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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
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05 聖域の守護獣と従魔石

 七人で飴やハンバーグを作った次の日。


 朝食作りをクローナに任せ、ルイナルはプロテクタースーツの慣らしを行っていた。


 ジャングルブーツ、剣鉈、コンバットナイフ、腕一本を幅広に覆うだけの盾、スチール製の軍用ヘルメットを装着して、装備の利点を生かせる戦闘方法を見つける訓練だ。


 ケーゴから見れば、固定方法も大雑把な板金全身鎧などは、慣性の法則で常に力が削がれている状態だ。


 なのでそれに対抗するには、右に左にと移動して、時には相手の目の前で前転して見せるだけで体力を無駄に削る事が出来る。

 ロングソード、ハンマー、メイスなども、当たらなければ良いだけだ。もしも当たりそうになったら、小さな盾で方向を逸らしてやるだけで良い。


 そんな戦法を成立させるためには『よく見る』事が不可欠で、幅広のゴーグルも使用している。


 ケーゴは冗談でスカルフェイスのフェイスガードと言う、骸骨顔を模した、軍用ヘルメットに装着するお面を渡したら、密かにお気に入り認定されたようだ。

 プロテクタースーツ一式は黒で統一されているので、白く塗装された骸骨顔は浮き上がってよく見えそうだと喜んでいた。


 プロテクタースーツの慣らしが終わったら、今度はこの世界でも通用する金属製の全身鎧を着ての調整が待っている。


 初めからプロテクタースーツを見せずに、まずは金属鎧で帰郷すると言う。そうで無いと城どころか敷地にさえ入れてくれるかどうか、なのだそうだ。


 なので用意したのは白銀の鎧と、黒で金色ラインが少しだけ入った鎧。両方とも正騎士用の鎧だが、黒の方は裏の仕事に使うような雰囲気も持っている。

 地域や時代によって、鎧はキラキラ輝くモノが喜ばれたり、目立たない色合いで剣だけが派手になるのが喜ばれた

りとかが有るらしく、マントが必須だったり、兜の上がジャングルだったり色々あったそうだ。


 直江兼続の兜が無いかと通販サイトをあさったら、五月人形用に、実際にかぶれる物が売っていた。コンビニには無かったけど、通販には『愛』は売ってたんだなぁ。男の子が生まれたら鯉のぼりと一緒に買おうかな、と思うケーゴであった。


 と言う事で、皇女殿下の帰郷準備は既に出来ている。しかし、累積した疲れが二日程度で抜けるはずも無く、体調を整えるために無理の無い慣らしをする事になった。


 そして今日の料理教室は、デカい寸胴を使って長時間煮込むブイヨン。いや、なんちゃってブイヨン。


 鶏を解体して残った骨やこびりついた肉片の残っている鶏ガラ、野菜としてアーカ(ニンジン)、シン(タマネギ)、セロリは無かったんで香草を束で。ニンニクは似たようなニーシャという根菜。今回はここまでだけど、もし余っていた野菜くずがあれば加えても良い、と言っておく。


 後はそのまま弱火で煮続けるだけ。その間、灰汁を取り続けるのに苦労するし、目を離すわけにもいかないと言う面倒い料理。しかも出来上がりがだし汁、って事で、冒険者には合わない料理法だ。だがケーゴは手間を掛けた料理の味を知ってもらいたくてブイヨンを選んだ。


 「コンソメでも良いんだけど、コンソメとブイヨンの違いがイマイチ判らん」


 とはケーゴの本音。色々な規定があるのは知っているが、この異世界で再現する事を考えたら『判らん』としか言い様が無かった。


 灰汁を取って火の加減を見ながら、時には水を足す。それだけなら、少し手を離す事も出来るだろうと、ルイナルの慣らしにアミナ達にも付き合って貰う。


 そしてプロテクタースーツを着て剣鉈と盾を持ったルイナルとベルダが剣を合わせる。


 「あの、練習ですよね? 実剣を本気でぶつけているようにしか見えないのですが?」


 ケーゴが横で同じように観戦しているクローナに聞く。


 「はい練習ですね。間合いが遠いままですし、お互いに剣の重さを確かめている所でしょう」


 「そ、そうなんですか」


 確かにベルダの振り下ろす剣鉈を盾で逸らすだけの動きに、自分の身体を浮かせて横に移動させているルイナルを見ると、剣が届きにくいような距離に感じる。


 素人目にも、もう一歩踏み込んだらどうだ? などと思ってしまうのは、練習だからこその距離感なんだろう。


 申し合わせたわけでも無いのに、一撃、一撃ごとに攻撃を交代させている様は、ターン制のゲームを見ているようだ。


 良く、相手が攻撃するのをわざわざ待って、攻撃を受けるしかないターン制はいかがなモノか? と素人が偉そうに言うのを聞く事があるが、目の前で交互に攻撃し合うのを見ると、力を込め、体制を整え、武器に全力を乗せる『攻撃』を行うには大きなリズムが必要だと判る。


 有効な攻撃には重さが必要なのだ。


 本来なら『踏み込み』と言う要素が加わって、相手がどこに踏み込むのかを読む予測という戦いも展開されるが、今回は練習と言う事でそれが無い。実践はもっと泥臭い戦いになるモノだとクローナは言っていた。


 さらに剣戟は続き、攻撃速度が上がっているのに気付いた。間合いもかなり近づいている。


 「もしかして、本気になってません?」


 「二人ともはしゃいでいますね」


 見ると二人とも笑っていた。戦いとはこうで無くては、と言う声が聞こえるようだ。


 ケーゴは呆れながらも走って倉庫まで行き、折りたたみのテーブルとボクシング用のゴング、そして三分、五分の二つの砂時計、タオルを十数枚、ヒール、スタミナタブレットを持ってきて、練習試合の範囲のすぐ外に設置した。


 カンカンカンカン!


 ゴングを鳴らして一時中断を指示する。


 「まだ始まったばかりです。初めの一回に全力を出し切らずに、効率の良い戦い方を目指してください。次はこの砂時計の砂が落ちきったらまた休憩です。あくまで、身体を慣れさせるのが目的ですからね」


 そのケーゴの言葉を聞いて、戦いをやめたルイナルとベルダは、肩の力を抜いてから互いに剣鉈の先をカチンと打ち合わせてから、その場にへたり込んだ。


 「剣の使い心地はいかがですか?」


 「正直、鉈と言う事で少し舐めていました。しかし実際に振ってみると、ロングソードよりも早く振れますし、重さもこちらの方があります。しかも鎧さえも切り裂くとなれば、戦い方が大きく変わってしまうでしょう」


 「ベルダさんはどうです?」


 「間合いさえ気をつければ、人相手でも魔獣相手でも、この剣鉈の方が便利だな。特に森に引きずり込めば、この長さは最大の強みだ。まぁ、立木に剣鉈を食い込ませないようにだけは注意が必要か」


 ベルダの感想にルイナルも頷いている。


 「鎧の方は、まだ体当たりとか、剣を受けるとかしていないので、はっきりしないでしょうね。次はそれも含めて試してください」


 砂時計とゴングの操作をクローナに任せ、やり過ぎをさせないようにと注意を頼む。


 しばらくはケーゴの出番は無い、と言う状況になったので、この世界での香辛料の入手方法を検討する事にした。


 植物の多様性を見てみると、この世界でも香辛料は存在していてもおかしく無い。いや、人族がいて、葉っぱのある木が生え、森が出来ている自体で、ケーゴの元いた世界との違いはそう多くは無いと予想出来る。


 その理由はケーゴにとってはどうでも良いが、同じモノがある可能性は大いに利用しなければならないと考える。


 具体的には『胡椒』だ。


 スマホで検索してみるが、特にこの世界で流通していないので呼び名は無いようだ。なので『コショー』で仮登録して、以後はコショーとすれば名称扱いされるようにする。


 そしてコショーは直ぐに検索にヒットした。


 通常は今いる場所よりもやや南の地域に生息するようだ。地理的には今いる緯度でも問題無さそうだが、初めは自然発生している物を採取しなければならない事を考えると、大きく移動しないとならないだろうと考える。


 「うん。冒険者に探索依頼を出すとかも考えたけど、なぜ近くにあるのかは突っ込まないでおこう」


 位置情報で検索した所、聖域の周囲の森の中に五カ所の繁殖域を見つけた。地図を広げてみると、さらに繁殖域はあるようで、位置的には『ちょっと取ってきて』ですみそうな感じだ。


 収穫時期の問題もあるので、いつ、誰に取ってきて貰うかで悩んだ。自分で行く事も考えたが、森に跋扈する魔獣の事を考えたら、アミナたちや皇女達に頼む事さえはばかれる問題だ。


