18 不思議屋
そして三時間後。
聖域に着地したトアは機体から飛び降り、走り寄ってきたシロクマのクマクマにケーゴを呼んでくれと叫んだ。
キノ機はトア機の横に着地し、その場に両足を投げ出す格好で座った。そして上半身は完全に寝かせないで、斜めの状態に留め、肘で身体が後ろに倒れるのを支える格好になった。
コクピットハッチが斜め上を向く格好だ。
そこで、トアはキノを抱えてコクピットから出すかを迷った。聖域には神の力があるが、果たしてキノの治療が出来るだけの装備があるかが判らない。
トアの世界でなら、体内に使い捨てのナノマシンを血管注射して、内側から血管の補修は可能だ。内出血も体液と出血した血液とを選り分けるナノマシンによるナノチューブを全身に差し込む療法もある。肉体そのモノの細かい裂傷も、細密な検査機器で場所を特定しながらナノマシンを誘導して裂傷を埋める装置も開発されている。
だが、それらは使い捨ての寿命の短いナノマシンを随時生成する装置が必要だ。
裂傷を治すナノマシン。腫瘍を死滅させるナノマシン。血液中のウィルスを攻撃するナノマシン。血管内の固まった血液を除去するナノマシンなどなど、目的に合わせたナノマシンが有り、それを選んで生成する装置が、医療機械に直結されて医療施設に置かれている。
かなり高額で大型になる設備だ。
トアの世界では一般的になってはいるが、果たしてこの聖域にあるかが判らない。
そこにようやくケーゴが駆け寄ってきた。
「トアさん。どうしました?」
「来てくれ! キノが無茶な機動をさせて全身がズタボロだ。この世界の医療技術じゃどうにもならないはずだ。何か手は無いか?」
トアの焦りの声にケーゴも急いでキノの機甲突撃兵のボディによじ登る。
「先ずは鑑定させてください」
シートに座った状態で動かないキノの与圧服の上からスマホをかざして鑑定と念じる。
【ヤバイ ヤバイよ! 早く! ケーゴ! タブレット! ヒールタブレットを早く!】
よもや鑑定とは…。いや、どうでも良いや。などと嘆息しながら腰に吊したツールバックからヒールタブレットを探す。
「トアさん。急いでキノさんのヘルメットを取ってください。薬を飲ませます」
薬? と言う所で一瞬動きが止まったが、それもホンの一瞬の事で、直ぐさま行動に移した。
そして現れたキノの顔は紫の斑が顔の大部分を占めていた。息を飲むトアを尻目に、慣れた様子でヒールタブレットをキノの口の中に押し込み、ペットボトル型吸い飲みの口先を口に入れ、手の平で口を押さえながらゆっくりと水を流し込んだ。
喉の動きを注視して、飲み込むのを確認。
すると、見る見るうちにキノの顔から斑が消えていった。
驚くトアを尻目に、再びスマホをかざして鑑定する。
【間に合ったよー あのままだったら記憶の大半を失ってたかも知れないけど もう大丈夫 三十分程したら もう一度ヒールタブレットとスタミナタブレットを飲ませてあげて】
と言う鑑定? 結果が出たのでケーゴも息を吐いた。と、同時にキノが気絶したままの状態で咳き込む。
『やっぱり飲ませ方に問題があったかなぁ?』
と心の中で反省するケーゴであった。
「どうなったんだ?」
と、トアが聞いてくる。
「はい。ヒールタブレットという魔法の薬を飲ませたので全身くまなく治療されました。詳しい事は、えっと、キノさんにもう一度ヒールタブレットを飲ませる時にでも説明しますが、一度キノさんを楽な姿勢にさせてあげませんか?」
と言う所で、屋敷でお茶を飲んでいたルナテリアとマリカが出てきてケーゴを呼ぶ。
「店長!」
事情を知らない二組がかち合ってしまった。ここで互いに説明をする程無駄な時間があるわけでも無い、と、ケーゴは両方の陣営にやるべき事だけを伝える事にした。
「ルナテリアさん、マリカさん。ここに怪我をして気絶した女性がいます。運び出すのはこのトアという男性が行いますので、その手助けと案内をお願いします。先ほどお茶を飲んでいた隣の部屋へ運んでください。私は先に行って寝床を作っておきます」
気絶しているのは女性だし、一番身体が小さく、体力も無いケーゴには運び出しには邪魔になると考え、適材適所になる様に配置した。
ちなみにパワーアシスト付きの与圧服は、着ている者に取っては軽快に動けるモノだが、他の者が持ち上げて運ぶにはかなりの重労働になる。トアもまたパワーアシスト付きの与圧服を着ているので、運び出す事には苦労は無いが、男に脱がされたなどと後で判るよりも、女性に介助されたという方が気分的にも良いだろう、と言う判断だった。
ケーゴの住む屋敷は江戸時代後期頃の武家屋敷風。その広い台所の土間には竈が二つ並んでいるだけだったが、竈の上には板を敷いてカセットコンロと魔道具のコンロが乗っている。その横には流し場が作られ、井戸から塩ビパイプが伸びて水を供給する仕組みをケーゴが作った。
台所の中央には分厚い天板を持つ大きなテーブルが有り、食材を切ったりなどの作業が出来る様になっている。
ケーゴとルナテリアとマリカはこの台所のテーブルでお茶をしていた。
既に二人ともケーゴの身内という扱いになったので、ケーゴの屋敷で寝泊まりして貰うつもりだった。その手始めに台所の使い勝手の説明と落ち着くためのお茶をすると言う目的だ。
コンロや水道を含めた台所自体の使い勝手を説明し終わり、部屋割りを決めて一旦個人の荷物を個室へと整理しようと言う所でトアたちが到着したと言うタイミングだった。
