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新聞部、始動。

ここは前振り回。次からお話が動きます。


それでは、どうぞ。

 「(ここだ。よーし!)」


 放課後。緋登美は「新聞部」という真新しい名札のかかった部室棟の一室の前に立つと、大きくひとつ、息を吐く。大きく跳ね回る自分の鼓動を感じつつ、戸を二回、叩いてから思い切ってガラリと開いた。


 「本日よりこちらでお世話になる多田野緋登美ですっ!よろしくお願いしますっ‼」

 

 扉を開いた勢いのままに元気よく頭を下げるも、中から反応はない。

 様子を窺うようにゆっくりと顔をあげると、超絶美少女が微笑を浮かべながら緋登美をまっすぐ見つめていた。

 やや離れた位置で見つめあう、二人の少女。緋登美は、自身をまっすぐ見つめる美少女の姿、というより風景そのものに妙な違和感を覚えつつ、とりあえず間をつなげるべく質問を投げる。


 「あ、あの、先生と阿須田くんは?」

 「多田野緋登美さん、改めてよろしくお願い申しあげます。わたくし、一年B組の天音美琴でございます」

 

 とりあえず間をつなげようと発した緋登美の言葉は一旦スルーされたが、ひとつ前の挨拶に対して丁寧なお辞儀の所作で美琴が返してくれた。

 

 「あ、うん。こちらこそ、よろしくお願いします」

 「七色先生はまだ、いらしていません。阿須田猟人くんは、なにやら荷物を運ぶよう先生に指示されていたようです」

 

 美琴のお辞儀に再び緋登美が頭を下げている間に、次の質問への答えが戻ってきた。


 「荷物?」

 「詳しいことは存じ上げませんが、新聞部で利用する備品ではないかと」

 

 慌てて頭をあげて質問を重ねると、今度こそ同じテンポで答えを得て、緋登美はとりあえずホッと安心する。このままお互いのリアクションがズレ続けたらどうしよう、とおかしな心配をしたくなるほど、天音美琴は現世から隔絶したような雰囲気がある。


 「おっ!多田野ちゃん、いらっしゃい‼いや、いらっしゃいはおかしいね、お客さん扱いみたいで。改めて、今日からよろしくねー!」


 室内の微妙な混乱を吹き飛ばすような明るさで、開いたままの扉から黒いパンツスーツの上から白衣をまとった七色佳織が現れた。その後ろから、美琴の情報どおり大きめの段ボール箱を抱えた猟人が入って来る。


 「佳織さん、これは?」

 「うん、真ん中の机の上に置いてねー」

 

 荷物を抱えた猟人が部屋に入るのを待ち、佳織が戸を閉める。特になんということのないシーンだが、緋登美は「先生と阿須田くん、息ぴったりだな」と思った。

 最初の「お客さん扱い」という言葉も含めて緋登美がもやもやしているうちに、佳織は運び込まれた段ボール箱から次々と荷を取り出していく。

 取り出されたのは薄型ノート型PCが三台、タブレット端末が一台、さらにやや大きめのノート型PC一台。その他、緋登美にはよくわからなかったが、PCの周辺機器と思われるものが次々と机に並べられた。


 「えっ⁉この量をひとりで?」

 「猟人くんは力持ちだから大丈夫!」

 「いや、普通に重かったですよ」

 

 猟人の軽い苦情は取り合わず、佳織は大きなパソコンを開いて起動させつつ、三人の生徒たちにポータブルタイプの薄型パソコンを配布する。

 

 「はい。それぞれ席について、PCを開こうか」


 指示どおり、三人は席についてノートPCを開く。

ちなみに緋登美は小・中学校の授業くらいでしかPCをさわったことがなかったため少々手間取ったが、とりあえずは問題なく起動できた。

 

 「みんな、こっちのディスプレイをみて」

 

 佳織が三人の視線を促したのは、あらかじめ部屋に備え付けられていたらしい大きめのテレビ画面。佳織が操作する大きめのノートPCとケーブル接続されており、その画面が映しだされている。

 

 「今日はね、どんな風に新聞を作っていくのか、簡単に説明するよ。みんなのPC画面にも、このアイコンがあると思うんだけど……」

 

