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出会いの季節、衝撃のファーストコンタクト。

 初めまして、安堵令(andle、アンドレ)と申します。

 本作は、某「運動靴大賞」にて一次審査突破、あえなく二次審査で脱落した未公開のオリジナル作品です。結果は残念ですが、このまま死蔵するのも惜しい(主に、執筆にかけた時間が笑)と考え、投稿用に加筆・再編集した上でこちらに投稿させていただくことにしました。

 某賞の応募要項を満たす程度には文量ができあがっているので、適時、連載投稿を続けようと思います。つきましては、気軽にお付き合いいただきますよう、よろしくお願いします。

 

 それでは、どうぞ。

 ごく普通の女子高生・多田野緋登美(ただのひとみ)が「彼」と出会ったのは、いよいよ始まる高校生活に胸を膨らませていた通学初日、朝の出来事だった。


 緋登美の自宅がある終点間際の郊外ベッドタウン駅から、高校へ直行するバス乗り場のある多摩川セントラル駅まで、わずかに四駅。だが、最終的に都心部へと向かう通勤快速列車は、始発からすでに超混雑状態だ。


 入学試験から合格発表、入学式に至るまで母親の軽自動車で送り届けてもらっていた緋登美にとっては「通勤・通学ラッシュデビュー」の日でもあり、そのあまりの混雑状況に正直、困惑していた。


 「(……マジで無理かも)」


 緋登美の乗車時間はほんの十数分程度で、このまま都心部まで我慢することになる多くの乗客と比べればはるかに短い。それでも、周囲を見知らぬ大人たちに囲まれ、まともに身動きすらとれない状況は単純に、キツい。


 「(はあ。これが三年も続くのか)」


 ほんの少し前まで、彼女はいよいよ始まる高校生活に期待を膨らませていたが、それも今は昔。一瞬、専業主婦である母親に折に触れ送ってもらいたいという甘い考えが頭を過るが、「高校生にもなって、いつまで甘えたこと言ってんの!」と手酷く叱られるイメージがまざまざと想像できたため、すぐに願望を捨てる。

 母親は優しい人だとは思うが、決して無尽蔵に甘やかしてくれる人間ではなかった。


 だが、彼女の「試練」はここからが本番だった。


 緋登美が乗車してから二つ目の駅に到着し、またぞろぞろと乗客が乗り込んできて電車が動き出した後。先ほど以上にギュウギュウに詰め込まれてさらに身動きのとれなくなった緋登美は、自身に発生した違和感に気が付く。


 「(……あれ?もしかしてこれ、さわられてない?)」


 制服のスカート越しとはいえ、お尻のあたりに感じる確かな違和感。とはいえ、人生初の超満員電車。「痴漢」と断定できるほどの違和感ではない。


 「(えっと、こういう場合はどうしたらいいんだっけ?下手に騒いで誤解だったりすると学校停学とか?でも、なんかもぞもぞされてキモいし……)」


 どう動くべきか迷っている間に、電車は次の駅に到着。目的駅まではあとひとつだ。

 さらに乗客が乗り込んできたことで車内の状況も変わるが、混雑状況が増しただけで、慣れない緋登美が後ろを振り向いて「容疑者」を確認できるほどの余裕はない。


 緋登美が考えをまとめる前に電車が動き出すと、今度は直に太もものあたりを触られた。


 「……!?ちょっと!!」


 あまりの悪寒に思わず、声が出た。


 他の乗客たちも容易に身じろぎできない状況ではあるが、急に大声を出す女子高校生がいれば当然、「何事か」と周囲を探る。

 同時に、緋登美の太ももは悪寒から解放された。


 「次は~多摩川セントラル駅~」


 電車はまもなく緋登美の目的駅に到着する。

 車内は依然として誰も声を発していないが、「何かあったのか?」と緋登美周辺をさぐる雰囲気だけは本人に伝わっていた。

 その「静かな喧噪」に緋登美も思わず身を小さくするが、理不尽なまでの満員状況で溜め込んでいたイライラもあり、次第に怒りがこみあげてくる。


 大声を出した女子高生を探るような視線を受け、そのイライラが限界に達した緋登美は、ついに黙っていられなくなった。


 「ち、痴漢されたんです!誰か、見てた人いませんか!?」


 緋登美の痴漢被害者宣言に、今度ははっきりと、車内がざわついた。

 そのざわつきが収まる前に、電車は緋登美の目的駅へと到着する。


 「多摩川セントラル駅~。お出口は右側です」

 「(あっ!わたしも降りなきゃ……でも、犯人は?)」


 「多摩川セントラル駅」はエリア的には郊外だが、付近に大学や会社などもあるため、降車する乗客もそれなりに多い。

 降車を控えた乗客たちの体制や分布図が変化したことで、緋登美はようやく自身の体の向きを少し、変化させることに成功する。


 そしてようやく、自分を触ることができたであろう「容疑者候補」たちを視界に捉えた。


 立ち位置から考えて、可能性があるのはわずかに三人。

 ひとりは、スーツに身を包んだ若いサラリーマン風の男性。この駅で降りるつもりはないのか、扉とは逆方向に進むべく立ち位置を取り直している。

 次に、やや地味目な服装の大学生風の女性。同性というだけで容疑者から外すのは安易かもしれないが、基本的にはシロと考えていいだろう。

 最後のひとり。先ほどまでは確実に緋登美の左斜め後ろに位置していたはずだが、やや強引に扉方向へ進もうとしている五十歳台くらいのスーツの男性。

 

