15 ケーゴとトア
「さて、先ずはどうしようか?」
聖域の何でも屋、不思議屋の店長であるケーゴは、目の前で倒れている男を見て呟いた。
ヘルメットは取り外し、一応与圧服の動作スイッチも切った。だが与圧服を脱がせる程にはケーゴ自身の体格と体力が無い。クマクマたちは力は強いが、細かい動きは苦手だ。
四つ足の動物は腕とは言わず前足と言う。力も後ろ足に準ずる力を持っているが、関節の形や感覚から言って腕とは言え無い不器用さになる。人で言えば足で作業するのと同じ感覚となる。
人が体重を気にしない状態でも、足で積み木を積み上げるのが困難なのと同様に、四つ足たちの前足は動かしにくい。基準は、人が訓練も無しで足を動かして出来る事なら、四つ足の動物でも出来る可能性がある、と言う所だろうか。
なので謎の男を介抱するのは難しいとしか言えない。優しく背中を押す、ぐらいは出来そうだが。
そこでケーゴは男を運び出す事をきっぱりと諦め、その場に厚めのマットレスを敷いて敷きパットを乗せた。そして男の直ぐ横に担架を出し、クマクマの手助けを借りながら男を担架に乗せ、マットレスの上まで移動させた。さらに横になっている男を中心にしてタープテントを組み上げ、簡易的な救護所を作り上げた。
小さめの座卓を出して、その上に外したヘルメットとペットボトルの水を置いておく。
「コレでいいだろう」
「ケーゴってさぁ、やっつけ仕事が得意なんだよねぇ」
特に手伝う事も無いと見物していた神獣の梟のフクフクが溜息のように呟く。
「褒めていないのは判るけど、悪意も感じないので不問に処す! それで、この人ってどのくらいで目を覚ます?」
手に持っているスマホに語りかけると、チャット機能が文字に起こしてくれる。特に送信ボタンを押さなくても送っているようだ。
【かなり内出血が酷いね 内臓の方は時間を掛ければ直るけど 脳の血管の一部も切れてる所がある 無理矢理にでもヒールタブレットを飲ませた方が良いかも】
チャットの相手はこの世界の創造神。ケーゴをこの世界に呼んだ存在だ。この世界を作った神ではあるが、作った後の管理は眷属の神たちに任せている。
それでも世界とその管理をする神を生み出した神の大元だ。制約がかなりある状態でもケーゴの身の回りの情報は直ぐに解析できる。
ケーゴはその分析を受けて、収納袋から治療薬のヒールタブレットを一粒取り出し、男の口の中に押し込む。そしてストローが突き刺さって突き抜けている蓋を持つペットボトルを出して男の口の中に水を流し込む。
「え? そこは口移しじゃないの?」
フクフクがお約束でしょ、と言う声で言ってくる。
「道具があるのにそんな事しないって」
歯はかみ合わせないで、口を閉じた状態を維持しつつストローから水を流せば、口移しよりも確実に飲み込んでくれる。多少咽せる場合もあるが。
「ごほっ! ごほっ」
「あ、咽せた」
咽せても男は意識を取り戻さなかった。しかしヒールタブレットを飲ませたので一安心と、ケーゴたちはタープテントから出る。
「で、結局、何がどうなったの?」
【総括すると 大きな生物みたいなモノが別次元から転移して来た 彼はそれに巻き込まれたみたいなんだけど その大きな生物みたいなモノと戦っていた形跡がある そして傷だらけになりながらここまでかろうじて降りてきた って所だね】
「詳しい事は本人が目を覚まさないと判らないか。で、ヒールタブレットは効いた?」
【各部の傷は小さいからね 脳の内出血も治まって 血の塊も出来なくて済みそうだよ 後は疲労だけだから一眠りすれば目を覚ますはず】
「それにしても…」
ケーゴは鋼鉄の巨人を見上げる。現在は四つん這い状態だが、現れた時は直立の姿勢だった。つまり人型のオブジェでは無く人型機械として動作するというわけだ。
「ロボット、だよねぇ」
「あれ? ケーゴはこう言うの好きじゃ無かった?」
「マンガで見るなら好きだけどねぇ。でも現実の道具としてみると、人型にするメリットってあるのかなぁ? って思うんだよね」
「でもゴーレムと似たようなモンじゃないの?」
「ゴーレムは地面の上を歩きながら手で攻撃をするとか、作業をしたりするだろ?」
「まぁねぇ」
「じゃあ、歩く必要が無い状況なら、足は意味ないんじゃ無い?」
「え? えーと」
フクロウ型の神獣であるフクフクは目玉を動かせないので、首を回して考えるというジェスチャアーをとる。
「歩く必要が無いなら両方手でも良いんじゃ無いかな?」
「歩く必要無いの?」
「あの人は与圧服って言う宇宙で着る服を着てたし、この機体その物が宇宙から落ちてきたってのを考えると、主な活動場所は宇宙なんじゃないかな。だとすると基本は無重力の空間で使うんだと思うんだよなぁ」
「無重力ってのは、知識としては判るんだけど、イマイチ実感がないよぉ」
「実はオレもそう。うろ覚えの知識だけ。このロボットが来た世界に、どんな科学技術が有るのかも判らないしね。もしかしたら人工重力ぐらい当たり前にあるかも知れないしねぇ」
【その事なんだけど 実はその元の世界の神から詫びがあったよ】
チャットで創造神が話しかけてきた。
「「詫び?」」
ケーゴとフクフクの声が揃う。
【そう 彼の世界は神自身がほとんど介入しない世界なんだけど 大昔に世界が狂った事があった時 介入してその原因を封印したらしいんだよね それを一部の人たちが掘り起こして利用しようとしてたらしい】
