緊急会議とアメフト部顧問(前)
第二章7話です。アメフト部顧問が初登場。
それではどうぞ。
昼休み明けの会議室。すでに午後の授業は開始されているが、先の「事件」関係者および責任者たちが集められ、詳しい事情聴取が行われようとしていた。
学校側の出席者は学校長と教頭、一・二年生の学年主任、アメフト部監督である物理の担当教師に加え、新任の保険医であり猟人が所属する新聞部顧問の七色佳織。
生徒代表は当事者である阿須田猟人とアメフト部一年生が一名、そして一連の騒動を当事者寄りで見てきた多田野緋登美が証人として呼ばれている。
小山内朋は「自分か爽田か涼花が」と参加を主張したが、佳織に「発端は昨日の帰りのバスでしょ?そこにもいた緋登美ちゃんが最適だよ」と宥められ、渋々了承した。
前回、ホテルで鷺沼にやり込められた経験から、緋登美も学校側が思うままにストーリーを進めていく展開を恐れてはいたが、「今回は最初から七色先生もいるし、大丈夫だよね?」と、朋が考えているよりは落ち着いて場に臨んでいる。
「まずは今回の件、誠に申し訳ない。問題行動に及んだ当部の生徒は、こちらで処分する。本当に済まなかった!」
司会役を務めようとした教頭が会をスタートさせる前に口火を切ったのは、こちらも生徒側代表として参加していた人物。アメリカンフットボール部主将の三年生・実崎直哉だ。
「キャ、キャプテン!こっちは茨木が怪我させられてるんすよ!そんな、こっちから謝る必要なんてないじゃないっすか⁉それじゃ茨木が可哀そうですよ‼」
深々と頭を下げる実崎に、部の副主将である二年生・飯山成明は慌てて止めに入る。実崎同様、彼も現在はスポーツクラスに所属する部の主力選手だが、元は一般入学してからの途中編入で、一年生時は茨木と同じ立場で汗を流してきた経験がある。
段取りを無視して動き出した部員たちを横目で見つつ、アメフト部監督兼顧問の漆原厳は、その名の通り厳めしい顔つきでフン、と鼻を鳴らす。
「なにが怪我させられているだ、情けない。丸腰のヤツ相手に完全武装でタックルかまして反対に怪我させられるような軟弱もんの、どこが可哀そうなんだ!」
いきなり自分勝手に話出すアメフト部関係者たちを見て、緋登美は正直、拍子抜けしていた。対鷺沼戦の二の舞を警戒していた彼女からすれば「あれ?思ってたのと全然違う」というのが正直な感想だ。
「ま、まあ実崎くん。漆原先生も、ひとまず落ち着いて。まずは、事情を知る生徒たちからしっかりと話を聞きましょう」
司会役の教頭は、すでに荒れてしまった場を軌道修正するように仕切り直しを求める。
最初に説明役を求められたのは、昨日のバス、呼び出しに来た教室、そしてグラウンドでの出来事とすべてに参加していた、茨木の後輩にあたる一年生だ。
「は、はい。ええ、その、そちらにいる阿須田くんが、我が部の茨木先輩と昨日のバスの中で揉め事を起こしまして。そ、それで本日、彼を指導するために茨木先輩がひと肌脱いだところ、このような事故につながってしまったものと考えています」
本来ならば、茨木寄りの証言を捏造するよう飯山から指示されていた一年生部員だったが、冒頭の実崎の謝罪、そして監督である漆原の厳しい断罪を経て迷いが生じたのか、立ち位置があいまいになってしまった。
「くだらん。なにがひと肌脱いだ、だ。要はそこの銀髪の小僧が自分に従わなかったのが気に入らず、喧嘩を吹っ掛けただけだろうに」
「う、漆原先生!まずは生徒たちの話をしっかり聞きましょう、ね?」
丸く収めたい、なんならなかったことにしたいくらいに考えている教頭は、計算どおりに動いてくれない漆原にやや苛立ちを覚えながらも努めて冷静に言動を止めに入る。
が、漆原は止まらない。
「私はね。喧嘩を吹っ掛けたことを責めるつもりはない。アメフトをやろうなんてヤツは、それくらいの気合いがあったほうがいい。ただ、卑劣にも自分に圧倒的有利な状況を用意しておきながら、あっさりやられたのであれば文句のつけようがない、と言っているんです。あいつも腕力で相手を従わせようとしたんだ。その腕力で押し返されたなら黙るほかないでしょう」