 明らかに「逃げよう」という意思表示を感じ取った緋登美は、先ほど考えていた「痴漢冤罪の危険性」が今度こそ、頭から完全にすっ飛んだ。

 

 「ちょ、そこの人!茶色いスーツのおじさん!さっき、わたしの……わたしのこと、さわったでしょ!!」

 

 触られていた部位を明言することこそためらったが、はっきりと容疑者を特定して糾弾する。

 女子高校生から糾弾を受けても、相手の男性は全く反応せずに扉付近へ進む。いまだ逃げ場のない車内とはいえ、すでに、緋登美との距離は二メートル近く離れてしまった。


 周囲の乗客は、痴漢冤罪の可能性を含めて面倒ごとに巻き込まれたくないのか、取り押さえるような動きをとるものはいない。

 

 停車した電車の扉が開く。


 素早く降車した容疑者の男性は、慣れた様子で乗車待ちの人垣をすり抜け、改札方向へと向かう人波に紛れていった。

 

「に、逃げないでよ、痴漢したっぽいおじさん!誰か、その人つかまえて!!」

 

 今度ははっきりと捕獲要請を出した緋登美だったが、少々タイミングが遅い。

 せめて車内、扉が開く前にここまで要請していれば、明らかに「新顔」の女子高校生の力になるべく協力してくれる乗客が現れた可能性もあった。

 しかし、すでに容疑者は人並みにまぎれて逃走。女子高校生が誰を指して「犯人」としているのかも容易には判断できず、下手をすれば自分が犯人にされかねない。


 慣れない満員電車から緋登美がもたつきながらも降車を完了するころには、すでに緋登美自身が容疑者を視認できなくなっていた。

 

 逃げられた―。

 緋登美がそう考え、がっくり肩を落として溜息をついた直後。


 数メートル先、駅改札へと向かう下り階段踊り場付近から、男性の「ぐわっ!」というくぐもった声が聞こえた。

 

 もしかすると、自分の要請を受けた誰かが、怪しい男性を捕まえてくれたのかもしれない。そう考えた緋登美は階段へと近づき、階下の踊り場を見下ろす。

 すると、確かに先ほど逃げるように降車した茶色いスーツの男性が片手を捕まれ、地に伏せるような態勢で押さえつけられていた。その周囲には、状況を避けるように人垣ができている。

 

 「こいつで間違いないか」

 

 男性を取り押さえていた少年は、いまだ階段の上部で捕獲の様子を眺めていた緋登美にはっきりと視線を向けて尋ねてきた。

 緋登美は慌てて二度、首を縦に振ったが、声を返すことができない。

 

 痴漢容疑者をとらえていた、その少年。


 一見して整った顔立ちで、中肉中背。緋登美がこの日から通い始める日ノ大多摩高の制服に身を包んでいたが、とりあえずそれらは気にならない。

 

 染め残しのない、きれいな銀一色の頭髪。さらりとした銀の前髪からのぞく、やや赤みがかった目。

 

 顔立ちそのものは日本人風なのにも関わらず、あまりに日本人離れしたその特長的なルックスは、イケメンであるとか同じ高校であるとかに気が回らなくなるほど、独特の迫力を醸し出していた。


 「一応、確認してくれ」

 「は、はい!」

 

 少年から近くに来るよう呼びかけられた緋登美は、容疑者が取り押さえられている現場へと恐る恐るとした足どりで近づいていく。

 異様な光景を立ち止まって見ていた降車客たちも正気を取り戻したのか、現場を気にした様子を見せながらも改札方向へと動き出した。

 

 ほどなく緋登美が現場に到着すると、少年に押さえつけられて茫然自失といった状態だったはずの中年男性が、キッと顔をあげて睨みつけてきた。

 

 「君!なんの証拠もなくこんな真似をして、許されると思っているのか!その制服は日ノ大多摩高だな。訴えてやるから、覚悟しておけ!!」


 実際に「こんな真似」をしているのは銀髪赤目の少年だが、男性ははっきりと緋登美に向けて恫喝を飛ばす。

 後ろから片手を極められる形で平伏させられているため少年を視界に捉えることができないことは事実だが、中年男性は後ろを伺おうとする素振りすら見せない。

 明確に、ただ緋登美だけを敵性認定した上でピンポイント爆撃してきた。


 だが、取り押さえている少年は、ある意味無視されていることを気に止める様子はない。

 