なのでお茶をしたところの隣の部屋というのも見ている。
台所の土間から直接上がれる板の間で、本来なら台所で用意した食事を配膳係に受け渡す場所だった。それ自体は形骸化して、単なる部屋の一つになっているが、外から運び込んで寝かせておくには丁度良い部屋だ。
そこでケーゴは通販でマットレスと敷きパッド、枕、そして毛布を一枚購入してキノ用の寝床を作った。
作り終えると同時にトアがキノをお姫様抱っこで運び込んできた。ルナテリアとマリカが先導している。
「ここに寝かせてください。それと、与圧服は脱がせた方が宜しいでしょう。ルナテリアさん、マリカさん、トアさんの指示で脱がせるのに協力してください」
「はい」「かしこまりました」
与圧服自体は前後に分かれるように出来ている。ただし完全に離れるワケでは無く、服の上から人の身体を滑り込ませる形式で着脱するので、最低限の幅しか無い。なのでトアが着脱スイッチを操作して隙間を空けさせ、ルナテリアたちにキノの肩を支えて貰い、トアが足下から与圧服を引っ張り出す形をとった。
与圧服を脱がせても、インナースーツを着ているので肌が見えることはない。
トアはインナーも脱がせるべきか迷ったが、締め付けている部分を緩めるだけにして、ルナテリアたちに方法を教えてやってもらった。
気候的には暑くも寒くも無い。なので足から腹の上まで毛布を掛けるだけにして寝かせるという作業は終わった。
「呼吸も落ち着いているし、血色も良い。だが何をしたんだ? 薬を飲ませたと言うのは判ったが、アレはなんだ?」
土間の台所にあるテーブルにお茶セットを用意していたケーゴにトアが尋ねる。
「まぁ、落ち着きましょう。座ってください。コーヒー、紅茶、緑茶に果実のジュース、それに炭酸飲料などがありますが、どれにしますか? ああ、トアさんのところの物でも大丈夫ですよ」
「ああ、飲み物か。俺の所のは色々あるが、俺はブルーゴルという合成飲料が好きだな。それと、『ここ』の茶とアンタの所の茶というのも興味がある」
トアは勧められた椅子に座りそう答えた。ルナテリアとマリカも、先ほどまで座っていた場所に落ち着く。
「ここのお茶というのはあまりお薦めできませんね。半ば薬扱いの苦い茶か、薄めの果実水、そしてワインか水と言う事になります。私の所なら色々ありますが、とりあえず緑茶をお薦めします」
そこでケーゴが用意を始めた所で、マリカが立ち上がってお湯の準備を始めた。やはりメイドとして給仕するのが当然という感じで、様にもなっているので任せる事にした。
お茶の準備を任せてしまったので、ケーゴはスマホを取り出し、トアの言ったブルーゴルと言うトアの世界の飲料を調べてみた。直ぐに見つかったので十本程注文して直ぐに決済する。
その直後、ケーゴの目の前のテーブルの上に、一抱え程の段ボール箱が一瞬で現れた。
「なっ! て、店長!」
それに驚いたのはルナテリアとマリカだけだった。
「コレが私の仕入れ方法なんです。一応お客様には秘密なんですが、ここにいるのは身内みたいなモノですし、今後のこともあるので見て貰いました」
「お、驚きました。そ、それで、その仕入れ先は何処なんでしょう?」
「それは、まぁ、秘密です。ですが、そのうち明らかになるでしょう。まぁ、判ったからと言ってどうと言う事も無いでしょうし」
「そ、そうですか」
ケーゴの台詞を聞いて、トアが笑いを堪えているのが感じられたが、やぶ蛇になりそうなので突っ込むのは止めたケーゴだった。
「では、ここでそれぞれ自己紹介しておきましょうか」
ケーゴは段ボール箱を開けながらそう切り出す。中には五百ミリリットルサイズの缶ジュースと同じぐらいの透明な筒が入っていた。一応頭の部分と尻の部分は透明じゃ無い違う材質に見える。
ケーゴはその筒を皆に一本ずつ配り、残りはテーブルの中央に置いておく。
ケーゴ自身も一本手に取り眺めたが、開け方とか飲み方がよく判らない。それに気付いたトアが自分用に配られた一本を手に取り、筒の頭の部分を指一本で強く押し込む。約二秒程押し込んでから指を放すと、押し込んだ部分がスライドして飲み口が現れた。
コレは合成された材質の特性を生かした仕組みで、二秒から五秒までなら飲み口が現れるが、それ以下とかそれ以上だと反応しないという物だ。もちろんトアの世界の特殊合成素材なのでケーゴには再現不可能だ。
ケーゴも真似をして飲み口が開いたので一口飲んでみる。
ゴク。
「うわ。さっぱりしているのに濃厚な味わい。クセが無いのに強い香りを感じる。って、これは慣れるのに少し時間が掛かりそうですけど、慣れたら病み付きって感じですねぇ」
「ああ、慣れか。確かに独特過ぎるかもな」
「他のモノとの差別化をしつつ、病的にならない程度に依存性を持たせる、と言うのが企業としての方針でしょうしねぇ」
「だろうな」
ルナテリアとマイカも同じようにして飲んでみたが、一口目で口を押さえて悶えていた。おそらく味が濃すぎたのだろう。この世界の住民にとっては、おそらくケーゴの世界の味付けも濃い部類になるのだろう。マリカが煎れた緑茶で口直しをしている。
料理を教えていた時は、分量は明確に指示せず、味見しながら量を決めろと言っていたのでその問題は生じなかった。
「では、改めて紹介しましょう。まずこの場所ですが、聖域と呼ばれる結界に覆われた聖なる領域になります。審判の森という、強い魔獣が多く棲息する森の中心にあり、邪な考えの者や本能のままに生きる獣の類いは入れないようになっています。そんな魔獣が跋扈する森を抜けて、この聖域に入れた者にだけ、私と取引をする事が可能になるという仕組みです」
