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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
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04 皇国の皇女

 アミナ達がジャングルブーツを履いて、走り込みや体捌きを繰り返すという『慣らし』を始めて少し経った頃、ケーゴのスマホが侵入者警告を出した。


 【侵入者警告:聖域に二名の入場を確認:歓迎 排除】


 帳簿を付けていた店から飛び出て、どんな者たちが来たのかと確認する。


 そこには全身鎧を着た騎士風の存在と、それに付き従うメイドがいた。


 「メイド?」


 全身鎧は判る。と言うか、この森では全身鎧は悪手であり、厚手の服に部分鎧を着けるのが限界だ。なのに平然と全身鎧を着ている存在も謎だが、その付き従うメイド服を綺麗に着こなしている女性も謎だ。


 ケーゴが飛び出してきたのを見たシアラとエリスもこの二人の格好に疑問を示した。


 しかし、この聖域に入ってきたと言う事はお客であると気を取り直したケーゴは、背筋を伸ばしてその二人に近づいていった。


 「いらっしゃいませ。聖域の何でも屋、不思議屋へようこそ」


 ケーゴの物言いに二人は驚いたが、騎士の方は周囲を見回してから剣を抜き、ケーゴへと剣先を向けた。


 「我はミドルーニ皇国、セカルド皇帝陛下が一子、ルイナル皇女である。我が名においてこの場を接収するモノである。疾く従うが良い」


 全身鎧からは女性の声が聞こえた。しかし内容が頂けない。


 「お断りいたします。不思議屋へのお客様でないのでしたらお帰り願いたいのですが?」


 ケーゴは営業スマイルを崩さず、にこやかに返答した。


 「道理の判らぬ子供が無礼を申すな! さっさとここの管理者を連れてこい!」


 今度は従者のメイドが凄んで言い放つ。


 この従者の方が皇女と名乗った全身鎧の女性よりも強そうだとケーゴは判断した。しかし、とケーゴは鑑定を発動させる。


 【ルイナル皇女 セカルド皇帝の第二皇女 上に一人、下に三人の皇女がいるが セカルド皇帝には皇子はいない 現在セカルド皇帝はED なので次期皇帝は女帝になるか 入り婿が皇帝位を継ぐかで問題になっている 現在第四皇女の盛った弱毒の累積で内臓疾患あり 第三皇女の策略により審判の森において何らかの成果を出さねば皇位継承権を失う状態にされている 三十名の騎士 七十名の従者を連れて森に入ったが 半数は計画的に遁走 残り半数は魔獣の餌食 患いの鎧により精神的混乱】


 長々と出てきた鑑定結果の内容にケーゴは目眩がした。


 「鑑定、累積した弱毒による内臓疾患の治療方法」


 【解毒成分のあるレジポスの葉を煎じた茶を一日一回以上 六十日は継続して飲用後 ヒールタブレットで治療可能 解毒が済まない内にヒールタブレットを利用しても 一時的な治療にしかならない レジポスの葉:通販サイトにて一回分百五十で販売】


 ついでに従者であるメイドが信用できる存在かも鑑定した。


 【クローナ・ジューライ ジューライ伯爵の三女 十歳時にルイナル皇女の専属メイドとして従事 以来八年間世話を続ける 策略を持ちかけてきた相手を三人連続で逮捕拘束した実力派 皇女の着ている患いの鎧の影響により精神的混乱】


 『さて、どうしよう』


 ケーゴは思案しつつ大きなため息を吐いた。


 「何をしている。さっさと大人を呼んでこい!」


 メイドが痺れを切らして大声で言ってくる。


 「再度申し上げます。お客様で無いのならばお帰り願いたいと存じます」


 「店長! どうする? 手を貸そうか?」


 エリスが呼んできたであろう、アミナ達五人が揃っていた。しかしジャングルブーツは履いているが、普段着で武器も持っていない。


 「大丈夫です。排除しようと思えばいつでも排除出来ます。さらに排除したらどこに飛ばされるか私にも判りませんし、その後は二度とこの聖域に入る事が出来なくなります。このお二人に出来る事はありません」


 ケーゴはわざと皇女とメイドの二人にも聞こえるように話す。


 二人が驚きの動きを見せる。ケーゴが改めて言った『聖域』と言う言葉に反応したようだ。


 「皇女が申したとおり、この場所は皇女が接収した! 無駄な抵抗はするな!」


 メイドがけんか腰に言ってくる。既に後退は無い状態なのだろう。


 「何度も申しますが、貴方方にその権利はありません。私がその命令に従うつもりもありません。お客様であればお取引としてお入り用になられます物品をお分けする事も出来るのですが、不当な取引には断じて容認する事はありません」


 「お前の主張などどうでも良い。従わぬとあらば実力を持って行使するまでだ!」


 メイドが少し腰を落とす。そこで皇女がメイドに微かな声で囁きかけた。それが気になってケーゴは再び鑑定を行う。


 【ルイナル皇女:手荒なまねはよすんだ  クローナ:判っています 押さえつけるだけです】


 『ふむ』


 特に道理の判らない乱暴者では無いと判断するケーゴ。


 「もう一度申します。要り様なモノはございますか? 特にそちらのルイナル皇女。第四皇女に盛られ続けた弱毒が累積して身体を壊している状態で、解毒薬を欲していると思われるのですが?」


 「「なっ!」」


 ケーゴの台詞に二人が驚く。そこにダイナがケーゴに聞く。


 「じゃくどくってなんだ?」


 「一回限りでは毒性が出ないような弱い毒です。ですが、何度も服毒していると、それが身体に溜まって身体を壊し、最終的に死を迎える事になります。しかも病状がゆっくり出てきますので、周囲からは単なる病気でそうなったとしか見えないと言う、厄介さがある毒です」


 「そんな毒があるのか。直ぐに効く毒しか無いと思ってた」


 「魔獣相手には即効性が無いと意味はありませんね。毒というのは、一つの解毒薬では全ての毒に対処出来ないと言う厄介さも持っています。ヒールタブレットを用いても根本を取り除く事にはならないと言うのも厄介ですね」


 ダイナとの会話を終わり、改めて皇女の方に向き直ると、メイドが土下座していた。


 「も、申し訳ありません! なにとぞ、なにとぞ、ご容赦ください! 全てわたくしの責任です。殿下には一切の非はありません! この私めの命をもちまして詫びとさせて頂きます! どうか殿下に解毒薬をお願いします」


 「く、クローナ! だめだ、此度の無礼は私にも責任がある。其方だけのモノでは無い!」


 五人もケーゴもポカンと見ている。


 「なにか、小芝居が始まったようですが、投げ銭とかいるでしょうか?」


 ケーゴが呆れながら五人の方に聞いてみる。五人にも困った質問だったようで苦笑いしている。


 今度は二人とも土下座していた。メイドの方は地面にデコをこすりつけるのを通り越してめり込むんじゃ無いのかと言う程だ。


 「改めまして、聖域の何でも屋、不思議屋へようこそ。何か要り様なモノはございますか?」


 「殿下の解毒薬をお願いします!」


 「レジポスの葉を煎じた茶を六十回分、と言う事でよろしいでしょうか?」


 「レ、レジポスの葉?」


 「クローナ? 知っているのか?」


 「は、はい。南の山脈を越えた先にある砂漠の国の茶葉です。確かに解毒作用があるそうですが、酋長という国王にあたる者でもおいそれと飲む事が出来ないとか」


 『俺の通販サイトでさえ一回百五十の茶葉なんて、普通に手に入れるとしたら一回千ぐらいの価値があるんじゃないのかな? そりゃ、王族でさえ滅多に飲めないお茶だよなぁ。一回あたり二百二十の価格設定で良いかな』


 「すまない。我々は今、持ち合わせが無い。この剣を担保にとして受け取ってくれないか?」


 そう言って皇女は白い装飾の付いた短剣を差し出す。


 「いえ。ここではツケ払いは受け付けておりません。そのような短剣を差し出されても、一本千ぐらいの価値でしかありませんし」


 「なっ、これはれっきとしたミドルーニ皇国の紋章が入った宝剣であるぞ」


 「ここでは、国とか言う、人が勝手に寄り集まって勝手に名乗る集団の名は意味を成しません。実質的な価値のあるモノで無いと交換する事は出来ません。それは実用性の無い単なる短剣でしかありません。ツケも、この場所に二度目に訪れる事が可能かどうか、と言う問題から受け付けておりませんので」


 「判った。ならばこの甲冑を出そう。鎧としてもそれなりに上物だ」


 「いえ。それも大して…」


 そこまで答えて、ケーゴは念のためと鑑定を掛けた。


 【患いの鎧:心も体も病む呪いが掛けられし鎧 かつてはミドルーニ皇国の宝物であったが、第五皇女の男妾の魔法使いにより呪いが掛けられた その呪いを掛けた事により その魔法使いは発狂してから飛び降りて死亡 鎧の近くにいる者も影響を受ける】


