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いつだって平常心。

第二章6話目です。

バイオレンス成分あり。


それではどうぞ。

「フン。逃げずに現れたことだけは褒めてやろう」

「逃げる必要がないからな」


 グラウンドで猟人を待っていたアメフト部員は八人。全員がヘルメットと競技用プロテクターをまとった完全武装のスタイルだ。


「その減らず口、いつまで叩いていられるかな」

 

 場を仕切る茨木竜司がニヤリと笑いながらそう口にすると、残る部員たちから猟人を嘲笑するような笑い声があがった。


 「わざわざ休み時間を割いて来てやったんだ。無駄足にはしてくれるなよ」

 

 猟人の泰然自若は崩れない。武装した大男数人を前にしても、コンビニ店員でも相手にしているかのごとき自然体だ。

 この時点で「ビビった顔」を期待していた茨木は、おもしろくなさそうに鼻を鳴らす。

 

 「まあいい。オイ!」

 「ウスっ!」

 

 茨木が後ろを振り返って後輩のひとりに指示を出すと、後輩は前に出て、抱えていたヘルメットとプロテクター一式を猟人の前に投げ捨てた。


 「小僧、これを着ろ。おまえにアメフトの厳しさを叩きこんでやる」

 

猟人は目の前に投げ出された用具一式を見て、軽く首を傾げる。


「俺はアメフト部に入部する気はないぞ」

「おまえなぞ入部させるか。ただ、おまえはアメフトってもんを理解する必要がある。だから、この昼休みに体験入部をさせてやろうと思ってな」

 

ヘルメットの中でニヤニヤと笑う茨木を見て、猟人はようやく、この場で彼らがやりたいことを理解した。

 要するに、練習にかこつけたリンチ。猟人に用具一式を身につけさせることで、あくまで「体験入部」という建前を用意し、完全武装した部員たちが容赦なくタックルを見舞う。

 ここに来る直前、朋から「連中、表立って問題は起こせないはずだけど、うまく誤魔化すことには慣れているはず。学校も簡単には動かないから一応、注意して」とアドバイスは受けていたが、こうした建前を用意している以上、一応、この連中にも学校側に配慮する気持ちはあるらしい、と猟人は思った。

 そこまで理解したところで、猟人はガン、と目の前に用意されたヘルメットを蹴り上げる。ヘルメットは見事、先頭にいた茨木のボディに命中した。


 「貴様……!」

 「俺にこんな玩具は不要だ。早く終わらせよう。昼休みもあまり、残っていない」

 

怒りに震える茨木の心中などまるで気にしていない様子で、猟人はやれやれ、と大きく首を振る。「こんな茶番、いつまでもつきあっていられない」という内心を、しっかり相手に伝わる形で示していた。

 

「さっさとかかって来い、スポーツマン。安心しろ、殺しはしない」

 

 猟人は右手を前に突き出し、開いた掌の指先をちょいちょい、と自分の方に動かす。本人が言葉に出した通り、まさしく「かかって来い」のポーズだ。

 

 「くっ、いいだろう。いいかお前たち、これはあくまでタックルの練習だ。コイツはプロテクターをつけていないが、おまえたちも聞いたとおり、本人の希望だ。気にすることはない。では、始めるぞ!」

 

 茨木は念押しするように大声で「建前」を強調し、部員たちに激を飛ばすと、部員たちも「ウス!」と応じて一列縦隊に整列する。

 

 「小僧。これから一人ずつ、おまえにタックルを仕掛ける。おまえはただ、それを避けるなり、受け止めるなりすればいい。アメフトが格闘技と呼ばれる所以、思い知らせてやる」

 

 先頭の茨木は自分勝手なルールを説明すると、スリーポイントスタンスで構えをとる。


 「行くぞ!」

 

 自らスタートの号令をかけた茨木は、数メートル先、無防備にも頭をポリポリと書きながら待ち構える猟人に向かい、勢いよく突撃した。


** * * *


 「うわあ、連中、試合するみたいなスタイルじゃん」

 「大丈夫かな、阿須田くん」

 

 日ノ大多摩高のグラウンドは、全国区の有名チームである野球部やアメフト部が練習試合を行うこともあるため、いわゆる観客席のように段々となった形で観戦用座席が設置されている。彼らが同時に練習を行うこともあるため、グラウンドも観覧席もかなり広い。

 その観戦用座席には、一年G組のクラスメート数人が呼び出された猟人を追って様子を見学しに来ていた。

 教室での派手な呼び出しパフォーマンスを受けて、あの場にいた全員がその後の展開を気にしてはいたが、アメフト部との軋轢を恐れたのか、ここまで見学に来たのは緋登美のほかに朋、涼花、爽田、茶井といういつものメンバー。

ちなみに当初、あまり行きたくはなさそうだった茶井だが、涼花も同行することを受けて「なら、心配だから俺もいくべ!」と態度を一変させた。


 「彼ならば大丈夫でしょう。ところで、昨日から気になっていたのですが、あの『あめふと部』の方の話し方は、現代でも一般的なのでしょうか?」

 「え、声聴こえるの⁉」

 