 皇女達だって、楽にこの聖域に到達出来たわけじゃ無い。


 ピロリン、ピロリン、ピン。


 そこでスマホが電子音を鳴り響かせた。


 【侵入者警告:聖域に一体の入場を確認:歓迎 排除】


 今までだったら【三名】などの表示だったはずが【一体】になっている。疑問を感じながらも小走りに侵入者がいると思われる場所まで行ってみた。


 「確かに一体だな」


 そこには薄汚れた灰色の地に黒い斑が不規則に体表の半分を覆っている、ホルスタイン牛の様な模様の、角のある大きな熊のような魔獣がいた。


 苦しげに息を荒げ、現れたケーゴを睨み付けている。


 小走りに走るケーゴを見つけたアミナ達が走り寄ってくる。皇女とベルダは一応の完全武装状態だ。


 「「店長!」」


 ケーゴと魔獣の間に割り込もうとする皇女とベルダを手で制して、ケーゴは魔獣と向き合う。


 「いらっしゃいませ、聖域の何でも屋、不思議屋へようこそ」


 魔獣に対してもいつもの定型文を余裕を持って言うケーゴにアミナ達が呆れる。


 熊のような魔獣も呆れたのか、それまでは四つ足状態でケーゴを睨み付けていたが、いきなり倒れ込んだ。


 伏せの状態に変えたのでは無く、倒れたのだ。


 目はうつろになり、息は激しく、短くなる。その熊のような魔獣が大怪我をしているらしい事は容易に想像出来た。


 「いけませんね。コレでは取引を始められません」


 「て、てんちょう?」


 アミナがさらに呆れるが、ケーゴは構わずポケットからヒールタブレットとスタミナタブレットを取り出し、体重を考えて三粒ずつを手の平に乗せた。


 「身体を治す薬です。薬草の強いモノと考えてください。まずはコレを飲んで、身体を整えてくださるようお願いいたします」


 魔獣は突き出されたケーゴの手の平をじっと見ていたが、少しずつ頭を動かし、ケーゴの手に口を寄せると、ケーゴの手の平をペロリと舐めた。


 「ああ、飲み込む用の水を用意しておかなかったのは手落ちでした。今度からは気をつけねばなりませんね」


 「店長、大丈夫なのか?」


 アミナが恐る恐る聞いてくる。


 「基本的にこの聖域に入る事が出来るモノなら大丈夫です。もっとも、私もここの結界の判断基準は知らないのですが」

 『皇女達に比べたらまだ大人しい方だ、と言うのは言わない事にしよう』


 それでも念のため、と、ケーゴはスマホを出して目の前の魔獣を鑑定する。


 【神徒 戦神が戦いの象徴になる様にと作った神獣の一体 基本的に年を取らないが 戦いの欲求には必要だと食欲は持っている そのため神獣としては不完全になり 怪我をしたり弱ったりする 「使えねぇ」とあの脳筋馬鹿が言って審判の森に放り出した 審判の森に神獣が入ったため 支配権もボクに移った かわいがってあげてよ】


 鑑定ってのは客観的な判断基準を持たないとならない、ってのは、今更、と言うか、銀河の果ての向こう側でキラッ、ってしているらしいから、突っ込むのはやめようとケーゴは心に誓う。


 熊のような魔獣に見えた神獣は回復してきたのか、まだ横たわってはいるが目に力は戻ってきた様に見える。


 ケーゴは熊のような魔獣に見えた神獣の目の下側に手を当てる。


 「この聖域を守ってくださいますか?」


 ケーゴの問いに目を見開いた神獣はゆっくりと起き上がり、一度お座りの姿勢を取る。そして後ろ足で立ち上がり、二足歩行形体で空に向かって大きく吠えた。


 グオオオオオオオオォォォォ!


 それは大地さえも振動しているかと思える程の大音響。その音の激しさにシアラやエリスは尻餅をついてしまった。


 そして、神獣はケーゴの前に四つ足で立ち、伏せ、そしてごろんと転がり腹を見せた。


 「店長! どうなったんだ?」


 アミナが聞いてくる。


 「はい。この……」


 神徒や神獣と言ってしまうのは少しマズイ様な気がした。


 「…魔獣よりも進化したこの子は、他に同種の種族はいないようです。で、行き場を失っていたのでこの聖域の守護獣として、ここを守る存在になりませんかと勧誘しました。ちゃんと承諾されたので、この子が私の店の従業員、第一号という所ですね」


 「従業員とか、守護獣とか、さすがは不思議屋の店長という感じだなぁ…」


 何故か七人全員の肩が落ちているように見える。


 「おや? お疲れですか?」


 「色々な意味でな」


 「それは良くないですね。適度に休憩する事を推奨いたします」


 「ああ、そうするわ。で、店長は?」


 「まずはこの子を洗ってやらないと、と考えています。その後はこの子の名前を考えなければ、と思っていますが、何か良い名前はありますか? 参考にさせて頂きたいのですが」


 「ああ、直ぐには思いつかないな。考えとくから後でな」


 「そうですか、よろしくお願いします」


 ケーゴとアミナとの会話の最中、神獣は大人しくお座りをしていた。


 「では、その身体を洗います。こちらに付いて来てください」


 温泉旅館の裏に回ると、通販サイトからテーブル、ソーラーパネル、バッテリー、放水ポンプを購入して、ホースを温泉のお湯に浸ける。

 キャンプ地で使う屋外バッテリーはある程度防水されてはいるが、それでも水に濡らすのはマズイと言う事で、ベランダなどに置くコンテナボックスも購入してその中に入れておく。


 ケーゴ的にはコードを通す穴やコーキング処理を追加したり、バッテリーの放熱処理も手がけたくなったが、後に

する事にする。


 ホースから温泉のお湯が出る事を確認し、神獣に雨のように掛けていく。


 すると神獣の毛皮の汚れがみるみる落ちていく。なんと、ホルスタイン柄だと思ったのは、こびりついた血や泥汚れだったようだ。地面に流れ落ちるお湯が赤く染まっているから、血液なのだろう。それが神獣のモノか、魔獣のモノかは判らなかったが。


 ケーゴは追加で、金属製のラックと固定用金具、大型犬用のブラシやシャンプーなどのペット入浴セットを購入。


 お湯を出しているホースをラックに金具で固定して、シャンプーとブラシで本格的に洗い始めた。


 そして出てきたのは、頭に角がある真っ白い熊に似た神獣だった。


 「真っ白だったんだなぁ」


 どうしてあそこまで汚れていたのか鑑定する。


 【余計な戦いを避けるため 目立たないように自らの身体を汚していた】


 「自分を汚してでも、無駄に殺しをしないようにしてたのかぁ。賢くて優しい子なんだな」


 犬用のノミ取り薬を掛けまくり、ノミ取りコームで梳って行ったが、コームにはノミやダニはかからなかった。


 【ノミやダニ程度では神獣に取り付く事は不可能 洗浄前では汚れに取り付いていたモノも多かったが 現在は人族よりも清潔状態】


 「スルーというスキルが生えそうだな」


 もしや突っ込みを入れないで、事を受け入れる性格だから俺が選ばれたんじゃね? などと邪推するケーゴであった。本当に邪推であるかは永遠の謎だったりする。


 「さて終わった。もう動いていいぞ」


 ケーゴがそう言うと、神獣は思い切り身体を振るわせて毛皮に付いた水滴を弾き飛ばしていく。


 「ああ、そう言えば、シャワー前にじっとしてろよ、って言ったんだったな。律儀過ぎないか?」


 ケーゴの疑問をよそに、神獣は自らの手に付いた水滴を舐め取っていた。


 「食欲はあるんだよなぁ。熊用の餌ってなんだ?」


 疑問に思ったら直ぐに検索。


 【果物 野菜 キノコ 木の実 野ねずみ類 イタチ類 鳥類 魚 などを食べる雑食 サツマイモ系統やリンゴ系統を中心にして 大型犬用のドッグフードを追加してやれば良い 蜂蜜よりも蜂の子の方が好み この個体は魚は食べた事が無いが 好物になる可能性大 森では主に魔獣の血肉と果実を食べていた】


 「うん。お薦めされた事もあって色々親切に教えてくれたようだ」


 一度屋敷に行き、ここがケーゴの家だと説明する。案内するのは台所だ。土間なので土足で良いし、水や調理道具も有る。そして衣装用ケースの半分程の道具箱として売っていたポリ製ケースを数個購入し、そのうちの一つにリンゴ、サツマイモ、レタス、ブドウを入れ、別の一つにドッグフードを一キロ、もう一つに水をたっぷり入れて、腹にもたれない程度に食って良いと言う。


