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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
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08 騎士爵から子爵位へ

 アナローグ・ギーアはローワン王国で二人いる宰相の内の一人だった。


 本来宰相は主君を補佐する役職の最上位にあたるため、基本的には一人と決められている。しかし、新王となり新しき宰相を決める際、強引にねじ込んで宰相の位を勝ち取った。


 その手腕は悪辣で、後に判明する事になるのだが、旧大臣達の親族の半数が謎の病気に陥り、その治療薬はギーアの所領にしかないと言う噂が流れた。しかも絶滅を危惧される希少種という事で、ギーア領から持ち出す事を禁じていた。


 治療を行うためにはギーア領に長期滞在する事が必要となり、それはすなわち体の良い人質と同じであった。


 アナローグ・ギーアにとっては、特に自らが招いたわけでも無く、貴重な薬を融通してくれと頼まれたから、などと述べていたが、その見返りは宰相への推薦だったのは誰の目にも明らかだった。


 状況証拠は黒。しかし証拠が無い。


 それを問えば、新国王が推薦した宰相であるデジルタ・フスタによる陰謀論だと叫ぶ始末で、旧大臣達の声もあり、アナローグ・ギーアの支配がドンドンと進んでいった。


 そろそろデジルタ・フスタの失権の話も出てきた頃、動けぬ王であるローワン・レイスタ・アブレスに代わって王子の一人であるクロード・アブレス・ローワンが動き出した。


 動くと言っても、やはり公に活動する事は出来ないため、親友であり伯爵位を持つエルード・テイエンを頼る事になる。


 そしてエルードによる、かなり強引な捜査が始まった。


 エルードは、この捜査に失敗した場合、伯爵位そのものを失うどころか、テイエンの名が王国史から消える覚悟を持って事に当たった。


 その捜査には、全く関係の無い貴族の借金から始まり、必要性を疑うばかりの多くの情報がエルードの元に集まった。しかし、エルードはそこから一本の筋道を見つけ、わずか一月でアナローグ・ギーアへと辿り着いた。


 ほぼ一週間。書類の山に埋まりながらも新しい情報を欲するその姿は鬼気としたモノを感じた、と言う小間使いも多かった。


 そして各貴族ごとの犯罪名簿が出来上がり、それは見事に整理されていたという。


 その情報が全て出てしまうと、それだけで王国は崩壊するとまで言われた資料は、エルードの頭の中と、屋敷のどこかに封印されている、と言う噂もあった。


 結果としてテイエン家はローワン王国最強の貴族となったが、エルードはアナローグ・ギーアを追い詰める事のみに使い、その他の情報は秘する事を決断した。しかし、王国に危機が迫る時は、遠慮無く使うとも公言した。


 果たして自分の情報をエルードがどの程度持っているのか? それが判らぬ内は手が出せない、となり、結果として他の貴族からは距離を置かれる事になった。


 エルード自身は、煩わしい事が無くなったと喜んでいたが。


 そしてアナローグ・ギーアの断罪が始まった。


 アナローグ・ギーアに下った公爵などは結果として孫に家督を継ぐ事になって王宮から姿を消す事になった。旧大臣達もまた、人質を取られていたとはいえ、その天秤のはかりに王国の未来を乗せたと言う罪により家名を奪われた。


 アナローグ・ギーアは持っていた私兵と共に逃げ延びようとするが、半数以上が裏切り、換金できる物を持って逃げられた。残ったのは、逃げても結局は野盗などに堕ちるしか無い荒くればかりとなったが、審判の森の側にある街で傭兵を募る事にして、国を出て小さな街に向かった。


 審判の森は、普通の人間が入ったら直ぐに魔獣に喰われて消えていく事になる、最後の場所だ。


 自殺志願者か、大金に魅せられた冒険者以外、その森の中の様子を知る者はいない。


 しかし魔獣の素材は大きな金額になる事もある。なので入る冒険者は後を絶たない。


 そのため、審判の森の直ぐ傍らに、そんな荒くれ冒険者の為の街が出来た。


 宿、食事、酒、女、そして武器や防具と道具類。たったそれだけの為の小さな街だ。だからこそ、真の猛者が集まる場所でも在る。


 アナローグ・ギーアも残り少ない金を使って猛者を雇う事に成功し、追っ手となる王国軍と事を構える地を審判の森とした。


 完全な背水の陣ではあるが、王国軍を退けた後に審判の森周辺の街を統べて、再起を狙うならコレが最後の手だった。既に逃げ延びて安泰な人生を求めるつもりは無くなっていた。


 返り咲くか、死か。


 実は完全に敗者の理論に囚われているのは、本人には判らない話だった。


 金で雇われた荒くれ冒険者は良い仕事をしたのだろう。だが、正規軍は数もさることながら、正当性という最大の武器を持っている。

 雇われた傭兵だから本来は罪一等減じられるはずだが、今回は国家転覆の主犯であるため一切の減刑も無く、抵抗した者はすべからず死罪とした。


 これはエルード・テイエン伯爵の計画であり、始めから絶滅を目的とした陣を弾いた。


 そのため、奴隷堕ちでも生きていればと投降した荒くれ者も多かった。さらにエルードは投降した傭兵でも、『敵兵』をその場で倒せば罪一等を減じると大音声で通告した。


 コレによりアナローグ・ギーアに雇われた傭兵達の士気は激減。いつ、後ろから刺されるか判らない状況で戦う事になり、街で雇われた傭兵達は惨敗を喫した。


 そしてアナローグ・ギーアは側近だけを連れて審判の森に逃げた。


 公衆の面前で晒されながら首を落とされるよりは、魔獣に喰われた方がマシだ、と言う言葉を聞いた者もいたが、実際はどちらも嫌だからこそ逃げたのだろう。


 エルードは既に残党狩りの体を成している王国軍から離れ、後は頼むと公爵に指揮権を渡した。伯爵の自分が公爵を指揮下に置いておくのは拙いという判断だ。


 そして公爵に率いられた王国軍は、部隊を細かく分け、審判の森でのアナローグ・ギーア探索を命じた。


 コレには早々に現場を離れたエルードが後悔する事になる。


 せっかく生き延びさせた王国軍は、探索によって半数が帰らぬ結果になったからだった。


 この後、この公爵家も孫に家督を継がせる事になり、現王国に対する公爵家というご意見番がいなくなった。


 コレもまたエルードの策略と噂されたが、実際はエルード自身がかなり後悔して落ち込んでいたのを王族だけが知る事になる。

 「やるなら公爵だけだろう。当然だ」

 と言う言葉が全てを表していた、と言うのはクロード王子の言葉だ。


 そして公爵の命を受けた子爵の部隊も突入を命じられ、騎士爵のケンファーソンらが、私兵を率いて突入する事になる。突入を命じられたのは一千五百の兵団。しかし、森の中ではまとまりを維持する事も困難。


