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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
17/19

17 大気の枷

 キノとティカが未開文明の四人組と接触した次の日の朝。


 前日に敵の極秘兵器を破壊するために作戦行動を行った、と言う関係も有り、意外に深い眠りだったのを自覚した。


 身体も動かせなかったので軋む様な感覚も感じた。


 キノは簡易寝台を収納し、外に降り立ち、柔軟運動を行う。


 「おはよぉ~」


 「おはようネ。しっかり眠れたネ?」


 ティカが機甲突撃兵から降りてキノに近づく。


 「ねぇ~? もう、ヘルメット取って良いぃ~?」


 「そろそろ良いネ」


 「やったぁ」


 ここはキノたちにとって未知の惑星だ。現地人には無害でもキノたちにとっては有害になり得る大気成分が存在するかも知れない。そこで、まずキノだけが先にヘルメットを取り、もしもの場合はヘルメットをしたままのティカに介護を頼む予定としていた。


 表向きは。


 実際は有害成分を分析し、対抗処置を作れる機器も目処も無いため、キノが罹患した場合ティカに残りのボンベを全て与えて脱出を試みて貰うつもりだった。


 しかし時間が経つにつれ、文明社会との接触は無理と確定しつつある現在、脱出も新たな酸素触媒が手に入る可能性も絶望的だ。ならばこの星の大気に慣れる方がよっぽどマシだろう。


 「ぷはぁ。あ~、空気が美味しいぃぃ。苦しくは無いけど、鬱陶しいよねぇ、コレ」


 そう言ってティカは今までかぶっていたヘルメットを小突く。


 網膜投影式のカメラがあるので、普通の視界よりも広く、深く見ることが出来る装備だが、ティカには鬱陶しい装備らしい。人によると不安だからずっと装着していたい、と言い出す者もいると言う噂もある。


 「そのうち与圧服も脱ぐ必要が出てくるネ」


 「インナーの機能が壊れたらぁ、そうなるよねぇ」


 軍用なので頑丈な上に修理も容易、と言ううたい文句があるが、設備も道具も無い状況では壊れたらお終いだ。装着している者が生きて活動さえしていれば発電し機能を維持できる仕様とは言え、その機能自体はなかなかデリケートだったりする。


 外殻は鉄よりも固く軽い特殊素材。その内側にパワーアシストのためのインナーマッスル、磁気や放射線類を遮断する素材、体温や湿気を調節するための素材、そして人体の微妙な動きから発電する仕組みを持つ素材、そして肌触りを良くするための素材で構成されている。どれも極薄の布状で、人が見た目で故障箇所を判断出来る物では無い。


 通常、故障や破壊状態になったら、単純にパーツ交換しかない。コレを修理と言って良いのかは微妙だが。


 結局交換部品が無ければ修理もままならない、と言うのは変わらない。


 「この星で手に入る服に慣れるしか無いネ」


 「昨日見た人たちの服ってぇ、なんか薄かった感じだよねぇ」


 「文明的に布が貴重品かもネ」


 「植物の繊維とか使うんだっけぇ?」


 「詳しいネ?」


 「夕べ、サバイバルマンガで見たぁ」


 「………」


 「でぇ、今日はどうするぅ?」


 「トア隊長を探す、この星の生態系を調べる、この星の人と交流する、のどれかネ」


 「ダーリン、無事かなぁ…」


 「無事か無事じゃ無いかの確認は必要ネ」


 「居住可能惑星に落っこちた機甲兵一機を探す、かぁ…。無理じゃ無いぃ?」


 「生きていれば見つかるネ」


 「そうかなぁ~?」


 「先ずは腹ごしらえネ。栄養ジュースにするか、レーションにするか」


 栄養ジュースは作戦行動の一日前からとる食事用で、栄養があり空腹感を押さえる働きもある飲み物だ。シェイクされるコクピットで吐き戻しても胃液だけで済むように、胃袋に物を入れないと言うコンセプトから生まれた食品で、体内の新陳代謝を少しだけ抑える作用もある。