 「はぁ~」


 この世界に来てから溜息が増えたと感じながら呆れる。


 「まず、その鎧を脱いでください。見えない部分もしっかり鑑定させて貰います」


 「う、うむ」


 ルイナル皇女は周囲を見回し、男は十歳児らしきケーゴしかいない事を確かめてから鎧を脱ぎ始めた。それをクローナが渋々手伝う。


 地面に置かれた鎧一式。ルイナル皇女は鎧下という分厚い下着を着ているだけになる。ここで始めてルイナル皇女の顔を見た。整ってはいるがやつれ気味で、髪の毛もまとまりが無いように見える。


 「下がってください」


 再び鑑定。


 【患いの鎧:恨みの神ディーガスの呪禁を用いた呪い 神聖樹の根元に咲く白銀の百合の花と 神聖を司るエルール神の香の煙で呪いを掛けた者へと呪いが返る それ以外の解呪方法は無く 深い穴に封印する事だけが呪いを遠ざける方法になる】

 『めんどくさ!』


 「皆さん。今いる位置を覚えて、その場所を動かないでください」


 「「えっ? どういう…」」


 「倉庫に行って必要な物を持ってきます!」


 説明も無しに走り出した。そして店に入り、速攻で通販サイトと古物商ツブツブ屋から花とお香と香炉、そしてライターを取り寄せる。


 「はぁはぁ、お、お待たせしました」


 七人の返事も聞かず、ケーゴは鎧の近くで香を焚き始める。そして白銀の百合の花を鎧に乗せる。


 すると、鎧の周囲が不快に濁った様な気がする。さらに、鎧しか無いはずなのに、謎の光景が見えるような気になってくる。


 『様子はいかがかしら?』

 そう聞くのはやっと十歳を超えたぐらいの少女で、シンプルなワンピースだが、それが贅を尽くした一品である事が直ぐに判る物を着ている。

 『もうじきです。明日には術式が全て染み込みまする』

 そう答える男は、三十過ぎの感じの、皺が刻まれた顔をしている。そして夢見るような表情で少女の手を取り、口づけをしている。さらに少女の尻に手を這わせ、尻から背中、そして胸へと張り付く虫のように這い上がっていく。その行為に対して少女は何も感じないのか、平然としている。そして鎧を見て微かに微笑む。

 『コレで二番目もようやく終わる。問題は一番目。あの女が一番厄介だわ』

 初老にまで見える男はそう呟く少女の言葉など聞いていないような恍惚の顔で男は少女に抱きつき、その胸に服の上から頬ずりしていた。


 幻はそこまでだった。


 それまで鎧に纏わり付いていた澱みが浮き上がり、今見えていた少女の元へと飛んで行ったのが判った。なぜか、空に消えた澱みが、少女の元へと目指すのを確信出来ていた。


 そしてしばらくの後。地面に置かれた全身鎧は砂のように崩れて行った。


 それを七人が呆然と眺めている。


 一番初めに復活したのはシアラだった。


 「て、店長! あれ! あれ! あの鎧って、その、あの、どう言う事です?」


 そのシアラの言葉で皆が正気を取り戻していった。そしてケーゴを質問詰めにする。


 「はい。はい。説明します。落ち着いてください。まぁ簡単な話です。第二皇女であるルイナル殿下が不幸な失脚劇を演じて、後継者問題から消えていく事を願って、第五皇女が恨みの神ディーガスの呪禁を使って鎧を患いの鎧に仕立て上げていたわけです」


 「あ、あれがミドルーニ皇国の第五皇女か」


 アミナが幻の中に見た少女を思い浮かべた。


 「ディーガスってアタシでも名前を聞いた事がある、ヤバイ神だったよな?」


 「禁呪ばかりなので詳しい事は良く伝わってはいないはずなのですが」


 「ああ、皇国の力でそう言うネタも集められる、って事だな」


 「店長。あの呪いってどんなのだったの?」


 「判断能力を狂わせて、良くない判断を選択するように微かに仕向ける、と言う所でしょうか。周りにいる人たちにも影響が出るようで、間違った判断なのに誰もそれを指摘せずに、破滅へと向かって突き進む事になる様です」


 「あっ、もしかして、この審判の森に来たのも?」


 「かも知れませんね。騎士を三十名も連れて森に入ったそうですが、半数は直ぐに裏切り、残った半数も森の犠牲になったようですし」


 「うわー。なんか良いとこ無しって感じだなー」


 最後をダイナが落とした。


 その当人であるルイナル皇女は、メイドと共に跪いて呆然としている。ケーゴ達の会話も聞こえていたはずだが、心当たりがあるのか、それとも一切を聞いていないのか、反応が無い。


 そして。


 「ひっ、ひっ、ひくっ、ひくっ、う、う、う~、うわーん!」


 泣き出した。子供泣きだ。


 メイドも皇女に抱きついて泣いている。


 ケーゴと五人にはどうする事も出来ないと、暫く眺めていただけだが、時間が経ってようやく落ち着きを取り戻してきたように感じた。


 「では詳しいお取引は店で行いましょう。アミナさん。申し訳ありませんがお二人を店の、あの部屋へと案内して頂けませんか? 私は先に戻って必要そうな物を用意しておきますので」


 「あ、ああ、判った。一応私たちも参加して良いのか?」


 「問題は無いと思いますが、アミナさんたちが一応見ておきたいと言うのでしたら構いません」


 そう言い残し、ケーゴは地面に一つ残された香炉を持って店へと走って戻った。


 用意するのは、コップに飲み物、クッキー、タオル、濡れタオル、下着二組ずつ、着替えのシャツとズボンを二組ずつ。サンダル一足ずつ。五人にも渡した櫛とブラシと鏡も用意する。それにヒール、スタミナタブレットとレジポスの葉とキャンプ用の小型卓上グリルと豆炭と薬缶と湯飲み。


 豆炭に火を付けている所でアミナ達が入ってきた。


 卓上グリルはキャスター付きのワゴンに乗せて、テーブルとは離して茶を煎じさせる事にした。


 「ようこそ。ではこちらにお座りください」


 現在は夢心地のような表情の二人に席を勧め、先ずはタオルを渡して落ち着かせる。そして五人も少し引いた位置で椅子に座ったのを確認し、皇女とメイドに話しかける。


 「ここ不思議屋では魔石の買い取りも商わせて頂いております。魔石の持ち合わせはございますでしょうか?」


 「え? 魔石?」


 「あ、わたくしが」


 メイドの方が一括して所有していたようだ。元は上等な布地だったのだろうが、現在は血にまみれて汚れている袋を取り出して、中身をテーブルの上に出している。


 「調べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 「は、はい」


 何故か丁寧な言葉で返事を返された。そこまで患いの鎧の影響が大きかったようだ。


 ケーゴが魔石を鑑定した所、この審判の森の魔獣の魔石と判った。ほとんどがそうで、一つだけ、毛色の違う物があった。


 【呪い山猫の魔石:呪いに引き寄せられる山猫 呪いを受けたモノは狩りやすいため その習性がついた 普段は他の山猫と同じように自分よりも小型のモノを狙う 街での買い取り価格:四千 古物商ツブツブ屋での買い取り価格:十八万】


 「はい。十一個の魔石で合計百一万になります。こちらの額でお取引頂けますか?」


 「え? そんなに?」


 「すげぇな。あたし達より多いぜ」


 ダイナの感想は置いておいて。魔石が百一万というのが信じられないようだ。


 「はい。街ではおそらく二万五千ぐらいの価格かと思われますが、こちらでは適正価格としてこの値段で扱わせて頂いております」


 「二万五千でも多いと思いましたが…」


 「ああ。あたし達も似たような感じで買い取って貰った。それは間違いないよ」


 アミナの言葉に二人が一応の落ち着きを取り戻す。


 「では、改めまして、こちらの額でよろしいでしょうか?」


 「はい。そ、それでお願いします」


 「では、次に、こちらからのお売りする商品についてご説明します。まず、こちらをお受け取りください」


 そう言って下着や服、タオルやバスタオルなどを渡す。


 もちろんブラはスポーツブラだ。


 「こちら、服が二着ずつとサンダル、タオルその他で、二人分、一万八千になります。そしてレジポスの葉が一回分を二百二十としまして、基本は六十日続ける用法ですが、念のため八十日分としまして一万七千六百。いま、サンプルといたしまして一回分を沸かしている所です。確認のために飲んでみますか?」


 湯飲みに注いで皇女に差し出す。


 「変な匂いがすると思ったらレジポスを煎じていたのか」


 「アタシこの匂い好きだなぁ」


 「使い終わった茶葉を匂い袋にして貰うか?」


 エリスとベルダの話を聞いて『廃品利用は賢い選択だけど、せめて匂い袋ぐらいは使って無い茶葉にしようよぅ』と密かに思うケーゴであったが、冒険者であれば強い匂いは御法度なので使い終わった茶葉でも持ち歩けない事がある、と言うのはケーゴの知らない常識だった。