 いつしか部隊はバラバラになり、そのほとんどは魔獣に喰われた。


 ケンファーソンも何人かの敵兵を森の中で討ったが、結局は方向を失い、最後は三人だけで彷徨う事になった。


 実は討った敵兵の中にアナローグ・ギーア本人がいたのだが、三人は誰もそれに気付かなかった。


 結局、誰にも見つからずに屍さえも森に消えていく運命か。そう覚悟したが、もしも屍が見つかった時を考え、せめてもの武勇にと魔獣の魔石を集めて行った。


 金額的には大した事はないが、どんな魔獣を倒したかは魔石から想像が付く。


 そして幾日が経過したかも判らなくなったある日。遂にソイスが怪我と疲労で倒れた。ソイスは置いていってくれと願ったが、どうせなら同じ場所で朽ちましょうとロッドが肩を貸して歩いた。


 既に武器となる物は手元には無い。皆空腹と疲労でいつ終わっても不思議では無い。助かるために歩くのでは無く、歩いた事で安楽な死が待っているのでは無いかと期待する程だ。


 どちらに向かえば街へと戻れるのか。


 それさえも不確かなまま、藪をかき分けて進むと、突然森が途切れた。


 そこは静かな空間だった。


 緑の芝が地を覆い、爽やかな風が頬を撫でる。


 いつの間にか死出の旅路に出ていたのか。そんな気持ちもしたが、中央にある見た事も無い形式の屋敷から子供が歩いてくるのを見ていぶかしむ。



 そして、ケンファーソン達三人は、審判の森から帰還を果たした。



 既に部隊は王都へと帰っており、出迎える物は誰もいなかった。しかし、本当に審判の森を彷徨っていたのか、と疑いたくなる程にケンファーソン達は元気に森を出てきたと、森の傍らの街の住民は言う。


 それから数日後。ケンファーソン達は一度自宅に戻り、身だしなみを整えてから王都へと向かった。


 ケンファーソンは騎士爵であるため、所領も無く、その爵位は一代限りだ。国からの棒給として子爵から生活費を貰う立場になる。騎士爵の上の立場として男爵位もあるが、騎士爵と同じように名誉爵位と呼ばれるが、一応貴族の扱いになる。


 しかし、ケンファーソンのような騎士爵は、手柄を揚げた兵士、と言う扱いである。


 今回、審判の森から帰還した事を子爵に手紙で伝えると、その報告を王都にて聞くとなった。通常ならば詳細を手紙で送れ、と言う一言で終わるはずなのだが、今回は指揮を執った公爵が兵を無駄に死なせた罪で更迭されたため、生き残った騎士を労う事で体裁を保つのだろうと予測された。


 報告を行う場所も王宮となった。


 ケンファーソンは悩んだ。果たして真実を報告しても良いのだろうか、と。


 子爵を始め、王都の貴族にとって、聖域の何でも屋は魅力的に映るはずだ。すると、当然、そこにある物を全て奪い尽くせという風潮になる。


 表向きには交流を持って王国に向かい入れる、と言うお題目になるのだろうが実質は略奪だ。


 騎士として、命の恩人である者に対して恩で報いず仇で返すのかと、自分を責めた。しかし、騎士としては報告に嘘を混ぜる事も厳禁だ。


 わずかとは言え長年苦しまされてきた古傷は癒えて微かな痛みも無くなったと言うのに、今度は胃が痛いと腹を押さえるケンファーソンだった。


 しかし無情にも時は流れ、ケンファーソンは王宮への門をくぐっていた。


 案内の兵士に先導され、唯一の生き残りである三人が初めての王宮を歩く。騎士爵を貰った時は書面一枚だったので、王宮に上がるのは人生初だ。


 緊張の中、手荷物を預けて礼服を着た身一つになる。実は懐に武器を隠し持っているが、コレは反逆の意図があっての事では無い。


 そして一度控え室で時間が来るのを待つ手筈だったのだが、何故か別の兵士に先導されて王宮の奥へと導かれた。田舎者のケンファーソンでも、そのエリアが大臣クラスしか入れない政治中枢に関する場所だというのが判る。


 そして通されたのは談話室のような、雅だが落ち着いた感のある部屋だ。そこには三人の貴族がゆったりとした椅子に座り数名の兵士が壁際にて警護していた。


 「ケンファーソン・ホークネス騎士。お呼びにより、ここに登城いたしました」


 訳がわからないが、とりあえず自分が始めに名乗るべきだろうと声を出してから周りを見る。そこで始めて、奥に座る人物がローワン王国国王で有る事に気付いた。


 すぐさま跪いて頭を下げる。


 もしもここにいるのが貴族だけであったのなら、先ほどの名乗りで良かったが、相手が国王であるなら、単なる騎士爵のケンファーソンは膝を折り、顔を直接見る事も叶わないと言う状況だ。


 ケンファーソンが膝をついたので、後ろの二人もすぐさま膝を折る。


 「し、失礼いたしました! 何分、礼儀もわきまえぬ田舎騎士故、無礼をいたした事、謹んで謝罪申し上げます」


 「ははは。いやぁ、ごめん、ごめん。僕の方こそ、何の説明してなかったねぇ。いや、ほんと、いきなりここに連れてきちゃったしねぇ」


 ケンファーソンの謝罪に答えたのは、三人の内、一番手前に座っていた若い貴族だった。


 「テイエン卿。少々悪戯が過ぎるのでは無いか?」


 ローワン王国国王、レイスタ・アブレスがエルード・テイエンを窘める。さらに、国王の横に座っていたクロード王子がケンファーソンに謝罪する。


 「ケンファーソン卿。エルードが悪戯をしたようですまなかったね。ここは非公式の場という事になっているから、顔を上げて楽にして欲しい」


 ここで、本当に顔を上げて楽な姿勢を取る程、ケンファーソンは無学では無かった。この場合、跪きながら後ずさりを少し行い、楽にしました、と見せるのが通例だ。


 「あー、ダメダメ。クロードも判ってないよなぁ。こういう場合は、しっかり命令しないとならないんだよ」


 そう言ってエルード・テイエンが立ち上がり、跪いているケンファーソンに向かって声をかけ直す。


 「わたしはエルード・テイエン伯爵である。騎士ケンファーソンに命じる。立って、そこの椅子に座り、我らと談笑の時を共に過ごす事を命じる」


 そこで、目の前の男が噂のエルード・テイエン伯爵である事を始めて知った。しかし、伯爵位とは言え、国王との差は大きく、国王を差し置いての命令を騎士が軽々しく受ける事は出来なかった。


