呼び出し。
二章5話目です。
それではどうぞ。
翌日の昼休み。緋登美は朋、涼花とともに机を囲み、持参したお弁当を食べていた。購買でパンを買って戻ってきた爽田と茶井も加わったところで、緋登美は前日の出来事についてスポーツ部の男子二人に話を聞いてみることにした。
「なるほど。先輩から『アメフト部には逆らうな』とは聞いていたけど、通学バスでそんな横暴が行われていたんだね」
「ああ、そういえば、地元のダンサーやってる先輩が、うちの高校のアメフト部ともめてボコられた、とか聞いたことあるわ」
爽田がいつもどおり正義感を発揮して軽く憤りを見せる横で、茶井は納得顔で自らの知る情報を付け足す。
「緋登美のトラブル巻き込まれ率の高さはともかくさ。アメフト部ってそんな問題起こしていいもんなん?ほら、出場停止とか、いろいろあるじゃん」
昨晩の段階で緋登美がトラブルらしきものに巻き込まれていたことを聞いていた朋は、慌てて緋登美を心配することもなく冷静に疑問を口にする。
実際、その指摘はもっともで、問題が露見すればアメフト部はもちろん、全国区で有名な硬式野球部にも多大なる迷惑がかかることは間違いない。
「そこは『大人の事情』ってやつかも。警察が入るとか病院に運ばれたとか、よほど大きな問題にならなければ、学校側はスルーしているのかもしれない」
「さすが音無さん!それだよそれ!」
調子の良い茶井の賛同はともかく、同じく昨晩に大方の話を聞いていた涼花が冷静に答えを出すと、朋と爽田もなるほどと頷く。
優遇、と呼べるレベルのものであるかどうかはともかく、有力スポーツ部の部員たちが学校から「守られている」状況はありえる、というのが一同の出した結論だ。
「でも、そんなんと正面からやりあおうとするとか、阿須田っち、マジヤバくない?」
「そうだね。ただでさえ屈強なアメフト部員が学校にも守られているとなると、まともにやりあえばただでは済まないかもしれない」
男子生徒二人は、一応はクラスメートであり先の一件では結果的に世話にもなっている猟人を心配する素振りを見せる。
だが。
「心配なのはむしろ、アメフト部員の方」
「それね。あんなのに喧嘩売るとか、守られすぎて実戦勘が鈍ってんじゃないの?」
女子たちはほぼ、緋登美と同じような感覚だった。
「やっぱ、トモちゃんとスズちゃんもそう思う?」
「思う。彼と戦うとか危険すぎ」
「一目見ただけでヤバいって思うでしょ。実際、ヤバいわけだし」
銀髪赤目という見た目のヤバさに加えて、茶井がもたらした数々の逸話。そこに前回の一件でリアリティが加わったことで、朋と涼花の猟人評は確定したようだ。
「確かにね。僕はどちらとも戦いたくはないな」
女子たちとの温度差を敏感に感じ取った爽田は、さわやかな笑みを浮かべつつ苦笑気味に応じる。
「音無さんがそう言うなら、ヤバいのは阿須田っちのほうで間違いないわ」
茶井も調子よく同意したが、その根拠とされた涼花はこうした持ち上げ方に慣れていないのか、やや迷惑そうな顔で視線をそらした。
「とにかく、今日も帰りが心配だし。緋登美、部活終わるまで待とうか?」
朋がそう呼びかけると、視線を明後日の方向にそらしていた涼花も緋登美の方を見てうんうん、と頷く。
「え⁉それは嬉しいけど、大丈夫だと思うよ。昨日はいろいろあって遅くなっちゃったけど、ほんとならアメフト部と一緒のバスになること自体ないはずだしさ」
「そう?ならいいけど……スズ、今日時間ある?」
「私は別に待ってもいい」
「じゃ、一応教室で待ってよっか。アメフト部を敵情視察してきてもいいし」
すでに緋登美が巻き込まれることを確信していた朋は、緋登美の意向を無視して話を進めていく。涼花も、それに完全同意のスタイルだ。
そんな二人を改めて心強く思いつつも、緋登美が「いや、それは二人に悪いよ!」と止める前に、意外な横やりが入る。
「そ、それなら、サッカー部見に来ない?その、今日は実力試す紅白戦も予定してるし、ぜひ音無さん……と小山内さんに見てほしいっしょ!」
「茶井。あんた、いま本音らしきものがはっきり出てたっぽいんだけど」
ほとんど告白したも同然のような茶井の発言にかぶせる勢いで朋が鋭いツッコミを入れたことで、グループには変な空気が流れることなく笑い声が起こる。ただし、ここまではっきりと好意をアピールされてしまっては、さすがに無表情気味の涼花も若干照れて俯いた。
まさしく、楽しい学園生活を象徴するような、賑やかで穏やかな昼休みの一シーン。
そんな青春の一ページをぶち壊す乱入者たちは突然、教室の前扉から入ってきた。