 そして、クラス外からもうひとり。どこで情報をつかんだのか、グラウンドへと向かう一行にサラリと合流し、緋登美の横にちょこんと座る天音美琴である。

 グラウンド中央、しかもヘルメットを被った状態で展開されているやりとりは、さすがに緋登美たちのいる観戦用ベンチ付近では把握できない。


  「ま、さっきも思ったけど、連中が時代がかってんのは事実だし。いつの時代から来たんだ、って感じ」

 「同意する。戦時中かと思った」

 

 美琴とは逆隣りに座る涼花、三人の一列後ろに座る朋にも現在、猟人と茨木がやりとりする声は聞こえていない。が、先ほど、教室を訪れた一年生部員たちの様子を思い出す形で述懐した。


 「どうやら、彼らは練習の体裁をとりたいようだね。ほら、後ろのひとりが用具一式を抱えている。あれを阿須田くんに渡して、彼にも着こませるつもりだろう」

 

 朋の横で難しい顔を浮かべる爽田が解説を加えると、まさしくそのタイミングで茨木が後ろに指示を出し、抱えていた用具一式を猟人の前に投げ捨てる。

 

 「どういうこと?」

 「阿須田が怪我とかしたら『あくまで練習の一環で起きた事故でした』とでも言い張るつもりなんでしょ。正直、そんなん通用するとは思えないんだけど、通用しちゃうから調子乗ってんのかもね。そういう前例でもあるんじゃん?」

 

 振り返った緋登美の質問に朋が答えた直後、美琴を除く全員が「あっ!」と声をあげる。足元に投げ捨てられたヘルメットを猟人が蹴り上げ、先頭のアメフト部員にぶつけたのだ。

 

 「まあ。道具を大事にしないのは感心いたしませんね」

 「いや美琴ちゃん、いまそこはどうでもいいよっ!」

 

 状況を見逃した緋登美が慌てて前を向きつつツッコミを入れている間にも、グラウンドを一触即発の空気が包む。猟人が相手を挑発するようなポーズをとると、先頭の茨木が片手をあげて何やら大声で指示を出し、部員たちが一列縦隊で整列した。

 

 「ひとりずつ、タックルでも仕掛ける気なんじゃん?阿須田なら全部避けそうだけど。受け止めて引き倒す可能性もあるし」

 「いや、武装した彼らの突進はそう簡単にいなせるものでも受け止められるものでもないよ。それに、本当にひとりずつタックルするとは限らない」

 「みんなで飛び掛かるかも、ってこと?」


 今度は状況を見逃すまいと緋登美が前を向いたまま質問を投げかけると、爽田は律儀にもしっかりと頷きながら答える。

 

 「全員が正面からかかるなら、阿須田くんならかわし切れるかもしれないが……例えば、避けられた一人目が、今度は後ろから仕掛けたらどうだい?いくら彼でも、前後左右から同時に仕掛けられれば、なす術がない」


 爽田は先日のトラブルにおける猟人の戦闘を見たわけではないが、体育の時間などを通じてその優れた身体能力の一端は目にしている。

 サッカーで鍛えた自分や茶井、その他運動部の生徒と比較しても、彼は飛びぬけた運動能力を持っている、と感じた。もちろん、現時点でその能力のすべてを感じ取れているわけではないが、中学時代、後に強豪高校へと進んだ相手チームの主力選手に対して感じたもの以上の「違い」を読み取っていたのだ。

 しかし、これは競技ではない。競技に見せかけた、リンチのようなものだ。

 ルールなんて、あってないようなもの。いくらでも、卑怯な作戦を仕掛ける可能性がある。


 「本当に大丈夫かな、阿須田くん」

 

 心配そうに緋登美が見つめる先。挑発ポーズをやめて両手をだらりと垂らした猟人は、構えらしい構えもとらず、ただ突っ立っているようにも見える。

 緋登美たちは隠れて様子をみているわけではなく、堂々とグラウンド脇の観戦用ベンチに座っている。つまり、見学していることをアメフト部員たちも把握しているはず。

 他の生徒が観ている状態であまり残酷なことはできないのでは、という期待もあったが、爽田と朋の冷静な分析を聞いていると、「あの人たちならやりかねない」と思った。

 

 「始めるみたいよ。ほら、先頭の男が構えをとったし」

 

 先頭の茨木が、スリーポイントスタンスから勢い良く、猟人に突っ込んでいく。が、猟人に避けるような素振りも受け止めるような素振りもなく、なんなら片手で頭をポリポリとかいていた。

 激突するー。緋登美がそう感じて思わず目を閉じて顔を背けた直後。

 すぐに正面を向いて目を開いた緋登美の視界は、両隣から延びてきた二つの小さな手のひらで覆われていた。

 

