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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
9/19

09 アミナ達の謁見

 詰め込みすぎた貴族教育も一旦休憩と言われ、一応の休暇を貰える事になった。


 そこで、ケンファーソンは昔からの従者であるロッドと共に逃げるように審判の森のそばにある小さな街に来ていた。


 その格好はくたびれた服に、肘や膝、尻、肩に補強の布を縫い付けた、ごく普通の一般人の服装に見える。その服の上にポケットの多いジャケットを羽織り、そこそこの冒険者風の出で立ちになっている。


 剣は無し。道具屋で手に入れた長めの鉈を入れた革製の鞘を腰に下げている。


 審判の森に入った際、長い剣は邪魔にしかならない。それを経験した結果の装備だ。同じような鉈を下げている冒険者もそこそこいる。


 ケンファーソンが聖域で手に入れた剣鉈は、国王陛下にコンパウンドボウと一緒に献上してある。


 あの剣鉈もステンレス製で、コンバットナイフ程ではないが、それでも剣をあっさりとへし折り、鎧を切り裂く事が出来る。ケンファーソンが持ち続けるのは危険な気がした。


 そして、完全に森のそばに出来た冒険者の為の街に馴染んだ格好の二人は、いくつかある酒場に入って安エールを飲んでいた。


 「ふぅ。こんな安エールが喉に心地よいとは、今まで思わなかった」


 「某も同じ意見です。上等なワインだというのは判るのですが、飲んだ気がしないと言うのでは意味が無いと始めて知りました」


 「まったくだ」


 先ずは情報収集だ。と言うよりは堅苦しい貴族社会から一時的に逃げてきた、と言う本音はエールと一緒に飲み込む。


 既に冒険者ギルドに依頼は出ているので、そろそろギルドから事前調査の職員が来る頃だ。


 依頼を受けて冒険者に丸投げする場合も多いが、なりたてとは言え子爵の依頼ではギルドとしては調査を蔑ろにするワケにもいかない。


 内容は感謝状を渡すだけ、という簡単な話だが、依頼を受けた冒険者が嘘を吐いた場合はギルドの権威に関わる。


 依頼の子爵は騎士爵上がりの成り上がりだが、バックはエルード・テイエン伯爵だ。アナローグ・ギーアを失権させて追い詰めた程の貴族を敵に回す事になったら、ギルド職員全員の人生が終わる可能性まである。


 今回、ケンファーソンはギルドの調査員がこの街に来る可能性を考えてここに来た。


 実際に調査員に会えなくとも構わない。アナローグ・ギーア討伐の時には見る事が出来なかったこの街を見るのが最大の目的だった。この街の冒険者がアナローグ・ギーアに雇われ、王国兵士と戦ったのだ。その事をこの街の冒険者がどう捉えているかが気になった。


 しかし、既に三十日以上も経過した現在、気にしていない、というよりは覚えていないと言う方が適切だろうと言う状況だった。


 傭兵となった冒険者は雇われた。ただそれだけだ。


 それはケンファーソンの心を軽くした。割り切った自己責任。それが冒険者だ。右か左か、進むか下がるか。その判断一つに命をかけるのが冒険者だ。アナローグ・ギーアに付いたと言う判断もその一つだったと言う事が、この街に着いて納得出来た。


 「まさか! 審判の森の調査を終えたのですか?」


 いきなりの声にケンファーソンは思案をやめて振り返る。


 「今、審判の森の調査と聞いたが?」


 「はい。某にも聞こえました。あ、あの者たちのようです」


 ロッドの視線を追えば、そこには制服を着た男達がいた。おそらくギルド職員だろう。そこに相対するのは女の冒険者だ。


 「ああ、多少時間がかかったが、まだ期日内のはずだろ? ギルド職員がこの街にいたのは都合が良い。帰還を確認してくれ」


 ギルドもまた定期的に審判の森の調査を行っているのは聞いている。なにしろ魔獣の素材を依頼する者は多い。どんな魔獣がいて、どのくらいの勢力を持っているかを、例え一頭の魔獣との接触であろうと、貴重な情報になる。


 ならば、審判の森を調査した冒険者を、ギルドは優遇しなければならない。ただし、本当に調査を行ったと言う前提が付く。

 もしも本当に審判の森に入り、数日以上滞在して森の状況を確認出来たのなら、貴重な戦力になり得る。


 ケンファーソンは、先ずは真偽を確かめ、真実そうであるなら取り込もうと考えた。


 椅子を蹴り、足早にギルド職員の近くに行く。


 「あ? なんで帰還を確認出来ないんだ? あたしたちが森から帰ったのを確認するのがギルド職員の仕事だろ」


 「ああ、だが今は新たな審判の森への依頼が来ている。審判の森から帰ったのなら、今一度森に入る依頼を受けないか?」


 「ギルドが契約違反をするのか? あたしたちは、アンタに見送られて森に入ったはずだよな? それはアンタが確認したはずだ。なのに帰還を確認出来ないとはどう言う了見だ!」


 「だから言ってるだろう。新たに貴族から森に入る依頼が来たんだ。それをこなす実力者が必要なんだ。お前たちが本当に森から帰還したというのなら、もう一度入るぐらいは出来るだろ!」


 「あんた馬鹿だろ! あの森が、一度入ったから二度目も入って、帰ってこれるなんて言える場所じゃない事なんか誰でも知ってる! 帰還を無かったことにしてもう一度入れなんてのは明確な契約違反だ!」


 少し離れた場所で聞いているケンファーソンにも、女冒険者の言い分の方が正しいと判る。だがギルドの立場も判る。実際、貴族から依頼を受けたが、ギルド所属の冒険者に依頼を受ける者はほとんどいないのだろう。王家の力も使えるテイエン伯爵からの依頼を完遂しなければ、ギルドに与えられた様々な義務免除の誓約も危うい。


 しかし、今回は明確に女冒険者の勝ちだ。


 さらに、この街は審判の森の傍らに出来た、審判の森を攻めるための街だ。この街で、ギルドが冒険者との契約を蔑ろにする現場を見せている状況そのものが悪手だ。ギルド職員はすぐさま謝罪して、契約が滞りなく追考される手腕を見せなければならない。でなければ、審判の森を攻める冒険者をギルドが集める事は不可能になるだろう。


 「アミナ、いや、お前たちはローグートの率いる冒険者たちだったな?」


 「別にローグートが率いているわけでは無い。アイツが勝手に動き回って契約を取って来ているんだ。おかげでコッチは大迷惑だ」


 「うるさい。お前たちは失敗して審判の森で死んだとローグートから報告があった。規約により、ギルドからはローグートに見舞金が支払われている。つまり、お前たちが死んでいないと言う事は、ギルド規定で、お前たちは契約を破棄したことになるんだ! 嘘の契約破棄の冒険者がどのような処罰になるか、知っているだろう。お前たちが汚名を濯ぐには、新たに森へ入らなければならないと言うワケだ!」


