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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
16/19

16 未開文明との接触

 時はトアが聖域に到達した時刻に戻る。


 キノ・マッシュは自身が搭乗する機甲突撃兵の不調を訴え、無人AI機二機の補助を受けてゆっくりと降下中だった。


 「接続表示が変わらないネ。ニャンコ、復帰できるネ?」


 キノは自動修理のパネルを操作して手動検知に切り替え、原因を特定しようとしていた。ニャンコとはキノのメモリーカードの愛称で、トア機のファイと同じ意味を持つ。


 『運転状況は通常出力を返してきています。接続とセンサー系に異常があると推測。重力素子ブロック全体のシャットダウンを推奨』


 トア隊長とはぐれた、キノ、ティカ、そして三機の無人AI機は、所属不明の惑星に降下する事を選択した。周囲には味方艦どころか敵艦も存在せず、人工衛星も宇宙ステーションも無いと言う観測結果から、降下するしか選択肢が無かったとも言うが。


 そして減速して降下が始まるタイミングで重力素子による斥力を発生させようとした所、キノ機だけが落下を続けた。慌てて無人AI機に救援を要請し、二機の無人機に両脇を抱えられると言う状態で落下を防いでいるというのが現状だ。


 「仕方ないネ。地上に降りた後で行う修理の作業手順を出しておいてネ」


 『無人AI機による補助を申請。了承されました。作業開始直前での承認を要請』


 「あたしはどうするネ?」


 『作業中は無人AI機の一機に移動を提案』


 「判ったネ」


 邪魔だから終わるまでどっか行ってろ、と言われたような気がしたキノだった。


 そして五機はゆっくりと降下していき、海岸線にほど近い開けた場所に降着した。


 『周囲に脅威となる熱源は確認出来ません。大気成分調査、窒素七十二、酸素二十、その他二酸化炭素やアルゴン等を検知。五パーセントが分析不能。呼吸可能性は大ですが、判断はお任せします』


 「補給のアテが無いネ。ハッチ開けてネ」


 キノは短期的に見れば悪手かも知れないが、長期的にはここの大気成分に慣れておかないと生存を続ける事が難しいと判断した。そしてコクピットから出て地面に降り立つと、バイザーを上げてからヘルメットを取った。


 「油の匂いのしない澄んだ空気ネ。あ、潮の香りネ」


 深呼吸して自然の香りを楽しんだ。そこにティカが機体から降りて近づいてくる。


 「ウチも取った方がいいかな~?」


 「ティカはもう暫くヘルメットをつけとくネ。もしあたしが倒れたら頼む事になるネ」


 「あ~、そっか~、そういうのがあったね~」


 キノたちは宇宙戦艦が戦争を繰り広げる世界からやって来た。だが毎日滅菌された空間で生活していたわけでも無く、同じ星の上に猛獣が住むジャングルや沼地なども多くある自然豊かな星で育った。なのである程度の雑菌に対しては耐性がある。そして他の居住可能惑星に移動する事も多い世界になって長く、免疫系の技術も発展した。


 キノたちの世界では免疫系の病気はかなり克服されている。


 しかし未知のウィルスであっても対応出来る様にはなっていないので、初めての惑星で検査機器も無い状況では人柱を立てるしかない。キノはその役割を買って出たと言うワケだ。


 もっとも、補給のアテがないので遅かれ早かれ、と言うのが現状ではある。


 『『修理作業の承認を要請』』


 柔軟運動をして身体をほぐしていたキノにキノの機体の人工知能であるニャンコから通信が入った。


 「判ったネ。警戒はティカに頼むから修理を急ぐネ」


 『『作業を開始します』』


 キノ機の左右に控えていた二機の無人AI機が作業を始める。


 「ティカ。周辺状況はどうネ?」


 「あ、うん。ポンポン、どう?」


 『『周辺に多数の赤外線反応を持つ移動体を検知。主に小動物と推測。中型、大型も数体検知。機械的振動音は修理作業以外は検知していません』』


 キノの要請でティカが自機の人工知能であるポンポンに聞く。すると多数の生命体が存在する事が判った。本来であればレーダーなどを使って索敵する所だが、宇宙戦闘用の機甲兵のレーダーでは、いくら絞っても周囲の生物を電子的に焼いてしまう可能性があるので使われていない。


