親の心、子知らず。
第19話です。
せっかくだし、書いてある分は投稿しますね。
それでは、どうぞ。
「じゃあ、結局どっちもおとがめなしってこと?」
「うん、ちょっと違うけどそんな感じかも」
「予想どおりともそうでもないとも言える結論だね」
「動画、無駄になったけど無事に済んでよかった」
「無駄ではないっしょ!さすがは音無さんって思ったし!」
放課後の教室。事情聴取会から解放された緋登美はそのまま教室に戻り、残り一時限分の授業を気もそぞろに受けたのち、事態を心配していたグループメンバーたちに会議の結果を説明した。
朋も涼花も爽田も、おおよそ会議前に緋登美が想像していたものと同じような展開を想像していた。
特に涼花はあのグラウンドの様子を抜け目なくスマホに動画で収め、いざとなれば動画配信サイトで拡散するなどして学校側の「横暴」に対抗しようとしていた。
「でも、なんつーか、そのアメフト監督、すごくね?」
「漆原監督といえば、全国でその名を知られた名将だからね。うちの場合、大学も全国区の強豪なんだけど、その大学監督の指導に従わず、どんな横やりを入れられても自分のやりたいように貫く指導者だって有名らしい」
朋の素朴な感想に、体育会系のコネを通じて調べたらしい爽田が解説を加える。
「あたし、結局は会議でもめて阿須田が大暴れするもんだと思ってたし。予想がはずれてよかったよ」
「私も。大暴れはしないかもしれないけど、それに近い状況は生まれるかと思ってた」
「ははは……」
朋と涼花の物騒な想像に、緋登美は乾いた笑いを返すしかない。
実際、漆原は「全員を叩きのめす意思」が猟人にある、と指摘していたのだ。実際にはそこまで至らなかったが、決して二人の想像が大外れ、とも言い切れなかった。
それを抜きにしても猟人と漆原のやりとりは興味深いものだった、と緋登美は思う。
猟人がアメフト部員への「躾け」を口にしたとき、緋登美は「阿須田くんだって同じなんじゃ?」とは全く思わなかった。チラリと過ることすらなかった。せいぜい「七色先生、どうせ止めに来るならもっと早くきて、事件そのものを止めればいいのに」と思った程度だ。
漆原が「君はそのまま突き進め」と猟人に答えを返したことで、ようやく「ああ、阿須田くんは自分も同じだと考えていたのか」と理解できた。
そして、鋼鉄のような不動心の持ち主だと思い込んでいた阿須田猟人から、はじめて「同級生の男子」らしさを感じ取れた気がした。
一応は教師である七色佳織はともかく、阿須田猟人も、天音美琴も、どこか「自分とは全然違う」雰囲気を感じる。
「同じ高校一年生とは思えない」というのが二人に対する正直な印象で、突き抜けたマイペースぶりにはある種の憧憬すら覚えていた。
この日。天音美琴は、涼花とともにグラウンドの惨劇から緋登美の視線を遮ってくれた。
阿須田猟人は、自分も茨木同様に躾けらしきものを受けるべき存在なのではないか、と進むべき道に迷いを見せていた。
鉄壁のマイペースを誇る二人が、少しだけ「生身の姿」を見せてくれたような気がする。
緋登美はそこまではっきりと自覚できていたわけではなかったが、どこか遠い存在に感じていた二人との距離が少し、近づいたように実感していた。
「でも、これで終わりならよかった。アメフト部もしばらくはおとなしくなるだろうし、学生同士のトラブルも当面、回避できるんじゃないかな」
緋登美が考えこんだ様子を見て取ったのか、爽田が空気を読んでサラリとまとめに入ると、特に何も考えていない茶井もうんうんと同意する。
「サッカー部とか、結構アメフト部のマトにされたりすることあったみたいだから、俺ら的にも助かったかも。あんな連中と揉めたら、ガチでただじゃすまないっしょ」
今回は猟人が思わぬ形で揉め事に突入したが、例年、むしろアメフト部のターゲットにかけられやすいのは他のスポーツ部、特にサッカー部とバスケ部らしい。
アメフト部側からすると、一般入学性オンリーで「チャラチャラと」スポーツに取り組んでいるように見えるそれらの部は、仮想敵として最適な役割なのかもしれない。
「あんたたちの安全はともかく、あたしは緋登美の安全が確保されたならそれでいいし。阿須田もこれ以上追い込みかける気ないってんなら、もう心配ないでしょ」
「同意する。もし、なんか仕掛けてきたら即、動画配信サイトに例の動画流すから。緋登美もすぐに言って」
「あ、あはは。うん、ありがとう、トモちゃん、スズちゃん」
微妙に好戦的な炎を消していない友人たちに多少辟易しつつ、緋登美はおとなしく二人の言葉に従った。
同じころ、アメフト部の部室裏。
反省するように地面に正座させられている三人の一年生と、それを取り囲むように立つ六人の二年生部員たち。
正座させられている三人のうちひとりは何度か酷く殴られたのか、顔のあちこちを腫らしている。先ほどの「事情聴取会」に証人として出廷した一年生部員だ。
「茨木は足を折られ、今季絶望。最悪、三年を待たずに競技引退だ。その原因となった相手を、このまま許していいのか!」
「オスっ!」
取り囲むメンバーの中心に位置していた飯山がそう声を掛けると、正座の三人を含めた全員が力強く応じる。
飯山は、阿須田猟人を無罪放免とした裁定にまるで納得していなかった。
そもそも仕掛けたのは茨木で、昼休みの一件においては明確な加害者。被害者になってしまったのは、あくまで結果論に過ぎない。
それでも、飯山は納得できない。「あんないいヤツが、そんなことをするはずがない」などと考えているわけではなく、事態へと至る流れをしっかり把握した上で、茨木を競技者として再起不能に追い込んだ猟人を「許せない」と考えている。
要するに、完全なる逆恨みだ。
「漆原監督は『力で押し切ることは間違いではない』とおっしゃった。ならば、俺たちが力をもって奴に制裁することもまた、問題ないこととして許容されるはずだ!」
「オスっ!」
確かに、漆原は「力で押し切ること」を否定しなかった。むしろ、猟人に対して推奨したくらいだ。
ただし、それは「理不尽を己の腕力で切り拓いた」ことを高く評価したのであって、茨木のように「腕力で他者に理不尽を強いた」ことについては自身の教育の責任である、と反省の弁を述べた。
飯山は、あえてそれを理解しようとしない。あくまで、復讐へと向かう上で都合の良い解釈だけを採用する。
「だから、俺たちはやらなければならない。アメフト部の威信にかけて、阿須田に天誅を下す。いいな!」
「オスっ!」
親の心、子知らず。
それは鍛え上げた己への過信か、復讐に燃える若さゆえの暴走か。
せっかく丸く収めてくれた監督の思いを悪い意味で解釈した飯山は、引き返すことのできない「死地」に向かう列車へといま、乗り込もうとしていた。