 「あ、なんか優しい味がする」


 ルイナル殿下がホッとした表情で味わっている。


 「魔石は百一万で買い取り、服と毒消しの茶葉で三万五千六百ですか? 常識的な価格を疑ってしまいます」


 「元々魔石は魔道具を作る材料ですし、ヒールタブレットなどの材料にもなりますからね。本来ならウチの買い取り価格も安い部類に入ります。ですがウチでは魔石を利用する事が出来ない中間業者ですので、このような価格になっているワケです」


 「魔道具は判りますが、ヒールタブレットもですか?」


 「魔力溜まりに生える回復草の根とクルワ草の葉、魔石の粉を混ぜて、日が天の頂点ぐらいの時から、夕の赤に染まるぐらいの時間煮込んで、型に入れて固めれば出来るそうです」


 「「「な、何を…」」」


 ケーゴの台詞に皆が沈黙してしまった。


 「どうしました?」


 「どうって、もしかして、ヒールタブレットの作り方なのか?」


 「はい。そう申しましたよね?」


 「はぁー。店長。あまりにも不用心すぎる。それで私たちが街でヒールタブレットを作って売り出したらどうするんだ?」


 「はい? 構いませんが?」


 「あ、あのなぁ…」


 「皆さんがヒールタブレットを売り出そうが、作り方を誰かに渡そうが、秘匿しようが、私は構わないと考えています。ここで教わった知識を皆さんがどのように活用するのか、私は楽しみにしています」


 「店長は……、あ、ああ、料理もそう言う事かぁ」


 「その通りです。皆さんには基本、と言うか、一番簡単で雑な方法でお教えしています。それを現場でどのように変化させ、発展させ、より良いモノに昇華させられるか。それを見たいが故に、無料でお教えしていると言っても過言ではありません。もちろん、お教えしたモノを自分たちだけで秘匿して、誰にも教えずに広めない、と言う選択を行っても構いません。もしかしたら、妬みや恨みを買う可能性もありますしね。皆さん、くれぐれも不幸にはならないでください」


 「はぁ~。それを聞いてしまっても、あたし達に教わらない、と言う選択はないんだよなぁ」


 アミナが頭を抱えながらこぼした。


 「あの。料理ですか? それはどのような?」


 料理というワードにメイドさんが反応。


 「おや。興味がおありですか? もしよろしかったら、お試しで参加されますか?」


 「よろしいのですか?」


 「作業に使う器具はお貸しします。お気に召しましたら購入をご検討ください。アミナさん達と同じ料理器具を持つのは今後も便利ではありますので、ご購入を見当された方がよろしいとは思われますが、お客様の購入計画というモノもあるでしょうから、過剰な進言は控えさせて頂きます」


 「その、彼女たちが持っている料理道具というのは?」


 「フライパンや金属製のボール各種、ヘラやおたま、フライ返しや泡立て器などの小物各種と、ミルクセパレーターなどですね。大きめのバックパック一つに一杯という感じで、おおよそ八万ぐらいになります」


 ケーゴの説明を聞いた後、メイドはアミナ達を見ると、アミナ達は頷きながらバックパックの大きさをジェスチャーで教えていた。


 ケーゴの見立てでは、メイドのあの目は購入を決めていると言う感じだ。だが、一応は主人の金という扱いになるから皇女と相談という感じだろう。


 「もしもアミナさん達と一緒に習うというのでしたら、他の材料費の負担もお願いします。十五日分で一万ぐらいになります。バターや塩、砂糖、小麦粉、卵、肉や竈で使う薪なんかも含まれての金額ですが。その間の食事は、そこで自分たちの作った料理のみとなりますので、特に食材の支出が多くなるなどは無いと存じます。申し訳ありませんが、現在聖域には私一人しかおりませんので、賄い等には手が回らないのが現状です」


 「貴方はここの人を増やそうとは考えないのですか?」


 「何分、店自体、始めたばかりなので、試行錯誤の連続です。もちろん人を増やすつもりもありますが、そう多くを必要ともしていませんので、気長にやっていくつもりです」


 「あー、店長はハーレム作る気みたいだしねぇ?」


 「はーれむ? し、失礼だが、その、年齢はいかほどなのか?」


 「さて。正確な所は不明です。男としても始まってはいないので、おそらく十歳前後と予想しておりますが」


 「その知識はどこから来たモノなのか、非常に気になるのですが…」


 「おそらく、あと一、二年で子種が出るようになれば、現在はほぼ十歳で確定で良いと思っています。知識に関しましては、私、鑑定という能力を持っていますので、体験では無く、道理と理屈を先に知っているとお考えください」


 「確かにわたしの事情を全て見抜いたその力は恐ろしくもありましたが」


 「私の事はともかく、皇女殿下には、何か要り様なモノはございますか?」


 「わ、わたしは、あ、何か鎧は無いか?」


 聞けば城においても毎日剣の修練を欠かさない程だという。


 元々、第二皇女という立場を理解し、政治よりも武を持って皇国に貢献しようと、幼き頃より決めていたそうだ。一応政治についても皇女の嗜みとして教えられており、その覚えた知識も他の皇女のそれよりも秀でていた。


 本人としては邪推も無しに第三者として国に貢献する知識だと思って覚えてきただけなのだが、他の者たちに取っては文武両道の才女に見え、一部では第一皇女よりも有力視されていた。


 それが原因で、謎の暗殺者が城の中に頻繁に現れるも、撃退した暗殺者は死体で発見され、その背後関係の追求は手間取っているという状況だった。そこで今回の、他の皇女達からの抹殺作戦に繋がる。


 この第二皇女は、単に素直に生きてきただけなのだが、武を極めなければ生きていけない状況に立たされていた。


 「鎧ですか。確かに取り扱っている物がありますが…」


 そこで飲み物とクッキーを差し出して少し時間を取って貰い、倉庫へと向かった。


 鎧は、西洋式の鎧が通販サイトにあるのは確認している。実際に鎧を着て剣で戦うと言う競技もあるし、家に飾るためだが実用が出来るイミテーションも販売されている。


 西洋式の鎧を二点。日本式の鎧兜を一点、台車の上に出して運べるようにする。さらに鎖帷子や武装警官が着るようなプロテクター、そしてモトクロスバイクでの競技用に着るゴツゴツとしたボディプロテクターとヘルメットを別の台車に乗せる。ついでにアミナと同じサイズで良いだろうとあたりを付けてジャングルブーツと厚手の靴下、さらに防刃パーカーと防刃グローブも取り寄せた。


 「あ、すみません、少し手伝ってください」


 台車の上に乗せたマネキン付きの鎧兜が倒れないようにしながら、アミナ達に手助けを頼む。


 そして皇女殿下の前に三体の鎧が置かれた。


 「すごい。こんなに磨かれて光っている鎧なんて見た事が無い」


 驚くポイントはそこかよ、などと心の中で突っ込みを入れる。皇女やメイド、そして五人も近くに寄って色々な角度から見て、ワイワイとやっていた。


 「コッチの黒っぽい、ごちゃごちゃした鎧は何だ?」


 「ああ、とある地方で使われた鎧ですね。主に竹を紐で組み合わせて作られています」


 「竹? つまり木製? 役に立つのか?」


 「主に飛んでくる矢から身を守る手段と、派手にして自分の活躍を見て貰うために、そのような形になったと聞いてます」


 「それにしては華奢すぎないか?」


 「金属の鎧でも断ち切ってしまう剣を振り回す戦場用ですからね。つまり人同士が戦う時の物で、魔獣との戦いを想定していません。なのでこちらはお薦めしません。一応賑やかしで持ってきただけです」


 「いや、ちょっと待ってください。今、鎧を断ち切るとおっしゃられましたか?」


 「はい? 別に普通ですよね?」


 「いや、店長、それはおかしい。店長には実感は無いかも知れないが、普通、剣とは攻撃力を刃という狭い場所に集中させたハンマーだ。鎧を叩き潰す事はあっても、断ち切るのは簡単じゃ無い」


 皇女殿下の言葉をアミナが引き継いで説明する。その言葉を他の四人もメイドも肯定している。


 「少々お待ちを」


 全身鎧一式で揃っている物に穴を開けるのは忍びなかったので、胸の部分だけのスチール製の鎧を購入して台車に乗せて持ってくる。


 それを全員に手伝って貰ってテーブルの上に置く。


 「さて、皆様、この胸の部分だけの鎧は如何でした?」


 「これだけでもスゲエぞ」


 ダイナが自信たっぷりに言う。


 「城でもこれほどの物は見た事がありません」


 皇女殿下も肯定してくれた。


 「殿下、これは城にある鎧よりもかなり重めに感じましたが」


 メイドさんは城の装備にケチを付けてしまった。


 「では、えーっと…」


 部屋を見回し、アミナ達に見せたコンバットナイフのサンプルを探す。


 「ああ、あった。アミナ様達はククリナイフを選んだので、こちらは残っておりました。すみません、えっと、クローナさん。このナイフでこの胸の部分だけの鎧を貫いてください。結果としてナイフが折れてしまっても構いません」