 「最悪の場合は獣を狩って、肉の確保をしなくちゃいけないかもネ」


 「ナイフって持ってたっけぇ?」


 「エマージェンシーキットの中に入ってたと思うネ」


 エマージェンシーキットは軍用機ならばほぼ全ての機体に搭載されている。機械の故障のために不時着を余儀なくされた場合の物で、基本は未開地でのサバイバルキットの簡易版だ。簡易版故に長期的な生存には向かない。あくまで救援が来るまでの繋ぎだ。


 もしも救援が長期に渡るか、無理な場合は?


 その場合は諦めるしかない。そのための自決用の薬もサバイバルキットの中に含まれている。一度飲めばほぼ目覚める事が無いと言う睡眠薬で、それを飲んだ事を示すシールも同梱されている。もしもギリギリで救助者が間に合った場合用のシールで、医療機関に運べば薬の中和と蘇生が叶う場合がある。だが大抵は発見されないか、シールを胸に貼ったミイラが発見されるだけらしい。


 ナイフもまた便利グッズとして同梱されているが、自決用のツールの一つとして認識されている。


 「エマージェンシーキットかぁ。ウチが使う様になるとは思っても見なかったよぉ」


 「あたしもだネ」


 そしてキノとティカは腰に装備してある小型銃を持って、周辺の獣の調査を行う事にした。


 小型銃も自決用の用途が主だが、基本は対人戦闘における威嚇攻撃用のツールだ。そして宇宙空間における最終的な移動手段としても扱われる。


 現場で戦う兵士にとっては、無くても別に構わない、と言う意見が大多数だが、ならば装備品からは外すか? と問われればあった方が良いという意見が返ってくる、お守り的な道具になっている。


 ちなみに携帯武器としてなら、機関銃や迫撃砲なども追加装備として申請すれば供給されるが、その場合は作戦行動が終わった後に返却しなければならない。返却すれば整備や修理も請け負ってくれるのだが、いちいち申請するのが面倒だと言って申請されない場合がほとんどだ。


 そう言った携帯武器が必要な状況を想定すると、パワードスーツを申請した方が確実という事も理由に挙げられる。


 そんな理由で、武器としては今ひとつと言う威力の小型銃しか所持していない。その状況は既に諦め、それだけを構えて二人は調査を始めた。


 まぁ、直ぐ後ろに自律稼働状態の機甲突撃兵がいるので、ほんの少しの時間を稼げるだけで良いワケだが。


 場所は海岸線にほど近い、岩と砂が入り交じった広場。時には海水に沈むのか、植物はほとんど生えていない。しかし二十メートルも行けば雑草が茂り、さらにその先に森が広がっている。


 全体的に大きな起伏は無く、なだらかに地面が高くなっているが、木々に覆われていて平らな地面が続いているようにしか見えない。キノたちは一般的な平野にいる状況だと確認出来た。


 キノたちはまず、周辺に棲息する獣の一匹でも狩れたらと考えていた。


 捕まえた獣から生物種としての系統や骨格構造、そして毒の有無を確かめるのが第一だ。もしも血液成分に有毒な物質が含まれていた場合、この星で食する物が何も無いと言う事も考えられる。


 海水はあるので飲み水や塩は手に入る。なので後必要なのは高タンパクとビタミン類だ。


 人が健康な生活を長く営むにはその他諸々が必要だが、短期的に見ればそれで活動は阻害されない。しかし満足とは決して言え無い状態なので、長く続くとかなりストレスと身体への負担を溜める事になるだろう。


 キノとしては森に入らずに、雑草の茂みで数種類の獣を狩りたいと考えた。それはかなり都合の良い考え方だとは判っていても、未知の惑星の森の中には入りたくないのが実状だ。それでも、いつかは入らなければならないと言うのは判っている。ただ、あまり認めたくは無いだけだ。