 とんでもない理論が飛び出した。


 女冒険者はギルド職員の監視の下に審判の森に入り、三十日以上かけて審判の森から出てきたばかり。それを、ギルド職員の判断では無く、同行もしていない仲間と称する者の判断で勝手に殺され、契約違反にされた。


 まずあり得ない話だ。


 「ほう。ちなみに、冒険者ギルドは正式にその申告を受理したのか?」


 「当然だろう」


 ギルド職員がしてやったりな顔で答える。


 「受理したのはアンタだよな? あんた、名前は何だったっけ?」


 「ふん。ギルド職員の名前も覚えられぬ浅学が。私はウッドキャリーの街のギルド職員、エーシエルだ。良く覚えておけ」


 「そこにいる、他のギルド職員も同じ意見か?」


 この女冒険者は出来る、と感じたケンファーソンだった。他のギルド職員を、この場の証人に仕立て上げた。だが、ギルド職員が同調したらどうするのだろうと、ケンファーソンは次の動きを待った。


 女冒険者の言葉に、他のギルド職員は動かなかった。


 「誰も何も言わない、って事は、それは冒険者ギルドの総意であると見て良いワケだな?」


 今度は女冒険者がしてやったりな顔で言った。既に勝ったという宣言かといぶかしむケンファーソン。


 「当然だ! 我々はギルドの総意で動いている! お前たちはギルドの契約違反者だ。大人しく従って審判の森の調査を受けろ!」


 ギルド職員がそう言った時に、酒場にいた冒険者が一斉に席を立った。全員がギルド職員たちを睨み付ける。


 「な、なんだ、お前たちは! お前たちは関係無い! 大人しく座ってろ!」


 「何言ってるんだ? 関係あるだろ。お前たちギルドは冒険者が命がけで帰って来ても、勝手に契約違反をしたことにして金を払わないと宣言したんだ。ここは冒険者の街だ。つまり、お前たちギルドは、この街の住民全てに喧嘩を売ったワケだ」


 女冒険者の物言いに納得した。いや。だからこそ、初めから大声で注目を集め、互いに知っているはずであろう契約内容を言って聞かせていたワケだ。しかもこの場にいる全てのギルド職員に確認を取っているし、このギルド職員の名前もしっかりと聞いている。


 ギルド職員に逃げ場は無い。まるでエルード・テイエン伯爵や国王陛下のようだと思った。


 だが、とケンファーソンは思う。


 真っ当な秩序が働いた空間ならば、ここで終わりだが、もしもギルド職員が全員逃げて、口裏を合わせてこの街の住民が謀反を起こしたと報告したらどうするのだろう? その謀反の張本人にされるこの女冒険者に勝ち目はあるのだろうか?


 しかし、ここでギルド職員は『逃げ』では無く、貴族の名を使った権力での無理強いを選んだ。


 「ええい! 今回の審判の森の調査は、あのテイエン伯爵からの依頼だ! お前たちに異議申し立てなど出来る立場では無い! しかもバックには国王陛下も付いている! 全員打ち首か、調査に行くか、今、この場で選べ!」


 本来であれば、貴族の名を出した段階で終わりだ。


 テイエン伯爵からの依頼というのも本当だし、貴族は見栄を張るから、ギルドに依頼を出したけど冒険者が謀反を起こしました、と言うのは醜聞になる。


 現状、テイエン伯爵にこの程度の醜聞で攻勢を掛ける貴族などいるはずも無いが、他の貴族ならばもみ消しに全員を殺してしまえ、と言う貴族もいた。つい、この間、王に嘘吐いて打ち首になったけど。


 「しかし、あの名前を出されては、動かぬワケにもいかぬか」


 そう傍らのロッドに呟いてから前に出るケンファーソン。


 「ちょっと口を挟ませて貰う」


 「誰だ貴様! 貴様もテイエン伯爵に逆らう下郎か!」


 ギルド職員のエーシエルは、かなり逼迫しているようで、すでに伯爵の手下の一人になりきっている。そんな風に自分を誤魔化さなければ、貴族の名前を勝手に出した自分の方が打ち首という事実から逃れられないのだろう。


 「私は陛下から騎士爵を賜っている者だ」


 「き、騎士ぃ?」


 まさか本物の貴族が来るとは思っていなかったのだろう。騎士爵が最底辺の、貴族からも貴族扱いされない場合がある位だとしても、上としての子爵や伯爵と繋がりが無いワケでは無い。


 もしも繋がりがあったら? そう考えて、ケンファーソンの格好を見て考えを変えない事を決定した。とても上の貴族と強い繋がりを持っているとは思えないと判断したためだ。


 「黙れ! たかが騎士風情が五カ国に特別処置を持って設立されし冒険者ギルドに逆らうか! 身の程を知れ!」


 「まぁ、騎士に言われたら、そうなるだろうがな。だが、今のうちに収めないか? 今ならお前の勘違いだったで住む話だ。伯爵様や陛下の名を出したと公に認められると、お前たち全員の身の破滅だぞ?」


 「ふん! お前の方こそ身の程を知れ! もう一度言うぞ! 身の程を知れ! こちらには伯爵家が付いてるんだ。新しく子爵様になった貴族の仕事なんだ。騎士が欠片も口を出して良い話じゃ無いんだ!」


 「お前が伯爵家の名前を出したから、私は声を掛けねばならなくなったのだがな」


 「使い捨ての騎士が何を言う! 名を名乗れ! 伯爵様にその名を挙げて、厳重なる抗議をして貰うぞ!」


 「ふむ。名か。ならば名乗ろう。我が名はケンファーソン・ホークネス。今はまだ騎士爵の身分だ」


 「ふん。どこかで聞いた事がありそうな、どこにでもありそうな名だな」


 ギルド職員のエーシエルはそう吐いて捨てる様に言ったが、後ろにいた別のギルド職員はその場に崩れ落ちてしまった。


 「? どうした?」


 「け、ケンファーソン卿?」


 「? そうだが?」


 「き、騎士爵?」


 「未だ陞爵の儀は受けておらぬ。必要な紋章や印が用意できておらぬ故」


 「け、け、ケンファーソン子爵! し、失礼しました!」


 崩れ落ちたギルド職員は、その場に土下座した。それはもう、頭を床にこすりつけるがごときに。


 「な、な、何を言っている。し、子爵、子爵様が、こんな所に、いる、いるわけが…」


 ついにギルド職員のエーシエルもケンファーソンの名に気付いた。


 「未だ子爵では無いと言っているだろう。だが、騎士爵の指輪なら持っているぞ」


 そう言って懐から指輪を出して見せるが、騎士爵の小さな指輪に掘られた印章を読み解ける者はこの場にはいなかった。


 「うそだ。嘘に決まってる。ケンファーソン子爵の名を騙る逆賊だ!」


 「ああ、私も最近は貴族になるための教育を受けていて、なかなか忙しないのだが、貴族の名を騙る者を許してはいけないと言う教えは何度も聞かされているぞ。私の寄親になったテイエン伯爵の名を騙った現場も見てしまったしな。本来であればこの場で切って捨てねばならぬのだが、冒険者ギルドが契約違反をしている事にテイエン伯爵の名を使っていたのでな。王都のギルドにて確認せねばならなくなった」


