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不思議屋へようこそ  作者: I.D.E.I
14/19

14 ロンゴと宇宙怪獣

 緊張の中、ロンゴ中隊長からの封鎖解除の通信を待つ。しかし、予想通りそれは無かった。


 しかし事前に作戦説明が無かった事から、このポイントでは無かった可能性が残る。この場合は封鎖解除の通信を待ち続けるのが規定だ。それは既にファイと話し合っていた。


 トアにとっては、作戦遂行不可能ポイントが勝負だ。


 が、トアの想定したタイミングでは無い時間にチャンネル86の通信が入った。


 『「こちらロンゴ。無線封鎖解除。攻撃目標のポイントを送る。各自攻撃を開始しせよ」』


 「ちっ! このタイミングかよ! ファイ! 無線封鎖解除! ポイントデータは?」


 『無線封鎖解除。ポイントは予想ポイントとほぼ変わりません。進路変更を行います』


 トアの返答を待たず、ファイが機体を操作して進路変更を行う。


 進路変更をされる加速重力を感じながら、チャンネル8の通話ボタンを押す。


 「キノ! ティカ! 着いて来てるか?」


 『「トア~、居るよ~」』


 『「ダ~リ~ン、大丈夫だよぉ~」』


 「フェイクポットはオレが落とす。お前たちはその他を警戒! いいか?」


 他の隊に聞かれたくない話をする際に使う、トアたち三人だけに通じる符丁が『いいか?』だった。


 それを言った後、直ぐにチャンネル86とチャンネル8を受信のみに設定し、同時に小隊でのみ通用する極秘回線を開く。トアが出撃前の目視チェックの折、取り付けていた規定に無い無線機だ。人工知能のファイにもこの無線での会話は記録しないようにしっかり書き込んである。


 「オレの方はロンゴ隊を見失っている。お前たちはどうだ?」


 『「あたしの方も一眠りしてから見たら消えてたネ」』


 『「ウチもそんな感じぃ~」』


 キノとティカから直ぐに返答が入った。


 「大方、後ろで高みの見物だろう。美味しい所だけかっさらうつもりだろうな」


 『「まぁ、噂の通りって事ネ」』


 『「そうなんだぁ? で、どうするのぉ?」』


 「とりあえず中隊長から正式な作戦命令が出たんだ。従うしか無いな」


 『「無理はしないって事だネ」』


 『「やばいぃ?」』


 「ヤバげな事は無人機にやらせるさ。生き残る事を重視しつつ、作戦を遂行していこう」


 『「そういう事だよネ」』


 『「だねぇ~」』


 「良し、戻せ」


 最後の『戻せ』が、通常の無線状態に戻すの符丁だ。これで、再び無線での会話は筒抜けになったと見て良い。


 『目標との距離。まもなく通常倍率での目視が可能になります』


 「ロンゴ隊長から無人機に命令は下ったか?」


 『不明。通常回線では伝達はありませんでした。まもなくマイクロ・ミサイル・ポットの発射ポイント』


 「発射許可」


 『発射しました。回避運動を開始します』


 この瞬間から機甲突撃兵は不規則な進路変更を繰り返し行う。その加速重力だけで新米兵士なら戻してしまう事もある程だ。だが、完全な交戦域に入ればこれ以上の加速で細かい移動を繰り返す事になる。その様をシェイカーと呼ぶが、その状態で戻すとカクテルと言われて嘲笑される事になる。


 そうなる可能性のある兵士は、ほとんどその戦いで戦死する事になるが。


 トアたちも出撃の半日前から吸収性の高い栄養ジュースしか口にしていない。トア個人としては普段の食事から、この栄養ジュースだけで良いんじゃ無いかと思える程味や口当たりが良いし、胃にも優しい。そして普段から腹筋も含めて筋力トレーニングを欠かさないため、シェイカーにも慣れてしまった。


 内臓は物理的には鍛えられないため、腹筋周りを鍛えると言う選択肢しか無いが、それでも筋肉で締め付ける事である程度の揺さぶりに耐性を持たせる事は出来る。


 そしてそれが出来る様になって、新米兵士から新米が取れる。


 ベテランの領域に入りつつあるトアたちは、この回避運動のさなかで冷静に状況判断が出来た。


 「思ったよりも敵の反応がトロい。原因を特定できるか?」


 『不明。極秘兵器の情報その物が囮だった可能性を示唆』


 「それか、直前に差し替えられた、だな」


 『その場合、内通者の存在がポイントになります』


 「その話は置いておこう。ブースターパックはぶつけずに退避させる」


 交戦ポイントに入ったら、敵味方が上下左右に散らばる事になる。そうなったら長距離加速を目的にしたブースターは回避運動にとっては単純な重荷になる。そのため通常は残りの推進剤を使って敵勢力に衝突させるのがセオリーだ。


 トアも通常はその方式をとるが、今回は周辺に漂わせておき、逃げる時に無線で呼び寄せる方法を取る事にした。


 これは運が良ければ合流出来ると言う程度で、本来はアテに出来る方式では無いが、生き残る可能性を少しでも上げるための一つだ。


 『まもなく交戦域と推察される距離に入ります。減速を開始』


 「フェイクポットは?」


 『リザーブを射出後、沈黙を確認。ティカ機が未動作のディセプション・サテライトと思わしき浮遊物を七機排除』


 「追加分は?」


 『検知せず』


 「やっぱ温すぎるだろう!」


 『囮の可能性よりも、目標物関連でのトラブルの可能性』


 「あ、それが有ったか」


 そこでトアは小隊用の回線ボタンを押す。


 「キノ! ティカ! ブースターは退避設定で外せ! 直ぐに取り付く!」


 『「え? あ、了解ネ!」』


 『「え? 大丈夫ぅ?」』


 『「行くネ!」』


 『「え、うん」』


 同時に人工知能のファイがブースターに指示を入力して排除する。今回の指示は目標物への特攻では無く交戦域ギリギリの場所で待機だ。排除の際、取り付け金具なども吹っ飛ぶ。これで機甲突撃兵の背中に装着して使用する事は出来なくなったが、再び使う際は推進剤も残り少なく一時的な加速用だから、機甲突撃兵の腕などで抱きついて使う事になる。


 機甲突撃兵は人工知能がほとんどの制御を行う。なので搭乗者が同意すれば直ぐに人工知能が行動を開始する。


 トアたちの機甲突撃兵は細かい回避運動を取りながら目標物へと急速に迫った。


 ここまで、トアたちは目標物を推定ポイントの光点でしか認識していなかった。目標に近づいた次点でも、モニターの感度を一時的に上げれば星空の中にシルエットが浮かび上がる程度の認識しか無い。


 ちなみにモニターの感度を上げすぎると爆発の光で網膜を少しだけ焼かれる事になる。直ぐに回復するが、連続爆発が続けば視界を遮られたのと同じだ。

 人工知能は通常通り機甲突撃兵を動かすので直接的な問題は無いが、人工知能にダメージが及ぶ攻撃があった場合、何も見えない状態で操縦しなければならなくなるので、例え操作していなくとも現状を認識しておくために見ている事は重要な意味を持つ。