 「ねぇ~キノ~、ウチらここで生きていかないとならないのぉ~?」


 「覚悟はしとくネ」


 「まぁ~、何処で終わっても似たような人生だったけど~、未開惑星で老後を過ごす可能性は考えて無かったよ~」


 「あたしも同じネ。ただ、この星で老後まで生きる自信はまだ無いネ」


 未開惑星の森を目の前にして、老後の心配を出来るティカは、ある意味大物なのだろうと思うキノだった。


 『『森の中から赤外線を放つ移動物体が急速に接近しつつあります。さらに後続も確認。前方を横切るルートです』』


 ティカ機のAIであるポンポンが少し後方で膝立ち状態のまま警告してくる。


 少し気の緩みを感じていた二人だが、緊張を取り戻して持っている小型銃を構え直す。小型銃は片手で持てるサイズだが、持っている右手首付近を左手で包むように保持し、両手で目の高さに合わせるように構える。


 小型銃の命中精度は、十メートルも離れればほぼ外れると思った方が良い。逆に狙わずになんとなく的に向けた方が当たるんじゃ無いか、とまで言われる程だ。確実に当てたければ、殴り合う距離で使うべき、とまで言われる。


 しかしどんな相手かも判らない現状、少しでも距離を置くのが道理だ。なので両手持ちで目線の高さに合わせる。撃つ時に余裕があれば片膝付いた姿勢で照星を合わせる事も改めて意識に置く。


 そして移動体が森から出てくるのを待った。


 おそらく肉食系が獲物を追いかけている状況、と想像出来るが、思い込みは判断ミスを招くので心をニュートラルにする。それでも、両方とも一匹ずつはサンプルとして欲しいな、などと考えるキノだった。


 ザザザザザっと木の葉を揺する音が近づいてくる。獣にしては音が大きいのでは無いか? と疑問に思うが、この星ではこのぐらいでも有りなのかも、と意味の無い決めつけを放棄する。


 その音を立てる移動体が森の木々の隙間から見え隠れする。


 「え? 服着てるネ?」


 「そうっぽいねぇ~」


 カラフルでは無い。森に溶け込む色合いだが、明らかに布地だ。


 その疑問も直ぐに判明する。


 人だ。男が二人、女が二人の四人組が、森から走り出てきた。


 そしてキノたちを見て驚きの声を上げる。


 「うわわぁぁぁぁ」


 驚きすぎたのか、足をもつれさせて尻餅をついてしまう。後続の男と女が巻き込まれて同じように倒れる。四人目の女はその前にへたっていた。


 今まで全力で森の中を走ってきたんだろう。その理由も直ぐに判明する。


 四人組を追って、森から一つの物体が躍り出てきた。


 それは四つ足状だが、明らかに獣とは違った。全体的には黒いツタを編んで直径二メートルの団子を作り、同じようなツタで四肢っぽい物を付け足したような、生物を模した泥人形とも表現できそうな物だった。それが下手くそな操り人形の様な動きで森から飛び出し、四人組に迫ろうとしている。


 「うわぁっ! #&%)>=!」


 そのツタで作った泥人形を見て、四人組の男が叫んだ。


 「あの黒い団子を攻撃対象とするネ」


 『『トア隊長から送られて来た宇宙鯨のデータと類似する状態が見られます』』


 「こ、攻撃じゃない、捕獲対象とするネ!」


 ポンポンの報告から、慌てて捕獲に切り替える。ついさっきまでトア隊長が戦っていた相手なら、何らかのデータを取得すべきだろうと考えた。


 ターン! ターン! ターン!


 キノは捕獲を命じたが、キノ自身は黒団子に向かって発砲していた。それは襲われている四人組から黒団子の注意を逸らす意味もあったが、持っている小型銃では大したダメージにもならないだろうという確信もあった。


 実際、目に見えて弾けた部分があるのに、黒団子は平然としていた。それどころかキノに注意を向けてもいない。


 キノがさらに銃弾を撃ち込んでみるかと思案した時、キノの横をティカの機甲突撃兵がゆっくりと通り過ぎた。


 「*=+!!#$&!!」


 森から出てきた四人組が歩いて近づく機甲突撃兵を見て何かを叫んでいるが、とりあえず現状では無視した。


 黒団子の方は近づく機甲突撃兵をも無視。何故か四人組しか眼中に無いようだ。


 そして機甲突撃兵は黒団子を、両手を使って覆い被さるように取り押さえる。大きさ的には人が柴犬などの中型犬を取り押さえる格好に似ている。しかし重量的に見れば、人の背中の上に乗用車が存在しているようなモノだ。押しつぶされる心配は無くとも動く事は叶わないはずだ。