「上から見たが、森はかなりの広さがあるようだったが」
「はい。人が歩いてここに到達するのに、運が良くて十日、そこそこの運で二十日、運が悪ければ迷って一ヶ月以上と言われています。密林状態なのでほぼ間違いなく迷いますし、そもそも方位磁石もありませんので」
「方位磁石が無いのはキツいな」
「あの、ほういじしゃく、とは何でしょう?」
そこでルナテリアが聞く。
「ああ、えっと、小さな木の船を作ってタライなどの水に浮かべ、その上にとある金属を乗せると、その船が一方向に向きを変えると言うのはご存じでしょうか?」
「え? いえ、すみません」
「いえいえ、では見て貰った方が早いですね」
そう言ってケーゴはスマホを操作。出てきたのはケーゴの元の世界の小さな方位磁石だった。
「この針の赤い方を注目してください。どんな場所に置いても、回しても、落ち着けば同じ方向を指します」
「はい? あの、色々な方向で止まってしまうのですが?」
「え?」
言われてケーゴが見ると、確かにほとんど動かない。
気になってスマホを取り出して鑑定すると。
【審判の森には高純度の磁鉄鋼が多く埋まっており 通常の地磁気測定は乱される】
とあり、ケーゴはテーブルの上に突っ伏した。
「申し訳ありません。この周囲には磁鉄鉱が多く埋まっていますので、それでは測定出来ないそうです。あ、トアさんは良くこの場所に戻れましたね?」
「地面から離れて影響圏から出れば問題無い」
「ああ、磁鉄鉱なら少し離れれば問題ありませんね」
そこでまた、ルナテリアとマリカに磁鉄鉱について解説することになった。
「ああ、えっと、紹介を続けましょう。こちらの女性二人は、審判の森の隣にある皇国という国の関係者でしたが、その国と縁を切り、この聖域に嫁いできた、ルナテリアさんとマリカさんです。で、良いのですよね?」
「はい。国とは縁を切りましたのでここより他に行く当てもありません。どうか我ら二人をよろしくお願いいたします」
「はい。よろしくお願いします。そして、こちらの男性は別の世界から巻き込まれてこの世界に来てしまったトアさんです」
「別の世界、ですか?」
この世界の住人に取っては、そもそも世界という概念があやふやなので、別の大陸からという程度の認識しか持っていない。
「はい。人の力では絶対に超えられない世界の壁を越えた向こう側に無数にある異世界というヤツです。そこではお二人も見たあの大きな黒い人形の中に人が入り込み、カラクリ仕掛けで動かして使う戦争用の兵器が無数にあるそうです」
「えっと、にわかには信じられませんが、別の世界…ですか」
ケーゴはルナテリアたちに詳しく説明するかどうかを迷った。そもそも、トアたちがここに残る選択をしなければ、詳しく知る必要も無い。どうするかを決め損ねていたところで、外の様子が少し騒がしくなった。
「おや、トアさんのお仲間が到着した様ですね」
「ああ」
そして寝ているキノを除いて、全員が外に出た。屋敷の中にある自分の部屋に籠もっていたフクフクも飛び出してケーゴの頭に乗る。
外には、初めのトアが乗っていた機甲突撃兵が四つん這いで蹲り、聖域でトアが乗り込んだ機体が降着姿勢を取り、キノの機体は肘をついた状態で横になっている。そこにティカの機体と、三機の無人機が揃って立っていた。
そしてティカの機体が降着姿勢を取り、開いたコクピットからティカが降りてくる。
ヘルメットを取ったティカがケーゴたちの近くへと走り寄ってくる。
「隊長~! ただいま到着いたしましたぁ」
ティカがやや浮かれた声を出す。上空から降りてくる時に、聖域の端に機甲突撃兵用のハンガーコンテナがあるのを見たせいだろう。居住用コンテナもあるので、自軍の影響圏と確信しているのかも知れない。
「ああ、ティカの到着を確認。ご苦労さん」
「キノはどうですかぁ?」
「無事だ。治療を終えて今は寝ている」
「そうですかぁ。良かったぁ」
「ニャウ」
ティカが安心の息を吐いたところで、ティカの機体のコクピットから一匹の白い猫が飛び出してきた。長い尻尾のある家ネコだ。だが、ツノがある。
それを見たケーゴが嫌な顔をして速攻でスマホをかざす。
【神徒 知識の神が知識を集め 知識の使われ方を知るために作った神獣の一体 年を取らず 食事も睡眠も必要とせずに世界中を旅して見聞を広げる目的を持つ 睡眠の必要は無いが暖かい所で眠るのが大好き 知識の神からは忘れられている 知識の神なのにねぇ】
ケーゴは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
すると、それまで屋敷の入り口横で丸くなって寝ていたクマクマがのっそりと起き出してきた。
のそのそとケーゴの横に来て座ると、白い猫を見つめてじっとしている。白い猫もクマクマを見てじっと動かなくなった。
「と、トア隊長~! クマですぅ! クマですよぉ!」
「そうだな」
ティカだけが驚いている。ちょっと新鮮な気持ちになるケーゴだった。
「ってぇ、よく見たら子供とフクロウですかぁ?」
「よく見なくとも子供とフクロウに見えるぞ」
「そうじゃなくってぇ~」
トアのとぼけた態度にティカが逆に焦る。トアにしてみれば、これからどのように説明するのかで、いろいろ考えてしまうのだろう。
