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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
3/19

03 神の愁い

 次の日。ケーゴは少し寝過ごした。しかし五人もゆったり寝られたようで、起きて外に出てきたのはほぼ同時だった。


 「おはようございます。夕べは寛げましたか?」


 「「「おはよう」ございます」」


 「おはよう。やっぱ疲れてたんだな。横になった後の記憶が無いよ」


 「それは良かった。色々用意したこちらも一安心と言う感じです」


 「今日の予定はどんな感じだ?」


 「早速ですが、今日の朝食をこれから直ぐに作りたいと思います。よろしいでしょうか?」


 「朝飯か。朝飯とか夕飯とか言う感覚で飯食ってこなかったから、なんか新鮮な感じがするな」


 「そうですか。では、ご自分達でご自分たちが食べる食事を作る、と言う事ですので、その今の格好で構いません。ですがエプロンと、昨日お渡ししました調理器具を炊事場までお持ちください」


 そして料理教室が始まった。


 「皆様、手はしっかり洗いましたね? ではまず金属製のボールと、手の平がギリギリ入るサイズの鍋が有ったと思います。それらを出してください。ボールは中ぐらいのと小さいのと一番小さいのの三個で。それでは、これからパン作りに使う小麦粉をお渡しします。ですが、実はコレ、特別な小麦粉なんです。とある地方で普通に栽培されている普通の小麦粉なのですが、パンを作るのに最適な特性を持っています」


 「それが無いとパンが出来ないのか?」


 「いえいえ。それなりのモノはそれなりに出来ます。ですが、皆さんの街で取り扱っている小麦は、そういう特性を見ないで、適当に売り買いしていると思います。きっと、皆さんの街でも、同じ特性の小麦粉はあるのかも知れませんが、混ざってしまったり、知らないで使っている事になっていると思います」


 「それって、小麦を扱ってる業者でも判ってない、って事か?」


 「その通りです。ですから、皆さんにはパンに適した小麦粉の特徴を見て、感じて、覚えて貰います。まぁ、パンに適した小麦粉だけで作ったパンを作れるようになれば、街で手に入る小麦がパンに合うかどうかの判るようになります」


 「もし、合わない小麦粉しかなかったらどうするんだ?」


 「出来上がりに多少の不満は残るでしょうが、それなりにおいしいパンは作れるはずです。そして余裕が出来ましたら、色々な地方の小麦を取り寄せて試してみる、と言う事で良い材料を獲得していってください。ここでは、その基準を覚える、と言う事です」


 そして小袋に入ったパン用小麦粉を配る。


 「一番小さいボールですくって、大きなボールに入れてください。厳密で無くとも構いません。小さいボール一杯分で。そして、大きなボールに空けましたら、一つ小さいボールに井戸から水を汲んできてください。水はボールに半分程で構いません」


 五人が恐る恐る、ギクシャクしながら動いて、完了させるのを待つ。


 「ではまず一回だけ、水を少量、手ですくって小麦粉に落としてください。落とし終わったら小麦粉に水が浸透するように混ぜて揉みます」


 おそらく水が少なかったのだろう。揉んでいるが、ぼそぼそだったり、ダマになったりしている。


 「では、もう一度だけ水をすくって小麦粉に混ぜてください。一気にやってしまうと水が多すぎて小麦の汁になってしまいますので、少しずつ確かめながらです。そして一つの塊になるように練って、小麦の団子を作ってください」


 小麦の扱いはここがポイントだとケーゴは慎重になる。水が多いとお好み焼きのタネになってしまうし、もっと多ければもんじゃ焼きだ。通販で出汁を取り寄せたくなってしまう。


 「皆さんにお伝えしていなかった事があります。実は、この小麦粉で作った団子ですが、今回は食べません」


 「「「「「えぇー!」」」」」


 「実はパンを作るための材料をつくっています。無駄では無いですから覚えてください」


 納得がいかない顔をしつつも、言うとおりに団子を練っていく五人。


 「団子が出来ましたら、それを同じぐらいの大きさで三つの団子に分けてください。ボールに入れた水は一旦捨てて、団子を三つのボールに一つずつ入れておきます。ここで、団子の大きさを良く覚えていてください。出来ましたら、団子の入ったボールを色々な所へ持って行きます。簡易宿泊所でも良いですし、店でも、お風呂でも構いません。出来るだけバラバラになるように置いてきてください。これで、この作業は一旦、時間待ちになりますので、放置した状態で戻ってきてください」


 五人がそれぞれ、ボールを抱えて聖域のいろんな場所に散る。そして手ぶらで帰ってきた事を確認して、皆に鍋と木べらを用意させる。


 「では次はジャムを作ります。この季節の果物と砂糖を用意しました。皆様、お好きな果物を取りに来て、鍋に三分の一ぐらいの高さになるぐらい入れてください。その上に砂糖を、鍋の果物が見えなくなるぐらい入れてください。次にキーラという酸っぱい果実を一個分搾り、その絞り汁を入れたら暫く馴染ませます。その間に竈に火を入れておきましょう。竈は三つ使って、一つの竈を二人で使ってください。お一人だけ一つの竈ですが、竈を占有する使い方はしませんので同じようにしてください」


 竈に火が入ったら、火からは離して弱火でじっくりコトコト煮込む。竈の火は強めにしながらも、火に直接触れさせないで、下から上がってくる熱気だけで煮ていくのがポイントだ。火が通ってきたら、少しずつ木べらで潰して、焦げ付かないように混ぜていく。


 「木べらを鍋の底に付けてスッと引いた時、鍋の底が見えるぐらいが目安です」


 鍋を火から下ろして、熱が冷めたら保存用の瓶に入れれば完成だ。


 味見をさせようと思うが、放っておくと全部食べてしまう可能性があるので、小さなスプーン一掬い分だけ味見を許可する。


 『うん、やっぱり、みんな山盛りだな。皆の反応は上々だからこれで良しとしよう。突き詰めると料理教室が一年や二年で終わらなくなるし』


 それから石材の平板を用意し、超簡易的なパン釜を作る。形は縦長でこちら側が開いた長方形の立方体。下で火を焚き、上で焼くために真ん中ぐらいで横板を張る。この時。上下を完全に仕切るのでは無く、横板の左右と向こう側に火が上ってこれる隙間を空けておく。上部正面の開口部は、さらに上半分を塞いで、上の空間に熱が籠もる形にする。