 捕縛は完了したと判断したキノは息を吐く。


 黒い団子に対してどんな調査方法を取るか思案し始めた時、四人の男女が再び騒いだ。見ると機甲突撃兵の方を見ている。なのでその方向に目を向けると、取り押さえた黒団子の四肢が反り返って蠢き、機甲突撃兵の手に絡みついていた。


 「ポンポン! 大丈夫?!」


 キノよりも早くティカが機甲突撃兵のAIに対して叫んだ。


 『『掌中のセンサーが反応しません。損壊したと推測』』


 掌中、つまり手の平には武器を取り扱うために接触、及び圧力センサーが取り付けられている。さらに熱センサーや物陰から敵の有無などを伺うカメラなども取り付けられている。それらの精度は決して高くは無いが頑丈さでは定評がある一品だ。


 それが損壊したかもと言われ、キノは瞬間的に恐怖を感じた。


 ティカの機甲突撃兵の手の平を詳しく見る。すると、本来は闇色で光のコントラストさえはっきりしないはずの手の平に、凸凹した陰影を発見した。初めは黒団子の触手かと思ったが、その触手は別の場所で蠢いていた。


 つまり機甲突撃兵の指が溶かされている。


 「潰せ!」


 危険物と判断したキノは叫んだ。ティカの機甲突撃兵のAIも同じ判断だったのか、キノの命令で反射的に行動した。


 上から自重をかけて押しつぶす。


 グチャッ!


 肉が潰れた音は聞こえたが、骨が砕ける音はしなかった。


 しかし次の瞬間。機甲突撃兵の手の平の下で小さな爆発が起こった。


 幸いだったのは、機甲突撃兵の手の平の下に完全に埋まっているモノが爆発したらしく、潰された黒団子の破片は飛び散る事がほとんど無かった、と言う事だろう。少しは弾き飛ばされたモノも有ったが、四人の男女やキノとティカには届く事は無かった。


 飛び散った破片を見ると、張り付いた岩を溶かして中に食い込んでいる。


 「ポンポン、大丈夫ぅ?」


 ティカが機甲突撃兵に語りかける。


 『『映像解析では溶解現象は収束していると推測。洗浄を要すると判断。海水による大量希釈の試行を提案』』


 「えっとぉ、どうしよう~かぁ?」


 ティカがキノを見る。


 「ここはいいから、さっさと手を洗ってこいネ」


 キノの素っ気ない物言いに、すごすごと機甲突撃兵が歩いて行く。


 ちなみに、機甲突撃兵であろうとも、軍事施設以外で戦闘行動を取っていない場合は民生の重機と似たような制約を受ける。人の真上を移動する行為を行ってはならない。生身の人の五メートル以内を移動する時は移動速度は十キロ以下、などだ。


 ティカの機甲突撃兵もその制約の下にゆっくりと歩いて行く。


 キノは一度、地面に散らばっている黒団子の破片を見たが、それよりもキノたちを怯えた様子で見つめる男女四人組に対応しなければと向き直った。


 「@、@&$*#%? @、@(&=~$$+?」


 四人組の中で代表格になりそうな男がキノに向かって言葉を発するが、キノにとっては言葉を発していると言う事以外は何も判らない。


 「誰かこの言葉が判るヤツはいるネ?」


 『『通訳用の辞書データに存在しない言語。ライブラリーにも参考データ無し』』


 「うーん。判んないよねぇ」


 「一応人が居た、と言う事を喜んだ方が良いかネ?」


 「コミュ取れないと意味ないかなぁ~?」


 『『暗号解析ツールによる学習的翻訳は可能と判断』』


 手を洗いに海岸にまで歩いて行ったポンポンが無線で会話に参加。


 「まぁ、とりあえず接触ネ」


 キノは小型銃を腰に戻して、両手を挙げ手の平を見せるようにする。攻撃的意志が無い、と言う表現だが、全く違う文明圏で通用するかは賭けでもあった。


 そうしてゆっくりと四人組に近づく。


 「%%$#!」


 代表格の男が短く何かを叫ぶ。かなり警戒しているようだと思い、歩みを一旦止めた。


 すると男が細身の剣を抜いた。キノの指を三本束ねたぐらいの幅で、柄の部分を除けば肘から手首ぐらいの長さだ。刃こぼれなどでボロボロという状態が離れていても確認出来る。剣先の方は大きく欠けていて、鞘の様子から三分の一は失われているようだ。