 「あ、あの、お、お許しを…」


 「今更それか? だから先ほど言ったであろう。お前一人の過ちで済む内に引いておけと。だがお前は引かなかった。さらに、後ろの同僚たちもお前を止めなかった。これにてお前たち五人全員を打ち首と処す事が決まったのだ。もしも抵抗するのなら、この処置はお前たちの家族にまで及ぶと知れ」


 ケンファーソンは淡々と言い切った。既に人間では無く、試し切り様の木偶人形にしか見ていない。


 五人のギルド職員も、その場にへたり込んで呆然としている。例え逃げても、冒険者ギルドが全力を持って五人を捕らえようとするだろう。おそらくギルド職員の大半が職を失う。その恨み辛みを持って、死なないようにありとあらゆる拷問が繰り広げられるはずだ。素直に連れて行かれた方がどれだけマシか判らない。


 「ロッド!」


 ケンファーソンが従者を呼ぶと、呼ばれた従者は既に人数分の縄を持ってやって来た。そしてテキパキと五人を縛り上げる。後ろ手に縛り、首に別系統で縄を掛ける。移動時に引っ張るのは首の縄だ。


 「えっと、ホークネス子爵。ご助力を感謝します」


 女冒険者が礼を言ってきた。


 「依頼を受けたのは王都の冒険者ギルドで良いのか? 書類を確認せねばならぬが?」


 「はい。それと、あたしたちを売ったローグートの処遇があるのですが」


 「ああ。実際に見舞金を受け取ったか、ギルドに書類があるはずだな。もしもあったら、こやつらと一緒の処遇で構わないか?」


 「あ、いえ。他の仲間たちにも似たような事をしている事も考えられますので、出来れば厳密なる捜査を、ギルドに言いつけて頂きたいと」


 「なるほど。単に殺すよりも借金を背負わせる方が良いか」


 ケンファーソンの先読みに女冒険者は軽く驚き、そしてにやりと笑う。互いに認め合った瞬間だった。


 「森から帰りましたが、あたしたちも冒険者としては限界になった事を感じたんで、王都に戻ったら冒険者は引退です」


 「そうか。審判の森はやはり険しいな」


 「はい。どこかで料理を出す店を出すつもりなんで、店が出来たらお礼をさせてください」


 「ははは。それは楽しみだ」


 「美味しいシチューをご馳走しますよ」


 その女冒険者の最後の言葉に、ケンファーソンは目を見開いて女冒険者を見た。そして暫く動かなくなる。


 「え? 子爵さま?」


 「あ、あ、す、すまん、そ、そうか、森の調査に入って、今日、戻って来たのだったな?」


 「? はい。そうです」


 「そうか、そうか、ふ、ふふふ、ふははははははは」


 ケンファーソンは笑った。腹の底から愉快だと笑った。人の目を気にせず、豪快に笑った。


 「子爵さま? おかしいですか?」


 「あ、ああ、何。私も、店には世話になったからな」


 そこで、今度は女冒険者が目を見開いた。


 「店、ですか?」


 「あのこまっしゃくれた小僧は健在であったか?」


 「ふっ、ええ、店長は、丁寧な言葉遣いで、いらっしゃいませ、と言って迎えてくれました」


 「くっくくくくくく。そうか、そうか。さてさて、この出会いも、あの小僧の悪戯になるのかが問題だな」


 「悪戯ですか?」


 「そうであろう? 色々とタイミングが良すぎる」


 「え? あー、うん。まぁ、あの場所ですからねぇ」


 「あの場所だからなぁ」


 互いに納得がいったようだった。


 「うむ。すまぬが、お前たちには是非とも話を聞きたい。とある方々が同席するが、どうしても必要な事なのだ」


 「それはまぁ、仕方の無い事と存じています」


 アミナも上の方を向いて諦めの表情を浮かべる。


 「料理屋をやりたいと言ったな。お前たちは静かに暮らしたいのだろう。それは出来る限り考慮する。だが、軽々しく対処出来る話でも無い」


 「それは判ります」


 「なにしろ、ナイフ一本でズタズタだからなぁ」


 「ですよねぇ」


 今度は二人で下を向いて溜息を吐いた。


 「では、少し待っていてくれ」


 そう言って、ケンファーソンは酒場のオヤジに金貨を五枚渡し、今いる客たちに酒を奢ってやれと言った。たちまち喧騒が起こり、その隙にギルド職員たちを外に連れ出す。そして二頭立ての荷馬車を、無理を言って買い取り、荷台の端にギルド職員たちを繋いだ。


 移動は五人とケンファーソンたちが馬車に乗り、犯罪者になったギルド職員たちは歩かされる。しかも、疲れても休憩は無し。荷台に座る事になる女冒険者たちが休憩を欲した時ぐらいしか休める機会が無い。さらに、もしも倒れても、自力で立ち上がらなければならない。そうで無ければ引きずられるだけだ。舗装も整備もされていない道だ。凸凹で硬い岩なども所々に顔を覗かせている。しかも縄は首に掛かっている。力尽きて倒れたらおろし金で削られる並には酷い事になるだろう。この時点で、賢い犯罪者は体力の温存を図って静かに従う。もしも喚いたのなら猿ぐつわを噛ませられるからだ。そうなったら呼吸困難で倒れる可能性も高い。


 そんな亡者のごときギルド職員を引き連れて馬車はゆっくり移動していった。もっとも、次の街で面倒くさいと言って簀巻きにしてから荷台に放り込む事になったが。


 ゆっくり移動したので王都までは七日かかった。


 先駆けに走ったケンファーソンの従者であるロッドの手配で、既にギルドでは聞き取り調査が始まっていた。書類関係はギルド職員には手を触れる事が許されず、テイエン伯爵の部下が細かいチェックをしていた。


 ただの貴族の調査員では無く、テイエン伯爵の調査だ。ギルド職員たちは皆涙目で言われたままに書類の場所を案内するしかなかった。


 そして王都のギルドで行われていた不正や裏帳簿が根こそぎ発見され、その状態だけでも職員全員の処罰が必要という事態にまで発展した。


 「何というか、かなり大事になったな」


 犯罪者としてのギルド職員たちはテイエン伯爵の手の者に任せ、女冒険者たちであるアミナたちと共に一足早く王都に戻ったが、そのギルドの喧騒にケンファーソンは呆れた。


 当然というか、何人かの貴族がギルドと繋がっていたが、それを指摘するかはテイエン伯爵に任せる事にした。


 アミナ達は数日間、王都の宿に逗留。宿代はケンファーソン名義でテイエン伯爵が出した。実はケンファーソンは未だ騎士爵のままなので、子爵としての棒給は受け取っていない。なのでテイエン伯爵が小遣いとして渡していた金を使っている。


 アミナ達を欺したローグートはあっさり捕まり、アミナ達以外の仲間内からも搾取の様な事をしていた事が発覚。その際、ギルド職員と共謀していた事も知られたので、本来はギルド職員たちと同じ処罰にして簡略化を図る所だった。


