本当のスタート。
第22話?です。
それでは、どうぞ。
「はあ。会議の終わりに猟人くんのこと睨んでいたから、こんなことが起こる予感はしてたけど。漆原先生、また苦労させられるねえ」
だったらなんで事が起きる前に駆け付けないの、というセリフを、緋登美はとりあえず、心の中だけにとどめた。
七色佳織は地に伏せるアメフト部員たちに手をあわせて拝むようなポーズをとった後、不満そうな表情を浮かべる緋登美に視線をあわせてニコリと微笑む。
「緋登美ちゃん。どうやら大体のことは聞いてしまったようだけど、驚かせてゴメンね!彼らはまあ、留学生みたいなものでさ。こっちの世界にお勉強しにきているんだ!」
ウインクしながら告げる佳織の説明は、緋登美の心にストンと落ちた。もやもやしていた部分がようやくきれいに晴れた、と言ってもいい。
二人の、いや佳織の口からも何度か聞いた気がする「学ぶ」というキーワード。文字通り、阿須田猟人と天音美琴は「学ぶ」ためにここにいるのだ、と。
ただし、緋登美にはまだ、大きな謎が残されている。
「それで、先生は?」
そう。では、七色佳織は何者なのか。
「私?私はね、いわば現地のコーディネーターだよ。一応普通の人間だから、安心してね!」
どこが普通なんだ、と喉から出かけたが、緋登美はすんでのところで堪える。
「あんまり細かく説明しちゃうと問題あるんだけどさ。緋登美ちゃんが聞きたいなら、出来る限りは説明するよ!ただ、そうだねえ。口外厳禁、ってのはもちろんなんだけど……」
佳織は一度言葉を区切ると、興味なさげに黙って様子を見守る猟人と、いつもどおりの微笑みを浮かべたまた佇む美琴にチラリと目線を向け、再び緋登美に向き直る。
「緋登美ちゃんは新聞部員続ける気、ある?怖くなっちゃったー、とか付き合いきれないー、とかあったら、遠慮なく言ってね!今ならまだ、退部は認めるよー!」
笑顔でそう言い放つ佳織に、緋登美は思わずドキリとする。
部を辞める、という提案に心を揺さぶられたためではない。提案した佳織から、感情らしきものを読み取ることはできなかったためだ。
本当に、どっちでもいいと思われている。そう疑う余地もなかった。
事実、新聞部は猟人と美琴のために佳織が立ち上げた部活動だ。緋登美は文字通り、おまけに過ぎない。緋登美は少し、それを悔しいと思った。興味本位で新聞部入部を希望した自分は、ただの邪魔者かもしれない。現時点で、それを否定できる材料はなかった。
「阿須田くん、美琴ちゃん。わたし、続けても、いい?」
緋登美が入部を決めた理由に、七色佳織は関係ない。あの日、自分を助けてくれた阿須田猟人に惹かれたこと、そして、天音美琴に少しばかりの対抗心を持ってしまったこと。
猟人への恋慕も美琴への対抗心もまだ、はっきりと形を成してはいない。なんせ、あの出会いから一週間あまりで、部活動はまだ二日目だ。
まして、二人にとって自分は「留学先」にいる誰かのうちのひとりでしかない、とは思う。そこで「自分は特別」と己惚れられるほど、緋登美は自信家ではない。
たまたま知り合い、たまたま同じ部に志望してきた、普通の人間。
それ以上でも以下でもないことを自覚しつつも、ここで二人の許可を得たい、と強く感じてしまったのは、直前の戦闘トラブルにおいて「二人から守られた」という自覚があったためかもしれない。
自分は単なる足手まといなのか。それとも、二人にとって「守る価値」があったのか。もし後者なら、自分もまた、二人の「留学」活動を手助けしたい、と思った。
「わたし、ふたりと一緒に、部活を続けたいんだ、けど……」
緋登美が恐る恐る、それでもはっきりと希望を述べても、二人の表情はいつもとかわらない。猟人はほとんど無表情で、美琴は微笑みを浮かべたままだ。
先ほどの佳織とも違う。佳織からは明確に無感情を読み取れたが、この二人からはそれすら感じない。
本音をいえば、緋登美には別の意味で「自分はお邪魔虫かも」という不安があった。
なんせ、内情はともかく、見た目麗しくお似合いの男女だ。二人が並んで歩く姿は「お似合い」としか言いようがない。
直前に明かされた二人の素性(?)を含めて考えれば、自分は本当に邪魔者かもしれない。部を辞めたいとは思わないが、佳織を含めた三人ともに「どうでもいい」と思われながら続けていけるほど、彼女の精神は強靭ではなかった。