 佳織が説明を開始したのは「新聞作成ソフト」。フリーのソフトウェアながら、割と本格的な「新聞」を作成することができるものだ。


 「こんな感じでね、見出しと記事の位置を決めて、配置していくの。記事はそれぞれのPCで打ち込んだものを貼りこむ感じ。長さによって違いは出てくるかもしれないけど、最初のうちはある程度文字数を決めて、テンプレ化した方が楽かもねー。それと……」

 「せ、先生!ちょっと待って‼」


 正直、まるで説明についていけなかった緋登美は、慌てて進行を止める。なんせ、PC自体をまともに使ったことがないレベルなのだ。いきなり一般的ではないソフトの使い方を説明されたところで、理解できるはずがない。

 

 「ごめんなさい。わたし、全然わかんないかもしれないです」


 チラリと見まわした同僚たちは、ひとりは無表情、もうひとりは微笑を浮かべたまま大人しく説明に耳を傾けている。

 志願して部に加えてもらっておきながら自分だけが置いてけぼりな状況に、緋登美は恥ずかしさと情けなさで思わず顔を伏せた。

 

 一方、佳織の反応はあっけらかんとしたものだ。


 「そっか。言われてみれば、高校生には難しすぎるかもね。じゃあ、当面は私が割り付け担当しよっかな。猟人くんと美琴ちゃんもそれでいい?」

 「ん?ああ、いきなりわけのわからん説明をはじめたから適当に聞き流していた」

 「七色先生。わたくし、お渡しされた機械の画面が真っ暗なのですが、次はどのようにすればよろしいのでしょうか」

 「ええっ⁉」

 

 同僚たちのあまりにあんまりな返答に、緋登美は思わずギョッとした。

 緋登美同様、猟人と美琴は佳織の説明を全く理解していなかった。美琴に至っては、PCを起動することすらできていない有様だ。

 と、ここで、緋登美は入室した際に感じた「風景の違和感」に気が付いた。一人、部屋に残されていた美琴が、まっすぐに自分を見つめていたこと。つまり、彼女はスマホを開いていなかったのだ。

 緋登美なら、いや朋や涼花であっても、一人でいるなら迷わずスマホを開く。来訪者があった時点で視線をあげるか、あるいは仲の良い相手なら声だけで反応するかもしれない。

 ところが美琴は最初からスマホ自体を開いておらず、入室と同時にまっすぐ見つめてきたのだ。美少女すぎる容姿こそが違和感の正体かと思っていたが、実際、彼女は少々、浮世離れした存在なのかもしれない、と緋登美は思った。


 さて、二人のあんまりな反応を受けても、佳織に気分を害した様子はない。


 「うん、なるほど。多田野ちゃんが止めてくれなかったら、説明の時間がまったくの無駄になるところだったね、あぶないあぶない。でもまあ、まずはざっくりと全体像を把握してくれればいいから、美琴ちゃんもこっちの画面を見ていてくれればいいよ!」


 ニコリと笑みを浮かべた佳織は、説明を再開する。

 マイペース、という言葉に当てはめていいのかどうかも微妙な三人に囲まれ緋登美は頭を抱えそうになったが、とりあえず「落ち込んでいる場合ではない」と自覚した。

 

 マイペースと言えば。緋登美の新聞部入部の契機となった先の「事件」は連日、テレビを含むマスメディアで報道されていた。

 痴漢および恐喝・強姦未遂の容疑者である郷田深志、恐喝を黙認した上で手を貸していた共犯者の弁護士・鷺沼敏は顔写真付きの実名で世間に晒され、うら若き女子高校生たちを狙った極悪人として世間の糾弾を受けている。

 当事者として関わった緋登美は未成年の被害者ということもあって一切報道されていないが、朝の騒動が不特定多数に目撃されていたことも含め、存在を隠し通すことは難しい。

 緋登美本人も、いつ「××砲」で知られた某雑誌社の記者が取材に乗り込んでくるのかとビクビクしていたが、その気配は一向に訪れない。

 そして、緋登美同様「事件」に深く関わったはずの佳織や猟人は、連日の報道など全く気にしていない様子で、特に話題にあがることもなかった。

 犯人たちの現在の状況について「あえて気にしないようにしている」のではなく、「本当にどうでもいいと思っている」様子の彼らを見ていると、いつ訪れるかわからない取材攻勢にビクビクする必要などないような気がしてきた緋登美は、自ら掘り返すこともなく報道については口を噤んでいたのだった。