 しかし反論も許されない立場の差がある。ケンファーソンは跪いたまま動けずにいた。


 しまったなぁ、と言う顔をで国王を見るエルード・テイエン。そこで国王がケンファーソンに改めて声を掛ける。


 「ケンファーソン卿。ここでは無礼は不問にいたす故、椅子に座って我らと少しばかりの話をしてくれないか?」


 そこでようやくケンファーソンは立ち上がり、エルードの勧める椅子へと座った。他の二人はケンファーソン座った椅子の後ろに、護衛のように立っている。


 「では、改めて、ケンファーソン卿、此度はよくぞ生き残り、審判の森より帰って来てくれた」


 「うん。僕はあの時、実際に指揮を取っていたんだ。卿たちを死地へと向かわせたのは僕の責任でもある」


 「いえ。あの時、公爵への配慮から指揮権を渡した事は聞き及んでおります。決してテイエン閣下が死地へと向かわせたのでは無い事は皆が承知しておりました」


 「ありがとう。でもね、僕はその可能性を知っていたんだ。まさかとは思ったけど、今考えてみるとやっぱりと思ってしまう。やはりアレは僕のせいでもあるんだ。ケンファーソン卿。そして死んでいった者たちに対して言いたい。本当にすまなかった」


 そこでエルード・テイエンは椅子を立って、ケンファーソンに向かって頭を下げた。国王と王子も、言葉は出さないが、目を伏し、頭を下げる。


 それを見たケンファーソンの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。


 「そ、そのお言葉を、き、聞き、し、しん、死んでいった、者たちも、………」


 その後は言葉にならなかった。ケンファーソン自身、どんな言葉も合わないと思った。


 そしてケンファーソンとその二人のお付きの、抑え込んだ嗚咽だけが聞こえた。


 「申し訳ありませんでした」


 しばらくの後、王の前で無様に泣いてしまった事を詫びる。


 「今回のこの事は、僕がどうしても、と言う事で強引にこの場を設けて貰ったんだ。ケンファーソン卿には突然の事で驚かせてしまって申し訳ない。そして、聞いてくれてありがとう」


 「うむ。ケンファーソン卿の審判の森での活躍は他の者たちもいる公式な場で、と言う事なる。我らもその場にて聞かせて貰うから期待しているよ」


 国王が締めくくりの挨拶を始めた。後はまた国王と一騎士という関係に戻るだけだ。


 だからこそ、ここが最後のチャンスとケンファーソンは顔を上げた。


 「申し上げます!」


 大声で言い、そして椅子を立ち、その場に膝を付ける。騎士としての片膝立ちでは無く、両膝をついての土下座に近い格好だ。


 突然の大声に声も無く黙ってしまう三人。


 「申し上げます! 本来ならば公式な場にて報告しなければならない話なれど、どうしても欲に目が眩みそうな者たちには聞かせられない事があります。本当に、本当に、これは我の我が儘でしかありません! ですが、我には話したく無き事があります。不躾で失礼千万は重々承知なれど、どうか、この場にて聞いて貰いたい事があります!」


 土下座状態で、床の頭をこすりつけての嘆願だった。


 「僕たちには話せるけど、他の者たちには聞かせられない話、って事?」


 そう聞くエルード・テイエン伯爵。なにしろ、ここには国王と王子、そして国王の懐刀とまで言われるエルード伯爵までいる。どんな報告でも、この三人の誰かには必ず到達するのだ。それが、この三人には話せるが、他の者には話せないとは、どんな内容なのかと興味が湧く。


 「何卒、内密にする検討をお願いいたします。ご検討頂き、その後、内密にする価値が無いとなれば、全てを受け入れる所存です」


 「ふむ。面白そうだね。先ずはしっかり検討する事を約束しよう」


 「有り難き幸せ」


 「じゃ、そんな格好ではやりにくいから、とりあえず座って」


 「いえ。このままで」


 「おや? まぁ、そのままで?」


 エルードが国王と王子を見る。その二人も、エルードの視線を受け、頷いた。


 そしてケンファーソンが審判の森に入った所から話が始まる。


 途中、逆賊アナローグ・ギーアの手の者を討った時の話は、エルード・テイエンが事細かくその者たちの衣服や身につけている物の特徴を聞いていた。


 そして聖域に到着。その内容を聞き、三人は事の重要性を思い知った。


 「なるほど。これは、簡単には話せないよ。ほんと、ここで会っといて良かった」


 「本当ですね。父上、いえ、陛下、これは王国の存亡の危機だったかも知れません」


 「うむ。ケンファーソン卿には、先ずは礼を言わねばならんな。して卿よ。何か証拠になるような物は無いか?」


 そこでケンファーソンは、壁際に立って、ひたすらに静かに警護していた兵士を二名をそばに呼ぶ。そして剣を抜かせ、もしもケンファーソン自身が謀反を企てるそぶりを見せたら、構わず首を刎ねろと言っておく。


 そして、床に跪いたまま礼服の上着を脱ぎ、そこに隠し持っていたコンバットナイフを取り出して床に置いた。


 「これは聖域にて譲って頂いたナイフで有ります」


 そう言って、跪いたまま後ろに下がり、ナイフから距離を取る。


 それを見て国王が兵士たちを下がらせる。もう、ケンファーソンの謀反の兆しは無い、とした。


 そして先ずはエルード・テイエンがナイフを手に持ってみる。


 「うわ、刀身が真っ黒じゃないか」


 そしてケンファーソンは、警護の兵に、訓練で使っている、折れても構わないが、それでも鋼で出来ている剣を持ってきてくれと言う。それに頷いた国王の指示で、一人の兵士が走った。