 総合的に見ると不健康な毒物扱いにはなるが、胃が重くなることも無く、排泄の機会を減らすと言う効果で作戦行動を行う兵士用に採用されている。作戦行動中も食事をとる必要がある場合はこの栄養ジュースになる。


 作戦行動が終われば下剤と共に内臓を活発化させる薬を飲む必要があるが、長く利用している兵士だと自力で身体を治す者もいると言う。


 それに対してレーションは野戦食という名の一般的な食事だ。


 キノたちが持っているモノは弁当と言っても良い構成で、そのままでも食べられるが、パッケージに埋め込まれた使い捨て電池の絶縁を取り除くと五分程で熱々に加熱される。一般的なお茶系統の飲み物も有り、常温、冷、温をその場で選べる。


 しかし、胃に物を入れる事になるので、機甲突撃兵などに乗る新兵には推奨されない。


 どちらにしても、機甲突撃兵に搭載されている分しか存在しないので、それが無くなれば現地調達と言う事になる。


 キノとしては搭載されている保存食は残しておいて現地調達を行う方が、先の見えない現状では有効とは思うが、今ひとつ覚悟が定まらなかった。


 結局、この日の朝は栄養ジュースと言う事にした。


 「一日一食にして節約する必要もあるネ」


 「ダイエットかぁ~」


 「骨になるまでダイエット出来るネ」


 「それはちょっとぉ…」


 そして栄養ジュースを飲み終わった頃に異変が起こった。


 『『接近する人物有り。昨日のエイガと称した現地人です』』


 ティカの機甲突撃兵のAIであるポンポンが報告してくる。


 「コミュニケーションの続きが出来るネ」


 「えぇ? 一人だけぇ?」


 『『一名のみ。他に追従するモノはありません』』


 「とりあえず、待ってみるネ」


 暫くして視界にエイガの姿が映る。しかしそのエイガはフラフラで、やっと歩いている状態に見えた。キノとティカは顔を見合わせた後に急いでエイガに駆け寄り、その身体を支えた。


 そこでエイガは初めてキノとティカを認識したのか、ぽろぽろと涙を流しながらキノの身体を掴んだ。


 「○! &%アレド! &%$##!」


 「どう思うネ?」


 「うーん。たぶんアレドたちに何かあったぁ、とは思うんだけどぉ」


 「やっぱりそう言う結論ネ。案内して貰って現場に行ってみるしかないネ」


 「そう思う」


 「ニャンコ! あたしとこの子を手の平に載せて移動ネ。ティカはポンポンにしっかり乗って同行ネ。残りの三機は一応待機。呼んだら来て欲しいネ。呼ばれない内はこの場で周辺調査と、トア隊長からの通信が無いかしっかりアンテナ立てて欲しいネ」


 『『実行します』』


 五機が音声を揃えて返答。キノ機はキノの前で両手を広げて跪き、ティカ機はティカを乗せるために近づく。そして三機は三カ所に位置取りを変え、片腕を上げて動かなくなった。


 キノはエイガを強引に機甲突撃兵の手の平の上に座らせ、自分も同じように座る。


 機甲突撃兵の手の平は、キノが尻を乗せればそれだけで一杯だ。立ったまま乗るのなら余裕だが、尻を乗せて座る場合は少し心許ない。機甲突撃兵の親指が無ければ掴まる場所も無く不安定で危険に感じただろう。