 この簡易型のパン釜を皆に作らせる。ちゃんと、耐熱レンガで作らないと長持ちしないと言うのも忘れない。


 簡易とはいえ石窯なので、火が通るのに時間がかかる。なので窯に火を入れてから次の準備を始める。


 改めて小麦粉、砂糖、卵、牛乳、バターを配る。そして放置した小麦粉の団子を取りに行かせる。


 『ちょっと時間が足りなかったかな? 上手く出来てるといいな』


 持ち帰ってきたボールの中で、小麦粉団子が膨らんでいるのは二つだけだった。しかも二倍に届かない膨れぶりだ。


 『やはり一晩は置いておきたかったなぁ。まぁそれは今夜にでもやらせるか』


 「この膨らんだ小麦粉の団子が、パンを作る上で重要な材料になります」


 そして何故膨れたのかの説明はやめて、その膨らんだ二つの団子をまとめてから、五個の小さな団子に分けさせる。


 「また小麦粉を水で練って、同じような団子を作りますが、今度はその分けた五つの団子と一緒にこねていきます。そしてこねている小麦粉の量を、これから入れる砂糖などの材料を覚えてください。本来は量を量って厳密に管理するモノですが、それは同じおいしい味にする必要があっての事です。今回は大雑把に行いますので、細かい量の配分などは皆様それぞれで試行錯誤してください」


 『コレを言っておかないと、言われた事だけを繰り返すロボットになる可能性もあるからなぁ。でも上手く出来るか心配だ』


 そして二十五センチのボールに入れた小麦に対し、紙コップの牛乳を一杯、大きいスプーンに山盛り砂糖、少し小さいスプーンにバターを盛って、もう一つ小さいスプーンに塩を口切り一杯。


 卵一個は、初めは入れるつもりだったが、今回は別口にすることにして、横に置いておかせる事にする。


 そして小麦粉の方は団子になるまでこねさせる。


 かなり苦労しているようだ。


 「指の間から逃げてしまう様ですけど、力を込めて練るのがポイントです」


 そしてようやく団子になった頃には、けっこう疲れた様だ。


 「お疲れ様でした。では、綺麗な布巾を出して、水に濡らしてから絞り、ボールを覆うように掛けてください。そして暫く放置します」


 そしてパン釜に使った石材の平板とは別の、表面がツルツルに加工された石材と、木材の板材を使って、流し場にテーブルを作る。石材だけだと上から力を掛けたら割れてしまうから、木製の板を下に敷いて補強する形だ。


 このテーブルはパンを分ける際の作業台になる。


 「では、味見はしますが、基本的に食べないつもりで、膨らませるのに使った小麦粉の団子を使います。まず全員で一つにまとめ、その後練ってから五等分に分けてください。乾いているようでしたら、少し濡らしてくださいね」


 『お腹が減ったのかな? 味見をすると言ったら動きがキビキビした』


 一つ一つが大人の男性の握りこぶし程になった。それを各自で持たせ、火の入ったパン釜に入れさせる。


 『あぁ~。ここでも必要な物を買い忘れていた。時間は十五分程あるから間に合うか』


 「ちょっと失礼」


 そう言って倉庫に走り、木の平皿数種類と金属製のトングを大きさ別に三種類、そして鍋つかみを十枚、二枚ずつの色違いで購入した。そして本気で必要になる、両側が細くなったのし棒を五本だ。



 そして戻る。


 「窯の中の様子はいかがですか?」


 「焼けてるな。そろそろ出すか?」


 「では一つだけ出しましょう」


 そう言って鍋つかみ一枚と大トングを渡し、木の皿一枚に乗せさせる。初めは鍋つかみに疑問を持ったが、熱くなる鍋を持つための手袋です、と言う説明だけで判ってくれた。


 木の皿の上で六等分に切り、一つずつ取らせる。


 「はっきり言って、食べられたものじゃ無いモノのはずです。ですが、今の状態でどんなモノになっているか、しっかり確かめてください。では、ちょっとだけ、味見をしてください」


 「む。これは 生焼けか?」


 「あー、まだ中心は焼けていなくて練った時のままだな」


 「む、味がしない」


 「え? コレって店で食べた事あるよ?」


 「ああ、あそこの宿屋の朝飯だ。飯付きで一泊六百とか言ってた」


 「皆さんの不幸自慢は後ほどにして、次のパンを一個取り出してください」


 「え? もう?」


 「はい。パンの焼きは時間との勝負です」


 今度は、出したパンは味見せずに皿に置いておくだけにして、直ぐに次のパンを出す。そして次、次、と五個全てを取り出した。


 「では順番通りに並べて、味を見ていきましょう」


 そして四番目のモノが一番良く火が通っており、五番目は焦げが見られた。


 「この丸いパンで、このような時間の差が出来ます。もしも別の形、別の素材で作る場合は、また時間を調べなければなりませんね」


 「けっこうキツいな。見た目で判るか?」


 「慣れれば判ります。それに、例えば雨が降りそうな日や、寒い日、暑い日でやはり時間は変わります。薪の火のノリが悪いとか、パンの生地に水を少しだけ多く入れた、などの原因でも微妙に変わります。まず、よく見て観察する事が大事ですね。基本は焦げの特徴を見逃さない、と言う所からでしょうか」


 「た、大変だなぁ」


 「店になれば、パンはほぼ毎日作る事になります。ほぼ毎日の仕事ですから、否応なく慣れます。それが料理人という職業です」


 「なんか、初っぱなで挫けそうになってきた」


 リーダー格のアミナが弱気な事を言ってきた。


 「では、一番焼きが上手く行った、パンと言うよりも小麦粉焼きと言う物ですが、それに、先ほど作ったジャムを塗って食べてみてください」


 「え? いいのか?」


 「あくまで味見ですからね」


 はしゃぐダイナを宥めるように言うが、効力は疑問だった。


 「え? 食えるじゃん」


 「普通にパンとして売れるんじゃないのか?」


 「特別旨いというわけでは無いが、食いやすいだろう」


 「モグモグ」


 「お代わりある?」


 「味見ですからね。それに、今は、ミルクやバター、砂糖と塩を入れて味付けしたパンを寝かせている最中です。お腹をいっぱいにすると、後で後悔するかも知れませんよ」


 「そ、そうだった!」


 五人全員がやる気を取り戻したようだ。


 そして、竈の火を絶えさせないように薪を追加させ、使ったボールをしっかりと洗わせる。布巾で綺麗に拭かせ、その布巾も洗わせて干させる。


 一通り綺麗になったら、小さめのフライパンと小皿を出させる。


 「パンのおかずとして目玉焼きを作ろうと思います。卵はパンの材料と一緒に配ったのがありましたね。それは三日前に鶏という鳥が産んだ卵です。生まれた後、直ぐに回収して表面を洗い、良く拭いてから出荷された物です」