 王の命令なので、訓練用だが新品の剣を持って来た。


 ケンファーソンが跪いたまま、剣を横に持つ。右手は柄、左手は剣の先になるが、訓練用なので刃は無い。素手で横にした剣を掲げ揚げる様な格好になった。


 「その剣で、この訓練用の剣に刃を合わせてください。念のため、思い切りお願いします」


 もしもケンファーソンが持っている剣を落としたら、上から振り下ろしたナイフがケンファーソンの頭をかち割ると言う位置だ。しかしケンファーソンは躊躇わなかった。


 策謀家だが実際に剣を振って命のやり取りをした経験は無いエルードは、少し興奮してその誘いに乗った。そして振りかぶり、足を踏み出し、ナイフを振り下ろした。


 結果は、抵抗らしい抵抗も無く、エルードはナイフを振り下ろしていた。


 「え?」


 ナイフと剣がかち合ったら、どちらかが力負けするだろうと予測していた。おそらく実戦経験の無い自分がナイフを弾かれて、終わるだろうと。

 そして、剣に食い込むナイフの形で、ナイフが特別な物であると照明したかったのだろうと考えていた。


 しかし、結果は違った。


 振り抜いたナイフは手元にあるし、ケンファーソンの持った訓練用の剣は真っ二つだった。


 いや、ケンファーソンのデコも深く切られている。ぱっくり開いた傷口から、あれはおそらく頭蓋骨だろう「白」が覗き見えている。


 「ケンファーソン!」


 「お見事でした。エルード伯爵」


 「な、何を言っている! それよりも医者だ! おい! 誰か直ぐに走れ!」


 「お待ちをエルード伯爵」


 そしてケンファーソンは礼服の内ポケットから四角い箱を取り出す。蓋を開けると小さな粒が入っていた。ケンファーソンはそのうちの一粒をつまむと軽く飲み込む。


 「これで大丈夫です」


 そして、国王を始め、部屋の兵士までが目を見開いて見つめる中で、ケンファーソンのデコの傷が消えていった。


 跡には滲み出し始めていた血が微かに残ったが、ケンファーソンのお付きのロッドがハンカチを渡すと、直ぐに拭って消えた。後には真っ二つになった剣が残るのみだ。


 「も、もしや、ヒールタブレットか!」


 ようやくエルード伯爵が声を上げた。


 それに気付いて国王も身を乗り出す。


 「私が知る物とは効果が違い過ぎます!」


 王子も興奮冷めやらぬ表情で言う。


 「これもナイフと同様、聖域で交換できた物になります。審判の森を脱出する際、いくつか使用しましたが、大いに命を救われました」


 そして、ナイフと残ったヒールタブレット、そしてスタミナタブレットを国王陛下に献上すると宣言した。


 「これは狂乱を呼ぶ危険な物であります。一介の騎士風情が持つには、いささか分に合わないと存じます」


 そこで三人はまた沈黙した。


 「なるほど。これはケンファーソン卿で無くとも思い悩む。いや、嬉々として話して回る馬鹿の方が多いかな」


 エルード伯爵はナイフ片手に、もう片手には真っ二つになった剣を持ち、剣をナイフで削っていた。まるで木を削るように剣が削られていく。


 それを見て部屋にいる誰もが顔を青くしていた。


 「つまりは、聖域には手出し無用と言う事か」


 国王がまとめて言うが。


 「しかし何らかの接触はあった方が良いでしょう」


 「いやいや、答えは出てるって。その店長さんは言ってたんだよね? いらっしゃいませ、って」


 「それがどうしたと言うのだ?」


 「聖域に入れるかは別だけど、来たければいくらでも来てください、って意味だと思うよ?」


 「僭越ながら、わたしも同じ考えです」


 ケンファーソンエルード伯爵の意見に同調する。


 「ずいぶんな悪戯っ子じゃないのぉ」


 「お前とどっちが質が悪いかな」


 「言ってくれるねぇ、って思うけど、自分でもそう思うよ。くっくっく」


 王子とエルードが仲の良いやり取りを始めるが。


 「それと」


 とケンファーソンが追加情報を出す。


 「まだなんかあるの?」


 「ヒールタブレットの作り方も教わりました」


 その言葉に、エルード伯爵は持っていた剣を取り落としてしまった。


 ヒールタブレットは太古の時代から続く怪我を治す最高の手段だ。しかしその製法はクリスギルドという一組織が握っていて隠匿され続けている。ギルドによると貴重な素材を使い、多くの労力を使っているので作るだけでも赤字だと公言し、その数も年間に数個の割合だった。酷い時は純度の高いヒールタブレットが出来上がったのでオークションに掛けます、などと言ってくる時もある。


 この世界は魔獣がはびこる世界だ。それ故、いつ大けがをするかも判らない。


 しかし貴族と名が付けば戦いの場に出る事は義務になる。例え戦場の一番手前で守られていたとしても、その戦場に出ないという選択肢は無い。


 それ故、貴族はヒールタブレットを求める。例え必要なかったとしても、予備を求め、手元に置きたがる。クリスギルドはその弱みにつけ込んだとも言える。


 巷だと、ヒールタブレットはおとぎ話の中だけの物で、その存在すら疑問視されている程に数が出てこない。


 故にクリスギルドは多くの貴族に強い権力を持っている存在だ。クリスギルドだけは、エルード伯爵の捜査でも弱点を掴む事が出来なかった組織だった。


 もしも本当にヒールタブレットの作り方だとしたら、その優位性が根本から崩れる事を意味する。


 そして、ケンファーソンはその聞いた製法をここで発言した。


 それは検証が成されていない未知なる内容だ。だが、検証が不可能なモノでは無かった。


 「は、ははは、ははははは。そうか、魔石が安いのは奴らの仕業という事か」


 色々なしがらみに納得の線が繋がる。エルード伯爵は全身から力が抜けるのを覚えた。


 「クロード。僕は悪戯っ子としては温かったようだぞ」


 「私はその程度でも熱すぎると思ったのだが、上には上がいるモノだな」


 「うむ。ケンファーソン卿。此度は、本当に感謝する。この内容は国の根本を変える程のモノだ。よくぞ我らに相談してくれた」


 「もったいなきお言葉です」


 そして、これからのケンファーソンの処遇について話し合われた。


 今は子爵の下に付いているが、下手に誰かの下に入れたままだと後々不都合が出てくる場合もある。何しろ聖域を知る数少ない人物だ。ケンファーソン自身の処遇でもって、こちらへの態度を決める可能性さえある。


 そこで子爵の下からエルード伯爵の下へと移す事になった。これは国王とエルード伯爵に考えがあるそうだ。そしてケンファーソンにはヒールタブレットの作り方の検証と、聖域の調査要員として動いて貰う。これは、実際に聖域に再び行け、と言うワケでは無く、その指揮をしたり検証するためだ。