「なんか、良くないおどろおどろしいモノが封印されてた感じだなぁ」
【それに近いかも ボクの世界なら力をあまり出せないはずだから 始末して欲しいって依頼と詫びが来たんだ】
「他の神が管轄する世界だから直接手を出せない、ってのは判るけど、何か情報は無いの? 弱点とか自爆装置のありかとか」
【基本は黒い球体が本体なんだけど 周りの物を取り込んで自分の身体のように操るみたいだね それに黒い球は分裂して増えていくらしいよ】
「うわぁぁ、ゲームの悪玉そのまんま、って感じだなぁ」
【単純に壊せば活動停止になるから 特別な武器とかは必要無いんだけど 取り込んだモノの性質で単純に壊すと言う方法も難易度が上がるみたい】
「じゃあ、こっちでドラゴンを取り込んじゃったら?」
【ドラゴンを倒せる実力が無いと 中の黒い球体を壊すのは無理かもね】
「「うわぁぁ」」
再びケーゴとフクフクの声が揃う。とても嫌そうだ。
【で 向こうの神から要望は無いかと聞かれたから ケーゴの通販能力に向こうの商品を加えるように頼んだよ】
「え? このロボットとかも買えちゃう?」
【いくつかは買えるよ 基本は予備パーツとか 武器の補充とかかな もちろん 普通の生活用品も買えるよ】
「つまり、この聖域が、異世界から来た悪魔と戦うための要所、と言う事になるのかぁ」
【ゴメン でもケーゴ以外に任せられる相手がいないんだよねぇ】
「判ってる。この世界の住民に精密機械の取り扱いを期待する事自体が無茶だしねぇ」
【本当にゴメン ただ ケーゴが受けてくれなければ この世界はお終いってだけだから 全ての選択はケーゴに任せるよ】
「大丈夫。それについての覚悟は出来てるよ。で、気絶してるあの人は?」
【一応敵対していた状況だったみたい でもこれからも戦ってくれるかは不明 彼も巻き込まれた一人だからね】
「巻き込まれかぁ。異世界モノでは定番だな。彼を元の世界に戻す事は?」
【 無理】
「やっぱり」
【簡単に言うと 手こぎボートしか無い状況で 全高二百メートルの大きな滝を登らなければならない ってのが近いかな】
「あー、落ちてくる事はあっても、戻る事は出来ない、ってヤツだ」
【うん ケーゴに追加した通販は彼にあまり負担を掛けないように って事でもあるみたい かなり例外みたいで ボクが管理するからの特別優遇処置って所かな】
一通りの状況は判ったので、後は気絶している男の回復待ちと言う事になった。
とりあえずクマクマに少し離れた所で監視して貰い、ケーゴとフクフクは屋敷に戻る。
これからケーゴは屋敷のパソコンで新たに追加された通販の項目を検分するつもりだ。フクフクも期待してくっついてくる。
「まず世界通販のアイコンから通販サイトのネコリンを立ち上げて、っと。あ、このモンドワールドってのがそれかな」
「ねぇねぇ、モンドってなーに?」
フクフクがモンドという言葉に疑問を持つ。
【あっちの神様の名前だよ 向こうの人たちが世界の神様を言う時に使ってる名前だね ボクのジワンと一緒】
「なるほどねぇ」
その会話を聞き(見)ながら、ケーゴはモンドワールドのアイコンをクリックする。すると、結構馴染みのある分類が表示された。
食品類、衣料類、家具類、医療類、武具類、家電類、軍事物資。
最後の軍事物資というのが気になるが、宇宙活動できるロボットを作れる世界の製品全般も同じように気になっている。
「先ずは何を見る?」
「やっぱ軍事物資でしょう」
フクフクの期待に応えてケーゴは軍事物資のアイコンを押す。すると今度は個人、車両、機甲兵、コンテナ、宇宙艇、その他と表示される。
カテゴリーが判らないので、先ずは個人から選択する。すると与圧服や与圧服の下に着るアンダーウェア、さらに制服関係や個人が携帯できる兵器類、そしてレーションや携帯しておく医療パックなどが表示される。
次に車両を選択。機関砲などを装備できるマウントが標準装備されたランドクルーザーの様な車両や、ゴテゴテと色々な装備が付いたバイクのようなモノ、戦車に系統するような兵器などが表示された。
機甲兵のカテゴリーでは、現在聖域の真ん中で四つん這いになっている人型ロボットの系統が表示されている。大きさや見た目が色々変わるが、戦闘規模や作戦目的などで使い分ける感じに見えた。
空から落ちてきたロボットに一番近いモノを選んでクリックすると、機甲突撃兵という名で敵戦艦に張り付いて、食い破って中から破壊するのが主な目的と書かれていた。
そのための追加装備なども色々表示されている。さらに、その機種専用の交換パーツや修理用の道具類も表示されている。
「まずは外のロボットを修理する事になるだろうから、ここら辺が必要って感じかな」
ケーゴ的にはコレが一番必要な項目だろうと、目的を果たした気持ちになった。だが一応他の項目も見ていく。
コンテナのカテゴリー。何の事だろうと思ったが、単なる輸送用の箱でも、宇宙用だと気密性や耐放射線、エアロック付き、耐高温など、色々な種類があった。さらに宇宙船に搭載するタイプも複数種あり、使い方を厳密に選択する必要がありそうだった。その中でも、戦闘域に機甲兵の修理機材を運ぶコンテナは、展開すると小型クレーンやパワーアーム付きの修理工場になる形態の物もあった。
「最前線にコンテナを持っていくと、そのまま宿泊所や司令部になったりするタイプもあるのかぁ。宇宙規模の戦闘には使えそうも無いけど、地域的なゲリラ戦とか制圧戦とかで使うのかな」