 「は、はい」


 半信半疑でメイドであるクローナがコンバットナイフを構えて、踏み込みも中途半端にナイフを突き立てる。


 ギンッ。


 金属のこすれる音が一瞬しただけで、ナイフの根元までが鎧に埋まっていた。


 「クローナさん。そのまま刃を立てて、真下に押し込んでください」


 「え? は、はい」


 勢いも無しに、突き刺さったナイフに体重を乗せると、ナイフは鎧に五センチ程の切れ込みを増やした。


 ケーゴを除く皆は沈黙して見ている。


 「皇女殿下。交代です。突き刺さったナイフを抜いて、別の場所に突き刺してください」


 同じ事をやらせると、クローナよりも心構えが出来ていたので綺麗に鎧を切り裂いた。


 そして他の五人もやりたがったので、この鎧はズタボロにしても良いと許可を与えて好きにさせた。


 「アミナさん達が買ったククリナイフでも、投げつければしっかり突き刺さりますよ」


 アミナ達が持っているククリナイフはステンレス鋼で硬度の高い物を選んである。なのでコンバットナイフよりは切りにくいだろうが、薄いスチール製ならしっかりと穴を開けて突き刺さるはずだ。


 ステンレス鋼なので汚れにも強いが、逆に研ぎにくいと言う弱点もあったりするが。


 「まぁ、このように、鎧を着ていても裸と変わらずにナイフで切られちゃいます。あ、裸と同じは言い過ぎでしたね。ですが、敵の剣は受けて堪える、などの防御をすると切られて戦闘能力を失います。戦い方としては、盾で牽制しつつ、敵の剣は極力避ける、と言う事に尽きます」


 そして全身鎧の方に向かい、その人型を手の平で叩く。


 「ですので、このように動きにくい形でかなり重いと言う鎧は、弱点を増やしているだけになります」


 台車に乗せていた武装警官向けプロテクターやモトクロス用プロテクターをテーブルに乗せる。


 「こちらのチョッキを分厚くしたような物は、このナイフでも切れない特殊な布で作られています。ある程度衝撃も緩和してくれるので、振り回された大剣を胸で受け止めても、それほどダメージを受ける事はありません。こちらの全身を覆う服も、色々な方向から来る衝撃を受け止めて、着ている者を守るために作られています」


 「コッチの全身を覆う方は、このナイフで切られてしまいます?」


 「基本的にそうですが、こちらの防刃パーカーを上から羽織れば、刃も防いでくれます」


 「え? じゃあ、この薄いので良いのではないのですか?」


 「いえいえ、この薄いのは、鋭い刃でも切れないと言うだけで、殴られたらそれなりに痛いです」


 「ああ、そういう事ですか」


 「どれか、着て、確かめたいと言う物はございましたか?」


 「こちらの、貴方がお薦めできないと言う鎧も含めて、全て試したいと思うのですが、よろしいですか?」


 「ええ、構いません。ですが、そうですね、アミナさん、お願いがあります」


 「え? なんだい?」


 「五人で、この二人を温泉にご招待してください」


 「心得た!」


 「湯上がりは、今の皆さんと同じような格好でお願いします」


 そしてワケが判らない二人を引きずるように三人が温泉に向かう。


 「あ、あの、どちらへ?」


 「で、殿下に何を、ってわたしも?」


 「「「まぁまぁ」」」


 三人?


 そして何故か、二人がケーゴを抱えて歩き出す。


 「あ、あの、私はやる事が…」


 「「まぁまぁ」」


 結局、皇女達にもケーゴが入浴方法を教える事になった。教える必要の無いアミナ達もニヤニヤしながら参加していたから、単に見たかっただけだろう。


 入浴方法を教えた後は、直ぐに出てきてしまったので、ケーゴは女性陣達の入浴の様子は知らない。が、国も違うし、王族と一般庶民という違いがあるはずだが、その垣根を越えた交流があったのは重要な一歩だったのかも知れない。


 ネタがケーゴのアレ、と言うのが情けないが。


 「皆さん、仲良くなられたようでなりよりです」


 「あれ? もしかして店長、怒ってる?」


 「怒ってはいません。ですが子供のこの身を嘆いてはいますね。まぁしっかり成長していると、同じような状況にはなり得無いのがなんともですが」


 「はは、出来る様になったらあたし達が一緒に風呂入ってやるからさ」


 「それは楽しみです。では、皆さんが入浴中に模擬刀や盾もいくつか用意させて頂いたので、アミナさん達と一緒に鎧を着て戦ってみては如何でしょうか?」


 用意した模擬刀は木剣や木刀、木製の鞘が抜けない様に縛ったロングナイフや剣鉈。そしてケーゴの世界の警官や機動隊が暴徒鎮圧に使うような長方形の透明な盾や、透明じゃ無い盾、特殊部隊が使うような、八角形を縦長にした大人の腕二本分程の横幅を持つ合金製の盾など、など。


 アミナや皇女殿下の馴染みのある金属や木製の盾もあるが、取り回し的には劣る事が直ぐ判るだろう。


 人対人の木剣を使った模擬戦では、透明な盾の方が練習にもなるはずだ。


 テーブルの上に、実行確認用として全て使って良いと言い置いて、ケーゴは簡易宿泊所に向かう。


 皇女用に特別扱いするつもりは全く無く、アミナ達と同じ宿泊所で、六畳程の板の間をそのまま使って貰うつもりだ。そのためにアミナ達と同じマットレスや敷きパッドを設置しに行く。


 アミナ達は四つある六畳程の寝台兼用の板の間を二つ占有していて、残り二つは完全に手つかずだった。ケーゴは三つぐらい占有しているかと思ったが、冒険者として似たような場所を使う経験もあったアミナ達は窮屈に感じない程度にはコンパクトに済ませていた。


 トイレの方も確認してみたが、どこも丁寧に使っているようで、改めての掃除などは必要無いようだった。


 店の前に戻ってみると、全身鎧がへばっていた。


 いや、全身鎧を着たルイナル皇女が、普段着の上、サンダル履きで木刀を振り回すベルダ相手に膝をついていた。


 「いかがです?」


 「いや、ほんと、鎧さえ切り裂ける剣があると、鎧ってのは無駄な重りになるんだなぁ、っと関心してた」


 「はぁ、はぁ、はぁ、はあ…」


 「あ、皇女はそのまま回復に努めてください。えっと、そうですね、確かに、こうしてお互いに向き合って、正々堂々と戦う、と言う状況でしたらその通りですね」


 「ああ、言いたい事は判る。魔獣相手とか、不意打ちや闇討ちなんかだと想定自体が違うワケだしな」


 「はい。魔獣相手では、盾よりもガントレットの方が有効かも知れませんね」


 皇女は全身鎧をクローナに脱がせて貰っている。次はアミナが全身鎧を着るようだ。シアラがベスト型のプロテクターを着用してベルダに相手をしてくれと頼んでいる。


 そして皆が鎧を取っ替え引っ替えして確認し終わった。


 結論としては、アミナ達冒険者グループは厚手の服か、重ね着した上に防刃パーカーを着け、固い革製のグローブに見える簡易ガントレットとジャングルブーツの組み合わせが一番良いとなった。


 ベルダによると、他の冒険者グループが大物を仕留めた金で全身鎧を買ったと言う事があったらしく、一度は自分たちも全身鎧を、と憧れていたそうだが、実際に装着してみて負担にしかならないと判って良かったと言っていた。


 皇女は全身鎧しか選択肢は無いと考えてはいたが、実際にアミナ達冒険者の戦い方に触れて、鎧というのが虚栄という負担にしかならない事に改めて思い知らされていた。


 実際は鎧を切り裂くナイフなど、皇女のいた世界では存在しなかったので事情は異なるが、知ってしまえば、知らない振りは出来ない。まさか布一枚の方が鎧よりも堅牢だとは夢にも思わなかった。その布一枚しか身につけていない状態の素早い動きに、鎧はついていけない。ますます鎧の意味に疑問を投げかける。


 「皇女殿下は、これからの身の振り方を考えて鎧を選ぶ必要があるかも知れませんね」


 「殿下の身の振り方ですか?」


 殿下よりも従者でありメイドのクローナの方が反応した。


 「このまま国に帰って、城や関連施設で過ごす場合、再び暗殺の恐れがあります。暗殺で無くとも呪いや毒、謂われの無い罪をかぶる事もあるでしょう」


 「…はい」


 「………」


 メイドの方はかろうじて返事を返したが、殿下は声を出せなかった。


 「継承権を放棄すると宣言したとしても、他の貴族達の思惑でどうなるかも判りません。正直、一番良いのは皇国とは縁を切って逃げてしまう事だと思います。それが出来るかどうかは別ですが」