 今回の好みはブドウとリンゴだった。色々な野菜や果物で実験していった方が良いだろうとケーゴは思案する。今回ドッグフードはあまり食べなかったが、味を知っていれば身体が求めるようになる事もあるだろう、と無理矢理食べさせる事は考えていなかった。


 食べ終わり、口のくちゃくちゃも落ち着いたので改めて皆に紹介するために移動する。


 ルイナル皇女の訓練は、ダイナとアミナの、互いに飛び跳ねるような戦闘訓練に変わっていた。


 「お疲れ様です」


 ケーゴが挨拶すると、何故か皆が驚いていた。いや、薄汚れた熊だと思っていたら、真っ白で綺麗な毛皮に驚いたと言う所だろう。


 「さっきの熊か?」


 「白だったんだぁ」


 「へぇ、綺麗なもんだなぁ」


 「な、撫でても大丈夫ですか?」


 エリスの言葉に笑って応える。


 「抱きついても、背中に乗っても大丈夫………ですか?」


 念のために神獣に聞くと、ごく自然にケーゴの方を見て頷いた。


 「人の言ってる言葉が判るのか?」


 アミナが驚いている。今までは雰囲気的に従っていただけだと考えていたようだ。だが、ケーゴだけは感想が違った。ケーゴはこの世界の言語を自然に理解できる様にして貰っている。だからこそ、神獣とも会話が成立していたのでは無いか? と。


 「えっと、私の言葉は理解出来ていますよね? 他の皆様の言葉は理解出来ますか?」


 神獣に直接聞くと、二回頷いた。


 「難しい事は無理かも知れませんが、簡単な言葉なら問題無いようです」


 そこで全員の緊張が解けた。と、同時にエリスが神獣に飛びつく。


 「ふわぁぁ。モコモコー」


 「あ、あ、わたしもー」


 エリスのはしゃぎっぷりにシアラも我慢できず飛びついた。ケーゴはこの二人は放っておこうと心に決める。耐えろよ神獣! と心の中だけで応援を送る。


 「それで、何か良い名前は出てきましたか?」


 「んー、それがなぁ。そもそも、ソイツは雄なのか? 雌なのか?」


 「ああ、言ってませんでしたね。雄でも雌でもありません。この世に一体だけの存在なので繁殖もしません」


 「え? それって、魔獣じゃ無くて…」


 ルイナル皇女が何かに気付いたようだが、言葉を途中で止めた。


 「繁殖しないって、子供を産んで増やさない、って事だよな? そんな生き物がいるのか?」


 アミナのもっともな質問に皆の視線が集まる。


 「はい。死なないと言う事は無いのですが、基本的にものすごく長生きです。おそらく二百年程度では姿も変わらないでしょう」


 「たしか、魔獣よりも進化した、とか?」


 「はい。もはや魔獣ではありませんね。精霊とか、神様とか、そっちに近い存在なのかも知れません。まぁ、本当のところは私の鑑定でも良く判ってはいませんが」


 「得体の知れない存在、ってヤツだが、それでいいのか?」


 「この聖域に入れたので大丈夫でしょう」


 「店長は……、いや、何でも無い」


 「まぁ、それはともかく、先ずは名前を決めたいと思います。私なりの考えも出てきたのですが、皆さんの意見も聞きたいと思います」


 「店長は、どんな名前にしたんだ?」


 「覚えやすくて言いやすいを基本に、例え名前を忘れていても、顔を見たら直ぐに思い出す名前にしました」


 「ああ、それで?」


 「私の考えた名前はクマクマです」


 イントネーションとしては、シロクマ、と言う時の抑揚でクマクマと言う。要は平坦で抑揚のあまり無い言い方だ。


 『どうにも、シロクマ、と判った時以来、デコレーションされたカップのアイスクリームしか思いつかなかったからなぁ。シロクマ、と言うのはあまりにも直接的なので同じ抑揚でクマクマにした』


 「どうです? 良い名前でしょう?」


 「店長。そのクマクマが、目を見開いて、口を半開きで固まっているんだが?」


 「喜んでいる様で何よりです」


 「しまった。店長の名付けのセンスに驚いて、アタシが考えた名前を忘れてしまった!」


 「アルディオ・グレイ・フィッシャーというのは、クマクマに負けているなぁ」


 「ジュリエッタも負けてしまいました」


 「良い名前とは言いがたい筈なのに、クマクマ以外に出てこない!」


 「なかなか好評なようで何よりです」


 「「「「いや、いや、いや、いや」」」」


 ブワァ。


 そこで熊に似ている神獣が下を向いて大きく溜息を吐いた。


 「クマクマは嫌?」


 背中に乗っているエリスが神獣に聞くが、神獣は何も答えない。


 「なぁ店長? クマクマが遠い目をしている様なんだが?」


 「アレは何かを悟った目ですね。私も最近は良く同じ目になります」


 「店長も…?」


 「よし! クマクマ! 走ろう!」


 エリスのかけ声で、エリスとシアラを背に乗せたまま、クマクマは聖域の中を走り出した。


 「へぇ、背中に乗った二人があまり上下に動いてないな。クマクマはそこまで考えて走れるんだ?」


 「あ、聖域から出ないように進路を変えてる。馬なんかよりも賢いなぁ」


 「クマクマ-! 次あたしなー」


 ダイナの声にクマクマが顔をダイナに向ける。そして進路も大きく回り込むようにして円を描き、この場所に戻るコースを取る。


 「クマクマの名前が定着して何よりです」


 「「あっ」」


 アミナとベルダもそれに気付いて間抜けな声を出した。


 少し落ち着いた所で食事にする事にした。既に昼の時間だが、ブイヨンを煮込んでいる以外に用意してある物は無い。なので簡単なお好み焼きを作る事にする。


 用意するのは小麦粉と卵と干し肉、そして現在火に掛けて弱火でコトコトしているブイヨンのスープを少しだけ小皿に取り出して冷ます。干し肉は塩抜きのためにたっぷりの湯で湯がいておく。


 後はブイヨンスープで小麦粉を溶いていって、円盤状に焼く。卵は好みで溶いても良いし目玉でも良い。円盤小麦粉の上に焼いた卵と干し肉を置いて、くるっと巻いて食べるだけ。


 「コレ、屋台で売れば大儲け出来んじゃね?」


 それがダイナの一口目の感想だった。ルイナルとクローナも、簡単なのに、と驚いている。


 食べ足りなかったら、同じモノを作っても良い、と言い残し、ブイヨンの管理もしっかりと頼んで店に戻ろうとした。しかし、クマクマはケーゴに向かって「ガウ」と一言声を出すと、そのまま聖域から出て行こうとする。


 「クマクマはどうした?」


 「名前が気に入らなかったから家出するとか?」


 アミナ達が好き勝手な事を言う。


 「聖域の周りの森を一回りする巡回を行うようです」


 「ああ、守護獣だからか?」


 「おそらくはそうでしょう。もしも聖域の中に悪さをするモノが入ってきた時に対処してくれれば良いだけ何ですが、根が真面目な様です」

 『あれ? 俺はなんでクマクマがパトロールに行ってくる、と言ったと思ったんだろう?』


 疑問に思いながら一人で店に入ると、スマホにチャットが入っている事に気付いた。


 【可愛い名前 GJ! あ クマクマと君との間にラインを繋いでおいたからねぇ】


 「ライン? 以心伝心みたいなモンかな?」


 チャットや画像付き会話とかが出来るワケじゃないだろうな、といぶかしむケーゴだった。


 クマクマ関連で購入した道具と食料を新たに作った帳簿に記載して、これからの計画を考える。


 たまの贅沢用の大型の魚だと一匹で一万五千から二万と言う所だが、野菜やドッグフードだと一食二千から三千と言うところだ。今までは魔獣の肉や木の実などで凌いできたのだろうが、満足の出来る状態では無かったはずだ。


 空腹で死ぬのかは不明だが、戦いの欲求の元にされていたのだから苦しい事は確かなはず。出来れば、大満足とは行かなくても空腹で苦しいと言う事は再体験させたくない、とケーゴは悩む。


 「大量購入は構わないんだけど、問題は保存と一回分ずつを定期的に出す仕組みだよなぁ」


 ケーゴがいちいち通販を使って出してやらないとならない、と言うのが問題になる。ケーゴが年を取っていなくなってしまったら? とか、身体を壊して動けなくなったら? など、考えたらキリが無い。


 「とはいえ、そういったことも世話をする者の義務と責任と醍醐味でもあるんだよなぁ」


 世話をすることで生まれる絆というのが、後々の思い出という宝物になる、と言うのがケーゴの持論だった。子供の頃にいつも一緒にいた老犬との思い出が、ケーゴにとっての宝物の一つだ。