 機甲突撃兵の操縦は複雑で、人が操縦桿とステップだけで動かすのは至難の業だ。


 だからこその人工知能だが、その人工知能の支援が無ければ機甲突撃兵はクレーン車と同じ様な重機と言う感じになる。


 基本動作はほぼ重機と同等となるが、その状態では一定の力だけでの動作にしかならない。しかも三次元機動は別の操作になるので、腕を動かすか、宇宙空間を移動するかはどちらかしか出来ない。

 武器の照準をつけるのも単純で機械的な選択しか出来ないので、味方の近くで誤爆などの事故も起こりやすいし、正確な追尾はほぼ不可能だ。


 なので本当に人工知能が再起動するまでの時間稼ぎを行う事しか考えられていない。


 一応、単純ではあるが、動作補助やバランサーは機械的に動いてくれるので、危険地帯からの撤退や身を潜めるなどの動作は可能だ。だが、人工知能が処理速度を上げて予測や最適な動作を行う戦場では、出来の悪い操り人形でしか無い。


 その状態を揶揄して『ガジェット』などと言われる事もある。


 機甲突撃兵で目標物体に取り付いたトアは、自分の乗機がガジェットになったかと錯覚した。


 「ファイ! 生きてるか?」


 『システムに問題は発生していません。ですが困惑しています』


 「だよな。この感触はラバーか? スポンジか?」


 『この状況に合致するデータはありませんが、あえて言わせて貰うと皮ではないかと』


 「皮。生き物かよ。いつの間に敵さんは宇宙鯨を兵器転用してたんだ?」


 『それは冗談ですか? それとも皮肉ですか?』


 「現実逃避の儚い希望だよ!」


 そして小隊専用チャンネルを開く。


 「キノ! ティカ! 取り付いたか?」


 『「取り付いたけど、これ何ネ?」』


 『「うわぁ、気持ち悪いよぉ」』


 「気分なんかどうでも良い。とりあえず中に入れる場所があるか調べてくれ」


 『「中に入るネ? これからトアを勇者と呼ぶネ」』


 「勇者でも愚者でもどうでも良い。この手の材質だと、表面からチマチマやっても効率が悪いはずだ。中から弾けさせる方法を取る」


 トアたちの乗る機甲突撃兵は、今回B型装備だ。これは破壊力はあるが、頑丈な金属の塊を破壊する事を想定している。


 もしも破壊目標が宇宙鯨の様な大型生物であるとするなら、熱粒子砲やヒート弾を使う機関砲は小さな針をチマチマ突き刺しているだけの意味しかない。


 トアもこの目標物が宇宙鯨という様なファンタジーな何かだとは微塵も信じてはいないが、宇宙戦艦並みの大きさだとこの生物の様な装甲は意外に意味があるような気がしている。


 もっとも、対応する専用装備が現れれば、金属の塊よりは攻めやすくはなるだろうが。


 『「ダ~リ~ン。アレ、なんだろ?」』


 トアが周囲を探索している時に、ティカから位置情報と同時に映像が送られてきた。


 それは仮称としての宇宙鯨に斜めに突き刺さる戦艦という感じのシルエットだった。


 戦艦のシルエットは直ぐにCGに置き換わる。


 『二世代前のホワイトファング型と一致。画像投影します』


 「二世代前ぐらいなら、第一線からは引退しても実験の監視用としては充分使えるからな。モノとしてはおかしくはないが、なんで斜めなんだ?」


 『設計上の問題かと』


 「何にせよ、そこから入れるかな? キノ! ティカ! 戦艦部分に集合!」


 『「お肉の中よりマシだわネ」』


 『「先行するよぉ」』


 戦艦からの自動反撃などを警戒してティカが回避運動を繰り返しながら近づき、どのような対応をしてくるかを確かめる。しかし戦艦からは一発の銃弾さえ出てこなかった。


 そしてティカ機が戦艦に近づき、様々な詳細データが観測されるようになると、宇宙鯨と戦艦の接合部に異変を感じた。


 『「なんか接合部で動いているみたい」』


 「解析できないのか?」


 『「太いケーブルとかパイプが放り出されているのかなぁ?」』


 「ティカ! 構わない! 照明弾を使え!」


 周囲は一般的な目には何も映らない暗闇の世界だ。それを人工知能が仮の見た目を画面に合成して見せているに過ぎない。


 トアとキノも視覚では判別不能の突起物や浮遊物が無いか、慎重に探りながら移動しているので少し時間がかかっていた。


 それ故、人工知能に判別不能な現象だとしっかりと表示する事が出来ない。無視できそうなモノならば無視するのが通常だが、トアは嫌な感じがして『それ』を確かめずには居られなかった。


 『「なに? アレ?」』


 突然、ティカの怯えた声が聞こえた。


 トアはティカ機からの映像を解析させて、同じ物を見た。


 「動いてる。触手か?」


 それはロボットアームでは無く、生物としてのタコやイカのような触椀に見える。それが、柔らかく蠢いて戦艦の表面の張り付くと、外殻装甲の一部を引き剥がした。


 見た目はタコの足の様だが、とんでもない力だ。


 そして細かく表面を引き剥がしながら、戦艦自体を徐々に取り込んでいるように見えた。


 「戦艦を喰ってるのか?」


 『「嘘ネ…」』


 『「どうするのぉ~?」』


 「とにかく俺たちの装備じゃ手に負えない。戦艦はゆっくり食われているようだから、戦艦に侵入してデータを収集する。入るのはオレだけだ。二人は直ぐ外で脱出口を確保しておいてくれ」


 『「脱出口は広げておくネ?」』


 「いや、そう奥まで入るつもりは無い。逃げるため用にブースターを呼び寄せておいてくれ」


 『「判ったネ」』


 「行くぞ!」


 トアのかけ声で、トア機が戦艦に取り付く。機甲突撃兵が取り付いても反応が無い事から、戦艦の人工知能が死んでいる可能性を想像した。もしもそうだとすると、情報収集が上手く行かない可能性もある。


 トアがホワイトファング型戦艦のデータを参考に大型輸送機の格納庫を選択すると、人工知能のファイは最適ルートでそこに向かった。そして格納庫の開閉ハッチに手を掛けようとした時、トアは機動操縦桿を横に押し込み機甲突撃兵を真横にスライドさせる。