 この国でも法の下の平等などと言う理念は存在しない。


 王国内においては王が全てだ。王の言葉が法律であり、王の言葉が刑罰になる。それを代理執行するのが貴族になる。貴族でさえ代理だ。代理だが、既にギルドの事に関してはロッドからの連絡が来た時点でテイエン伯爵に全権が委譲されている。つまり、テイエン伯爵の寄子であり、今回の件の当事者の一人であるケンファーソンの発言がそのまま適用される。


 よってローグートは強引に借金により賠償をする事になり、通常の方法では返済が不可能と判断された借金負債者が収納される鉱山か炭坑に送られる事になった。


 実は借金に関しての規定は曖昧だが、金貸しが金を貸すのは担保がある分だけ、と言うのは既に確立している。返せるアテの無い金を貸す方が悪い、と言う理屈が通じる。これは貴族が金貸しから金を借りる事が多いので、金貸しが自然に身につけた規定だ。


 貴族に金を貸しても、返してやるからもっと金を貸せ、と言われてそれっきり、と言うのは当然のようにある。


 だから金貸しは物や土地などを担保に期日を切った契約を行う。そして、それは一般人においても適用される。だが、担保の物や土地が契約の価値が無い場合もある。その時に、契約に対する詐欺の罰として債務者が送られるのが鉱山や炭坑だ。


 低賃金の強制重労働だが、決して命の心配がある場所では無い。債務を取り返すのが目的なので、死なれたら大損だ。だが返済が終わるまでは決して逃げ出せない、と言う労役になる。


 ローグートはそこへ多額の借金で送られる事になる。


 おそらくだが、生きて戻るのは不可能だろうと言う金額なので、労役中に自死の可能性もあるが、その場合はゴミとして処理される事になる。


 ギルド職員と一緒に打ち首の方が良かった、と言うかは不明だが。


 冒険者ギルドは大騒ぎとなったが、この世界で冒険者ギルドを無くすわけにはいかない。


 街の直ぐ外に魔獣が跋扈する世界だ。一応街の周辺は数が少ないが、それでも流れてくる魔獣は後を絶たない。そのために国の兵士がいて、貴族も私兵を持っているのだが、当然の事だが数が足りない。なので冒険者ギルドが民間人でも戦えるようにバックアップを行っている。


 単純に民間人に戦えと言っても、命がけの戦いを好む民間人は少ない。なので、冒険者ギルドは魔獣の素材の活用を取り入れた。


 本来は薬屋なり、道具屋が個別に人を雇ったり、教育して、魔獣の素材を集めていたのだが、それをギルドが代行する事にした。さらに、依頼に関わる魔獣の危険度でランクを設定し、危険度の低い魔獣が関わる依頼は安く、危険度の高い依頼は高額の依頼設定を行った。


 さらに、冒険者ギルドに登録中であるならば、税金や街への入場制限の一部免除を国から勝ち取り、とりあえず民間人が冒険者ギルドへと登録しやすい環境を整えた。


 この処置で、とりあえず街に入って仕事を取り付けようとする人材を取り込む事に成功。それは仕事にあぶれた人を戦いの場へと誘導するのと同じ意味を持った。その試みは成功し、この世界は生き残るための均衡をほんの少し勝ち取った。


 しかし、年々冒険者は質を落とし、魔法使いやテイマーなどの特殊技能を持つ者たちの数も減り、勝ち取ったはずの均衡が危うくなってきた。


 それゆえ、ここで冒険者ギルドが一時的とは言え無くなるのは避けなければならない。


 一度失った流れは元に戻るのに時間がかかる。だからどこまでギルド職員の罪を厳刑させるかがポイントになる。当然貴族の名を利用して悪事を行っていたのだから、国に対する反逆を問わねばならないのは変わらない。そこの天秤をどう傾けるのかがテイエン伯爵の手腕と言う事になる。


 「いや、ホント、頭が痛いよ。貴族なんかが減っても大した事にはならないんだけど、冒険者が減るのは本気で拙い。どうにかならないか? クロード」


 「エルードに出来ない事がわたしに出来るワケが無いだろう。ケンファーソンの見つけた聖域帰りは何か持ってないのか?」


 「どうだろうね。先駆けの報告ではけっこう身軽だったらしい。それに料理人志望だそうだ。美味しい食事で冒険者が強くなると良いねぇ」


 エルード・テイエン伯爵とクロード王子の会話は愚痴の領域になりつつある。


 「元々は戦う人材の確保のための貴族階級だというのに、何という体たらくだ」


 「それを言われると、僕も身の置き場が無いんだけどねぇ」


 「貴族には兵役の義務が有るはずなのに、実際はどうだ? 雇っている兵士でさえ満足に戦った事が無いと言うじゃないか」


 「だよねぇ。しっかりとした兵士がもう少し多ければ、審判の森でも生き残れたかも知れない」


 「魔獣か。魔法を使う獣。対抗出来るのはやはり魔法使いか?」


 「いや。魔獣の使う魔法をほんの少しでも減らせれば、ほとんど普通の獣を狩るのと変わらないそうだ。問題はそのための道具、と言うか装備だねぇ」


 「ケンファーソンの持ち帰ったナイフで思い知った。わたしたちはナイフ一つでさえ、強く出来なかったんだ」


 「うん。それ。僕たちは全身鎧を身につけて勝ち誇っていた案山子だった。鎧が通用しなくなって焦っても、手も足も出ないでくの坊さ」


 「エルード。何か無いのか?」


 「正直、僕にもお手上げ。判ってはいたはずなんだけど、ここまで冒険者ギルドという組織が腐ってた、ってのはねぇ。ホント、ここは聖域の悪戯小僧に悪戯を期待するしか無いんだ」


 「聖域か。わたしはよく判らない存在を当てにするのは怖いんだがな」


 「聖域の悪戯小僧の悪戯は、人には優しいと思うぞ。でもまぁ、国とか貴族には厳しいかもな」


 「ああ、だからエルードは期待してるのか」


 「正解。もう少し風通しを良くして貰いたいもんだ」


 そうした愚痴話も幾度か繰り返した。そして一時的とは言え冒険者ギルドを任せられる貴族の選抜を始めるが、これは、と言う貴族がいない。エルード・テイエン伯爵の関係者は既に粛正した貴族領の立て直しに出向いており、手が足りない。得意の情報収集でさえ滞っている状態で、エルード・テイエン伯爵は手足を?がれたような感覚を感じていた。


 そんなやり繰りに奔走される中、ついにアミナ達との会合となった。


 場所は王宮。


 今回は王と王子、エルード・テイエン伯爵だけでは無く、宰相を始め、各種大臣達も部屋の隅に控えている。


 そして司会進行はもちろんエルード伯爵となった。


 「やぁやぁ。遠い所良く来てくれたね。僕がケンファーソンの寄親にあたるエルード・テイエン伯爵だ。気軽にエル君と呼んでくれたまえ」


 「呼べるワケが無いだろう」


 突っ込みはクロード王子が担当するようだ。


 「君たちが貴族とは縁遠い冒険者である事はここにいる皆様方がご承知だ。いきなり暗殺でもしようとするのなら別だが、一般的な話であれば無礼は不問になる。今までの私に対する話し言葉でも構わないと言うのは了承をとってあるので、気を楽に話してくれ」