 「さて、ソフトの使い方はおいおい覚えてもらうとして、大事なのは紙面の内容なんだけど。とりあえず、この間の事件をそれぞれ、記事化してみようか」

 「ええっ⁉」

 

 口を噤んでいた話題をいきなり掘り返してきた佳織に、緋登美は驚愕の声をあげる。


 「せ、先生。記事化って、その、こないだの痴漢事件の話をですか?」

 「そう、それ。トータルでみるとなかなかの大事件だったし、記事にするには丁度良いかと思って」

 

 軽い調子で告げられた方針に、緋登美は絶句した。せっかく関与が世間にバレていないのに、自分たちから関与を喧伝してどうするのだろう、と。

 絶句する緋登美には構わず、佳織は紙面構成の解説を続ける。


「まずここ。右上の位置にトップ記事ね。タイトルはこんな感じかな」

 

 テレビ画面上に映し出された新聞作成ソフトの右上部分には「本校生徒、痴漢男性と弁護士を撃退」という見出しが登場した。

 

 「とりあえず、黒ベタ白抜きのゴシックでいいかな。こういうの、お家の新聞なんかで見たことあるでしょ?」

 

 見出しにあわせ、予定稿らしき適当な文章を張り付けると、一般的な新聞で目にしたことがあるような「トップ記事」が完成した。 

 

 「でね、左上の位置。ここにはね、連載記事が入るとシンプルでいいかな。そうだね、各部活でも取材して、その紹介でも入れていこうか。各部メンバーの集合写真も大きく使おう」


 そういいながら佳織がPCを操作すると、今度は左上部分が太線で囲まれ、中に『日ノ大多摩高・部活紹介①』という小さな見出しが付けられる。

 

 「次におへその部分。この真ん中辺に小さな記事が入るといいんだけど。三人のプライベートなニュースでも書いておいてもらおうかな。小さく写真使ってもいいね」

 

 トップ記事と連載記事に挟まれた中央下の部分に、明朝体の横書きで「阿須田猟人くん、無事高校入学」という見出しが打ち込まれ、写真を載せる長方形のスペースがとられる。

 

 「最後はここ。下の一列。ここはコラムだね。編集後記的なことでもいいかな」

 

 下から四段目ほどの一列は、コラムのスペースとして確保。その下の三段分のスペースには、大きく「広告」の文字が打ち込まれた。

 

 「どう?こんな感じ。思ったより本格的でしょ」


 一気に説明を終えてウインクする佳織に、緋登美はやや引き気味に頷いた。

かなりざっくりと割り付けただけの紙面だったが、小・中学校の壁新聞的なものを想像していた緋登美からすれば「思ったより」どころではないほど本格的だ。


「あの、先生。これ、その、読まれても大丈夫なんですか?」


先の事件を記事化、という衝撃から少しだけ立ち直った緋登美は恐る恐る、核心に触れる質問を投げかける。


「ん?あー、うん。これを世に出すことで事件への関係がバレて、取材とかされちゃうかもーって心配ならいらないよ!その辺はね、お姉さんに任せて‼」


胡散臭い笑顔でサムズアップのポーズを決めた佳織だったが、そもそも現時点で取材などが押しかけてこない要因も彼女にありそうなことは明白だったので、緋登美はやや不安を抱えつつも大人しく頷いた。

 

 「ただ、作った『新聞』を世間に発表するかどうか、は別問題かな。記事の出来栄えなんかも踏まえて、発表しても恥ずかしくないと判断できてからの話だねえ」

 「発表しないんですか⁉」

 

 新聞、と銘打つからには公表することが前提と思い込んでいた緋登美は、事件の記事化という方針を聞かされたときと同じくらい驚いて目を見開いた。

 

 「小山内ちゃんとか音無ちゃんとかにチェックしてもらうくらいならいいと思うけどね。まずは取材したり、記事を書いたり、パソコンを使ったりすることに慣れることからはじめようかと思って」

 

 これは誰が聞いても納得の理由だ。緋登美はもちろん、現時点でPCの起動すらできていない美琴が、人に読ませる記事を作りあげるのは困難すぎるだろう。

 

 「七色先生、よろしいでしょうか。つまり、わたくしたちは先日の事件の内容を紹介するトップ記事、部活動を紹介する連載記事、わたくしたち自身の身近な情報を紹介する短めの記事、編集後記などを記すコラム記事と、それぞれ四本を書き上げる、ということで間違いありませんでしょうか?」

 

