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親切な第三者によるアメフト部紹介。

二章第四話です。ちょっと短め。


それでは、どうぞ。

「いやあ、ヤバいよ、キミたち。アメフト部に逆らうなんてさ」


 そう声を掛けてきたのは、先ほど「どけ」と言われてさっさと退避した、一列前の二人掛け席に座っていた生徒。水泳部一年の脇屋、と名乗った。


 「特にあの人。アメフト部の中でもヤバい人で有名な茨木先輩じゃん。あの人ににらまれたら、この学校ではやっていけないって」

 「は、はあ。そうなんですか」

 

 我関せずとスマホに目を落としている猟人と、いつもの微笑を浮かべつつ会話にリアクションをとらない美琴に代わり、とりあえず緋登美が応じる。

 ちなみに猟人は、さきほど佳織からアドバイスを受けた通り、ニュースサイトを読みながら記事の書き方について学んでいるらしい。

 

 「アメフト部もさ、バスに乗って帰る面々はほとんど主力選手とかじゃない分、タチが悪いって先輩に聞いたよ。その筆頭が茨木先輩だって。なんでも、街のチンピラを五人も相手にして全員叩きのめしたとか」

 「な、なるほど」

 

 日ノ大多摩高で硬式野球部に次ぐ実績を誇るアメフト部の面々は、大半がスポーツクラスに在籍する特待生だ。彼らのほとんどが学校に併設された寮住まいで、バスで通学しているのは一般クラスに属しながら部に在籍する生徒、ということになる。

 建前上、スポーツクラス特待生と一般生徒の部員に差別はないが、優れているからこそ特待生として学校に呼ばれているわけで、その能力差は決して小さくはない。

 そうした純然たる事実を認めがたい一部の部員が、鍛え上げられた肉体と部の威光を楯に傍若無人に振る舞うケースは以前から指摘されていたが、あくまで生徒間の些細な問題として学校も部も強い指導は行ってこなかった。


 「ヤツらもさすがにバスの中ではおとなしく引いてくれたけどさ。帰り道とかほんと、気をつけて。女の子相手でも容赦しないかもしれないし」

 「は、はい。気をつけます」

 

 明らかに歯向かったのは猟人で、自分は立ち上がろうとしたところを美琴に止められただけなのに、とは緋登美も思わない。彼女の意識はむしろ、アメフト部の面々に対して苛烈に反撃するであろう猟人に向いていた。

 なにしろ、先のトラブルで容赦なく暴力を振るった場面を見ているのだ。今回も同様のことが起こるのではないか、と危惧するのは無理もない。

 

 それに―。緋登美は考える。

 

 おそらく、この脇屋なる生徒は、先ほどアメフト部の面々を下がらせた「猟人の気概」を全く感じ取れていない。バス前方に逃げた彼らまで、その「圧」は届かなかったのだろう。

 美琴を挟んでひとつ隣にいた緋登美は、より正確に状況を見ていた。自分に向けられたものではないが、心がザワりとする何かを猟人が放ち、それを正面から受けた面々が物理的に一歩、後退する姿を。


 茶井が聞いてもいないのに熱心に教えてくれた「阿須田猟人伝説」によれば、彼は愚連隊十数人が屯する敵地に単身乗り込み、その全員を病院送りにしたらしい。

 日頃からスポーツで鍛えているアメフト部の先輩らが弱いはずはないだろう、とは思う。実際、体格はかなり大きめで、緋登美が思わず命令に従いかけるほど威圧感もあった。


 それでも「彼」は何かが違う。その「格の違い」は、先ほど、手を出すこともなく一歩下がらせたという事実に顕れているのではないか。

 先のトラブル経て少し、心が成長していた緋登美は、以前ならば確実にワタワタと慌てたであろう場面に遭遇してもある程度、冷静でいられた。


 そして、隣で微笑んでいた美少女は、もはや冷静を通り越していた。

 

 「阿須田猟人くん。彼らの態度は決して褒められたものではありませんでしたが、所詮は素人の高校生です。決してやりすぎないよう、気をつけてくださいな」

 「あの様子なら、せいぜい鼻っ面を小突く程度で済むだろ」

 

 微笑を浮かべたまま注意を促す美琴に、猟人はスマホから顔を上げずに言葉を返す。

 

 水泳部の脇屋は「と、とにかく気をつけてね」とだけ緋登美に呼びかけ、青い顔をして慌てたように前を向いた。アドバイスなどまるで聞いていないどころか、存在すらも認識されていないといった風情の異様な雰囲気を放つ二人に呑まれたのだろう。

 可愛い女子たちと噂の銀髪とお近づきになるチャンス、とばかりはりきって話かけてはみたが、周囲にも聞かれていることを考えれば「調子に乗ってしゃべりすぎたかもしれない」と後悔できる程度にまで、急速に頭が冷えたようだ。

 

 脇屋から解放された緋登美は、ふう、とひとつため息をついて、横に並ぶ二人に向き直る。

 

 「本当に、早くもトラブル起きたねえ」

 「ええ。さすがは七色先生です」

 「こんなもん、トラブルのうちに入らんだろ」

 「そうかな?ここから大きなトラブルに発展したりとかしない?」

 「せいぜい、真ん中の小さなニュースレベルだな」

 「まあ、それは助かります。小さなニュース、何を書けばいいのか困っておりましたから」

 「ははは……」


 緋登美は乾いた笑い声をあげつつ、いかなるときもマイペースの崩れない二人に若干、呆れながらも感心していた。




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