「とりあえず、修理が必要な機体をハンガーコンテナに移しませんか? 私にはどのように扱って良いのか判りませんので、完全にお任せする事になりますが」
「ああ、助かる。無人機隊。ハンガーコンテナの扱いは判るか?」
『『操作手順はタイプセブンと同時期のモノまで記録』』
「なら任せる」
「ああ、足り無い部品や道具類などがありましたら言ってください。出来る限り取り寄せますので。それと、一緒に居住コンテナもありますので、中を一通り見て、不具合が無いか確認をお願いします。この屋敷で休むよりも、そちらの方が休まるでしょうから。確認が終わりましたら、先ほどお茶を飲んでいた所に来てください」
「判った」
そしてトアの指導で、トアが元々乗っていた機体も含めて、全ての機甲突撃兵の機体を聖域の裏に設置したコンテナ群へと運び込む作業が始まった。
トアとしては、元々自分が乗ってきた機体を他の機体のための部品取りに使う事も考えたが、今後がどのように展開するか判らないので、使える手駒は多い方が良いだろうと、全てを十全に整備する方針にした。出来ればキノやティカの分もタイプエイトという、この世界の神が作り出した機体にしておきたいとも考える。
その事を無人機とティカに話し、無人機には全機の整備を任せた。キノ機はニャンコが自律機動出来るので自ら歩いて行って貰うが、トア機はファイを新型機に移したままだし、機体そのモノもボロボロなので無人機隊に運んで貰う事にした。
ハンガーが動き始めたことを確認した後、トアとティカは居住コンテナに向かい、ベッドや水回りに不備が無いか調べる事にした。
一応ベッドの回りのシーツやマットレスなどは新品が用意されており、換えのタオルや布団の予備も用意されている。シャワーやトイレも暫く水を出したままにして様子を見るが、濁ったり水量が変わることも無かった。照明設備も冷蔵庫も機能しており、食料さえあればこのままでも充分に生活出来るレベルだ。その食料も、滅菌パックされたレトルトプレートがストックされており、電子レンジに相当する装置に掛ければ暖かい食事を取ることも出来る状態だった。
「ここは佐官クラスの居住用コンテナみたいだな」
詳しい階級基準は世界や国によってそれぞれ変わるので一概に言えないが、大凡で少佐から大佐までの階級の軍人が、戦場で寝泊まりする時に使われる居住用コンテナと目星をつけた。トア自身はそれより一段階低い尉官クラスの居住設備までしか使ったことが無い。少尉から大尉までの階級用で、半分程の大きさの個室で、シャワーやトイレは付いている時もあれば共同の時もある、と言う感じだった。
「ダ~リ~ン~。広めのシャワー付き個室が十部屋もあってぇ、選び放題ですぅ」
「好きな部屋を選んでいいぞ」
「一緒の部屋じゃ駄目ですかぁ?」
「ベッドのサイズはセミダブルだが、二人じゃ落ち着いて寝られないだろう?」
「そういう事じゃぁなくてぇ」
「先ずは俺たち自身の身の振り方をしっかり考えなきゃならないからな」
「えぇ? どう言う事ですかぁ?」
「キノと一緒に説明する。まぁ、俺たちはまだ迷子のままって事は覚えておけ」
「えぇ? 軍のぉ、どこかの部隊と連絡取れないんですかぁ?」
「取れない。連絡が取れる可能性すらないらしい」
「え? え? え?」
「言ったとおり、後で説明する。信じられるかどうかは別にしてもな」
トアは言葉を濁した。下手なことを言っても、熱を測られてしまう可能性もあったし。
「あ、そうそうー。ダーリン。機甲兵のAIの事で報告がぁ」
「AI? 無人機のか?」
「いえいえぇ。ウチらのポンポンとニャンコと無人機のAIですぅ」
「どうした?」
そこでティカが、キノと一緒に経験したことを説明した。
それは、作戦開始からと考えて良いのか、始まったのが何時からかが不明だが、AIたちが自己保存に拘り始めたと言う内容だった。
基本的に自己保存よりも効率的な作戦遂行を第一にするはずの人工知能が、壊れることを怖いと認識したというのだ。それは本来あり得ない現象だった。
有人機のキノ機の場合、キノの持つメモリーカードから機甲突撃兵が起動すると、機体のAIはニャンコと呼ばれるキノ専用の疑似人格を持つ事になる。ティカの場合はポンポンと言う名称で呼ばれる。
疑似人格とは言え、人の要求を機械的に対応するためのインターフェースであり、搭乗者の命令を過不足無く理解するための知識の集合体だ。そのため、使用者に合わせた個性を持つこともあるが、基本的にはどれも似たような動作しかしない。
なので、無人機と有人機の違いはほとんど無く、せいぜい搭乗者の個性をメモリーカードで持ち歩けると言う程度の差しか無い。
なのにメモリーカードを持つAIの方は壊れる怖さを少ししか感じていないとAI自身が判断した。
「つまり、無人機にもメモリーカードを入れれば壊れる怖さを少ししか感じない、と言う事か?」
「キノはぁ、そう判断したみたい~」
「臆病になって作戦が出来なくなるなんて意味ないからな。メモリーカードを調達して試して見よう」
「あ、やっぱりリセットはしないんですねぇ~。って、メモリーカードぉ、手に入るんですかぁ?」
「物資に関しては限定条件付きで手に入る可能性がある。とだけ言っておく」
そしてトアはケーゴの待つ屋敷へと向かって歩き出す。
軍規では言え無い、もしくは言わない事柄が良くあるので、こう言った態度のそれ以上質問するな、と言う意思表示が通常の会話の中にも多く盛り込まれる。それはティカも判ってはいるが、トアのその態度が、何故か煮え切らない様に感じたのでなんとなく嫌な気持ちになった。なので頬を膨らませつつ、トアに着いていく。