 調査員が嘘の報告をする場合もある。なのでケンファーソンの検分が必要と言う事になる。


 「あとは、子爵たちに聖域の情報をどう流すか、だな」


 「当面は極秘にはしないのか?」


 「いや。どうせケンファーソンを引っ張ってきた時に疑念を残す余地がある。なら、初めから聖域の情報を知るケンファーソンを取り込んだ、と知らせてしまった方が良い」


 「つまり、聖域の事はしっかり教えてしまうワケだな」


 「ああ。子爵たちはこぞって聖域に人を送り込むだろう。だが聖域の悪戯小僧の言い分なら、誰も聖域に到達できないはずだ」


 「聖域の悪戯小僧、ねぇ。言い得て妙だが、どこまで出来ると思う?」


 「おそらく、王国と喧嘩しても余裕で勝てる、と見ているだろうな」


 「おいおい」


 「審判の森の真ん中に店を構えてるんだ。森の魔獣なんか怖くも無いだろうし、もしかしたら手足のように操れるかも知れん」


 「魔獣の魔石を買い取ったのもフェイクだと?」


 「操れるからいくらでも手に入る、と言うワケでもないだろう。それにケンファーソンたちの実力を測ったのかも知れん。侮れんよ」


 「お前が言うと、もの凄い説得力があるな」


 「説得力ついでに、僕の仮説を言っても良いか?」


 「うっ、言うんじゃ無かった。しかし聞かないわけにも行かないだろう。で?」


 「聖域の悪戯小僧は、王国に喧嘩を売ってるんだ」


 「どう言う事だ?」


 「殺し合いのドロドロした戦争というわけじゃ無い。だが、王国自体が崩れ去る可能性がある。あくまで予想だがな」


 「どういった理屈でそうなるんだ?」


 「簡単だろう? 宝に目が眩んだ連中が魔獣の森に突っ込むんだ。これを諫められる力量を王国が示せなければ、王国の中身はスカスカになる。幸いなのは、他の国が攻めてこないって事だが、これも聖域の悪戯小僧の考えの内かもな」


 「もしもの場合は、他の国も聖域の宝を奪う事に必死になるか」


 「鎧さえ切り裂くナイフだぞ? 全身鎧の騎士をいくら集めた所で、斥候一人にさえ勝てるか判らん。ナイフ一本で我が国の戦力は総崩れさ。そんな聖域を横に見て、我が国を攻める周辺国は無いだろうな。我が国に攻めてきたら、聖域との接触を果たされて逆転された、なんて間抜けにも程がある。まずは聖域を抑えるのが先決、としか考えないだろう」


 「やめだ、やめだ。考えれば考える程、どんどん憂鬱になってくる。先ずは聖域と友好関係を結ぶ事だけを優先しよう。そのためには子爵たちをどの程度抑えるか、だが」


 「欲に目が眩んだ連中はほっとけば良い。聖域の悪戯小僧も、そんな連中が行った事さえ気にしないと思うぞ」


 「そうだな。ケンファーソン卿。聖域との橋渡し役をよろしく頼むぞ」


 「はっ、微力ながら全力を持って当たらせて頂きます」


 そして、その場にいる兵士には箝口令が敷かれ、ケンファーソンたちは改めて時間調整用の部屋に通され、謁見の儀となった。


 当初は会議室で行うはずだったが、人数が増えたという言い訳で正式な謁見の間を使う事になった。


 まず国王がケンファーソンに労いの声を掛ける。そして、報償として男爵への陞爵が発表された。


 報告を受ける前に褒美があると言うは少しおかしな話ではあるが、今回は公爵の不祥事を誤魔化す意味もあるので、こういうモノかと思う貴族が大半だった。


 そしてケンファーソンの報告が始まる。その報告を適切に誘導するのはクロード王子だ。本来であれば王子が行う事では無いが、ほぼ強引に進行役を奪ってしまった。そして、アナローグ・ギーアの残党狩りの話になった。


 「その者たちの身につけていた物はどのような物だったか覚えているか?」


 ケンファーソンが嘘偽り無く答える。


 そこで少しザワつきが起こる。


 さらに討ち取った残党の一人一人の特徴を聞いていく。そして顔つきや髭の付き方、話し方へと質問が変わる。


 「話し方は判りませんでした。我らを見たとたん悲鳴を上げて逃げ惑うばかりでしたので。最後は無理矢理前を向かせて討つしかありませんでした」


 ケンファーソンの答えに場が静まる。おそらく、この場にケンファーソンが討った賊を知っている者がいるのだろうとケンファーソンは考えた。


 「ケンファーソン卿が討ち果たした賊に関して、知っている者はいるか?」


 クロード王子が列席者に向かって聞く。それに対して、幾人かが手を挙げる。そのうちの爵位が一番高い者が王子に答えた。


 「我が思いまするに、その賊はおそらくアナローグ・ギーア本人であったと考えまする」


 そして二番目の爵位の者が追随する。


 「我も同じ考えです」


 そして三番目以降の者は挙げた手を下ろした。異論が無いと言う事だ。


 「なんと。ケンファーソン卿は逆賊の討伐を見事果たしたと言う事か」


 国王陛下が感嘆の声を上げる。


 「おお、素晴らしき成果である」


 「おおー」


 そして拍手が巻き起こる。


 そしてケンファーソン自身は『王宮とは狸の巣窟と言われていたなぁ』と虚ろに考えていた。


 そして男爵に陞爵したのも束の間、子爵への陞爵の話が出た。これがエルード伯爵が考えた子爵からケンファーソンを引き剥がす手段なのだろう。


 爵位とは基本的に命令系統を示す。上から下へと命令を下すルートになるわけだが、そこで同じ爵位が二つ並ぶのは都合が悪い話になる。

 この場合は子爵の子という立場が、上の伯爵の子という立場に変わり、今の子爵と肩を並べると言う事になる。


 そこで、一度伯爵にケンファーソンを頼むと国王陛下が命を下す。


 ケンファーソンの手柄に子爵は喜んでいたが、それがいきなり自分と肩を並べる存在になった事に不満を持つ子爵だったが、国王陛下が直に言った言葉に異議を唱えるワケにもいかず、子爵は沈黙を守った。


 そして、国王陛下は王子に指示して、ケンファーソンへ報告の続きを話させる。


 ついに審判の森の聖域の話になった。


 驚きと疑念の声が上がる。陞爵された事に味を占め、さらなる作り話を話しているのだろうといぶかしむ声が聞こえる。


 「では聖域で手に入れたと言う短刀をここに」


 王子の命令で、皮の鞘に収められたコンバットナイフが赤いビロードのような布をかぶせた盆の上に乗せられて来た。


 それを見た子爵が声を上げる。


 「それは、我が家に伝わる伝説の宝剣ではありませぬか?」


 さらに別の伯爵が声を上げる。


 「いや、かつて我が家が所有していた魔法剣と似て申す」


 この声を聞いて、エルード伯爵が見えない位置で拳をぐっと握り込んだのは、誰も気付かなかった。


 「ほう。この聖域で手に入れたという短剣は、その方が所有していた物とな?」


 「はい。間違いありませぬ。かつては我が家にあって、災難を振り払ったと言う伝説の宝剣であります」


 「いや。子爵は何か勘違いをしておりまする。アレは我が家にあった魔法剣に違いありませぬ」


 二人の老齢に片足を踏み込んだ男達がそれぞれ主張する。


 これは一種の出来レースだ。片方がやはり違いましたと言えば、ならばやはりそれはこちらの物だ、と主張する。よほどケンファーソンの手柄が羨ましかったのだろう。この一瞬で、この二人が共闘するとは思わなかった、とエルードは感心した。