漆原厳は、力自慢の跳ねっかえりが集まるアメフト部監督だけのことはあり、一本筋の通った男だ。現代の教師としてはありえないほど暴力に寛容な姿勢に問題はあるが、主将の実崎をはじめ多くの部員たちには恐れられながらも慕われている。
「え、ええ、先生のお考えはわかりました。では、多田野さん。いまのお話に、何か付け加えておくべきことはありますか」
「は?」
今のお話、と言われ、緋登美は混乱する。
おそらくは、アメフト部一年生が説明した内容について誤りはないかと聞かれ、より正確に修正するのが自分の役目だと頭ではわかっているが、直前に漆原教諭が展開した持論には納得できる部分もあり、それについて意見を求められても困る、と思ってしまったためだ。
「多田野ちゃん。昨日から今日にかけての出来事について、なるべく詳しくお話してもらえるかな。阿須田くんは一応、当事者本人だからさ」
混乱していた緋登美を見て取った佳織が、素早くフォローに入った。実際、アメフト部側も一応は「第三者」として一年生部員を立てているので、ここは猟人ではなく緋登美が説明役を担う必要がある。
「は、はい、わかりました。ええと、昨日の帰りのことなんですが、バスの一番後ろにわたちたち、あのわたしと、阿須田くんともうひとりの女の子で座っていましたら、アメフト部のみなさんがバスに乗ってきて、わたしたちに席を譲るように言ってきたんです。それで阿須田くんが断ったら、なんか怒って降りていってしまいまして。それで今日の昼休み、そこの彼とか三人くらいでG組の教室に乗り込んできて、阿須田くんを連れてこい、と。それで阿須田くんが呼ばれたとおり、グラウンドに向かったという感じです」
つたない説明ではあったが、おおよそ、昨日からの出来事を説明できている。アメフト部一年生が説明した内容と、大きな齟齬もない。
席を譲るよう強要した、というくだりで実崎が顔を歪め、飯山は小さく舌打ちしたが、揉め事があったこと自体は一年生がすでに報告してしまっていたため、揉め事の中身が改めて明らかになった、という程度の話でしかなかった。
「えー、つまり、茨木くんが阿須田くんに席を譲るよう願いでて、それを拒否したことがトラブルの発端、ということで良いかね」
「えと、違います。譲るように願い出たのではなく、『どけ』と言われました」
丸く収めたい教頭が表現をやわらかく置き換えるも、緋登美はあっさりと事実に即した表現に戻す。このあたり、「言い回し」に振り回された先日の体験が生かされていた。
教頭は恨めしい表情で緋登美を見るが、その程度ではもはや、彼女は動じない。
「……では、本題であります、グラウンドでの出来事についてですが。昼休み、茨木くんが部員たちとともに阿須田くんを練習に誘い、そこで不幸な事故が起こった、ということでよろしいですかな!」
教頭は漆原と実崎、そして緋登美を順に見据えながら、先ほどより強めに断定する。
これについても先ほど、漆原が事実に近い状況を説明してしまっているわけだが、「そういうことで事態を収拾したい」という教頭の意思自体に異論はないのか、漆原も実崎も、渋い表情ながら口出しはしなかった。
「それは……わたしはよく、わかりません」
緋登美も「全然違くない⁉」と言い出したいのは山々だったが、取り立てて猟人に責任を押し付ける裁定ではない以上、余計なことを言いすぎるのも憚られる。
そもそも、グラウンドでの出来事については緋登美も単なる傍観者で、事実、あの場でどのようなやりとりが展開されたのかについては朋や爽田の予想以上のことは知らない。
「阿須田くん。君もそういうことでよろしいかな」
そういうことであれば君に処分はしない、という意図を言外に匂わせつつ、教頭は猟人本人に確認を入れる。
が、その本人は少々、ややこしい相手だった。
「いや、事故ではありませんよ。俺は最初から、タックルを躱して膝を蹴り折ってやろうと考えていましたから」
猟人の身も蓋もない発言をきいて、教頭はもちろん、校長と学年主任ふたりは頭を抱える。佳織ははっきりと「は~あ」とため息をついていた。