 「別とは?」


 「殿下が逃げた先でどのような生活をするか、によりますね。例えばローワン王国に政治亡命するなら、下級貴族の生活ぐらいには優遇してくれるかも知れません。何のつても無く一般人として生活するとして、生活が成り立つかは私には判りませんし」


 「失礼ですが、えっと、店長?」


 今まで黙っていた殿下がケーゴに話しかける。


 「あ、失礼しました。私、この聖域の何でも屋、不思議屋の店長をしておりますケーゴと申します。ここには私しかおりませんので、店長と呼んでくださればそれは私の事になります」


 「きちんとした挨拶を忘れた無礼をお詫び申します。では、ケーゴ店長。ここの店は人を雇う事もあるとお聞きしましたが、わたしはここで働く事は出来るでしょうか?」


 「判りません。実は、ここの聖域に入る事が出来るか、出来ないかは、私が判断しているわけでは無いのです。ですので、一度ここから出て、またここに戻る事が出来るかどうかは、私には判らないというのが正直な答えです。ですので、もし、ここで働くとなりましたら、二度と人の住む場所に戻れないかも知れません」


 そこでクローナが口を挟む。


 「申し訳ありません。ですが、ここなら皇族の刺客などは気にせず生きる事は出来るはずです。もしも殿下だけでは生活が成り立たないと言うのであれば、私もこちらで働かせて頂きます。もし店長が望むのであれば、妾でもはした女にでもお使いくださって結構です」


 「クローナ!」


 「なぁ店長? はしため、ってなんだ?」


 ダイナが空気を読まずに聞いてくる。


 「女の召使いの事ですが、階級としては一番下。ほとんど奴隷みたいな扱いでも甘んじて受けるしかない働き手と言う事になります。ですがこの場合、男の子作りの欲求を処理するために使われる女、という意味も含まれます」


 「うわぁぁ、そんな存在になっても良いなんて、この姫様は愛されてるなぁ」


 「ですねぇ。この方がいなければ殿下は既にお亡くなりになっていた筈ですしねぇ」


 「でも店長ってハーレム作るんだろ?」


 「はい。ですので、余計な子作りはしている余裕は無くなる可能性もありますね」


 「じゃあ、このメイドさんは、店長のハーレム要員になってもいい、って言ってるようなモンかな?」


 「かも知れませんが、私を好まれて、私の子供を産みたいと欲し、私の子を育てたいと願っていない方を、取引のようにハーレムに入れるつもりはありませんので、一方的に言われても困りますね」


 「おお、店長、なかなか男前な台詞言うじゃないか」


 「当たり前です。私、いい男ですので」


 「はっははー、確かに!」


 ダイナは大笑いしてケーゴの頭をグシャグシャと撫で回した。


 そして、ルイナル皇女はケーゴの前に立ってから片膝をついて頭を下げた。


 「わたし、ルイナル・ミドニール・セカルド・ツウォナはミドニール皇族の名を捨て、一人の女としてケーゴ殿の伴侶の列に加えて頂く事を切に願うものであります」


 「え? いきなり求婚?」


 シアラが驚いて言葉にした。その言葉と同時にクローナも動き、ルイナルの横に同じように跪いた。


 「私、クローナ・ジューライは、ジューライ伯爵家の名を捨て、ただの女としてケーゴ殿の伴侶の列に加えて頂く事を説に願います」


 「いきなりハーレムに二人かぁ?」


 アミナが少し呆れたように言うが。


 そこにシアラが前の二人の横に並んで跪いた。


 「わ、わたしも、店長の奥さんにしてください!」


 アミナ達四人にとっては、シアラの思いは公然の秘密だったので不思議では無いが、このタイミングだとは思っていなかった。


 ここで思わず溜息を吐きそうになるケーゴだったが、それを全力で阻止する。女性が人生をかけた一大決心を溜息を吐いて濁すというワケには行かなかった。


 「はい。判りました。お三方をわたしの伴侶とさせて頂きます」


 その言葉で三人が顔を上げる。


 「ですが、それは約二年後です。私が子を成す事が出来る様になりましたら、正式にお迎えします。それまではお手伝いとして私を支えてください」


 「「はい。よろこんで」」「は、はい!」


 「しかし、お二人は名を捨てると申しましても、それは簡単な話でしょうか?」


 そうケーゴが聞こうとした所、ルイナルは膝をつき、地面に横たわってしまった。それを支えようとしたクローナもルイナルに覆い被さるように倒れる。


 「どうしました!」


 ケーゴが駆け寄って起こそうとするが、二人が完全に気を失っている事に気がついて鑑定を行う。


 【状態:気絶 常に命を狙われ 患いの鎧のせいで心も落ち着かなかったため 精神的疲労が極限に達した ケーゴが受け入れた事で安堵し 緊張の糸が切れた】


 ルイナルとクローナの鑑定結果は同じだった。


 「店長? 二人はどうした?」


 アミナも駆け寄り、二人に対してどう処置したら良いかをケーゴに聞く。


 「私が受け入れた事で、ようやく安心できたのでしょう。今まで、本当にギリギリの精神状態だったようです」


 「そうは見えなかったが、それだけ我慢していたと言うワケか」


 「はい。担架を持ってきますので、二人を運ぶのを手伝って頂けますか?」


 「ああ、簡易宿泊所でいいか?」


 「今はあそこに。その後は要相談ですね」


 「店長と同じ部屋で、一緒の寝床でも良いんじゃないのか?」


 「それはいずれ。今は気兼ねなく休める場所が良いでしょう」


 簡易宿泊所のふかふかマットレスに寝かせ、着ているモノを剥ぎ取っても二人は目覚めなかった。アミナとベルダの未使用Tシャツとパンツを借り受け、二人に着せてからその場を離れる。


 「では、夕飯の用意を始めましょうか」


 時間は既に夕方に差し掛かっている。少し遅くなったが問題は無いとして、ケーゴは五人に先ずは試用した鎧の後片付けから指示した。そして倉庫から炊事場に必要な道具類を運ぶ。


 「今回はまず、こちらの穀物類から油を搾り取って貰い、その油を使って簡単な炒め物を作って貰います」


 五つの油絞り器を作業台に置いて、用意した五種類の穀物の好きなものを選ばせる。後で味見は持ち回りでさせるので、別の穀物になっても知識が偏る事は無い。


 そして空き瓶に油を絞らせる作業が始まった。


 単に油絞り器のハンドルを回すだけだが。


 「わたし、神殿のお勤めで油絞りのお手伝いをした事があるんですが、こんなに簡単ではありませんでした」


 シアラがハンドルを回し、絞りかすを避けながらそうこぼす。


 シアラによると、小さな荷車と同じぐらいの大きさの木製絞り器に、コップ一杯程の穀物を入れて梃子の原理を使った取っ手を大人数人がかりで押し込み、縛り付けて一時間近く放置する作業らしい。

 放置している間は別の絞り器を押し込み、合計三台でローテーションする。子供は、絞るための穀物を運んだり、作業している大人達が飲む水などを運んだり、絞りかすを所定の場所に運んだりするのを手伝うそうだ。


 絞れる油は、一回で子供であったシアラの片手に乗るぐらい、と言う感想から、お猪口に半分ぐらいと予想された。


 それが、ハンドルはそれなりに重いが女一人の力でしっかりと回り、二十分程でお猪口に二杯分は取れている。


 実際の現場を見ているシアラに取っては衝撃的でさえあった。


 「大人十数人と子供の手伝いで丸一日かかった仕事が、すでに私一人で終わっています」


 「スクリューと言う螺旋構造で、小さな力でも少しずつ力を加える事により、結果として大きな力に変えているので、使っている力としては少なく感じるでしょう。例えば、馬車が溝にはまってしまい、後ろから押して抜け出させようとするとします。そこで、シアラさんが知っている方法だと、単純に後ろから大人数人がかりで押しているだけになります。ですが、丈夫な棒を何本も使い梃子で少しずつ押すのなら、子供でも押し出せると思いませんか?」


 「いや、その理屈は判らなくは無いけどよ」


 ダイナが少し不満がある様に言う。


 「はい。実際は梃子に使う棒が、馬車を支える程頑丈じゃ無いと成り立ちません。この油絞り器も、かなり頑丈な鉄で作られています。例えばコンバットナイフでも、傷を付けるのがやっとですね」


 「え? そうだったのか? じゃあ、これで鎧を作れば…」


 「いくら頑丈でも限度はあります。強い魔獣の一撃を受けて、鎧がヘコんだ場合を考えてみてください。今までの鎧であれば、他の方が力ずくでヘコんだ鎧を引き剥がす事が出来たでしょうが、頑丈すぎて人の力程度では鎧を剥がせなくなったら? と考えると判りやすいでしょうか」