ケーゴ的にはコンテナハウスを想像してみたが、細かい説明を見ると移動手段を省いた宇宙船という雰囲気だった。実際、このコンテナをつなぎ合わせて簡易的な宇宙艇にする場合もある物だった。
「あの人が寝泊まりするには丁度良いかな」
ケーゴは機甲兵用の修理コンテナと居住用コンテナハウスにチェックを入れる。だが未だ購入はしないでカートに入れただけの状態にしておく。
次に宇宙艇のカテゴリー。
ほとんどが惑星の地表から宇宙まで飛び上がれる機能を持っていて、それぞれに武器を装備できる仕組みも搭載されている。戦闘機タイプと輸送艇タイプ有り、輸送艇タイプは速度は遅く、実際に戦闘になったら戦闘機の的にしかならない物だった。
戦闘機タイプは宇宙用と大気圏内用のタイプで分かれ、宇宙用は空気抵抗無視、大気圏内用は流線型という違いがあった。それでも両タイプ共に、宇宙でも大気圏内でも活用できる仕様と言う事にケーゴは感心していた。
「異世界から来た悪魔と戦うのに、こういうのが必要になるのかなぁ?」
「ねぇねぇ、その悪魔って、どう言う戦い方してくると思う?」
フクフクが疑問をぶつける。
「取り込んだモノの性質を使うんだろ?」
「それは判るんだけどぉ、実際どんな感じになるのか想像出来ないよ」
「まぁ、あの人が起きたら聞いてみるしか無いかな? 実際に戦ってたみたいだから」
そんな会話をしていた時、外から『ターン』と言う音が聞こえた。
「何?」
「銃声か?」
フクフクの問いにケーゴが可能性を口にする。そして急いで立ち上がり、外へと向かった。
外ではタープテントから出たロボットに乗っていた男が、拳銃らしきモノを握ってクマクマに銃口を向けていた。
「$#%&! +*`¥¥!」
男は出てきたケーゴに向かって何かを叫んだ。
「あちゃ! 言葉が通じないよ。えっと、どうにか出来る?」
ケーゴがスマホに向かって言うと、チャット機能で直ぐに返事が来た。
【古物商ツブツブ屋に魔法の腕輪があるから取り寄せて】
スマホをメニュー画面に切り替えて、直ぐに古物商ツブツブ屋のサイトを立ち上げる。すると「!」マークが出ていたので直ぐに辿っていく。出てきたのは伝心の腕輪。元は声を出せない者の補助装置として開発とあるが、ドラゴンとも会話できる、と大げさに書かれているので医療用具という方がついでだったような感触だ。
チェックを入れて決済ボタンを押す。すると目の前に小型の段ボール箱が現れる。それを普通に受け止め、地面に置いて開封。緩衝材に包まれた木の箱を取り出し、箱を開けるとベルベットの布に包まれた腕輪があった。
「なかなかの高級品って感じだなぁ」
そんな感想を言いながら腕輪を自分に装着する。これでケーゴは異世界から着た男と会話が出来るはずだ。
「では、改めて。聖域の何でも屋、不思議屋へようこそ。何か要り様なモノはございますか?」
「おい! 猛獣がいるんだぞ! 早く逃げろ!」
「ああ、クマクマは一応従魔と言う事になりますので問題ありません。ご安心ください」
「え? じゅーま?」
「はい。クマクマ。ご挨拶」
ケーゴの命令でクマクマは後ろ足で立ち、右前足は腹に、左前足をやや後方に伸ばした姿勢でお辞儀をした。その際、クマクマの頭から潰れた鉛玉が一つこぼれ落ちた。
初めの銃声は、クマクマを狙ったモノで、しっかりと頭に当たっていたようだ。しかしクマクマは気にもしていないような感じだ。
こぼれ落ちた弾は撃った男も見ていた。そして護身用の小型銃では何の役にも立たないと認識。振り返って自分の愛機を見て、それも現状では役に立たないとも認識し、攻撃的意志の無さそうなケーゴたちに進行を委ねる事にした。
しかし効かなかったとは言え、数少ない護身用の武器を手放す事はせず、ケーゴに見えるように腰のストックに仕舞った。
ケーゴは一応男が落ち着いたと判断出来た。
「では、さらに改めまして、聖域の何でも屋、不思議屋へようこそ。私、不思議屋の店長を勤めさせて頂いておりますケーゴと申します。どうかよろしくお見知りおきください」
男はまだ少し混乱していた。しかし、丁寧に挨拶をされてしまったが、せいいきだの、ふしぎやだの、言葉は判るが本質を理解出来ないため、自分が正直に本名や所属を名乗っても良いのかと思案した。
こう言った状況だと、完全に嘘を言うか、少し真実を混ぜるか、全てを語るかで運命が変わる場合がある。
「すまないが、始めにこちらから聞きたい事がある。ここは共和国に所属する施設か? ローソ帝国か? ベラ星軍事同盟領か? 所属と現状を聞きたい」
その質問を聞いて、ケーゴは溜息を吐いた。名乗り合う前に重大な真実を説明しなければならなくなったのだから。
「とても残念なお知らせがあります」
「何?」
そこで男が構える。だが、構えたからと言って方針があるワケでは無かった。とりあえず森に逃げ込むか? と言う程度だ。
「ここは貴方がおっしゃったどの勢力にも所属していません。それどころか、この世界には宇宙に出る技術も、空を飛ぶ技術も有りませんので」
「た、確か自然崇拝派の連中が、一つの星に降りて、そんなコミューンを作っているとか聞いた事があるが、ここはそういう所なのか?」
「信じられないでしょうが、まず始めに真実を言っておきます。ここは貴方の居た世界では無く、次元を超えた異世界になります」
「………」
男はケーゴの言葉が理解出来なかった。かなり真剣にからかわれている、と言う状況だろうとは思えたが、それを行う意味が判らない。