 「あれだけわかりやすく『逃げる』挙動をしておきながら証拠を出せ、とはおもしろい。いいだろう。女、おまえ、そのスカート着替えてきて提出しろ。それでおっさんの分泌液でも検出できれば、もはや言い逃れもできまい」

 

 淡々と緋登美に指示を出すその表情には、憤りも哀れみも感じられなかったが、言われた緋登美は正直、ドン引きしていた。

 

 「ぶ、分泌液!?て、てか提出とか検出とか言われてもさ……」

 

 生々しい単語が飛び足してきたこともさることながら、こんな事件(?)で警察がそこまで細かい検査などしてくれるはずがない。

「そんな、テレビドラマじゃないんだから」と某科捜研の女性研究員を演じる人気女優を頭に思い描きつつ緋登美がツッコミを入れる前に、慌てた様子で駅員らしき男性が改札方面から近づいてきた。

 

 「き、君たち、これはいったい……?と、とりあえず君、男性を放しなさい」

 

 駅員に指示されても、少年は男性を放さない。

 駅員の方は、独特の迫力を放つ銀髪赤目少年に少々気おくれしているようで、無理に彼を引き離そうとはしない。


 そして、少年は緋登美に確認をとるような目線を向けてきた。

 

 「捕獲はおまえの要請だ。離すべきかどうか、判断しろ」

 「えっ!?あ、うん、確かに頼んだのはわたしだけど」

 

 もはや手に負えない事態に困惑を隠せない緋登美。が、捕らえられている男性はここが勝負どころ、とばかり駅員にむけて騒ぎ立てる。


 「このガキ……小娘が痴漢だと言いがかりをつけてきたんだ。は、早くなんとかしてくれたまえ。このままではまともに話すこともできん!」


 今度は振り返って少年を含めて糾弾しようとする素振りを見せるも、結局すぐに対象から外したように振り返ろうとするのを止め、顔をあげて緋登美を睨みつける。

 先ほどの「科捜研発言」(緋登美命名)で明らかに少年を侮るような表情を浮かべた男性だったが、それでも少年と積極的に敵対するつもりはないらしい。


 自然、銀髪赤目少年と容疑者中年男性、駆け付けた駅員という三者の視線が緋登美に集まる。通学・通勤時間とあって足をとめて様子を見る乗降客はまばらだが、通りすがる人々も含め少なくない視線が緋登美に集まりつつあった。


 「い、いや、あの……うん。とりあえず、あとは駅員さんに任せよっか、うん。ほ、ほら、わたしたちもそろそろ学校行かなきゃだしさ」

 「わかった」

 

 少年はあっさりと手を放し、押さえつけていた男性を解放する。


 一方の緋登美。もはや、先ほどの「痴漢の逃げ得、許すまじ!」と果敢に捕獲指示を出した勇気あふれる心は、ボキボキに折れていた。

 初の通学満員電車に初の痴漢被害、その容疑者逃走劇から少年との出会い、各種やりとりに至るまでの出来事は、もはや十五歳の少女が勢いで処理できる範疇を軽々と超えていた。


 少年は黙って背を向けると、そのまま改札方向へと歩き出す。

 その堂々たる背中は「もはや終わった話」という彼の判断を悠々と物語っており、事情を聴くべく構えていた駅員が声をかける隙すら感じさせなかった。


 「あ!わたしも早くバス乗り場いかないと!!」


 去り行く少年を駅員とともに見送った後、緋登美も我に返る。

 本日は通学初日。学校行きのバスに乗り遅れたら遅刻は確実。これ以上、せっかくの新生活スタートを乱したくない、と思った。


 「き、君!君は残って、少し事情を……」

 「すいません!もういいから、学校行かせてください!それじゃっ!」


 駅員に別れを告げると、緋登美もバス乗り場へ急行すべく走り出す。

 改札を抜けるあたりで、後ろから「ガキが、このままで済むと思うなよ!」という中年男性らしき怒鳴り声が聞こえた気がしたが、「押さえつけたのわたしじゃないし、痴漢も今日のところは見逃してあげるっていってんのに、なに怒ってんだろ?」と呑気に考えつつ、振り返ることなくその場を走り去った。


 ごく普通の女子高生・多田野緋登美が「彼」、銀髪赤目の一風変わった少年・阿須田猟人(あすだろうと)と出会ったのは、こんな日常とも非日常とも言える、高校通学初日の朝の出来事だった。


 改めて投稿用に加筆・再編集したところ、「応募版」の粗が自分ではよく理解できました(笑)。そのうち届く選考側からの書評では、そのあたりを指摘されるかな……。最低文字数をクリアするためという目的もありましたが、「応募版」は無駄な状況説明が多かったので、制限が解除された「投稿版」ではバッサリ削ってみました。比較対象を提示できないので、完全な独り言(愚痴に近い)ではありますが。。。

 少しでも「おもしろそう」と思っていただけたら、今後もおつきあいいただけますと幸いです。

 それでは。

 

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