 補足役はケンファーソンだ。


 「それは助かる。いきなり貴族の言葉で受け答えせよなんて言われたら、あたしたちは何も話さないで帰るつもりだったよ」


 そのアミナの返し言葉にエルードが反応した。


 「ほっほう。君はアミナとか言ったよね。アミナはこの状況で、何も話さず帰れると思っているんだ? あ、ああ、勘違いしないでくれ。本当に何も話さないで帰るとか言い出したら、僕は土下座してでも謝るつもりだから。でも、他の貴族とかだったら、それがどれだけ危険な言葉だと言うのは知っているんだろ?」


 貴族。それも伯爵が土下座して謝るとまで言った。その波紋は宰相たちにのみ広がったが、王族やアミナ達には微風のような物だったらしい。


 「うん。了解した。伯爵様が現実をしっかり見ているってのは判った」


 「ありがとう。じゃあ、ケンファーソンにも聞いた手順で聞いてみよう。あ、その前に、もし本当に城の兵士が取り押さえに来たらどうするつもりだった?」


 「まぁ最終手段だけどね。『店長』があたしたちに何も持たせていないワケが無いとは思わないか?」


 その言葉に宰相たちが立ち上がった。


 「陛下! 危険です。御退出ください」


 その宰相の言葉に壁際に立っていた兵士たちも動き出す。


 「黙れ!」


 渇っとした言葉だった。


 その言葉だけで宰相たちは動けなくなった。


 「はーい、はいはい。今動いた人たちは、全員退室してね。これは陛下と僕たちが予め決めていた事なんだ。たかがあんな言葉だけで動揺する君たちに、この場にいる資格は無いよ」


 エルードは立ち上がってそう言い放つ。言葉は軽そうだが、その目は笑ってはいなかった。


 「も、申し訳ありません。ですが、これもひとえに陛下の身を案じればこそ。どうかお許しください」


 宰相がその場に土下座したのに続けて、他の大臣達も陛下に対して土下座した。


 「宰相? 僕は退室しろと言ったよね? なんでそこで座ってるの?」


 エルードは冷たい目で土下座している宰相を見るが、宰相は陛下の方に向き直り、申し訳ありませんでしたと繰り返すのみだった。


 「デジルタ・フスタ宰相よ」


 そこに国王陛下が宰相に語りかける。


 「はっ」


 「退室せよ」


 「はぁ? い、いけません。謀反を企む可能性のある者と陛下を一緒にするワケにもいきません」


 「宰相よ。一つ聞くが、国王の言葉とはなんだ?」


 「そ、そ、それは、それは」


 そこで宰相は、自分が王の言葉に逆らっている事、そしてそれを王が怒っている事に気付いた。


 「我の目の前に、王の言葉に逆らう者がいるが、これをなんとするのが正しいか? 言って見せよ」


 「それは、それは、それは…」


 微妙な空気が場を支配した。エルードはもう一度退室を促すか、それとも別の方向に持って行くかを考える。ここは、一度出直しして貰って、別の場所で会う事にするか? と。


 「なぁ、伯爵様?」


 「え? なに?」


 いきなりの声かけに、思わず素で答えてしまったエルード。


 「なんか小芝居が始まったようなんだが、投げ銭とかいるか?」


 そのアミナの言葉に一瞬だけ呆然とする。まさか、貴族や王族に、そんな事を言ってくるとは思わなかった。


 「ぷっ、っくっくくくく、はっ、ははははははは」


 思わず大笑いしてしまうエルード。


 「はーははは。ま、全くだ。とんだ小芝居だよな」


 その物言いに、王も宰相も黙り込む。


 「アミナ。君はなかなか辛辣で素敵な事を言うじゃないか」


 「なに。店長の薫陶だ」


 「いいぞぉ。その店長には一度は会ってみたいもんだ」


 「あんただったら、店長から何を教わるかあたしも知りたいな。あたしたちはもうあそこに行く資格は無いみたいだしな」


 「結界だったか? もう入れなくなったのか?」


 「いや。特に感じるモノは無かったな。だけど、森を出たあたしたちには、あそこで教わる事は何も無いってのが判った。と言うか、もう、あたしたちには一杯一杯で、これ以上教わっても無駄になると感じたんだ。だから、あたしたちには戻る意味は無い」


 目を伏せ、悔しいと言う表情になる。他の四人も同じだ。


 「戻る意味は無い。か」


 「伯爵。それは私も感じました。あそこには、私はもう必要無いのだろう、と。もちろん『こちら』でするべき事は有るとは感じています」


 「それを、自然に感じさせる何か、があるというワケか。うん、だいぶ人の範疇を超えてきたな。宰相!」


 そこでエルードは未だ土下座している宰相に向き直る。


 「宰相。これは国だとか、国王だとかの存続なんかあまりにも小さな問題にしかならない、もっと大きな問題なんだ。それを君が邪魔しているのは、どう言う了見か説明できるかな?」


 「そのような戯言。私は認められません。国王陛下さえご無事であれば、そのような些事など、何の意味もありますまい!」


 そこでまた場が凍った。すでに宰相はアミナ達を詐欺師にしか見ていない。そのアミナ達と陛下を合わせ続ける事に反対なのだ。もう、どうにも動かない。


 「なぁ」


 そしてまたアミナが声を掛ける。


 「あたしたちが国の兵士とやり合っても逃げ延びる事が出来る、って言ったのを見せようか?」


 一瞬、アミナ達五人以外が、何を言ったのか判らなかった。暫くしてその言葉が頭に入ってくる。


 「それは貴重な手の札なのだろう? 最後まで隠し持っていて、持っているかも判らせないのが手だと思うのだが?」


 エルードの言葉に王族たちも頷く。


 「別にその手、一つというワケでもないさ。出ておいで、トリトリ」


 そして、いきなり人の胸ぐらいまである体高を持つ赤い鳥が現れた。


 どこに隠し持っていたのか、今までどうしていたのかも謎だ。


 「なんだこれは? いや、どうやった?」


 赤い鳥はアミナの手に頭を寄せて、アミナに撫でられるのを楽しんでいる。


 「これは従魔術という方法で契約してある神獣だ」


 「神獣?」「従魔?」


 「この子の本当の契約者は店長だ。今はあたしたちに貸し出されているだけ。何かあれば店長のところに帰ってしまう。だけど、まぁ、今はあたしたちを守るために戦ってくれる、と言うワケさ」


 「神獣と言ったね? なにか、その証拠はあるのか?」


 「証拠かなぁ? 戦う時、この子は嘴や足の爪で引っ掻くとかはあまりしないんだ。この子の武器は熱。鉄の剣なんかはあっという間に溶ける熱を自在に出すし、岩さえも溶かす事が出来るらしい」