「ここでは、石を切り出して積み上げたお城で王様がふんぞり返り、騎士が馬に乗って駆け巡り、魔法使いが魔法を使ったり、魔道具を作ったり、冒険者が徒党を組んで魔獣退治に血道を上げる、と言う世界です。まぁファンタジー世界ですね」
「オレをからかって何の意味がある?」
その台詞を聞いてさらに溜息を吐く。
「はい、判ります。至極当然の反応ですよね。改めて言いますと、貴方は黒い悪魔と戦っていましたよね?」
「悪魔? いや、確かに悪魔のようなヤツだったが」
「その悪魔。元は貴方の居た世界の神様が封印した悪意や狂気などの塊だった様です。それを一部の人が掘り起こし、何らかの悪戯をしたらしいですね。詳しい事は判りませんが、その際、その悪魔が次元を超えて逃げ出したのが偶々この世界だったようです。そしてこの星の北極に近い場所に落ちたらしく、小さな集落が一つ巻き込まれました」
「…………」
「その悪魔は、周りの物を取り込んで、取り込んだモノの性質を使って暴れ回るようです。さらに分裂して増える事もあるとかで、この世界の人たちに対応出来るかが疑問だと、この世界の神様も愁いていました」
そこまで聞いて、男は構えを解いて楽な姿勢を取りながら思案していた。
「オレの仲間が一緒にいたんだが、大気圏突入の際はぐれてしまった。何処にいるか判るか?」
「判りません。調べるためには、何らかの繋がりが無いとはっきりしないのです」
「神様のいる世界なんだろ?」
「神様は神様でも、この聖域は創造神ジワンの聖域なんです。貴方の居た世界の神様であるモンド様はどうか知りませんが、創造神ジワンというのは世界を作った後に役目を終えて一線から退いた神なんですよねぇ。ホント役に立たない」
「…神様なんだろ?」
「そうなんですが、例えば貴方のお仲間を調べようとしたら、貴方を鑑定して、貴方との繋がりから調べ上げるしかありません。その際、貴方の個人情報がかなり筒抜けになると思います。それでも調べますか?」
異世界人である男の仲間は、やはり未だこの世界に馴染んでいない。ならばはっきり判る存在から辿るしかない。神にとっては一人一人の違いなど誤差でしか無いので、何らかの特徴から追いかける方が判別がしやすいそうだ。これは、ルイナル皇女から辿って皇帝や皇女の異母姉妹を鑑定した時に聞いた事だった。
「オレの個人情報より仲間たちの安否の方が大事だ」
「判りました。出来るだけお仲間の情報を中心に調べてみましょう」
そしてケーゴはスマホを掲げて鑑定と念じた。始めの頃はスマホのアイコンを押していたが、念じるだけでも反応する事に最近気付いた。しかし操作をした、と言う感覚が乏しくなるので普段はアイコンを押して起動させている。今回は、機械を操作している、と言う雰囲気を見せない方が良いかも、と言う判断で念じてみた。
そしてスマホが答えを表示する。まぁ、創造神ジワンの語りだが。
【トア・バーニー 男 二十九歳 同盟軍機甲部隊所属 少尉 一般入隊 ケーゴの世界で言う所の士官学校は出ていないけど上位候補生として訓練を受けた 軍隊の仕組み自体が違うから一概には言えないけど 士官候補の階級になる予定だった 機甲突撃兵に組み込まれたAIの彼専用の相棒はファイ 同僚としてキノ・マッシュ ティカ・パーカーがいる 二人とも健在 聖域から見たら悪魔とは反対側の王国の向こう側に無人機三機と一緒に降りた 距離三千】
「はい、結果が出ました」
「それで?」
「お二人とも健在の様です。えっと、この聖域から見たら、まずこの方向に一万の所に悪魔が落ちた様です。そして真反対のこの方向に三千の所に三機の無人機? と一緒に降りたらしいです。無人機とはどう言う物でしょう?」
「そうか」
男は、いや、トアは呟くように言ってから、その場に膝をついてしまった。安堵から力が抜けたようだ。
「お疲れのようですから、今日の所はお休み頂いた方が宜しいと思います。ですが、一つ考えて頂きたい事があります。早急に答えを出す必要はありませんが、とても重要な事ですので」
「オレの、オレたちの進退か」
「ご明察です。正直に申し上げますと、こちらといたしましては貴方方を保護する謂われは全くありません。余計な騒乱の元が降ってきて、その対応だけでも天手古舞いです。もしかしたら、そのせいでこの世界が滅ぶ可能性もありますからね。巻き込まれただけの貴方方に対してはご愁傷様としか言えませんが、貴方方を保護する義務も余裕も無いと言うのが現状です」
「納得出来る話じゃ無いが、理解は出来る」
「はい。ですので、貴方、もしくは貴方方には三つの選択肢があります。一つはこの世界で一般人として生きていく。二つ目は悪魔と戦う勢力となる。三つ目はこの聖域の何でも屋の従業員となる、です」
「オレたちを元の世界に戻す、と言う事は? もちろん対価が必要なら出来る限り応えるが」
「申し訳ございません。既に確認を取っておりまして、それは不可能と言う事が判明しております。強引にこの世界から次元転移させる事は出来ても、その行き着く場所が元の世界である確率はかなり低いようです」
「あんたの口ぶりから、そうだと思ったよ」
「申し訳ございません。別の次元というのは神様にとっても別世界で管轄外となるようです」
「一般人として生きるというのは?」
「この世界、剣と魔法のファンタジー世界です。街に行き、店などで働くにせよ、冒険者になるにせよ、生き方は色々ありますが、あの機甲兵を維持するのは不可能となるでしょう」