 実際は子爵だけのスタンドプレーだったが、それを伯爵が利用しただけだ。


 「ふむ。間違いないのか? この問題、もしやもすると王国を揺るがす大事となるが、その方たち、その家名を持って断言出来るか?」


 国王陛下が、自分の物だと主張するなら、家の名前を掛けろと言う。普通ならここで引き下がるか、安全な逃げ道を捜すはずだが、よほどケンファーソンの陞爵が気に入らなかったのか、子爵は下がらなかった。


 「もちろんでございます。我が家の家宝に間違いありません」


 「家宝と申すか。ゴルナス子爵の言う家宝の事、レーバ伯爵は知っていたか?」


 レーバ伯爵はゴルナス子爵の親の立場になる。この場合の親というのは、直接の上司と言う意味になるが、面倒を見ている部下というよりは支配的な立場になる。

 さらに、レーバ伯爵は新たに子爵になったケンファーソンの直接の親になる事になったが、ゴルナス子爵の親でも有り、少し複雑な事になったと顔をしかめる。


 「いえ。ゴルナス子爵の親ではありますが、子爵の家に家宝の短剣があるなどとは、ついぞ聞いた事がありませぬ」


 「当然でございます。我が家に家宝があると知られれば、伯爵に取り上げられる事は明白。我はこの立場で有り、逆らえぬ事を鑑み、命をかけて秘しておりました。それがいつしか盗まれ申した。この思い、家宝を持つ者としてはお判り頂ける思いかと」


 ここに来て、ゴルナス子爵が親である伯爵を売った。


 言葉には出していないが、言外にレーバ伯爵の犯行である可能性まで言ってのけた。


 「レーバ伯爵。その方、子の家宝を取り上げておるのか?」


 「そのような事は決してありませぬ! それはゴルナス子爵の策略で有ります。ゴルナス子爵! この場でのその物言い、覚悟はよろしいか?」


 「何をおっしゃいます。レーバ伯爵が子の持つ宝を取り上げているのは周知の事実。この場を持って、我は伯爵の罪を糾弾するものです!」


 国王の問いにレーバ伯爵とゴルナス子爵がぶつかった。エルードはこれがどんなシナリオになるのか興味を持ったが、あの様子を見ると行き当たりばったりなようだ。


 ケンファーソンが持ってきた短剣を自分の魔法剣だと主張した別の伯爵、ナーブ伯爵と、ゴルナス子爵が繋がっている可能性も出てきた。これを機に、ゴルナス子爵はナーブ伯爵に乗り換えるつもりかも知れない。


 「静まれ」


 レーバ伯爵とゴルナス子爵の喧騒に国王が一言。その一言で二人は静かになる。


 「まずはゴルナス子爵。その方の家宝であると言う短剣はこれに間違いがないか?」


 「間違いありません」


 「では、ナーブ伯爵。同じ事を聞く。これはその方が所有していた魔法剣に違いないか?」


 「間違いありません」


 「では聞く。ゴルナス子爵よ。その家宝の短剣とは、どのような物なのだ? 事細かに説明して見せよ」


 「はい。その柄は鈍く、黒く、そして固く、いかなる攻撃をも弾く頑強な柄でございます。そしてその刀身は鏡のように輝き、日の光を反射した時はまばゆく七色に光ったとあります」


 「短剣だが、なにか特別な能力を持っていたか?」


 「いえ。素晴らしき輝きを持ち、切れ味も良い方ですが、しょせん我が家に伝わる家宝。我が家の災難を振り払った剣ではありますが、王家の方々の目にとまる力はございません」


 「そうか。ではナーブ伯爵。魔法剣と申したな。どのような魔法を使えるのだ? よもや、どんな魔法を使えるのかは不明、などとは申さぬよな?」


 上手い。とエルードは感心した。ナーブ伯爵の逃げ道を無くし、ならば結局子爵の家宝だったと言う裏の駆け引きも潰した。


 「はい。その柄を握り、呪文を唱えさえすれば、その切れ味が上がり、銀色に輝く刀身がどんな魔獣をも切り裂いたとあります」


 「そうか。その方らの言い分は判った。その言葉、家名を掛けて誓えるか?」


 「誓います」


 「誓いまする。しかし陛下、一つ申し上げたい事がありまする」


 「なにか?」


 「魔法剣とは言え、所詮は短剣でありまする。その柄を交換されては、違う物となってしまいまする」


 「ほう。すると、その魔法剣は、柄を交換出来るのか?」


 「出来まする」


 「我の知る魔法剣は、柄も含めての魔法剣であったがな。その方の持っていた魔法剣は柄が抜けるのか」


 「もちろんでございまする」


 「最後にもう一度聞く。この短剣はその方たちの物に相違ないか?」


 「はい」


 「もちろんでございまする」


 「ではゴルナス子爵。その方がこの短剣を抜いて、七色に輝くという刀身を見せてはもらえぬか」


 「喜んで」


 そして王の側近が掲げ持つコンバットナイフを鞘ごと持ち上げ、皆に見せるように掲げながらゆっくりと抜いた。


 姿を現すつや消しの黒。


 一切の光を反射しないマットブラック。とても七色に光り輝くとは思えない。


 「鞘が抜けるのだったな? ナーブ伯爵? では外して見せろ」


 ゴルナス子爵から奪うようにナイフを取ったが、ナーブ伯爵の知るどのようなタイプでも無かった。焦りながら、あらゆる方向から何度も見回して目釘を捜している。


 実は目釘というか、大きなネジは丸見えだった。だが、それが目釘に相当するとは考えが及ばない伯爵だった。


 「では次だ」


 陛下の合図でナーブ伯爵からナイフを奪った兵士が、王の前で敬礼をする。そして数人がかりで木の人形型台座に乗せられた甲冑が運ばれる。


 王の手の合図でナイフを持った兵士が甲冑を優雅に切り詰める。


 すると、板金で作られた甲冑が、ギン! ギン! と音を立てて綺麗に切られていく。


 「おお、凄い」


 「なんと恐ろしい」


 単なる見物人と化した貴族たちは、その黒いナイフの切れ味に驚愕した。


 そして兵士はナイフを鞘に収めると、一礼して王の側近の持つトレーにナイフを置いて下がった。


 誰の目にも明らかだった。


 ナーブ伯爵とゴルナス子爵は王を謀ったのだ。


 念のための逃げ口上は用意してあったのだろうが、全てを王に潰された。


 「我は再三申したな? 家名を掛けるか? と」


 「陰謀だ! 私は欺されたのです!」


 「黙れ! 貴様らが我を欺そうとした事は明白! この事はここにいる者どもが全て見ていた。もはや言い訳は無用。貴様ら二人には国家を謀り、危機に陥れようとした罪だ。フスタ宰相! この二人に与えるべき罰を申せ!」