 っと、同時に一瞬前までトア機がいた場所が一瞬の閃光と共に爆ぜた。


 瞬時に狙撃されたと判断したファイが強力なレーダー波を出して索敵する。


 トア機を狙った敵は直ぐに判明した。それはロンゴの機甲突撃兵だった。


 「こんな所で裏切りを確定させても良いのかい? ロンゴ中隊長?」


 中隊全てに通じる通信帯で呼びかける。


 『「お前らを潰すのが今回のお仕事なんでなぁ」』


 「お仕事。つまり軍以外のスポンサーを見つけたって事か」


 『「へっへへ。さぁてなぁ。判らねぇまま、さっさと潰れてろ」』


 そして友軍機同士での戦闘が始まった。いつの間にかロンゴ小隊の三機も加わっており、キノとティカも合流しても四対三でトアに取っては不利だ。


 「ファイ! ロンゴ小隊四機を裏切り認定! 無人機は対応してるか?」


 『ロンゴ小隊を撃破対象に指定。無人AI機がロンゴ隊に加わっています』


 「ちっ、やっぱ仕込んでたか。無人機も撃破だ!」


 それから、数秒に一回の割合でトアがファイの行動に修正を加えると言う方法で七対三の状況でも無傷で凌いでいた。


 そこで一瞬、トアがロンゴ隊の一機の動きに目をつける。


 「ファイ。右下のをティカに追い込む」


 乱戦の中、細かい進路変更を繰り返してきた機体の一機がもたつきを見せていた。おそらくパイロットが機体の動きについて行けずに、自分から制動を掛けたのだろう。


 それに目をつけたトア機が、細かく動きながらも機関砲の集中砲火を浴びせる。そして避けた先にティカ機が熱粒子砲を直撃させた。


 一機撃破。


 そして全体の動きが変わった。


 なんとロンゴが自分の周囲を無人機で囲うように配置した。おそらく個別の能力ではトア隊の方が上だと認識したのだろう。他の隊を使い潰して戦功を上げてきた小隊だ。実力を鍛える余裕が無かったのは頷ける。


 「ますますゲスだな」


 『あのような者に使われる機甲突撃兵が哀れです』


 人工知能のファイが本当に哀れんでいるのかは別として、トアも同じ意見だった。


 だが、本当に哀れなのはロンゴ隊だったようだ。


 ロンゴ隊長の直ぐ近くに配置された無人機は、振り返る事も無くロンゴ機の武装を打ち抜いた。ほとんど集中砲火のように雨あられという感じだったが、上手くコクピットは避けていたようだ。


 さらに、驚いているロンゴ小隊の残り二機にも砲撃を浴びせ、上手に無力化させた。


 『『トア小隊に申告。当AI機小隊はロンゴ隊の軍規違反を調査中でした。一時的とは言え、トア小隊への攻撃行動を取った事を謝罪いたします』』


 「なんとまぁ。おっと」


 呟いてから、しっかりとした返答を行わなければならない事を思い出して、通信回線のボタンを押した。


 「こちらトア小隊長。AI機小隊の任務を了解した。これ以降の指示は受けているか?」


 『『現在空母がこの宙域を目指しています。我々はロンゴ隊を連行する任務を優先。トア隊はトア小隊長の判断にお任せします』』


 「了解。これよりトア小隊は敵極秘兵器の情報収集を可能な限り行った後に空母に帰還する。状況により破壊及び奪取が困難になった事を確認して欲しい」


 『『状況確認。破壊及び奪取が困難だと判断。追加判断として情報収集も困難と判断。再確認。トア隊は情報収集任務に赴くのか?』』


 「最低でも採寸ぐらいは終わらせておくさ」


 『『トア隊の検討を祈る』』


 そこで通信終了。


 あっけない終わり方に拍子抜けな感じが否めないが、先ずは生き延びられた事を喜ぼうと気持ちを切り替える。


 見ると、無人機がロンゴ隊の機甲突撃兵のコクピットがある胸部を三つ集めて固定している。


 おそらくロンゴたちはあの中で生きてはいるのだろう。だが、無人機が上位権限を使ってロンゴたちを強制睡眠させているはずだ。たぶん無人機の攻撃で、ロンゴたちは盛大な火傷を負っている。直撃していないとしても熱粒子が至近距離を駆け抜けたのだ。いくら頑丈な与圧服を着ていようと、重度の火傷は避けられない。眠らされていなければ痛みでのたうち回っていただろう。


 そして治療されて、軍法会議に出されて死刑が確定すると言う流れだろうな。と、トアはぼんやりと思った。


 「さて、ちゃっちゃと仕事を済ませるか。キノ、ティカ、推進剤のチェック」


 『「問題無しネ」』


 『「半分以上有るよぉ」』


 「良し、給料分はしっかり働こう。照明弾使ってしっかりデータ取るぞ」


 『「りょ…え?」』


 キノの返事は突然の報告に遮られた。


 そして同じ報告がトアの所にも届く。


 『突撃空母ボルトヘッド三世の轟沈を確認』


 「どう言う事だ? おい! 無人機隊! 詳細確認!」


 トアたちが乗ってきた空母が落とされたと言う報告に、トアもパニックになる。幸い無人機隊はロンゴ隊の搬送準備中だったために近くにいる。


 『『詳細確認中。空母からの信号途絶。原因検証中』』


 「交信してたのか」


 『『状況判断から、ロンゴの逮捕時から三機による時差通信を開始』』


 「ディレイは?」


 『『最終通信時には往復二秒』』


 ここで言う三機による時差通信とは、同じ内容の通信を一秒ずつずらして交信する方法だ。細かい宇宙ゴミが漂う空間で通信が遮られたとしても、正当な情報に復元しやすいという利点がある。ただし、本来なら一秒では無く、もっと長い時間を空けた方が確実なのだが、運用面で一秒に落ち着いている。

 そしてディレイとは通信が届くまでの遅延を指す。この場合発信してから応答を受信するまでの間隔が二秒と言う事で、電波の伝わる速度で片道一秒の距離があると言う事になる。電波はほぼ光の速度と等しいと考えても良いので、約三十万キロと言う事になる。かなり大雑把な計算になるが、直線距離で間に居住可能惑星が二つ余裕で入る距離だ。


 空母は多くの人員や設備を搭載しているので急激な加速や減速が苦手だ。


 しかし長時間のゆっくりとした加速を維持する事が可能なので最終速度は速い。機甲突撃兵にブースターを設置して発進した場合は、慣性速度として空母の速度にブースターの加速力が上乗せになる。


 そのため身軽な機甲突撃兵などが先行して、後から空母が事後処理を行うと言うのが慣例になりつつある。


 今回もその慣例通りに空母が後から駆けつけると言う状況になったが、途中で空母からの発信が途絶えた。


 原因は不明。もしも破壊された場合でも、その破片などがトアたちのいる場所に届くまで一時間以上掛かる計算だ。この場合、確定してから行動したのでは間に合わない。なので推定で行動するしか無いのが現状だ。


 ここでトアは可能性を検討する。


 もしも空母が破壊されたと言うのなら、原因は敵戦艦による撃破が最も可能性が高い。


 突然遊星並に大きな宇宙ゴミが亜光速で飛来しても、それをしっかり監視して対応するシステムは大抵の戦艦が持っている。検知したら砲撃を浴びせて破壊するか進路を変更させれば良いだけだ。