 だからこそ、忙しくなってからはペットを飼うという事が出来なくなった、と言う過去もあった。


 スマホで何か出物が無いか、古物商ツブツブ屋を見てみる。


 今回は特に店長お薦めというモノは無かった。


 拡張箱を見てみると、大容量、時間停止機能付き、と言う物があったが、定期的に加工した魔石を交換しないとならないタイプだった。


 「魔道具って作る技術が失われてるんだよなぁ」


 戦争の道具になり得る魔道具は、戦争時に真っ先に狙われる。例え荷物を保管しておく魔道具でも、戦時には補給物資を大量に運ぶ道具として活用されるし、人が近づけば点灯する灯りの魔道具でさえ、殺傷兵器の起爆装置として活用される。


 だからこそ、今の時代に魔道具は数える程しか残っていなかった。


 売っている拡張箱の中に、小さなポシェットというか、釘袋みたいな紐の付いた袋があった。男が手の平を大きく開いたぐらいの大きさの袋だ。ケーゴの元いた世界で見たら、普通に釘袋か、ツールバッグという感じで扱われただろう。使い方もほぼ同じで、腰に巻き付けて使うもう一つのポケット、と言う感じのモノだった。


 容量は八千リットル相当。単純計算で、一辺二メートルの立方体と同じぐらいだ。もっと単純に言うと、畳二枚を横に並べて、高さも畳を一枚立てたぐらい。


 持ち歩くには十分だと判断して購入。


 急なお客に対応出来るモノを入れていく。


 折りたたみテーブル、折りたたみのパイプ椅子。レトルトシチューパックや保存できるビスケットなどの菓子に紙の皿やコップ。水やお茶、炭酸の入っていないジュースをペットボトルで追加。ヒール・スタミナタブレットを小さな金属製の容器に入れたモノも追加。各種タオルや、もしもの時用にタンカやタープテントも入れる。


 タープテントとは、キャンプの時にテントの前に設置する日除けや雨除け用の、一枚の布地を使ったタープを、テントのような形にしたモノだ。同じ形のモノは学校行事で屋外にテーブルや椅子を設置する時に用いたり、交通安全用の交通監視の拠点などに使われているのを良く目にする。

 特徴としては、地面を剥き出しのまま使うと言う事だろう。タープそのものが、テントに入る際に靴の着脱や雨具の着脱に用いたり、煮炊きや食事をする場所を保護するためのモノだ。


 大きなモノだと十歳児相当のケーゴには設置が難しくなるので、これも一辺二メートル強の、壁としての布地もあるタイプを購入。もちろん、折りたたんで収納してあるので、使う場合はやはり設置に苦労するかも知れない。


 家としての頑丈さは全く無いが、人の目を気にする場合は役に立ってくれるだろう。この聖域ではいつ使う事になるか不明だが。


 ついでに、剣、剣鉈、コンバットナイフ、ククリ刀、ククリナイフ、ショベル、全身鎧や部分鎧、タクティカルスーツやジャングルブーツ各種、釘やハンマーなどの大工道具は別の工具ボックスに入れてから収納した。


 下着や服関連は紐で結べばサイズは無視できる、と言うタイプをいくつか用意し、サンダルも各種用意。これで、いきなり温泉に連れて行っても問題無いだろう。


 最後にクマクマのおやつ用に、リンゴやバナナをいくつか入れて落ち着いた。


 今回購入したモノも帳簿に細かく記載していく。


 特に帳簿を付ける必要性は感じないが、いきなり販売、となった時にいちいち通販サイトを見直す手間は掛けたくなかったし、自分自身へのケジメとしてやっておきたかった、とケーゴは考える。


 夕飯の準備が始まるまでは少し時間があるので、クマクマ用に設置した温泉シャワー装置をしっかりとしたモノに変えるべく動き出した。


 今回は急だったので地面にそのまま排水した。しかしこの状態を続けるワケにもいかないので、地面を掘って排水が温泉の排水口に流れるルートを作る。

 温泉宿としての壁があるが、排水用に地面を掘るのは問題無かった。ついでに給水ホースも通す。地面にはコンクリートブロックを単純に敷き詰め、泥汚れせずに排水も出来る環境にする。


 やや広めにコンクリートブロックを敷き詰めたのでそれだけで時間が押してしまった。なので、続きはまた今度。温泉シャワーを利用して手と頭を洗う。ツールバッグのタオルが役にたった。


 夕飯の準備はそんなに時間がかからない筈なので、ブイヨンの火を止めて温泉に入って貰う。


 全員が揃った所で、もう一つ寸胴を用意して、そこに漉すための布を入れる。ちゃんと絞り上げるために寸胴の外にも布がはみ出すぐらいの大きさだ。その布を引っかけて持ち上げるための棒も用意してある。


 そして布を敷き詰めた寸胴は地面に置いて、煮込んでいた寸胴を四人がかりで持ち上げて中身をもう一つの寸胴に入れる。大事なのはスープだと言うことはしっかり教えてある。


 中身を全て移し替えたら、今度は漉す布の端をまとめてから棒に巻き付ける。


 このために物干し台を買ってある。一本の直立する支柱に、交互に枝のように引っかけるための腕が出ている物干し台だ。


 それを二本置いて、少しずつ漉し袋を持ち上げて棒を引っかけていく、と言う仕組みだ。


 二人がかりで漉し袋を縛り付けた棒を持ち上げて、暫くしたら一段上に持ち上げ直す。それをゆっくり繰り返してスープをしっかり搾り取る。


 ここで、漉し袋を押しつぶしてスープを強引に搾り取る事はしない。それをすると残った苦みも絞り出すことになるらしい。


 搾り取ったスープはブイヨンとして、保存瓶に入れておく。おそらく五日程度で使い切らないとならないだろう。フリーズドライが欲しいと思うケーゴであった。


 今回の夕食は、この漉した残りの素材を食べきる。


 ソースを作る時の追加材料にしても良いが、いきなりアレもコレもと言うワケにもいかない。


 うまみのエキスがほとんど出きったモノではあるが、しっかりと煮込んであるので、乳幼児の離乳食にも丁度良い素材になる。鶏ガラだけは取り除くしか無いが。


 今回作るのも、昼に作った小麦粉円盤と同じモノ。ただし小麦粉に鶏ガラを取り除いた野菜を小分けにして入れる。今回もブイヨンを出汁として使い、ほとんどお好み焼きといっても良いかも、と言う物が出来上がった。


 さらに、トローモ(ジャガイモ)、シン(タマネギ)、アーカ(ニンジン)を適当に切って、ブイヨンを少量加えて煮込ませた簡単スープも作った。


 使った機材の洗浄は、本当にソワソワしたモノだった。


 そして実食。


 「あたし、ここんちの子になる」


 「いや、自分たちで作れるようになっただろ」


 ダイナのボケにベルダが突っ込む。が、他の皆は食べるのに忙しそうだった。


 ケーゴが店に戻ろうとすると、パトロールから帰ってきたクマクマと遭遇。パトロールを労うが、足を中心に一通り汚れていたのでそのまま温泉シャワーに直行。足だけは温水で洗ったが身体の方はブラシで終了。


 ついでに、と言う事でケーゴ自身も温泉に浸かって汚れを落とした。


 温泉宿の前で寝転がって待っていたクマクマと屋敷に戻り、リンゴをおやつ的な量に抑えて食べさせる。後は夜はどこで寝るか、と聞きながら屋敷を一周すると、丁度ケーゴが寝る部屋の直ぐ外で寝る事にしたようだ。小屋的な何かが必要かと問えば、要らないと言う感じで返事をした。


 今日のケーゴの夕食は、本格中華を謳う生麺タイプのカップ麺。真空パックの麺が美味しいと、ケーゴには好評だ。


 次の日。


 朝はしっかりとパンを焼き、明日の分も焼いておく。


 未だ数回程度の経験しか無いはずだが、五人ともそこそこ慣れてきている。素人の作った石窯だから、安定火力とは言えないが、食パンや菓子パンも挑戦してみるべきかとケーゴは考えていた。


 付け合わせはゆで卵を落としたオニオンスープ。


 そろそろジャムも心許なくなってきたので、朝食後に色々作業をするとも言っておく。さらに一度聖域を出て森に入るので、冒険者装備に着替えておくようにもと。


 ケーゴも屋敷で朝食に、カップ麺の元祖なヤツを食べ、クマクマにもリンゴ、サツマイモ、ブドウ、バナナとドッグフードを食べさせる。

 今回はバナナがクマクマの心にズッキューンしたようだ。一度皮を剥いてあげたら、それ以降は自分で皮を剥いて食べている。結構器用だ。


 今日の作業用にジャム用の果物類、油絞り用の穀物類をキロ単位で購入し、腰に吊したツールバッグに収納していく。便利すぎて、何故もっと早く使っていなかったのかと後悔した程だ。