途中、ティカに着いて来たツノのある白猫が、丸くなって寝ているシロクマの背中で、同じように寝ているのを発見した。大きな白饅頭の上に小さな白饅頭が乗った様は、ティカには馴染みの菓子に見えた。もしもケーゴならば雪だるまに見えたかも知れない。
ケーゴの屋敷。正門を抜け、正面の玄関を通らずに右に進むと勝手口と呼ばれる裏庭に出る。そこに台所と呼ばれる炊事場が有り、土間になった広めの部屋になっている。
そこにトアとティカが入る。
「お待ちしてました。どうぞこちらにお座りください」
二人が入ってきたことでケーゴが立って、大きな作業台兼用のテーブルに着くように手を差し出す。ティカたちが到着する前の状態がそのまま残っている。
二人が座ったところで、マリカが冷めた緑茶を交換するために立つ。場所が炊事場なので水回りは楽だが、一般的には客の目の前で洗い物をするのはどうだろうと、余計なことを考えるケーゴだった。
「おっと。そろそろ、キノさんを起こして、追加の薬を飲んで貰う時間でした。すみませんが、ティカさんにやって貰っても構いませんか? 既に起きられるはずですので、こちらとこちらの錠剤を一粒ずつ飲ませてあげてください。あ、これ、水です」
そう言って、ヒールタブレットとスタミナタブレットが入った小箱と、ペットボトルの水をティカの前に置く。
「隊長?」
ティカが小箱を前にトアに聞く。
「やってくれ」
本来ならナノマシンによる施術を受けたはずで、治療完了まで最短でも半日はカプセルに入ったままのはずだ。だが、言われて見た先は土間の直ぐ横の五十センチ程高くなった板の間の小部屋に、まるで昼寝のように寝かされているキノがいただけだった。
トアに言われ、キノを起こすために板の間に腰掛ける。
「キノォ。起きる時間だよぉ。起きてぇ」
「うーん。まだ眠いネ」
「薬ぃ、飲まなくちゃいけないんだよぉ。起きてぇ」
「むー」
唸りながら身体を起こすキノ。
その様子を見ていたルナテリアが、怪訝な表情でケーゴを見た。
「店長? あの方はなんと言っているのでしょう?」
伝心の腕輪をしているケーゴとトアには当たり前に判ってた言葉だが、腕輪をしていないキノとティカの言葉は、ルナテリアには純粋に聞いたことが無い異国語にしか聞こえなかった。
「あ」
「しまった。機に置いてきたままだった」
気付いたケーゴと、思い出したトア。その一瞬後にはトアは入ってハンガーにいるはずの機体に向かって走り出していった。フットワークが軽い。
大凡二分で帰って来た。おそらくほぼ全力疾走なのだろうが、ほとんど息を切らしていないのが、流石は軍人という所だろうか。
タイミング良く、与圧服を適当に着直したキノがティカに支えられるようにして出てきた。
「キノさん。薬は飲みましたか?」
ティカの隣の椅子を勧めたケーゴが怪我人だったはずのキノに聞く。
「小さな錠剤なのに凄いネ。内臓どころか関節も凄い痛みだったはずなのに、欠片も残って無いネ」
キノは激痛を感じてから気を失ったようだ。もしかしたらこちらに来る移動中に激痛により気を失った可能性まである。
「やっぱり私には聞き取れません…」
ルナテリアが不思議なモノを見るような目でキノを見る。ルナテリアとマリカにとっては、地方によって方言があるのは知っているが、完全に異国語というのは初めて聞いたはずだ。
「キノ。ティカ。まずはコレを着けてくれ」
ルナテリアの言葉を聞いたトアがケーゴから預かっていた箱を二人に渡す。
「なんですぅ? 貢ぎ物ですかぁ?」
「翻訳の魔法が掛かった腕輪だそうだ。先ずは腕輪を着けないでその二人の女性と会話してみてくれ」
「えぇ? 魔法ですかぁ? あっ、はじめましてぇ。ウチはティカと申しますぅ」
「あっ。あたしはキノネ。よろしくネ」
と言う簡単な挨拶だったが、言われたルナテリアとマリカはキョトンとしていた。そこでトアが。
「あー、始めに言った方がティカで、寝てたのがキノだ。二人とも初めましての挨拶をしたんだが、えーと、ルナテリアとマリカだったか? そちらの方からも挨拶してくれないか?」
「はぁ、わたしはルナテリア。ルナと呼んでもらっても結構ですが、名を変えたばかりですので自分自身が慣れておりません。ですので返事が遅れることがありますがご容赦ください」
「私も名を変えたばかりのマリカと申します。どうかよろしくお願いします」
ティカとキノにとっては現地人とのセカンドコンタクトだ。一応、現在地から三千キロ離れた場所に居たアレドたちとの会話を試みた経験から、理解は出来ないが馴染みのある音節に聞こえた。
「それじゃ、その腕輪をしてくれ。俺も着けている」
そう言ってトアは腕輪を見せる。それを見てティカとキノも恐る恐る腕輪をはめると、腕輪はゆっくりと小さくなり、腕の太さにジャストフィットした。
驚いて腕輪を外そうとすると、腕輪は簡単に元の大きさに戻った。外すことが出来るのなら良いか、と外すことを止めると、腕輪は再び腕の太さにぴったりと合うサイズになる。
手首から肘までの間は骨が二本入っているため、形状としては楕円形をしている。円形では無く、その腕の形状に合わせた形になった腕輪に感心する二人だった。
「それじゃ、ルナテリアとマリカにはもう一度全く同じように話してくれ」
トアに言われ、今度は少し余裕を見せながら同じ台詞を吐くと、今度はティカとキノが反応した。