 民間の貨物船や旅客船でもその装備を持っているのが一般的だ。


 ロンゴの部下が出撃前に艦内を動き回っていた、と言う事から、何らかの工作を行って、敵戦艦の接近を知らせない様にしていたと思われる。


 つまり、敵戦艦がこの場に向かってきている事が予想される。


 「無人機隊! 敵戦艦がここに来る可能性が高いと判断するが、お前らはどう計算する?」


 『『確率順位一位と一致』』


 「ならロンゴ隊は脱出できないように縛り上げて、発信器をつけて放り出せ! それを囮代わりに俺たちは喰われ掛けている戦艦の影に隠れて、敵戦艦から直接狙われないようにする。どうだ?」


 『『無人AI機にブースターを再装着させて、偽装通信させながら逃避機動をさせる作戦を提案』』


 「あ、良いアイデアだが…、どうせ俺たちは戦艦から逃げおおせる事は出来ないはずだ。なら無人機とは言え一機を失うのは痛いな」


 『『戦力計算において一機分の損失は大きいと判断。ロンゴ隊へブースターを装着させての囮行動を提案』』


 「それで欺されてくれる敵さんとも思えないが、ロンゴ隊に無線封鎖の隠密行動させて敵戦艦に突っ込むルートを取らせれば、多少は気を逸らせるかな?」


 『『時差で稼働する照明弾、ディセプション・ポット、重水素反応弾を放出する付随作戦を提案』』


 「良し! それで行こう。ファイ、この機体にマーカーを出せるか?」


 『両肩、背、胸に一カ所ずつレッド・マーカーを表示』


 人工知能の操作で機体に赤いプレートが現れた。これは単に赤い塗料で塗られた手の平サイズの金属板だ。人工知能の画像認識でも、数キロ離れれば見失ってしまう程度の小さな赤い印だが、しっかりと認識してから追尾し続ければある程度の距離は見失わないですむ。


 「俺たちは先行して喰われ続けている戦艦に行く。潜めそうな場所を探しているから、オレのマーカーを見失わないように作業してから追従してくれ」


 『『マーカーを確認。作業開始』』


 「良し、無線封鎖」


 全ての武器が失われ、大けがを負った上に麻酔薬で強制的に意識を失っているロンゴ隊を囮として敵戦艦に突っ込ませる作戦が始まった。


 かなり人道的に問題のある行為だが、軍務規定の塊のような人工知能も何も語らず黙々と作業を行っている。実際に命のやり取りをしている戦争の現場では珍しい事ではなかった。


 ロンゴ隊は裏切り者として起訴され、既に敵に等しい存在という扱いだ。もしも敵兵であれば捕虜という待遇になるが、スパイという扱いでもあるので、その場で射殺されても問題にならない規定もあった。今回はその規定を悪用した格好になるが、全てはこの状況を生き残るための作戦の一つに過ぎない。


 本当のところ、トアたちが生き残れる可能性は無に等しい。


 こちらに迫っている敵性戦艦が、こちらで戦艦を喰っている宇宙鯨モドキを攻撃しないだろう、と言う可能性にかけて、中に潜み、敵性戦艦が近づいた所で侵入して攻撃するという大雑把な作戦だ。


 敵性戦艦が先行部隊を出してきたら生存確率が下がるし、宇宙鯨モドキを廃棄して消滅させようとしたら、同時にトアたちも全滅だ。


 そもそも、この場から大きく離れてやり過ごす、と言う選択を考慮しないのは、単独で隠密行動を取っていた空母を墜とされているので、単純に生き残っただけでは宇宙に漂うゴミになる未来しかない。

 かなり少ない確率ではあるが、敵性戦艦に侵入して長距離ブースターを奪わなければ生き残る手段が無いと言うのが現状だ。


 そしてトア隊は謎の宇宙鯨モドキへと再接近する。


 ティカが使った照明弾は長時間タイプだったので未だ周囲を照らしているが、それでも闇色に塗装された戦艦と宇宙鯨モドキは識別しにくい。

 とりあえず外形のデータは取れたので、派手にならない程度に照明弾を打ち落として消していく。


 再び闇に染まる周囲を、同じような闇に染まった機体が動き回る。


 始めにトアが潜入しようとした格納庫は時々触椀が通過する状況になっていたので、そこを利用するのは止めた。


 喰われている位置から一番遠い場所に相当する荷物搬入口を見つけ、ハンドサインでキノに解錠を命じる。データでは大型の倉庫へと続く構造がある。しかし有力な情報線は通っていないので、そこから情報を取得するのは無理そうだ。


 搬入口が開くまでの間、トアは機甲突撃兵に備え付けのカメラポットを二機、戦艦の表面に適当に貼り付ける。本来は有線式の物が良かったが、そう言った物は追加装備扱いなので申請しないと装備されない。当然、今回の作戦にそう言った物は装備されていないので、仕方なく無線式のカメラポットを待機状態にして眠らせておく。


 何らかの異常があれば、カメラを起動させて外の様子を確認するつもりだ。


 そして搬入口が開いた。


 ティカが直ぐに飛び込んで内部を走査する。


 しばらくの後、ティカ機の白いマーカーを貼り付けた腕だけが搬入口から突き出し、ハンドサインで安全確認が取れた事を示す。直ぐにキノ機が飛び込み、トアは一旦周囲を見回してから同じように飛び込んだ。


 それから十数秒の後、無人機が飛び込んで来た。トアは見つけておいた大型倉庫への扉を開け、全機を奥へと誘う。トア自身も中に入り、大型倉庫の扉を閉じてから息を吐いた。


 「ファイ、通信無線出力を絞ってくれ」


 『通信有効距離、約百メートル』


 人工知能の返答を待って、トアは通信回線を開くトリガーを引いた。


 「出力を絞った状態で無線封鎖を解除する」


 大型倉庫は大きな空間があるワケでは無く、金属製のレールがジャングルジムのように格子状に組み上がっている空間だ。この格子のレール上を物資のコンテナが行き来したり保管されたりする。


 各コンテナへの指示は無線か、有線か。どちらにせよ、戦艦の内部なので電波が漏れる事は無いように対策されているはずだ。


 それを期待しながらも、最低限の電波出力で皆と相談を開始した。


 内容は手持ちの武器の残弾数と、それらで可能な作戦。トア隊の三機と無人AI機三機の六機の機甲突撃兵でなら、戦艦の一隻なら撃墜可能な戦力だ。ただし、敵戦艦の装甲に触れるぐらいに接近すれば、と言う注釈が付く。


 基本的に戦艦という物は砲撃を雨あられと降り注ぐようにバラ捲く。その一発でも当たれば機甲突撃兵でも撃破されるほどの力の差があり、戦争では戦艦同士が打ち合う最中に細かい戦力を忍ばせていく、と言うのがセオリーだ。


 しかも砲撃や機関砲の弾道は見えない。


 現代地球の機関砲は、どの位置に弾丸が進んでいるか数発に一発の割合で曳光弾を入れて、弾道を擬似的に見えるようにしている。これは人が弾道を直接修正するために組み込まれている仕組みだ。