「一年G組、阿須田猟人はいるか!」
ずかずかと入ってきた面々は教壇の後ろに立ち、大声でそう告げる。戦時中の特務警官でも登場したかのごとき異様な雰囲気に、教室はシーンと静まり返った。
乱入者は三人。いずれも短髪、大柄な体格。残念ながら特務警官などではなく、アメフト部の一年生とみて間違いない。
「先輩がお呼びだ。すぐに我々と共に出頭しろ!」
続けて彼らが来訪目的を示したことで、緋登美はもちろん、友人たちも「昨日の出来事」の続きであることをはっきりと理解した。
とはいえ、猟人は現在、教室にいない。どこにいるのか、緋登美すら知らない。
とりあえず「いない」ことを緋登美が告げようとすると、隣にいた朋が持ち前のアンニュイさの中に刺々しさを混ぜたような雰囲気で、先に口を開く。
「見てわかんない?どうみてもいないっしょ」
銀髪の阿須田猟人は、いればすぐにわかる。パッと見でいないことくらい、本人を知っていれば誰でも気が付くはずだ。
朋の指摘には、明らかに「まさか、やたら仰々しい態度で派手に登場しておいて、本人を知らないわけじゃないよね」と揶揄するニュアンスが含まれていた。
そのニュアンスは乱入者たちへと正確に伝わっていたが、見た目派手な女子高生である朋に対して気後れしたのか、文句のひとつも出てこない。「女人禁制」というほどではないがストイックにスポーツへと打ち込んでいる彼らにとって、朋の雰囲気は刺激的過ぎた。
「阿須田くんはいませんよ。食事中かもしれないので、待ってみては?」
膠着化しそうな状況を見て、爽田がさわやかに助け船を出す。相手が誰であろうと、基本的に困っている人物を放っておけないタイプだ。
「ならば貴様、すぐに阿須田を連れてこい!」
派手な女子高生からさわやかイケメンに相手が代わったことで、アメフト部一年生は当初の勢いを取り戻す。どう考えても居場所を知らなそうな爽田に無茶ぶりとも言える要求をぶつけたのは、朋に小馬鹿にされた怒り、そして朋を含む女子生徒たちと席を並べて食事しているリア充イケメンに腹が立った面もあるだろう。
が、そんな八つ当たりで爽田のイケメンスマイルは崩れない。
「では、本人が戻り次第、伝えておきましょう。場所はどちらへ?」
「グ、グラウンドで茨木先輩がお待ちだ!」
そう言い捨てると、三人のアメフト部員たちはそそくさと逃げるように教室を去った。
一瞬の静寂の後、一年G組の教室に喧噪が戻る。
朋はふう、と大きく一息つくと、首をゆっくりと回してコキコキと音を鳴らし、続けて肩を小さく上下させて身体をリラックスさせるような仕草をとる。
「あとは阿須田が戻って来るの待てばいっか。ところで緋登美。今の三人の中に昨日絡んてきたやつ、いた?」
「え、えっと、どうかな。あの喋ってた人はいなかったと思うけど」
「いたよ。右側の男、明らかに緋登美のこと見て『あっ』って顔してた」
頼りない答えを返す緋登美に代わり、目ざとい涼花が断言する。
「やっぱいたか。阿須田がいないならおまえが来い、とか言われる前に追い返せてよかったし。爽田もアシスト、サンクス」
「いや、前回は何の助けにもなれなかったからね。今回は僕も、勇気を振り絞ってみたよ」
弁護士事務所に電話をかけた場面など、実際には前回も強心臓ぶりを発揮していたことを覚えている朋は、冷や汗をぬぐうような動作でホッとした様子を示す爽田を見ながら、改めて「この男、ただのさわやかイケメンではない」と評価を上方修正した。
「と、ところで、阿須田っちは結局、どこにいるんだろ?」
こちらも前回同様、いざという時にはあまり役に立たなかった茶井だが、その疑問に正しい答えを返せる者はいない。
阿須田猟人は昼休みに毎回教室にいない、というわけではない。学食を利用しているのかどうかは不明だが、時折、買ってきたパンを食べていたり、あるいは本人に全く似合わないファンシーな柄の弁当箱を開いて食べていたりする姿も目撃されている。
「学食か、購買か、七色先生の保健室か……。連中に待ちぼうけ食らわせるのもおもしろそうだけど、緋登美に火の粉がかかっても面倒だし、思いつく場所探しにいこっか?」
「大丈夫。帰ってきたみたい」
朋の提案に爽田らが同意する前に、涼花の示す先には教室に戻って来る話題の人物の姿があった。
「よかった。これで万事解決だし」
「いや、問題が起こるのはこれからなんじゃ⁉」
緋登美がもっともなツッコミを入れる中、涼花に指さされたことに気が付いた阿須田猟人は、早くも何事かを悟ったのか、やれやれと首を振りつつ緋登美たちに近づいてきた。