 「え? そんな事まで判るのかよ」


 「いえ。それが判る所からしか買っていないのです。いつ産んだかも判らないモノは、食べるとかなり危険です。じっくり火を通してあれば別ですが、少しでも安心出来るモノを提供したければ、卵は信頼できる業者を作ってからで無いと、店としては成立しない可能性があります」


 「そ、それは一番難しいんじゃないのか?」


 「いざとなったら、小さな鶏小屋を作って、毎日鶏小屋から回収しておけば良いだけですけどね。毎日確実に回収出来れば、今日回収した卵は、夕べか今日に産んだもの、と判りますから」


 「そう言われればそうだけどさぁ」


 「新鮮な卵は生でも食べられますが、まぁ、直ぐには実現しないでしょう。ですから、卵を使う場合は十分に火を通す、と言う事で徹底して頂ければ問題ありません」

 『ここで、卵の重要性を知って、入手法を真剣に考えてもらえれば、何かが大きく変わるかも知れない』


 半ば納得、半ば不満という顔をしているが、ここは先に進める。


 「あ、そうそう、荷物の中からフライ返しというヘラみたいな物を出してください。穴の空いた四角い板に取っ手が付いた形をしています。えー、では、せっかく窯に火が通っている事ですし、そちらで行いましょう。窯にフライパンを置いて温めてください。普通は竈で行う作業ですが、石窯でも構いません。では、フライパンを置いたら、小さじに先ほど使ったバターを一匙すくい取って、フライパンに入れます。フライパン全体に馴染むように傾けてください。そして卵を割り入れます。さ、早速やってみてください」


 説明はそれだけ。失敗すると良い経験になるだろうと、あえて突き放してみた。だが、卵を扱ったことがあるらしいベルダだけは、落ち着いて黄身を崩さずにフライパンに乗せた。


 「わっ。黄身がグズグズだ」


 「えー、卵の殻が入ったー」


 「えっと中々割れないんだけど」


 「あー、コレで良いのかぁ?」


 ほどよく手こずっている様だとケーゴは満足している。


 「卵の殻が入った場合はスプーンで出してください。先ほど出したフライ返しで、時々、卵の下側の、フライパンに接している所を確認して、焦げていないか確認してください」


 『ここで水を入れて蓋をして蒸す、と言う作業は、卵に何が起こっているか判りづらいから、まず、片面だけ焼いて、その結果を見て貰おう。生焼け防止に、ひっくり返して両面を焼く、とかも次の行程になるな』


 「多少焦げていても構いません。納得できたら上げて、フライ返しを使って焼いた卵を皿に移してください」


 やはりベルダのだけが目玉になっていた。


 「今焼いた卵は、後でパンと一緒に食べます。なので置いておいてください。では、使ったフライパンとフライ返しを良く洗ってください」


 綺麗になったら、次はパンだ。熊猫は関係無い。


 「まず、小麦粉を手で一すくい取って、作業台に振りまいてください。作業台がうっすら小麦粉で覆われれば結構です。その上に先ほどのこねた物を出します。どうですか? 大きくなっているのが判りますか?」


 それぞれの小麦粉団子は大人の握りこぶしを二つ握り合わせたぐらいの大きさだ。それを四分割にさせる。


 「どうですか? 小麦粉を振りまいたので、パンの元の団子が張り付かない様になったと思います」


 「なるほどな。こうすると台にくっつかなくて、その上同じ小麦粉だから問題無く食べられると言うワケか」


 「はい、正解です。では四分割したパンの元をこねて紐状にしてください。手の平を広げた時に、親指の先から小指の先ぐらいの長さで。片方が太く、片方が鋭くなる感じでお願いします」


 子供の頃に粘土遊びや泥遊びをしたことがあれば別だろうが、そう言う遊びと縁が無かった者たちなので、少々苦労しているようだ。


 「紐が出来ましたら、のし棒に軽く小麦粉を馴染ませて、今作った紐を平たくしてください。片方が親指の長さぐらいに広く、片方が指の爪ぐらいの幅の狭い板にするワケです」


 普通はサンプルを見せて『このようにしてください』とか言う所だが、あえて自由に作らせる。


 「平たくなったら、幅が広い方から丸めていきます」


 これでロールパンの形になればいいなぁ、とケーゴは生暖かい目で見ている。考えさせるためにあえて見せない、と言うやり方だ。


 「残りの三つも同じように平たくしてから、丸めてください」


 五人がお互いに、これで良いのかと見せ合っている。


 「ここで、出来上がったパンの元をボールに入れて、濡れた布巾をかぶせて暫く置きます」


 「直ぐに焼かないのかよ」


 「二次発酵と申しまして、もう一度、約一倍半に膨らむのを待ちます。これで、ふっくらした柔らかいパンが出来ます」


 「一つ一つの作業はそうでも無いけど、けっこう手間がかかるな」


 「後は膨らんだ後に焼くだけですが、この手間がおいしさに繋がるわけですね。あ、ああ、焼いた卵の上にも布巾を掛けて置いて、虫や埃が入らないようにしておきましょう。この後使うのはトングと焼き上がりのパンを乗せるお皿だけですので、のし棒と作業台の上を綺麗にしておいてください。その後は暫し休憩の時間にします。今回行った作業を再確認してください」


 「あ、すまない。教わったことを書き残したいんだが、書くモノはあるだろうか?」


 「そうですね。申し訳ありません。こちらからは書き写した物を渡さない、と言う条件があったのですが、皆様がご自分の記憶を頼りに書き残すのは構いません。では、筆記具をお持ちします」


 書き写した物を渡さない、という条件なんて無いが、書いてあるそれが全てだと思われるのが嫌だっただけだった。もしかしたらこれ以外にもあるのでは無いか? と言う気持ちが無いと成長なんて望めない。