 それでも機甲突撃兵のAIは絶妙なバランス感覚でキノたちの身体を支え、立ち上がっても微かな揺れさえ感じなかった。


 「エイガ!」


 キノはエイガに声を掛け、森の方を指さし首を傾ける。次に海岸の方を指さし首を傾け、次のエイガの来た方を指さし首を傾ける。


 何処に向かえば良いか? と言う意味だが、エイガはしっかりと応え、森とエイガの来た方向の中間を指さす。おそらく森を迂回して来たのだろう。


 「ニャンコ。浮けるネ?」


 『『通常の機動が可能』』


 「なら森の上を行くネ。ティカ、大丈夫ネ?」


 『「追随、大丈夫だよぉ~」』


 「行くネ」


 キノの合図で二機の機甲突撃兵はフワリと浮かび上がった。エイガはかなり怯えている様だが、それでも指さす腕は落ちていない。そして二機はその指さす方向に移動を開始した。


 その直ぐ後。


 『『前方に人の集合を発見』』


 「もう? こんな近くなのに今まで見つからなかったネ?」


 『『囲いで覆った中で火を微かに使うのみだったようで、生活エネルギーの発見が困難だったと推測』』


 「囲いって…、たぶん、アレ、家だと思うネ」


 『『訂正。学習しました。怪我人多数を検知。二十三名が家に収用されています。広場の先に現地人レベルでの戦闘状況と思える混乱を検知』』


 「そこが目的地だと思うネ。そこへ向かうネ」


 キノとティカの機甲突撃兵が到着した現場は、ある意味収束に向かっていた。だがそのおかげで状況が簡潔に理解出来た。


 つまり人の居る場所に向かって大型の獣が押し寄せ、それを戦える者たちが必死に防いでいた。だが、その者たちの大半は倒れ、傷つき、戦線を退いている。その中には肩から肘までを切り裂かれて血を流しているアレドもいる。


 既に戦線は崩壊。後は怒濤のごとく獣の群れが人の居る場所を蹂躙するだろう。


 今、魔獣の群れを押さえて戦っている、たった一人の戦士が倒れれば。


 一人?


 「アレド!」


 地面に降り立った機甲突撃兵の手の平からエイガが飛び降り、傷ついたアレドに駆け寄る。キノは一度機甲突撃兵のコクピットに入り、低刺激の止血剤入り消毒スプレーと手の平サイズの絆創膏の様な粘着シートを何枚か取り出す。


 「先ずは血止めしておくネ!」


 言葉は通じていないが、大凡の雰囲気は通じるだろうと叫び、アレドが傷口を押さえていた手を移動させて傷口に消毒スプレーをたっぷりと掛ける。傷口と周辺が洗い流されたのを確認してから、傷口が塞がるように粘着シートを伸ばして貼り付ける。


 一応の応急処置が出来た所でエイガにアレドを避難させるように後方を指さす。


 そして最前線で獣と戦っている存在を改めて見る。


 一人じゃ無い。


 一体だ。


 しかも猫だ。


 つまり一匹だ。


 後ろ足だけで立ち上がり、前足を器用に使って引っ掻いている。


 軽快なステップで右に左に飛び回りながら獣の攻撃を躱しつつ、何故か強力な引っ掻き攻撃で獣を撃退している。


 大きさは普通の家ネコと同じ程度。真っ白でやや小さめ。頭に一本の角がある。子猫から成猫になりかけぐらいの大きさだ。後ろ足で立ち上がっているが、大人の膝の高さぐらいしかない。特に手足が大きいワケじゃないのに、引っ掻かれた獣は激痛を感じるのか、悲鳴を上げて前線から逃げていく。


 「えっと、一応味方と見て良いのかネ?」


 キノは何処にどうやって介入して良いのか迷った。


 白猫が「ニャー」と叫ぶと、白猫を無視して進行しようとしていた獣が白猫をターゲットにして襲いかかる。それを白猫が撃退し、再び「ニャー」と叫んで他の獣を呼び込む。その繰り返しをずっと続けてくれたおかげで、集落に向かう獣たちをせき止めていた。