「…悪魔と戦う勢力となる、というのは?」
「いわゆる傭兵という感じですね。悪魔と戦い、その成果によって報酬を支払います。それは機甲兵の予備部品や生活物資となります」
「つまり、負けが込めば悪循環に陥る、と言うワケか。最後の従業員というのは?」
「ここは、この世界にとってのバックアップを行う特別な場所なのです。一般の方々はこの場所に辿り着く事が難しいのですが、それでも辿り着けましたら色々な物品を購入出来る様にしてあります。さらに、何かを学びたければ、この世界で再現できる方法と言う限定条件は付きますが、望みの知識を与える、と言う事を生業にしております」
「オレたちに、戦うための教師になれ、と言う事か?」
「対価次第ですが、機甲兵や戦闘車両もご提供できます。貴方方にはその訓練をお願いする事になると思います。おそらく出張や支援と言う事もありえるかと」
「その際、オレたちの装備に関しては?」
「経費扱いですのでお店持ちですね」
「大凡の所は判った。後は仲間と合流して相談したい」
「詳しい話はまた明日と言う事にしましょう。その際、機甲兵を使えるように予備バッテリーや補修部品などはサービスとして提供できると思います。お仲間と合流するためにお使いください」
「助かる」
そして次の日の朝。
夜中に目が覚めて機甲突撃兵の中にあったレーションで腹ごしらえをしてから二度寝までしたトアは、ヒールタブレットの治療効果もあって万全の状態でケーゴと対面した。
場所はトアのために用意したタープテントの前。そこに折りたたみの机と椅子を出して座る。フクフクも同席するが、場所はケーゴの頭の上だった。
「オレとしては、今ひとつ、ここが異世界だとは信じられない」
トアの開口一番の台詞だった。
「当然だとは思います。ここが魔法の有る世界、だと言っても、元の世界にも実はあったかも知れない、と言う可能性は確実に残りますしね」
「それだ」
「はい?」
「あんたのその理解力も、信じ切れない理由の一つだ。明確な、人が利用できる動力は馬や人力のみの世界で、その理解力は説明出来ないはずだ。あんたも、その神の一人なのか?」
「なるほど。確かにここの住民の方々では、貴方の状況は理解出来ないでしょう。あ、いえ、私は神ではありません。実は私、神が作ったコピー品なのです」
「コピー品?」
「ケ、ケ、ケーゴ! な、何を言ってるの!」
訝しむトアと、慌てるフクフク。ケーゴは面白い状況だと感じた。
「この身体は創造神が作り上げた身体です。そして、私の記憶は別次元にある別世界で生きた武藤敬吾という人の記憶をまんまコピーして、この身体に上書きしたモノになります。武藤敬吾は元の世界で事故で死にかけていた時に、この世界の創造神に新たな人生を始めないかとスカウトされました。まぁ、身体から剥がれかけた魂をこの世界に転移させて新たな身体に転生させた、とする解釈が一般的なのでしょうが、私、魂の存在には否定的なので、その解釈はあり得ないと考えています」
「あ、ああ、魂とは死の恐怖に対して人が生み出した願望、と言う話か。三割ぐらいの支持者がいたと思うが、残りのほとんどは魂否定派を完全否定する過激派になりつつあると言う話だったな」
「おお、私の仲間がいて嬉しいです。元の武藤敬吾のいた世界では魂否定派は超が付く程に少数派だったので。それで、その武藤敬吾のいた世界ですが、宇宙技術で言えば気象観測衛星や通信衛星、位置情報発信衛星、乗員七名までの小規模有人実験衛星を打ち上げるので精一杯と言う所でした。無人の観測プローブなら、直ぐ隣の惑星などにも送り出したりしてますが、基本的に一方通行の使い捨てですね」
「ああ、あんたの知識ならこの世界に取って有益と言えるワケだな。オレは…、いや、オレとは丁度中間点という感じか」
「まぁ、偶然でしょうが、ちょうど私が双方のインターフェイスになり得ると言う状況ですね。そして、私の元になった武藤敬吾のいた世界ですが、このような筆記用具があります」
そこでケーゴが差し出したのはゲルインクを使ったボールペンだった。腰に吊したツールバッグからクリップボードを出してさらに紙を挟み、トアの前に差し出す。トアも筆記用具ならと、クリップボードに挟まれた紙にボールペンで試し書きを行った。
「書きやすいな。インクも綺麗に乗っている。だがペン先は見た事も無い形状だ。インク芯が出る場所が無いが」
「実は夕べ、トアさんの世界の道具類を調べさせて頂きました。するとトアさんの世界ではボールペンが無いのを知りまして、良い判断材料になるかと思いました。このペンの構造はこのようになります」
ケーゴは別のボールペンを出して、ボールペンの形状を簡単に描き出す。
「先端に金属のボールが回転するように調整されて入っています。そしてほんの少し粘性を高めたインクをボールが転がりながら出していくと言うワケですね」
「凄いな。この発想はなかった」
「トアさんのところではこちらの形状が一番近いかも知れません」
そこでケーゴが出したのはシャープペンシルだった。
「お、そうだ。これは、炭ペンか」
トアの世界ではインクを棒状に固めて、鉛筆と同じように使っていた歴史があった。初めは薄いコルクのような紙に包んでいたインクペンも、金属の筒に変わったり、機械式のペンになったりの歴史が有り、インクを化学的に固める技術の方が発展した。トアにとっては筆記用具のインクは固形物という認識が強い。