 「お待たせしました。こちらをお使いください」


 そう言って渡したのは、針金をスプリングの様な螺旋状に形成して、紙の穴に通してあるタイプのノートを二十冊と、黒二十本、赤五本のゲルインクのボールペン。そして付けペンの軸を十本と交換用のペン軸五十個、瓶入りのインクを十個だ。


 さらにテーブル付きの折りたたみパイプ椅子を持ってきてそれぞれに座って書かせる。


 「す、すまない。使い方を教えてくれないか?」


 筆記具は五人で均等に分けた。文字を書けないのが三人いたが、この機会に文字を習えば良いと言うことになった。そして、付けペンは、先が交換できると言う機能に感動していた。貴族も含めて羽根ペンが基本らしい。インクに浸ける回数も少なく、連続で何文字も書けることに驚いていた。


 さらに、ボールペンにはもっと驚愕した。


 ただ、中のインクが無くなったらゴミにしかならない使い捨てだと言うことにかなり落胆していた。ケーゴのいた世界でなら、インクの補充は出来るだろうが、その手間は新しい物を買ってくる事よりも面倒で、ほぼ補充を行う者はいない。


 ゲルインクで、使用前にペン先に付けられている、小さな玉の保護材を取らなければ、一応、数年は保存できると伝える。保護材を取ら無ければ書けないし、取ってしまえば中のインクが乾燥して使えなくなってしまう、と言う事はしっかり伝えた。


 基本、数日に一回以上使い続ければ中のインクが無くなるまで使い続ける事が出来るが、三十日以上放置するとインクが乾いていく可能性が高いと警告。だから、使わないボールペンのペン先の保護材は、使っているボールペンが使えなくなるまで取らない様にと言っておく。


 ボールペンの構造を聞かれたので簡単に説明したが、ボールペンの先をじっくり見た後、こんな小さな鋼鉄の玉を綺麗な球に磨き上げる技術は無いと諦めたようだ。


 文字を書けない組は基本的に絵で描き残し、その絵に簡単な注釈として文字を書き込んで覚えれば良いとした。


 大きさの大、中、小とか、山盛り、口切り、こねる、などから、砂糖や塩、ルブロ、モズス、キーラなどの単語は覚えておけば今後も役立つだろう。


 そして五人がワイワイと騒ぎながら書き残す作業に入った。


 暫く時間を空け、そろそろかと、ボールに入れたロールパンの元を確認させる。


 「巻いた形で膨らんでる」


 「本当だ」


 「小麦粉って置いておくと膨らむんだ?」


 「なら、なんで、皆、やってないんだ?」


 それぞれの感想があるようだ。


 「これ以上時間を掛けると、今度は膨らみ過ぎちゃってスカスカで焦げやすくなってしまいます。味わいも落ちるでしょう。膨らんだ物を、腐ってしまったと言って食べなかった、と言う事も考えられます。膨らむのは知っていても手間が多いからわざわざやる必要が無いと判断したのかも知れません。客の評判なんか気にしないと言うのなら手間を掛ける意味も無いかも知れませんね」


 手間がかかっていて美味しいけど、その分お高い、と言うのは購入層の金銭的余裕という話になる。この世界もまだ、安いは正義、なんだろう。


 「では先ほど渡したトングを使って、窯に入れていってください」


 きちんと作って、本格的なパン釜で焼いた場合は約十五分で焼き上がる。だけれど、適当に作った形だけの窯に目分量と言うのもはばかれるぐらいの適当分量のパン生地だと、果たしてどのくらいで出来るのだろうか。


 『表面に卵を塗ってないから、見た目で判断するのも難しいかも』


 実際に作業している五人は、焼き上がりの見極めにハラハラとしているようだ。約十五分は経過したかな? と言う適当な判断でケーゴは指示を出す。


 「そろそろ焼き上がり始めている物もあるはずです。ご自分の判断で取り出してください」


 酷い料理教室である。


 そんなケーゴの料理教室ではあるが、五人が取り出したパンは、見た目だけはしっかりとロールパンになっていた。


 「もうお昼に近いですが、ここで休憩にします。それでは、先に焼いた卵とジャムも使って、出来上がったパンを頂きましょう。あ、食べ終わっても暫く休憩のままにしますので、夕飯の準備を始めるまでは好きになさって構いません」


 「夕飯もパンを焼くのか?」


 「明日用のパンの仕込みはしますが、夕飯自体は野菜を使ったスープを作ります。昨日皆さんに食べて頂いた、あのとろっとした食感のシチューに近づけるつもりです」


 「あれか! あれは旨かった」


 「あれってあたし達に作れるの?」


 「昨日ののとは若干違いますが、似たようにはなるはずです。そうですね、丁度今からと、日が沈みかける頃との中間ぐらいの時間ではじめさせて頂きます」


 「少し空くな。どうしていたら良い?」


 「お好きになさって構いません。もしもご希望があれば、卵の焼き方の練習でもしますか? 卵は提供させて頂きますので。ただ、卵は栄養がありすぎる食材ですので、今日はあと一つか二つにしておくのがよろしいと思います。他は、荷物の確認などや、剣などの手入れ、汚れ物の洗濯でも結構です」


 「あ、あの、神殿に行ってもいいですか?」


 いつも温和しめのシアラが遠慮がちに言ってくる。聖域内の店や簡易宿泊所とは反対側になる場所にある、構造は簡単だが、大きさはそれなりにある神殿を見ている。


 「あそこは創造神ジワンの神殿になります。一応お聞きしますが、何をしに行かれるのですか? ああ、失礼しました。中央にあるシンボルに泥団子をぶつけるのですよね。いいですねぇ。私も参加しても良いですか?」


 「どろ…、そ、そんなことしません! 創造神様に感謝のお祈りを捧げるんです」


 「そ、それはまた、珍しい」


 「珍しくありません。あ、あの、神殿で奉っておられるんですよね?」


 「本意ではありませんが、そうなります。本当ならトイレの裏の壁に鳥居を書いて済ませようと思ったのですが」


 「とりー?」


 「あ、失礼、大した意味ではありません。まぁ、本人の意向であの大きさであの場所になりました」


 「本人? ですか?」


 「知りません? 創造神ジワン。ちょっと出かけた時になんか、気さくに冗談言いながら話しかけてくるニイちゃん、と言う感じの方ですが」


 「すみません。私の知り合いにそう言う方はいません」


 「それは幸いです。人の身であのような存在と関わるというのは、ある意味、不幸でしかありませんから」


 その時、スマホがブルッと震えた。見るとチャットメッセージが入っていた。


 【確かに】


 他の四人は軽く笑っていたが、シアラだけはポカンとしていた。


 今後も使うだろうからと、洗濯用の大きめのタライと洗濯板を五つずつと、干すためのロープ、たっぷりの洗濯用ピンチ、それに洗濯用洗剤を大箱で持ってくると、シアラは神殿に出かけていた。

