発覚した、というのが表向きの流れだ。

 

 もうひとつ、アメフト部の乱闘事件にいたっては、まったく情報がない。自分が通う女子高の生徒たちですら掴んでいる情報であるにもかかわらず、この件で検索をかけても「正式な」記事は全く出てこないのだ。

 高校生たちの噂、都市伝説の一種と断じてしまうには、この新聞はあまりにも出来すぎている。未成年者への配慮(?)からか当事者の名前こそ伏せられているが、猟人らしき銀髪少年をグラウンドで囲む、完全武装のアメフト部員たちの写真まで掲載されている。

 

 あまりスポーツに興味のない愛良にはピンとこないが、先ほど話を持ち込んできたクラスメートによれば、日ノ大多摩高のアメフト部は全国クラスの強豪らしい。この手の不祥事が本当に起こったのであれば、マスコミが袋叩きにしていてもおかしくはないだろう。

 

 これほどとはっきり事件性のある内容が明示されているにも関わらず、テレビや新聞、雑誌、ネットメディアでも全く取り上げられていない。

 一方、真偽の定かではないまとめサイトや掲示板スレッドは多数立ち上がっており、もはや地域の小事件とは呼べないレベルの拡散状況へとつながっているのに、だ。

 

 この不可思議な二次現象が起こっているからこそ、猟人とのつながりが周囲に多少知られている愛良が、何度も問い合わせをもらう状況に陥っているのだ。

 

「たぶん、そっちは七色先生の仕業なんだろうけど……そこまでやるなら、そもそもこんな『新聞』を出回らせないで欲しかったよ、はあ」

 

 愛良には知る由もない話ではあるが、この件にかかわったアメフト部員たちへの「罰」は、先の痴漢加害者たちと比べて決して小さいわけではない。

 

 対外的には、茨木も飯山らも停学処分などの罰則は下されておらず、アメフト部自体も活動停止することなく平常運転が続けられている。

 一方、たったひとりの新聞部員にフル装備状態で膝を蹴り折られたあげく、9人がかりで反撃に出るも見事返り討ちにあった、という事実は消えない。少なくとも、日ノ大多摩高内では隠しようもないほど知られてしまっている。

 

 「新聞」によって非公式ながら近隣高校にまで情報が拡散してしまった状況を考えれば、アメフト部の威容は完全に失われた。

 

 今までのように、黙って道をあけたり、席を譲ってくれたりといった伝統的な優位性は損なわれ、むしろ「集団でたった一人にやられた雑魚集団」というレッテルを背負って高校生活を送っていかなければならなくなった。

 

 日頃から厳しい鍛錬に身を投じ、その鍛えた肉体を持って「威圧的に」過ごしてきた彼らのプライドはもはや、ズタズタだ。

 

 無論、彼らが敗れた相手は阿須田猟人であり、それ以外の有象無象にまで侮られたまま黙っている謂れはない。が、その阿須田猟人を避けたままで有象無象に威圧的な行動をとったところで「偉そうにしているけど、勝てない相手からは逃げまわるチキン」とますます侮られるだけだ。


 もうひとつ。特にバスターミナルでの強襲に参加した飯山らは、決して掘り返されたくない事実を抱えている。


 記事にも明記されている「女子生徒(美琴)の威圧に怯んだ」という点だ。


 正直、この記述を真実としてとらえている者はほとんどおらず、あくまで「アメフト部を軽んじるための表現技法」などと認識している者は多い。

 あの超絶美少女に威圧され、思わず飛び下がるほどに怯んだ。この現象が紛れもない事実であるということだけは、何があっても知られるわけにはいかない。


 圧倒的な戦闘能力を誇る阿須田猟人への恐怖。そして、得体のしれない威圧を放った天音美琴への恐怖。これらを拭い去り、再び彼らに挑む勇気を持つことができない以上、周囲に何を噂されたところで「再戦」など望むことはできない。


 漆原厳監督が「真摯に競技へと打ち込み、優れた成績を収めることで悪評を振り切れ!」と檄を飛ばしたことで部全体を包んでいた重苦しいムードこそ排したが、その漆原自身が「数年は競技の成績も難しいものになるだろう」と漏らしていたとおり、闘技者としてのプライドが失われた状態で競技だけに集中するのは難しい。

 当然、こうした状況が来年以降の入学・入部希望者にまで影を落とす可能性は高く、アメフト強豪校という看板を手放すことも漆原は覚悟している。飯山らによる強襲前ではあったが、先の事実確認会議で彼が述べた「責任論」には、こうした将来の厳しい見通しも多分に含まれていたのだ。

 

 ともあれ、この「新聞」が出回ったことで、多摩高アメフト部の壊滅的被害は確定的となった。ただでさえ猟人に散々な目にあわされていたので「泣き面に蜂」ではあるが、記事によってそれ以上の罰を被ったことを考えると「ペンは剣よりも強し」を実践した、とも言える。

 

 七色佳織にそれを学ばせる意図があったのかどうか。


「ねえねえ、瀬和さん。あのさ、この記事……」

「もう、本当に知らないんだってば!」

 

 まったく関係ないのに余計な手間をかけさせられている愛良にとっては迷惑千万な展開ではあったが、「仕方がないから、週末にでもろう君に聞きに行こう!それで、気になってたおシャレなカフェでパフェ奢ってもらおう!」と切り替えて表情を緩めるあたり、彼女にとっては「禍転じて福となす」かもしれない。



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