 「スズちゃん?美琴ちゃん?どうしたの⁇前、全然見えないんだけど⁉」

 「緋登美は見ない方がいい」

 「ええ、わたくしもそう思います。あなたには少し、刺激が強すぎるかもしれません」

 「スズ、ナイス。天音さんもありがと」

 「え?なになに、え⁉阿須田くんは大丈夫なの⁉」

 

 緋登美の視界を咄嗟にふさいだ涼花と美琴を、三人の後ろの列から朋がねぎらう。緋登美はわけがわからず慌てるが、正直、爽田らを含む周囲はそれを宥めるどころではなかった。

 朋や涼花、爽田らが唖然として見つめる先。

 先ほど同様に仁王立ちしている猟人と、その脇に倒れこむ茨木らしきアメフト部員。

 その茨木の右足が、膝のあたりから「ありえない方向」に折れ曲がっていた。


** * * *


「ぐわぁぁぁぁ!俺の、俺の足がぁぁぁぁぁ‼」

 「い、茨木先輩っ!」


 足を折られ、絶叫する茨木。我に返った後輩部員たちが、慌てて駆け寄る。

 猟人は一見するとなんということもない表情で倒れた茨木を見下ろしているが、周囲の部員たちに対する臨戦態勢は依然、解いていない。

 

 「テメエ!なんてことを‼」

 

 激高する部員たちが、それでも猟人に突っかかっていけないのは、間合いに入った瞬間に「同じような目にあわされる」ことを本能的に感じ取ったためだ。スポーツ選手である彼らは闘技者とは言い難いが、さすがに目前で繰り広げられた光景は心に焼き付いている。

 

 今、何が起こったのか。正確に把握できている部員はいない。


腰をしっかりと落とし、勢いよく正面から猟人に突っ込んだ茨木。激突直前までその場に「突っ立っていた」猟人が、ゆらりとそれを躱した、ように見えた。

その直後、茨木が崩れるように倒れた。そして、その膝は通常の可動域を超え、前方向に折れ曲がっている。

おそらくは、避けた直後に放った下段回し蹴りのような攻撃で、茨木の膝を攻撃したのだろう。起こった結果からみれば、ほぼ間違いない。

ただ、姿勢を落として猛然と突っ込んだ茨木の膝が、どう攻撃すればここまで酷く圧し折られることになるのか。

最小限の動き、そして刹那のタイミングで放たれた、強烈な一撃。

 その達人的な動きを実際に自分の目で確認しきることまではできなかったものの、結果として地面に倒れた茨木の様子を見れば、いくら激高していたとしてもこれ以上、彼に近づくことはできない。


 「たかだか足を折られたくらいで大げさだな。約束どおり命を奪わなかっただけありがたいと思っとけ」


 混乱する部員たちに煽るような言葉を投げつける猟人。ちなみに本人には、煽る意思など全くない。


 「てめえ、マジで……」

 「ぶっ殺してやる!」

 「……なめやがって」

 

 それでも、血気盛んな部員三人が、彼に立ち向かおうという勇気を取り戻した。いや、もはや蛮勇とも呼べず、怒りと恐怖が限界を超えて正常な判断力を失ったに過ぎない。


 「来い。全員の膝を折ってやろう」

 「なっ!」

 

 その「無謀なる反抗」は、猟人の一言でシュッと霧散した。

 脅し文句ではない。本気で「膝を折る」と言っている。事実、この男はなんの躊躇もなく茨木の膝を蹴り折った。これは、そういうことができる男だ。

 結果、三人は彼に立ち向かうことができなくなった。立ち向かってはいけない相手だ、ということを、今度こそ心の底から理解したのだ。

 

「どうした、来ないのか?」

 

 猟人に「かかって来い」のポーズをとられても、部員たちは動けない。茨木の「膝が、俺の膝がぁぁぁ!」と喚き声だけがグラウンドに響いていた。

 立ち向かうことを諦めた部員たちは、誰から言う出すわけでもなく撤収の意思を固める。そうなれば、まずは膝を折られて喚いている茨木の処置が先決だ。

 

 「まずは保健室に先輩を運ばないと。保険の先生を呼びに……」

 

 猟人から目を逸らすように二年生部員が周囲を見渡すと、体育教師らしき二人の男性を伴い、黒いスカートスーツに白衣をまとった日ノ大多摩高の保険医がゆっくりとグラウンドを歩いて近づいてきた。


 「その必要はないよー、こっちから来てあげたから」

 

 異変に気が付いた男性教師たちが倒れ伏す茨木に駆け寄っても、保険医の女性教師はゆったりとした足取りのまま、片手にもったゼリー飲料らしきものを口にくわえて悠然と歩いている。


 「お昼ご飯くらいゆっくり食べさせてもらえると、お姉さんはとても嬉しいな!」

 

 ようやく現場にたどり着いた七色佳織は、ゼリー飲料の入った容器を握った手をゆらゆらと揺らしてからハア、とわざとらしいため息をつくと、ニコリとした深い笑みを浮かべて猟人の肩をポンポン、と叩いた。



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