 だが、宇宙空間の超長距離を人工知能の修正で発射される弾丸は軌跡が見えてしまったら確実に避けられてしまう。なので宇宙戦艦に搭載されている機関砲は、発射の爆炎さえも極力見えない様にして発射される。


 つまり、どの方向に攻撃が集中しているかも見えない状況で、雨あられと砲撃しているはずの戦艦に接近する事になり、接近の成功確率はかなり低いと言わざるを得ない。


 機甲突撃兵といえど、避ける方法も無く、当たればその場でお終いだ。当たらなければ、と言う程、戦艦の全力斉射は甘くない。


 戦艦の方も、五メートル程の小さすぎる機甲突撃兵が危険な存在というのは判っている。取り付かれて重要施設のあるブロックにピンポイントで攻撃を行えるのだから。それ故、接近させないために雨あられと砲撃をバラ捲く。迎撃用の機甲突撃兵を出す場合もあるが、取り付いた機甲突撃兵を探すのはかなり難しい。強力なレーダーや照明弾をバラ捲けば発見はできるが、それは自らの位置を晒しながら行動するのと同じで、悪手でしか無い。


 それ故、戦艦はハリネズミのような砲撃を繰り返すし、それを長時間行えるだけの砲弾を内蔵している。


 そこで、機甲突撃兵が敵戦艦に取り付くための装備として、特殊鋼の塊で出来た大きな弾丸形状のカプセルを使う場合がある。コーンヘッドと呼ばれるそれは、純粋に真正面から来る砲撃を掠めさせて一撃撃破を避けるための傘だ。ただし衝撃は完全には逃がせないので、掠った状況が悪ければ人と豆腐は似たようなモノ、と言うのを実感する事になる。


 作戦を練った結果、そのコーンヘッドの代わりを無人AI機が行って、トア隊を出来るだけ生き残らせる提案が成された。


 全機のメモリーを全機がバックアップとして記録しておき、一機だけでも生き残れれば作戦成功、と言うコイン六枚だけでジャックポットを狙うような作戦だ。


 無人AI機は情報さえ送り届ければ作戦成功と納得出来る。人は生き残ってこそ作戦の成功と言う。その折り合いからの作戦だった。


 ただし、それでも生き残れる確率は無に近いが。


 システム構築上の基本ではあるが、AI機の損壊を厭わない作戦遂行第一主義に感謝しながら全機のバックアップを取るトア。


 次に、無人AI機の装備をばらしてトア隊の装備に補充していく。


 無人AI機に生命維持装置は必要が無いが、元々有人の機甲突撃兵を改造した機体なので触媒のボンベも搭載されていた。もしもの場合は有人機のパイロットを収納して有人機に置き換わる事も想定されていたためだ。今回、その触媒ボンベも移動させる。


 そして作業が終了し、後は敵戦艦が接近するのを待ち構えるだけ、と言う所で隠れていた戦艦が大きく揺れた。トアたちの機甲突撃兵は大型倉庫内のレールに掴まっているだけだったので特に大きな衝撃は受けなかったが、もしもガッチリと固定されていたら、トアたちは気絶していたかも知れないと言う程の大きな揺れだった。


 その一瞬後には、後方の壁への加速重力が発生。壁へと叩き付けられそうになったが、重力素子の稼働でなんとか持ち直した。


 「何があった? ファイ、カメラポット作動。全機と共有!」


 無線式のカメラに指示を送るため、大型倉庫格子状のレールを伝って扉まで移動し、少しだけ開いて通信を送る。交信状態になって送られてきた画像データは六機で共用された。


 そこに映っていたのは回転する宇宙。いや、戦艦を喰っている宇宙鯨モドキが回っているのだろう。二機のカメラポットのウチの一機からは、一方向に流れ続ける星々が映っており、もう一機からは中心点が不安定な回転画像が映っていた。


 「ファイ、画像補正! 回転した原因を特定できるか?」


 直ぐに画像が修正され、一方向へ流れ続ける方は四分割され、見かけ上は止まって見えるようになった。回転している方は一画面のまま、止まっているように見える。


 『敵戦艦からの熱粒子攻撃と推定。攻撃は続行中』


 時々、激しい衝撃で倉庫が揺れる。


 「ちっ、無条件廃棄を選択して来たか。全機、回転重力を利用して脱出するぞ」


 トアたちは喰われかけの戦艦の中にいる。土台になっている宇宙鯨モドキが回転しているのか、悶えているのかは判らないが、喰われかけの戦艦は振り回されている状態だ。その戦艦から飛び出せば、振り回された力で弾き飛ばされる事になる。その勢いを使って宇宙鯨から離れ、ある程度距離を取ってから攻撃している戦艦に向かうと言う作戦に切り替えた。


 重力方向が不規則に変わり続ける倉庫の壁を伝って這いずるように出口へ向かうトア隊。もう暫くすれば出口から飛び出せる位置に達せるとなった時、それは起こった。


 突然、不快な騒音が響き渡る。


 周りは真空の空間だ。音波の伝達源は掴まっている倉庫の壁しかない。しかし壁から伝わったにしては大きすぎる音がトアたちを襲っている。


 それは生爪が剥がれるのも厭わない力で黒板を引っ掻いているような音と、ガラスとガラスを擦りあわせたような音と、金属の爪で鉄板を引っ掻くような音を不規則に混ぜ合わせたような雑音だった。


 しかも、数秒後には人工知能が動作を停止した。


 機甲突撃兵のシステムとして、人工知能が動作不良を検知した場合はすぐさま再起動が掛かる。その際、先ずは基礎動作とマニュアル操縦が真っ先に立ち上がり、人工知能が乗っ取られていないかのチェックが終了するまで人工知能での操作が働かなくなる。つまりはガジェット状態だ。


 そしてそれは人が乗っている場合であり、人が乗り込んでいない無人AI機は、チェックが終わるまで完全に停止したまま放置される。


 「キノ! ティカ! 状況報告」


 『「ガジェット!」』


 『「ウチもガジェット!」』


 六機の機甲突撃兵の人工知能が沈黙した。トア隊の乗る機甲突撃兵は人工知能の再起動まで複雑な操作が必要とされる重機に成り下がった。


 現在地は倉庫から出て直ぐの搬入口だ。外への出入り口は開いたままだが、宇宙鯨モドキが不規則に動き続けているので、下手に出たら仲間ともはぐれてしまう。


 不愉快な騒音は鳴り響いたままの状態だ。この雑音が人工知能の不具合の原因であるのなら、人工知能の再起動は見込めないと言う事になる。


 「くそっ!」


 トアは悪態を吐いてから操作可能なデバイスを探す。


 無線式のカメラポットも沈黙していたが、操作信号を出し直したらしっかりと反応した。が、画面は回転したままだ。人工知能のアシストで画像を補正しなければグルグルと動き続ける意味のわからない画像というだけだった。