 その状況で、どうしてアレドたちが負傷したのか疑問だが、どのタイミングで白猫が戦い始めたか判らないので、その詮索は保留した。


 問題は白猫が徐々に押され始めている事だろう。


 白猫は強い。おそらくキノの常識の猫では無いのは判る。そしてかなりの長時間戦っていたらしく、疲労からか、対応が遅れ始めているように見えた。


 「ニャンコ! 押し寄せている獣の残りはどのくらいネ?」


 『『全てで二百五十七を計測。一度撃退されても、後方で回復するらしく、戦線に復帰しています』』


 今の白猫の戦い方だと、トドメを刺そうとしても次の獣に対応しなくてはならないので、結果として数を減らせないようだ。


 「押し寄せている原因は判るネ?」


 『『獣の後方にさらなる脅威があると推測。反応は微弱なれど、大きな物体が進行してきています。距離五百』』


 「それを倒したら余所に行くかネ?」


 『『予測不能』』


 キノは目の前に迫りつつある獣たちに機関砲を撃ち込んで見ることを想像してみた。だが、宇宙用の威力のありすぎるヒート弾なので、一発でも大きく爆散の被害を出してしまう。


 今までは威力がイマイチなしょぼい装備とか思ったことも多かったが、現状では威力が大きすぎて使えない装備という扱いだった。


 「ティカ! あたしは後方の脅威と言うヤツをニャンコとどうにかしてみるネ。ティカはここで白猫を援護して欲しいネ」


 『「援護~? 何を使ったら良いのかなぁ?」』


 ティカもまた、使用武器の選択に迷っていたようだ。


 「ポンポン突っ込ませて暴れさせれば良いネ」


 『「おおぉ! 格闘戦だねぇ! ポンポン、出来る?」』


 『『可能判定。ですが損害推測が明確ではありません。今後のことを考慮した戦い方を推奨します』』


 やはり、壊れることを怖がっている、とキノは判断する。だが、機甲突撃兵が損壊することはキノたちにとってもマイナスなので、それを考慮したと言われると間違った判断だとは言え無い。


 やや複雑な気持ちのまま、キノは自機に乗り込む。シートに着ている与圧服を固定させ、ヘルメットはつけないまま、コクピットを閉じた。


 「じゃ、ここは任せたネ」


 『「任された~」』


 「出来るだけ右手の森に逃げるように誘導した方が良いと思うネ」


 『「やってみるぅ」』


 「ニャンコ、後方の何かを見に行くネ」


 『行動開始』


 返答と共に機甲突撃兵がフワリと浮かび、狂乱の様相で突き進んでくる獣たちを飛び越える。


 距離五百メートル。直ぐ近くとは言え無いが目に見える距離だ。そこを歩きならともかく、空中起動する機甲突撃兵での移動なのであっという間に到着する。


 コレだけ近くで多くの獣が入り乱れていれば、宇宙基準のセンサーでは反応の差異が区別出来なくても仕方ないかもとキノは考える。もしもパワードスーツでもあれば、センサー感度の規模が狭いので、もっと詳しく解析できたかも知れない。その辺りは装備選択の都合でしかない。