もちろん、炭を使った鉛筆もあり、その発展はケーゴの世界と変わりが無かった。
ただし、宇宙時代になってからはタブレットとタブレットペンが発達し、インクペンも時代遅れの道具になりかけてはいた。
蛇足ではあるが、鉛筆に鉛成分は存在しない。かつて炭素結晶を黒鉛と呼んでいた誤った認識の名残でしか無い。
「初めて人が月に行くよりも二十年程前に開発されてから約八十年ほどで、その成果です。少しは異世界らしさを感じて頂けましたか?」
「ああ。確かに歴史は同じ道を歩んでいるわけでは無さそうだな」
「それと、こちらを」
そう言ってケーゴはスマホを操作する。その一瞬の後に、ケーゴとトアから十メートル程離れた場所に、突然新品に見える機甲突撃兵が現れた。
その突然さに、トアは椅子を蹴って立ち上がり、腰から銃を抜きだして構える。銃程度が何の意味も持たないのは重々承知なのだが、それでも牽制になるという微かな可能性にかけただけだ。
「ご安心ください。たった今購入したので誰も乗っていません」
「購入?」
「購入です。ですが、こちらの神様であるジワンからの購入になります」
「どう違うんだ?」
「まぁ、先ずは座ってください」
「あ、ああ」
慌てて立ち上がったトアを再び座らせる。
「今現れたこの機体は、トアさんの世界の神様であるモンド様から送られて来たデータを利用して、こちらの神のジワンが復元したモノです。ですので向こうの物を購入して持ってきたワケでは無く、ジワンが作った物の購入という扱いになります」
「そのジワンという神がいれば、同じ物がいくらでも出てくると言うワケか」
「いえ、そう都合が良いモノではないようですね。創造神ジワンの力の元がどこから来るのかは謎ですが、現在はさほど多くあるとは言いがたい様です。何しろ創造神ですから、世界を作った後は出し殻同然でしょうし」
「神だから、信仰の力が必要だとかか?」
「それもどうでしょう? 念う気持ちで分子合成が出来るとはとても思えません。私は何らかの力の元が別にあると推測していますが、それこそ人である身には想像も出来ない事なんだと思います。いわゆる神のみぞ知る、と言うヤツですね」
「その神だけが知っているというフレーズは有名なのか?」
「ああ、失礼しました。私の元になった武藤敬吾の世界の哲学者の台詞でした」
古代ギリシャの哲学者であるソクラテスの台詞だ。
「有名人の台詞が広まった、と言うヤツか。それも異世界ならではの違いってヤツだな」
「はい。話を戻しますが、このようにコピーを作る事になりますので、機体番号は存在しないか、元の世界に同一の機体が存在する事にもなります」
「理屈だな」
「私はこの機体をカタログデータから選択したに過ぎないのですが、トアさんはこの機体を動かせますか?」
「あっ、どうだろう? 確かめても良いか?」
「この機体が動かせるのであれば、お仲間を見つけるのにお使いください。お仲間も未知の異世界で難儀している頃でしょうから、壊れかけた方を修理する時間ももったいないですからね」
「助かる」
そう言ってトアは一度壊れかけの機甲突撃兵のコクピットに飛び込み、スロットからメモリーカードを引き抜く。それから新しい機体へと走った。
「さて、問題は二つ。ファイが無事か、ファイにこの機体が認識出来るか、だな」
トアはまず機体の起動スイッチを押す。するとモニターに光が灯り、起動チェックが行われていく。いつもの見慣れた光景なのだが、いつ不具合が出るか不安なトアだった。しかし機体は平然と全て問題が無いと言う結論を表示し、メモリーカードを入れるか、カード無しで起動するかを選択せよと表示する。
一度息を吐き、抜き出してきたカードを見つめてからスロットに差し込んだ。
カードを入れると同時に読み込みが始まり、シートやスロット、操縦桿の位置が微調整されていく。
「ファイ。生きてるか?」
『トア・バーニー確認。機甲突撃兵、タイプエイト、バージョン情報無し、機体番号00005、初めての機体です。新規機体情報の取得に失敗。情報網との接続が出来ません。追加情報を要求』
「ファイ。最後は何処まで覚えてる?」
『ロンゴ・タイナーの死体と極秘兵器との戦闘。自壊前提での緊急脱出。大気成分分析。重力素子に残りのバッテリーを使って軟着陸を試行。残っているデータはそこまでです』
「ああ、おかげで助かった。ありがとう」
『照れます。思わず赤面してしまいそうです。あ、ワタシ黒面でした』
「…ファイ?」
『受けなかったので冗談の構築方法を再考します』
「…………」
トアは頭痛がしているような幻痛を感じた。戦友が無事だったのは嬉しいが、壊れていた方がすっきりしたかも、と言う思いが拭えない。
「そんな事より機体と周辺の状況チェック! キノとティカは何処にいるか調べられるか?」
『機体の時計が機能していません。基準となる時間を入力要求』
「目の前に昨日まで使っていた機体があるのは判るか? それから取れるか?」
『試行しましたが、機体の電力が落ちているので反応がありません』
「この機体から電力を分けてデータを取れないか?」
『動作チェック中。機体を動かしますか?』
「やってくれ」
トアの意思を確認し、人工知能のファイは機体を起動させて歩かせ始める。そして四つん這い状態の機体の横に膝をつき、その機体の背中に手の平を乗せた。