 「今日はクマクマにも頑張って貰います」


 「がうっ」


 クマクマが犬のように軽く一声吠えて返事をする。ただし、犬の場合は『ワン』とか『ヴァン』『ヴォン』と言う発音に近い音に対して、クマクマの場合は『ガー』とか『グォー』と言う発音が主体な声になる。これは、犬などとほぼ同様の発声器官構造を持っているが、喉や声帯の大きさが違う事に由来する。

 まだケーゴ自身は聞いた事が無いが、クマクマが悲しい時などに鼻を鳴らす時は『クーン』とか『クォーン』と言う感じで、犬などと同じ感じになる。


 皆が待つ炊事場にいくと、既に戦闘装備を身につけた皆が待っていた。


 何故かクローナだけはメイド服だ。


 「えっと、クローナさんはそれで良いのですか?」


 一応足下はジャングルブーツが見えるし、手には防刃グローブもはめている。少しだけ太った………、い、いや、ふくよかに見えるのは、メイド服の下に防刃シャツなどを着込んでいるからだろう。


 「はい。この服が私の戦闘服であり仕事着でありますので。店長こそ、いつもの軽装のようですが?」


 「私が自分の足で歩いて移動するとしたら、それだけで皆さんの足手まといになりますから。そこはきっぱり諦めて、クマクマの背中に乗っている事にします」


 「クマクマはどの程度戦えるのでしょうか?」


 「私を守りつつ、皆さんを援護ぐらいでしたらおそらく無難にこなすでしょう」


 「一度、クマクマの戦いぶりを見てみたいですね」


 「ああ、それは私も同意見です」


 そして適当に歩いて聖域の端に到着。


 「今回の目的は森の中での素材採取です.その場所までは案内しますので、どのようなモノがどんな形で存在しているのをしっかり観察しつつ、採取を行ってください」


 そう言ってクマクマにまたがり森に入っていく。


 最近は学習したのか、聖域の周りには魔獣は近づいてこない。結界で入れない場所は見えないだけで崖があるのと同じだ。一度それを実体験している魔獣は崖の壁の横で陣取る危うさに気付いて結界から離れる傾向にある。


 ただし、普通の獣よりは賢いとは言っても獣の亜種でしか無い魔獣なので、自らが実体験した経験でしか判断が出来ない。なので、結界があると知らない魔獣は少数だがまだやって来る。


 「近くにいる魔獣ならやっても構わないんだろ?」


 「はい。魔石も後で買い取りますので、お小遣い稼ぎと思っても構いません」


 「よっしゃ!」


 皆のやる気が高まって良かった、などと呑気に構えるケーゴであった。


 実はクマクマが真っ白な身体で気配を隠さずに歩いているため、ある程度弱い魔獣は避けて逃げているのだが、それを知っているのはクマクマの背中の上で検索、鑑定しているケーゴのみだった。


 「まもなくです。あ、あった。有りました。アレを見てください。緑の粒が連なった小さなタケミ(ブドウ)みたいなヤツです」


 ツタ植物で、大きな木に朝顔のように巻き付いて上に伸びる胡椒。大きめの葉も特徴的で、葉の付け根から七本の葉脈が縦に伸びているようにも見える。


 時期的に実が完熟する前のようで、赤く熟す前の緑の粒の状態で収穫できるのは運が良かった。


 「房の根元から切ったり千切ったりして収穫してください。決して茎全体を傷つける事が無いようにお願いします。コレ、種からは中々成長出来ずに、出来ても八年ぐらいはまともに収穫出来ない、時間のかかる草なんです」


 「八年? うわぁ、面倒くさぁ」


 「はい。全くです。誰かが栽培したとしても、十年ぐらい採算が取れない時期がありますね」


 「それで、コレってなんなんだい?」


 「コショーという辛い粒です。一粒食べてみてはいかがです?」


 ケーゴの勧めで皆が胡椒の粒を一粒かじる。


 「ちょっと香りが強いな」


 「辛いけど、こんなもんか?」


 「おそらくですが、コレを収穫した経験は皆さんの中で大きな財産になるでしょう」


 「そうなのか?」


 皆が疑問に思うが、ケーゴは構わずに次のポイントを目指すと言い、移動を始める。そして他のポイントを四カ所巡って、合計十キロほどの収穫を成した。


 クマクマに聖域に戻ると言えば、迷い無く最短ルートを取ってくれた。


 「結局魔獣は狩れなかったー」


 ダイナが不満顔で叫ぶ。


 「そういう時もあります。何でしたら一日使って森で狩りでもしますか?」


 「良いのか?」


 「ただし、その時はクマクマはお供出来ませんので、命の危険などをしっかり確認してくださいね」


 「よっしゃー。早速明日にでも!」


 「一人で行くつもりですか? せめて皆さんと相談してください」


 「う、わ、判った」


 一気に火が消えたダイナに、グループのリーダー的なアミナも苦笑を返すしか無かった。


 そして日当たりが良くて、普段は誰も近づかない場所として、ソーラーパネルの横の空き地を使って、胡椒を乾燥させる事にした。


 大きめで横に取っ手の穴が空いたタイプの木製トレーを大量に購入して、それを並べてから胡椒の実をほぐして敷き詰めていく。


 重労働では無いが手間がかかる作業なので、交代で着替えさせつつ、チマチマと繰り返していく。


 そうして全てを敷き終えた。


 「ああやって乾燥させ、黒くシワシワになったら完成です」


 作業を終えて、炊事場でへばっている全員の前でケーゴは言った。


 「どのくらいで完成なんだ?」


 「天候にもよりますが時間がかかります。一応皆さんがお帰りになるまでにはある程度出来上がっているとは思いますが、乾燥が足りなかった場合は暫く使用はお控えください」


 「乾燥させるとどうなるんだ?」


 「はい。こちらに完成品があります」


 どこかの料理ショーのように、出来上がった胡椒をとりだす。五十粒程入った瓶だ。


 「有るのかよ」


 「これから皆さんにお渡ししますので、乳鉢と擂り粉木で三、四粒ずつ粉にしてください」


 そして薄切りされた豚バラ肉をドンっと取り出す。


 「先ずは普通に焼いて、肉の味を確かめてみましょう」


 竈の方に火を入れさせて火が回った所で肉の一片をフライパンで焼かせる。火が通ったら食べて良いと。


 「ん? これって結構良い肉なんじゃね?」


 「はい。コレを香草につけ込んで焼けば、皇帝陛下の宴会食レベルです」


 皇女殿下のお墨付きまで出てきた。


 通販で豚こまを買ったのは拙かったようだとケーゴは後悔。品種改良された豚で、血抜きも完璧な食肉として売っている物なので、それだけでレベルが違ったようだ。少しぐらい血が残っていた方が肉の臭みを取るというコショーの効果が判りやすいのだが、ケーゴの通販ではそう言った不完全品は売っていない。


 次の機会があれば狩りで狩った獣か魔獣の肉で試さなければ、と心を改める。


 「では次に、肉に塩とコショーを振りかけてから焼いてください」


 「少し辛くなるけど、コレはコレで?」


 「肉の後味が結構さっぱりだな」


 「コレなら香草が必要無いですね」


 次は小皿を用意させ、小皿に砂糖、塩、コショー、そしてブイヨンを加えて馴染ませ、そのソースに肉を少しの間漬け込んでから焼かせる。


 「少しぐらい焦げても良いですから、しっかり火を通してください」


 そして焼き上がりに近づくととても良い匂いが立ちこめる。


 「では、肉がどんな味と食感になったか確認してください」


 まるで放心しているようだ。空中を見ながら、口の中に意識を集中させているのだろうか。


 「も、もう一度やってもいいか?」


 ダイナが願って聞いてくる。


 「ここに、ゴマと、のど飴作りの時にも使ったショウガがあります。これらで、どうするのが良いか、考えて、色々試してみてください。テーブルに出した肉は全て使いきっても構いません」


 そして七人全員が顔を突き合わせて組み合わせを言い合う。


 直ぐに匂いが立ちこめ、ちょっとだけ変わった味付けが次々に生まれ始めた。


 コレでようやく『料理』になった、とケーゴは一段落付いた事に溜息を吐いた。今までのは切って焼いて煮て炒める、と言う子供でも出来る作業だった。しかし、味を見て、量を調節して、バランスを取って目的のモノを作っていく、と言う知恵と技が『表現』出来る様になった。