 「それは凄いな。でも使い勝手は悪そうだ」


 「あたしたちを守るぐらいなら、そんな温度を出す必要も無いそうだ。誰か、消し炭になってみるかい?」


 その言葉をきっかけに、赤い鳥が炎の鳥に姿を変えた。赤く燃える炎だ。うっすらと向こう側が透けている。その炎の鳥を、アミナは素手で撫で回している。


 「ありがとね。また戻っていてくれるかい」


 その言葉で、赤い鳥はアミナの胸元に消えた。


 場が静まりかえる。


 そこで一番初めの復活したのはやはりエルードだった。


 「神獣か。初めて見たな」


 「店長のところにはまだまだいますよ。ドラゴンまでいるし」


 「どら…」


 「で? あたしたちは帰った方が良いかな?」


 あ、とエルードは思い出す。


 「宰相! 君は彼女たちを詐欺師か何かのように扱おうとしたな? 君の判断でこの国は滅びていた可能性があるわけだが、その責任はどう取ってくれるかな?」


 「あの、その、わ、わたしは…」


 「良いから出ていきたまえ。君がいるとこの国が滅びる」


 さすがに酷い言葉だが、宰相たちは言い返せなかった。そして宰相たちが出ていき、静かになった場で改めてアミナ達に向かい合う。


 「すまない。本当に酷い小芝居だったと思うよ。今の件のお詫びなんだが、君たちが所望する料理を売るための店を、こちらで用意させて貰うよ。もちろん、これは、今の宰相の無礼な態度のお詫びで、それ以外にもお詫びやお礼は用意させるからね」


 そう言って顔を国王と王子に向ける。その二人がしっかりと頷いた。


 「まぁ、貴族なんてのがあんなモノなのは判ってた事だしねぇ。あたしたちは得をしたと言っておくよ」


 「ありがとう。助かるよ。では、改めて仕切り直そう」


 「ああ、だけど、その前に喉が乾かないか?」


 「あ、そうか、お茶も出していなかったね」


 「お茶はこちらで用意する。見ていれば良いから」


 そしてアミナはシアラとエリスに顔を向ける。頷いた二人が小さめのリュックを手に持って一歩前にでると、その小さなリュックの中からテーブルが出てきた。さらに金属製の細々とした物が出され、並べられていく。


 「拡張箱か!」


 エルードが驚愕の声をあげる。リュック型の小さな拡張箱など聞いた事が無い。だが、五人は色違いだがお揃いのリュックを背負っている。もしやアレが全て拡張箱と言うのだろうか。


 テーブルの上に金属製の四角い箱が置かれ、その上に水の入ったケトルが乗せられる。


 すると瞬く間にケトルから湯気が立ち上る。


 「湯を沸かす魔道具!」


 魔道具は貴族所有の物や発掘品のオークションで稀に取引される。しかし、その大半が実用性に疑問がある物ばかりだ。なのに、目の前の魔道具は実に役に立っている。


 「あの魔道具はダイナが作ったんだ」


 「作った?」


 思わず会話が雑になるのを感じるエルードだったが、それどころの騒ぎでは無い。


 「ああ、ダイナは店長から手ほどきを受けて、魔道具の仕組みを教わった。基本的な事ばかりだって言う話だけど、後は自分で研究できるはずだ、と言われてたな」


 「信じられんが、目の前にあるから信じないわけにもいかんか。しかし失われた技術をどうやって…」


 そこで、今までボロが出るからとアミナに任せていたダイナが口を開いた。


 「元は、そんなに難しいネタじゃなかったそうだ。あたしも実際に教わってそう感じた。作る方法が失われたのは、そういうワザを隠し持って、自分たちだけが得をするように仕向けた連中がいたからだろうって店長が言ってた」


 「言われればその通りとしか言え無いんだがな。そ、その、魔道具を作る技術は、僕たちにも教えて貰っても良いのか?」


 そこでダイナはアミナを見る。アミナも頷いて、会話を引き継ぐ。


 「聖域では、物は金で買うか、魔石などの換金出来る物との交換になる。だが、教えて貰う、事には金は掛からない。ただで教えてくれる。しかし、ほとんどは言葉だけで、書いたモノを渡してくれるワケでも無く、手取り足取り、手本を見せながら教えてくれるワケでも無い。教えられて、覚えられなかったらそれまでだ。そして店長はこうも言っていた。教えられた物を、秘匿するか、占有するか、独占するか、教え広めるか、それはあなたたちの自由です、と」


 「何というか…、一見すると欲が無い様に見えるんだが、その実、とんでもない我が儘に思えるな」


 「店長は、あなたたちが教えられたモノを、どう使うか、どのように発展させるかが楽しみです、とも」


 「かっはっ! そいつは懐が深いワケじゃない。懐が広いんだ。この国なんか、懐の中に収まる程度なのかも知れん!」


 エルードは一気に息を吐き出してから、そう愚痴のように言葉に出した。


 「あつっ!」


 関係の無い所だったが、お茶の用意をしてたシアラが指先を火傷したようだ。


 「大丈夫?」


 一緒に作業していたエリスが覗き込む。


 「火傷だから、後から来るかも知れないけど…」


 「じゃあ、今、直しちゃおう」


 エリスはシアラに火傷した指先を前に出すように言って、その指を両手で覆うように合わせる。


 「父で有り母である創造神とその眷属である魔法神に誓いし思いを、癒やしの力に」


 呪文のような言葉を唱えるが、これはエリスなりの集中するための自己暗示的な言葉だ。


 その言葉が聞こえた後に、形容のしがたい『力』がエリスの手に集まるのを、この場にいた全員が感じた。


 「うん。ありがと」


 少し指先を弄っていたシアラがエリスに礼を言い、またお茶を入れる作業に戻る。


 「魔法使いか」


 まさか女冒険者のパーティに魔法使いがいるとは思わなかった。しかも若い。最近の魔法使いは修行が長く掛かるせいで若い魔法使いはいないという噂を聞いていた。


 しかも治癒の魔法は聞いた事が無かった。魔法というのは、相手を殺すためのモノとばかり思っていた。


 そんな目で見られているとは知らず、シアラとエリスはお茶の準備をすすめる。


 テーブルの上に、王宮でも見た事が無いような鮮やかな茶器が並べられ、小さなトレーの上に乗せられていく。そして茶器にサラサラと音を立てる黒っぽい小さな枝のような物が投入された。


 あそこには本来、緑の葉が投入されるはず。そう思ったが、二人はテキパキと作業を進め、お茶の入ったカップと小皿の上にクッキーを二枚、トレーごとに乗せて皆に配って回った。


 王と王子の横には小さな書類起きがあるので構わないが、エルードとケンファーソンの所には椅子しか無いので、小さなトレーごと渡されたのは良かった。直ぐに壁際に立っていた兵士が小テーブルを持ってきたが。