「一時的なバッテリー給電を開始。タイプセブンの起動を確認。グローバルデータのコピーを始めます」
「コピー、か」
トアは自分の事をコピーだと言ったケーゴの事を思い出した。もしも自分が『お前は司令部に勤めるトア・バーニーのコピーだ』と言われたらどんな気持ちになるだろう。絶望? 怒り? 平然と受け入れる事が出来るか? 考えると心の奥にモヤモヤするモノが生まれたが、それがどんな感情なのかははっきりしなかった。
その同じ時。ケーゴはスマホのチャットとフクフクと話をしていた。
「ねぇねぇ、ケーゴは自分をコピーだと思うの?」
「逆にコピーじゃない方がおかしいだろ? 魂ってあるの? 確かに幽霊とかの目撃例はあるけど、実際に生きていた時と同じ思考能力を持っているとはとても思えない。残留思念と目撃した人が勝手に作った背景物語が、魂が有る様に見せてるだけ。魂というモノがたとえ有ったとしても、それは生きている人の中だけだと思うよ」
【うん でも聞いて 魂と言うのは有るよ ただ有り様が個人じゃ無くなるんだ そして情報でも無い 難しいけど簡単に言うと 性格的なエネルギーなんだ 人は生きてそのエネルギーを溜めていき 最後は弾けてそのエネルギーは周囲に拡散していく そして周囲というのは大きく見れば一つの場であり 一つの存在に戻って行くんだ やがて それは大いなる存在に育っていく ボクもその一つなんだ】
魂と言うモノの中に人生の記憶や感情が記憶されていると言うのは原理的に不可能だ。記憶は脳に保管されているワケだし、脳が活動を停止すれば記憶を取り出す事も出来ない。脳が損傷して壊れれば、その部分の記憶は永遠に失われ、死は全ての蓄積された記憶の消失でしか無い。
だが、美しい風景を見た時に無条件に感動する心があるのも確かだ。
人が人を愛する事や弱い者イジメ、悪事を働くなどは生物の本能が基盤にあるが、それでは説明が付かない感情も確かにある。それはやはり魂が感じるモノで、それが蓄積していったモノが神になるとジワンは言っている。
「じゃ、やっぱり俺の本体は死んで、その魂は拡散していったんだな」
【うん ゴメン】
「いや、別に謝る事じゃないと思うんだが」
「ケーゴは嫌じゃないの? 自分がコピーだなんて」
「え? 人なんて元々親のコピーだろ? 二つのコピー元から、継ぎ接ぎで作られてるけど新たに構築された部分があるワケじゃない。記憶はコピーされないから、覚え直す過程で別人格になっていくし、成長の仕方も生活様式で変わるワケだけど、それは生まれた後の話だよなぁ? 生まれた時点では両親のコピーと言うのは変わらないよな?」
「ケーゴって凄い哲学者だったの?」
「そんなワケ無いって。受け売りだよ。でも納得してる。だから俺はここで新たに生まれた新生児だと思ってる。両親が武藤敬吾とジワンという酷いカップリングというのが受け入れがたいけど」
「あははは。そっか、ケーゴがジワンやボクに馴れ馴れしいのは、本当に親しい間柄と思ってくれているってワケだね」
「……え?」
「そこは驚かないで、素直に認めてよ」
【ケーゴ 本当にゴメン そして生まれてきてくれてありがとう】
「べつ……」
ケーゴが返事をしようとした所で、トアの乗る機甲突撃兵が再び動き出した。そしてケーゴの三メートル程前まで来ると、片膝をついた搭乗姿勢をとった。コクピットは元々開きっぱなしだ。その中からトアが飛び降りてくる。
「不完全だが機体のセットアップは終わった。仲間を探しに行きたいのだが、どうしたら良い?」
そこでケーゴは深く考える。トアたちが一般人になると選択したとしても、この世界の常識は必要だろう。
まずトアに三つの伝心の腕輪を渡す。トアの仲間の分も一緒だ。これでこの世界の住人とも交流できるだろう。次に壊れた機甲兵に取り寄せた新しいバッテリーを装着させる。そしてビーコンのようなモノを発信させて、トアたちにだけこの場所が判別できるようにしもらう。
「実際に現場を見て貰う事も必要でしょうが、お仲間も一緒にこの世界のレクチャーを受けて頂きたい。それと、お仲間の分の予備バッテリーは必要ですか?」
「レクチャーを受けるのは賛成だ。それに、あいつらがこの星から脱出しようとか、無駄な動きをしていた場合も考えられるから予備バッテリーは必要だな。問題は五つ必要か? と言う所だが」
「ああ、えっと、無人機でしたっけ? 同じ規格で行けるのですか?」
「機体は全く同じだが人工知能を少し弄ってあるらしい」
「なるほど。では一回目に二人分を持っていき、その後に無人機の分を三人で運んで貰うと言うのが良いかも知れませんね」
「それで良い。もしあいつらが大人しくしていたのなら、余剰バッテリーは無人機に追加接続させれば良い。本格的な戦闘になったら逃げるしか無いが、現状はそれが最短だと思う」
「ああ、戦闘。そうです、戦闘の場合もあるのですよね。武器はどうします?」
「バッテリーは嵩張らないが一番重いパーツだしな。それを二つも追加で背負っていくとなると、あまり重いモノは負担になる。機関砲のレンジャーⅤ型というのが有るが、出せるか?」
言われてスマホの通販サイトをスクロールさせていく。
「ありますね。ランチャー付きのヤツとクラスター弾を撃てる二本目の砲身付きのタイプがありました」
「余計な重さは命取りになりそうだ。素のヤツと交換用カートリッジを六本頼む」
「注文、個数、決済。灰にはならなかったようです」
「灰?」
「いえ、何でも有りません」