 「うわ。考えたくねぇ。けど、ジワジワ死ぬしか無いって事にはなりそうだな」


 「例えば、要所要所を小さめの板状のモノで覆う、と言うのであれば、その懸念は払拭されますけどね」


 「あ、店長のお薦めの、黒い服みたいな鎧か!」


 ケーゴが見せた、モトクロスバイク競技で使うボディプロテクターを思い出してダイナが納得する。


 「あのタイプは、動きやすいのですが隙間を狙われると致命的です。ですので防刃パーカーで隙間を突っつく攻撃を防ぐという感じで対処するワケです」


 「なるほどなぁ」


 「さて、皆さん、油はどのくらい絞れましたか?」


 ケーゴの言葉にそれぞれが透明なガラス瓶に入れた油を見せる。各自五百ミリリットル程度は取れたようだ。使った穀物は五キロの大袋一つ。効率は良い方だと感じた。


 「油は一気に使う場合もありますし、少しずつ使う場合もあります。しっかり栓を閉めて大切に保管してください。それと、油かすも利用できます。そのままでも食べられますがパサパサしていて食べにくいので、スプーン一杯ほどを卵に混ぜてオムレツを作ってみましょう」


 「あ、けっこう旨いかも」


 ダイナが油かすをつまみ食いしているが、まぁいつもの光景として気にする者はいなかった。


 「モノにもよりますが、油かすに絞った油を少し掛けて食べるのも美味しいらしいです」


 本末転倒な感じがするが、料理とはそんなモノだ。工程を加えて食感や味のバランスを変えるだけ、と言う作業も多い。


 「マジ旨い!」


 早速ダイナがやったらしい。そして、ダイナの感想で他の四人も真似してみる。


 「え? なんでだ? 豆食ってもこんなにはならないぞ?」


 「そう言うモノです。では卵を配りますので、お一人二個を泡立て器でしっかり泡立ててください。あ、その前に竈に火を入れておきましょう」


 竈に火が馴染むまで、ついでにとトローモ(ジャガイモ)シン(タマネギ)アーカ(ニンジン)の皮むきと輪切り処理もさせておく。


 そして先ずは油かす入りオムレツを作らせ、次に野菜を油で炒めて塩で味付けしただけの野菜炒めを作る。そこに朝に作ったパンを加えて夕飯の出来上がりだ。


 食べる前に料理を盛り付けた皿以外を綺麗に洗わせ、それから食事にかからせる。食べ初めを確認したケーゴは屋敷に戻り、ケーゴ自身の夕食を用意。今夜はカップの焼きそば、マヨネーズソース付き。それをとても美味しそうに食べていた。


 次の日の朝。


 ケーゴが皆のところに行くと、やや困惑しながらアミナ達に誘われ、井戸で顔を洗っている皇女組二人がいた。


 「おはようございます。お加減は如何ですか?」


 「おはようございます。申し訳ありません。昨日は気絶してしまったのだとか。大変ご迷惑をおかけしました」


 五人と同じようなTシャツとジーパンなのだが、妙な気品で頭を下げる二人。


 「気が抜けない状態が続いたせいでしょう。ここは安全ですので、存分にお寛ぎ下さい」


 そして昨日は店に置きっぱなしになったレジポスの葉の煎じ茶セットを豆炭と一緒に渡す。これで、水を入れて火を付けるだけでいつでもレジポス茶を飲む事が出来る。


 渡されたクローナは早速一杯作っていた。


 「ありがとうございます。それで、昨日の話なのですが、本当にわたしたち二人を受け入れてくださるのでしょうか?」


 「私は構いませんが、皇女殿下たちは疲れており、安らぎを求めて勢いで言ってしまった可能性もあります」


 「いえ。決してそのような事は…」


 「いえいえ、可能性の話です。ですが、昨日も申したとおり、私はまだ子供です。ですので婚約という形で留めておくのが良いと考えます」


 「それはそうなのでしょうが、わたしの方としましてはケジメと言うか…」


 「そうですね。ケジメは必要でしょう。お二人は一度皇国へとお帰りになられる必要があると思います」


 このまま国に帰らなければ、魔獣がはびこる審判の森で死んだと思われ、なし崩し的に存在が忘れられるはずだ。だがその状態でも、ありもしない失態をでっち上げられ、他の皇女達の失態をなすりつけられる事は目に見えている。そして、もしもここに皇女が生きていると知られたら、さらにありもしない悪行が追加される事になるだろう。


 「ならば、審判の森で何らかの成果を成してから、英雄の帰還とした方が都合が良いのですが」


 クローナがそう言う。


 「店長の剣とかナイフとかを皇帝陛下に献上すればいいんじゃないのか?」


 「それだけでは弱いような。そもそもこちらのナイフは実用品ですので地味なんですよね」


 「確かに。森で実際に使うなら、真っ黒でテカらないのは重要なんだけど、貴族とかのお偉いさんにはねぇ」


 「それに、中途半端に価値を認められて、皇女にもっと持ってこいと無理強いされるのは困りますからねぇ」


 「やっぱ、ここの物を持っていくのには問題があるって事か?」


 「いえ、別に。ただ、向こうで取り合いをするぐらいな方が面白いと思いまして」


 「店長?」


 アミナがジト目でケーゴを見る。


 「ああ、良い物がありました。アレを皇帝陛下に献上するというはどうでしょう」


 「アレって?」


 「男性の子作り能力がビンビンになる薬です」


 「え? 精力剤ってヤツか?」


 「厳密に言えば精力剤では無いのですが、効果と結果は同じなのでそう言っても良いかも知れません。丁度皇帝陛下はビンビンにならない状態なので喜ぶでしょう」


 「「「え?」」」


 「あの。陛下は、その、不能と言う事なんでしょうか?」


 「年を取るとか、精神的に疲れてしまうと、稀に元気がなくなり、行為が出来なくなると言う事があります。皇帝陛下はお子を成しているので種無しというワケでは無いでしょうが、五番目以降は途絶えているご様子ですし、その辺りから元気がなくなったのではないかと予想されます」


 「よく冒険者への依頼で、精力剤の材料を取ってくる、ってのがあったなぁ」


 「貴族とかが依頼してきて、けっこう金払いも良かったらしいけど、上級の連中に独占されてたよなぁ」


 「それは良い事を聞けました。街での現金化に使えそうですね」


 「で、ここでなら手に入るんだ?」


 「一回分三千程でお分けできます。ヒールタブレットと同じような粒で、一粒飲めば昼から日が沈むぐらいの時間は、何度やってもビンビン状態が続く、と言う話です。私が試した事は無いので、あくまで聞いた話ですが」


 「やっぱ高いけど、貴族なら一粒十万ぐらいは出しそうだな」


 「本当にそんな効果があるのなら、ってここの物だからあるか。なら五十万ぐらいは出すんじゃないか?」


 「それを持って皇帝陛下に献上し、それを手に入れるために皇女達が審判の森に身を捧げました、とか言う話なら、他の皇女達を牽制しつつ、皇族の名を返上出来ませんかね?」


 「どうだろ?」


 アミナが皇女達を見ると、皇女達も真剣に考えていて、直ぐには答えは出ないようだった。


 「まぁ、それはゆっくり考えるとして、まずは今日の朝食を作りましょう。お二人にも調理器具をお渡ししますので一緒に参加してください」


 今日の朝食作りは、昨日のおさらいとしてパンと油かすの入ったオムレツと野菜炒め。ただ、野菜炒めに冒険者が保存食として持っている干し肉を、軽く茹でて塩抜きしてから混ぜる事にした。


 油を使った野菜炒め自体は特に目新しくは無かったようだが、柔らかいパンと卵には驚いていた。皇族といえど卵は簡単に口にするには危険過ぎるのだろう。


 メイドであるクローナは、城では料理には関わらない立場だったが、ルイナル皇女が遠征に出る際には口に入る物全てにクローナのチェックが必要な立場を確保していた。

 どこかの屋敷に逗留する場合を除けば、食料を調達した者から料理をした者まで、全てを集めて確認という名の毒味をさせ、少しでも怪しいと感じれば全ての料理を作り直させる事も良くあった。


 なのでクローナ自身の舌も肥えていたが、それでも卵を使った料理には驚きを隠せない。


 なにせ、料理教室を始めて三日目の素人が卵に油かすを混ぜてオムレツを作ったのだ。当然生焼け、いや、半熟卵だ。トロッとしているし、普段なら作り直しをさせる。


 だがケーゴはそれでOKを出した。自信を持って食べられると言った。


 街でいつ生まれたかも判らない卵を買ったのならば駄目だが、この卵は産んで数日のモノだから生で食べても大丈夫と太鼓判を押した。


 ケーゴを信じた身としては疑う事も無礼だと、覚悟を決めて食べたが、信じられない程の美味だった。砂糖やバターの味も良い風味を出している。油かすとは油を絞った豆類だと言う事だが、半熟の卵の湿り気を与えられ、良いアクセントになっていた。