 コレは大きな一歩だと感じる。


 「コレはコレで旨いんじゃね?」


 と言う台詞を聞くと自信が無くなるが。


 「コショーは肉の臭みを抑えてくれます。塩だけを振るよりもコショーと組み合わせれば美味しさも際立ちます。ですが入れすぎは逆効果で辛すぎるモノになってしまいます。どんな味付けなら、どれぐらいが良いのか? と言う事を考えるのが料理です」


 と、毎日カップ麺を食べているケーゴが偉そうに言うが、言われた方は素直に感心している。


 「少し食休みを取ったら、ジャムの作り置きを作る事にします」


 一度皆の元を離れ店に戻る。


 「醤油を作らせたい! でも時間がかかる! 今のあの連中のキャパシティいっぱいだ! ああ、悩むぅ」


 密かにケーゴも悩んでいたらしい。


 店の奥の取引部屋では無く、入り口を入って直ぐの小上がりに作られた板の間で、ゴロゴロと転げ回る。


 その時、ポロロン、っと電子音が鳴った。


 「いつもの警戒装置の音じゃないな。なんだろ?」


 スマホを見るとメールが来ているとメーラーが立ち上がっていた。件名は【助けて】。このスマホにメールを送る存在は他にいないので、アレからのメールだとは思うのだが、件名が怪しすぎて開く気になれない。


 右を見る。誰もいない。


 左を見る。誰もいない。


 よし、見なかった事に……。と言う所でメーラーがメールを勝手に開いた。


 溜息を吐いて起き上がり、板の間に胡座をかいてスマホを見つめる。


 【件名:助けて

  本文:クマクマが聖域の守護獣になったのを他の神が嫉妬しちゃった! それで 勝手に神獣作って審判の森に放り込んでるんだよ! 酷いと思わない? これで あらたな神獣が聖域の守護獣に加わったりしたら さらに他の神が神獣を突っ込んでくる可能性が出てきちゃったんだ! もちろん 生まれてきた神獣には罪は無いけど 審判の森が神獣だらけになったら それが原因でその周辺は無人になっちゃう 神が直接人を殺す事になって 神が皆堕天して悪魔になっちゃう ま それはそれで 構わないんだけど そこから生まれる混乱は 最悪の滅亡になるかも知れないんだ お願い! なんとかするのに手を貸してぇぇぇぇ!】


 屋敷に戻って、布団敷いて、クマクマに添い寝してもらって、ぐっすり眠る。と言う素敵プランが頭の中を占領した。


 「そういうワケにもいかないか」


 溜息を吐いてスマホのチャットを立ち上げる。


 「最近溜息が増えたなぁ、って思ったけど、仕事してた時も結構吐いてたな」


 溜息が癖になっているのか、それともそう言う運命なのか、と、どちらも勘弁してくれと祈りながらスマホの音声認識に語りかける。


 「で? 具体的にどうしたら良い?」


 話した言葉が認識され、チャットに文字として送られる。そして、その返信が表示された。


 【神獣だから 聖域の結界を抜けて入られる筈なんだよねぇ】


 「聖域に入った敵を排除する機能は?」


 【それで排除は出来るけど 二度とは入れないと言う機能は働かないんだ つまり 何度もやってくる事になっちゃう】


 「排除はあまり意味が無いか。クマクマに攻撃させて撃退させる、とかは?」


 【クマクマは根が優しいから 自分と同じ神獣にトドメはさせるか心配だよぉ それにトドメを刺させること自体もやらせたく無いしねぇ】


 「あぁ~、それは同感。守護獣の採用枠は埋まりましたので、当分は採用はありません。と言っておくとかは」


 【下手をしたら クマクマを殺されちゃって 枠が空きましたね? なんて言われたら…】


 「うわぁ、手に負えねぇ」


 【審判の森にいつまでも神獣が跋扈するのもマズイしねぇ…】


 「神獣を誰かに引き受けて貰う、とかって出来ないのかな?」


 【あ 誰かに擦り付けられるように 神獣のあり方に手を加える事なら出来るかも】


 「契約した従魔、って事で、契約者をひたすら守るような存在に出来る?」


 【うん うん 元々聖域の守護獣になる様に仕向けられているから けっこう簡単かも】


 「その場合、いつも神獣が寄り添ってるのか? それとも、カプセルとかに入れておいて、必要な時に出すとかは出来るのかな?」


 【いいね いいね 今日の神獣は コレに決定! 行け! 雷撃の雨だ! ってのは格好いい!】


 「いや、ちょっと表現ヤバイ。次元も世界も超えて黒服の男達がやって来たら怖いから押さえて、押さえて」


 【あ ああ ごめんごめん じゃあ 神獣を捕らえて従わせる式を刻み込むカプセルを作ってみよう 出来上がったらツブツブ屋に出すからチェックしてね】


 「契約者も俺以外が選べるようにしておいてくれ。それを世界に放ったら、良い混乱になるんじゃないかな?」


 【いいね 採用だよ 採用! じゃ 早速作業に集中しよう!】


 そしてスマホは沈黙した。


 「従魔か。この世界、テイマーっているのかな?」


 後で誰かに聞いてみよう、と思いながら、ケーゴは起き上がって炊事場の方へと向かった。その歩みにクマクマが加わる。


 「クマクマ。他の神獣がここの守護獣の立場を狙って、何体もやってくる事になりそうです」


 そこでクマクマは立ち止まり、ケーゴをじっと見つめる。


 「ここの守護獣はクマクマだけです。ですので、他の神獣には従魔になってしまう道具を使って、他の誰かの守護獣になって貰う事にしました」


 暫くクマクマはケーゴの言葉を反芻しているようだった。そして納得がいったのか、再び歩き始めてケーゴの横に寄りそう。


 「クマクマには、やって来た神獣を従魔にしてしまう道具がしっかり働くように、取り押さえるか、少し弱らせるかでの協力をお願いします」


 「ガウ」


 今度は直ぐに反応した。


 炊事場に戻ると、皆がノートに色々と書き込んでいる最中だった。


 「良い組み合わせは見つかりましたか?」


 「あ、何というか、難しいな。続けていくウチに、味が判らなくなって行く様な気もするしなぁ」


 「ああ、有りますね。匂いとか味とは、長時間続けると違いが判らなくなります。臭い匂いの場所でも、長時間居続けると匂いが気にならなくなる、とか」


 「ああ、それだ。そう言う現場ではそれで良いんだが、味を決める時には長く続けられないよなぁ」


 「なにか、香りの良いお茶を一緒に出して、香りや味を一掃するとか、ですかねぇ」

 『お新香とかが良いのだけれど、下手な作り方は食中毒の温床だしなぁ』


 「お茶かぁ」


 「皆さんの街とかで出回っているお茶とかはありますか?」


 「あたしらのトコじゃ、お茶はやっぱ貴族の物だったなぁ。姫さんとこはどうだった?」


 「私のところでもお茶は少なかったと思います。皆が飲んでいたのは主にワインばかりだったと」


 「姫さんもワインで?」


 「いえ。毒を混入されやすいので、主に水でした。招かれた場合はワインを飲まないわけにもいきませんでしたが」


 皆が話し合っている間に検索するケーゴ。


 【この世界に茶の木は存在するが 飲用の茶としているのは少ない しかも摘んだ葉をそのまま飲用するので 渋い茶にしかならない 薬屋で乾燥した物が売られているが 粉にして他の薬に混ぜて使用 渋という意味のニベルと呼ばれている】


 さらにお茶の作り方を検索。


 【茶の木から若い葉を摘む 風通しの良い所で二日程度乾燥 揉む 乾燥させないようにしながら一日から二日程度発酵させる 石窯等で十分程加熱させ発酵要素を死滅させる ここで完成でも良い 四、五時間百度に達しない温度で熱する場合もある】


 店でお客に出すお茶としては、専門にお茶の木を大量に栽培し、年に一回か二回、新芽を収穫してお茶を作る工程を始めなければならない。一年を通して管理していかなければならない作業だ。料理人がどうこうできる問題でも無い。


 飲用としてのお茶が広まっていない現状だと、お茶の新芽を手に入れる事自体が難しいかも知れない。


 「ワインが広まっているのなら、お茶は広まりにくいかも知れませんね」


 お茶の事は一旦保留にする気満々のケーゴであった。


 「そうかも知れません。ワインを飲むために色々工夫もしているようで、聞いた所では銀色の金属の杯で飲むと、ワインが甘くなるとか言われていますし」


 「げほっ! ごほっ! がふっ! ごほっ! ごほっ」


 「店長! どうしました?!」


 思わず思い切り咽せた店長に皆が心配の目を向ける。


 「あまりの事に咽せただけですので、ご心配には要りません。ですが、ワインが甘くなる金属の杯ですか?」


 「はい? 私も人づてで聞いたのではっきりは」


 「いえ。殿下が利用していないのなら問題ありません」


 「と、言いますと?」


 「はっきりと断言は出来ませんが、もしもその金属が鉛ですと、殿下が盛られ続けていた弱毒よりも質が悪いと言わざるを得ません」


 「鉛は毒って事か?」


 話を聞いていたアミナが聞いてくる。


 「はい。金属としては柔らかく、加工もしやすいのですが、頑丈では無いので使いどころが難しい金属ではあります。錫と混ぜて溶かせば、低い温度でも溶けるハンダと言う便利な素材にもなります。ですが、人の身体に入ると、排出されにくいので溜まる傾向があり、長い時間を掛けて徐々に悪くなっていく事になります」