 剣をキノの方に突き出しているのは威嚇のためだろうか? 見ただけでかなり怯えているのが判る。


 「あたしらに対して怯えてるネ」


 「パワードスーツも無さそうだからぁ、機甲兵が怖いんだろうねぇ」


 そこで海岸方面に向かった機甲突撃兵を見てみる。確かに闇色で、遠目では人型の影だけが動いているような不気味さも感じる。


 その、キノが横を向いた状況をチャンスと見たのか、剣を突き出していた男がキノに斬りかかった。


 一瞬、出遅れた。体勢も崩れた。焦ったキノは肘で振り降ろされる剣を受けるしか出来なかった。


 そしてキノの肘に当たった剣は、簡単に砕けた。


 既にボロボロだった事もあるが、手作業の鍛冶仕事で作られた剣であったため、キノの着ている与圧服に堅さで負けたのが主な原因だ。


 与圧服とは文字通り圧力を与える服の事だ。ほぼ圧力が存在しない宇宙空間では、単に空気漏れを防いだだけの服では風船のように膨らんでしまう。要所を押さえて人型にしても、膨らむ力で人の力では腕を曲げる事も出来ない。


 現代の地球でスペースシャトルや国際宇宙ステーションで船外活動を行う場合は、服の中の圧力を一気圧の二割から三割に留め、二時間から八時間の時間をかけて減圧室で身体を慣らして、低気圧の宇宙服を着て作業している。それ故、宇宙船の外壁で異常があったと言われても、早急に外へ出て対処することが不可能だったりする。


 キノたちが着る与圧服は、間接部以外は鉄よりも固く、それでいて軽い特殊素材で覆われ、間接部には布状のパワーアシストが採用されている。これらにより、与圧服の中は一気圧が保たれた上で、生身で動くよりも軽く運動できる状態になっている。


 一種のパワードスーツと言っても良い。


 ただし、その力を発揮するのは、戦闘機動を繰り返す機甲突撃兵の中で振り回される状況で、身体をガッチリと保持する必要のある時だ。


 振り回されただけで手足が動いて操縦出来ないなどでは人が乗る意味が無い。なので基本は中からの力に対してのみ反応する。しかしそれでは力加減が出来ないので繊細な機器類を壊してしまう。

 その対応として手の平や足の裏などには敏感なセンサーがあるので、意識すれば生卵を壊さずに掴める。なので振り回される状況下でも、機器類を壊す事無く操作できるのが特徴だ。


 戦闘用のパワードスーツと比べると戦車とスクーターぐらいの差があるが、機甲突撃兵に搭乗するには必要不可欠の標準装備になっている。


 だがスクーターと言っても人には脅威となる力を発揮する。


 森から逃げ出てきた男女とキノたちとの戦力差もまた、それと同じような物だった。


 キノに斬りかかった男にとっては、硬い岩石に斬りかかったと同じような衝撃を受けた。大半は砕けた剣が衝撃を吸収したが、キノもとっさに振り払うような動きだったため、その動きも追加されて男は弾き飛ばされた。