 呼ばれた宰相は前に出て胸に腕を当てる形式の敬礼をする。


 「はっ。グリスタ法相! ベルロス貴族相! 罪科を示せ!」


 「ではナーブ伯爵の罪科を述べます。己が物にしようとケンファーソン卿が聖域より持ち帰った黒きナイフの所有権を主張し、そのために有りもしない所有物が盗まれたと主張。これを謁見の間にて、王に直訴しました。これは正式な場にての詐欺案件に当たります。さらに国王陛下に対しての虚偽の証言を繰り返した罪。先ずは本人が申していたとおり、家名を剥奪したのち、虚偽証言の罪を問う事になります。結果といたしまして法相としては、家名剥奪の上オーゴット・ナーブは斬首が相応と判断します」


 「貴族相からナーブ伯爵の罪科を述べます。貴族として公の場にて虚偽の証言を持って陛下を謀ろうとした事、これは明白。いかなる擁護もこれをする事は貴族の誇りから有ってはならぬと考えます。よって貴族籍を三代まで遡り、これを削除。忌名としてナーブの名を登録すると判断いたします」


 「うむ。宰相として陛下に進言いたします。ナーブ卿は貴族籍を三代遡り抹消の後、陛下を謀ろうとした罪により斬首が相応と判断いたします」


 そして次にゴルナス子爵の罪科を測られる。もっとも、名称だけがゴルナスに変わっただけで内容は同じだった。


 最後に国王が自らの名で二人の刑を執行せよと命令して、二人は兵に抑えられたまま謁見の間を連れ出された。


 「してレーバ伯爵よ」


 「は、はい」


 処刑命令の出たゴルナス子爵の親だったレーバ伯爵が呼ばれる。


 「お主もゴルナス子爵に噛まれたワケだ」


 「は、はい。面倒を掛けてやったのにとんだ裏切りです。此度の件、ゴルナス子爵の領地を引き継いでも割が合いません」


 「それもそうだろう。だが、そのゴルナス子爵を育てたのは誰ぞ?」


 「そ、それは…」


 「それにレーバ伯爵に関しては少し聞き捨てならない話も聞いたな」


 「あ、あれはゴルナス子爵の言い訳にもならない妄言であります。何も根拠の無い話です」


 「それを決めるのは誰ぞ?」


 「そ、も、もちろん、私以外の、正当なる者たちによる評価でありましょう。皆に聞いて頂ければ、私がそのような下浅な行いをするとは決してあり得ないと証言してくれるでしょう」


 「そうか? では聞いてみよう。テイエン伯爵、前へ」


 「なっ!」


 情報を集め、アナローグ・ギーアを追い詰めたテイエン伯爵が呼ばれ、レーバ伯爵は顔を青くする。


 「エルード・テイエン伯爵には労を掛ける。して、テイエン伯爵よ。レーバ伯爵は子の宝を奪うような下浅なる者か?」


 そしてエルード伯爵による、レーバ伯爵の過去の悪行が晒され始めた。


 「子であるフォワス男爵の娘を行儀見習いに出せと強要し、果ては環境が合わなかっただろう、手を尽くしたが力尽きたと手紙一つで片付け、遺体の引き渡しもありませんでした。その娘にどのような事があったのか、ここで申し上げるのは男爵の名誉のために控えさせて頂きます。さらに、ロークム騎士が王より賜った剣を、管理も出来ぬであろうと取り上げ、今もレーバ伯爵の屋敷の居間に飾られております。さらに……」


 次々に出てくるレーバ伯爵の行いに、レーバ伯爵はもとより、他の貴族たちも顔を青くする。果たして、自分の行いはどの程度知られて居るのか? と。


 アナローグ・ギーアを情報を持って失墜させたエルード・テイエンの力が、始めてアナローグ・ギーア以外の貴族で証明された。


 「もう良い。エルード・テイエン伯爵。ご苦労だった、下がって良い。では、レーバ伯爵よ。お主に聞く。貴族の取りし行いとは、どのような事を言う? 王に対して嘘を言う事か? おお、そう言えばお主の子のゴルナス子爵は王である我に、次々と嘘を並べ立てたな」


 エルードの報告を途中で遮り、国王はレーバ伯爵へと詰問した。


 よもや、エルードの調査を疑うような事も出来ない。どのような言い訳でこの窮地を乗り切るか、レーバ伯爵は必死に思考を巡らす。

 しかし、有効な解決策は何も思い浮かばなかった。


 「何も言えぬか。では宰相。レーバにはなんとする?」


 「はっ。貴族位である者が決して行ってはいけない罪状である、陛下に対する裏切り行為から問わねばとなります。では、ベルロス貴族相、罪科を示せ」


 その後、かなりの時間を掛けてレーバの罪に対する罰の検討が行われた。レーバ自身は今いる孫は差し置いて、未だ生まれてもいない孫に爵位を譲る事になった。その孫は生まれて直ぐにゴード侯爵に預けられ、そこで貴族としての教育を受け、ゴード侯爵の許可を受けた後にレーバ伯爵の名を冠する事に決まった。その間、領地は王国預かりで、どのような結果になっても受け入れるしか無くなった。さらに、レーバ伯爵が子から奪った物は国が決めた額の賠償金と共に返却し、命を奪われた者にはさらなる慰安金も支払う事を命令された。


 レーバ伯爵の名は残るが、一時的には男爵家相当に落ちぶれる事が決定した。


 そこで、ようやくケンファーソンの処遇に戻る。


 ケンファーソンはエルード・テイエン伯爵のところで貴族としての教育を受け、後に子爵領としてナーブ伯爵領をそのまま受け継ぐ事になった。


 実際はエルード・テイエンの部下が十数年は管理する事になるが、その後はケンファーソンの自由だ。


 ケンファーソンは驚愕した。


 元は聖域との交渉役のケンファーソンの身柄を守る事だったはず。それが、いつの間にか騎士爵から子爵へと陞爵し、伯爵領を任される事になるとは、と。


 全てはエルード・テイエンの手腕であるが、その手綱を握っている王家もまた、ままならぬ存在だと改めて思い直すケンファーソンだった。


 怒濤の謁見の儀が終わった翌日。


 ケンファーソンは王宮にある客室で目を覚ます。ケンファーソンが泊まった部屋の近くには側近用の部屋もあり、共に登城したロッドとソイスも味わった事が無いようなベッドでの一夜を過ごした。