 不愉快な騒音はさらに激しさを増した。


 ともすれば、自分の耳を自分で潰したくなる衝動にも駆られる。ただ、鼓膜を破ってもこの音は消せないだろう、と言う予感もある。


 そして、何も出来ないまま、不快な音がピークを迎える。もしかしたら自分は、この音の中で気が狂ってしまうのかも知れない、と、トアが絶望にも似た心に染まり始めた時、不意に不快な騒音が止まった。


 あまりにも不快な騒音が続いていたので、いきなり音が消えると戸惑う。


 数秒呆けていたが、音が消えた事に改めて気付いてその原因を考える。


 「いや、そうじゃ無いだろ!」


 優先順位を改めて、一番に始める事を考える。先ずは周辺チェックと自己チェックだ。


 カメラの光感度を手動で調整しながら周囲を見回す。一応、変化が無いのは確認出来た。次に自己チェック。意識的に自分の呼吸音が判るように息をして、胸の苦しみが無いかなどをチェック。目を閉じ、目玉をグルグルと動かしてみる。問題が無ければ目を閉じたまま耳に集中。自分の与圧服を自分で叩いて、音と感触を確かめる。次に両手を動かし、両足を動かし、指を一本一本動かしたり、腹に力を入れたりして全身がしっかり揃っている事も確認した。


 これらのチェックは、自分の身体状況を確かめるというのもあるが、本質は自分の心を落ち着かせると言う意味が大きい。


 落ち着きを取り戻したトアは、機体のチェックを行う。未だ人工知能は沈黙したままだが、モニターに映る表示では再起動前のチェックが進んでいるのが判った。


 機体に掛かる重圧も無くなり、現在は無重量状態と思われる。そこで搬入口にしがみついていた状態で固まっている機体を操作して、足下を磁力歩行モードにしてから立ち上がらせる。


 ふと、搬入口の中が徐々に明るくなっている事に気付いた。


 そこで、改めて敵性戦艦から攻撃を受けていた事を思い出した。敵の照明弾? そう考えて顔を上げてしまった。


 既に照らされているのなら動くのは悪手だ。動かなければ周りに紛れる可能性もあった。


 機甲突撃兵のマニュアルモードでは、パイロットの見る方向に顔面を向けて詳細情報を取得する自動追尾機能が基本機能として設定されている。


 パイロットが機甲突撃兵のコクピット内で見たい方向に顔を向けると、機甲突撃兵の頭部パーツ自体がその方向に頭部センサーを向けるのだ。


 トアは後悔しつつもしっかりと見極めようと目をこらす。


 しかしそこには照明弾は存在しなく、巨大な三日月が見えていた。


 「は?」


 再び呆けてしまう。呆けてから、今日は何度も呆けるな、と他人事のように考えてしまった。


 見上げている状態のままじっと観察していると、その三日月が徐々に広がって行くのが判る。そして、それが一つの惑星だと改めて判った。青と緑と茶と白が入り交じった、何故か落ち着く配色の星。人が生きていけるかは未だ判らないが、生命に満ちあふれた星が目の前にある。


 だが、つい先ほどまで、周囲にそんな惑星は存在しなかったはずだ。移動したとしても数十時間は移動しなければ人の住めそうな星がある宙域には行けないはずだった。


 「いったい何が」


 この時代。光を超えて超長距離を跳躍するように移動する方法は確立されている。


 しかし光を超えるためには跳躍距離に合わせた速度を取り、移動方向を高精度に合わせてから跳躍用の重力素子に大電流を流さなければならない。


 停止状態からスイッチ一つで手軽に跳躍、とはならないのが常識であり、技術的な限界だ。


 外に設置した二機のカメラポットは星空を写している画像を送って寄こしたが、方向が違うためか、有意義な情報は表示されていない。


 トアは意を決して戦艦の搬入口から出てみる決断をした。


 足の磁力を切る。そして右手を操縦桿から放して移動用のバーニヤ操作用の機動操縦桿を握る。左手はバーニアの出力調整用のレバーだ。


 機動操縦桿は球形の穴が空いている中に一つの引き金が付いたレバーが浮いているように設置されている。そのレバーを前に押し込んでトリガーを引くと、前方へと移動する様にバーニヤが点火される。

 細かい移動をする場合は、左の出力レバーを低く絞ってからトリガーを小刻みに押していく、と言う方法を取る。

 一気に素早く移動したい場合は、左の出力バーを押し込んでから、トリガーを押し続ける、と言うワケだ。


 このような操縦方法を取るため、マニュアルでは移動時に攻撃が出来ない。そして逆もまた。


 もっとも、マニュアル操縦自体が人工知能が再起動するまでの緊急避難装置であり、人工知能がサポートしない攻撃は味方にも被害を出す可能性があるので推奨されない。


 トアは機動操縦桿を上に上げ、細かくトリガーを引く。バーニヤの出力は最低レベルだ。


 ゆっくりと上昇移動するトアの機甲突撃兵。


 搬入口から出たら横方向に移動して、今度は下方向に移動する。そして搬入口の直ぐ横の壁面に足をつけ、足の磁力を復活させる。


 一応地に足をつけたような状態と納得して、改めて周囲を眺める。


 宇宙鯨モドキに喰われつつある宇宙戦艦の後部搬入口の横に立つ機甲突撃兵。


 そこから見えるのは一つの星。


 もしも跳躍で見知らぬ宙域に飛ばされたとしたら、余程の運が無ければ現在位置を特定する事は不可能になる。大雑把なたとえだが、遠くの銀河は一つの星として地図に記載する事が出来るが、その銀河が目の前にあれば、数十兆の星が目の前を覆い尽くす事になり、星の計測の難易度が上がる。


 計測は近くの星と遠くの星が入り交じる画像から遠くの星だけを選り抜いて、その一つ一つを観測して形状や特徴を調べる事になるが、大きく位置が変わると見えるはずの星が見えなくなったり、位置が変わったりするので、距離の離れた二つ以上の位置で観測を行わなければならない。


 もしも宇宙戦艦であれば、時間と観測機器があればそれらの計測は可能だが、一人乗りの戦闘機である機甲突撃兵にそれらの装備は無い。


 なので機甲突撃兵としては突然跳躍で移動させられた場合は、完全に宇宙の迷子になるしか無いのだが、近くに居住可能な星があるのなら話は別だ。


 この時代、居住可能な星ならば、ほぼ間違いなく観測され、衛星やトランスミッターが設置されているはずだ。もちろん、人が到達していない程の距離があれば別だが、資源となる星を探している国がほとんどだから、資源惑星の一種として居住可能惑星もマーキングされているのが普通だ。


 上手くすれば入植が始まっている星かも知れない。宇宙の迷子になって干からびて死ぬしか無いと言う可能性が少しだけでも減ったのは僥倖だ。


 一息吐いた所で、改めて周囲を見回してみる。


 先ほどまでは敵性戦艦に攻撃されていたが、距離がありすぎて攻撃してくる戦艦は見えなかった。それが目の前にあった。


 半分程宇宙鯨モドキに喰われているが。


 「どう言う事だ?」


 本来は艦体全てが闇色に塗装され、凹凸さえはっきりしないようになっているはずなのだが、外部装甲が剥げ落ち、所々亀裂が走って内部の状況が丸見えの場所もある。それも本来は照明設備が無ければ見えないはずだが、恒星とその光に照らされた惑星があるために、光の当たる部分ははっきり見えている。