 「聖域で手に入れたお茶です。どうぞお上がりください」


 アミナに言われてカップを持つ。薄緑色のお茶だ。妙に濁りが無い様に見える。


 そして口を付けて驚愕する。


 「なんと深い味だ」


 それが王の一言だった。


 「お代わりもありますから言ってください」


 そして、本当の会合がここに始まった。


 結果として、アミナ達を除く全員が頭を抱えていた。


 一旦アミナ達には街の宿に戻って貰う。もちろん滞在費は貴族用の高級宿で王宮持ちになった。


 アミナは落ち着けないのは逆に困る、とか言ったが、ケンファーソンの何事も経験だ、こういう機会は見逃すな、と言う言葉で試しにと言う事で逗留が決まった。


 連絡係兼任の護衛はケンファーソンだ。ギルド関係者から貴族まで、余計な勘ぐりになるかも知れないが、安全を確保するにはケンファーソンの子爵予定の騎士爵はほどよい爵位と言えた。


 問題は、采配を取る上の者たちにある。


 アミナ達が初めての高級宿に着いた頃、会合が行われた談話室ではアミナたち以外の同じ面々が頭を悩ましていた。会合時には追い出された宰相たいもいる。


 「手を加えるのは、神殿が先か?」


 「神殿と魔法使いの関係は出来るだけ離したいが、やるなら同時じゃ無いと意味が無い」


 「どうせなら神殿の下部組織に正式にしてしまうのは? 手が足りないのだから仕方の無い処置ではあるだろう?」


 王子、伯爵、国王と、意見を言い合う。


 「魔道具工房は落ち着いてからやれば良いだろう。だが、やるならクリスギルドを潰す時だ」


 「魔道具の有用性は大きい。こいつは根本になる土台だ。無くちゃ話にならない」


 「やはり影響が大きすぎて任せられる人材がいない。テイエン伯爵。貴公には全体指揮を任せたいが、どの程度いけるか?」


 「まず冒険者ギルド関係なんだけど、丸投げして良い?」


 「ケンファーソン子爵は使えないのか? 確かに貴族教育はまだまだだろうが、相手が冒険者ギルドなら関係ないだろう?」


 「生真面目な騎士様だからねぇ。貴族のドロドロした内情を搦め手でひっくり返す手腕を持てるかどうかを見極めたかったんだけど」


 「出来そうだと思って投入すると、重荷になって潰れてしまう、なんて良くある話ですけどね」


 「王子様からそんな話が出るとはねぇ」


 「よせよエルード。わたしも結構多くの人を使う様になったんだ」


 「なら、その人材の中で使えそうなの紹介してくれ」


 「皆生真面目なんだよ。この宰相たちを見て判ったんだけど、見ている範囲が狭すぎる。国の中が安泰なら、国の外がどうなっていようと関係無いと、平気で言えてしまう。それに、そこまでの力量しか無いのもあるんだろうな」


 「僕も世界なんて言われてもピンとこないんだけどね。でも、この現実で、どうしてそこまで呑気にしていられるのか、ってのはつくづく思うよ。冒険者が足り無い? なら増やせば良いだろう。とかって、さも当たり前に言うんだぜ? そんな事を言う貴族の頭の中には、一体何が入っているか、かち割って確かめたいよ」


 「それは同意見なのだが、いくらかち割ってもわたしたちの仕事が減るわけでは無いのが辛いよ。うん。冒険者ギルドはケンファーソン子爵に一任しよう。まぁわたしたちがフォローする事を前提にすると言えば、引き受けてくれるだろう」


 「どうせなら、彼女たちにケンファーソンのフォローを頼むか?」


 「彼女たちとの相談は必要そうだが、名誉男爵の地位と棒給でも付ければやってくれるだろうか?」


 「もし彼女たちが嫌がってこの国から逃げ出したら、この国はお終いだしな。なら少しは巻き込んだ方が良いかの知れん」


 「彼女たちが置いていった、金策用はどう思う?」


 王子は、アミナが置いていった数本の酒が気になるようだ。特に飲みたいとは思わないが、それがどの程度影響力を持つのかは知りたいと考えた。


 「ふむ。宰相! テーブルと椅子を出して座ってくれ」


 そして給仕係を呼ぶと木製のコップを持ってこさせる。金属製のコップは全て確認する事にした。


 開けるのは気になっていた清酒。清らかな酒、と言う名前が気になっていた。


 少し特殊だという開け方は聞いている。素手で千切れるという金属製の封を切って、コルクのようなモノ、と言う栓を抜く。これだけでも中々貴重な体験だと思う。今の王国には、これと同じ封を作る事は出来ないだろう。


 取り除いた金属製の封も取っておいて検証にまわす。


 そして栓を抜いた清酒の瓶を傾けて、用意されたコップに注いでいく。


 伯爵が手ずから酌をする事はどうかと思う給仕係だったが、酒ならば厳密な事は言われない。手酌で飲む貴族も結構いる。


 「聖域で手に入れた酒だそうだ。陛下に飲んで頂く前に、君たちが毒味をしてくれないか?」


 宰相たちに向かってそんな事を言うテイエン伯爵だが、既に陛下や王子、そして自分用にも用意し終わっている。


 既に陛下の不興を買っている身なので毒味係でも甘んじて受けるつもりだが、三人の態度を見ると、毒味が必要無さそうにも見える。この伯爵なら毒味も無しにそのまま飲んでもおかしく無い雰囲気だ。


 宰相も、その毒味で少しでも汚名を雪ぐ事が出来ればと、コップを手に取り中の液体を飲み込む。


 「え?」


 確かにコップの中の液体を飲み込んだ。口の中に入った感触もあった。喉を通った感覚もあった。


 でも飲んだ気がしない。


 まるで水を飲んだようだ。


 いや、水でさえこれほどすんなりと喉を通らない。


 本当に何を飲んだのかも判らなかった。


 「え? え?」


 ただ単に呆然とした。


 「宰相? どうした? 答えよ」


 陛下が声を掛けた事で現実に引き戻された。


 「あ、あ、失礼をいたしました。ですが、その、飲んだ気がしなかったモノで」


 「「「?」」」


 皆が互いを確認しあう。


 「宰相? もう一杯いけるかい?」


 エルード・テイエン伯爵が清酒の瓶を掲げる。


 「はい。失礼しました。今度はしっかりと味を確認いたします、ゆえ」


 再びコップを手に取り、今度こそはと冷静になってゆっくりを口に近づける。


 「見ると本当に水のように透明であります。ですが濃厚な酒精も匂いから判ります」


 口に付ける。


 「口に当たる肌触りも心地よく、これが穀物から出来ている事を感触で教えてくれます」


 そして口に含む。それから嚥下。


 「はっ。こ、これは、本当に酒なので有りましょうか? この味わい、後味まで、私が今まで飲んできた酒とは比べものになりません。これは神の飲み物なのでは無いのですか?」


 宰相の物言いに伯爵たちはやっぱりという納得の顔をする。


 「彼女たちが店長から聞いた言い分だと、これは人の作った一般品らしい。まぁその作ってる場所がどこかは聞いていない。神の世界よりも遠いかも知れないそうだ。だけど、人が旨い酒を造るために、数十年、数世代に渡って研鑽を続けてきた結果であり、似たように研鑽を積めば僕たちにも作れる可能性はあるそうだ」