「あれぇ? 判るぅ。さっきと同じ言葉を話してるぅ?」
「あ、わたしにもティカさんが何を言っているのか判ります。コレが伝心の腕輪の魔法効果ですか」
「トア隊長。わたしたちでも、似たような事は出来ると思うネ」
「俺たちの技術でも、頭に特別な装置でも埋め込まない事には、話し終わってからの翻訳になるだろうな」
「あぁ、それもそうネ」
例えば日本語と英語の翻訳でも、「扉を開ける」と「オープン ザ ドア」となると単語の順序が逆になるため、同時翻訳は不可能だ。
トア、キノ、ティカの生きてきた世界は多くの人種と言語があったので、その説明は直ぐに理解出来た。
「つまり、ここは魔法の有る世界だそうだ」
「「魔法…」」
キノとティカが同時に呟く。
「しかも神が実在するらしい」
「トア隊長。疲れてるネ?」
「ダーリン。ウチは諦めずにぃ、ちゃんと着いていくよぉ」
キノとティカが、可哀想な子供を見る目でトアを見ている。それを見て堪えた笑いで痙攣するケーゴ。
「おい。そこで笑ってる大人子供! 説明を引き継げ」
ケーゴの笑いに赤面しながらトアが説明役を投げ渡す。
「ははは。すみません、トアさんがあまりにも可愛い反応をしているので和んでしまいました。え、っと、そうですね、まず、この世界の成り立ちを、この世界の魔法の神が作った神獣であるフクフクに語って貰いましょう」
「ご紹介にあずかりました! 僕はフクフク。この世界の魔力の流れを司っている魔法の神によって作られた存在って事になってるんだ。よろしく!」
「しゃべってるねぇ~」
「あの口で発音しているワケじゃ無さそうだネ。あれも魔法ネ?」
トアたち、モンド神の治める世界にもフクロウはいる。
ケーゴのいる世界の神であるジワンも、トアたちの世界のモンドも、世界を作る時にとある一つの世界をかなり参考にしたと思われる。だからこそ、人という遺伝情報がほぼ同じなのだろう。
ちなみに、参考にされた世界というのは、五十億の年月を掛けて、ほぼ偶然という運により人という種族を生み出せた世界で、運が無ければ人種は百億かけても生まれなかった可能性まであった。
特に人種である必要は無かったが、知性と理性を兼ね備え、種族としてでは無く『進歩』が期待できる存在を待っていた。
つまり国を作り、道具を作り、文化を作り、神たるモノに近づける存在を求めていた。
故に神は人と関わる。
人という存在のいる世界を創造して期待する。
ただし、神は世界を創造する時に、他の神とは違う要素を入れる。
弱肉強食の度合いを強めるために、人種を改造して生活様式が異なるエルフやドワーフなどの亜人たちを投入する神もいる。魔法などは、自らが思い描く世界を創造するために世界の仕組みそのモノに加えている神も多い。
総じて、神は人種に対して厳しい。
それは多くを期待するが故。
人種にとってははた迷惑な話だが、神が世界を作る理由が『強く正しく』を基板とした進歩を果たした人種を成長させる事そのモノだからだ。
だからこそ、非道や暴力が発生しやすい状況を設定して、それを乗り越えることを期待している。
そして、このケーゴたちのいるジワンが治める世界も、トアたちがいたモンドが治める世界も、そんな神が作った世界の一つだと、フクフクが語った始めの内容だった。
それから、モンドの世界で何があったのか詳しい事は知らないが、悪意や狂気と言った行きすぎた負の怨念をモンド神が封印する事になり、長く平穏を過ごしてきた。しかし、モンド神の世界の人種がその封印を破り、悪意や狂気を解放して利用しようとした。
もともと人から生まれた悪意や狂気だったので、人にそれを御するのは最難関の作業であるはずだった。案の定、その覚悟も無い人によって解き放たれたソレは暴走。周りにいる者たちを、生物、無機物を問わず取り込み、仮初めだが知恵を持つに至った。
その知恵を持ったが故に、ソレがとった行動は『逃げ』だった。
実際は一度引いて体勢を整えるつもりだったのだが、超高速跳躍や重力素子などの技術も取り込んだソレの暴走は次元跳躍を引き起こした。
しかも不完全な次元跳躍だった。
例えるなら、荒海に浮かぶいくつもの小舟が世界の一つ一つだとして、その一つの船から横方向に無作為に飛び出し、偶々別の小舟に到達したのがこの世界だった。
つまり観測し、計画的に移動したのでは無く、無計画に飛び出した先だったので、元の世界が何処かも判らない状態になった。
神と神であれば互いに交流は取れるが、それでも神同士が直接会うことはほとんど無い。そもそも神に物理的な距離は意味が無いし、物理的な存在ではないので物質的な移動には向かない。
神であればどの位置に別の世界があるかは判らなくも無いが、判ったとしても人種には正確にそこに移動する手段が無い。
つまり知恵を持った悪意や狂気の塊自身にとっても、元の世界に戻ることは不可能だ。もっとも、ソレを気にする存在でも無いが。
しかしトアたちはその次元跳躍に巻き込まれた。
それはトアたちも帰る事が不可能という意味になる。
本来なら荒海に浮かぶ船同士を縄で結び、二つの世界の関係性を維持した上で次元転移を行えば行き来することも出来たのだが、それは次元跳躍以上に難易度の高い技術だった。
しかも後から関係性を確保しようとしても、まず不可能な話だった。
もしも技術的な問題が解決されたとしても、後からでは確実に同じ世界とは限らない。もの凄く似ているが違う世界と言う事もあり得る。