 その有様は完全な大破だ。


 その大破した戦艦が、先ほどまで宇宙鯨モドキを攻撃していた戦艦か、と言うと確定は出来ないが、状況的には同一と判断できる。


 しかし戦艦の移動速度で三十分から一時間は距離的に離れていたはずだ。


 トアが隠れてから今まで、途中で気がつかないうちに気絶でもしていたのなら別だが、二十数分しか経過していないはずだ。


 トアたちが戦艦の中で振り回されていた間に何があったのか、と考えるが答えは出そうも無い。


 再び宇宙鯨モドキが暴れ出す可能性もあるが、トアは意を決して宙に踊り出す。


 宇宙鯨モドキから少し離れて大破した戦艦を眺める。


 恒星の光に照らされて、宇宙鯨モドキの体表がうっすらと判別できた。宇宙戦艦やトアの乗る機甲突撃兵はほぼ光を反射しない闇色だが、宇宙鯨モドキは場所によっては光を反射する黒という感じだ。なので強い光が当たればコントラストが判るようにもなる。


 そして大破した戦艦は宇宙鯨モドキの体表の上に張り付いている状態で、その周りを触椀が蠢き、ゆっくりと取り込もうとしている。


 宇宙戦艦の特殊合金の装甲を取り込めるのかは不明だが、ある程度の金属材質は取り込めるのかも知れない。


 「どうやってこんなモノを生み出せたんだ?」


 不快に思う心から唾棄するように呟く。宇宙戦争に役立つかどうかは不明だが、こんなモノを使う戦争には参加したくないと心から思う。


 トアは機甲突撃兵を小型宇宙ボートのように操って移動させ、戦艦から有用な物資を取得出来ないかと探索を始めた。だが戦艦はかなりの速度で衝突したようで、小型船やブースター関連は望みが薄いと感じられた。


 そこで人工知能が再起動した、と言うアラームが鳴った。


 『状況確認。戦闘状況では無いと確認。訂正情報を要求』


 「現在交戦状況では無いが、状況に変化は無い。警戒を厳。ファイはどこまで覚えてる?」


 『逃げ込んだ戦艦の搬入口にて、解析不能な攻撃を受け、不本意ながらシステムダウン。機体のメインクロックが正確ならば再起動に十二分ほど掛かった計算です』


 「長かったよな。とりあえず本格的なシステムチェックは後にして、目の前の大破した戦艦を解析してくれ」


 『解析。共和国のブルーノート型突撃艦と同型』


 「共和国? おおっぴらに中立を宣言して不可侵同盟を組んだ日和見国家か?」


 『評価は別にして、コロアナ星系を中心にジェンスン宙域とフォワー遊星群を有する共和国です』


 「まぁ、ちょっかい掛けて来そうなのは共和国だけじゃ無いだろうしな。だとすると、この作戦は共和国をおびき出す計画も含んでたのか?」


 『不明。推論要素のための情報が大きく不足していますので、仮の結論でさえ計算に意味がありません』


 「だよなぁ」


 技術的な停滞が長く続いているので、どの国家も開発には力を入れている。だが中々技術的なブレイクスルーは起こらず、既存の技術をチマチマと磨いているのが現状だ。そこに新開発の極秘兵器と言う噂が流れたら、少しでも情報を得ようと蟻のように群がってくるのは目に見えている。


 それ故、今回の作戦はロンゴ隊の不正を暴くために使われたのだろう。


 軍の作戦部も、本当に画期的な新兵器があるとは思ってもいなかったという事だ。


 『ロンゴ隊の物と推定される機甲突撃兵の残骸を発見』


 「すると宇宙鯨モドキは攻撃してきた戦艦に向かって突進して、途中でロンゴたちを巻き込んだのか」


 『位置関係は整合しますが、速度面で計算が合いません』


 「それは保留しておこう。報告の義務もあるからロンゴの機体は一応見ておかないとならないかな。ファイ、操縦は出来るか?」


 『可能判定。ロンゴ機の近くへと移動します』


 「タコ足には気をつけろ」


 先ほどまではトアによるマニュアル操縦だったために人型の物体がフワフワと移動していただけに見えたが、人工知能による制御に代わったために宙を駆ける人型の生物に見える動きに変わった。


 そしてロンゴ機と正対。


 機体の手足が無いのは既知だったが、さらにコクピットハッチも失われて、宇宙鯨モドキの表面に表面に浮かんでいるように見える。しかし、触椀は蠢き、少しずつだが取り込もうとしているのが判った。


 「結局、ロンゴは何処の勢力と繋がってたのか…」


 単なる疑問が言葉に出た。トア自身、声に出すつもりも無かったが、出たからと言って答えが返るとも思っていなかった。


 『「ちっ、テメェは生き残ったのかよ」』


 いきなり聞こえた。


 ロンゴの声だ。


 トアは背筋から全身へと冷たい痺れにも似た悪寒が走るのを感じた。


 「い、生きているのか?」


 そこでファイが機甲突撃兵の腰部に装備されている指向性ライトを点けた。


 切り刻まれた機体の奥。日の光の届かないコクピットの成れの果てに、破裂した与圧服をかろうじて纏っている肉塊があった。頭部は既に無く、胸にも大きな穴が空いている。皮膚の一部も丸見えで、干からびている様子がうかがえた。


 「え? 誰がしゃべった?」


 目の前にあるのは死骸だ。どんなに医療技術が進んだと言っても、蘇生させる事なんか不可能なレベルで死んでいるはずだった。


 『「テメェらが素直に死んでれば、こんな事にはならなかったはずだ」』


 ロンゴ機の中で動く物があった。


 触椀だ。触手とも言う。


 大きな物はタコ足に見えたが、細かいのをじっくり見ると、植物のツタが寄り集まって太いタコ足のような形状を成しているのが判る。


 その触椀の先にロンゴの頭があった。


 口は半開きで太くなった舌を放り出し、目は白く濁り眼球のほとんどが飛び出ている。


 生きているはずが無い。


 『「テメェは許さねぇ! 死にやがれ!」』


 しっかりロンゴの声が聞こえる。


 ほとんどパニックになってトアは機体を急速後退させた。


 っと同時にトア機がいた場所に触椀が通り過ぎる。


 「う、う、う、撃て!」


 どもりながらも攻撃指示を出せた。それに応え、人工知能のファイは機甲突撃兵を操り機関砲を撃ち込む。しかし肉的な質を持つ宇宙鯨モドキの表皮には、食い込んでいくが大きな損害にはならないようだ。