 「これが作られると」


 「でも、甘いよ。宰相? 数十年、数世代にも渡る研鑽が必要だった、と言ったよね。だから、これと同じ物を作ろうとしたら、同じだけ苦労しないとならないワケだ」


 「おおう、おお。これは遙か将来の酒ですか」


 「そう。だけど宰相は…、まぁいいや。じゃ、毒味はすんだようだから僕たちも飲んでみよう」


 エルード・テイエン伯爵はそう言ってコップを傾けた。


 そして後悔する。


 「やられた。飲むんじゃなかった」


 「うん。これも聖域の悪戯小僧の仕業って事でいいんじゃないかな」


 「こんな酒がある事を知ってしまった。僕たちは知らない、と言う時には戻れない」


 「まぁ、我慢は出来るから、少しずつ飲んで気を散らし、再現できるように頑張るしか無いんじゃないかな」


 「まったくだ」


 旨かった。今まで飲んだ酒を、どうして今までは平気で飲めていたのかが不思議になる程の価値観の崩落だ。これからは、今まで飲んでいた酒を飲む事が苦役にさえなると感じられた。


 「ちきしょう。この酒を他の貴族に飲ませるなんて、考えただけで頭にくる」


 「確かに、数が少ないからねぇ」


 「クロード。妙に落ち着いているな。あの酒が合わなかったのか?」


 「飲む前に覚悟を決めていたからね。でも、正直、飲まないで利用できたら良かったと後悔しているよ」


 「ふむ。そこまで落ち着いていると、なんだか悔しいな。良し、今度はブランデーとか言うのを試そう」


 そして再びコップが配られた。


 「今度は鮮やかな琥珀色か。匂いがきついな。酒精は相当ある感じだが」


 王子の感想は皆の意見と同じだった。


 そして皆がチビリと舐めるように飲む。


 「この国を捨てて、この酒を造っている国に行くのと、この国でこの酒を造れるようになるのと、どっちが早いだろうな」


 エルードの感想は、皆の感想にかなり近いモノだった。貴族が国を捨てて、などと言う発言は不謹慎過ぎたが。


 結局、酒は王が全て買い取る方向に決まった。そしてエルード・テイエン伯爵により、酒と茶の生産を国を挙げて行う事も直ぐに決まった。


 問題は作り方だ。


 茶の方はニベルという草木だと言う事は聞いた。だが酒の方は曖昧だ。


 「だから酒の造り方を聞きに、聖域に人を行かせなければならない」


 「だけど、簡単に行ける場所でもないだろう?」


 「だからこその魔法と魔道具だろう」


 「あっ」


 「何が店を出すための金策用だ。完全に撒き餌じゃないか」


 エルードは乱暴な口調で悪態を吐いているが、その表情は楽しそうだ。


 「だが、その魔道具はどう使う? あの携帯型魔石コンロは冒険者どころか、貴族社会でも引く手あまたの品になるのは見えているが」


 「ああ、後は料理道具とか洗濯道具とかだったな。悪戯小僧もなんであんな道具を中心に作らせたんだろう。拡張箱の方が便利だったはずだが」


 実は少量の酒を運ぶ用のため、少量サイズの拡張箱を使っていた。本格的に金策に利用する用の酒は別の拡張箱に入れてあるが、それはまだお披露目していない。


 「拡張箱か。もしもわたしが愚かな貴族だったら、それだけで彼女たちと戦争になっていたかも知れない」


 「ああ、影響力が強すぎるか。僕たちが隠そうと思っても、絶対に騒乱に陥るな」


 「わたしたちが信用できない、と言うよりは、人族全体が信用されていないのだろう」


 「魔法も土地の改良や癒やしで格を上げないと治療魔法を覚えさせて貰えない、とはな」


 「わたしはその仕組みには感謝しているよ。おかげで国力の増強が出来そうだ」


 「結局僕たちはまだ悪戯小僧の手の平の上で転がされている状態か。だとすると、まだ何か解決策が用意されているはずなんだが。後は、何かあったかな?」


 「あー、えーと、テイムストーンというのが有ったな。彼女たちが持つ神獣は捕らえられないけど、魔獣ならテイム出来るという」


 「それも、僕の価値観とは異なるんだよなぁ。馬を持っていて馬に乗れる騎士が、馬の魔獣を飼って、大きく得をするか? 多少は体力があるとは思うが、捉まえる労力や維持費とかを考えたら結局損じゃないのか?」


 「どう使うか、なんだろうな。まぁ、これはいくつか手に入れてあるから、実際に行って検証するしかないか。魔法使いと魔道具制作者が揃わないと出来ないなんて、わたしは結構期待してるんだけどね」


 「実証か。いくつか…、あーいや、さっさと彼女たちに店を持たせて、そこでやって貰った方が良さそうだな」


 「それは賛成。彼女たちの作る食事がどれほどのモノか、直ぐにでも確かめたいんだ」


 「なら、あー、確か王都にアナローグ・ギーアの屋敷がいくつかあったな。差し押さえてあるが、アレを使うか」


 「場所はどうなんだ? 貴族が馬車で行くような場所じゃ、彼女たちは納得しないだろう?」


 「いや。確か、貴族街と商業街の間に、無駄にでかい庭の屋敷があったはずだ。庭園を造るわけでも無いのに、広い土地を無駄に使っていると見せびらかしていたな」


 「そんなのがあったのか。王都の街としての発展に役立たない宰相モドキだったなぁ」


 「良し、面倒だから、もうあそこに決定という事にしよう。早速、使いを出して、どんな間取りの店にするか聞きに行かせて、さっさと取りかからせよう」


 そして、アミナ達が使う事になる屋敷の改造費用などは王宮が持つ事になり、その費用については宰相が滞りなく回す事になった。


 ケンファーソンはアミナ達の護衛から外され、エルード・テイエン伯爵の責任の下で冒険者ギルドを再編を指揮する事になった。その際、アミナ達に相談役を頼むようにも指示。必要ならアミナ達五人を名誉男爵にすると言う条約も加えた。


 「ああ、宰相。言っておく事があった」


 とりあえず纏まったから、一度解散してそれぞれで精査、と言う段階でエルード・テイエン伯爵が宰相に呼びかける。


 「はい。伯爵」


 「彼女たちは貴族の血筋でも無い一般庶民だ」


 「はい。存じております」


 「その一般庶民に情けを掛けて貰って平然としてんじゃねえぞ」


 そこで一気に怒声を込めた。


 「な、情け、ですか?」


 「ああ。それは私も感じました。例え家とは距離を置く事になったとはいえ、国の政治に関わる宰相が貴族としての品格を無くして良いわけがありません」


 王子もまた吐き捨てるように宰相に言う。


 「うむ。我も情けなく、恥ずかしく思ったわ」


 王もそう言い、部屋から出て行った。出ていく順序は、王、王子、伯爵の順だ。それを呆然と見送る宰相たちだったが、最後に宰相の目に良からぬ光が灯ったのは誰も気付かなかった。

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