 炊事場に残っていたのはアミナとベルダの二人だけで、残りの二人は宿泊所で休んでいるそうだ。


 まずロープを炊事場と簡易宿泊所との間に張り、途中を木の棒を地面に突き刺してロープが弛むのを極力防ぐ。タライに水を張り、洗剤を溶かしてから洗濯物を浸す。暫く置いてから洗濯板を使ってこすり洗いをし、一度搾って水を入れ替える。綺麗な水で洗剤を落として再び絞り、しわを伸ばしてロープに掛ければ終了だ。


 一通り指示して実行させると、二人は洗剤の効果に驚いていた。


 ケーゴにしてみれば、この世界にも石鹸はあると思ったが、アミナ達は知らないようだった。基本は水で適当に洗って、頑固な汚れは蓄積していくと言う認識だ。


 「洗濯の仕方は他の三名にも教えてあげてくださいね。それと、洗剤はタライ一杯に洗剤の箱に入っている計量カップ八分目ぐらいが適量です。それ以上多くても水に溶けないで洗剤の残りが服にこびりつくという結果になりますので、適量を心がけてください」


 店に戻ると言い置いて二人と別れる。ケーゴは炊事場の井戸を手押しポンプに出来ないかと考えていた。ケーゴの屋敷の井戸はソーラー発電で汲み上げポンプを常に動かしている状態だ。汲み上げて使わなかった水はそのまま井戸に戻しているが、使うのはトイレと洗い場ぐらいなので汲み上げ量は少なくしている。なのでケーゴの所にはとりあえず必要無いが、五人で使う炊事場には必要だろうと通販サイトをひらく。


 「しっかり売ってるなぁ。塩ビのパイプの口径を合わせて揃えれば、それだけで出来上がるんじゃないのかな」


 実際は井戸口に設置するための板材などが必要になるが、電動ドリルも既に持っているケーゴには楽な作業に思えた。


 「楽と言えば楽なんだけど、それでも十歳児には重労働なんだよなぁ。せっかくの剣と魔法の世界なんだから、魔法でどうにかならないのか? 念動力とかゴーレムとか」


 そう呟いてこの世界の魔法について調べ始めるケーゴだった。


 その少し前。


 ケーゴが洗濯用のタライを用意している頃に、シアラは創造神ジワンの神殿にいた。


 神殿は石材で作られ、平らな床は大理石と思われる。ツルツルに磨き上げられ、周囲の影を反射している。ほぼ正四角形の敷地にあり、床からは十二本の柱が伸びて屋根を支えている。壁は無く、柱と屋根だけの簡単な構造だ。知る人が見ればギリシアのパルテノン神殿を簡単構造にしたようにも見えるかも知れない。


 その綺麗な床に足を付けて、シアラはケーゴから買ったサンダルを履いていることに感謝した。


 この聖域に来るまでは冒険中と言うこともあり、複数枚の木の板を並べてから革で巻いた靴もどきを足に巻き付けていたのだから。街では靴は売っているが、乱暴に扱った壊れてしまうのでソロリソロリと歩く必要のある、見栄え重視の靴だった。冒険者が森や荒れ地に入る場合、足という重要な器官を守れさえすれば良いと言う概念から、木の板と合わせて革を巻き付けるのが一般的だった。


 当然汚れまくり、いつ、何を踏んだのかも判らない汚れがこびりついたまま固まったままの部分もあった。なので、綺麗で、しかも聖域の芝しか踏んでいないサンダルは、神殿に入るのに相応しいとさえ思えた。


 昨日、温泉にも入り、身体全体も綺麗にした状態で、服も下着も新品だ。禊ぎは済ませたような気分のままに堂々と神殿に入る。


 神殿に入ると、まるで世界から音が消えたような錯覚を覚えた。どこの神殿よりも清純に感じた。


 幼い頃は孤児院におり、毎日の義務として神殿で祈りを捧げていたが、ここは自分が知っている神殿とは全く別の場所だと感じる。

 まるで物語の中の憧れの英雄に会うかのごとく、浮ついた心で中央のシンボルの前に膝を突いた。そして心のままに手を組み、祈りを捧げる。


 至福の時間だった。


 孤児院で感じた、死ぬしか無かった人生を生かし続けてくれたと言う感謝では無い。生きてこの場にいる事自体が幸せだと感じた。


 見上げる瞳はシンボルを映しているが、シアラはシンボルを見てはいなかった。


 巨人? 大男? その姿は巨大であり計り知れなく、そして身近にあると感じる。地平線よりも遠くにありながら、その頭は天に届く程だ。なのに霞むこと無くはっきりと見える。偉大な存在だ。


 愁いている。


 悲しみ。諦め。そして煩わしさ。忍耐。


 せっかくの美丈夫がもったいないと思えた。そして今まで見えていなかったモノが見えるようになっていく。


 なぜこの男性は愁いているのか、との考えが引き金だったかのごとく光景が広がっていった。


 怒声。蔑み。傲慢。嘲笑。それが溢れていた。一瞬で不快になり逃げ出したくなる。しかし初めに見えた男の愁いが気になり、しっかり見る事にした。と、同時に光景がはっきりしてくる。