故にトアたちが元の世界に帰ることは諦めるしかない。
それがフクフクが語った内容だった。
「そこからはわたしが話しましょう。まずはコレを見てください」
フクフクから引き継ぎ、ケーゴは腰のツールバックから一つのガラス瓶を取り出す。中には黒い球が一つだけ入っている。
「これは夕べ、ルナテリアさんとマリカさんが皇都で遭遇した悪意と狂気の欠片です」
そしてルナテリアたちから聞いた特徴を話す。
それはキノとティカが遭遇した黒饅頭と同じ物だった。
「この黒い球が本体で、取り込んだモノを纏ったのが黒饅頭というワケです」
そして黒い球の特徴を話す。
黒い球は基本的には粘体で、粘体状で何かを取り込む。取り込んだ後はその中で黒い球になり、取り込んだモノとして活動する。取り込む性質は取り込んだモノに引き継がれるので、本体である黒い球はそのままで他のモノを次々取り込んでいく。
条件は不明だが、黒い球は取り込んだモノの中で分裂して増え、二体になったり一体の中で二つの球を持ったままでいることも有る。
黒い球の状態の時は物理的に破壊する事が可能で、破壊すると爆発する。
「確かにそうネ。その本体の黒い球の事を知っていたらもっと楽に倒せていたかもネ」
キノが数時間前の戦闘を思い出して言う。
そしてケーゴが本題を切り出す。
「さてここでトアさん、キノさん、ティカさんには一つのことを決めて頂かねばなりません。トアさんには既にお話ししたのですが、巻き込まれた皆さんを私どもが保護する理由も無いと言うのが本音であります。ですので、自分たちの身の振り方を決めて頂かねばなりません」
「あのぉ。軍本隊と連絡はつかないんですかぁ?」
ティカが、まだ異世界であると言う事に納得出来ないで聞いてくる。
「ちなみに外にある居住用コンテナなどは、ティカさんの世界の神であるモンド様から頂いたデータを元に、こちらの神であるジワンが新たに作ったモノになります」
「作ったネ?」
ケーゴの言葉にキノが反応する。
「見て貰った方が早いでしょう」
そう言ってケーゴはスマホを取り出し、何を取り寄せようかと考えた。
判りやすい物は、トアたちの世界の物で、普通には手に入らない物が良いとは思うが具体的には思いつかない。
「えっと、何が良いでしょうか?」
「なら、メモリーカードを三枚頼む」
ケーゴの問いにトアが答える。
「メモリーカードですか?」
ケーゴとしてはゲームの記憶媒体を思い浮かべた。
「ああ、人が乗る機械などにセットして、搭乗者の個人的な情報やその機械のデータ、活動記録などを記憶しておくカードだ。人工知能のデータも全て記憶させておけば、機体を乗り換えても同じ機体のように扱えるという利点がある」
トアの説明で、ゲームのセーブデータと言うよりも、システムのバックアップを行うハードディスクとかSSDの方が近いとケーゴは感じた。
「なるほど。どのジャンルでしょう? 機甲突撃兵の項目にあるでしょうか?」
「メモリーカード自体、人が関わる場合はどんな軍用機にも使う事になるから汎用品扱いかもな」
言われてケーゴは軍事物資の個人のカテゴリーを選択し、大雑把にスクロールさせていく。無ければ文字列で検索するつもりだったが、意外に早く見つかった。
「ああ、ありました。カテゴリーで五、六、七とありますが、コレは容量と速度ですか?」
「カテゴリーで七と言うのは聞いたことが無かったが、とりあえず一番性能が良さそうだな。それを頼む」
「はい。注文と、決済。はい完了」
ケーゴが操作を済ませると同時にケーゴの目の前に週刊マンガ雑誌ほどの大きさの段ボール箱がいきなり現れる。
「相変わらず謎の現象だな」
それを見たトアが溜息のように呟く。
「神様の起こす奇跡ですから」
完全に慣れっこになったケーゴが箱を開けながら答える。
取り出されたのは三枚のカード。ケーゴの良く知る名刺サイズと言われる大きさだ。材質はプラスチックでも無く金属でも無い特殊材で、ある程度撓る柔軟性も持っている。
ケーゴはそれをトアに渡す。
トアは受け取り、カードの表面に書かれた文字を読む。
「凄いな。カード自体にも演算能力があって、入出力は無くとも計算は継続するのか。だが、今回の件ではオーバースペックになるかも知れないな」
「今回の件? ですか?」
そこでトアはティカから聞いた無人機が自己保存に拘る傾向を持ったことを話した。
「もしかしたら自己意識を明確に持ったと言う事ですか?」
「可能性はある。本来ならソレが無いように厳密に制御されているはずなんだがな」
「トアさん経由で鑑定してみましょうか?」
「あ、ああ、頼む」
詳しく知っているのはキノとティカだが、直ぐ横にいるし、トア自身を経由してもあまり変わらないだろうとケーゴに返事を返した。
「では、鑑定」
ケーゴがスマホをかざす。
【次元転移の際に生命変換された 記憶のみの存在で命をもった稀な存在 あの樹を守るゴーレムと似たような存在 今回取り寄せたメモリーカードで安定化する トア君たちのカードも同じ物に変えておいた方が良い】
「と言う結果が出ました」
ケーゴが鑑定結果を話す。
「つまり俺のファイも命を持った存在になったと言う事か」
「命の定義については置いておきましょう。この世界では様々な形態の命が存在します。それに引きずられて生命化したとも考えられます。魔法で作ったゴーレムでさえ、命を持つこともありますので」
そう言いながらスマホを操作して、さらに三枚のメモリーカードを取り寄せる。