予備バッテリー二本と腕に装着する機関砲、さらに機関砲のカートリッジが顕現され、トアはファイに命令して機体に装着させていく。
装着が終わったと同時にトアは機甲突撃兵に飛び乗り、合流ポイントへ飛んで行ってしまった。一応高高度を飛行するように忠告したので大丈夫だろうと思いながら、ケーゴは小さくなっていく黒い点を眺めていた。
「さて、どのような選択をするんだろうねぇ」
トアがいなくなったのでケーゴは丁寧語を止めて素の話し言葉に戻る。『客』に対しては丁寧語で対応すると言うのがケーゴのこだわりだ。
「ケーゴは彼らがどれを選択すると思う?」
フクフクがケーゴに聞いてくる。
「一般人になるか、傭兵になるか、ここの従業員になるかだと思うよ」
「いや、それ、選択肢の全てだから」
「跳躍できる宇宙機を買って、故郷を探す旅に出る、とかって言い出すかも知れないしねぇ」
「えー? それって自殺って言わない?」
「自殺そのモノだけど、信じたくないモノは信じない、と言う我が儘で死んじゃう人もいるからねぇ」
「あー、判る判る。で、実際に死に直面するとこんなはずじゃ無い、とか言い出すんだよね」
フクフクが茶化すが、ケーゴもその通りだと頷く。
「さて、機甲兵の修理用コンテナでも出しておきますか」
ケーゴはケーゴの屋敷の裏手側に、機甲兵を修理するためのコンテナを三機分。単純に機甲兵を格納するためだけのコンテナを四機用を二つ。八人用の居住コンテナを一つ設置した。
そしてトアのために出したタープテントを畳んでから収納し、残っているのはトアが乗っていた壊れた機甲兵だけになった。
「コレについては、トアたちが戻って来たら修理用コンテナに放り込んで貰おう。さて、フクフク、トアさんたちの世界の工作機械とか見てみますか?」
「待ってました! どんな便利な道具があるんだろう」
そこでケーゴは森がザワついた感じを受け取った。何かが来る? そう感じて森を見つめていると、そこから白馬に乗ったルイナルとクローナを見つけた。
「店長!」
何故か焦ったようにルイナルは飛び出し、ケーゴの横に構えた。
「これは、森巨人の亜種ですか?」
クローナもウマウマを降りてトラトラを呼び出す。
「落ち着いてください。コレは人形です」
厳密では無いが、一番判りやすくて落ち着ける説明をする。
「人形…」
ルイナルは四つん這いの黒い巨人を見つめ、暫くして息を吐いてケーゴに向き直る。
「あ、慌ててしまって申し訳ございませんでした」
「いえいえ。突然見れば慌てるのも仕方の無い事だと思います。それよりも、お帰りなさい。ケジメは付きましたか?」
「はい。わたしと彼女は名前を返上して来ました。わたしの事はルナテリア。彼女はマリカとお呼びください。この二つの名はわたしの母より送られました」
「ルナテリアとマリカですね。私にとっては以前の名前よりも馴染みがある音です。良い名前ですね」
「あ、ありがとうございます」
「では、詳しい事は屋敷の方で話しましょうか。これからお二人が寝泊まりする場所も決めないとなりませんし」
「あ、あの店長。それよりも大事な事があります。まずここでそれを聞いてください」
「はい?」
そしてルナテリアは昨日の夜、皇都の街区で不気味な魔獣に襲われた事を話した。
「コレが魔獣の中にあった黒い魔石のようなモノです」
飴を入れていた瓶に強引に押し込んだ黒い物体を見せた。
「ふむ。少し鑑定してみましょう」
ケーゴはそう言うと飴の瓶を受け取ってスマホを掲げ、鑑定と念じた。
【変質した黒い悪意 昨日トアたちと一緒に落ちてきた大きな塊から弾き飛ばされた飛沫の一つ 周りの物を取り込む性質を持つ ガラスなら多少は保つが時間をかければ取り込む事も出来る 取り込む物の量が一定以上になれば分裂も可能になる 融合して複数が一つになる事も出来る 結晶状態と軟性状態の二つの形態を持つ 結晶状態であれば破壊する事により死滅させる事は可能 軟性状態でも熱で死滅するが確実性を持たせるなら千五百度以上は必要】
「コレはやっぱりアレか?」
【アレだねぇ この聖域に持ち込まれて ケーゴの目の前にあるからしっかり鑑定できたよ】
「この結晶状態と軟性状態ってのは?」
【単体では軟性状態で この黒いのが自身で取り込む性能を発揮するって感じ 取り込んだモノの中にいる状態だと結晶状態になって 取り込んだモノが取り込む性質を持つ事になる感じだね 今は単体なのに結晶状態なのはガラスが取り込みにくいから休眠状態になって様子を伺っている感じ】
「様子を伺ってる? それは知恵? 本能?」
【本能 封印されてる時に身につけた本能だね】
そこでケーゴはルナテリアたちが不安な様子で見つめている事に気付いた。
「大凡は判りました。しかしコレを相手に良くご無事でした」
「はい。トラトラが身を挺してくれましたので」
「そうですか。トラトラ、ご苦労様でした」
「ギャウ」
ケーゴに褒められて嬉しそうに一声。
「コレについては説明しなければならない方たちがいますので、その方たちが帰って来てから詳しく説明したいと思います」
「また別の方がここに? アミナさん達は?」
「彼女たちは二日程前に王都へと帰って行きました。おそらく今頃は始まりかけている事でしょう」
「始まり………、そうですね、皇都でも始まりかけていると思います」
「それは楽しみです。では屋敷で詳しい所を伺います」
そして屋敷へと向かって歩き出した。