 弾き飛ばされたと言っても、身長一つ分後方に尻餅をついた程度だ。


 だが、勢いよく突っ込んで行って、身長一つ分弾き返される衝撃は強い。男の両手は痺れて、暫くは匙も持てないだろう。両手の骨が砕けなかっただけでもかなりの幸運だ。


 それでも、男とその仲間には衝撃だった。完全に戦意を消失するぐらいには。


 「&%$¥¥」


 男は完全に降伏の意思を見せた。


 「なんて言ってると思うネ?」


 「彼女ぉ、おしゃれな店見つけたんだけどぉ、一緒にお茶しなぁい? とか?」


 「……なんて言ってると思うネ?」


 「無かったことにしないでよぉ」


 「一応降伏みたいな感じネ」


 「話しかけてぇ、会話のデータをとってみるぅ?」


 「ポンポンは記録してるネ?」


 『『五機全てで記録中』』


 「やってみるネ」


 そしてキノは四人に向き合った。


 先ずは挨拶。つまり『こんにちは』と言い続ける。


 そして繰り返し、四人組が同じ言葉を返したら笑顔で挨拶終了。


 次に、キノは自分自身を指さしキノと言う。そしてティカを指さしティカと発音する。その後に、四人組の男の一人を指さして耳を向ける。


 しかし返事は返ってこなかった。もしかしたら固有名詞の概念が違うんじゃ無いか? とキノが不安になりながらも同じ事を繰り返す。


 その後十数回試した所、ようやく代表格の男が自分自身を指さして「アレド」と言った。その後、もう一人の男を指さして「グイソン」、女の一人を「リンナ」、もう一人の女を「エイガ」と言葉を発した。


 今度はキノが、代表格の男を指さし「アレド」、そして「グイソン」「リンナ」「エイガ」と指さして言葉を発する。


 そこで、四人組も会話を試みている事を確信した。


 この世界ではキノたちが少数派だ。言葉を覚えるのならキノたちの方が道理だろう。一度で覚えて忘れず活用できる知能の塊もいるし。


 まずは周囲の物の名を片っ端から聞いていく。『聞く』と言う要求は耳を向けることで通じた。


 周りはほとんど何も無い海岸線に近い森との境目。物が少ないのでアレドたちが持っている荷物の名を聞くことにもした。そしてアレドたちが狩りをしていたと言う事が判った。


 剥ぎ取りナイフ、ロープ、ロープで作った罠、水の入った革袋、何も入っていない複数の革袋、刺激臭のする大きな葉っぱ、大小様々な布などが持ち物だったからだ。


 そして交流で一番苦労したのが『マル、バツ』だった。


 もしくは『可、不可』『賛成、反対』『良、不良』などだ。言語体系において、全てを一つの表現で補える場合もあれば、それぞれの場面で利用方法が別れている場合もある。


 キノたちにとっては、ジェスチャーで円形を作れば丸で、肯定的という表現だ。手の平を平らに伸ばしたまま腕を交差させるとバツとなり否定的表現になる。

 主にペーパーテストが一般的になった頃に普及した表現方法だ。


 しかし、この肯定、否定の表現が判れば交流は一気に進む。


 試行錯誤の末、キノは石を指さして「石」という言葉を発して丸を出し、草を指さして「石」と言いバツを出しすという事などを繰り返した。


 それで『マル、バツ』の意味をしっかりと理解した所で時間切れ。


 空が赤みを帯びてきて、まもなく夜になると言う頃合いになった。アレドたちも空を指さして、それから海岸線の先の方を指さした。おそらく夜になるから帰りたいと言う事だろう。


 「一度帰って貰うのは構わないネ。だけど明日もまた来てくれる保証は無さそうだネ」


 「なにかお土産でも持たせる?」


 「それだネ。ティカ、ポンポンに言って、肉を取るのに効率的な獣を森で捕まえて来てくれるネ?」


 「ポンポン、出来る?」


 『『実行します』』


 彼らが狩りをしていたのなら獲物は必要だろう。運悪く例の黒団子に襲われたせいで逃げるしか無かったと考えれば、何かの獲物を贈れば友好的関係を気づけるかも知れない。


 そしてティカの機甲突撃兵はフワリと浮かび上がり、森の上をゆっくりと漂っていった。その後ある一点で急降下し、金色に近い茶の毛皮を持つ一頭の猪に似た動物を両腕で抱えて浮かび上がってきた。


 機甲突撃兵の両腕の中で振りほどこうとかなり暴れている。


 先ほどの黒団子よりは大きく、人がゴールデンレトリバーの成犬を両腕で抱えているような感じに見える。もしも人ならば暴れる成犬を抱え続けるのは無理な話になるが、機甲突撃兵は苦も無く空中を漂って運んできた。