 ケーゴの解説も脅威だった。


 通常、卵の中には毒は絶対に入ってはいないそうだ。卵が雛に孵るのだから当たり前だが、もしかしたら毒に強い雛なのかも知れないとも考えられる、と思っていた。しかし、毒は後から卵の殻の表面につく。それを割る時に卵の殻を手で持つと、手に毒がついて、割った後に卵や人の口に入る可能性があるという。


 毒は卵の殻の外。だから雛には影響は無い。


 しかし、雛をかえすための藁で作った巣や、親鳥の糞などは毒の温床で、表面は毒まみれになると言う。だから親鳥が卵を産んだ時には直ぐに取り上げるのが理想だそうだ。もしくは親鳥を固定しておいて、産まれた卵が緩やかなスロープを転がり、親鳥の元から離される様な仕組みがあれば良いらしい。


 そして回収した卵は洗って、良く拭き、生まれた日付を記載して直ぐに売り出したモノだけを食べるべきだと言っていた。


 それは確かに理想だが実際はそれが可能なのか? と問えば、例えば鶏を百羽揃えれば、毎日五十個以上の卵を確保出来る筈で、それを回収、洗浄、記載、出荷、そして餌やりなどの世話なら、最低三人もいれば仕事として回転するだろうと言う。


 要は理解と仕組みだと。


 鶏も、毎日卵を産む鳥を選別し、その鳥の雛を次の世代の卵を産む鶏として引き継がせ、卵をあまり産まない鶏は絞めて肉を食う用にしてしまう。それを繰り返せば毎日卵を産む鶏だけを効率的に育てる事が出来る。


 そうして定期的に卵が確保出来るようになれば、鶏の餌を栽培する農家も定期的な収入が得られる。卵を運ぶ業者も定期的な収入が得られる。購入者は安心して食べられる卵を確保出来ると、良い事ずくめだ。


 その仕組みが出来上がれば、今度は手抜きをして安全では無い卵を出荷した時の被害が大きすぎて、業者も安全に気を配るようになるだろう、とケーゴは締めくくった。


 為政者としての知識や断片的だが実務もこなすルイナルやクローナには、ケーゴの言葉が恐ろしく聞こえた。そして理解する。不思議屋とはとんでもない物を販売する場所と言うだけでは無い。ケーゴの持つ知識も不思議屋の商品なのだと。


 朝食が終わったら、パンの仕込みを教えて貰う。


 ケーゴによればパンが膨らむのは半ば腐っていく過程なのだそうだ。カビの一種を選んで利用していると言う。カビに種類がある事自体が驚きだったが、花にも色々な種類がある様に、カビにも色々あるそうだ。カビの白だったり、緑色だったり、赤だったりする、綿毛のような姿は、一色で一種類のカビの集まりらしい。


 そのカビの一種類に、小麦粉の中の甘みを食べて、空気を吐き出す物があるという。普通はそのまま外に拡散していくそうだが、小麦粉の中に練り込まれたカビが、小麦粉の中に小さな泡を作るらしい。その状態で焼くので、中の空気が膨らんで、パン自体がフワフワになる。フワフワになるのは、実は中がスカスカになっているからだとケーゴは笑っていた。


 同じようにカビを使う物に、酒があるらしい。


 果物の甘みを食べて、酒の酔う成分であるアルコールと言う物を作るそうだ。実はパンも酔う成分を作っているらしいが、量も少ないし直ぐに抜けてしまうそうだ。確かに酒もそのまま置いておくと気が抜けてしまうが、それと同じだと言っていた。特に火を使うと完全に抜けるので、焼いたパンで酔っ払う事は無いと自信を持って言っていた。


 「そうです。お酒です!」


 「はい?」


 突然のクローナの言葉に皆が疑問を浮かべる。


 「あ、し、失礼しました。で、ですが、お酒です。良いお酒があればかなり懐柔出来るはずです」


 クローナによれば皇帝陛下を含め、多くの貴族が酒を好むそうだ。そこで、ここでなら良い酒が手に入るだろうと考えて提案してみた。


 「それは困りましたねぇ」


 「え? 酒は扱ってないのか?」


 「あります。ありますが、おそらく良すぎる筈です」


 「良すぎると駄目なのか?」


 「お酒というのは、ある意味麻薬です。無ければ諦めるとか、有っても限度を超えそうだからやめておくとかが容易に出来ますが、その我慢が容易に出来るが故に、取り扱いが雑になり、我慢する必要が無い場合は限度を超えて飲用し、いつしか依存症になったりします。皆さんは、お酒で人生を壊した方を見た事がありませんか?」


 「ああ、いたなぁ。飲んだくれて悪態を吐いているだけに成り下がったのが」


 「お酒は心が弱った時など、一時的にそれを忘れさせてくれる効果があります。身体的にも不自由な部分の痛みなどを、本当に一時的に忘れさせてくれます。ですが、実際に身体が治るわけでは無いので、再び苦痛や苦労を感じる事になります。ですので、常用しやすく、依存しやすいワケです。出来ればお酒を飲まないでいられる状態が一番健康に良いのですがね」


 「あの。とある先生なのですが。その方は少しぐらいのお酒を嗜むのは、健康のためにも良い、とおっしゃっていましたが」


 ルイナル皇女が先生とやらに聞いた話を持ち出した。おそらく、その先生とやらもお酒を嗜むのだろう。


 「心の疲れを一時的に忘れて、新たに進むための活力を育むために依存性のある物を利用しようという綱渡りが危ういと思います」


 「つまり店長は酒は飲まない派、と言う事か?」


 「いえ。将来的には飲みます」


 「おい!」


 「飲みますが、一時的に逃げるための手段としては使わずに、肉体的な体調も精神的な調子も万全な状態で節度を持って利用します」


 「ああ、なるほど。でも、それでも酒に頼るようになる可能性は残ってるよなぁ」


 「はい。ですので、子作りの欲求もそうですが、そう言った肉体的な欲求をしっかりと抑える事が出来る状態になる、心の強さを獲得するまでは控えさせて頂きます」


 「店長。固いな」


 「子供のうちはこれぐらいが丁度良いと思います。いわゆる躾ですね」


 「めっちゃ固いよ。堅物とかって言われそうだな」


 「何を言いますか。なにより固い方が好まれますよ? あとは動かし方と持続力ですが」


 「店長。いきなりそっちに話を振るのは勘弁してくれ。ついていけない時がある」


 「それは失礼しました」


 「あの、それで、結局お酒を利用するのはやめた方が良いと言うワケですね?」


 ルイナル皇女が大元の話に戻してくれた。結構脱線したようだ。


 「いえ。大いに利用しましょう」


 「いいのですか?」


 「もとより、依存性があるのは周知の事実です。それでも依存してしまうのであれば、それは本人の責任というヤツです。まぁ、依存しやすい、上等な酒を見繕うワケですがね」


 「て、店長が黒い…」


 アミナがやや引き気味に呟く。エリスはアミナの後ろに隠れようとしていた。怖いらしい。


 「もし、酒を求めてここを目指すようになったらどうする?」


 ベルダが聖域の危険性を考える。


 「来れる物なら来てみろ、と言う所ですね。ああ、ビンビンになる薬も一緒に出して、ここの魅力をもっと盛り上げましょうか」


 元々簡単に来られる場所では無い。皇女の騎士達の半分は森に喰われた。


 「もし、森を徐々に焼き払うとかってなったら?」


 「ああ、それは鬱陶しいですねぇ。それで実害が出るかは不明ですが、森が騒がしくなるのは好みません。その辺りは何か策を講ずるべきでしょうね」


 そして、何か適当に見繕っておきましょうと言い、夕飯の用意までは自由時間とした。


 店に戻ってケーゴが準備したのは吟醸酒、ワイン、ウィスキー、ウォッカを各種数本ずつ。そして古物商ツブツブ屋で見つけたエクスペンションボックス。


 このエクスペンションボックスは拡張箱とも呼ばれる古代の魔道具の一つで、要は中の空間が拡張されて多くの物が収納出来る様にした魔法の箱だ。


 かつては軍用、商用で良く使われたが、便利であるが故に乱造され、不良品が激増した。


 限定空間を拡張して、見た目よりも多くの荷物を軽くして運ぶ事が出来るのだ。その不良品がどのような結果を見せるかは容易に想像出来る。


 各地で爆散の被害をもたらした拡張箱は規制を受ける事になるが、正規品を模造した不良品が増える結果にしかならなかった。さらに、軍部が拡張箱を外部から故意に爆散させる技術を開発してしまい、正規品さえも規制の対象になった。しかし、便利であるが故に規制ではどうにもならなかった。一時期、強引な手段で使用を制限するとしたが、隠れて使う者が後を絶たず、それは軍部においても変わらなかった。