 「あ、あの、どのような症状が出るのでしょうか?」


 「まず疲労が抜けないなどから貧血や、イライラが収まらないとか、逆に無気力になるとかなどの心の病気の元になります。さらに病状が進むと、身体のあちこちが意味も無く痛むとかを頻繁に起こすになります。最終的には頭の中の脳みそが少しずつ壊されていって、人としての受け答えにも支障を来す事にもなりかねないです。本当の最終的なモノは、苦しみながらの死亡ですが」


 「あー、つまり、元が良くても最悪な性格に変わって、最後は人形の様になって死ぬって事か?」


 「抑えた表現を選んで頂いて感謝します」


 「今ので抑えた表現になるんだ……」


 「最悪なのは、その言動に振り回される周りの方々でしょうね。特に権力者が鉛毒にかかる傾向がありますので、無気力やイライラの被害は付き人に直接のしかかると思われます」


 「だよなぁ。間接的には領民にも被害が出そうだしな」


 「女性が鉛毒にかかるとさらに酷い事になります。甘くなるワインを好んで鉛の成分を多く取り込んでしまうと、便秘がさらに酷くなったりの傾向があります。それらは内臓そのものを機能不全に陥らせる事にもなりますので、短命で終わる事にもなりかねません。そして、お腹の中に子供がいた場合、間接的に子供の体内にも鉛が蓄積して、生まれながらに鉛毒に犯された子供が生まれる事になります」


 「う、うわぁぁ」


 女性達が引いている。当然だが。


 「産んだ親を恨む子供が生まれるか、生まれた事も認識出来ないで苦しみながら死んでいくか。どうなるかは断言できませんが、五体満足で幸せな人生、と言うのは約束されない可能性が高いです」


 「お、おそろしい」


 「ある程度運勢と言う事も関係しますが、幸せな人生を送るためには賢さは持ってください」


 「知らない、と言う事が恐ろしくなってきました」


 『たとえ活用できなくとも、知っているだけでも財産だよねぇ』


 そこでケーゴはお茶についても教えておく事に決めた。


 「はい、まぁ鉛の事には十分注意すると言う事で、今はジャム作りを始めましょう」


 そして用意してあった果物各種を多めに渡す。さらに保存瓶も追加で出しておく。皆が作業に入った所でケーゴは店に戻ってお茶セットを用意する事にした。


 茶葉は紅茶と緑茶、ジャスミン。試飲用の茶器は紅茶用と緑茶用で二種類。買い取り用の茶器のサンプルとして、カップ一つで五千とか言うのをデザイン別でいくつか用意した。カップ一つで二万とか言うのもあったが、見ても判らないだろうから見せない、と言うのは内緒だ。紅茶用に角砂糖とスプーンも用意しておく。ミルクは今回は入れさせない。


 他に用意するのはクッキーセット。いや、クッキーを作るセットだ。


 小麦粉と砂糖は既に大量に渡してある。追加するのはバターに牛乳、大きめの保存瓶。ついでにショウガや酒のつまみとして食べられているナッツ類も追加する。一度経験させておこうと、重曹も腰のツールバッグに入れていく。


 自分用にペットボトルの緑茶を買って、一人で飲んで至福の時間を楽しんだのはどうかと思われる。


 「どのくらい出来ましたか?」


 ケーゴが炊事場に戻って作業している七人に聞く。


 「三回目を煮てます。前のはまだ粗熱を取っている段階です」


 殿下が答えてくれた。一応殿下も作業をしているのだが、半分以上をクローナが取り仕切っている。元々そう言う立場だったし、一応の作業手順を見ているだけでも充分だと思うケーゴだった。


 「それが終わったら別の作業を始めます。今のが仕上がったら鍋のまま粗熱を取るため置いておいてください」


 「次は何を?」


 「次はクッキーを作ります。ちょっと小腹が空いた時などに良い軽食、と言うか菓子ですね」


 「飴の様なモノですか?」


 「まぁ材料も作り方も違いますが、どちらかというとパンに近いモノです。ですが小さく、そして甘く作る事で菓子としているようです。ここら辺の分類方法は、分類した人の感性によりますね」


 皆の準備が出来た所でクッキー作りスタート。


 今までは竈で作業していたが、今度は石窯で作業。火が回るまでは少し時間がかかるが、こねてれば時間もかかるだろう。


 まずボールにバターをたっぷり入れて、小麦粉もたっぷり、砂糖も程々だけどたっぷりめ。牛乳で溶いて、やや固めの塊になる様にこね上げさせる。パンと似たような、と発言したのが効いたのか、びちゃびちゃにはならなかったのは良い傾向だ。


 その塊を四つにし、それぞれをボールに分ける。


 一つはそのまま使うつもりで、次に重曹を小さじ一杯加えさせてこねさせる。次のモノはたっぷり摺り下ろしたショウガ。四つ目はそのままだけど、砕いたナッツを混ぜ合わせる。


 それぞれの生地をさらに四、五個の小さな円盤に成形させ、金属トレーの上に並べさせて石窯に投入。そして焦げ茶色が見えた所で回収させた。


 冷ます時間を取るために片付けを始めさせる。


 そしてケーゴはキャンプ用の炭火コンロを三つ程設置して、それぞれにたっぷりのお湯を沸かさせる。


 「ではお茶にしましょう」


 炊事場から少しだけ離れた場所に折りたたみのテーブルと椅子を出して、皆を誘う。皆にはそれぞれ、今作ったクッキーらしきモノとジャムを持参させる。


 「これはニベルという渋い葉っぱを使ったお茶です。年に一回、初夏ぐらいの時期に新芽が出てきますが、その新芽だけを摘み取って、乾燥させ、揉み、発酵させてから少しだけ焼いたモノです」


 「ニベルって虫除けじゃ無かったか?」


 「皮と一緒に煮込むとか聞いた事があるような?」


 「はい。ニベルの木の皮を剥いて、煮込んでやれば、皮を鞣すのに使う薬品になります。そう言った木はいくつかありますが、その中で新芽限定ですが、手を加えてやれば飲めるお茶になるモノがあります。皇女殿下が毎日飲んでいるレジポス茶も同じ部類に入りますね」


 「では、ニベルも薬になるのですか?」


 「気分を落ち着かせるぐらいはありそうですが、特にはありません。あくまでも嗜好品ですね。では、まずは紅茶と呼ばれるモノから飲んでみましょう」


 そう言い、透明な紅茶用ポットを三つ取り出し、中に人数分の茶葉を入れる。そしてお湯を入れ、暫くそのまま放置。一つのティーポットで八人分は無理があると思ったケーゴの判断だった。


 「こうやって、お茶の葉からお茶がにじみ出てくるのを少し待ちます」


 お湯を注ぎ終わった薬缶には新たに水を注いで沸し直しをさせておく。そして二分弱程待った後に、少しずつ注ぎ足すように八つのカップにお茶を入れていく。


 「では飲みましょう」


 ケーゴの言葉で、皆がそれぞれ口を付ける。


 「良い香りですね」


 「ふむ? こんなもんか?」


 「ちょっとだけ渋みが残ってる?」


 旨味や甘みが無いお茶だから、感想はこんなモノだろうとケーゴも納得。


 「では、お茶請けに、皆さんが作ったクッキーを食べながら飲んでください」


 予想以上にサクッという音が良く聞こえる。皆運が良いのだろうか?