 そして目的地点に降り立ち、獣たちが恐れているだろう存在を目の前にする。


 熱量は動いている所だけが微かに高い数値を出しているが、ほとんどが周囲の温度と変わらない。動き自体も緩慢で、初めはデカい亀みたいな存在かと想像した。


 いや、デカい亀に姿は似ている。しかし大きい。機甲突撃兵なら二機は収納出来そうな大きさだ。


 既に太陽は高い位置に有り、周囲を明るく照らしているが、真っ黒ではっきりしない。まるでキノたちの乗る機甲突撃兵と同じように見える。


 そのシルエットから見ると、嫌な予感がしてくる。


 「まさかトア隊長の機体が使われてるネ?」


 しかしAIはそれを否定した。


 『共和国の強襲型輸送艇の破片と思われます。その下に液体金属的な流動体が存在する模様』


 AIのニャンコがキノの右にあるモニターにシルエットから判るCG画像を表示した。


 「あたしらより先に落っこちた破片にくっついてたヤツ、って事ネ?」


 『大気層上層で圧縮加熱が始まった頃に離脱した破片と推測』


 「トア隊長は共和国の戦艦がアレに衝突して大破しているのを確認しているネ」


 『伝達された情報と整合します』


 「つまり、この星のモノでは無く、あたしらの敵って事ネ」


 『肯定』


 「攻撃ネ」


 キノの言葉と同時にニャンコが操る機甲突撃兵が攻撃を開始した。


 先ずはヒート弾の機関砲を連射。その後、位置を大きく変えて熱粒子砲を撃ち込む。


 出来るだけアレドたちの集落には影響の出ない方向を心がけ、繊細な注意を払いつつ破壊していく。


 基本的に戦艦の装甲に穴を穿ち、中から破壊していく機甲突撃兵の武器なので、輸送艇の装甲ぐらいは楽に蒸発させられる。しかし地上でそれをやったら、五百メートルの距離が合っても大きな被害を出してしまう。


 なので熱量を抑え、穴を穿つぐらいのレベルにしているが、それでも周囲に与える被害が大きかった。


 具体的には、海岸線から約一キロ離れた場所にもかかわらず、海の水を引き込む入り江が出来ていた。


 「ち、地形変えちゃったネ」


 『熱量を抑えると攻撃力の低下に繋がります』


 「他の攻撃方法は無いネ?」


 輸送艇の破片をかぶった何かは、一方的な攻撃でほぼ半分は失われている。しかし痛みを感じないのか、怯んだ様子も見られない。そしてこの状況では『敵』の進行を止められそうも無い。


 『輸送艇の外殻を利用して打撃武器とする案を提示』


 「とりあえず周りへの被害は抑えられそうネ」


 『熱粒子砲の出力を最低レベルに設定』


 本来なら粒子の集束ポイントを操作できれば熱粒子でのカッターにもなるのだが、量産武器ではコスト面とメンテナンスの都合で簡略化の際に取り除かれている。なので出力を絞って、何度も打ち込むことで穴を開ける事を繰り返した。


 結果として、ギザギザの目立つ、機甲突撃兵の腕一本と同じ長さのノコギリのような断片を切り出せた。


 初めからその方針で作業していれば、同じ物が三本ぐらい切り出せた、とか言う事は言わないことにしたキノだった。


 そしてほぼ輸送艇の部分が無くなり、液体金属で作ったような四つ足の黒饅頭が現れた。


 「やっぱり、昨日、森から出てきたのと同じネ」


 『この本体からこぼれ落ちたという可能性も』


 「こいつもこぼれた小さな破片ネ」


 『肯定』


 「問題は簡単には死んでくれない、って事ネ」


 何度も熱粒子砲やヒート弾の機関砲を撃ち込んでいるのに、堪えた様子も無い。それどころかキノの乗る機甲突撃兵の攻撃など、気にした様子も無い。


 損害を受けていたのは背中にかぶっていた共和国の輸送艇のガワだけで、本体は液体金属のように攻撃を素通りさせていた。


 『攻撃方法を要求』


 「まずは真っ二つ、行ってみようネ」


 『経路計算。行動開始』


 そして機甲突撃兵が行ったのは、黒饅頭の真正面に立っての横一閃だった。


 たったの一撃。それも防御もしない相手に対しての一閃ならば、綺麗に体重が乗った攻撃を繰り出すことが出来る。ニャンコという名のAIが操る機甲突撃兵も、見事に黒饅頭を上下に切り裂いた。そしてすぐさま飛び退く。


