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激突。(上)

アメフト部編クライマックス開始です。

それではどうぞ。

 「やっぱり美琴ちゃん、スマホ使ってないんだ?」

 「ええ。わたくし、どうにも機械には疎くて」

 

 部活帰りのバス車内。緋登美は先日来の疑問を本人にぶつけてみた。

 

 「機械、か。確かにその通りだが、表現として一致しない印象だな」

 

 猟人の指摘に緋登美もうんうん、と頷く。「機械」と言われると、小学校の社会科見学で訪れたビール生産工場が頭に思い浮かんでしまう。

 

 「でも、スマホがないと不便じゃない?」

 「不便……どうでしょう?限られた能力の中で、とても便利な社会が築かれている、と感心しているほどです」

 「そ、そう?」

 

 よくわからない返答をされて緋登美は首を傾げたが、考えてみると、緋登美自身も「そういえば、主には暇つぶしくらいにしか使ってないかも」と思う。ないと困るのは確かだが、「生活に便利」という実感はさほどなかった。

 

 「それは同感だな。俺も一応持たされちゃいるが、俺自身はなくても困らん」

 「え?で、でもほら、連絡手段とかさ、いろいろあるじゃん?」

 

 緋登美の利用実績からすれば、ほとんどがそれだ。大まかにいえば、SNSを利用するためのメインツールである。

 

 「その連絡が面倒だからな」

 「連絡?その機械を通じて連絡を取るのですか?」

 

 緋登美としては、とりあえずグループSNSを立ち上げよう、という話の流れに持っていきたかったわけだが、ここまでの反応を見る限り、非常に厳しい。片方は平気で既読スルーを繰り返しそうだし、もう片方には使い方を説明するのに骨が折れそうだ。

 

「ほら、一応部活仲間だしさ、連絡先とか交換したほうがいいかなって」

 

 それでも一応、提案はしてみる。ここで「何のために?」と返されると緋登美の心には優しくないが、その危険性を察知しつつも、思い切った踏み込みを見せた。

 

 「なるほど、緊急時に備えた連絡体系の確立か。その必要性は全く考えていなかった。やはり、おまえに入ってもらって正解だったな」

 「へ?う、うん、そんな感じ」

 

 思いがけないほどの好感触な反応が返ってきて戸惑いを覚えた緋登美だったが、とりあえず猟人が前向きな姿勢を見せてくれたことで頬がほころぶ。

 もうひとりはどうだろう、と美琴の表情をうかがうと、普段から光輝いているように見える彼女の表情が一段と輝いているようにすら見えた。

 

 「まあ、素敵!その機械が手元にあれば、いつでも多田野緋登美さんと連絡がとれるということですのね⁉」

 「いや、うん……ありがとう」


こちらも想像とは全く違う反応だったためか、緋登美の頬に少し、赤みが差す。そして、よくわからないが、とりあえずお礼を言ってしまった。


「では、さっそくその機械を入手しなくてはなりませんね。七色先生に相談してみましょう」

 「え、七色先生に相談するの?」

 「現時点でわたくしが所持していないということは、七色先生が用意すべきものなのでしょう」

 「ふむ。俺も佳織さんに渡されたから、おまえもそれでいいんじゃないか」

 「阿須田くんも七色先生にもらったの⁉」

 

 この二人と七色佳織はどういう関係なのだろうか。緋登美にはさっぱり理解できないが、ここでも少しばかり、疎外感を覚えずにはいられなかった。


 「えーと……」

 「連絡先の確立は、こいつが佳織さんから端末もらった後でいいだろ。明日、もう一度おまえから佳織さんに提案してくれ」

 「お世話をおかけしますがお願いしますね、多田野緋登美さん」

 「あ、うん。わかった」

 

 疎外感は覚えさせられたが、自分が頼りにされている実感もある。なんだかよくわからないまま、緋登美は二人の言葉に頷くしかなかった。

 三人を乗せたバスが日ノ大多摩高を出発してからおよそ十五分。多摩川セントラル駅バスターミナルへと到着する。この日は比較的早く部活を切り上げたためか、バスに乗っていたのは新聞部の三人だけだ。