「まぁ、こんな感じで、モンド様からのデータを元にしてジワンが『造って』いるのです」
そして新たな三枚をトアに渡す。
「外に置いた居住コンテナやトアさんが乗っていた機甲兵も同じようにジワンが造った物です。ですので、ティカさん達の軍部と連絡を取っているワケでは無いのです」
「そ~ですかぁ」
目の前で何も無いところから物が現れるところを見せられては、何も言えなくなるティカだった。
「そして、トアさん、キノさん、ティカさんには、身の振り方として三つの選択肢を提案させて頂きます。もちろん、それ以外を選んでも構いませんが、先ずはお聞きください」
提案するのはトアにも話した三つの選択肢。一つは機甲兵を捨ててこの世界の一般人として生きていく事。二つ目は傭兵として悪意と狂気の塊と戦う事。そして三つ目が聖域の何でも屋、不思議屋の従業員として働く事だ。
さらに、この不思議屋の存在意義について語る。
不思議屋は神が造った世界のバックアップ。人が過ちを持って無くした技術を保管し、過去の教訓と共に伝えるための場所。それで、また同じ過ちを繰り返してしまっても構わない。同じ過ちを繰り返した、と言う教訓を得られればそれで良い。それもまた進歩であるから。
しかし、この世界は未だ不完全であるため、単純に過去の技を伝えるだけを目的にはしていない。
新たな魔道具を製作し、その手法を伝えたり、時には直接手を貸すことも考えている。
今回、異世界より飛来した悪意の塊に対して、この世界の人たちが戦う事に力を貸すことも考えている。トアたちには従業員としてその手伝いをして貰うか、傭兵として戦って貰うかを選択して欲しいとケーゴは言った。
ソレが嫌ならば、一般人として街の中で店を開くとか、冒険者になるとかで、不思議屋と関わらない生活もある。
「と言う事で、とりあえずで良いですので結論を出して頂きたいのです。まぁ、三、四日は良く考えて頂き、選択後でも方針を変えて貰っても構いません」
「あー、もしも、の話だが、機甲兵と居住用コンテナ、そして整備コンテナを譲り受け、俺たちだけで独自に生きることも可能か?」
「ソレは構いませんが、不思議屋に貢献出来ないとなれば、それ以後の物資については有料と言う扱いになります。例えどこかの国を攻め滅ぼし、支配下に置いたとしても、ジリ貧になるのは目に見えている感じですね。それならばいっそ、機甲兵に拘らずに一般人として生活した方が楽だとは思います」
「結局、アンタたちに取っては、俺たちはよそ者か」
「よそ者と言うよりも、技能を持った一般人ですね。ここに到達できた方には有料で物品をお譲りしていますので、そのお客様の一人になるのと同じ事です」
「従業員となった場合は?」
「先ほどもお話ししたとおり、ここは世界のバックアップです。ですので一般社会とは積極的には関わらない生活となります。あくまでもここに到達できた方の望みを叶える、と言うのが基本ですね。ですがお客様が支援を望んでいるようでしたら、そこはトアさん達の出番という事になるかと。他にも世界情勢を調べるために文字通り飛び回る仕事もしてもらう事になるかも知れません」
「傭兵というのは、報酬と引き換えに戦うだけ、と言うのは判る」
「はい。依頼主は私以外にも各国や有力商人などでも構いません。請われて戦う仕事ですね」
「その報酬で、生活物資や機甲兵の部品を買ったりするワケか」
「はい。ですが、トアさん達の価値をしっかり判って貰うのは中々難しいかも知れません。悪意と狂気の塊との戦いが始まれば、どこも追い詰められるでしょうし。当面はここの専属的な扱いになるでしょうが、どこかで一線を引く事にもなるでしょう。ただ、トアさん達には断る権利も出来るワケですが、そこは一考の価値があるかと」
「ふむ」
一息吐いて、ケーゴとトアは共に飲み物を口に含む。
ここまでのやり取りは既に行っていた事だが、キノとティカに聞かせるためにあえて行った会話だった。
トアは暫く考えるそぶりを見せ、その後キノとティカに向いた。
「二人は何か聞きたいことはあるか?」
「一般人として生きていくとか考えたネ。ここの一般人の生活レベルってどのくらいネ?」
「まず基本的に小さな国がしのぎを削る、王族などによる専制主義です。つまりは独裁者による一方的な支配ですね。ですが、現状では民主主義よりは纏まって上手く行っているシステムになると思います。それぞれの国の大きさは大凡で二千平米、人口は最大の帝国で十万に満たないぐらいですね」
「たしか遊星軌道に造られた大型中継ステーション『ジューエール』が、生活面積が一千五百、収容人員数が五万だったか」
トアがうろ覚えの知識を呟く。
ジューエールはトアたちにとっては良くある宇宙ステーションの一つで、特別感は一切無い、一般的なモノだ。
「一般人の生活としましては、朝起きましたら井戸や水場に赴いて一日で使う水を汲み、朝の一仕事を済ませ、夕べの残りでお腹を落ち着かせ、日が暮れるまで働き、夕食を造って食べ、暗くなったら寝る、が基本ですね。ちなみに王侯貴族でも無ければ風呂なども無く、偶に身体を拭くだけだそうです。トイレは壺を利用して、溜まったら川などに捨てに行くらしいです。ですので人の住む近くの川などは水浴びには向かないようですね」
「トア隊長~。ここの従業員にして貰いましょうぅ~」
「もう一択しか無いネ」
トイレの所でティカとキノが反射的に決めた。トアにしても気持ちは痛い程判る。