 手間だったのでヘルメットを外していたキノはかなり後悔した。


 瞬間的だったが、機甲突撃兵が通常の実戦の動きをした。


 身体の方はパワーアシスト機能のある与圧服を着ていたので振り回されても耐えられていたが、首から上は左右の動きに耐えられずハンドベルを振るかのごとく振り回された。


 「む、むち打ちになるネェ~」


 『ヘルメットをつけることを推奨』


 「五分前のあたしに言うネ」


 自分にも文句を言いながら、固定具に掛けていたヘルメットをとって急いで被る。


 『警告。敵と仮定した物体が二体に分離しました』


 「いや、切ったんだから当たり前ネ」


 そこでようやくヘルメットを被り終わり、バイザーに組み込まれた網膜投影装置が機甲突撃兵の情報回線と接続を完了させた。そしてキノの視界が大幅に拡張される。


 見えたのは、上下に分かれたはずの黒饅頭ふたつ。その二つが単独の黒饅頭になって、それぞれに四肢が生えていた。


 さらに、その二つの黒饅頭がキノ機に向かって飛びかかってきた。


 瞬速で躱すキノ機。


 『敵二体が当機を目標に定めたと認識』


 「張り付かれたら溶かされるネ」


 『輸送艇の装甲片での攻撃を続行』


 「待つネ。また真っ二つにしたらどうなるネ?」


 『敵が四体になる可能性』


 「増えたら面倒になるネ」


 『肯定』


 「昨日、森から出てきた小さいのは、どうやって倒したネ?」


 『機体重量を掛けての圧迫により全体を損壊させた可能性』


 「それネ! 細かく切って、一つ一つ潰して行くしか無いネ」


 『現状での有効手段と推測』


 キノとキノ機のAIであるニャンコが討伐方法を相談している間にも、黒饅頭二体はキノ機に攻撃を掛け続け、キノ機もそれを器用に躱し続けていた。


 「ここじゃまだティカたちに近いネ。狙いがコッチに移ったんなら、海の方に誘導するネ」


 『戦術に誘導を加えます』


 そして重力素子を使った浮遊を交えながら、森の木々を蹴り飛ばしての移動をしつつ、海へと誘導していった。


 海。砂浜。機甲突撃兵が暴れるにはやや狭いが、人にとってはそれなりに広い砂の海岸。


 「良いネ! 沖合い方向なら遠慮無く撃てるネ」


 『誘導手段として行動に組み込み』


 ヒラヒラと舞う蝶のような動きで砂浜を飛び跳ねながら、二体に分かれた黒饅頭からの攻撃を躱す。さらに直接は当てないが、機関砲を単発で撃って、地面に小爆発を起こさせて黒饅頭の行動を阻害させる事も行った。


 その間機会が訪れる度、輸送艦の装甲片で切りつける攻撃を行ったが、攻撃に転じた黒饅頭の動きは速く、完全に切り分けることは出来ないでいた。


 「動きが速いネ」


 『前日に見た小さな黒饅頭と相対比で同じ動きの早さと推測』


 「? どう言う事ネ?」


 『単純な例え。身長二メートルの男が腕を引き、腕を突き出す動きの最速をコンマ二秒と仮定した場合、身長二十メートルの大きさになった場合でも、同じ動きをコンマ二秒で行うと推測されます』


 「あ、あ、あ、あり得ないネ」


 『物理的限界のため、現状がピークと推測』


 「だと、良いネ」


 実は機甲突撃兵も人と同じ動きを同じ速度で行う。身長約二メートル弱の人が二十秒間に左右一メートルずつの幅の反復横跳びを五十回出来た場合、身長約五メートルの機甲突撃兵が左右二メートル半の反復横跳びを五十回出来る。体重差があるが、その場合は重力素子を反転させ、引力を強引に発生させることにより可能だったりする。


 機甲突撃兵の機体構造の限界がそれで、それ以上の早さだと駆動部分を支える軸などが変形、崩壊を起こす。機体の装甲や骨格がいくら頑丈でも、駆動部が壊れてしまっては意味が無い。