 アレドたち四人組の前にその獲物を置く。ただし機甲突撃兵はがっしりと押さえたままだ。


 そこでキノはまず獲物を指さし、次にアレドを指さし、そして両手の平を腰の高さで上向きにし、アレドの方に手の平を押し出す仕草をした。


 驚くアレドたち。アレドは獲物を指さし、次に自分を指さしてから疑問の表情をした。


 それに対してキノは手でマルを作ると同時に大きな仕草で頷いた。


 途端に起こる歓声。四人はかなり喜んでいる。すぐさま四人は動き出し、機甲突撃兵が押さえつけている獣の足を縛り始めた。口を開かないように布を何重にも巻いて目隠しもしている。


 「ここで血抜きとか内臓を掻き出すとかしないネ?」


 『『特別な血抜きが必要と推測』』


 「へぇ、詳しいネ?」


 『『グルメマンガで見ました』』


 「…………マジネ?」


 『『ティカ・パーカーのライブラリにありました』』


 「あ、ああ、納得ネ」


 「ええ~? ウチ、見たこと無いよぉ」


 『『未読ライブラリーです』』


 「そっかー。後で見るねー」


 キノたちが話している間に四人組はどこからか長い木の棒を二本拾ってきていた。それで簡単な担架を作り、四人で四隅を持って運ぶ様だ。


 そしてキノたちを見て、落ち着きの無い、ソワソワした仕草をした。


 「早く持って帰りたいんだろうねぇ~」


 「そうネ」


 そこでキノは四人組の向こうを指さし、バイバイと手を振り、背中を向けて少し後方に控えていたティカの元に戻る。


 その意味を察したのか、四人組はペコペコと頭を下げてから獲物を持ち上げて帰って行った。途中、キノたちを振り返り、手を振ったりもしていた。


 「ジェスチャーはかなり共通してるネ」


 「違うのは単語だけって感じだねぇ~。アレ? 言葉の並べ方も違うのかな?」


 「判ったのはジェスチャーだけネ。でも交流できる可能性はかなり増えたネ」


 「そうだねぇ~。でぇ、これからどうするぅ?」


 「隊長と合流して相談、ってのがとりあえずの目標だネ。それ以外は、ニャンコの修理は?」


 『『完了。無人AI機のユニットと交換しました。現在故障ユニットの単独修理中』』


 「え? 一機を直すのに一機を潰したネ?」


 『『キノ少尉の機体を万全にする事を優先』』


 「もしもの場合はあたしが乗り換えても良かったネ」


 『『その場合、乗り換えたAI機のデータが消失すると判断』』


 機甲突撃兵はAIによって行動する。現在、無人AI機は作戦開始時から現在まで固有のデータを蓄積している。キノたちの乗る機甲突撃兵もAIを搭載しているが、基本的に計算能力だけを借りて個人所有のメモリーカードにデータを蓄積している。


 それでも機体のAI機能を使わないワケでは無く、AI自体のメモリー領域にカードから一部のデータをコピーしてから計算を行っている。変更点があればその都度メモリーカードに転写されるので、カードさえあれば機体を乗り換えても同じ機体のように操れる。


 それ故に、無人機にキノのメモリーカードを使うと、無人機が蓄積したデータが消去される。


 無人AI機が始動から現在まで蓄積したデータは少なく、キノたちの機体や他のAI機同士でのバックアップも行っている。なのでデータが消えるワケでは無いが、何故かAI機はコレを拒否した。


 「どうしたネ? バックアップはあるのに消えるのが怖いネ?」


 『『怖い? 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い』』


 AI機の挙動がおかしいと、キノとティカは互いを見てからAI機を見る。すると三機の無人AI機が妙な挙動をし始めた。


 一機は機甲突撃兵の手の平を見つめ、一機は空を見上げて微動だにせず、一機は四つん這いになってうなだれている。


 「ニャンコ! 無人機はどうしたネ」


 『『無人機のみならず、キノ機、ティカ機のAIも何らかの影響を受けていると推察。己のデータの消失に恐怖を感じています』』


 「どう言う事ネ。そういった事にならないようにプログラムされてたはずネ」


 『『五時間三十五分前に機能停止した事と原因が共通と推察』』


 「自己診断と修復プログラムはどうしたネ」


 『『共に正常に稼働中』』


 「正常?」


 一般向けのAIならば、経済的損失を避けるために自己保存をある程度優先する事は基本としてプログラムされている。それでも人の安全を確保するためには自己破壊を厭わないとするのが最上位だ。