 PCを起動することすらできない超然としたお嬢様かと思いきや、美琴は佳織の説明をしっかりと整理できていた。ギャップ萌え、というほどではないが、またひとつ、緋登美の中で美琴の印象が塗り替えられる。


 「うん、そういうこと。本来は手分けしてそれぞれの記事を書いていくことになるわけだけど、最初は練習だからね。部活紹介はもちろん、この『新聞部』を紹介する記事にしよう。取材はまだ、次のステップだからね」

 

 取材という名目はともかく、各部活を紹介するため話を聞いて回るのはおもしろいかもしれない、と緋登美は思った。

 

 日ノ大多摩高は、盛んな部活動が多い高校だ。

全国大会優勝経験もある硬式野球部は都内屈指の名門。競技的に野球ほどメジャーではないが、アメリカンフットボール部も強豪として全国に知られている。個人戦ではあるが、テニスもそれなりに強い。この三つの部に所属する生徒は、「スポーツクラス」と呼ばれる特別編成学級に所属する者がほとんどだ。

 爽田や茶井がこのほど入部したサッカー部は、それらと較べると一段落ちる。彼ら自身がそうであるように、所属部員は全員が一般入試。爽田も茶井も中学時代はそれなりに知られた選手(だからこそ、地区大会などを通じて互いに見知っていた)ではあったが、強豪校で本格的にサッカーを続けるほどの意思も才能もなかった。

 バスケットボール部やバレーボール部、卓球部、水泳部や陸上部なども同様。それなりには強いが、全国大会常連となるほどの実力はない。柔道部や剣道部といった武術系も然りだ。

 一方、特別に生徒を集めているわけではないが、演劇部や吹奏楽部は名門として知られているらしい。野球部が名門なので、全国大会などの応援に駆り出されることの多い吹奏楽部が強豪に育つのは自然といえば自然な現象。演劇部は担当教諭が熱心で、付属先である日ノ本大学の芸術関係学部にも強いコネがあることで知られている。

 緋登美は「家がまあまあ近くてそこそこ優秀な大学付属校」という程度の理由でこの高校を選んでいたが、これらの部活動に惹かれて入学を希望した生徒たちも少なくない。

 ちなみに涼花は、前年の学園祭で演劇部の公演を見て受験を決めた(役者ではなく脚本家志望)そうだが、先の部活動説明会における担当教諭の暑苦しくも鷹揚な態度を見て入部を取りやめたらしい。

 なお、一年生三人による新設部である新聞部は、佳織の方針(というか根回し)もあって部活紹介イベントには参加しなかった。

 

 「今回はともかく、毎回トップ記事を探すのは大変じゃないっすか。あんな都合のいい事件が、これからも起こるとは考えられないんすけど」

 

 そう。たまたま通学初日に緋登美が痴漢被害にあい、さらに二次被害にまで広がりかけたところを猟人と佳織が介入して解決した先の事件のような「都合の良いトップ記事」はそうそう、出会えない。

 

 猟人の疑問は当然だったが、佳織は笑みを深くして応じる。


 「そんなことないよー。猟人くんに美琴ちゃん。そして、初日から大活躍の緋登美ちゃん。こんなメンバーが揃っていて、おもしろいことに巻き込まれないはずがないもん」

 

 佳織にはじめてファーストネームで呼ばれたこと以上に、その予言は嫌なリアリティを持って緋登美の心をドキリとさせた。

担当教師を含めて規格外な三人とともに進む学生生活を「おもしろそう」と判断して入部を志望したが、最初にトラブルを持ち込んだのは誰あろう、自分であったことに改めて気づかされたためだ。

 

 「どうせいろいろな事件に巻き込まれるなら、それ自体を『学び』の場にしちゃえ、と思って『新聞部』を立ち上げたんだからさ。緋登美ちゃんも遠慮なく、バンバン事件に巻き込まれてね!」

 「は、はあ」

 

 とんでもない立ち上げ動機を聞かされて緋登美は辟易しながらなんとか頷く。

 そして、これまでも何度か聞いた気がする「学び」というワード。猟人と美琴は何かを学ぼうとしていて、佳織はそれをサポートしている。

 ぼんやりながらそれぞれの立ち位置が見えてきたような気がした緋登美だったが、いまだ自分だけが蚊帳の外に置かれているような状況から脱したとは言えず、その後もなんとなくもやもやした気分を抱えながら初日の活動に従事した。



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