 この黒饅頭も体組織的にこの速度が限界だと、機甲突撃兵のAIにより推定された。


 崩壊前提での全力ならもう少し早く動けるかも知れないが、おそらくは誤差でしか無いだろう。


 ギリギリ対応出来る速度の中、全力で細かく躱しつつ、ついに二体の内の一体を二つに切り裂いた。しかし、今度は分裂せずに切り裂いた一瞬後に爆発して四散した。


 「え? 倒したネ?」


 『一体の活動停止を確認』


 「分裂しなかったネ?」


 『不明』


 予定では切り裂いた後に分裂した一方を圧迫粉砕するはずだった。なのに一気に爆散した。


 「と、とにかく、コレで少しは楽になったネ」


 そうキノが言ったところで、残った方の黒饅頭が移動しながら変形し、自ら二つに分裂した。


 「どう言う事ネ?」


 キノの疑問に答える者はおらず、黒饅頭は容赦なくキノ機へと攻撃を繰り返した。さらに、今度は黒饅頭からツタのような触手も伸びる。


 二体の黒饅頭自体が飛びかかってくる事に加え、それぞれに数本ずつの触手が鞭のようにしなりながら、キノ機を絡め取ろうと繰り出されてくる。


 キノ機は躱し続けるが、触手の内の一本がキノ機の足に絡みつく。


 キノ機自体は半ば浮いているような状態だったため、足を取られて転倒という事にはならなかったが、少しだけ引きずられる格好になった。


 直ぐさま輸送艦の装甲片を振るって触手を断ち切る。


 足に絡みついていた触手は直ぐにボロボロと朽ちて落ち、絡みついていた場所は闇色の塗装が剥げて銀色の金属の地が見えていた。


 さらに触手が迫り、ほとんどは事前に切り払っているが、何本かは絡みついてから切り払っている結果になった。


 全身が闇色の、コントラストの無いのっぺりとした影の様だった機甲突撃兵のボディに、切り傷の様な銀色の線が無数に走っている。


 「ちょっと拙いネ。ニャンコ! 特別許可、バーニア出力を宇宙機動へ」


 今までは地上という大気圏内で、五メートルから十メートル単位での動きだった。それを、宇宙空間での戦闘で使用する百メートル単位での移動力へと変更するようにキノは指示した。


 それを受けてキノ機は黒饅頭の攻撃を躱すためにバーニアを噴射する。


 噴射したバーニア周辺が一気に爆発を起こし、同時に瞬間的な衝撃波が周囲に拡散した。


 大気圏内だったために酸素が追加燃焼したための爆発で、機甲突撃兵も一瞬だが音速を超えた移動を行ったために音速の壁の衝撃波が同時に発生したためだ。


 黒饅頭はその衝撃波で吹き飛び、黒饅頭自体のボディも半分程が吹き飛んでいた。

 キノ自身も瞬間的な加速に耐えられず、意識が飛びかけて朦朧としている。


 キノの状態をしっかりモニターしている機甲突撃兵のAIであるニャンコは、直ぐさま宇宙機動のバーニア出力を大気圏内用に切り替えた。


 キノ自身は頭痛も含め、全身が軋む様な激痛を訴えているのを耐えながら、大気圏内での全力機動が制限されている理由を痛感していた。


 宇宙でなら、バーニア出力は一方向だけの力だった。しかし大気圏内では振動という形で機体に跳ね返ってくる。


 その振動は肉体を持つ身には凶悪な凶器だ。キノの身体は脳を含め、全身に細かい裂傷が出来ていた。


 朦朧とする意識の中、キノは気を失わないようにと必死だった。もしも気を失った場合、ニャンコはキノの身体に急激な負担を与えるような機動は取れなくなる。それはすなわち、黒饅頭に取り込まれると言う事だ。