いつもと変わらぬ表情の二人を見て緋登美が不安に押しつぶされそうになる中、猟人と美琴は、ごくあっさりと答えを口にする。
「さっきも言ったが、俺はおまえがいてくれたほうがありがたいな。この女と二人で部活をするのはどう考えても不都合だ」
「この方に同意するのははなはだ不本意ではありますが、わたくしも同じ考えです。それに、わたくしが『すまほ』を獲得するためのお手伝いをしてもらわねばなりません。あなたが一緒にいたいと考えてくれて、わたくしはとても嬉しいですよ、多田野緋登美さん」
相変わらず感情らしきものは読み取れなかったが、これまた予想していた以上の好感触が返ってきた。
緋登美の顔に、満面の笑みが広がる。相変わらず底意がないストレートな内容だけに、その真意を疑うことなく受け入れることができた。
セリフだけを見れば「本当は仲の良い男女が、互いにツンとした態度で反目しあっている」ようにもとれるが、緋登美が考えているように、なんせこの二人には底意がない。
猟人は本音で「美琴と二人では部活が立ち行かない」と言っているし、美琴もそれに同意しつつ「続けるといってもらえて嬉しい」と考えている。
その本心がしっかりと伝わったことで、緋登美は改めて、部を続ける決意を固めた。
「先生。わたし、続けます。二人のことは……本人に聞くから教えてくれなくてもいいです」
気合が入りすぎたのか、少し睨むような視線を向けられた佳織だったが、特に気分を害した様子もなく軽く苦笑して応じる。
「まあまあ、そんな、私を敵視しないでよー。ごめんね、緋登美ちゃん。キミが考えているとおり、猟人くんや美琴ちゃんと同列に考えてあげるのは難しいんだけどさ。別に、キミのことはほったらかしでいいや、なんて考えてるわけじゃないからさ。これからも一緒に、新聞部を盛り上げていこー。ね?」
佳織のあまりに飄々とした態度に、緋登美も毒気を抜かれてしまった。そして、軽い調子で告げられた言葉の中で、佳織の立場を少し、理解できた気がした。
緋登美は前回、ホテルの一室で「内閣うんぬん」という自己紹介も聞いているのだ。
彼女は教師の体はとっているが、教師ではない。だから彼女は「事件前」には止めに来ないし、普通の高校生である緋登美を「見守る」役割はない。
そう理解できたことで、佳織に対して膨らみかけていたわだかまりもスッと消えた。
「わかりました。では、これからもよろしくお願いします!」
緋登美は改めて、佳織に頭を下げる。教師でもないのに、ついでに自分の面倒もみてくれる、知り合いのお姉さん的な相手、として。
「ん、わかってくれたみたいでよかった!改めて、こちらこそよろしくね!」
緋登美の変化を敏感に感じ取ったらしい佳織は、軽くサムズアップして応じる。
「さて。みんなはこれで、帰っていいよ。あとはお姉さんに任せてね!」
佳織は倒れているアメフト部員たちを軽く見まわすと、緋登美たちに帰宅をうながす。
彼女は教師であって、教師ではない。したがって、倒れているアメフト部員たちは、彼女が守るべき生徒たちではない。
一見すると明るい雰囲気の中で、独特の無感情さが伝わってくる佳織の様子を見て、緋登美には別の不安が頭をもたげた。
「先生、まさか……この人たち、消しちゃうんですか!?」
「まっさかー!彼らの処理は、最終的には漆原先生に任せるよ。少し、大変かもだけど。でも、あの人に辞められたらこっちも困るし、まあ、うまくやるから安心して!」
緋登美は本気で彼らが消されることを心配したが、佳織は「そんなバカな」とばかりあっけらかんと答える。
これなら大丈夫そうかな、と緋登美が横を振り向くと、猟人はすでに興味を失っていたのか、すでに背を向けて歩き出していた。
「多田野緋登美さん、わたくしたちも帰りましょう」
微笑みを浮かべた美琴は再び緋登美の手をキュッと握る。
「あ、うん。ね、ねえ、美琴ちゃん。わたしのことは緋登美、でいいよ。フルネームで呼ばれるの、なんか変な感じするし」
「わかりました、多田野緋登美さん。失礼、緋登美さん、でしたわね。では、まいりましょう」
美琴が手を引っ張るようにして歩き出すので、緋登美はやや後ろ髪をひかれながらもそれについていくことにした。
バスターミナルから駅前広場へと昇る階段を上がりきる直前。
緋登美は先ほどまでの事件現場を振り返る。すると、倒れ伏すアメフト部員たちの中央で、佳織がにこやかな笑顔で緋登美に手を振っていた。