 男性と自分との間に数人の男達がいる。初めの男性と比べるとかなり小さいが、自分と比べると山と蟻程に違う。


 粗暴ではあるが筋骨たくましい男。華奢ではあるが整った容姿。体型も容姿も普通と表現しても良いはずなのに美しさを感じる男など、皆誰もが理想的な存在ではあった。


 しかし、一番初めの大きな存在に比べれば一段落ちると感じるのは、シアラの個人的な好みとは関係無く、全体としての品格だろうとシアラ自身は判断した。


 『いくら死のうが、全体として前へと進むのだから、それは正しい道筋なのだろう!』

 『死も破壊も貴重なリソースの無駄遣いにしかならないと言うのは事実だ』

 『死があるからこそ残そうと力を尽くすのでしょう』

 『前へと進むために失われるモノが多すぎる』

 『楽しい』『つまらない』『苦しい』『面白い』

 『全てが無くなればまた初めからやり直しだ』

 『間違いがあったのだから当たり前だ』


 単純な自分の意見の押し付け合いだ。


 そこに解決となる答えは無く。いつものごとく自分の立場と意見を言うだけ。怒鳴っているが、誰も聞いていないし、誰にも聞かせてはいない。


 答えが無いのだろう。


 答えに従うつもりも無いのだろう。


 ここには、本当に無駄な時間が流れていた。


 これは、確かに愁うだろう。


 おそらく、一番大きい存在が上に立つ者で、それよりも少し小さい存在が仕事を割り振られた部下なのだろうとあたりを付ける。


 その部下達が協力することも無く、自らの我が儘な主張で場を濁しているだけだ。


 シアラは、一番大きな存在のために何か出来ないだろうかと思った。


 それは思い。願い。希望。


 だが、シアラとその存在とは存在のレベルが違った。


 平野の中にある街の中央で、霞む程遠くの山を一人が眺めたとして、その山がその一人を認識するだろうか?


 人が山を眺めることは出来ても、その山が眺めている一人を思い描くことなど不可能だ。シアラはまさに、その差を感じていた。


 あまりにも遠い存在だと。自分は祈ることぐらいしか出来ないのだろうと。


 そして主である存在が軽くかぶりを振ると、我が儘な存在達がかき消えた。


 実際に消えたわけでは無く、見て聞くと言う認識の枠から外しただけだと、何故か理解した。


 そして、その大いなる存在とシアラの視線がかち合った。


 それは数千分の一にも満たない奇跡の確率。


 あり得ないはずの奇跡ではあるが、逆にあってはならない不幸でもあった。


 あまりにもレベルの違う存在との会合は、例え目を合わせただけでも互いにかなりの負担を課す。上のモノなら負担は耐えられるだろうが、下からすれば存在を消し飛ばされてしまう可能性もあった。


 なので、シアラの意識は危険を感じて目を閉じた。


 そして、ケーゴを求めて店にダイナが駆け込んできた。


 「店長! シアラが! シアラが!」


 「落ち着いてください。シアラさんがどうしました?」


 「あ、あ、えーと、シアラが遅いんで、神殿に様子を見に行ったら、シアラが倒れていて」


 「倒れていた? それで? 今はどうしていますか?」


 「あ、神殿じゃ何も無いんだ。宿泊所の方に運んで」


 「動かしてしまったんですね。それは仕方ありません。では、今は寝かせてあるんですね?」


 「ああ、店長なら薬を持っているだろうからって」


 「判りました。少しお待ちください」


 神殿は石造りで、そこで倒れたと言うのなら堅い石の床に頭をぶつけている可能性がある。本来なら動かさずに魔法の薬であるヒールタブレットを使うべきだが、冒険者ならば安全を確保出来る位置に仲間を移動させる、と言う方が常識化している。


 だからそれは『仕方ない』と諦めて、ケーゴは倉庫へと入って薬の準備をした。今更、多少の時間経過は問題無いだろうと、他の者たちにも持たせる薬を準備してからダイナと共に簡易宿泊所へと向かった。


 「シアラさんの意識は戻りましたか?」


 宿泊所に入るなり聞く。


 「いや。息はあって、それも苦しそうでは無いんだが…」


 「判りました。診させて頂きます」


 シアラに近づいて、鑑定を働かせる。その鑑定結果はスマホに表示されるが、他の者には見えない様だった。


 【精神的負荷がかかったため 自衛反応として意識をシャットダウン 意識的な疲れが取れる一時間ほどで目覚める 右前頭部皮膚内に内出血 たんこぶ未満 脳内の血管は毛細血管レベルでも損傷無し】


 その結果に大きくため息を吐く。


 「問題ありません。ちょっと疲れが出たので、少しだけ眠るみたいですが、それ以降は普通に過ごせます」


 ケーゴの真に安心した物言いに、四人も息を吐いて力を抜いた。


 「よかった~。なんかの病気かと思ったよ~」


 「仕事中に、何らかの毒とか受けてたかも、って思うよな」


 「常に命がけな仕事をされているので、仕方の無い事かも知れませんが、皆さん、身体を大事にしてください。それと、薬などは持ち歩かないのですか?」


 「薬かぁ。持ってても、擦り傷とか腹下しに少し効くって程度だしなぁ」


 「良くありませんね。ではご提案なのですが、ヒールタブレットとスタミナタブレットを購入しませんか?」


 「あ、あるのか? 値段は?」


 「アレって、噂だけとか、物語の中だけのモノじゃないのか?」


 「現実にあります。ここでなら一粒一万でお分けできます」


 「両方で二万か。五人で持っていれば十万で、かなり余裕が出来るはずだが」


 そこで四人による会議が始まった。買う個数を決めるのだろう。


 ケーゴはシアラの精神的負荷という言葉が気になったので、再びシアラに鑑定を掛ける。


 「鑑定、シアラの精神的負荷」


 【神殿でトランス状態になったシアラと 目が合っちゃった てへ】


 思わずその場に突っ伏した。


 その突然の行動で、シアラに引き続き店長も謎の病に? と一時騒然としてしまった。


 「お、お騒がせして申し訳ありません。別に私が病気になったわけではありませんのでご安心ください」


 「いや、マジで焦ったから」


 「いきなり倒れたしなぁ」


 「いや、本当に申し訳ありません。お詫びに、ヒールタブレット五十粒、スタミナタブレット五十粒ずつを無料でお分けします。薬用のケースも十個と、小さな巾着袋もおつけします」