 トア機を攻撃してくる触椀を躱しながら、ファイは熱粒子砲を撃ち込む。


 戦艦レベルの大きさではあまり効果は認められない兵器ではあるが、機甲突撃兵の残骸が相手ならばそのほとんどを蒸発させて消し去る事が出来る。


 その威力を証明するかのごとく、機甲突撃兵の放った熱粒子はロンゴ機の残骸を綺麗に吹き飛ばした。


 そこで、ふっと周りから光が消えた。


 トア機の腰のライトは灯ったままだが、トア機から恒星が見えなくなった。これは惑星の影に入ったからだが、意外に宇宙鯨モドキの速度は速いようだ。


 惑星に対する相対的な速度の事だが。


 この速度では大気圏突入の際、大気との衝突圧力で高温に曝される事になりそうだ。


 機甲突撃兵なら燃え尽きる事など無いが、一方向から高圧が掛かった状態でバランスを崩せば、一瞬で錐揉み回転を起こしてしまう。


 シェイカーどころでは無く、凶悪な遠心分離機に掛けられるようなモノだ。


 機甲突撃兵は重力素子を搭載しているので、重力下での軟着陸は充分に出来る。派手な機動は出来ないが、一Gの重力下で空中に浮かび上がる事も出来る。


 惑星の自転速度と相対速度を合わせて垂直にゆっくり降りる事が可能だ。バッテリーの消耗を気にしなくても良いのなら惑星表面から成層圏を抜け、宇宙空間へと飛び立つ事も出来る。ただし第一宇宙速度以上に達する手段がないと重力に引かれて落ちる結果にはなるが。


 そう言った基本性能を持つので、態々高速度で惑星大気圏に突入する必要は無い。


 「離れるぞ。皆と合流しよう」


 トアの言葉を受けて、機甲突撃兵が移動を開始しようとした所で機体に衝撃が走った。


 「何だ?」


 『脚部に触椀が絡みついています』


 触椀が届かない位置をキープしていたはずなのに、ひときわ長い触椀がトア機の足に絡みついていた。


 『「逃がさねぇ」』


 再び聞こえるロンゴの声。


 トアが触椀の根元を見ると、そこにロンゴの顔のパーツが蠢きながら現れる。


 「取り込まれているのか? いや、同一化?」


 震えながら言葉に出したが、それどころじゃない事を思い出す。


 「振り切れ! 全武器の使用を許可」


 そして再び熱粒子がロンゴと触椀を焼き尽くす。しかし、別の場所からロンゴの顔と触椀が現れる。


 『「トア隊長ー! なんか落ちてるけどどうするネ?」』


 人工知能の再起動を果たしたキノたちがトアに方針を伺う通信を寄こしてきた。


 「非常事態! オレには構わず脱出しろ! ファイ! 状況伝達!」


 トアの命令で圧縮された情報がキノたちに送られる。それを確認する時間的余裕は無いだろうが、それは後で良い。先ずはこの宇宙鯨モドキから距離を取るのが先決と判断した。


 しかしトア機は逃げられない状態だった。


 タコ足のような触椀は大きく、数を増してトア機を取り囲んでいる。


 熱粒子砲を撃って焼き切るが、それよりも増える方が多い。機関砲は単発では突き抜けるだけでダメージにもならない。触椀の一本を機関砲で引きちぎろうとすると二十発以上は必要になるので効率的に選択肢から外れる。マイクロミサイルは至近距離で爆発する事になるので初めから除外だ。マイクロミサイルの爆発では直撃で無い限り大きな影響は無いが、機甲突撃兵のカメラやセンサーが一時的にでも汚れてしまうと致命的な隙になる。


 結果として熱で焼く武器だけが有効なキツイ状況だ。


 人工知能の的確な計算と回避運動で保っているが、徐々に追い詰められて行く。


 『「ぎゃっははは。ざまぁねぇなぁ!」』


 ロンゴの笑い声と同時に大きな触椀がトア機を殴りつけた。


 人工知能の機動だけでは回避しきれない状況になってきたと言う事だ。しかし、搭乗者が機甲突撃兵の動作に介入すると回避の邪魔になりそうな状況なので、トアは機甲突撃兵のコクピットの中で振り回される身体を押さえているだけしか出来なかった。


 『「トア隊長!」』


 『「ダーリン!」』


 キノとティカがトアの状況を知って駆けつけようとしてくる。


 「来るな! 先ずは離れて確実に地表に降りる事だけを考えろ! こっちはなんとかする!」


 正直、どうしようも無い状況だったが、虚勢を張って怒鳴る。


 その時、妙な振動が機甲突撃兵の機体を揺さぶった。


 外からの振動であれば機甲突撃兵が影響を受けるようなモノでは無い。しかし機甲突撃兵の内部機構の異常振動となればすぐさま死に直結する問題だ。


 「なんだ? 今の振動は?」


 『外部要因。高度低下により惑星大気層が濃密になり掛けている模様』


 「なっ! そこまで落ちてたのか! 急すぎる」


 高速で大気圏に突入する場合、突入角度を浅くして空気抵抗で速度を落とすのが通常のやり方だ。しかし宇宙鯨モドキの突入角度は急すぎるし、突入速度も速すぎる。


 コレでは大隕石落下と変わらない。


 一時的な高熱には耐えられても、地表との衝突の衝撃で綺麗にバラバラになる事は避けられない。地上にも相当なクレーターが出来るはずだ。


 「ファイ! 機体が壊れても構わない! なんとか脱出しろ!」


 その命令を受けた人工知能は、至近距離で爆発するようにセットしたマイクロ・ミサイルを周囲に放出した。


 一時的にカメラがノイズに支配されるが、一瞬見えた突破口になる綻びにさらにミサイルを撃ち込む。


 機体のかなりの部分に不具合が出る。しかし、一番の被害はトアだろう。強衝撃のシェイカーを連続で受け続ける事になったのだから。


 だが、そのおかげで機甲突撃兵は触椀の檻から抜け出る事が出来た。


 ほとんど気絶状態のトアを気遣うように、機甲突撃兵は急降下に等しいレベルで落ちていく宇宙鯨モドキから離れていった。


 わずか数十秒で宇宙鯨モドキは見えなくなる。


 そして機甲突撃兵はゆっくりと惑星に降りていく。速度を落としきれなかったために多少の突入圧力による加熱が生じたが、搭乗者に熱が伝わらないようには出来た。


 機甲突撃兵は満身創痍だ。専門家によるチェックと修理を行わなければ、いきなり分解したとしても不思議では無い状態だった。


 人工知能のファイは、気絶状態のトアを気遣いながらゆっくりと地上を目指す。着地地点は森の中になりそうだと推定したが、一部に開けた場所があった。カメラは故障してはいないが物理的に汚れが付着しているせいではっきりとは識別できなかったが、人工的な広場と推定された。


 どこかに漏電があるらしく、機甲突撃兵のバッテリー消耗が著しい。


 状況は不明だが、人工的な広場に着地して、トアを託す選択を選んだ。


 着地の寸前、『人』の存在を確認出来た所で、人工知能は活動を停止した。


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[一言] 下手すると宇宙怪獣と戦うことになるのでしょうか? 今後の話が気になります!
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