 降車順はレディーファースト、ではなく、最後部座席の一番手前に座っていた猟人が先頭。いつもならば降車後も女性たちを待たずにスタスタと歩き出す猟人が足を止め、二人の降車を待つ。

 

 バスが走り去った後。大柄な学生服の男たちがトイレの裏からわらわらと現れ、半円状に三人を取り囲んだ。 

 

 「阿須田猟人。少し、付き合ってもらおうか」

 

 一歩前へ出たアメフト部副主将・飯山が猟人を正面から見据え、そう言い放った。

 

 新設の文化部である新聞部員である三人を、全国に名を馳せるほどの強豪であるアメフト部員たちが待ち伏せするのは、本来であれば不可能だ。

 前日のように、バスで一緒になることすら珍しい。初日の新聞部がペースを掴み切れておらず、下校まで時間がかかってしまったが故に生まれたレアケースである。

 

 この日のレアケースは、むしろアメフト部側の事情だ。

 

 昼休み明けの会合で「両者、表立ってのお咎めなし」との裁定が下された以上、アメフト部には活動自粛などの罰則も付与されていない。

 ただ、この日は顧問であり監督の漆原、主将の実崎が揃って茨木の運ばれた病院へと向かった。本人への説教もあるが、その後に訪れるであろう両親らに事情を説明するためだ。

 もちろん、残る部員たちには自主練習が課せられていたが、「管理者」たちがいないこのタイミングを飯山は逃さなかった。

 

 部員全員が、飯山の復讐に賛同していたわけではない。

 

 特にスポーツクラスに選抜されている主力選手たちは、我関せずとおとなしく自主練に取り組んでいる。飯山が数人を伴い自主練から消えたことには気が付いていたが、それを止めようとも諫めようともしなかった。

 復讐には参加しないが行動に理解を示す者もいれば、単に無関心な者もいたが、総じて「せいぜい、改めて脅しを入れるくらいだろう」とたかを括っていた。

 

 が、飯山は本気だった。本気で猟人を潰す気合で場に臨んでいた。

そして、そのための手段を選ぶつもりもなかった。

 

 「そっちの女どもも連れてこい」

 

 飯山が顎をしゃくって後輩に指示を出すと、数人が美琴と緋登美のスッと近づく。

 飯山は昼休みの現場に居合わせたわけではないが、競技用プロテクターで完全武装した茨木のタックルを躱して膝を蹴り折った、という結果は知っている。

 つまり、阿須田猟人が高い戦闘能力を持ち、それを行使することにまるで躊躇のない相手だ、ということも理解した上でこの場に臨んでいるわけだ。

 

 その戦闘能力を発揮されては、自分も危うい。

 

 ここには一年生部員を中心に九人が集まっているが、さすがにあっさり負けるとまでは思わないものの、自分を含む数人が茨木同様の致命傷を負わされる危険性は低くない。

 

 そう考えた彼がとる作戦。単純ではあるが、人質をとることだ。

 

 緋登美と美琴を害することは考えていないが、猟人の動きを封じる手札として脅しに使うことはできる。

 動きを封じることさえできれば、後は簡単だ。思うさま、怒りをぶつけてやればいい。

 少なくとも、茨木がやられたことはそのままやりかえしてやろう。それくらいは許されるはずだ、というのが先ほどの会議を経て飯山が得た結論だった。

 

 やや遠巻きに囲まれていただけでも威圧感があったのに、さらに近づいてこられたことで緋登美は明確な恐怖を感じた。

 思わずその場にへたり込みそうになった緋登美の右手を、隣にいた美少女の小さな手が柔らかく包んだ。


 「大丈夫ですよ、多田野緋登美さん」

 

 天音美琴は緋登美を安心させるように微笑みを深くすると、その表情のまま、近づいてくるアメフト部員周囲を軽く見渡す。

 

 「わたくしたちを害そうなどと考える不埒者たちに警告します……おブッ殺しますよ?」

 

 美琴がそう口にした瞬間。取り囲む大柄な男子生徒たちが放つ威圧感とは比較にもならない、強烈すぎる「何か」が彼女から発せられ、屈強な男たちは本能が恐れるかのような勢いで数歩、飛び退くように後ろに下がったのだった。



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