 あまりの環境の変化で、熟睡できなかった、と言うのは三人共通の思いだった。


 そして談話室に呼ばれての打ち合わせ。今回はエルード伯爵のみで、王族はいなかったのはケンファーソンにとっては幸いだった。


 「まずは、僕の寄子になったと言う事、これからよろしくね」


 「はっ、不慣れで未熟ではありますが、よろしくお引き回しくださるようお願い申し上げます」


 「いやぁ、固いなぁ。公式な場では無いし、僕しかいない状況なんだから、もっと力を抜いていいよ。ってか、僕からのお願い。頼むね」


 「はっ。判りました」


 「ふむ。まぁいいか。で、ケンファーソン・ホークネス子爵。まずは、拠点だね。王都に屋敷を一軒以上。領地に屋敷を大きめで一軒。そこで働く者たちも含めて、これは僕の方で揃えるよ。不慣れというレベルじゃなく、伝手自体を持ってないだろうしね」


 「申し訳ありません」


 「違う、違う。そこは、お手数をおかけします、だよ。こういう面倒を見るのが親なんだから。もっとも、僕も初めから揃えるってのは始めてなんだけどね」


 「はっ、お手数をおかけします」


 「そうそう。で、拠点と人材はコッチで揃えるから、先ずは使う人を覚えて貰う。子爵家の金を管理する者、拠点を管理する者、貴族としての地位を管理する者、そして僕との情報を管理する者だ。細々した人材はいるんだけど、とりあえず先にその四つの仕事をする者たちを覚えて貰う」


 「四人では無いのですね?」


 「当然。金の管理は、総合的な金の管理と、拠点ごとの管理、そして事業を請け負うのならその入出金の管理も必要だしね。拠点の管理は総合的なのとメイド長とかが拠点ごとに必要だし、もしも裏金を用意するなら、誰かを付けるか自分でやるかで変わるかな」


 「裏金などとは…」


 「裏金って言うと聞こえが悪いけど、表沙汰にしたくない事を行う時には帳簿に付けられない金が必要だったりするしねぇ。正式には出せない見舞金なんかがその最たるモノかな。ああ、隠し子の養育費や愛人囲う時にはたんまり必要かもねぇ」


 「伯爵…」


 少し頭が痛くなるケンファーソンだった。


 「ま、国から貰う金の半分は、こう言った人件費で消える。子爵ならパーティに出席する時や開催する時、自分の子がパーティを開く時なんかにも多く使うけど、まぁ、年に二、三回が普通かな。ただ国王主催の行事なら、初めのうちは全て出席しておかないと立場を失う事にもなりかねない。まぁ僕の子だからそれは無いけど、全てのパーティや国の行事関係は全てチェックしておいて損は無いし、次の年以降も重要な意味を持つ。この日のパーティは誰と誰が出席して、どんな会場、料理、酒、会話があったか、なんかを記録しておくのが普通だ。そのために記憶力の良いのを連れていく場合も多いよ」


 「いきなり違う世界に連れて行かれたかの様です」


 「はは。だろうねぇ。だから、新米貴族の内は、教育中と言う事で僕の方から断りを入れておくよ」


 「よろしいのですか?」


 「実は、その間にやって貰いたい事があるんだ。審判の森への調査隊を編制して捜索に出て貰う、とか、審判の森から出てきた、聖域を知っている者の確保、そしてヒールタブレットが出来るかどうかの検証。バレても構わないけど、出来れば秘密にしておきたいって事が山盛りだね」


 「なるほど。審判の森の捜索に関してですが、一つ考えが」


 「なに?」


 「私は審判の森の生き残りです。それを知る者は少なからずおりましょう。ですから、私が生き延びられたのは森の中で助けられたからだと言い、忙しくなった身に代わり、その感謝を述べるための人を送る事になった。と言うのはどうでしょうか」


 「ふむ。子爵にまでなったのだから、その礼を言う礼儀はあってしかるべき、と言うのは良いな。探索隊には無理をさせず、何度もアタックを繰り返させ、到達できなかった時にはそれでも良い、と言って、表向きの事を書いた感謝の書を持たせよう。帰って来たらその書は引き取り、すぐ次の探索隊に渡すとすれば、特に詮索される事も無いか」


 問題なのは、探索を行ってもいないのに行ったと欺される事で、感謝の書も相手に渡したと言う嘘で捨てられる可能性もある。


 「基本はギルドで冒険者に依頼をするとしまして、ギルドには到達したという嘘を言った者には厳重なる処罰を要求するべきと考えます」


 「まぁ、そこはケンファーソン子爵が検証して、もしもギルド職員と共闘してごねたら、国王陛下の前で証言する事になる、とでも言っておくか。ギルドで嘘を吐いたと言う罪に問われるか、陛下の前で嘘を吐いた事を責められるか? と言えば、素直になってくれるだろうね」


 そしてエルード伯爵の部下の一人がギルド担当となり、ケンファーソンとの橋渡し役になる事になった。


 それからがケンファーソンの本当の試練となった。


 仮初めの拠点として八家族が余裕で住めそうな屋敷をあてがわれた。しかし、それは急場しのぎという事で、王都における新居は別に用意する事になった。ならば、その八家族屋敷は借りただけで業者に返却するのかと思ったが、そこはそこで子爵の屋敷として維持するという。表向きは屋敷外に住む使用人が一時的に住む場所、と言う事だが、実際は本屋敷で足り無い場合の退避場所の一つらしい。愛人を囲うのには不向きだが、遠征時の兵士を屋敷以外に泊めるなどの目的や、場合によっては使用人が商人と交渉する時などにも利用するらしい。


 とにかく一般人に対するモノと、同じ貴族に対する体面に拘る。


 見栄を張った豪華な場所のために、食事の質や量を減らして借金までする事もある。エルード伯爵によればそれが貴族だと言う事だ。


 もっとも、エルード伯爵はそんな借金などはしておらず、見栄を張らなければならない場面でも金を掛けずに体裁を繕う手腕を持つそうだ。


 そんな話を教育係から聞きながら、あっちの屋敷、コッチの屋敷と連れ回され、訳のわからぬうちに契約書類にサインをする連続だった。


 まだ陞爵の儀は行っていないので、ケンファーソンは騎士爵の名前でサインをしている。国王陛下の前で貴族の誓いをして、必要な紋章や刻印が正式に認められないと子爵にはならないので、専門業者に紋章や指輪などを作らせている最中だ。そのための契約だったりするが、ケンファーソンは気付いていなかった。

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