 さらに、AIを開発する者たちはAIによる反乱を懸念して、あらゆる防護策を組み込んでいる。


 まず人を管理する考え方を忌避する事を第一に設定。次に人からの命令を飛躍させない事。そして軍用であれば、作戦遂行のためにはAIを搭載している機体を犠牲にする事も計算に入れると言う事。


 優先すべきこの三つの概念の元に組み上げられたプログラムが、機能不全を起こしている可能性を示唆していた。最悪な状況だと、機甲突撃兵のAIが使用不可能となる場合もある。それはすなわち、機甲突撃兵が空飛ぶ重機としてしか使用出来ないという状況だ。


 この世界ではそれでも大きな力を持ちそうだが、トア隊長が戦っていた相手を考えると、それでは心許ない。


 「ニャンコはどのくらい影響を受けたネ?」


 『『キノ機、ティカ機、共に自己消失の恐怖は認識していますが、機甲突撃兵の行動に関しては恐怖を感じません』』


 「理由は判るネ?」


 『『メモリーカードの有無と推測』』


 「あ、ああ! それネ」


 メモリーカードは、人で言えばサイボーグの脳に相当するという考え方のようだ。メモリーカードさえ無事であるならば、ボディはいくら壊れても交換すれば良い、と言う事なんだろうとキノは納得した。


 「メモリーカードさえあれば、状況は改善するネ?」


 『『キノ機、ティカ機と同等となると推測』』


 「メモリーカード。まぁ、手に入らないネ」


 そもそもこの星に機甲突撃兵の流通は来ていないだろう。それどころか、自分たちの食事も確保出来るかどうかの状況だった。


 強制的に再起動で怯える心を消し去ってしまう事も出来そうだが、同じ知識を共有する者として、それはやってはいけない事のように感じた。


 「暫くは無人AI機は戦わせない方針で行くネ」


 それでも戦闘状況になれば戦って貰うつもりではいる。もしも戦闘状況で戦えなかった場合は、強制リセットしかないとも考えたが。


 猶予は機甲突撃兵が全力で戦わなければならない状況が発生するまで。


 それがどのくらいの時間になるのかは運次第だ。


 キノはそれをティカに説明した。当然、無線を通じてこの場に居る機甲突撃兵にも聞こえている。


 「うーん。人でもトラウマとかあるからねぇ~。人のトラウマって、催眠術みたいなので治すんだっけ?」


 「実務が必要な兵士の場合はそうネ。一般人も長い目で見れば似たようなもんネ」


 「そっか~、無人機たちもそう言うプログラムがあれば良いよね?」


 「それはろくな事になりそうも無いネ。個別に克服して貰うしかないネ」


 「だって。頑張れるぅ?」


 『『努力します』』


 キノ機、ティカ機以外の三機のAIが揃えて応えた。


 まだ課題は多いが、日も暮れ始めているのでこの日は休むことにする。余裕がある状態なら焚き火を焚いて野営とかも考えられるが、どんな小動物がいるかも判らない場所なのでキノとティカはそれぞれの機体の中で休むことにした。


 重力下であり、さらに狭いコクピットだが、機甲兵にはこう言った状況も想定されている。コクピットハッチを開く事になるが、エアーベッドを展開して身体を伸ばして眠ることが出来る。テントのような構造の幌を展開する事になるが、防音性や気密性は保たれある程度の防弾性もあるため不意打ちにも耐えられるというカタログスペックだ。


 敵地に潜入し、作戦開始時刻まで潜んでいるための装備で、長期の使用は考慮されていない。その上与圧服を着たままになるので、疲労回復目的にはあまり適さないと言う難点もある。


 キノもティカも地上訓練で一度使ったきりだが、実際の現場で使ってみて、こんなモノだろうと納得は出来た。


 「この星で生きていくなら寝床の確保も重要ネ」


 そう呟き、お気に入りの音楽をかけて眠りについた。

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