「学び」を終える、その日まで。
23話です。第二部は完結。
残り、少し挿話が入ります。
それでは、どうぞ。
新聞部VSアメフト部全面抗争 新聞部側完全勝利で終結
アメフト部は対外試合を2カ月自粛の見通し
多摩川セントラル駅行き下校バスの座席確保に端を発したアメリカンフットボール部(以下、アメフト部)と新聞部による全面抗争は、新聞部側の完全勝利で終結した。
4月×日、昼休みの時間を利用して新聞部員・A君(15歳)を呼び出したアメフト部・I君(16歳)は、グラウンドに現れたA君にアメフト競技用完全武装でタックルを挑むも、逆に膝を蹴り折られて撃沈。
それを逆恨みしたアメフト部副主将・I君(16歳)は、新聞部の下校にあわせて多摩川セントラル駅バスターミナルに仲間を集めてA君に再戦を挑むも、新聞部女子部員・Aさん(15歳)の威嚇に怯んだところをA君につかれ、集めた9人もろとも轟沈した。
2度(最初の下校バスを含めると3度)におよぶ蛮行をすべて跳ね返され、アメフト部は意気消沈。事件について学校からの罰則などは適用されなかったものの、自主的に対外試合2カ月間の自粛を決定した模様。
調べに対し、アメフト部監督の漆原厳氏(45歳)は「全面的に俺たちの負け。自分たちが学校最強、などと粋がっていた部の連中にはいい薬になった。感謝したいくらいだ」と、部員たちの今後の成長に期待を寄せていた。
** * * *
「うん、よく書けてる。この記事は、緋登美ちゃんのを採用しよう!」
「ありがとうございます!」
見事採用を勝ち取った緋登美は佳織に頭を下げ、満面の笑みで自席に戻る。
「AとIが双方に二人いるのがややこしいな。本名出していいんじゃないか」
「ええ。わたくしもそう思います。特に、阿須田猟人くんと混同されるのは我慢しかねますので」
「う、うん。それはそうなんだけどさ。いくらなんでも、実名はヤバくない?」
当初、三人が三人、それぞれ紙面を作ることを予定していたが、協議の結果、コンペ形式で記事を選定した上で掲載する方針に変更された。
「三人でひとつの紙面を作る、ってのは最初から徹底しよう!そのほうがおもしろそうだしさ」というのが七色佳織の弁だ。
「いまのところ、緋登美さんにはかないそうにありません。わたくし、撃沈と轟沈の違いもよくわかりませんもの」
「うん、それはわたしもよくわからないけどね。なんか、雰囲気で」
「ボキャブラリーの面で俺たちより優れているのは確かだな。それに、わかりやすい」
「そ、そうかな、えへへ。ありがとう!」
実際、緋登美が記事を完成させるまでには、佳織から数多くのダメ出しと書き直しを命じられたが、猟人と美琴にはない、独特の表現力を持っていたのは事実だ。
「猟人くんと美琴ちゃんは、まだまだ主観が強すぎるかな。自分がどう思った、ということより、出来事を正確に伝えることを意識したほうがいいかも」
猟人が「この世界」にきて三年あまり。美琴に至っては一ヵ月も経過していない。
それを考えれば、言語能力自体は常人をはるかに上回る成長を見せてはいるが、第三者に物事を伝える、という新聞の根幹がまだ、理解しきれていない面があった。
「結局、トップ記事も中央の小記事も多田野が担当か。エース記者だな、完全に」
「わ、わたしがエース!?」
「ええ、押しも押されぬエース記者ですわ。ところで、エースとはなんです?」
「押しも押されぬ、のほうが難しくない、美琴ちゃん?」
記事の執筆力、という隠れた才能が開花しつつあることはともかく、緋登美は改めて「部を続ける決断をしてよかった」と思う。
猟人と美琴が、それぞれ「とある世界」からの留学生みたいなものだと知り、戸惑いがなかったといえば嘘になる。
ただ、その話を最初に聞いたときから「そんなはずないじゃん」と否定する気持ちはまったくおきなかった。
むしろ「なるほど、だからか!」と腑に落ちたことのほうが多い。
緋登美がなんとなくイメージする「その種族」とは全く異なるようで、実はそんなにかけ離れてもいないかもしれない、とも思う。
実際、阿須田猟人は「怖そう」だし、天音美琴は「優しそう」だ。
ただし、それらは彼らを形容する上での一面でしかない。ホテルでの一件のときも、バスターミナルでアメフト部の面々と戦っていたときも、阿須田猟人から感じたのは「守護」の動き。行動だけを見れば恐ろしい面もあったが、少なくとも緋登美本人は「守られた」ことの方を優先的に実感した。
美琴は常に微笑んでいて優しそうだが、先日、彼女の口から発せられた攻撃的脅し文句は、屈強なアメフト部員たちが一歩後ろに下がるほどの迫力を伴っていた。緋登美はその迫力を感じることができなかったとはいえ、大男たちが美少女に怯んで一歩退く、というシーンは強烈なインパクトを残して脳裏に焼き付けられた。
怖いけど優しいところもあれば、優しいけど怖いところもある。少なくともこの二人は、そんな種族的イメージだけでは表現できないし、普通の人間、それこそ朋や涼花にだってあるいは、優しいところも怖いところもあるのだ。
ただひとつ言えることは、猟人と美琴が「圧倒的に興味を惹かれる存在である」ということ。だから、もっと一緒にいたい、二人のことを知りたいと強く望んだ。
「さすがに紙面全部緋登美ちゃん、ってわけにはいかないから、コラムと部活紹介はふたりで頑張ってね!」
「ふむ。多田野、すまんがおまえの読ませてくれ。参考にしたい」
「わたくしもお願いしますわ、緋登美さん。できれば、部活紹介コーナーをわたくしが担当したいと考えておりますの」
「うん、いまふたりのパソコンに送るからちょっと待ってね!」
二人が「学び」を終え、元の世界に帰るその日まで。
難しいことは佳織に任せて、自分はただ高校生活を楽しもう、と緋登美は思った。