うさぎの王子様
小説家になろう『冬の童話祭2023~ぬいぐるみ~』企画参加作品です。
これは、昔々の、そのまた昔のお話です。
とある小さな王国に、王様と王妃様が暮らしていました。二人はとっても仲良し。
でも、いつまで経っても子どもには恵まれませんでした。
何年も何年も待って、二人のもとに小さな男の子が生まれます。
待望の王子様の誕生です。
雪のように色白で、とても可愛らしい王子様です。
王様も王妃様もとても喜びました。家臣も、国民も、それはそれは喜びました。
王子様の誕生に、国中がお祭り騒ぎ。
森の奥に住む魔法使いもお祝いに駆けつけます。
王様は国中の全ての家々に、王子様が生まれた記念としてリボンを贈りました。
真っ白な絹糸で織られた、とても繊細で美しいレース織りのリボンです。
贈り物が届けられた家々の人々は思いました。
「素敵なリボンね。でも、こんなに繊細で美しいリボンを誰が使うの?」
届いたリボンは余りにも綺麗過ぎて、人々は困惑します。
贈り物は使われること無く、大切に大切に仕舞い込まれ、いつしか忘れ去られていくのです。
少し大きくなった王子様は、王様に愛され、王妃様に愛され、家臣たちにも愛されました。
もう少し大きくなった王子様は、王様に甘やかされ、王妃様にも甘やかされ、家臣たちが手を焼くようになりました。
もっと大きくなった王子様は、王様の言うことは聞かず、王妃様の言うことも聞かず、家臣たちでは手が付けられない程のわがまま王子になりました。
見兼ねた魔法使いが、わがまま王子に言いました。
「貴方がこのままでは、この国が駄目になる。貴方は変わらなくてはならない!」
わがまま王子が、魔法使いに言いました。
「僕はこの国の王子だ。いつかはこの国の王になる王子だ。この国がどうなろうと僕の国なのだから貴女には関係ない。僕は王子だ、変わる必要などない!」
怒った魔法使いが、わがまま王子に言いました。
「貴方が変わらないのなら、私が貴方を変えてみせましょう!」
魔法使いがわがまま王子に向かって呪文を唱えると、一瞬で辺りは真っ白な霧に包まれ、王子は真っ白なうさぎのぬいぐるみに変わってしまいました。
雪のように色白で、とても可愛らしいうさぎのぬいぐるみです。
魔法使いは、床に転がっていた真っ白なうさぎのぬいぐるみを拾い上げました。
魔法使いは、うさぎのぬいぐるみを王子の部屋の窓辺に置くと、また森へと帰って行きました。
少しの間、王様は息子を探し、王妃様も息子を探し、家臣たちも王子様を懸命に探します。
もう少しすると、王様は探し物を忘れ、王妃様も探すことを忘れ、家臣たちは普段通りの生活を送っています。
もっと時間が経つと、王子様が生まれたことすら、いつしか忘れ去られていったのです。
窓辺のうさぎは、座ったまま動くことができません。ぬいぐるみなのですから。
真っ白なうさぎのぬいぐるみは、真っ白なシルクの美しい服を着て、真っ白なレースのリボンを付けています。
そのレースのリボンは、王様が王子様が生まれた記念として贈ったリボンです。
王子様は必死に訴えます。
「誰でも良いから、僕に気付いて!」
でも、その声は誰にも届くことはありません。ぬいぐるみなのですから。
何年も何年も過ぎました。
相変わらず王子様の部屋の窓辺には、真っ白なうさぎのぬいぐるみが座っています。
相変わらず王子様の声は誰にも届きません。
ある日、部屋の掃除をしていた使用人が、うっかり窓を閉めるのを忘れてしまいました。
夜になっても、王子様の部屋の窓は開いたままです。
大きな大きなフクロウが、開いたままの窓から部屋を覗きます。光る目玉で覗きます。
大きな大きなフクロウの光る目玉が、真っ白なうさぎのぬいぐるみを捉えます。
「ああ、やめてやめて。お願いだから、僕に気付かないで!」
フクロウはうさぎの王子様の耳を咥えると、窓の外へと飛び立ちました。
大きな大きな翼で、真っ暗な夜の空へと飛び立ちました。
フクロウが途中の木で休憩をした時、うさぎの王子様はフクロウから逃れようと必死に抵抗します。
動けないなりに必死に抵抗します。
それが功を奏したか、フクロウがもう飽きたのか、うさぎの王子様は木の上から落ちました。
下へ下へと落ちました。
リスがやって来て、地面に転がっていた真っ白なうさぎのぬいぐるみを引っ張ります。
サルがやって来て、地面に転がっていた少し汚れたうさぎのぬいぐるみを引っ張ります。
キツネがやって来て、地面に転がっていたかなり汚れたうさぎのぬいぐるみを引っ張ります。
真っ白で美しかったうさぎの王子様は、泥で汚れ、あちこち擦り切れ、ところどころ破けています。
小さな女の子がやって来て、すっかり汚れてしまったうさぎのぬいぐるみを拾い上げました。
小さな女の子は、キラキラした瞳で拾い上げたうさぎの王子様を見つめます。
そして、うさぎの王子様を大事そうに抱えると、走って家まで飛んで帰りました。
女の子はうさぎの王子様を洗って、乾かして、繕い、新しい洋服に着替えさせてくれました。
うさぎの王子様は、もう真っ白ではありません。
着ているものも、もう真っ白なシルクの服ではありません。
それでも、うさぎの王子様は少しだけ幸せな気持ちでした。
それから、また何年も過ぎました。
小さな女の子は、すっかり大きくなりました。
うさぎの王子様は相変わらず女の子の家で暮らしています。
いつでも女の子と一緒です。
王子様は今でもうさぎのぬいぐるみのままですが、それはそれで幸せだと思って暮らしています。
もうすぐ女の子の十五歳の誕生日です。
誕生日の日。
女の子のお母さんは、女の子のために美味しいケーキを焼いてくれました。
女の子のお父さんは、女の子のために新しい靴をプレゼントしてくれました。
女の子のお婆さんは、女の子のために真っ白なレースのリボンをくれました。
それは昔々、まだお婆さんが小さな女の子だった頃、お城に住む王様から家々に贈られた記念のリボンです。
何の記念だったかはすっかり忘れ去られた、とても繊細で美しいレース織りのリボンです。
女の子は美味しいケーキを食べました。
新しい靴を履きました。
それから、真っ白なレースのリボンを、大切な大切なうさぎのぬいぐるみの首に結びます。
すると突然辺りは真っ白な霧に包まれ、リボンを結んだうさぎのぬいぐるみは、王子様に変身しました。
王子様は、とても繊細で美しいレース織りのリボンを首に結んでいます。
女の子は王子様を見てとても驚きました。
うさぎの王子様も元に戻った自分の姿に、女の子以上に驚いています。
あの時、森の魔法使いは確かに言いました。
「誰かを大切に思い、大切に思われなさい。人に優しくし、人から優しくされなさい。そうすればいつか貴方は必ず変われる筈です!」
うさぎの王子様は、もうあのお城に帰ることはありません。
それでも、女の子と一緒に、ずっとずっとこれからも幸せに暮らしていくことでしょう。
おしまい。