 『「キノー!」』


 その時、キノはトア隊長の声を聞いたと思った。しかし確証も無いまま、キノはそこで意識を閉じた。




 『まもなく目標地点』


 聖域からキノたちのいる方向へと高高度を飛行していたトアの乗る機甲突撃兵のAIであるファイがトアにそう告げる。


 「短距離通信で確認」


 『応答ありました。ポイント確認』


 「最短距離では無く、真上まで行ってからの降下が良いだろう。向こうの状況は?」


 『無人機から応答。キノ、ティカ、両名の生存確認。無人機の一機が重力素子ユニットをキノ機と交換したために行動制限。ユニットの単純な機能不全が原因。キノ、ティカ共に現地人との接触を行い、別行動。ロンゴ隊長を取り込んだ黒い悪魔の破片と交戦中』


 「なっ! ファイ! キノたちの所へ直行!」


 『最短距離を選択。キノ機より緊急信号。衝撃波で気絶状態』


 「急げ!」


 トアの乗る機甲突撃兵が頭から急降下する。


 同時に高感度カメラがキノの置かれた状況を映し出す。キノ機からの情報通信もあり、輸送艦の装甲片を振り回しながらかろうじて触手から逃れているキノ機の状態も把握できた。


 「キノー!」


 映像に出るキノの与圧服の状態は見えるが、実際のキノの顔は見えない。しかし、キノ機のニャンコからは気絶状態と報告があったが、トアの声に微かに反応したようにみえた。さらにその後にキノは頭を俯かせる。


 ここで本当に気絶したと判った。しかし、ニャンコが気絶したと判断した上で今実際に気絶したとするなら、状況は最悪かともゾッとするトアだった。


 「ファイ! 殲滅! 急げ!」


 トアの命令を聞き、トア機は衝撃波がキノ機に及ばないように少し離れた場所に減速してから降り立つ。そして砂浜をアスリート走りで移動し、黒饅頭を触手ごと蹴り飛ばす。


 そして空中に飛んでいる黒饅頭をレンジャーⅤ型機関砲を連射して撃ち抜く。


 初めの数発は黒饅頭の体組織を弾け飛ばすだけだったが、突然爆発を起こしてその後は沈黙した。


 さらに残りの一体も同じように蹴り飛ばし、機関砲で爆発するまで撃ち続ける。


 キノ機のニャンコからの圧縮された情報では、爆発すれば倒したことになるとあった。


 「ニャンコ! キノの状態は?」


 『『血圧低下。眼球の状態から内出血が多数あると推測』』


 与圧服では基本的な血圧、体温、心拍、脳波、そして眼球の状態しかモニターしていない。眼球は網膜投影装置の関係でモニターしているが、その眼球が真っ赤に染まっているのを確認していた。


 「急いで運ぶぞ! ティカ! 状況は?」


 『コッチはなんとか終わったよぉ。キノ大丈夫~?』


 「急がないとヤバイかも知れん。バッテリーを二つ、ここに置いておく。コレを無人機と一緒に回収して、必要なら使ってくれ。ファイ、あそこのポイントを全機に送れ。全機、そのポイントで合流しよう」


 そしてトアはキノ機に追従するように命令して空中に飛び立った。


 およそ三千キロ。日本列島の北海道の北の端から九州の南の端までが大凡で二千キロだ。三千キロだと、北海道の北の端から台湾の南までと大凡同じになると見て良い。


 約三時間。トアにとって長い時間が過ぎた。


 トア機とキノ機は、気絶状態のキノに負担が及ばないようにゆっくりと加速し、時速千キロほどで移動していた。それ以上では音速を超えてしまうため、細かい振動などがキノの身体に悪影響を及ぼす可能性があると判断しての速度だった。


 キノ機はキノの負担を出来る限り軽くするため、背面での飛行形態をとった。シートに座った状態ではあるが、寝ている状態に近くするためだ。


 ティカは無人機三機と共に移動するため、さらに遅くなる。無人機の一機が自力飛行を行えないので、無人機二機が両側を支えての飛行となるためだ。空中での戦闘などが不可能になる無人機を警護するため、ティカ機が同行する形をとった。

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