 「一人十粒十粒の二十粒ずつか? えらい大盤振る舞いだな」


 「はい。はぁ。こちらにも色々ありまして」


 心底疲れた表情でそれだけをこぼす。まさか本人のテヘが原因だとも言えずなんとか疲れたという感じで誤魔化した。


 「ここに、別口でヒールタブレットとスタミナタブレットを一つずつ置いておきます。シアラさんが目覚めたら飲ませてください。これでオデコの傷も消えるはずです」


 誤魔化し切れていない雰囲気は感じつつも、なんとか脱出したケーゴ。再びスマホを取り出して、今度はチャットを立ち上げる。


 「それでどう言う事?」


 声に出すと直ぐに誤字の無い文字に起こしてくれるのは便利だといつも感心する。


 【あの子 巫女としての資質があったみたい 今時珍しいんだけどねぇ】


 「この聖域を作ったジワン様の神殿だから、繋がりやすかったってワケ?」


 【その通り でもちゃんとあの子にはリミッターを掛けたから もう倒れるとかは無いよ】


 「その辺、俺との繋がりではどうなってんの?」


 【君とは このスマホを介することで直接影響が出ないようにしてあるよ それに 今話しているボクも 全てのボクのなかの数万分の一のリソースしか使ってないしね あの子は本体に近い方にアクセスしかけちゃったんでちょっと焦ったけどね】


 「俺やシアラだけは大丈夫で、別の誰かが倒れる可能性が残っている様に聞こえるんだが?」


 【せっかくだから ボクと繋がれる人を探すのに協力してよ この聖域に入れるだけで資質がある可能性が高いし 貴重な人材の確保になるからねぇ】


 「シアラにはジワン様が唾を付けたって事か?」


 【シアラにはツブツブ屋に出す物を渡してねぇ それとシアラを君のハーレムに入れても全然OKだからねぇ】


 「この聖域はジワン様の狩り場になったかぁ。倒れる人用にタブレットを常備しておかないとなぁ」


 それきり返答は無くなった。通話が終わったとして、ケーゴはスマホ画面を古物商ツブツブ屋に切り替える。そこには【!】の誘導で、【ジワンのアミュレット】を見つける。取り寄せてから鑑定。


 【ジワンの巫女が身につけると少しだけ運が良くなる 必要な時にジワンの声を聞くことが出来る様になりやすくなる 木製 首に掛ける紐は切れやすくした麻紐 本人が持っていれば首に掛ける必要は無い】


 「うさんくさ」


 ケーゴはハーレムを作った男が、自分の女達に同一のアクセサリーを着けさせる状況を想像して、少し情けなくなった。


 数時間後、ケーゴが食材を台車に乗せて炊事場に行くとそこにはシアラを含む五人の姿があった。


 「シアラさん。お加減はどうですか?」


 「はい。騒がしてしまったようで申し訳ありません」


 「いえいえ。ここの神殿が原因みたいなので、こちらの方こそ申し訳ありませんでした。それと、これからはコレを身に着けるか、薬の巾着などに入れるとかして、常に持っている様にしておいてください」


 そして木製の首飾りを渡す。


 「これは?」


 「ジワンのアミュレット。まぁお守りみたいなモノです」


 「お? コレってシアラだけか?」


 ダイナが身を乗り出す。


 「創造神ジワンの巫女としての資質がある者という意味がありますが、まぁ邪魔ならポイしちゃってください」


 「あっ」


 ケーゴの言葉にシアラが反応する。


 「みこって何?」


 ダイナがアミナに聞いているが、アミナも満足な答えを知らない様だ。


 「巫女というのは神様の言葉を民に伝える役割と能力を持った者の事です。人が運営する神殿関係者に知られると面倒ですから、あまり見せびらかすモノでは無いと思いますが」


 「人がうんえいする? 神殿って神様のいる屋敷って意味じゃないのか?」


 「本来はそれだけの意味しか無いのですが。例えば、神に祈りを捧げる神殿を、掃除とかの管理、運営している人たちのために心付け、もしくは寄進という名でお金を渡すことを、半ば強要している所はありませんか?」


 「え? ほとんどそうだろ?」


 「その神殿関係者で、良い服を着て良い物を食べて、贅沢をしている方はどのくらいいますか?」


 「え? えーと、けっこう? たぶん?」


 確信は無いようだが、それなりにいるらしい。


 「そう言った、神への尊敬や祈りを、自分の金儲けにしている者も多いと言う現状です。そこに神の巫女という特別な存在だと言うことが知られれば、捕らえられて金儲けの道具にされてしまう可能性もあります。この神殿には神様より巫女としての資格を得た方がおられるから、こちらの神殿に寄進する方がお得だぞ~、などと宣伝するかも知れません」


 「あー、ありそう、かな?」


 「無ければ無いで結構なことですが、もしもそれがあったら、被害を被るのはシアラさんですね。ですから誰にも言わない方が良いと言うのは変わりません」


 「確かにそうだな」


 「え? で、でも、もしも神様のお言葉を皆に伝えないといけなくなったら…」


 シアラ自身は純粋にジワンを世間一般が崇拝する神になることを望んでいる感じがする。


 「シアラさん。創造神ジワンは何を成された神様ですか?」


 「え? えっと、この世界の全てをお造りになった神様です」


 「人族の発展のためにこの世界をお造りになったと?」


 「あ、いえ。海や山、大地やそこに住む全ての生き物たちをお造りになったとだけ…」


 「人族の幸せのために、魔獣は狩られるべき存在だと言っていますか?」


 「そんな事は…」


 「山や川や海、そして魔獣も獣も人族も、等しく創造神によって造られたモノですよね。それが人族にのみ言う言葉など持ち合わせているでしょうか?」


 そこでシアラは下を向いて真剣に何かを考え始めた。そして暫く黙ってしまう。そこにベルダがケーゴに聞いてきた。


 「創造神ジワンがこの世界を作った神様なら、その巫女の役割ってなんだ?」


 「もしも、その地域の土地神様の巫女であれば、その巫女は毒などで汚れた土地を浄化せよ、などという神託を受けるかも知れません。運が良ければ、崖崩れが起きるから気をつけろ、などと警告を受ける事もあるかも知れません。その神託を民に伝えるのは、巫女の役割として重要であったでしょう」


 「うん。それは判る」


 「ですが、創造神という全てを造った神様は、誰に何を伝えるのか? と言う問題になります」


 「あー、けっこう難しい?」


 「いえいえ、実は創造神というのは、全てを造り終わった後は役割も終わった存在なのです」


 「あれ? 言われてみれば?」


 「創造神がこの世界の民に伝える事があるとしたら、おそらくたった一つ『この世界、自分の思ってた世界にならなかったから、壊して、初めからやり直すわ。だから、皆、潔く死んでね』っと人族や魔獣などという括りを取っ払った言葉で伝えてくるでしょう」