 そして悪夢の大戦が始まり、拡張箱は初めのうちにほとんどが爆散させられた。


 それが何故、古物商ツブツブ屋にあるのかが謎だが、現在は故意に爆散させる技術も無くなっており、当面は危険も無いとケーゴは使用を躊躇わなかった。


 小型の拡張箱や、薄い肩掛け鞄にしか見えない物、そしてワンショルダーのボディバッグのタイプを六つ獲得した。


 それぞれが四畳半の部屋と同等ぐらいの容量を持つと言う特別な物だ。おそらくコレだけでも一財産にはなるだろうが、四角い箱にしか見えない通常の拡張箱以外は秘密にして欲しいと考えるケーゴだった。


 ケーゴが炊事場に戻ると、メイド服が舞っていた。


 いや、単に洗濯された服が干されているだけだが。


 やはり従者でありメイドのクローナは、洗剤の効果に多いに感動していた。柔軟仕上げ剤を教えたらどうなるのか、今から楽しみでならないケーゴだった。


 それはともかくとして、クローナには肩掛け鞄タイプ。他の六人にはボディバッグタイプを渡す。


 そして拡張箱と知って驚愕する。


 皆によれば、拡張箱は十年に一度ぐらいなら市場に出回る事があるらしい。没落した貴族が売りに出したり、遺跡から発掘されたりなどでだ。


 それも基本は箱形で、鞄タイプというのは聞いた事も無かったそうだ。


 料理道具を入れても百分の一程度も使わない、と言うと、さらに驚愕していた。


 「わたしの聞いた話では、大きな箪笥一つ分だった筈なのですが」


 「え? 見た目の十倍とかじゃなかったっけ?」


 ルイナルの知識にベルダが質問する。


 「元々は国の兵隊が遠征に出る時とか、商人が他国との取引に使っていたそうです。ですので、最も容量の大きい拡張箱で皆さんが寝泊まりしている簡易宿泊所ぐらいは有ったとか。ですが、大昔の大戦でほとんどが失われたそうです」


 皇帝陛下に渡す物が入った拡張箱は袋に入れ、肩紐などで背負って行った方が良いが、ボディバッグの方は小物を取り出す時以外には見せないで秘密にしておいた方が良いとケーゴは忠告する。クローナの物は薄い肩掛け鞄タイプなので、メイド服の前掛けの裏に隠して置く使い方を進言した。


 見せた拡張箱は、例え要返却の品だと言っても取り上げられるだろう。逆にそれを負い目とさせて、交渉材料にするのも手だとケーゴは考える。


 「さて、皆さん。ここに献上用のお酒を持ってきてみたのですが、飲んでみますか?」


 「え? この流れでそれを言う? それって、かなり癖になって抜けられなくなるんだろ?」


 「もちろんです。ですが、少量のみ、本格的に酔う前にやめられれば、少し癖のある飲み物、と言う程度で済みます。どうします? もちろん、私は飲みません」


 「やめとくわ。早死にしそうだ」


 「あたしもやめとく。ここで飲んだくれて悪態を吐く自分になりたくない」


 結局皆飲まないと言う事で一致した。知らなければ、知りたいという興味はあっても、なんとしてでも欲しくなる、と言う欲求にはならない。


 「皆さん、賢い選択をされたようで何よりです。それを踏まえ、皇女殿下以外の方にもお酒を渡しておきますね。何らかの交渉や取引、金策などにお使いください」


 「金策かぁ。売れるだろうなぁ」


 「なぁ、それの作り方は教えてくれないのか?」


 「ああ、それは可能ですが、酒作りに携わる方々が、何年、何十年、時には何世代も掛けて、微妙な違いを嗅ぎ分けて到達した領域、と言う物も有ります。大雑把に作り方を聞いただけでは再現は難しいでしょう。正直、今出回っているモノと同程度でも難しいかも、と思います」


 そして先ずはワインの作り方から話し始める。


 赤ワインは房から取り除いたブドウ、ここではタケミ呼ばれている、を潰して発酵させる。その時、その場所に、タケミ(ブドウ)の甘みを酒に変えるカビが必要なのだが、大抵はタケミ(ブドウ)の皮の内側に多く存在しているので問題は無い。

 ただし、それでは作る度に味が変わるので、最も味も良く、酒になる効率が良い物を選別していき、それを毎回、同じ量を加える形で品質を安定させる。さらに、必要なら蜂蜜や砂糖などを加えたりして酒になり易くする事も出来る。

 一日数回かき混ぜ、泡の出方を見ながら三十日程置く。

 そして絞り出し、残ったタケミ(ブドウ)のかすなどを取り除く。さらに漉して綺麗にし、樽や瓶に入れて熟成させ、三百日ほどで飲めるようになる。


 「それが基本ですが、泡が出始めてからは熱が出て酒が台無しになる事もありますし、冷まし過ぎても酒にならない事もあるなど、職人の腕でかなり違うモノになるでしょう」


 「すると、ワインが出来るまで、大体一年ぐらいかかるのか?」


 「大凡ですが、そんな感じですね。特にタケミ(ブドウ)が甘くて美味しかった年のお酒は、保管しておいて、何年たっても珍重されると聞いた事があります。つまり年単位の仕事と言う事ですね。あ、ああ、早ければタケミ(ブドウ)を潰してから五十日から六十日でも飲めるらしいですが、職人達は味見はするけど、酒としては飲まない、と言う話も聞いた事があります」


 「職人の腕かぁ」


 「今回はタケミを(ブドウ)使った酒の造り方のほんの一例をあげましたが、タケミ(ブドウ)以外に大麦、米などからも作られますが、そのどれも基本はカビですが、作り方や手の掛け方がかなり違います。皆さんに酒造りをお教えしても良いのですが、おそらく人生が終わるまでに間に合うかどうか、と言う話にもなりそうです」


 酒の話はそこで一旦区切りを付ける。今日の夕飯はハンバーグを作る事にして、少し早いのでアメを作る事にした。


 必要なのは砂糖と酸っぱさもある果物と、出来ればキキョウの根。キキョウの根は街で薬としても売っている様だ。ただしキキョウとは呼ばず、ゲッコウと呼ばれているが。ケーゴは乾燥したキキョウの根を通販で取り寄せ、生花としての植木鉢に生っているモノと種も購入した。種はキキョウの花の写真が写っているのでそれを選んだにすぎない。


 後はすり潰して果汁を搾っても良いし、果肉をそのままに使うのも良い。乾燥させたキキョウの根を粉にして加えると、簡単なのど飴になる。


 そして、試作の一個目が出来た後は、七人が飴作りまっしーんになった。


 まっしーんだ。マシンでも良いし、真神でも良い。まぁどうでも良いや。


 鋼線で作った締め付ける仕組みの金具を取り付けた保存用のガラス瓶をいくつも用意する事になった。


 飴は板状に作って適当に砕いたり、スプーン一杯分を軽く冷ましてから砂糖の中に放り出して一個分の飴玉を作ったりしている。

 ケーゴはモールドも用意する事になるかと思ったが、必要は発明の母という言葉を思い出していた。


 しかし、モールドは必要無かったが、飴に混ぜるモノは用意する事になった。ショウガ、ハッカ、蜂蜜、キーラ(レモン)、塩。

 皆には砂糖に塩? と疑問に思われたが、キーラ(レモン)と一緒に混ぜるだけで味が旨く調うと言ったら直ぐに実践して、好評を得ていた。


 完成品はかなりの数になったが、拡張箱が便利に使われていた。


 夕飯の準備に少し食い込んでしまったので、初めは包丁で叩かせるつもりだったがミンサーを使って挽肉を作る事にした。保存箱があるから、ミンサーも持って帰れるだろう。


 昨日のパンはまだ固くなっていなかったので、パン粉もこちらで用意し、シン(タマネギ)を刻んで炒める所から始める。

 味を調えるための胡椒は、こちらで良く手に入る似たような使い道の香草を細かく砕いて使った。あとはミルクを少し入れて混ぜて焼くだけ。


 ソースが作れないのでフライパンに入れる油はバターにして、円盤状に焼かせる。


 ハンバーグのネタを空中キャッチボールさせるとか、焼く時に真ん中を膨らませるとかは、あえて教えない。先ずはこの状態で焼いた時の崩れ方や基本の味を知ってもらいたいとケーゴは考える。


 コレだけでは少し寂しいので目玉焼きも作らせてハンバーグに添えて、ジャムを添えたパンと一緒に食べて貰う。


 出来上がりは、思ったよりもひび割れは少なかったが、肉に対してしっかり焼く、と言う『常識』により、ややお焦げが目立つ出来上がりになった。


 皆の調理器具を片付ける速度を見れば、良い匂いが皆の食欲を思いっきり貫いているのが判る。


 そうしてその日は暮れていった。

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