 「あ、あー、なるほどなぁ」


 「うん、うん、判る」


 「そういう事ですね」


 「皆さん、どうでした?」


 「ああ、こういう、甘い物とか、粉っぽい感じのモノを食う時のお供ってヤツだろ?」


 「正解です。慣れてくれば、お茶だけでも満足出来ますが、喉を潤すというよりは食べ物のお供という傾向が強いですね。こう言った甘い物が無くとも、紅茶に砂糖を入れて飲んでも美味しく頂けますよ」


 「へー、試して良いか?」


 「ああ、失礼。この後も別のお茶がありますので、それは一回りすんだ後でお願いします」


 そして今度は緑茶用の急須に茶葉を入れていく。紅茶と同じように三つに分けた。


 そして湯飲みに分け入れて皆の前に出す。


 「今度は薄い緑色?」


 「はい。同じ茶葉を使っていますが、摘んで揉んだ後、蒸して、また揉み、また蒸すと言う作業を繰り返してあります。紅茶のように発酵させずに蒸すと言うのが特徴です」


 そして皆が一口飲む。


 「うわ。森の味だ」


 それがベルダの感想だった。


 「うん。緑なのがよく判るな。コレは葉っぱの味だ」


 アミナも驚いている。


 「こんなお茶があるんですね」


 「コレはくせになりそうです」


 皇女殿下とクローナの評判も良いようだ。


 「あの、お代わりいいですか?」


 ひたすら飲んでいたエリスは飲み干してしまったようだ。


 「………」


 シアラは夢心地なご様子。


 概ね好評だ。


 「次はジャスミン茶です。これは今の緑の茶葉にジャスミンという花の香りを付けたモノになります」


 ケーゴは別の茶器を出して、ジャスミン茶を煎れていく。


 「うわ。香りが」


 「うん。味よりは香りを楽しむお茶か」


 「これは心が落ち着くような」


 「こちらもくせになりそうですね」


 「緑の方が美味しかったかな」


 「お茶っていいですねぇ」


 少なめに入れたとはいえ、三杯のお茶で皆の心がかなり落ち着いたようだ。


 「作り方は先ほど言ったとおりで、実行が難しいと言う様な作業はありません。ですが、揉み方や蒸し方、発酵させ具合などなど、職人が経験を積んでいき、完成させなければならない技術です。しかもチャンスは年一回です。コレを完成させた職人には敬意を払うべきですね」


 「確かに」


 「では、最後にもう一杯ずつ、ご自分の好みのお茶を自分で煎れて見てください。皆さんが帰る時には、茶葉は有料ですが、持てるだけご用意できます。ですが時間が経てば質も落ちるのでそこはご容赦ください」


 「なるほど。つまり、誰か有力者にこの味を覚えさせろ、って事だな」


 「さて、何の事でしょう? ああ、有力者の性格はしっかり確かめてくださいね」


 「ああ、鉛が入ってないと良いんだけどな」


 そして、ワイワイとお茶会が終了した。


 夕飯の準備を始める時間になったが、クッキーを食べ過ぎたと、夕飯は遠慮するような雰囲気になった。なので、リンゴとオレンジのペットボトルを渡して、後はジャムと作り置きしたパンで凌いでくれと言い渡す。欲しければ炊事場で好きなモノを作って良いとも言っておく。材料は残ったままなので、何かしら作れるだろう。


 ケーゴは一人店に戻り、片付けと帳簿を付ける作業をこなす。


 何か無いかと古物商ツブツブ屋を見てみると【!】があった。


 それは従魔石。


 組み敷いて、実力を見せた相手に従う意思を持つと、魔石を媒介に従魔契約が成立し、その魔石に対象が吸収、収納される。


 収納された対象はいつでも魔石から解放して活動させる事が可能。されど、体調管理は別。魔石に収納されている状態ではほぼ時間経過が無いと思っても構わないが、負傷や空腹状態で収納された場合はその状態で解放される。収納中は使用者の魔力を使うので、使用者は一定の倦怠感や疲労感を感じ続ける事になる。


 使用法は、大人の手の平に入る程度の従魔石を持って、従魔術を展開させる。使用者の魔力を使って従魔術が影響を及ぼす限定空間が形成される。その中で戦い、相手を一時的に動かせなくすれば契約が可能になる。殺してしまったら契約出来ない。動かなくなった所で、従うように命令し、相手に名前を付け、受け入れられれば契約が成立する。従魔術の空間を維持する魔力が続く限り何度も行えるが、その後の行動を考えて解除する事も可能。ただし、従魔石は失われる。


 獣、魔獣、神獣に対して実行できるが、人族や高度な知性を持つ相手には使用出来ない。


 魔石が砕かれると解放され、契約は解除される。


 従魔術の空間が展開され、その中に対象が存在する場合、その存在は使用者に対する敵愾心が増幅される。対象が逃げにくくなる利点があるが、使用者が死亡する可能性は高くなる。


 複数人で一体の対象を組み敷いた場合、使用者の実力を認めずに契約が不成立になる可能性が高くなる。二人で組み敷いた場合、使用者の実力は二分の一。十人では十分の一と見なされ、その分、契約は難しくなる。


 従魔の譲渡は不可能。一度解放し、その場で従魔術を展開して契約する事は可能。


 ケーゴのみ、従魔の譲渡が可能。全ての従魔はケーゴの意思に最優先で従う。


 「最後のは要らないんじゃないのか?」


 説明を読み終わったケーゴはそう独りごちる。


 何度も説明を読み直し、ケーゴは中々良く出来ていると感心する。魔石に収納できるが、それは緊急避難として退避させる意味が強いのが良い。怪我をした従魔を、治療が出来る状態になるまで、時間を止めて収納出来ると言うのなら、無駄に死なせる事も無いだろう。そして普段は常に解放して一緒にいる状態なら、互いの絆も育つだろう。


 ケーゴは試しに十個購入した。価格はプライスレスだった。配る場合はケーゴが値段を決めてね、と添え書きまであった。


 「とりあえず、戦って、押さえ込みか負けを認めさせないとならないワケか。基本はクマクマに頼むにしても、俺自身も戦う手段はあった方が良いよなぁ」


 そう言いながら、古物商ツブツブ屋の販売物を眺めていく。


 そして武器のコーナーが新たに加わっていた事に気付いた。おそらく従魔関連で増えた項目なんだろう。そう思ってケーゴがチェックしていく。


 【剣 槍 弓 投擲武器 暗器 銃器 爆発系 特殊】

 「良いのかよ、コレ?」


 ちょっと引いてしまった。さらにチェックしていく。


 【英雄クレアチストの剣 兵士であったクレアが戦の神から授けられた剣 武功をあげ英雄になったが国王の暗殺部隊に殺された 剣は国宝に指定され宝物庫へ 以後行方不明】


 【世捨て人サンフェスの槍 鍛冶神が与えた槍 何体もの魔獣を屠り続けたが 槍を欲した貴族により毒殺された 槍は貴族の家宝になったが それを巡りその貴族は身内同士で殺し合い 血筋は絶えた】


 【森滅の弓 狩猟神が森の民に授けた弓 森の外にある人族の国が攻め入る原因になった 人族が森を焼き払い続け 森の民は散り散りに 弓は行方不明に】


 【氷結の投げナイフ 火炎竜を退治に出かけた英雄達に 水の神が与えた投げナイフ 刺さった場所の温度を奪う性質が有り 何度でも手元も戻す事が出来る 取り扱いに失敗し 英雄達も氷漬けになり 火炎竜は仕返しに国を襲って滅ぼした】


 ケーゴは突っ伏していた。震えていた。


 「ろ、碌な事してない! そもそも戦争の神が片方にだけ武器を渡すとか、有っちゃいけない不公平だろう! 強力な英雄を祭り上げたい、とかってのは判るけど、憧れは嫉妬を産む、って基本を知らないのか?」


 ケーゴなら同じ程度の武器を複数ばらまくか、奪い合う事を前提で渡す。そしてそれを渡した相手にしっかりと話す。それが無ければ単に渡した相手を殺すだけの行為だと考える。


 一応、ケーゴ自身が使うなら問題無いと創造神が判断したから、ここに販売されているんだろう、と勝手に判断する。そしてさらにチェックを続ける。


 【銃器: 拳銃 小銃】


 「はい。ハンドガンからアサルトライフル、ミニガンまで色々有りました、ごちそうさまです」


 そもそも殺傷能力は必要無いんじゃ無いかと、ケーゴは銃器のサイトページを閉じた。しかし十歳児相当のケーゴでも使えるモノとしてスタンガンを購入。


 一般的な長方形の箱形スタンガンと、警官が暴徒鎮圧で使うような警棒みたいな棒状のスタンガン。そして拳銃型で、引き金を引くと二本の線が付いた端子が飛んで突き刺さり電流を流すというタイプ。拳銃型は射程が十メートル程で、外れたら射出部を取り外して箱形のスタンガンと同様に押しつけて使用する事が出来る。


 色々考えて、ケーゴは三種類のスタンガンを一つずつ購入した。


 「武器は持っているだけで気持ちが大きくなる傾向があるから、少し不安な方が良い、と言うのは理想論かな」


 そう呟いてツブツブ屋のサイトページを閉じた。


 その後、ケーゴはクマクマに夕食を与え、自分は油揚げの入ったうどんのカップ麺を食べて、入浴した後就寝した。

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