 「「………」」


 「造り主だからこそ言える言葉ですね」


 「…い、言うのか?」


 「あくまで、創造神ジワンから神託が降りれば、と言う可能性です。ジワンの巫女が存在する必要性は、それだけと言う可能性があるというワケですね」


 「役に立たないな」


 「世界全体を造った神様を、人族の役に立てようと利用する事自体が間違った考え方でしょう」


 「なるほど。だけど、ますます巫女になる意味も無いよな?」


 「創造神ジワンにとっては、最後通告を出すためには必要でしょうが、それ以外で必要があるかは疑問ですね。ですから、創造神ジワンを奉る神殿関係者に対しても、シアラさんが巫女である事は黙って置いた方がよろしいでしょう」


 「だよなー。シアラ、シアラもそれでいいか?」


 「あ、あの、その、創造神様の愁いを皆に伝える事もいけない事でしょうか?」


 「愁い? 何かご覧になったのでしょうか?」


 そこで、シアラが見た幻視の内容説明となった。それによると、大きなジワンが居て、その手前に少し小さな者たちが騒いでいて、その状況をジワンが嘆いていると言う状況だったらしい。その時シアラは、蟻よりも小さな存在としてただ見上げているしか無かったそうだ。


 「それは…、まぁ、夢だったと片付けても良い内容ですね」


 「そ、そ、そうでしょうか?」


 「ジワンの下にいたのはそれぞれの管理神だと思われます。つまり戦の神や知識の神などの限定的な象徴ですね。それらが好き勝手に喚いているのをジワンが愁いている、という形にしか捉えられません」


 「あー、アタシも同じ感じだな」


 「うんうん」


 シアラ以外の四人も似たような意見らしかった。


 「結局ジワン自身の問題であり、矮小な人族がどうこう、と言う問題では無いでしょう」

 『そのために俺が呼ばれたわけだしなぁ』


 「それは判りますが…」


 「人族に出来る事であれば神にも出来ます。なら人族は神の代わりに世を正す、などと言うこと自体が傲慢で、迷惑な行為にしかならないと考えますが」


 「ですが、人族の事に神の力を煩わすのも不敬になるのでは?」


 「いえ。そもそも、人族がどうなろうが、神にはあまり意味は無いと思いますが。人族を気に掛ける神は、人族の神だけですよね?」


 「人族の神。……いるのでしょうか?」


 「え? 私は知りませんが……」


 そこで何故か皆が黙ってしまった。どうやら人族のための神に心当たりが無いようだ。


 「戦の神や芸術や知識、知恵の神みたいな存在はいるのですよね?」


 「それは聞いた事がある」


 アミナが代表して答えてくれた。


 「では、人に道徳を与え、より良き人生を過ごすための心構えや、守るべき約束事を教え、導く神はいますか?」


 「「「………」」」


 「えっと、夕飯作りを始めましょうか」


 「「「「「はい」」」」」


 まず、小麦粉だけを練り、濡れ布巾を掛けて再びバラバラの位置に置く。少し千切って欠片だけを混ぜて使うので、発酵しすぎても問題無い。


 ピーラーを使ってジャガイモ代わりのトローモとニンジン代わりのアーカの皮を剥き。タマネギ代わりのシンを少し薄めの半月切りにし、トローモとアーカも適当な大きさに切る。


 ケーゴが用意した肉を小さめの一口大に切らせる。切り方が上手くない場合はキッチンばさみを使わせる。


 あとは鍋に湯を沸かしながら、別でフライパンで野菜と肉を一種類ずつバターで炒めて、炒め終わった端から鍋に突っ込む。後は暫く煮込み、灰汁を取るという行為をしっかり教える。野菜類が柔らかくなったらミルクを入れ、暫くしたら水で溶いた小麦粉を加えて、焦げ付かないようにゆっくりかき混ぜつつ煮込んだら完成だ。


 「粗野と言うか、素朴と言うか、一番簡単な作り方になります。コレに味付けとして胡椒を加えたり、チーズを溶かし込んだり、季節の野菜を加えたりなどして、って聞いていませんね」


 五人が五人とも、食べるのに夢中で聞いていない。


 「食べきっても良いですし、残して、明日の朝に温め直して食べるというのでも構いません。それと、使った器具はしっかり綺麗に洗ってくださいね。では、寝る前にお風呂に入るのを忘れないようにしてください。それではまた明日」


 そして屋敷に戻ったケーゴが食べる夕食はカップ麺だったりする。それでケーゴ自身に不満が無いのは問題無しのような、問題なような。


 次の日。


 前日に放置してあった小麦粉の塊はしっかりと膨らんでいた。それを密閉保存できるガラス瓶に入れて保管し、少し千切ったのをバターと牛乳と卵を混ぜた小麦粉に入れ、良く練ってから一次発酵、成形して二次発酵させてパンを焼く。


 簡単な説明だけでしっかりとパンを焼けたのは良い兆候だろう。今回は少し多めに焼いて、夕飯用も用意。さらに少し余るぐらいにさせた。余ったパンを二、三日置いて固くするつもりだ。


 朝食のパンのおかずとして、卵で泡立て器を使ってのオムレツを作らせる。


 昨日のシチューを温め直しての朝食。シチューはここで完全に食べきれと言っておく。さすがに一晩置いたのもヤバイかな? と思った程度だ。


 五人の胃腸には何も問題を起こさなかったが。


 朝食後の時間で再びジャムを作らせる。五人で別々の果物で多めに作り、それぞれで分けられるようにする。


 ジャムは夕食まで我慢しろと言い置いて、使い終わった器具を綺麗にさせて、午前中の料理教室は終わり。後は夕飯の料理教室まで休憩だ。


 そしてまったりムードの昼過ぎ。


 五人に冒険時に使う靴の事を聞かれたので、つま先に鉄板が入った防水ジャングルブーツを紹介しておいた。厚めの靴下も十足付けて。


 そのため五人は新しいブーツを慣らし中。


 ケーゴは今まで五人が履いていた靴もどきを見て、涙ぐみながら格安販売した程だ。


 ケーゴとしては耐久性が高いモノを選んだつもりだが、靴底は合成ゴムなので経年劣化やスリ減りがあるので長期での利用は難しいとは言っておいた。


 靴底が無くなったら鋼線で編んだ網でも巻き付けて利用すると言っていたから、それほどまでに安全性と履き心地が良かったのだろうとケーゴは一応の安心感を持てた。

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